心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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60話「追い求める者達」

「俺が、シャドウの討伐法を見つけられる?」

 

 窓が閉められたラインフォルト社の会議室にて、オリヴァルトから問いかけられた内容をライは反芻した。

 

 強大な力を持つエレボニア帝国において、シャドウが問題視されている理由は2つある。ペルソナ使い以外の討伐が不可能という問題。そしてグノーシスを使った噂――シャドウ様により、人がいる場所ならどこででもシャドウを呼べてしまうという問題だ。

 仮にどちらかの問題さえ解決出来れば、エレボニア帝国の既存兵力だけでも対処は十分に可能だろう。その為にラインフォルト社は5月初めからの約2ヵ月間、シャドウ研究を進めている。

 

 だからこそ、か。

 オリヴァルトの言葉に対し、真っ先に反論したのはラインフォルト社会長のイリーナであった。

 

「お言葉ですが、シャドウ討伐に関する問題はそう単純に解決する話ではないかと。――既存兵力の効果が無効化される理論の確立と、その対抗手段。更には一般化する為の技術と、必要な課題はいくつもありますので」

 

 そう、シャドウに関する問題は学生の提言1つで解決するものではない。

 表面上では新しく生まれているように思える新技術の数々も、実際にはいくつもの既存技術を応用し、積み重ねて生み出されているのが実情なのだから。

 

「だけど、こうも言えるんじゃないかな? 技術的な革新のきっかけは1%の閃きだと」

「その閃きを彼がもたらすと?」

「その通りさ! 何せ今日の朝、私は彼にその可能性を見せて貰ったからね」

 

 ……そんな可能性を見せただろうか?

 不思議に思うライに対し、オリヴァルトは片目でウィンクした。

 

「導力エスカレーターに教会の件、恐らく彼の価値観は"日本"と言う国に根ざしたものだ。――士官学院の報告によれば、対シャドウの特別機関があるそうじゃないか。例え記憶がなかったとしても、その国の価値観は大きな手がかりになるんじゃないかな?」

 

 オリヴァルトが自信満々に問いかけた根拠は、意外にも芯の通った内容であった。

 

 だがしかし、1つだけ彼が見逃している点がある。

 実際に旧校舎の異世界探索に参加していたサラは、片手を上げてオリヴァルトに反論した。

 

「残念ですが、日本も私達とそう変わらない状況かと」

「へっ? そうなのかい?」

「ええ、学生を戦力に加えてましたし。それに"アイギス"と呼ばれる意思を持つ人型兵器……。恐らく日本ではペルソナ能力を付与させる事で、シャドウに対抗しようとしたのではないかと」

 

 エレボニア帝国よりも研究が進んでいると思しき日本においても、シャドウの対抗手段はペルソナしか存在していない。それは、ライ達にとって暗雲のような事実であった。

 

 ――だが、本当にそれで良いのだろうか?

 

(日本ではシャドウの対抗手段はペルソナだけだった。……けど、それはこの世界でも同じとは限らないのでは?)

 

 逆に考えろ。

 

 日本にあった対応策を考えるのではない。

 日本にはなかった物にこそ、可能性が残されている。

 

 この世界の科学者にとっては"当たり前"だからこそ、気づくことのできなかった可能性を。

 

 ライは過去の記憶を思い返す。

 

 "……でも、何で電気なんて非効率なエネルギーを使っているのかしら"

 かつて旧校舎の異世界にてアリサが口にした言葉だ。

 

 導力エネルギーは自然回復する特性を持ち、更には7属性あるが故に様々な性質を与える事ができる。風を起こすのにプロペラは要らない。風の性質を与えるだけでいい。アリサの言う通り電気エネルギーは明らかに非効率的なのだ。

 それでも日本が電気を使っていた理由。――それは"日本に導力が存在していない"からじゃないのか?

 

「1つだけ、心当たりが」

「……ライ?」

 

 発想を逆転した先に見出した可能性。――導力。

 そのキーワードを前提として次々と過去の記憶が思い浮かび、ライの思考は1つの答えにたどり着く。

 

「一部の導力ならば、恐らくシャドウへの干渉が可能です」

 

 その答えとは、この世界において、余りに"当たり前な"ものであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ライが意味ありげに当たり前の事を述べた後、当初の予定通りライ達は身体検査をするためにラインフォルト社の導力自動車に乗り込んでいた。

 向かう先は対シャドウの研究を行っているラインフォルト社の研究所。常識外の特性を持ったシャドウを研究するために様々な観測機器を取り揃えている事もあり、ライの体に現れた異変を検査するには病院よりもうってつけの場所であった。

 

 ルーレの街中を離れ、やや閑散とした街並みが流れる中、サラは小声でライに問いかける。

 

「ちょっとライ。さっきの啖呵はどういうつもりだったの?」

 

 サラの疑問も最もだろう。

 導力魔法が効かないという事実は、ライが初めて旧校舎に入った日から判明している事だ。

 しかし、そこに例外があったとしたらどうだろうか。

 

「過去に1回だけ、ペルソナ使い以外の攻撃がシャドウに有効打を与えた事がありました」

「え? それっていつ? 誰の攻撃が?」

「2回目の特別実習にて、エリオットの導力杖が放った戦技(クラフト)です」

 

 導力というキーワードからライが思い出したのはセントアークでの一件だった。

 あの時はそれどころでなかったが、エリオットの放った《ブルーララバイ》によって、バグベアーのシャドウは強制的に眠らされていた。

 通用しない筈の攻撃が通用した矛盾。そこには必ず理由がある筈なのだ。

 

 ライはその事を説明すると、サラはしぶしぶと言った様子で「把握したわ」と呟く。

 

「……そういう事なら、エリオットにも確認をとっておきたかったわね」

「なら、今から確認を取りましょう」

「えっ?」

 

 善は急げだ。何を言っているのかと戸惑うサラを他所に、ライはARCUSを取り出した。

 そして意識を集中する。あの島での出来事を再現するように。あの、世界を隔てるような青い扉を開くイメージで。

 

 ――リンク――

 

 開かれる扉を幻視したライは、扉の向こう側にいるエリオットへと戦術リンクを起動する。

 

《……うぇ? えええええっ!? ラ、ライ? そんな、今はルーレにいる筈じゃ?》

「ブリオニア島とノルド高原よりは近いだろ」

《そりゃそうだけど! なんでいきなり使いこなしてるのさ! それに突然戦術リンクをされる身にもなってよ!》

 

 どうやら向こうは昼食の真っ最中だったらしい。

 

 色々な意味で申し訳ないことをした。

 ライは一言謝り、次いで先ほどまでの状況をエリオットに説明する。

 

《――あの日の出来事……? ……う~ん、言われてみれば、ライの言う通りかも。ダメージは通ってなかったみたいだけど、眠らせるって効果は効いてたのは間違いないから》

 

 どうやらライの記憶違いではないようだ。

 ともに報告を聞いていたナイトハルトは、最後に1つ確認する。

 

「クレイグ。戦技を使ったのはペルソナ覚醒前で間違いないか?」

《は、はい。最初に接敵した時だったから、覚醒する前、だと思います》

「そうか」

 

 返答を聞いたナイトハルトは熟考し始める。

 

 無理もないだろう。

 ブルーララバイを起動する導力杖を開発したのラインフォルト社。

 当然ながら既に実験済みである可能性が高いのだから。

 

「こりゃ、思ったよりも大変な検査になりそうね……」

 

 当初はライの身体検査を行うだけだった筈なのだが、もはやそんなレベルで終わる話ではなくなってしまった。

 研究所に着いた後の事を考えて、サラは気が遠くなりそうな錯覚に襲われた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ――ラインフォルト社、対シャドウ研究所。

 僻地に設けられた真新しい建物に到着したライ達は、白服を着た2人の研究者に連れられ研究所の奥地へと歩いていった。

 多くの扉に分かれた通路を進むこと数分。途中でサラとナイトハルトは監視室に向かうと言う事で別れ、ライともう1人の研究者は研究用のシャドウが保管された実験室へと到着する。

 

 今回の実験は最低でもペルソナ使いでない人間が必要だ。

 案内人となっていた研究者は、そのまま導力杖を片手に参加者となるらしい。

 

《報告にあった戦術リンクの拒否反応に似た異変はありますか》

「ありますが軽微です。事前に把握していれば無視も可能かと思われます」

 

 監視室と繋がっている導力スピーカーと案内の研究者は会話しつつも、手慣れた操作で実験室のロックを解除する。

 

 目の前には分厚い鉄板で作られた壁としか言いようのない扉。それも2重の防護壁になっているらしく、ライと研究員が1つ目の扉をくぐり抜けた後、すぐさま出入り口は封鎖されてしまった。

 

《ただ今よりシャドウ収容室の第2隔壁を解放します。緊急時には防護用の隔壁を起動しますが、万が一に備え、一定の距離を維持するようお願いいたします》

 

 過剰にも思える監視室からの放送を聞いた直後、目の前の巨大な扉が音を立てて解放される。

 その先に見えたのは鉄板でコーティングされた武骨な作りの室内。導力灯の明かり以外装飾品がない空間の中央には、黒い半液体状のシャドウがうごめいているのが見えた。

 

《ブルーララバイを起動してください》

「はい」

 

 ライと共に入室した研究者が、導力杖を起動してエリオットと同じ戦技を発動させる。

 導力杖の先端から放たれた青色の泡。シャドウの体表に触れた瞬間、青い球体は弾け飛ぶが、エリオットの時のように眠くなる様子は見られない。

 

 その後、数回同じ実験は繰り返されたものの、ブルーララバイの効果はまるでなかった。

 

《やはり、効果はないみたいだな》

 

 スピーカーから聞こえてくるナイトハルトの声。

 今までも何十、何百と試してきた行為なのだ。もはやこの実験に期待している人物などそう多くはいないだろう。

 だが、

 

(……まだ可能性は残っている)

 

 例外が1つでもある以上可能性は0ではない。

 ならば、諦める理由など何もない筈だ。

 

《ライ、何をするつもり?》

「条件を”あの時”に近づけます」

 

 そうだ。思えばあの時、バグベアーのシャドウは”ある魔法”を使っていたではないか。

 ”お互いの状態異常に対する耐性”を下げるスキル。――淀んだ空気。

 あのスキルによって、眠りと言う状態異常に対しても耐性が下がっていたとするならば……!

 

 その仮説に行き着いたライは、心の中に存在する2体のペルソナカードを両手に出現させた。

 今のライには淀んだ空気を持つペルソナは存在しない。

 ならば、新しく作り出すまでの事!

 

「――2身合体」

 

 ライの足元に出現する8角の魔法陣。

 手元に呼び出すは”運命”と”剛毅”のアルカナ。

 その2つを重ね合わせ、膨大な青白い風と共に新たに”星”のペルソナを創造する。

 

「現れろ、キウン」

 

 召喚したのは星型の表面に厳つい男性の顔が張り付いた異形のペルソナ、キウン。

 新たにライが作り出したこのペルソナは、形が定まると同時に”淀んだ空気”を発動させた。

 青白い口元から吐き出された土気色の空気。

 それは瞬く間に室内に充満し、あの日の鍾乳洞と同じ状況を再現する。

 

「うげ、何なんですか、この腐ったような空気は」

《至急そのサンプルを収集してください。今後の重要な資料になります》

「は、はい、分かりました。……うげぇ」

 

 研究員は涙目になりながらも淀んだ空気を空き瓶に詰めた。

 それが終わったタイミングで、再度スピーカーから指示が流れる。

 

《では実験を再開します。導力杖の起動を》

「は、はい」

 

 再度、放たれる青色の球体。

 同じようにシャドウに衝突したのだが、先ほどとはやや反応が異なっていた。

 金色のシャドウの瞳が一瞬、揺らいだのだ。

 

《睡眠の状態異常、軽微ですが確認……! 再度実験を継続してください!》

「はい!」

 

 結果を確認できた。その瞬間、確かに研究所の雰囲気は変わった。

 淀んだ空気が流れる特異状況下での実験。研究者たちはその特異性に興奮が隠せないのか、即時にリストを作成し、導力を使用した様々な実験が長時間に渡って行われる。

 

 ……最も彼らに希望を与えた代わりに、実験の間、ライのキウンは延々と淀んだ空気を吐き続ける羽目になったのだが。

 

 

 ……

 …………

 

 

《時属性アーツ”ソウルブラー”による気絶の状態異常を確認しました。これで、効果が確認されたのは”睡眠、混乱、悪夢、気絶”の4種になります》

《火傷などは効かないか。主任、それらに何か思い当たる節はないか?》

《どれも”精神”に関わる状態異常ですが、明確な答えは何とも……》

 

 精神――また”心”に関する内容か。

 まさか、シャドウに物理攻撃が効かない理由もそれが関係しているのか?

 

《……しかし、淀んだ空気、でしたか。腐敗した空気にも似たガスをそのまま活用できれば良かったのですが、限りなく密閉した空間でないと一定時間で霧散してしまうのは残念でなりませんね》

《と言うよりライは大丈夫なの? たしかペルソナのスキルって、気力とか精神力とかを消耗するんじゃなかったかしら?》

「心配は無用です。プチソウルトマトを食べましたから」

《プチソウルトマト? そんな品種あったかしら……》

 

 実験が終わるまでの間、ライは収穫したプチトマトサイズのにがトマトをかじりまくって気力を補充していた。

 その代償として、ライの口内はにがトマトの果汁で満たされ、今も気絶してしまいかねない程の暴力的な苦味に襲われている。……何故にがトマトはこんなにも苦いのか。表面上は眉1つ動かさないライであったが、内側では哲学的な事を考えつつも歯を食いしばって耐えていた。

 

 ――何はともあれ、これでシャドウ研究が1歩前進したことは確かだ。

 僅かな達成感を感じたライは、とりあえず研究者に口直しの水を頼むのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ……その後、当初の予定通りライの身体検査へと移ったのだが、こちらはシャドウのように明確な進展はなかった。

 

 目に関する様々な検査の結果。――異常なし。

 血液検査。――異常なし。

 身体機能の検査。――異常なし。と言うより、健康すぎるレベル。

 胃腸内の検査。――にがトマトでいっぱい。

 

 他にも実用化前のレントゲンまで使用したのだが、まるで異常という異常は見つけられない。特に目の発光は明らかな異常事態であるにも関わらず、データ上は異変が何もないという不気味な結果となってしまった。

 

 先ほど実験に参加したした研究者も、どこかバツの悪い様子だ。

 

「アスガードさんのお力になれず、済みません」

「お気になさらず」

「いえ気にもしますよ。にがトマトをあんなにも食べながら協力してくれたのに……」

「お気になさらず」

「にがトマトは魔獣になったという報告もありますし、最悪、体内で魔獣化する可能性も……」

「……!?」

 

 にがトマト、恐るべし。

 

「ともかく、研究所の皆が助かったのは間違いありません。ご存知の通りアーツのアナライズですらエラーを示し、ほぼすべての観測機器は反応を示さない状況でして。対処法どころか計測すら難しい現状に、皆、方向性すら見失いかけていましたから。……終いには”あんな”主張をする研究者達も現れる始末で」

 

 あんな?

 妙な言い回しが気になったライは聞き返す。が、

 

「い、いえ、身内の話ですから、聞かなかった事にしていただけると助かります」

「分かりました」

 

 慌てて答える研究者に直接追求するのは難しそうであった。

 

 ……まあ、もっとも、その答えは直後に判明した訳だが。

 

 

「だから、シュミット博士! 今のシャドウ研究は明らかに宝の持ち腐れです!」

 

 

 休憩室と思しき部屋から木霊する若い男性の声。

 怒号にも近い叫び声を聞いた瞬間、ライの隣にいた研究者は一瞬「しまった」という顔となる。

 

 そんな研究者の表情を密かに見たライは、開かれた扉の先へと意識を移す。

 休憩室にいたのは白服を着た研究熱心そうな若い男性と、偏屈そうな老人であった。

 先の声色から察するに叫び声の主は若い男性で、シュミット博士とはあの老人の事だろうか?

 

「今までの研究結果と軍からの報告で、シャドウには空間・時間に干渉する能力があるのは明らかです! もしシャドウの力を利用出来れば、空間の制御、過去を改変する事でさえ夢じゃない! かつて女神エイドスが授けたと言われる七の至宝と同等のものが、我々の手で作り出せるのですよ!!」

「……くだらん」

 

 うっとおしそうに無視するシュミット博士に対し、新人研究者はまるで熱病にかかったかのように興奮した様子で、"如何にシャドウが素晴らしいか"を高々と演説している。

 正直、かなり危うげな状況だ。

 

「止めましょうか?」

「いいえ、今回その必要はなさそうです」

 

 だが、ライを案内していた研究者は落ち着いた様子でとある方向を顔で指示した。

 

 ――そこにいたのは、会議室で1度顔を合わせていたラインフォルト社会長、イリーナ・ラインフォルトだ。

 彼女は若い男性研究者の姿を見るなり、全てを察したのかコツコツとヒールを鳴らし、休憩室へと入っていく。

 

「そこまで」

 

 冷酷にすら聞こえる静止の言葉。

 イリーナの放つ一言によって、いきり立っていた男性の意識は一瞬で現実に引き戻される。

 

「イリーナ会長……」

「シャドウ研究の目的はあくまで対策。他の意図を持ち込むのは固く禁止していた筈よ」

「で、ですが、シャドウが社会にもたらす利益は!」

「自身の領分を超えた野望は身を滅ぼすだけ。特にこのような得体の知れないバケモノの場合、下手に手を出したら厄災を引き起こす原因になりかねないわ。――これ以上、何か反論があるなら言いなさい」

「……いえ。出過ぎた発言でした」

「それと、シュミット博士にはあくまで今回の件に助力していただいている立場だから、あまり失礼のないように」

 

 イリーナはそう言い残して、休憩室において1つしかない出入り口から外に出た。

 そうなると当然、ライ達と鉢合わせする訳で。

 一度は優先順位の関係から素通りしたイリーナであったが、今度はライの顔を見て足を止めた。

 

「ライ・アスガード、だったかしら?」

「ええ」

「研究への協力感謝するわ。殿下の勘と言うのも馬鹿にできないものね」

 

 そう言えば、オリヴァルトの推論は半分外れていたものの、結果として問いかけは当たっていたと言う事になるのか。

 鋭いのか、放蕩なのか、相変わらず判断に困る人物である。

 

 話は終えたと言わんばかりにイリーナは時計を見て、研究所の監視室に向けて歩き始める。

 だが、彼女にはもう1つ話題があったようだ。数歩歩いたところで足を止めると、振り返る事なくライに再び話しかけた。

 

「……シャロンから聞いたけど、不貞の娘が色々と迷惑をかけたそうね」

「いえ、アリサにはお世話になっています」

「そう。ならせいぜい仲良くやってちょうだい」

「言われなくとも」

 

 そっけない態度で、けれども確かにアリサの母親としての言葉を投げかけ、イリーナは研究所を去っていった。

 

 静寂が戻る研究所の廊下。シュミット博士はそんな空気の中をつまらなそうに出ていく。

 こうして、突如として起こった研究所内の騒動は幕を下ろした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ――対シャドウ研究所。ロビー。

 サラとナイトハルトと合流する予定の場所に着いたライであったが、まだ2人の姿は見られなかった。

 恐らくは先ほどの実験の検証を進めている最中なのだろう。ライが見つけたのはほんのきっかけだ。まだまだ時間がかかりそうだと、ライはロビーの椅子に腰をかける。

 

(それにしても、さっきの騒動は何だったんだ?)

 

 案内人の口ぶりやイリーナが口にした禁止事項から察するに、これが初めてと言う事ではないのだろう。

 異界を作り出し、時間を巻き戻すことすら可能とする異常性は、直に触れる研究者にとって魅力的なのは想像に難くない。

 それはペルソナと言う力を活用しているライが意見できるようなものでもないし、イリーナに任せる他ない話である。

 

 ――だが、何故だろう。

 シャドウの利用と言う言葉に、妙な胸騒ぎを感じてしまうのは。

 

 

『……桐条グループの闇……――……』

『……――……? ――……』

『シャドウを用いた実験――…――時を操る神器を――……』

 

「――ッ!?」

 

 突然、ライの耳にかすれた声が聞こえた気がした。

 ライは反射的にソファーから立ち上がり、周囲を確認するが、どこにも声の主は見当たらない。

 

 今のは、幻聴だったのだろうか?

 

(……とりあえず、外の空気でも吸ってくるか)

 

 にがトマト、いやプチソウルトマトを食べ過ぎてしまった影響なのかも知れない。ライはサラ達が戻ってくるまでの間、気晴らしに研究所の外に出る事にするのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 場所は変わって対シャドウ研究所の屋上。

 数々のコンテナが積み重なる人気のない場所で、金と黒の髪をなびかせる2人の男性が会話をしていた。

 

「ミュラー、ラインフォルト社との交渉はうまく言ったかな?」

「導力喪失に対する対策の協力は何とか取り付けさせた。可能なら例の巡洋艦にも搭載させるそうだ」

「さっすがミュラー♡ お礼はボクの愛でいいかな?」

「ほざけ」

 

 皇子であるオリヴァルトを完全に切り捨てる護衛のミュラー。

 こんな場所で話をしているのは他でもない、ラインフォルト社の社員の前で話すような内容ではなかったからだ。

 しかし、傍から見てこれは、完全に怪しい悪役の密談であった。

 

「――殿下にヴァンダールさん。この様な場所で何を?」

 

 だからこそ、屋上の外側、ダクトの上に立つライからツッコミを貰ってしまった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「フッ、実は帝国を動かす程の秘密会議をね♪」

「はぁ……、ふざけるのも大概にしろ。それよりライ・アスガードと言ったか。お前こそ何故そんな場所に立っている」

「外で歩いてたら2人の姿が見えたもので」

 

 経緯は単純だ。研究所の外周を歩いていたライは、偶然にもコンテナ近くに立つ2人の頭を目撃していたのである。

 その後はペルソナの身体強化により、外壁の設備を足場にしてダクトの上へ。そうして先ほどのツッコミに繋がったのである。

 

 ダクトの上で一旦屈んだライは、フィーの動きを脳内で再現しながら跳躍し、ごちゃごちゃしたコンテナを潜り抜け、足場にしながらオリヴァルト達の近くに着地する。

 

「後、殿下には1つ確認した事が」

「ハハ、そんな他人行儀にしなくても結構さ! いつも通り愛をこめて”オリビエ♡”と呼んでくれたまえ」

「ではオリビエ殿下」

「おお、まさか混ぜてくるとは……」

 

 驚いているオリヴァルトに、ライはエレボニア帝国とリベールの戦争を回避した方法について問いかけた。

 話せる範囲で構わないから教えてほしいと伝えると、オリヴァルトは真剣な表情で数瞬考える。

 

「なるほどね……。……率直に言おうか。リベールでの事例をノルドで適応する事は難しい」

 

 だが、ライの求める可能性は、リべールにはなかった。

 

「あの時は空の至宝という明確な原因を、リベールの人間が解決する事で無実を証明したのさ。だが、今回の異変は核も分からない異世界。それも事件自体は解決してしまってると来た。これでは、犯人が名乗りでも上げない限り状況は変わらないだろうね」

 

 状況は似てるようで、実質全く違ったのだ。

 こうなったらもうギデオンと言う男が自ら名乗りでもしないと……いや、待て。

 

「逆に言えば、犯人が名乗り出れば状況は変わると?」

「変わる、だろうね。でも、それには犯人が再び表舞台に出たうえで、ノルド高原の犯人だと確定させなきゃいけない」

「ギデオンと言う男はこの状況を望んでいる。名乗らせるのは難しいだろうな」

 

 それでも可能性があるだけで十分だった。

 ギデオンが表に出てくるまで出来ることは少ないが、学生生活の中で準備を進めていく事は可能だろう。

 ――なら後は、いつも通りだ。

 

「ご助言、感謝します」

 

 ライはオリヴァルトとミュラーに頭を下げると、屋上の手すりを飛び越えて、今頃サラ達が戻っているであろうロビーに戻っていった。

 

 

 ……

 …………

 

 

「……いやぁ、末恐ろしいまでに行動的な青年だったね♪」

「お前がそれを言うか、お前が」

 

 再び2人に戻った屋上にて会話を交わす2人。

 いつもオリヴァルトの奇行に悩まされているミュラーは疲れたようにため息をつく。が、本題は先ほどまでこの場所にいた、鋼のような目をした青年の事だ。

 2人はライの事を警戒していた。

 性格もさることながら、かつペルソナに関して異常な特性を持つ青年。……2人が相手取る”あの男”ならば、いくらでも活用方法を考えられるような逸材を放置しておく筈がない。

 

「女神よ。願わくば、あの青年がボク達の脅威とならない事を……」

 

 そう呟いたオリヴァルトの一言は、茜色に染まるルーレの空に消えていった。

 

 

 




星:キウン
耐性:闇無効、物理弱点
スキル:テトラカーン、マハムド、マカジャマオン、淀んだ空気、マハガル、ジオ
 旧約聖書・新約聖書に登場する星の神。唯一神への信仰を忘れた異教徒が造り崇めた偽の神、邪神として語られており、旧約聖書においては神の怒りに触れたとされている。


――――――――

次回、ひっさびさの日常回

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