心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

70 / 101
69話「異聞録、容疑者」

『葵希人(やすと)……、リコの父親が、シャドウ事件の容疑者だって?』

 

 白鐘の言葉を聞いた友原が、心底驚いた様子で言葉を漏らす。

 ずっと追いかけていた犯人がこんな身近にいたとは思ってもいなかったのだろう。

 けれど、彼はすぐにハッと我に返り、まくし立てるように白鐘に問いかける。

 

『で、でも、リコの親父さんが犯人って、まだ決まったわけじゃないんですよね?』

『勿論です。現状では状況証拠から見て関わっている可能性がある、と言うだけですから』

『そうっすよね! ははは、はぁ……』

 

 ホッと胸を撫でおろす友原。

 そんな彼の様子を見て頼城は理解する。直接的なかかわりのない彼ですらこの驚きっぷりなのだ。もしこれが実の家族だと考えれば、そのダメージは計り知れない。

 

『場所を変えたのはこの為ですか』

『ええ。憶測だけで悪戯に動揺させるわけにはいきませんので』

 

 葵が来るかもしれない入口方向を確認しつつ、白鐘は率直に答える。

 

『なので、お2人も、この話はくれぐれも内密にお願いしますね』

『う、うす!』

 

 唇に人差し指をあてて、頼城達と約束を交わす白鐘。

 意外とおちゃめなところがあるらしい。

 

 けれど、そんな彼女の約束に対し、返事をしない人物が1人いた。

 

『って、ライ?』

『……いや、何でもない』

『そろそろ戻りましょうか。葵さんがせっかく鍵を見つけて来たのにもぬけの殻じゃ、それこそ驚かせてしまいますから』

 

 こうして、3人の密談は終わりを告げるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ダイニングに戻った頼城達だったが、幸いな事に葵はまだ戻ってきていなかった。

 お茶を入れなおしたり、頼城が自分の作った炭もどきを口にしてダウンしかけたりと、しばらく時間を潰す3人。

 そうしていると、ある時葵が慌てた様子でダイニングに戻って来た。

 

『ごめんなさい! 最近書斎使ってなかったから、鍵をどこにしまってたのかすっかり忘れちゃってて!!』

 

 古めかしい鍵を片手に勢いよく平謝りする葵。

 そんな彼女を白鐘は手のひらを見せながらやさしくなだめる。

 

『大丈夫ですよ葵さん。僕はぜんぜん気にしていませんから』

『ほ、本当ですか?』

『勿論です』

『ありがとうございます! それじゃ早速案内しますね!』

 

 嫌われると思ってたのか、葵は白鐘の言葉を聞いて元気を取り戻す。

 

『なあリコ、オレ達もついてって良い? ぶっちゃけ研究者の書斎って超気になるっつーか、なんつーか……』

『あ、うん。ショウ君達も大丈夫だと思うから、遠慮なくついてきて』

 

 先の密会があってか、友原も葵希人の事が気になっているらしい。

 ダイニングを出て階段を上がっていく葵、白鐘、友原の3名。

 1人ダイニングに残された頼城は、葵の揺れる灰色の長髪を後ろから見つめる。

 

『知る事と知らないままでいる事、どちらが正しいんだろうな……』

 

 そして小さく呟くと、3人の後を追うのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──葵希人の書斎。それは2階の隅の方に存在していた。

 3人の視線が集中する中、葵が古い鍵を鍵穴に差し込んで、ガチャリと扉を開く。

 

『さ、入ってください。別に見られて困るものもないと思うんで、ご自由にどうぞ』

『ええ、失礼します』

 

 明かりのスイッチを押した葵の許可を得て、白鐘を先頭に書斎に入る。

 中はまるで図書館を連想させるような本の山だ。左右の壁は天井まで本棚で埋め尽くされており、様々な装丁の本が並べられている。入口とは反対の壁にはカーテンで閉じられた大きな窓。その前には作業机と思しきテーブルと、休憩用のソファが並べられていた。

 

『へぇ~ここが研究者の書斎。オレ、もっとハイテクなパソコンとか大量の紙が散らばってる空間を想像してたわ』

『あはは、ここは研究室じゃなくて書斎だからね。主な役割は本と言う名の知識の保管場所。私も小さいころから買った本を置かせてもらってたし』

 

 だから葵はこの書斎の鍵を持っていたのだろう。

 父の書斎を間借りする幼い葵。親子仲は悪くないようだと思いつつ本棚を見渡す頼城は、ふと1つの本棚の前で足を止める。

 

『リコの本はここか』

『えっ? 何で分かったの?』

『何でって、丸わかりっしょこれ……』

 

 後方で友原も同意する。

 本棚に置かれた本のタイトルは《友達ができる100の方法》《好かれるためのイロハ》《愛されキャラのつくりかた》《誰でもできる第1印象アップのコツ》など、どれもこれも人間関係構築の本ばかり。

 今までも常々自爆ネタになっていたリコのぼっち逸話だが、ここまで来ると涙ぐましいと言わざるを得ない。

 

 頼城は取り合えず、次の本棚に移る事にした。

 

『生物学、人体解剖学、生体工学にバイオメカニクス。専門的な本ばかりだな』

 

 仰々しい本の数々。恐らく頼城が読んで内容を理解できる本はほとんどないのだろう。

 故にタイトルを流し読みする頼城であったが、それ故に、彼は置かれた本のある変化について気がついた。

 

『……途中から、分類が変わってる?』

 

 そう、整理整頓もせず並べられた本の内容に、途中から別の分類の本が混ざり始めたのだ。

 

 心理学、哲学、神話学。果ては認知訶学などという怪しげな学問の文献まで。

 途中から研究に関する方向転換でもあったのだろうかと推測を重ねながらも、頼城はその中の1冊に手を伸ばす。

 

『地域の民俗学、か』

 

 他の本よりほんの僅か前に出ていた書籍。

 それは御影町や珠閒瑠市と言った地方都市に根付いた逸話をまとめた本だった。

 

 頼城はその本をぺらぺらとめくり、恐らく葵博士が重点的に読んでいたであろう折り目のついたページで止める。

 書かれていたのはとある高僧の物語。邪鬼である”鳴羅門火手怖”と戦う高僧”比麗文上人”について、実際の石碑に書かれた文章を交えて解説されていた。

 

 その内容について読んでいると、彼の背中から、友原が興味半分で本を覗いてくる。

 

『うわ、難しい名前してんなぁ。ええとなになに? な、なる、……にゃるらと?』

『”なるらとほてふ”だな。もう一方の高僧は”ひれもんじょうにん"と言うらしい』

 

 どちらも、今まで聞いた事もないような名前だ。

 恐らくは狭い地域でのみ伝えられたマイナーな逸話なのだろう。

 友原が興味を無くしてからも読み進める頼城であったが、結局博士がなぜこの本を持っていたのかについて、終ぞ手がかりは見つからなかった。

 

 仕方ない。頼城は本を閉じて元の場所に戻そうとする。

 その時、本の隙間から1枚の紙が零れ落ちた。

 

『──っと』

 

 頼城は地面に落ちようとする紙をキャッチする。

 

 それはやや色あせた1枚の写真だった。

 写真の中にいるのは大人の男性と幼い女の子のツーショット。大人の方はくたびれた服を着た眼鏡の男性であり、胸にぶら下げた社員カードを見るに葵希人なのだろう。ならもう一方は幼いころの葵莉子かとも思ったが、その仏頂面な女の子は黒髪黒目。暗い灰髪と青い瞳を持つ葵とは明らかに別人だった。

 

『……リコ』

『え、なぁに? ライくん』

『お前に姉妹はいるか?』

『へっ? ううん、1人っ子の筈だけど……』

『そうか』

 

 なら、この黒髪の女の子は親戚か何かなのだろう。

 どこか葵の面影を感じる少女の写真を再び本に挟んだ頼城は、そのまま本棚に戻すのであった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 ──それから暫しの時間が流れ、各々別の行動をする頼城達4名。

 依然として本などを読み調べる頼城と白鐘。葵は懐かしいのか人間関係の本を読みなおしており、友原は早々にリタイアしてソファに寝っ転がっている。

 そんな最中、暇を持て余した友原がふと思いついた疑問を葵に投げかけた。

 

『そういやさ、リコの親父さんの研究って結局のところ何やってんだ?』

『バイオノイド研究の事?』

『そうそう、そのバイオなんちゃらって奴』

 

 どうやら友原は聞き慣れない単語の解説が欲しかったらしい。

 葵に代わり、本を手にした白鐘が説明する。

 

『バイオノイドとはバイオニクスとアンドロイド技術を掛け合わせた技術の総称です。限りなく人体に近い構造を万能細胞で構築し、ほぼ人と変わらない生命体をつくりだす事ができます』

 

『ほぼ人と変わらない──って、それってつまり人造人間やクローンって事っすか!?』

 

 驚き起き上がる友原に対し、白鐘は「ええ」と肯定する。

 

『うわっマジかぁ。桐条グループのアイギスさんといい、ほんと未来行ってるっすね』

『最先端の研究とは得てしてそういうものですよ。僕らが普段享受するのは、安定化や量産性が確保された後の技術ですから』

『えっ? それならバイオノイド技術も……』

『ええ。人工的な手が加えられている為か、耐用年数、つまり寿命に課題が残されているようですね』

 

 そうしてバイオノイド研究の話題を続けていく白鐘と友原。

 研究者の娘である葵も本を閉じて話に加わる中、頼城はふと、誰かの視線を感じた。

 

 ──いったい誰だ? 室内全体に視線を動かす頼城。

 そして書斎の入口を視界に入れたその時、ドアの向こうに、一瞬だが暗い灰色の髪が消えていくのを目撃する。

 

『済まない。少し席を外す』

 

 この家に他の人物は誰もいなかった筈だ。

 それに髪が消えていった方向は1部屋あるだけの行き止まり。

 不審者を逃すわけにはいかないと思い、頼城は急ぎ書斎を後にした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 書斎を出て、髪が消えていった方向へと警戒しながら歩いていく頼城。

 しかし、唯一身を隠せるであろう空き部屋の中を確認しても、それらしい人影は見つけられなかった。

 

『見間違い、だったのか?』

 

 念のため窓も確認するが、窓際に薄っすらと積もった埃に痕跡はなく、誰かがここを通った可能性は低いだろう。

 案外、さっきの髪は風で舞い上がったゴミか何かだったのかも知れない。

 そう考え、落ちているであろうゴミを確認しに戻る頼城であったが、丁度その時書斎から出てきた葵とばったり出くわしてしまった。

 

『あ、ライくんそこに何か用だったの?』

『少し探しものを。念のため聞くが、この家に隠し部屋とかはあるか?』

『あはは、からくり屋敷じゃあるまいし、そんなのないって』

『……だよな』

 

 やはり気のせいか。

 頼城は後ろ髪を引かれながらも、ひとまず保留とする事にした。

 

『それより白鐘さんから伝言。もう時間も遅いし、そろそろ終わりにしようって』

『もうそんな時間か』

 

 頼城は内ポケットにしまってあったスマホを取り出して時間を確認する。

 

 ……思っていた以上に時間が経ってしまっていた。

 料理の片づけにかかる時間も考えると、確かにそろそろ切り上げた方が良いだろう。

 頼城は葵と共に書斎に戻り、そして全員で玄関へと歩いて行った。

 

『──本日はありがとうございました』

 

 白鐘が家から一歩出たところで、葵に向けて頭を下げる。

 

『あのえっと、父の書斎はお役にたてましたか?』

『ええ、大変有意義な時間でしたよ。もしお父上に会いしましたらお礼を伝えておいてください』

 

 彼女はどうやら書斎の資料を通じて何か情報を手に入れたようだ。

 

 その手掛かりを書き留めたであろう手帳を再確認する白鐘。

 頼城は一瞬だが、《プトレマイオスからバシレイデ―スへ》という走り書きが、そこに書かれているのを目撃した。

 

 その隣に?の字も合わせて書かれていた事から、恐らくは書斎にあった文章を書き写したものなのだろう。

 白鐘は手帳を丁寧に仕舞い込むと、『それでは、また』と頼城達に一言残し、静かに去っていった。

 

 

 ……

 …………

 

 

『さぁて、オレ達は料理の片づけをするとしますかねぇ』

『あの残り物はどうする? 食べるか?』

『いや食わねぇよ! お前さっき自分のを食って瀕死になってたじゃねぇか!』

 

 白鐘を見送った頼城と友原は、そんな会話劇を繰り広げながらダイニングに引き返そうとした。

 しかし、そんな彼らの背中に向けて、葵がか細い声を投げかける。

 

『ねぇ、その前にちょっと良いかな?』

 

 いつになく真剣な葵の声。

 友原は不思議そうに振り返る。

 

『ん? どうしたんだよそんな改まって『白鐘さんと話してた内緒話って、なんなのかな?』……え?』

 

 まるで、時が止まったかのようだった。

 内密にしていた筈の話が漏れていたという事実に、友原は虚を突かれたように固まってしまう。

 このままだと致命的なボロを出してしまうのは想像に難くない。故に頼城が一歩前に出て、逆に質問を投げ返した。

 

『どうしてそんな質問を?』

『鍵を探しているときにね。窓のカーテンの隙間から、3人が外に出ていく様子が見えたの。……それって、私に聞かれたくない話、あったって事……だよね?』

 

 震える声で、か細く聞いてくる葵。

 彼女の顔は一目で分かるほどに不安そうで、隣にいた友原も思わず小声で頼城に相談してくる。

 

『な、なぁライ。これってどうしたら』

『分かった。全て話す』

『ってお前!』

 

 即、白鐘との約束を反故にした頼城に、友原は思わず大声を出してしまう。

 だが、当の頼城はと言うと、考えを変えるつもりは毛頭なかった。

 

『あの話は何も知らなかったらの場合だ。もし少しでも気づいたんなら、本人の意思を尊重すべきだと、俺は思う』

『そ、それは……』

『リコ、少しきつい話になるが、それでも聞きたいか?』

 

 これが正しい選択だったかは分からない。

 だからこそ、頼城は自分の信じる道を貫き通す。

 そんな彼の視線を間近で受けた葵は、数十秒じっと動きを止めて。そして、

 

『……うん。大丈夫だよ。私だってライくん達の友達だから。私も、本当の事を知って、2人と一緒に前に進みたい』

 

 覚悟を決めた表情で、はっきりとそう答えた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──葵が返答したその瞬間。

 まるでテレビの電源が唐突に切られたかのように、バツンと周囲の景色が暗闇に染まった。

 

 何の前触れもなく真っ暗な空間に投げ出されるライ。

 まるで霞のように消え失せた葵莉子の実家。彼らの物語を傍観していたライは、突然の変化に急ぎ周囲を見渡す。

 

「消えた……?」

 

 先ほどまであった景色は何もかもなくなっていた。

 しかし、よく目を凝らすと、暗闇の中に1人だけ影が残されている事に気がつく。

 

『……今にして思えば、あそこが最初のチャンスだった』

 

 それは頼城葛葉の影だった。

 後悔に満ちた表情で、微塵も身じろぎすることもなく、まるで罪の告白でもしているかの如くライに語り掛けてくる。

 

『あの時にヒントはあったんだ。気づいていれば、少なくとも"あの結末”だけは回避できたかも知れない』

 

 あの結末?

 影はいったい何を言っている?

 

『俺は無知だった。未来には無限の可能性があるのだと、前に進むのが正しい事なのだと、そう思っていた。……進み続けた先に待っているのが"絶対の終わり"だなんて、考えもせずに』

 

 戸惑うライを他所に、頼城の影は独白を続ける。

 過去の頼城は葵に対し前に進ませる選択を選ばせた。

 まるでそれが間違いだったのだと、彼は苦しそうな表情で懺悔する。

 

『思い出せ。全ての罪は俺の、いやお前の過去にある』

 

 そう言って、影はライに向けて手を差し出した。

 

 彼の手を取ればライは全ての過去を知る事ができるのだろう。

 ライは無意識でそれを理解する。

 

 あの手を取れば、頼城の影が何に後悔しているのかを知る事ができる。

 あの手を取れば、何故ライがたった1人でゼムリア大陸にいるのかを知る事ができる。

 あの手を取れば……。

 

 ライの足は自然と影の方へと歩いていた。

 

 頼城の影まで後3歩。

 2歩。……1歩。

 

 影の手に届く距離に辿り着いたライは、無意識に従って己が手を伸ばす。

 そして、

 

 

 ──反対の手に持っていた剣で、影の胸を貫いた。

 

 

『…………な、ぜ……?』

 

 剣に貫かれたまま、理解できないと言わんばかりに呟く頼城の影。

 

「確かに俺は思い出すべきなのかも知れない。……けど、今は」

 

 そんな頼城の影に突き立てた剣を、ライは片手で強引にねじる。

 

「お前の隙を作るのが、俺の進むべき道だ」

 

 刹那、周囲の黒い空間にひび割れが発生した。

 世界がまるでガラスの様に砕け散り、明るい昼間の光に包まれるライ。

 眼前には、剣が穴に突き刺さった巨大な甲冑が残されていた。

 

「──リィン!」

 

 即座に剣を離し、鎧を蹴った反動で離脱しながらライは叫ぶ。

 

 一気に甲冑から遠ざかるライ。

 その横を、灰色の疾風が一瞬にして通り過ぎる。

 

「斬り刻め! シグルズッ!!」

 

 その疾風、即ち片刃の剣を構えたシグルズ。

 ビルに囲まれた道路上空を疾走する騎士は、勢いを削ぐことなく己が刃を振り下ろす。

 

 ――鎧を真っ二つにする一撃。

 地面に突き刺さる刃。シグルズは剣を即座に返し、追撃の一太刀を叩き込む。

 リィンの怒りをその身に受けた甲冑は、刹那のうちに4分割され、一瞬の間を置いて轟音とともに崩れ落ちるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ……道路の上でバラバラになり、機械仕掛けの断面を見せる甲冑の残骸。

 そんな敵の屍を眺めるライの元に、エリゼの治療を終えたエマが駆け寄ってきた。

 

「ライさん! 大丈夫ですか!」

「ああ、問題ない」

 

 ライは立ち上がり、エマに無事をアピールする。

 精神浸食は受けたもののマキアス達ほどのダメージはない。

 ライには罪と呼べる過去の記憶がないと判断されたからか。それともペルソナ使いには効果が薄いのか。考察を重ねるライの視界に、ふと、エマに抱えられた美しい毛並みの黒猫が入りこむ。

 

「その猫は?」

「あ、この子はセリーヌって言いまして……」

「今回の件に巻き込まれたのか」

 

 何とも運のない黒猫だ。

 そう感想を漏らすライが気に入らなかったのか、黒猫はぷいっと顔をそむけた。

 

「それよりエリオット。あの甲冑の中にいた化物は──」

《反応は完全になくなってるよ。逃げた痕跡もないし、あの一撃で倒せたんだと思う》

「そうか」

 

 反応は消滅。

 未だ分からない事だらけだが、当面の危機は脱したらしい。

 ひとまずは精神浸食を受けたパトリック、エリゼ、マキアスの3人を医務室に運んだ方が良いだろう。

 ライは虚空にARCUSを向け、現実へと続く扉を開いた。

 

(……本当に、これで倒したのか?)

 

 異世界から出る直前、ライは甲冑の穴に突き刺さっていた剣を抜き取る。

 

 剣の先。

 巨大な眼があった筈の場所には、いつの間にか一冊の本が貫かれていた。

 

 本の内容は、先ほどライが見た光景を記した葵の日記だ。

 ライにはそれがまるで、あの化物が残した置き土産のように思えてならなかった。

 

 

 




比麗文上人(ペルソナ2)
 珠閒瑠市の石碑に刻まれた高僧の名。同じ地方都市の御影町にも同様の名前を持つ石碑があるが、詳細は不明。

鳴羅門火手怖(ペルソナ2)
 珠閒瑠市の石碑に刻まれた邪鬼の名。詳細不明。

GET:莉子の日記3

――――――――
バイオノイドについてより詳しく知りたい方は『PERSONA trinity soul』をご視聴ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。