心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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70話「許せない存在」

 ──エリゼ達を巻き込んだ騒動があった翌日。

 昼間の授業が終わった放課後、第3学生寮の物陰にて、エマが木箱の上に乗った黒猫を睨みつけていた。

 

「セリーヌ。私が言いたいこと分かってるでしょ?」

 

 怒ってますと全身で主張するエマ。

 しかし、黒猫──セリーヌは顔を背けたまま、目と口を閉じて押し黙っていた。

 

「セ、リー、ヌ?」

「あーはいはい分かってるわよ。迂闊に手を出したアタシが間違ってたわ」

「もう、そんな適当に……。あなたが巻き込んだ2人、それとマキアスさんも数日の療養を余儀なくされてるんだから」

 

 そう、あの眼と視線が合った者のうち、ライ以外の3人は相応の精神的ダメージを負ってしまっていた。精神干渉ではなく侵食。問答無用で心の内側に入り込む救いの手は、想定以上に強力だったという訳だ。

 その事はセリーヌも重々承知しているし、見通しが甘かったことも理解している。しかし、彼女は今回の行動を起こしたこと自体は間違ってなかったと、そう考えていた。

 

「でもね。なにも成果がなかった訳じゃないのよ。少なくとも2つ、新たな情報を得る事ができたわ」

 

 今回の騒動は、異常続きの旧校舎においても一際異常な事態だった。それ故にセリーヌが得た情報もまた特別なものだったのだ。

 

「情報?」

「1つ目は旧校舎における異変の元凶についてよ。”第1の試し”に憑りついてた奴は明らかに普通のシャドウじゃなかったわ。アレは恐らく元凶……その一端でしょうね」

 

 セリーヌは木箱をぴょんと飛び降りながら考察を続ける。

 

「第1の試しに一端が現れたという事は、恐らく最深部にある"第2の試し"に本体がいると考えるのが妥当」

「……だけど、それじゃあ」

「ええ。最深部に行くまで元凶を取り除く事は不可能よ。試練はこのまま続けるしかないわ」

 

 セリーヌの言葉を聞いたエマは深刻そうに眼を伏せる。しかし、覚悟を決めたのか、彼女はセリーヌに続きを促した。

 

「2つ目は?」

「あの男についてよ。エマも見たでしょ? 異世界の扉を開くあの力を」

「ええ……」

「アレ、旧校舎の入り口に現れる扉と同じものよ。似てるなんてものじゃない。完全に同一と言っていいわ」

 

 完全に同一。

 その意味を悟ったエマの顔が驚愕に染まる。

 

「もしかして、異世界の入り口を作ってるのって……」

「ライ・アスガート本人。と、見て間違いないわね」

「で、でも、ライさんは特別実習で時々トリスタを離れてて……」

「多分だけど、扉は開けっぱなしになってて、時間の影響でそれが表に出てるんでしょうね。……残念ながらこの仮説には他の証拠もあるのよ」

 

 セリーヌだって扉が同じってだけで疑ったりしない。他にも証拠があったからこそ、この結論に至ったのだ。

 

「エマ、ブリオニア島の事件について聞いた話、覚えてる?」

「日没時に異変が起きて住人が攫われたって話?」

「そう。話を聞く限りじゃ旧校舎の件と似てるけど、明確に違う点もあるの」

 

 エマの周りを歩きながら、まるで探偵の様にセリーヌは推理を披露する。

 

「それは導力消滅の頻度よ。ブリオニア島じゃ度々起こってたみたいだけど、このトリスタじゃ入学式当日の1回しか起こってない。──つまり、旧校舎にいる元凶が動いたのは、こっちから干渉した今回を除けば最初の1回だけだったって事」

 

 もし仮に、旧校舎の元凶がブリオニア島の神とやらと同じ動機だったとするならば、あの日、旧校舎に入ったクロウとトワが救済の対象だったのだろう。そして、意図してか無意識かは不明だが、一足遅れて旧校舎に向かったライが己の力で扉を開き、その扉が今日まで続く異世界への道となっている。そういう風に考えれば辻褄が合う。

 

(……ライ(かれ)の目的は元々最深部にいるやつを引きずり出すことだった? だったら、彼がここに入学してきた理由って…………)

 

「どうしたの?」

「ううん、何でもないわ。──って、噂をすればご本人の登場ね」

 

 タイミングが良いのか悪いのか。

 学生寮の入口を見ると、丁度ライがバスケットを片手に正面玄関を開くところだった。

 

「手に持ってるのはフルーツかしら?」

「マキアスさんの見舞い、かな」

「ふぅん。見かけによらず律儀なことで……」

 

 何にせよ、彼に対して気を許す訳にはいかないだろう。

 セリーヌは学生寮の中に入っていくライの背中を、静かに睨みつけるのであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──第3学生寮の2階。

 マキアスの部屋の前に赴いたライは、片手でドアを軽くノックした。

 

「む、入っていいぞ」

 

 ドアの向こう側から返事が聞こえてくる。

 どうやら起きてはいるらしい。許可を貰ったライはそのままドアを開いて中に入った。

 南側に面したマキアスの部屋は夕暮れの日差しが淡く差し込んでおり、壁掛けのダーツなど彼の趣味が色濃く反映された内装だ。

 そんな部屋の中、先ほど返事をした当の本人はと言うと、寝間着姿のままベッドの上に下半身を預けていた。

 

「ライ!? な、なんで君が」

 

 想定外だった来客を前に、大声を上げながら後ずさるマキアス。

 ベッドの上で後ずさってもすぐ行き止まりだろうに。そんな感想を抱きつつ、ライはフルーツ入りのバスケットを持ち上げて「見舞いだ」と答える。

 

「見舞い? でも、それなら僕よりも優先すべき人がいる筈じゃ」

「エリゼやパトリックの事ならリィンに任せた」

「そ、そうなのか。……む? 妹さんの事は分かるが、なぜあの傲慢な男も?」

「そう言う依頼だったからな」

「……?」

 

 不思議そうな顔をするマキアスにライは何でもないと答えた。

 リィンはエリゼ、パトリックとそれぞれ確執を抱えているが、今回の件できっかけは用意できた筈なので、後は任せて大丈夫だろう。彼ならばきっとライの与り知らぬところで解決しているに違いない。

 そんな根拠のない信頼を抱くライは、バスケットの中から皿とフルーツナイフを取り出して、貴族の話題から変えるべくマキアスに問いかける。

 

「何か要望はあるか?」

「……あ、ああ。それじゃあリンゴを頼む」

「分かった」

 

 要望通りにリンゴを取り出してカットを始めるライ。

 おぞましくも冒涜的な元リンゴがマキアスの前に差し出される。ほんの数分前の出来事だった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 それから1時間程度。

 ライはマキアスの許可を得て、部屋の掃除などを行っていた。

 その間、マキアスはずっと下を向いて脱力している。やはりダメージが抜けていないらしい。

 

「……そう言えば、あの怪物について何か分かったのか?」

「いや。居合わせた2人は精神浸食を受けたからか、それ以前の記憶が曖昧らしい。大まかな流れは聞けたが新情報はなかった」

「そうか……」

「もう1人いたら話は別だったんだがな」

 

 そんな会話を時々交わしつつも、ゆっくりと時間が流れていく。

 

 少しずつ傾いていく陽光。

 まるで争いなど何もないかの如く平穏な空気が流れる中。

 

「……正直、僕はシャドウ事件の事を甘く見ていたのかも知れない」

 

 唐突に、まるで彼自身の内から零れ落ちたかの如く、マキアスの口から言葉が漏れた。

 

「どうした突然」

「旧校舎の異変に関わって分かった気になってたんだ。……でも、ブリオニア島での一件と、今回のあれを体験して理解した。シャドウは、帝国を脅かす脅威は、どうしようもなく危険な存在だ!」

 

 ベッドのシーツを握り、歯を噛み締めるマキアス。

 そう、マキアスは何の偶然か、1回目2回目ともにライとは別の班だった。故に、彼がシャドウ事件に直面したのはブリオニア島が初めてであり、その戦いにおいても蚊帳の外だったのは否めない。

 実質今回の騒動がマキアスにとっての初陣であったのだから、その衝撃はかなりのものだったのだろう。

 

「なあ、君は入学してから今までずっとシャドウと対峙してきたんだろう? 今までもこんな危険の中で戦っていたのか?」

「まあ割と」

 

 さも当然の日常であるかのように答えるライ。

 炎の中で戦ったり、谷を生身で飛び降りたり、毒ガス撒かれたり、頭を貫かれて死んだりと、思い返せば色々とあった気がする。

 

「そう、か……」

 

 ライの返答を聞いたマキアスは、重い息と共に言葉を吐き出して、シーツを握る手の力を緩める。

 そして顔を上げると──、

 

「君に1つ頼みがある。……僕と、再び繋がってくれないか!」

 

 ライの目を見て、前のめりになりながら頼み込んだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──突然の展開に静まり返るマキアスの室内。

 夕焼けに飛ぶ鳥の鳴き声が聞こえてくる中、勢いだけで叫んだマキアスは、はっと我に帰る。

 

「ああいや済まない。今のは別に変な意味じゃ……」

「分かってる。戦術リンクの事だろ?」

「あ、ああ。分かってるならそれでいい」

 

 気恥ずかしそうに緑色の短髪を掻くマキアス。

 恐らくエマか誰かを通して、あの文芸部に住む魔物の情報が流れてきてたんだろうなと思いつつ、ライは確認のため口を開く。

 

「大丈夫か? 別に今やる必要性は──」

「いいや今やってくれ。僕はもう、ラウラ君達が命を賭して戦ってるのを遠くから眺めているのも、何もできず足手まといになるのも御免なんだ!」

 

 マキアスはベッドを手のひらで叩きつけ、思いのたけをライにぶつける。

 精神浸食の影響がまだ抜けていないにも関わらず、マキアスの意志は強固で揺らぎないものだ。眼鏡越しの眼を見てそれを理解したライは、追及を止めて懐に手を伸ばす。

 

「分かった」

 

 ──リンク──

 

 そして、ARCUSをマキアスの前で駆動し、2人は再び繋がった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ……気がつくと、マキアスは白に染まる空間の中、1人佇んでいた。

 

 ここでは現実でのダメージも関係ないようで、マキアスの足は光のような地面をしっかりと踏みしめ、全身に感じていた気だるさも感じられない。

 両手を握りしめてそれを確認したマキアスが次に意識を向けたのは、この空間の中で唯一存在感を放つ群青色の扉。

 城壁よりも大きいのではないかとすら思える扉を前に息を飲むマキアス。けれど、彼は意を決し、1歩前へと足を進めた。

 

 マキアスの意志と呼応するかの如く、ゆっくりと開き始める扉。

 その向こう側にいた存在とは、

 

 パンツ一丁で椅子に座り、猿ぐつわで口を塞がれ、全身を縄できつく縛られた半裸のマ──

 

「お前なんか僕じゃないっ!!!!」

 

 ──瞬間、パリンと世界が砕け散った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 茜色に染まるマキアスの個室にて、部屋の主は両手をついて肩で息をしていた。

 全身全霊の叫びっぷり。リンク失敗の最速記録である。

 

「大丈夫か?」

「もう一度だ!」

「そうか」

 

 マキアスに言われるがままARCUSを起動するライ。

 だがしかし……、

 

「こんなのが僕であってたまるかぁ!」

 

 何度やっても、

 

「認められる訳ないだろっ!!」

 

 マキアスは叫び声をあげ、

 

「いったい何の冗談だ! あれか!? 僕への当て付けなのかっ!!?」

 

 リンクを途切れさせてしまうのであった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 ──日も落ち始め、部屋が薄暗くなってきた頃。

 そこには幾度となく挑戦し、そして全敗した敗北者(マキアス)の姿があった。

 ベッドに身を預けたまま片腕で顔を隠し、もはや疲れを隠せない程に息を荒げている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

 その疲労は度重なる戦術リンク失敗によるダメージか、それとも単に叫び疲れただけなのか。

 どちらにせよ、かなりの根気を見せた彼に対し、ライは水を差しだしつつ問いかけた。

 

「まだ続けるか?」

「……当然、だ」

 

 マキアスはそう答え、ぐいっと一気に水を飲み干す。

 

「僕の父は帝都ヘイムダルの知事だ。僕は、帝都の為に心血を注ぐ父さんの姿をずっとそばで見てきた。……そんな僕が、帝都を危機に陥れかねない脅威を前にして、逃げる訳にはいかないだろ!!」

 

 まるで自分を鼓舞するかのように言葉を紡ぐマキアス。

 彼はまだ諦めてないし、ライも止めるつもりは毛頭ない。だが、このまま無策で繰り返したところで結果は見えているだろう。故にライは考える。

 

(ネックなのは、失敗した時に記憶を持って帰れない事だ。……なら)

 

 ここは、以前アリサが覚醒した際と同じ流れが有効かも知れない。

 幸いキーワードとなる手がかりは既に知っている。そう考えたライは、疲弊するマキアスの横で、静かに口を開いた。

 

「──”姉さん”」

 

 その短い単語を耳にしたマキアスの顔が驚きに染まる。

 

「ど、どうしてその事を……」

「精神浸食を受けた際にマキアス自身が言っていた言葉だ」

「……そう、なのか」

 

 明らかに様子がおかしくなるマキアス。

 

 出来ればこの話は避けたいと言った様子だ。

 しかし、そうは問屋がおろさない。

 

「あの浸食の過程は、今にして思えば戦術リンクと似ている。マキアスの影とも無関係じゃない筈だ」

 

 姉さんと言う単語が彼の心奥に突き刺さっている以上、シャドウとも無関係とは思えない。

 避けて通る術はない。だからこそ、ライはマキアスの目を捉えてこう言った。

 

「話してくれないか?」

 

 ただ一言、話して欲しいと。

 

 揺るぎない鋼の視線。

 迷いを抱えたマキアスも、これには根を上げざるを得なかった。

 

「……まいった。降参だ」

 

 相変わらず君は強引だなと言いつつ両手を上げるマキアス。

 こうして話の中心は、マキアスの心に潜む影、すなわち彼の過去へと移っていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「──僕には、従姉がいたんんだ」

 

 彼の昔話は、そんな言葉から始まった。

 

「近くに住んでいた姉さんはとても気立てのいい理想的な女性でね。母を幼いころに亡くした僕にとって、彼女は憧れの存在だった」

 

 父子家庭であったレーグニッツ家は、そんな従妹に大変世話になっていた。

 おざなりだった男料理の代わりに美味しい食事を作ってくれたり、既に役人として成功を収めていて忙しかった父にコーヒーを入れてくれたり、まだ子供だったマキアスの相談に乗ってくれたり、まるで家族同然の関係だったとマキアスは懐かしそうに語る。

 

「でも、そんな姉さんにある時、恋人ができたんだ」

 

 理想的な女性と断言するマキアスの言葉は身内贔屓でもなんでもなく、実際従妹は周囲の男性からも大人気で引く手数多な状況だったらしい。そんな中、彼女の心を射止めた男性が1人現れる。

 

「その恋人は、当時父さんの部下として帝都庁で働いていた貴族生まれの青年だった」

「貴族……」

 

 今の話とマキアスの貴族嫌い。2つの線が1つに繋がる。

 マキアスは己が内に潜む憎悪を必死に抑え、あくまで冷静であろうと努めている様子だ。

 その証拠に、彼はライに対しその恋人をフォローする言葉を告げた。

 

「勘違いしないでもらいたいが、彼は典型的な貴族の傲慢さや尊大さは欠片もなかった。……けど、彼の実家である伯爵家は違った」

 

 眉間にしわを寄せたマキアス。

 彼の歪んだ口元から、強く噛み締めた音が聞こえる。

 

「どうやら彼に公爵家のご令嬢との縁談が持ち上がったらしい。その縁談を成功させるために、婚約していた姉さんに対し、伯爵家はありとあらゆる嫌がらせを行ってきた。……手紙を通しての脅迫。人を雇い、表面化しないよう手を尽くした上での嫌がらせ。圧力。……姉さん1人を対象とした、本当に露骨で悪意に満ちた嫌がらせの数々を」

 

 マキアスの従妹は嫌がらせが周囲にまで広がるのを恐れたのだろう。

 既にある程度の立場にいたマキアスの父にも相談せず、恋人にすら秘密にし、一身で全てを受け止める道を選んでしまった。

 

「結局、姉さんはただ1人で、ひたすらに耐え続けて、……そして最後に、自ら命を絶った」

 

 自殺の決め手となったのは、どうやら味方と思っていた恋人の一言だったらしい。

 

 ──愛妾として大切にするからどうか我慢してくれ。

 ライが察するに、それは恐らく実家と恋人との折衝案として提示したものなのだろう。

 だが嫌がらせの事実を知らず貴族の常識観に囚われたその言葉は、追い詰められていた彼女の心をひどく傷つけ、最悪の結末へと繋がってしまった。

 

「だから貴族を恨んでるのか?」

「当然だろう!? 自らの家のためなら、人1人の人生を潰しても構わない傲慢さ! 婚約者がいるにも関わらず横やりを入れて来た公爵家! 貴族さえなければ、僕の姉さんは死なずに済んだんだ!!」

 

 マキアスは怒りを露わにしてライにぶつける。

 確かに当然と言えば当然の怒りだ。露骨な悪意に満ちた伯爵家はもちろんの事、縁談を持ちかけた公爵家、果ては婚約者の無自覚な貴族特有の常識観。どれか1つでも違えていれば、マキアスの従妹は死なずに済んだかも知れないのだから。

 

 ──だが、本当にそれだけなのか?

 ライの思考に疑問が生まれる。

 

 今の話を聞いていたライは、何かが足りないと感じていた。

 違和感の根本は、そう、あの旧校舎で遭遇した怪物の言葉だ。

 

『それがあなたの罪、あなたの後悔』

 

 そうだ。今の話の中にマキアスが存在していない。

 彼の罪も、彼の後悔も出てきていない。

 

 ならばそこに答えがある筈だと、ライは心の中で当時のマキアスを思い描いた。

 従妹に対する嫌がらせを知らずに過ごしていたマキアス。全てが手遅れになって初めて現実を知ったマキアス。

 そんな彼の心情をシミュレートしたライの脳裏に、1つの答えが浮かび上がる。

 

(そういう事か……)

 

 分かってしまえば、当然の内容だった。

 貴族に対して以外は比較的温厚なマキアスが考えないはずのない後悔。

 貴族の制度だとか、従妹の恋人だとか、そんな他人よりも”身近な存在”に対し、抱いてしまうであろう感情。

 

「な、何か掴めたのか?」

「……ああ、覚悟して聞いてくれ」

 

 問いかけてくるマキアスを前にして、ライは改まった態度で説明を始める。

 

 これからライが話す仮説は、恐らくマキアスのアイデンティティと真っ向から対立する内容だ。

 故にライは言葉を慎重に選びつつ、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──

 ────

 

 気がつくと、マキアスは何度目かになる白い空間に立っていた。

 

 彼がそう理解するのと同時に開き始める巨大な扉。

 向こう側から、もう1人のマキアスがあられもない姿を見せる。──が、既にその理由を知ったマキアスは否定する事なく、逆に彼の元へと歩いていった。

 

「……まったく笑える話だ。まさか僕が一番許せなかったのが、貴族なんかじゃなく”僕自身”だったなんて」

 

 そう言って、マキアスはもう1人の自分につけられた猿ぐつわを外す。

 すると影は縛られたまま体を揺らし、情けない声で叫び始めた。

 

『誰か僕を罰してくれ。姉さんが苦しんでいるのに気づかなかった僕を……。ずっと近くにいたはずなのに、何もできなかった僕を……!!』

 

 そう、縄で雁字搦めにされたあの姿の意味とは、すなわち自罰の象徴。

 自分を罰して欲しい。厳しく咎めて欲しい。

 そんなマキアスの感情が、あのみっともない姿を形作っていたのだ。

 

 外した猿ぐつわを手に、マキアスは静かにもう1人の自分を見つめる。

 そんな彼に対し影は大口を開けて喚き始めた。

 

『何かできた筈なんだ! 救えたはずなんだ!! 僕が気づいていたら、姉さんは助けられた……!!』

「……っ!」

『なんでその罪から目をそらす。貴族なんかよりもっと罪深い存在がここにいるのに、何故なんだ! マキアス・レーグニッツ!!』

 

 間近から糾弾を受けたマキアスの体は震えていた。

 奥歯は痛い程に噛み締められ、震えるこぶしからは血が垂れている。

 もう1人のマキアスの言葉を黙って聞いていた彼だったが、遂に爆発し、大声で叫び始めた。

 

「──ああそうだよ! 僕はずっと近くにいたのに気づかなかった! 何も知らずに姉さんの傍で笑ってたんだ!!」

 

 その叫びは、まるで懺悔のようだ。

 

「僕はその事実から目を逸らしたかった……! その罪悪感から目を逸らしたくて、貴族という分かりやすい敵を作って糾弾していた!」

 

 貴族に対して露骨に嫌悪感を出していたのは、自分自身がそう思いたかったからだ。

 貴族が悪いと表立って言えば言うほど、本当に相手が悪いんだと思えてきて、自分の罪悪感を心の奥底へと封じる事が出来る。怒りの矛先を逸らす事が出来る

 無論、彼らに対する怒りや憎悪が嘘だったって訳ではない。だが、貴族を恨む動機の1つに、自分の罪から目を逸らしたかったという防衛本能が働いていたのは、紛れもない事実だった。

 

「本当に罪深いのは僕だ。誰に咎められる事がなくても、僕が、悪かった……!」

 

 気がつけば、マキアスの目から大粒の涙が流れ落ちていた。

 膝から崩れ落ち、両手を地面につけて後悔の言葉を繰り返すマキアス。

 

 そんな彼の傍に、いつの間にかもう1人のマキアスが寄り添う。

 

『その罪、これからも背負っていけるか?』

「……ああ約束する。僕は君だ。僕の罪は、僕自身が背負うべきだ」

『その言葉、違えるんじゃないぞ……』

 

 もう1人のマキアスはそういうと、マキアスに向け手を差し伸べる。

 それを握り返した瞬間、世界は真っ白な光に包まれた。

 

 

 ──自分自身と向き合える強い心が、”力"へと変わる…………。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 マキアスの意識が戻ったその時、ベッドに座る彼の周りから青色の炎があふれ出した。

 

 まばゆい程の光が渦を巻き形を成す。

 現れた賢人は司法の衣を身にまとい、片手には黄金の天秤を、もう片手には銀色の本を携えている。

 その聡明な姿こそマキアスの分身ともいえる存在だった。

 

「──フォルセティ。これが僕のペルソナか」

 

 マキアスは己がペルソナ──刑死者《フォルセティ》を見上げ、感慨深そうにつぶやく。

 するとペルソナもマキアスの姿を一瞥し、そのまま淡い光となって消えていった。

 

「大丈夫か、マキアス」

「ああ。君には散々心配をかけてしまったが、今はもうなんともない」

「けど涙が出てるぞ」

「なっ!? そ、そんな訳ないだろう!?」

 

 ライの指摘を受けたマキアスは慌てて腕を使い涙を拭う。

 どうやら彼は気恥ずかしい様子だ。強引にこすったせいで赤くなった顔を逸らしつつ、マキアスは話題を変える。

 

「しかし、君は意外と相談役に向いているのかも知れないな。これも幾人もの覚醒に立ち会った経験なのか?」

「まあ俺自身、悩みが尽きない状況だがな」

「ははっ、君も言うじゃないか」

 

 そんな感じで談笑を交す2人の青年。

 マキアスの口元には、いつの間にか陰りのない笑顔が宿っていた。

 

 

 ──

 ────

 

 

 そんな彼らの様子を、扉を挟んで盗み聞きしている金髪の青年が1人。

 彼は一言も喋ることなく、ずっとこの場所で聞き耳を立てていた。

 

 その時、1階の階段から帰宅したエマが上がってくる。

 

「あれ、どうしたんですか? ユーシスさん」

「……いや、何でもない」

 

 不思議そうなエマを他所に、ユーシスは暗い真剣な面持ちで自分の部屋へと帰っていく。

 その手にあったの見舞いの品は、ついぞ病人に渡されることはなく、部屋の奥へと消えていった……。

 

 

 




刑死者:フォルセティ
耐性:祝福耐性、電撃弱点
スキル:アイオンの雨、ハマオン、ラクカジャ、治療促進・小
 北欧神話に登場する司法神。平和や真実を司る調停者であり、フォルセティの裁きを受けたものは判決に従う限り、平和に生きていけるとされている。

刑死者(マキアス)
 そのアルカナが示すは試練や直観。正位置の場合は奉仕や抑制を示すが、逆位置になると痩せ我慢を暗示する。別名「吊るされた男」と称されるように逆さ吊りの男が描れており、一見は刑罰を受けているようにも見えるが、穏やかな表情から男が望んで受け入れている事が暗示されている。即ちこの刑罰は通過すべき試練でもあるのだ。

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