心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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71話「狙われた夏至祭」

 ──ルーレ市内、対シャドウ研究所。

 一般市民には秘匿され、対シャドウの最前線とも呼べる研究を行っているこの研究所に、ある時、眉間にしわを寄せた高齢の男が訪れた。

 

 モノクルをかけたこの男の名はG・シュミット博士。

 帝国随一の頭脳とうたわれる希代の導力工学者である。

 帝国からシャドウ研究の協力を依頼されている彼は、そのまま検問を顔パスで突破。その足で真新しい通路を進み、施設の中心とも呼べる研究室に遠慮の欠片もなく入室した。

 

「入るぞ」

 

 シュミットが入った研究室は壁一面に巨大な画面が設置された分析用のエリアだ。

 部屋のあちこちに導力端末が設置されており、研究で取得した大量のマスデータを解析し、人の理解できる分析結果として日夜出力している。

 そんな部屋に偶然居合わせたのは1人の若い研究者だった。

 彼女はシュミットの声に反応して導力端末から目を離すと、急ぎ席を立って彼の元へと駆け寄ってくる。

 

「こんにちはシュミット博士。お茶でもお出ししましょうか?」

「いらん。そんなものに時間をかけるくらいなら、この設計図にでも目を通しておけ」

 

 研究者の親切を一蹴し、シュミットはカバンに入れていた紙束を乱暴に渡す。

 それを慌てて受け取る研究者。彼女はその設計図と思しき図面と文字の内容を理解するため、まず左上に書かれた表題を確認した。

 

「──シャドウ・ハーモナイザー?」

「ハーモナイザー、つまりは波長を調整する機構だ。我々とシャドウの波長を同調させ、位相のずれを補正するよう設計した」

「位相、ですか……?」

 

 意味が分からないとでも言いたげに、シュミットの顔を見る研究者。

 しかし、そんな奇想天外な図面を渡した当の本人はと言うと、そんな事も説明せねばいかんのかと深いため息をついた。

 シュミットは「仕方ない」と一言呟き、近場にあった適当な椅子に腰を下ろすと、理解が追い付いていない研究者に対して講義を始めた。

 

「そもそも何故シャドウに攻撃は効かないと思う?」

「そ、それはまだ原因不明で」

「ああ不明だ。だが、推測する事ならできる」

 

 推測するための情報ならば、この前訪れたペルソナ使いから計測したデータで十分揃った。

 シュミットはさも当然の様にそう述べる。

 

「恐らくシャドウはこの現実とは異なる位相に存在している。その位相──仮に精神世界とでも言うべきか。奴らはその精神世界にいるまま、現実世界に干渉して来ているのだ」

 

 精神世界。恐らくは現実よりも上位の次元に属する世界だろう。

 シャドウはまるで4次元から投影された3次元の影であるかの如く、上位にいながら下位の世界に直接干渉しているのだ。と、シュミットは推測していた。

 

「物理的接触が可能な以上、力学的な反作用として押し出すことは出来る。だが、上位の位相にいるシャドウに対し、形状変化、ダメージといった直接的な影響を与える事は不可能だ。本の中の住人が我々に危害を及ぼせんようにな」

「つまり、私たちが普段見て対峙しているのは、シャドウ本体から差し込んだ影に過ぎないと?」

「フン、ようやく飲み込めたか」

「ではペルソナ使いは……」

「ああ。彼らはペルソナを介して、自身を半ば精神世界に置いているものと考えられる」

 

 言わばペルソナ使いは半分シャドウと同じ存在になっているのだろう。

 現実世界に存在しながらも、精神世界においてもペルソナを介して存在している。

 だからこそ彼らは精神世界にいるシャドウに直接攻撃が出来るのだ。

 

 ……ならば、我々もその上位世界に身を置けばいい。

 シュミットが用意した設計図は、それを可能にする機構の基礎理論とも呼べるものだった。

 

「その設計図はまだ未完成だ。位相の波長を調整する事は出来るが、肝心の調整先がまだ特定できていない。……だが、手がかりがない訳でもない。精神世界の位置を特定するには、先の実験で判明した”精神に作用するアーツ”が鍵となる筈だ」

「あ、ありがとうございます! 早速、この設計図を所内で共有させます!」

 

 講義を受けた研究者は、その手にある設計図がどれほど画期的なものか理解したのだろう。

 途端に顔色を変え、図面のデータ化を行うため、急ぎ導力端末の前に戻っていく。

 そんな彼女の様子を後方から眺めるシュミット。忙しそうに動き回る彼女を慮る事もなく、彼は1つ質問を投げかけた。

 

「ところで例の青年が持つARCUSを取り寄せたらしいが、何か進展でもあったのか?」

 

 そう、彼がここに訪れた理由の1つに、自身が知らない情報の収集というものがあった。

 小耳に挟んだ最重要人物に関する新たな情報。それはシュミットにとって立場上、いや個人的興味の観点から見ても知っておきたい情報に違いない。

 

 ……しかし、その問いを投げかけられた研究者はと言うと、何故か返答に困っている様子だった。

 

「は? いえ、私たちはそんな要請をしていない筈ですが……」

 

 ──単なる誤情報だったか。

 くだらん人的トラブルだとシュミットは断じ、今の情報を脳内から切り捨てる。

 

 

 そんな彼が次いで興味を示したのは、研究室の大画面に奇妙な機械だった。

 円柱形のフォルムをした黒く巨大な物体。そして、地面に設置すると思しき台座と思しき装置。それらは何本ものケーブルで繋がれているようで、無骨ながらも異様な雰囲気を漂わせている。

 

「これは何だ?」

「ああそれですか。それはノルドの異界で見つかった転送装置らしき設備です。現実側の装置を取り外して、分析の為ここへと運ばれて来たんですよ」

「……ふむ」

 

 ノルドから運ばれてきた装置。

 以前、VII組の生徒達が見つけた現実世界に帰還する為の装置が、帝国軍の手でこの研究所へと運ばれていたのだ。

 興味深そうにその装置を眺めるシュミット。彼の目が、装置の隅に刻まれた謎の文章を捉える。

 

(D、V、A、SYSTEM……。デヴァ・システム、か)

 

 今まで見たことも聞いたこともない単語だ。

 この装置がいったい何なのか。シャドウ研究に対する義理を果たした博士の興味は、次第にこの装置へと移っていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──7月24日。

 ライ達VII組の面々はこの日、朝から列車に乗って帝都ヘイムダルへと向かっていた。

 理由は言わずもがな毎月恒例の特別実習。しかし、今回の特別実習は、今までのと少し異なる点があった。

 

「……にしても、これ、どういう事なのかしらね」

 

 向かい側の席に座るアリサが、懐から取り出した事前資料を怪しいものでも見るような目で確認している。

 その紙は2日前、問題なく実技テストを終えたライ達に配られたものだ。何時もならA班とB班のメンバーと実習地が書かれているのだが、今回は少しばかり事情が異なっていた。

 

────────

【7月特別実習】

 A班リィン、ラウラ、フィー、マキアス、エリオット(実習地:帝都ヘイムダル)

 B班ライ、アリサ、ミリアム、エマ、ユーシス、ガイウス(実習地:帝都ヘイムダル)

 ※なお、班構成は現場判断にて変更・分散を許可するものとする。

────────

 

 両班ともに実習地は帝都ヘイムダル。

 しかも、状況によって変更可能ともなれば、もはや班分けの意味も半ば形骸化しているようなものだ。

 

「実習地が同じだけでしたら、広い帝都を手分けして実習にあたれって事なんでしょうけど」

「……まあ、それはないだろうな。それでは但し書きの意味がない」

 

 エマとユーシスが話している通り、但し書きの内容が特に問題だった。

 

 2つの班が途中で合流するような状況。

 いくら考えても答えが出ないライは、行き先そのものに何かあるんじゃないかと考え始める。

 

「帝都に何かあるのか?」

「ふむ、俺も帝国内の事情には詳しくないからな。……そう言えば、ミリアムは帝都にある情報局の身と聞いたが、何か情報は掴んでないのか?」

「う~ん。ボクはもっぱら帝国各地を飛び回ってたからなぁ。あ、でも、この時期は夏至祭で帝国軍もいろいろ忙しいって、以前クレアから聞いた事あるよ! 皇族の人たちが帝都各地に散らばるから警備の配分が大変なんだって」

「夏至祭? 1月後れとは珍しいな」

 

 半月前のライと同じ疑問を抱くガイウス。

 ライはとりあえず、以前トワから聞いた情報を彼に伝える。

 

「……そうか。獅子戦役の終戦記念日を兼ねて、か。ならばノルドの民も無関係とは言えないな」

「そうなのか?」

「ああ。獅子戦役を終結に導いたドライケルス大帝、追放された彼が決起した場所こそノルド高原だ。大帝とノルドの民は良き友人関係であったと俺は聞いている」

 

 エレボニア帝国とノルド高原とを繋ぐ意外な関係性。

 両者は確かに国という枠組みとしては別だが、歴史からしてみれば密接な関係があったのだろう。

 もしかしたら、ガイウスがトールズ士官学院に可能性を見出したのも、その辺りが理由なのかもしれないな。と、ライは密かに推測した。

 

「──大帝の話はともかくとして、今回の特別実習が夏至祭に合わせて設定されたのは間違いない。サラ教官の思い通りになるのも癪だが、何が起きても良いような心構えは備えておくべきだろう」

 

 最後に、ユーシスが窓の外を眺めつつ、話の総括を行う。

 

 視線の先にあったのは緋色の壁で覆われた帝都最大のターミナル。

 即ち、何本もの線路が集結するヘイムダル中央駅が、段々と近づいてきていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ヘイムダル中央駅にて列車を降り、別の車両に乗っていた班とも合流したVII組一同。

 前回の実習ではこのまま別の路線に乗り換えていたが、今回はここが目的地であるが故、彼らは揃って駅のホームを後にする。

 

 2階建ての建物をそのまま1階にしたかのように高い天井を有し、まるで巨大なドームを思わせる程に広々とした中央駅。その改札口は丁度ホーム正面の階段を上ったところにあり、そこには列をなす人々と、その列に対応する人数の帝国軍の兵士がたむろしていた。

 兵士はどうやら簡単な身体検査と持ち物検査をしているようだ。

 改札ゲートの数だけ列が存在し、検査が終わった人から帝都ヘイムダルの街中へと消えていっている。

 

「やけに厳重だな」

「まあ、あんな事があっちゃねぇ」

 

 不思議そうにするライの横をエリオットが通り過ぎ、そのまま慣れた様子で列に加わる。

 

 ……あんな事?

 疑問に思うライであったが、生憎だが言葉の主は先に進んでしまっている。

 後で聞けばいいかと思い、ライもまた、身体検査の列に並ぶのであった。

 

 

 ──

 ────

 

 

 そして、検査を終えて駅の正面玄関から外に出たVII組を待っていたのは、陽の光が差し込む広々とした駅前広場であった。

 駅前広場の向こう側には、霞がかってみえる遠方の宮殿まで続く直線の大通り。

 通りの左右には3~4階の建物が立ち並び、歩道には老若男女様々な人が往来している。

 

 更に特徴的とも言えるのが通りの中央に設けられた車道だろう。

 地方ではあまり見る事のない導力車が走っており、交差点には交通管理の兵士が在中。

 他にも公共交通機関である導力トラム──つまりは路面電車の姿も確認できた。

 

「わぁ……」

「相変わらず壮観だな。ここは」

 

 あまり訪れた事のないリィン達が感嘆の声を漏らすのも無理はない。

 自然が少ない大都市の街並みは旧校舎内で見慣れているとは言え、あそこには人の姿はないし、何より区画から建物まで統一の規格で整備された街並みは、ある種の芸術作品とも感じられるからだ。

 

 そんなエレボニア帝国首都の街並みを、ライもまた興味深そうに眺めていた。

 他所では見ることのない緋色の煉瓦に覆われた都市。だが、その統制された景色の中に何か所か、異物のようなものがある事に気がつく。

 

(……あれは、暗色のシートか?)

 

 建物のところどころ、それに遠方に見える宮殿の一部にも。

 まるで破損した箇所を覆い隠すかのように、黒色のシートが張られていた。

 

「あぁ、あれ? あれは前の爆破テロで壊れた場所だね」

 

 そんなライの元に、エリオットが近寄って来る。

 

「爆破テロだって?」

「ああうん。まだ直ってないから3月のやつだと思う。……これってマキアスの方が詳しいよね?」

「もちろんだとも。僕の父さんも後処理でてんてこ舞いだったからな。……確か、1回目は昨年1月の終わり頃で、2回目は今年の3月前半。どちらも日の入りの時刻だったか。突然広い範囲で同時多発的な爆発があったんだ」

 

 マキアスが言うに、どうやら本当に爆破テロがあったらしい。それも2回も。

 同時多発ともなれば計画性のある犯行だろう。

 

「犯人は?」

「今だ不明さ。だからああして、今も検問を張ってるわけだ」

 

 そう言って、マキアスは視線で先ほどの改札口を指し示した。

 

 つまりは再三の犯行を防ごうと躍起になっている訳だ。

 帝国軍も大変だなと、ライは他人事のような感想を漏らす。

 

「ねぇ、ライ? ちょっと素朴な疑問なんだけど……」

「どうした? アリサ」

「確かライって薬を取りに一度帝都に来てたわよね? 何で身体検査のこと知らなかったの?」

 

 確かに普通なら、1度帝都に来た段階で知っているであろう情報だ。……そう、普通なら。

 

「時間なかったから裏道使った」

「え? そ、それって大丈夫なわけ!?」

「さあ」

 

 あわあわと慌てるアリサを前にしても平常運転なライ。

 堂々としていれば犯罪ではないとでも言わんばかりのふてぶてしさである。

 

 ……しかし、そうは問屋が許さなかった。

 

「──その話。詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 ライ達の後方から問いかけられる透き通った声。

 そこにいたのは、以前交易地ケルディックにてライ達を助けてくれた青髪の女性将校。即ち、鉄道憲兵隊所属のクレア・リーヴェルト大尉であった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ひっさしぶりだねぇクレア! 元気にしてた?」

「ミリアムちゃんもいつも通り元気そうで安心しました。士官学院での任務は順調ですか?」

「順調順調! 旧校舎調査の方も少しずつだけど進んでるし。あ、それとこの前、調理部でケーキ作ったんだ! ボクはもっぱら食べる専門だったけどね」

 

 帝都市内を走る軍用車の中、助手席に座るミリアムが運転席のクレアと楽しく雑談をしている。

 その姿はまるで久々に会った親しい姉妹のようだ。

 

 しかし、中部座席と後部座席に座るB班の間には、乗るべきでない車に乗ってしまったかのような居心地の悪い空気が流れていた。

 

「ねぇ、これ本当に大丈夫なの? 到着した瞬間ライが投獄されるとかないわよね?」

「つまりこれは護送か。大物になった気分だな」

「なんでちょっと楽しそうなのよ……」

 

 車の中で足を組んでポーズを決めるライに突っ込みを入れるアリサ。

 そんな生徒達を横目でちらりと見るクレア。彼女は小さく「ふふっ」と笑うと、アリサの不安を拭うため、彼らの会話に加わった。

 

「大丈夫ですよアリサさん。今すぐライさんを逮捕する事はありませんから。……裏道については、後程じっくりと自供して貰いますが」

 

 最後に念を押し、クレアは運転へと意識を戻す。

 ライ達を乗せた2台の車が向かう先には、大きな帝都庁の建物が見えてきていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──帝都庁に到着したライ達11名は、クレアの先導に従い、入り組んだ通路の先にある会議室へと案内される。

 窓もない閉ざされた部屋だ。ここなら内部の情報が外に漏れる心配もない。恐らくは、内密な会議を行うためだけに用意された部屋なのだろう。

 

「リ―ヴェルト大尉、俺達をここに招待した理由は──」

「いや、君達をここに呼んだのは私だよ」

 

 ライの質問を訂正する聞き慣れない男性の声。

 いつの間にか、クレアの隣には格式高いスーツを身にまとった緑髪の男性が立っていた。

 ライはその男の顔に見覚えはない。……が、クレアがその男に対し礼を取っている様子。この帝都庁と言う場。そして何より、ライの後方で「と、父さん」と言葉を漏らすマキアスの面影がある事から、その正体は容易に想像できる。

 

「殆どの生徒達とは初対面になるかな。──マキアスの父、カール・レーグニッツだ。息子共々世話になるよ。VII組の諸君」

 

 そう、マキアスの父にして帝都ヘイムダルの知事、カール・レーグニッツであった。

 

「さて、立ったまま話をするのもなんだろう。適当な席に座りたまえ」

「あ、はい」

 

 カールに促されるまま、ライ達はそれぞれ会議室内に並べられた席に着く。

 そんな生徒達の様子を確認したカールはクレアと共に会議室に入室。大きなホワイトボードの横にある司会進行の席に腰を下ろした。

 

「ではまず最初に、君達の質問に答えようか」

「帝都知事閣下が課題等の幹事をしていただける……という訳じゃなさそうですね」

「それについては非常に残念だ。本来なら学院からの打診通り、君達らの前で課題を渡していたところだったんだがね」

 

 リィンの推測はどうやら当たらずも遠からずだったらしい。

 当初の予定なら前回までの特別実習と同様に、ライ達の宿泊先と課題を用意する予定だったとの事。

 ……だが、そうはならなかった。

 

「私達の方から要請して、今回だけ特例として変えてもらった次第だ」

 

 帝都庁側で何か緊急の事態が発生し、士官学院もそれを了承した。

 その結果があの但し書きに繋がったのか。カールの話はこうして本題へと移っていく。

 

「さて何処から説明したものか」

「知事、背景なら私の方から話します」

「……そうだな。大尉から説明して貰った方が、彼らも理解できるだろう」

 

 カールの許可を得て、説明の中心となったクレア。

 彼女はカバンの中から1枚の紙を取り出すと、マグネットを使ってホワイトボードに貼りつける。

 

「皆さん、特に前回の特別実習でノルドに行った方は、この顔に見覚えがあるのではないでしょうか」

 

 クレアは横にずれて紙の内容をライ達に見せる。

 そこに印刷されていたのは暗い人相をした眼鏡姿の男性。

 ライには見覚えのない写真だったが、ノルドの実習に行ったリィン達はその顔を見て目を丸くした。

 

「そ、その男は……!」

「やはり間違いないみたいですね。これはレクターさんが共和国の軍人から引き出した情報を元に、情報局が割り出した事件の犯人と思しき人物です」

 

 この男がリィン達の言っていた《ギデオン》と言う人物らしい。

 ライは自身と似た髪色をしているこの男の姿を、絶対に忘れまいと目に焼き付けた。

 

「──彼の名はミヒャエル・ギデオン。かつて帝國学術院で政治哲学を専攻していた元助教授です」

 

 クレアは事件の黒幕と思しき人物の素性について説明する。

 

「帝國学術院の元助教授……。あの日彼が名乗ってた名前と身分は、ほぼ事実だったんですね」

「恐らくもう隠すつもりはなかったのではないかと。実際、彼の足跡は3年前に途絶えていますし、懇意にしている友人や家族等もいませんでした」

「……今に繋がる痕跡は全て消したという事か」

 

 徹底しているなとユーシスが呟いた。

 まあ実際彼の言うとおりだ。情報局が途絶えていると結論を出している以上、過去から追跡は不可能なのだろう。

 そんな事が出来ているという事は、どこか強力なパトロンが後ろにいるのかも知れない。

 

「ですが、彼の人物像と過去の発言から、テロリストの目的を推測する事は可能です。……これも、別に判明してもいい情報なのでしょうが」

 

 そう言って、クレアはホワイトボードに何やら文字を書き始めた。

 

《革命の火種をまき、帝国に入り込んだ巨悪を打ち滅ぼさんとする者だ》

 赤文字でそう書き終えると、ギデオンの顔写真と線で結ぶ。

 

「それってあの時ギデオンが言った言葉ですよね」

「ええ。この彼が主張する”入り込んだ巨悪”についてなのですが、過去に彼は現政権──正確にはオズボーン閣下に対して似たような発言をしていたとの情報を得ています」

「えっ、それじゃあ、彼らの目的って鉄血宰相なんですか?」

「……少なくともギデオンの最終目標は、バルフレイム宮に居を構える現政府と見て相違ないでしょう」

 

 クレアは更に《現政府》を書き加え、裏に潜んでいた対立構造が分かりやすく示された。

 現政府に反発するテロリスト。こうして見れば結構単純な構造だ。

 

 ライの脳裏に浮かぶのは《シャドウという戦術級の武力》《鉄血宰相という標的》《ノルド高原にて作り出した共和国との緊張状態》の3つのワード。

 それぞれの点を線で結ぶと、奴らに関する新たな情報が見えてくる。

 

「──次の目標は、もしかして夏至祭ですか?」

「はい。帝国軍や帝都庁も同様の結論に達しています」

 

 クレアがライの独り言に肯定したその瞬間、会議室の机がバンと強く叩かれた。

 

 集中する皆の視線。

 勢いよく音を出して立ち上がったのは、帝都に実家を持つエリオットであった。

 

「ど、どうしてそうなるんですか!?」

「ノルド高原での暗躍は帝国正規軍の人員や物資をノルド高原に集中させるためのものでしょう。しかし、それだけでは宰相閣下まで手を伸ばすのは困難です。元々過去2回の爆破テロで人員は増やしていましたし、帝国政府があるバルフレイム宮には皇族警備の部隊が残っていますから」

 

 元々帝国正規軍は、貴族が持つ領邦軍との兼ね合いもあって、国境や帝都、そしてクレア達の鉄道憲兵隊しか部隊を展開していない。共和国軍との緊張状態を引き起こしたギデオンの目的は、その部隊配分を国境側に寄せる事だったのだろう。

 だがしかし、クレアの言う通り帝都内の兵力は未だに多く、身体検査をやる余裕すら残されている。

 それに暗躍したノルド高原にしても、硬直が長くなればなるほど正規軍側の補填が進み、折角空いた穴も塞がってしまう。

 

 ──総合的に見てみれば未だテロリストの分が悪い。

 だからこそ、彼らは動かなければならないのだ。

 

「……ですが1日だけ、帝都の防衛網を分散させざるを得ない日があります。それこそが──」

「夏至祭当日、と言う訳ですか」

 

 リィンが納得した様に言葉を紡ぐ。

 

「夏至祭は伝統行事で皇族が各地に散っている。加えて観光客も増えることから巡回警備も難しくなる」

 

 警備部隊は当然皇族たちについて行く事になるだろう。

 厳重だったバルフレイム宮の警備は手薄。テロリストにとって、この千載一遇の好機を逃す手はない。

 

「エリオット。焦る気持ちは分かるけど、どうやらクレア大尉の話は本当みたいだ」

「……うん。そう、みたいだね」

 

 心では当たってほしくないとは思いつつも、エリオットはゆっくりと席につく。

 そんな一幕を静観していたカール。彼もまたエリオットと同じ心持ちではあったが、帝都を守る立場として一切その感情を表に出さず、真剣な表情でライ達に語り始めた。

 

「ありがとう大尉。では、以上の背景を踏まえ、私達帝都庁が士官学院に要請した内容を伝えよう」

 

 ライ達VII組をこの会議室に招待した理由。それはもう明らかだ。

 

「才気あるVII組の諸君。現在帝国政府は、いや下手すると帝都全体はシャドウに襲われる危機に瀕している。──帝国において最もシャドウ事件に対峙した”専門家”として、どうか協力して貰えないだろうか」

 

 シャドウ退治の専門家としてライ達以上の適任は他いにいない。

 かくして、単なる学生であった筈のVII組は、夏至祭を介した騒動に巻き込まれていく事となった。

 

 

 




シャドウ・ハーモナイザー(オリジナル)
 元ネタは女神異聞録デビルサバイバーに登場するハーモナイザー。波長が異なる悪魔に対し、自身の波長を合わせる事で人間でも同等に戦えるようにする機能である。
 実際のところ、源流が同じためかシャドウと悪魔の設定はかなり似ている。女神転生IVによると悪魔は人の精神世界から生じたものとされ、悪魔の住まう魔界もまた、精神世界と物質世界の間に位置しているらしい。なので、原作ペルソナでは語られていないシャドウの通常兵器無効の原因について、本小説では悪魔と同じような理由であると設定する。

――――――――
4章もようやく特別実習に突入。
ここまで色んな意味で長かった……。


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