心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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6話「学院の対応」

 いささか変な終わり方をした歓迎会から1週間後の4月8日、ライは学院の椅子に座っていた。目の前には教官が黒板に文字を書いており、周りの生徒達も必死にそれをノートに写している。

 そう、今は授業の真っ最中だ。

 

「──皆さんもご存知かと思いますが、約1200年前に起こった大崩壊によって古代の文明は消失し……」

(大崩壊、……これだな)

 

 皆まだ慣れていないのか四苦八苦しながら授業に望んでいるが、ライはその中でも一際忙しく手を動かしていた。

 一般の生徒なら既に当たり前になっている事もライには知らない。そんな事が幾つもあったため、ライの机の上には常に辞書や専門書が置かれていた。正直、資料を調べる速度が異様に早くなったと思う。

 

「──さてこの後訪れた時代について……、ライ君、分かりますか?」

「暗黒時代、約500年続いた秩序なき時代……ですか」

「ふーむ、なるほど。勉学についていけるだけの知識はあるようですね〜。そう、戦乱が相次いだ暗黒時代。それを終わらせたのが空の女神エイドスを奉じる七耀教会と言う訳です。七耀教会は今や大陸全土で信仰され──」

 

 ライは調べた内容を思い出しながら答える。……正解らしい。どうやら知識も上がっているようだ。

 今までの授業でも何度かこういう問いかけがあった。教官それぞれが、彼らの分野において記憶喪失のライが勉学についていけるかを確認しているらしい。そのため比較的難易度の低い問題を出されているのが幸いというべきだろうか。

 

 そうして今日も終業の鐘が鳴る。

 広げていた教材を片付けるライの元に帝国史を教えていた教官、トマス・ライサンダーが近寄ってきた。

 

「ライ君、今日の放課後は校長室に来てくれますか〜」

「分かりました」

「それじゃ待ってますよぉ〜」

 

 トマスは教官とは思えない軽さで手を振りながら教室を出て行く。

 ……間違いなく旧校舎の件についてだろう。どうやら進展があったようだ。

 ライは荷物を素早く纏めると、やり取りを見ていたリィンに伝言を頼む事にした。

 

「呼び出しみたいだ。今日は遅れる」

「ああ、皆にも伝えておくよ。ライも大変そうだな」

「まあな」

 

 あまり遅れる訳にはいかない。ライはリィンと分かれ、早速1階の校長室へと向かうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 校長室の中に入ると、そこには学院長のヴァンダイクを始め、教頭のハインリッヒ、実技のサラ、軍事学のナイトハルト、帝国史のトマス、導力技術のマカロフ、音楽芸術のメアリー、保険医のベアトリクスとトールズ士官学院の教官が皆集められていた。他にも関係者だからかトワとクロウもその中に混じっており、ライに気づいたクロウが空気を読まずに手を振ってきた。

 ライはそれに軽く返して空いている所に立つと、ヴァンダイクが静かに口を開く。

 

「ふむ、これで全員揃った様じゃな。皆も分かっておると思うが、今回の招集は件の異変に関する現状報告と方針を決めることが目的じゃ。まずはナインハルト教官、報告を頼む」

 

 ヴァンダイクの言葉に頷いたナイトハルトは集まった教官たちの方を向く。これは学院長への報告というよりは、ここにいる全員への伝達を目的としているようだ。

 

「まずは異変以降、我々教官が監視した結果について報告するとしよう。導力器の停止は初日以降確認されていないが、旧校舎入り口の変化は1週間の期間で7回、日没から約1時間確認されている。立ち会った教官の話によれば、音も無く突然扉が変わり、また音も無く戻ったらしい。……今までも旧校舎では構造の変化が確認されているが、このような短いサイクルでの変化は初めてだ」

 

 それを聞いた教官達の顔には疲れが見えた。通常の業務に加えての旧校舎の監視は相当彼らの負担となっているようだ。

 

「次に変化した旧校舎にのみ出現する未知の魔物についてだが、今のところ扉から出てくる様子は無い。だが依然として正体不明の状態だ。万全の準備を整えて何度か挑んだが、進展は見られなかった」

 

 その報告を最後にナイトハルトは皆から視線を外す。結局のところ、魔物については何も分かっていなかった。

 

「……報告は以上です」

「ふむ、扉の変化する時間が分かり、魔物が出てくる様子も無いのなら監視体勢を緩めてもいいじゃろうな。皆ご苦労じゃった」

 

 その言葉に教官達の緊張がほぐれる。特に体力のなさそうなメアリーは顕著だった。貴族の淑女を思わせる華奢な体を持つメアリーにとっては、監視のストレスは大きかったのだろう。

 

「それで今後の方針じゃが、まずはライ君。君の持つペルソナという力をワシらに見せて貰えないじゃろうか」

 

 室内にいた皆の視線が一斉にライの元へと集まった。

 この提案は再びあの旧校舎へと行く事を意味しているのはライにも分かっている。

 ライは集まる視線の中、静かに力強く頷いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ──旧校舎前。

 生徒達に悟られない様に移動したライ達は、建物の前で時間が来るのを待っていた。

 戦える者は皆それぞれ武器を持ち、無言の緊張感が漂っている。

 その中でライの元に近寄ってくる者達がいた。トワとクロウの2人だ。

 

「ライ君。本当に大丈夫なの?」

 

 トワの頭には魔物を倒して気絶したあのときの光景が蘇っていた。

 また倒れるんじゃないかと心配するトワに、ライは大丈夫と一言返す。

 

「ちょっと心配し過ぎじゃねーかトワ。気ぃ遣われ過ぎんのも男にとっちゃ〜辛いもんだぜ。それに今回は教官達もいるし大丈夫っしょ」

「そう、かなぁ」

「そーいうもんだって。……お、そろそろ時間みたいだぜ」

 

 会話は止まり、3人の視線は旧校舎の入り口に向いた。

 まだ旧校舎の扉は木製のままだ。だれかのゴクリという唾を飲む音が聞こえてくる。

 ……すると、突然扉が一瞬の内に光り輝く扉へと切り替わった。まばたきの瞬間と言ってもいいほどの一瞬の変化。だれもが変化する過程を確認する事が出来なかった。

 

 この現実離れした現象に、初めて見た者たちは息を飲む。

 

「……さて、入るとするかのう」

 

 先陣を切ったのは学院長であるヴァンダイクだった。高齢であるにもかかわらず2mを超えるその逞しい体が光の中へと消えていく。

 それに他の教官も続き、ライ達3人も再びあの空間へと足を進めるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ここがトワ達の言っていた空間か〜。正直あまり長居したくないわね」

 

 初めて入るこの空間に、サラは嫌な空気を感じていた。

 まるで1呼吸するたびに口から体力が抜け出しているみたいだ。

 ぬめりとした異様な空気に思わず身震いする。

 

 他の教官も周囲を見渡しながら異様な空気に戸惑っていた。

 

「ふむ、奇怪な気配が蠢いておるわい。居場所は……向こうの方かのぅ」

 

 ヴァンダイクがホールの奥にある通路を睨みつけた。前にライ達が入っていった通路である。その通路について事前に調査していたナイトハルトが口を開く。

 

「あの先は常に変化し続ける空間だ。気をつけた方がいいだろう」

「あら、そうなのかしら、ナイトハルト教官?」

「アームブラスト達も確認している。……だが、あの空間は人の死角でのみ変化する事が分かっている。誰かが常に見ていれば問題なかろう」

 

 何度かこの空間に足を運んでいるナイトハルトは変化の法則を見つけ出していた。

 誰かの視界に入っているうちは変化しない。それさえ分かれば対処のしようはある。

 

「それじゃあ私がずっと見ていますね。戦えない私じゃお力になれませんし」

「メアリー教官、なら、俺が護衛になりますよ」

「い、いえ、別にいいんですよマカロフ教官!」

 

 空間を維持する役目を担おうとするメアリーに対し、気だるそうに護衛を申し出るマカロフ。態度から察するにマカロフの狙いはここに残る事だろう。だが護衛がいた方がいいのは確かなので、最終的には2人をホールに残して先に進む事になった。

 

 

 ……そして歩く事数分、ライ達は見覚えのある開けた部屋を見つけた。

 この部屋に入れば、またあの黒い影が出てくるだろう。クロウやトワの武器を持つ手が汗で濡れる。

 

 だがあのときとは違うのだ。皆覚悟を決めて中に入る。そして案の定、黒い影が壁や地面から這い出してきた。

 始めに動いたのはヴァンダイクだ。長い柄の大剣を振りかぶり、その強靭な肉体をもって強烈な一撃を叩き込む。大気すらも引き裂く斬撃、その威力は装甲すらも容易に両断する。

 その攻撃を食らった影は目にも留まらぬスピードで吹き飛び、そのまま壁に叩き付けられた。だれもが倒したと思った。

 

「む、面妖な……」

 

 だが攻撃した本人は苦い顔をする。切り裂いた手応えがまるで無いのだ。

 その声に答える様に吹き飛ばされた影が起き上がる。

 

「なるほど、確かにこれはやっかいですねぇ」

 

 魔導杖を稼働させ高威力のアーツを放つトマスもまた、効果の見られない相手に対して珍しく微妙な顔をしていた。

 

「なるほどねぇ、これが未知の魔物って訳か。ライ、お願いしてもいいかしら」

「了解です」

 

 サラに呼ばれたライはまたしても皆の視線を集める中一歩前へ進み、そして銃をこめかみに押し当てた。あのときの様な高揚感は感じない。だが召還出来る確信がライにはあった。

 

「ペルソナ!」

 

 頭を打ち抜く乾いた音。吹き出した青い結晶が渦巻き、巨大な人を形作る。光が収まった時、そこには威圧感を放つ光の巨人が佇んでいた。

 ライはペルソナ『ヘイムダル』を飛ばし、何体もの影を纏めて薙ぎ払う。

 その重厚な鎚に触れた影は跡形もなく消えていった。

 あの時の大型が例外だったのだ。今ここにいる影などヘイムダルの敵ではない。ヘイムダルは足掻く影をその足で踏みつぶした。

 

「あれが、ペルソナ……。 あの影に攻撃が通用したのは確かに気がかりだ。だが、あの巨体、あの威力が戦闘に転用されたとしたら……」

「ナイトハルト教官、今は影への有効手段であることに注目すべきなんじゃないかしら」

 

 軍人であるナイトハルトの思考に対し、冷たい視線を送るサラ。だが別にナイトハルトの考えが間違っている訳ではない。本質的にこの2人はそりが合わないのだろう。

 サラはライへと視線を戻すと、ライの様子を観察することにした——。

 

 ……一方ライは物足りなさを感じていた。別に敵が弱いのが不満である訳じゃない。淡々と影を葬るヘイムダルを見ても何か問題があるとは思えない。ライはただその感覚に疑問を覚えていた。

 

「ライ、もういいわ。そろそろ切り上げてちょうだい」

 

 サラの声を聞いたライは疑問を覚えつつもヘイムダルを戻す。

 

「……ん?」

「どーかしたか、ライ?」

「いや、確かに戻した筈……」

 

 ライの様子にクロウが気づく。ライはじっと自身の手を見つめていた。ヘイムダルは確かに戻した。だが、ライはまだヘイムダルを心のどこかで感じていた。もしかしたら──

 

「ハーシェル先輩、その銃貸してもらえますか」

「え、いいけど、何に使うのライ君?」

「すぐに分かります」

 

 トワから導力銃を受け取ったライは、今度はサラの方を向く。

 

「サラ教官。一度の独断専行、許可を頂けますか」

「……何か掴んだようね。いいわ、思う様にやりなさい」

 

 サラの許可を貰ったライは残った影へと向き直る。

 呼吸を1度整えると、ライは2体の影の元へと駆け出した。

 

「おい待て!」

 

 ナイトハルトの静止も聞かず、黒い影に接近する。そして勢いに乗せて1体の影へと銃口を向け、導力銃のトリガーを引いた。跳ね上がる銃口、影の仮面が弾け飛ぶ。

 

「……攻撃が効いただと!?」

 

 迫り来るもう一体の影。ライはすぐさま体をねじるとその影を蹴り上げた。

 浮き上がる黒い影、蹴りの体勢で追撃出来ないライは自身の頭に銀の拳銃を押し当てる。

 

「ペルソナ!」

 

 再び召還されたヘイムダルが影を地面に叩き落とした。

 思ったとおりだ。ペルソナは召還せずともライと共にいる。召還せずとも影に攻撃を与えられ、さらにはペルソナの力がライ自身の身体能力を強化しているのだ。

 

 これが物足りなかった理由。これが本来の戦い方。

 ようやく1つ『何か』を取り戻したライは、心の中では意気揚々としながら教官達の元へと帰っていった……。

 

 

◇◇◇

 

 

「それで、あれはなんだったか教えてちょうだい」

「もう! あんな無茶したらダメなんだよ!」

 

 皆の元に戻ったライは2人の女性に詰め寄られていた。言うまでもない、サラとトワである。

 サラは先ほどのライの行動の意図を探るべく、トワは導力銃を貸したにも関わらず危険な近接戦闘を行ったライに対して憤りを感じていた。

 

 その声を間近で聞いているライは2人から目を離し、クロウの方を向く。

 その顔は依然として冷静そのものだったが、単に表情に出ていないだけだと気づいているクロウには、それが救援を求めての行動であることが分かった。

 だが助ける気などクロウには無い。

 

「2人の美人に言いよられるなんざ、羨ましいかぎりじゃねーか。なぁなぁ、どんな気分だ」

「変わりますか」

「……いやパスで」

 

 ますますヒートアップする2人。それを制止したのは他でもない、学院長のヴァンダイクだった。

 

「うぉっほん。……それで、何が起きたのか説明してくれないじゃろうか」

「ええ」

 

 ライは先ほど確かめた事を説明した。召還しなくともペルソナをその身に宿すことが出来る事、そしてペルソナがライ自身の身体能力を高めている事を一通り伝えていく。

 その話を聞いたナイトハルトは納得した様に頷いた。

 

「ふむ、ペルソナが内にいるためにアスガードの攻撃が通用したという事か。やはりそのペルソナについて、より詳しく調べていく必要がありそうだな」

「長い話は後にして、まずはここから出るとしましょうか〜。僕も何だか疲れてきちゃいましたし」

 

 長くなりそうな話をトマスが打ち切り、入り口のホールへと歩いていく。

 この空間は中にいる人の体力を奪っている様だ。トマスの提案に反対する者は誰一人いなかった。

 

 ……そして話し合いの場所は校長室の隣、会議室へと移った。向き合う様に並べられた机と椅子、奥にはホワイトボードが設置されており、話し合いには打ってつけの場所だ。

 

「こんな場所があったのか」

「ああ、今の時間なら生徒に見られる心配もないから堂々と会議が出来る」

 

 普段は施錠されている会議室。ライの独り言に後から入ってきたナイトハルトが答えた。

 室内に入った教官達が椅子に座っていく。その中に混じるトワも生徒会で使っているためか慣れた様子だ。

 

「俺はあんま好きじゃねーんだよなぁここ。居眠りもしづれぇし」

「…………」

 

 クロウの堂々とした居眠り宣言を聞かなかった事にして、ライも椅子に座る。

 こうして、ライ達3人を交えた教官達は監視体勢やペルソナの調査に対する会議を始めるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 それから1時間後、会議は『未知の魔物に攻撃を通す方法を解明する』という目標を掲げ、解散となった。

 会議を終えたライは他の教官を飲み会に誘うトマスを横目に荷物を纏める。そこに近づいてくる大きな人影、ヴァンダイク学院長だ。

 

「何か?」

「いやなに。そういえばライ君は入学式に欠席していたと思ってのう。……どうじゃ、これから入学式の補習でもせんか?」

「……今からですか?」

 

 窓の外を見るライ。月は既に高く登っており、街灯が学内を照らしている。明らかに生徒に補習を行う時間ではなかった。

 

「何、手短かに済ませるから心配ないわい。帝国中興の祖であり、この学院を創設した人物でもあるドライケルス大帝の言葉を胸に刻んで欲しいのじゃ」

「なら、お願いします」

 

 こうしてライとヴァンダイクは明かりの灯った会議室に残り、9日遅れの入学式を執り行うのだった。

 

 …………

 

 深夜の寮、ロビーで読書をしていたエマが、帰宅したライに気づく。

 

「あ、ライ君おかえりなさい。……どうかしたのですか?」

 

 いつもより感情の抜け落ちた表情、体を左右に揺らしながら前に歩いている。

 そのままライは一言も発する事無く上の階に上がっていった。

 

(世の礎たれ、世の……)

 

 ヴァンダイクの集中講義。手短に済ませただけあって10分程で終わったのだが、その濃度は凄まじいものだった。恐らくあの学院長は体育会系である。

 ライは朦朧とする意識を何とか保ち,個室のベットに倒れ込む。

 そしてそのまま深い眠りにつくのだった……。

 

 

 余談だが、1対1のために実際の入学式よりも内容が濃かった事をライが知るのは、この数日後の事であった。

 

 




という訳で未知の魔物に対する調査の初期報告でした。
閃の軌跡の二次だというのにVII組の出番がほぼ無いとはこれ如何に。
今のところペルソナ関係の話に入れられないんですよね。早く彼らも関わらせなければ。

旧校舎内の法則に関しては、ペルソナのランダムダンジョンに対する解釈となっております。
ナビがいない現状、探索はあまり現実的ではありません。

……とりあえず、次から1章に入ります。


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