帝都庁にてテロリスト襲撃に関する説明を受けたVII組は、A班とB班に分かれて用意された宿泊先に向かっていった。
クレアには行きと同じく導力車で送っていくと言ってくれたが、忙しい軍人に頼んでばかりはいられない。
丁寧に断ったライ達は宿泊先の住所を貰い、それぞれ公共交通機関である導力トラムに乗って、帝都の東西へと移動する。
「……ねぇ、あの要請、受けて本当に良かったのかしら」
導力トラムの中、流れゆく緋色の街並みを眺めながらアリサが呟く。
「知事が言ってた話も分かるのよ? 旧校舎の件もあって私たちが一番長くシャドウと接してるってのは、たぶん本当の事だし。でもそれは成り行きって側面も大きいし、そもそも私たち入学してまだ数か月の学生だし、いきなり専門家って言われても、期待に応えられるかって言われると、ね?」
「そうですね。私やユーシスさん、ガイウスさんはペルソナも使えないですし……」
不安そうにするアリサとエマ。
そもそも、特化クラスVII組は貴族と平民の枠を超えた実験的なクラスと言うだけであって、別に対シャドウに特化した専門機関と言う訳でもない。それこそライは入学当初からずっとシャドウ事件に関わっているものの、別の班である事が多かったエマやユーシスなどは経験豊富とは言い難い。
しかし、話題に上がったユーシスはと言うと、特に臆する事もなく堂々と椅子に座っていた。
「何にせよ、他に適任がいない以上俺達がやる他あるまい。それとも貴様はこの街がどうなっても良いと言うつもりか?」
「そ、そんなつもりはないけど……」
「フッ、ならば気にするな。例えどんな結果になろうと、責任は一学生を起用した帝都庁側にある」
一見突き放すようなユーシスの言葉だが、内容をよくよく聞いてみると「気負う必要はない」との意図である事が分かる。ここ3ヶ月級友をしているアリサは勿論それを察しているが、もう少し言葉を選べないのかと思わずにはいられない。
──と、そんな彼女の背中に、ミリアムがぴょんと飛びついて来た。
「あーりさっ!」
「ひゃっ!? ミ、ミリアム!?」
バランスを崩しかけ、手すりに身を寄せるアリサ。
彼女の背中にしがみついたミリアムはと言うと、慌てふためくアリサとは対照的に「ニシシ」と笑っていた。
「そんな深く考えることないって! ボクだって情報局で色々やってるけど、なんの問題もなく活躍してるし!」
能天気な顔をしてアリサを励ますミリアム。
正直なところ、”問題もなく”という部分に関してはクレアに要確認レベルの信用度ではあるものの、そんなムードメーカーの言葉はアリサの緊張を解きほぐす。
『まもなくヴェスタ通り前。ヴェスタ通り前。お降りの方は──』
「あ、ここで降りるみたいです」
若干の揺れと共に停止する導力トラム。どうやら目的地についたらしい。
到着を確認したアリサ達は順々に運賃を支払って降りていく。
最後の方で降りようとするライ。しかし、動こうとしない友人に気づき、途中で振り返った。
「ガイウス、降りるぞ」
「……済まない。少し考え事をしていた」
静かに考え事をしていたガイウスもまた導力トリムの降車口へと向かう。
こうしてライ達B班は、目的地であるヴェスタ通り前の停留所に降り立つのだった。
◇◇◇
──帝都ヘイムダル、ヴェスタ通り。
都市の西側に位置するこの通りは、導力車や導力トラムが走る表通りとアーチを隔てた場所に位置する商店街だ。
そこそこの賑わいを見せる歩行者優先の一画。なだらかなカーブを描く通りには多くの店が立ち並び、香しい匂いがあたりに漂っていた。
「あれ? この匂いは……」
「パンの匂いですね。近くにパン屋があるのでしょうか」
焼きたての美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
匂いの方向へと目を向けると、紙袋を抱えた主婦らしき女性が1軒の店から出てきていた。
「……ねぇライ? ボクとしてはあそこが怪しいと思うんだけど」
ミリアムの視線が紙袋の中──焼きたてのパンへと注がれている。
彼女の目的は明らかにパンだ。しかし、その気持ちも分からなくはない。
立ち並ぶバラエティ豊かな商店の数々。そこに眠る掘り出し物を考えるだけで、思わず財布の紐も緩くなると言うものだ。
「これが都会の誘惑か……!」
「はいそこの2人、目的地はそっちじゃないからストップよ」
商店街に繰り出そうとする2人を止めるアリサ。
残念ながら、ライ達の目的地は商店街の方ではなく、すぐそばの階段を上った先にあるらしい。
ライとミリアムは後ろ髪を引かれつつも、アリサ達3名の後に続くのだった。
……
…………
「えっと、紹介された宿はここみたいですね」
古ぼけた建物の前に来たエマが、手元の地図と見比べながらそう口にする。
正規軍から紹介された建物は一見してここ暫く使われていないと分かる古物件だった。
その大きさから鑑みて、恐らくは何らかの店か施設だったのだろう。窓などは一応拭かれているようだが、黄褐色の汚れが拭いきれていないところを見るに、管理が行き届いているとも言い難い。
本当にここが宿泊地なのだろうか?
B班の視線が右往左往する中、ユーシスがライに歩み寄る。
「入り口で手をこまねいていても仕方あるまい。確か鍵を預かっていたな?」
「ああ、今開ける」
ライは預かっていた鍵を取り出し、玄関の鍵穴に差し込んだ。
鍵を通して感じるゴリゴリとした感触。しかし、鍵自体は合っていたようで、ガチャリと鈍い音を立てて扉が開く。
そうして建物の中に入るライ達B班。
建物の中は受付のロビーと思われる広々とした空間になっていた。
正面には横長のカウンター。部屋の隅には使われていないパーテーションが重ねられており、至る所に《帝都庁管理》と書かれた紙が貼りつけられている。
「ここって何の施設だったのかしら」
ロビーをきょろきょろと見渡しながらアリサが呟く。
もしここに帝都出身のマキアスかエリオットがいたのなら解説してくれたかも知れないが、このメンバーでは考察する他ない。
それぞれ散らばって建物内を調べ始めるB班。その中でエマとガイウスの2人が、壁に立てかけられた紋章の前に立ち止まった。
「あ、この紋章は……」
「なるほど。ここは遊撃士協会であったか」
2人が見つけたのは籠手と翼が描かれた紋章。それはどうやら噂の遊撃士協会のものだったらしい。
帝国からいなくなったという遊撃士協会。確かに事前情報とも合致する。
(それよりあの紋章、確かサラ教官の手帳にも……)
「おい、探索も結構だが、今は今後について話し合うべきじゃないか?」
「え〜もっと調べようよ。お宝な情報とか眠ってるかも知れないしさー」
「ミリアムさん? 探索なら多分夜にも出来ますから」
「……は〜い」
探索を中断し、入り口正面にあったカウンターの前に集まるB班。ライは鍵と一緒に預かっていた封筒を取り出し、その中身をカウンターの上に広げた。
中に入っていたのは数枚の資料と帝都全域が描かれた地図だ。
ライ達の視線が資料の1枚目──指令書の概要ページに集中する。
────────
7月24日:準備期間
7月25日:帝都市内の偵察(B班捜索範囲は別途地図を参照)
7月26日:バルフレイム宮周辺の警備
※以下、当日の配置について
ライ・アスガード:──……
ユーシス・アルバレア:──……
…………
……
────────
以下3日目、即ち夏至祭当日の配置について全員分の記載が続いていた。
文章を読んだB班の間にしばし沈黙が続く。
「……思ったより大雑把ね。最終日以外」
「だな」
一応2枚目以降の書類についても確認してみたが、正規軍との連携や禁則事項が事細かに書かれているくらいで、大筋は概要ページと変わらない。
7月24日、つまりは今日の行動は準備期間。
軍事行動におけるベースキャンプ設営と同じく、拠点の整理や武器の整備、備品の補充を行って、2日目以降の行動に支障をきたさない様に準備を行う期間だ。
2日目は帝都市内を巡回してテロリストの事前工作が無いかのチェック。
A班は帝都東部、B班は帝都西部と別れており、班分けの目的は主にここの担当区域を設定するためのものらしい。
そして3日目の7月26日。
テロリスト襲撃の危険が最も高いこの日は、バルフレイム宮を囲うようにして円形に警備する形となる。
ブレインとしてエリオットとエマ、最終防衛と遠距離援護を目的としてラウラとアリサを宮殿内に置いて、他は外周の警備に当たるという2段構え。これならどの方向からテロリストが進行してきても、正規軍と協力して柔軟な対処が可能だろう。
……とまあ、詳細を見てみれば、ある程度理にかなった指令ではあるのだが。
正直なところ、正規軍の一部として組み込まれる事を予想していたライ達からしてみれば、まるで遊軍のような扱いに違和感を感じざるを得ない。
「ふむ、これは一体どういう事だ?」
「断言は出来んが、おおかた正規軍の連中も扱いに困っているんだろう」
「そうなのか?」
解を示したユーシスに問いかけるガイウス。
彼からしてみれば、強大な帝国正規軍が一学生の扱いに困っているなど考えられなかったのだろう。
「以前ナイトハルト教官から伺った事があるが、ペルソナは戦車と同様に戦況を揺るがしかねない程の戦術的価値があるらしい。加えて元一般人であろうと最前線で戦えるほどの身体強化もある。一般兵と足並みを揃えていた場合の機会的損失は、もはや考えるまでもないだろうな」
「ま、ぶっちゃけ足手まといだよね~」
歯に衣着せぬ2人がばっさりと説明する。
正直ライはそこまで大げさなものか?とも思ったが、要するに帝国正規軍もペルソナ使いの効率的な運用法をまだ把握しきれていないという事なのだろう。
加えて考慮するなら、敵は正規軍よりも何倍もシャドウについて熟知している事も考えるべきか。
下手に通常の運用を行うよりも、慣れているライ達に”専門家”として一任した方が、対処しやすいと考えたのかも知れない。
かくして指令書の内容を吟味したライ達B班。
次なる行動は当然、指令書の内容を実施する事だ。
「それじゃ、早速準備を──」
「だったら今日はもう解散って事にしない? ガーちゃんには整備とか必要ないしさ~」
だが、そこにミリアムが待ったをかけた。
両手を頭の後ろで組んで気楽にのたまう少女。アリサはそんなミリアムをじとっとした目で睨みつける。
「そんな事言って、本当はさっき見かけたパン屋とかに行きたいんじゃないの?」
「ニシシ、敵情視察だよ。じゃあね!」
「あ、ちょっとまだ話は!!」
アリサの静止も聞かず、ミリアムは勢いよくドアを開けて外へと駆けていった。
鈍い音を立てながら閉まっていく扉。
意図せず子守り役になっていたアリサは、はぁっとため息をつく。
「ああもう、また勝手に……」
「けどアリサさん。土地勘を養うのも悪くはないですし、今回は大目に見ても良いんじゃないですか?」
「まあ、それは一理あるかもね」
ミリアムへの追及を諦めるアリサ。
しかし、ミリアムが空けた団体行動の穴は、更なる影響をB班にもたらした。
「フン、そういう事なら俺も自由にさせてもらおう」
ユーシスが椅子から立ち上がって、そのまま正面玄関の向こう側へと消えていく。
こうなってはもう、なし崩し的に自由行動とならざるを得ないだろう。ユーシスの背中を見送ったアリサの口から「あちゃあ……」という言葉が漏れる。
この状況どうしたら良いだろうか?
辺りに微妙な空気が流れる中、唐突な着信音が室内に鳴り響いた。
(俺のARCUSか?)
取り出して確認してみると、見慣れない番号から着信が来ているようだ。
「悪い、少し席を外す」
「あ、うん」
ライは一言断りを入れて部屋の奥へと歩いていく。
階段を上った先はベッドが並べられた宿泊部屋。その壁に背を預け、静かな空気が漂う中、ライはARCUSを耳に当てた。
◇◇◇
「もしもし?」
『あ、無事に繋がったようですね』
ARCUSのスピーカーから聞こえて来たのは流水のように心地よい女性の声。
「その声はリーヴェルト大尉ですか」
『はい。先ほどは大変お世話になりました』
通話をかけて来たのは帝都庁で別れたクレアであった。
どうして彼女がこのARCUSに? と、ライが抱く疑問をクレアは機敏に察してくれる。
『帝都内には無線の中継器がありますから。ARCUSの周波数にも試験的に対応させましたので、帝都にいればどこでも通話できる筈ですよ』
「なるほど」
『今回通話させていただいたのは、通信のテストをしておきたかったのと、後は侵入の件について話を伺っておきたかったからですね』
そう言えば、知っている裏道について話す手筈だったか。
すっかり忘れていたライは一言謝り、薬を入手する際に見つけたルートを口で説明し始めた。
……
…………
「──見つけたルートは以上です」
『情報提供、感謝します』
「このルートは封鎖する予定ですか?」
『ええ。僻地の監視に人員を割く余裕はありませんから』
やはりノルド高原の影響は出ている様だ。
「お疲れ様です」
『ふふ、ありがとうございます。──それより、ミリアムちゃんについてなのですが、士官学院でも上手くやってますか?』
「ミリアム? 彼女ならいつも楽しそうにしています。VII組のムードメーカーにもなってますし」
『そうですか』
クレアはほっと安堵した様な声を漏らす。
鉄道憲兵隊と情報局。所属は違うものの、クレアとミリアムの間には密接な繋がりがあるらしい。
クレアは
『ミリアムちゃんは複雑な身の上ですので、出来れば仲良くしてくれると助かります』
「当然です」
即答するライ。
……しかし、複雑な身の上か。
ライの脳裏に、セントアークで会ったオライオン姓の子が思い浮かぶ。
「そう言えばミリアムには姉妹っているんですか?」
『姉妹ですか?』
「ええ、以前アルティナ・オライオンと言う銀髪の子に会いまして」
『…………』
アルティナという名前を聞いたクレアは何やら考え込んでいるのか、暫く沈黙が続いた。
『……その話は、直接あの子から聞いた方が良いでしょう』
どうやら単純な姉妹と言う訳でもないらしい。
複雑な身の上というミリアムの一端に触れたライは、真剣な顔で覚悟を決める。
「承知しました」
『どうか嫌いにならないでください。立場上秘密にしてることは多いですが、ミリアムちゃんの言葉や笑顔に嘘はない筈ですので』
身内のフォローをするクレア。
しかし、その不安は無用というものだ。
ライの口角が僅かに上がる。
「分かってますよ」
かれこれ数カ月クラスメイトをやっているのだ。今更な話だろう。
そうクレアに告げて、ライはARCUSの通話を終えるのだった。
◇◇◇
クレアとの通話を終えたライが元の場所に戻ると、人の気配が更に減っていた。
傾き始めた日の光によって空気中の埃がきらめく元受付ロビーの広間。そこの椅子に座って手紙を読んでいるガイウス以外の面々が見当たらない。
「他の面々は?」
「……ライか。アリサとエマなら備品の買い出しに行ったぞ」
どうやら2人は自分達だけで指令書の内容を行動に移したらしい。
まあ、空中分解したあの状況を考えれば妥当な判断だ。……ただ、そうなると逆に気になる事がある。
「ガイウスは行かなかったのか」
彼の性格を考えれば同行しないとは考えにくい。
そう考えるライを前に、ガイウスは丁寧に開けた封筒を見せて答える。
「2人には申し訳ないが、早朝に届いたこの手紙を読むために時間が欲しかったのでな」
ガイウスが持っている封筒には送り主の名が書かれていた。
ラカン・ウォーゼル。確かノルドの特別実習でリィン達が会ったというガイウスの父親だ。
ならばこの手紙はノルドから来た久方ぶりの便りという事なのだろう。
「……ご家族は無事か?」
「ああ。トーマやシーダ、リリも元気にしているらしい。母は他集落との交易がやり難くなったとぼやいていたが」
手紙に書かれていたのはガイウスの家族に関する近況であった。
緊張状態であるが故に苦労も多そうだが、息災であるなら良い知らせだろう。
……しかし、それにしては、どうにもガイウスの顔が優れない。
「だが、近々エレボニア帝国とカルバード共和国の間で、密かに会談の場が設けられるとも書かれていた」
「会談を? けど、1ヶ月後に西ゼムリア通商会議がある筈……」
「"だからこそ"なのだそうだ。表面上は融和の道を探ってはいるが、その実、両国は自身に有用な手札を集めている。件の通商会議で有利な立場に立つためにな」
ノルド高原の利権を主張するエレボニア帝国とカルバード共和国。
貿易に関する通商会議が目前に迫っているからこそ、彼らは己の利益を最優先に行動しているのだろう。
酷な話だ。ノルドの命運を握る彼らの目には、ノルド高原に住む人々の姿など微塵も映っていないのだから。
「会談が順調に進むならそれでいい。しかし、仮に破談した場合、多少の衝突もあり得ると手紙には書かれていた」
前回の特別実習ほどではないにしろ、ノルドは危機的な状況に置かれているらしい。
ガイウスの話を聞きながら状況を取りまとめるライ。
しかし、その思考は、次なるガイウスの一言によって中断させられた。
「……ゆえに父は、夏至祭の期間中、トーマ達を旅行がてら帝都へと疎開させるそうだ」
トーマ達、つまりはガイウスの兄弟が来ると言うのか。
この夏至祭に……。
「よりによって、このタイミングか」
不味い状況になったと、ライは思考を巡らせる。
普通ならガイウスの父が下した判断は間違ってないのだろう。縁が深いという夏至祭への疎開。危険な地域を離れての良い休暇になるだろうし、トリスタも近いからガイウスと合流して夏至祭を楽しめる可能性だってあった。
だが、今回の夏至祭ではそうは言ってられない。ノルド高原を危機的状況に陥れた元凶。シャドウ事件を引き起こしているテロリストが襲撃してくる危険性が高いからだ。
(どうする? 彼らの疎開を引き留めるか? いや、ノルドの方が安全だという保障もない)
危険性で言えば帝都とノルドでそう大差ない。
テロリストが来ると言うのも状況証拠の積み重ねでしかない以上、説得材料としても不確かだ。
そもそも夏至祭が2日前に迫った今、返答の手紙が間に合う保障もない。ライ達のとれる手段はおのずと限られてくるだろう。
「ひとまず、危険性の高いバルフレイム宮周辺から遠ざけておくか?」
「……そうだな。トーマ達が来た際にそれとなく伝えておこう」
後は巻き込まれない事を祈るしかない。
思いつめた表情で手紙を見つめるガイウス。状況が状況なだけに仕方ない面も大きいが、押しつぶされてしまいそうで見ていられないと言うのが正直な感想だ。
(ここは話題を変えるべきか)
「その写真は?」
「む? ああ、同封された故郷の写真だ。良ければ見てみるか?」
「頼む」
ライはガイウスの手にあった数枚の写真を受け取って確認する。
写真に写されていた光景はこの世のものとは思えないような大自然であった。
雲が海のように崖下を流れ、浮島のような大草原がその上に広がっている。恐らくは雲よりも高い場所、山の上に広がる野原なのだろう。正しく天上の景色。写真に写るまばゆい太陽ですら、地上のものとは違うように感じられた。
「これがノルド高原か。……この円環状の石柱は?」
「千年以上前からある巨石文明の遺跡だな。ノルドのあちこちに点在しているんだが……」
ガイウスはノルド高原の写真を指差しながら解説を始める。
何時もの調子に戻った穏やかな口調で、けれど、どこか誇らしげに感じられる語り口。
本当に故郷が好きなんだろう。根無し草であるライは見知らぬ感覚に包まれながら、ガイウスの語りに耳を傾けるのであった。
◇◇◇
……ガイウスの話を一通り聞いたライは、アリサ達に一足遅れて元ギルド支部を後にする。
外はいつの間にか夕暮れ時。緋色の街並みを金色に染め上げる空の下、ライは人気の少ない周囲を見渡した。
(ひとまず商店街に行ってみるか)
明日の偵察任務を行うためにも、夏至祭を前にした帝都の雰囲気を見ておく必要があるだろう。
ライは先ほど通った階段を下っていき、夕方の商店街へと足を運ぶ。
「ねぇねぇ! 夜ご飯はパンがいい!」
「そうね。それじゃラフィッドで買って帰りましょうか」
この時間の商店街は昼間以上の賑わいだ。
ラフィッドと言う店名らしいパン屋に入る親子連れを始めとして、仕事帰りの人が立ち寄っているのか、社会人と思しき人々も往来している。正しく書き入れ時のタイミングなのだろう。
──そして、買い物客とは別にもう1つ。
夏至祭ならではの光景だろうか。新たな出店の準備をしている面々が、道の隅で忙しそうに動き回っていた。
「おい、看板を持ち上げるから、そっちを持ってくれ」
「は、はい!」
「うっし、それじゃゆっくり持ち上げるぞ」
2人掛りでの看板設置や華やかな装飾。
祭りの気配を匂わせる準備を着々と進めていく人々。
そんな彼らのもとにある時、兵士が1人近寄ってきた。
「帝都憲兵隊だ。屋台設置の許可証を見せてくれ」
「あ、はい。今出しますんで少々お待ちを……」
屋台の準備をしている男の1人が作業を中断し、荷物の中をがさごそと探し始める。
その様子を警戒しながらも静観する兵士。
行為自体は規約に則ったものの様だが、その手にある銃を見ると物々しいと思わざるを得ない。
(なかなか厳しいな。これも警戒の一環か?)
帝都に紛れ込んだ不審者がいないかチェックしているのだろう。
市内の偵察任務。ライ達も明日参加する予定になっているのだから他人事ではいられない。
少し観察して参考した方がいいか?と考えるライ。
そんな彼の死角から、突如、強めの言葉がぶつけられる。
「──おい、そこの暴走列車」
まるで剣を突き刺したかの如き鋭い声。
振り向くと、そこには先ほど2番目に元ギルド支部を出たクラスメイトの姿があった。
「ユーシス?」
「暇を持て余しているなら、少し俺に付き合え」
ユーシスは険しい顔つきのまま、顔で階段の上を指し示す。
何か用事でもあるのだろうか。
ライは疑問を抱きつつ、階段を上るユーシスに付いていくのだった。