心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

59 / 101
5/4 23:35 文章を追加修正いたしました。


58話「変化する日常」

 ――6月29日。つまるところ特別実習を終えた次の日。

 本来ならば振替の休日があってしかるべき状況……なのだが、生憎ここは歴史の長い士官学院だ。カリキュラムも相当に詰まっており、残念ながら休む暇などありはしない。

 

 ライ達VII組の面々は、全身に重い疲れを抱えつつも、午前の授業を受けていた。

 

 定期的に刻まれるチョークの音。

 それはまるで子守唄の様で。生徒達を安らかな眠りへと――

 

「ねぇ、実習の疲れが溜まってるのは分かるし、配慮したいのは山々なんだけど、……流石に気が抜けすぎ何じゃないかしら」

 

 チョークを持つ手を止めたサラがライ達を睨みつけてくる。すぅすぅと眠りこけるフィーはいつも通りだが、今回は昨晩の話し合いが原因でリィン達まで眠たそうに半目な状態だったからだ。

 普段通りなのはエマやガイウスと言った僅かな面々のみ。ライに至っては、片手で教科書をめくりつつ、もう片手で関係ない本を読み進め、加えて内職と思われる小さな機械を組み立てて、ついでに眠たいのか仮眠も行っていた。

 

「――って、ライ! ちょっと待ちなさい!」

 

 明らかに矛盾している筈なのにこなしているライの平行作業を無理やり止めた。

 

「何か?」

「何かって、むしろこっちが聞きたいくらいよ! 何で勉強サボリのオンパレードみたいなことやってるの! 明らかに人の処理限界超えているわよね!? それ!」

「目指せ、パラメータMAX」

「……もしかして、本格的に寝ぼけてない?」

 

 まるで話が噛み合っていない。

 どうやら、ライも他の生徒達同様に眠りかけていたらしい。

 

 はぁ、とサラは深いため息をこぼす。

 けれども次の瞬間、サラはライの行動の中に眠たさ以外に別の感情がある事に気がついた。

 

 ――まるで、久々の学校を心待ちにしていた学生の様に。この日常を楽しんでいる様な感情を。

 

「ああ、そういうこと……」

 

 サラは先日ライから聞いた話を思い出した。

 繰り返す1日。サラにとっては3日間の出来事だったが、当人からしてみれば本当に久々の授業なのだろう。

 そう考えてみれば、授業に集中してるとは言い難いライのことを怒る気にもなれない。

 

 ひとまずライの事を見なかったことにしたサラは、ふと、もう1人同じ境遇であったと思い返した。

 

 すやすやと眠りこけるフィー。彼女もまた何かあるのだろうか。

 個人的な興味が沸いたサラはフィーの寝顔を注視して、……そして1つの真実に到達する。

 

「――勉強なんて、なくなればいいのに」

 

 フィーはふて寝していた。

 まるで、長期休暇明けに憂鬱となっている子供の様に、むすっとした表情で机に伏している。

 

 休み明けの生徒が抱える鬱憤を目の当たりにしたサラは、一旦まぶたを下ろし、

 

「……さて、授業を続けましょうか♪」

 

 フィーも見なかったことにした。 

 

「あー! 今、露骨にスルーしたでしょ!」

「失礼ねぇ。私は生徒達9人全員にちゃんと目を配っているわよ」

「……あの、サラ教官、VII組は11名なのですが」

「と・に・か・く! さっさと授業に戻るわよ。こんな状態じゃ、また教頭になんて言われるか」

 

 エマのツッコミもどこ吹く風。

 無理矢理にでも授業を進めようとするサラであったが、

 

「サラ教官、授業中に失礼する」

 

 突如、教室の戸を開けたナイトハルトによってトドメを刺された。

 

「……あらナイトハルト教官。こんな時間にどのような御用件で? VII組の生徒達も至って真面目ですが」

「VII組? いや、此度は伝言を預かってきたのだが」

「あ、あぁ〜、なるほど。それで伝言とは?」

 

 どうやらVII組の管理不足を咎められた訳ではないとほっとするサラ。しかしその後、小声で伝えられた伝言を耳にした瞬間、サラの表情から余裕と言う二文字が消え去った。

 

「……分かりました。私もすぐに向かいます」

「ああ。私は他の教官にもこの旨を伝える。それでは」

 

 規則正しい足取りで教室を後にするナイトハルト。

 それを見届けたサラは、右手に持ったチョークで黒板に大きく”自習”と言う文字を書き記す。

 

「え、えと、教官。一体何があったんですか?」

「あ~、あなた達は気にしなくていいわ。教師の目が届かない内にゆっくり休んでなさい」

「それは大変助かるのですが、さすがに気になるといいますか……」

 

 教卓に並べられていた教材を片付けていたサラは、エマの心配げな声を聴いて一旦手を止める。

 

「まぁ、あれね。――ここからは私たち大人が頑張る番、って感じかしら」

 

 片手をひらひらとさせながら「それじゃ~、学生は学生らしく勉強してるのよ♡」教室から出ていくサラ。

 

 教室に残されたリィン達は、妙な予感を抱かずにはいられなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ――昼休み。

 あれからサラは戻ることなく終わりのチャイムが鳴ってしまった。ライは今、1人で教室を出て技術棟へと向かっていた。

 

(皆には悪いことをしたな……)

 

 眠気が覚めてきたのか、今更になって午前の惨状を省みるライ。授業中に堂々と副業をやっていたのもそうだが、リィン達が眠気に襲われていたのも、元はと言えば深夜にブリオニア島の話をしていたのが原因なのだ。

 後で詫びでも入れておこう。そう考えつつも、ライは懐から小さな導力機械を取り出す。――それは午前中に黙々と作り上げていた機械だ。不足した知識を補いつつも組み立てたこれはまだ未完成。だからこそ、機械に詳しい人物に見せる必要があった。

 

「後はノーム先輩に見せて――」

 

 と、方針を確認しつつも階段を下りたところで、ライはふと2人の女子生徒が話し合っている声が耳に入ってきた。

 

「あ、リンデの方も自習になったんだ」

「うん。途中でナイトハルト教官が来て、トマス教官が慌てて出ていっちゃって」

「そうそう。あたし気になっちゃって、こっそり聞いてたんだけど、どうやら”例の魔物”関係でお偉いさんから要請があったみたいなのよねぇ」

「こっそりってヴィヴィ!? もしかして自習中に抜け出して盗み聞きしてたの!?」

「えへへ♪ そんなの知~らな~い」

 

 ピンク色の髪をした双子――リンデとヴィヴィの何気ない会話。

 しかし、例の魔物、と言う単語を耳にしたライは思わず足を止めてしまう。

 

 午前中にあったサラの反応とシャドウ。歓談している彼女らには申し訳ないが、今は少しでも手がかりが欲しい状況だ。

 

「――済まない。その話、少し聞かせてくれないか?」

 

「えっ?」

「あ、えと、VII組のライさん……でしたっけ」

「ああ。例の魔物と言ってたのは本当か?」

 

 突然の割り込みに驚くヴィヴィとリンデ。

 だが、特に気分を害してはいない様子。

 

「んっと、多分そういって……、……あれ?」

 

 けれど、ヴィヴィは話の途中で唐突に言葉を止める。

 何かあったのか? ライが疑問に感じた次の瞬間、

 

「ごめん! あたし用事があるからもう行くわー!」

「あ、ああ」

「済みません。私ももう行かないと!」

 

 ヴィヴィとリンデは駆け足で廊下を駆け出していった。

 

(……?)

 

 何だったんだろう。今の反応は。

 不可思議な光景に首をかしげるライであったが、考えても思い当たる節はない。

 

 ――まあいいか。ライはひとまず技術棟に向かおうとするものの、

 

「あら、ライ君ではないですか~。そんなところで何をしているのですか?」

 

 今度はライ自身がのんびりとした声に呼び止められてしまった。

 振り返るライ。通路の奥から歩いてきたのは、屋内なのに麦わら帽子を被る女性だった。

 

 彼女の名はエーデル部長――もう1ヶ月以上前の記憶になるが、彼女の姿は記憶の姿とそう変わりない。ライは無意識に懐かしさを感じつつも、エーデルに返事をしようと口を開いた。

 

「……お久しぶりです」

「ふふっ、ライ君もですか?」

「も?」

 

 口元を隠してクスクスと笑う園芸部部長のエーデル。

 

「フィーちゃんといいライ君といい、まるで数か月ぶりに再会したみたいに接してくるんですもの。3日しか経っていないのにそんな反応をされたんじゃ、私も困ってしまいます」

 

 ね?フィーちゃん、とエーデルは後ろに視線を流す。

 そこにいたのは同じく園芸部員でもあるフィーであった。恥ずかしそうに視線を逸らすフィー。さっきエーデルが言ってた言葉と重ね合わせ、ライはようやく自身の言った言葉の問題に気がついた。

 

(……3日。そう言えば、”まだ”3日だったか)

 

 ライとフィーはあの孤島で数週間、いや1ヶ月を超えるかも知れない程の時間を過ごしていた。その時間のズレがまだ色濃く残っていることを、ライはようやく認識する。

 

「ライ」

 

 と、唐突にフィーがライの裾を引っ張ってきた。

 

「どうした?」

「放課後、時間ある?」

 

 そう聞きながら花壇のある方向を向くフィー。そう言えば、育てていた苗がそろそろ収穫の頃合いだった。

 

(放課後はフィーと過ごそうか?)

 

 軽く自問自答するライであったが、断る理由は特にない。

 

「ああ、分かった」

「約束」

 

 かくして、放課後の予定が決まった。

 ライとフィーは短く言葉を交わし、技術棟へと行くべく本校舎を後にする。

 

 …………

 

「……あら?」

 

 そんな光景を見て、エーデル部長は不思議そうに呟いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ――放課後。

 茜色の西日が教室内を染め上げる中、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 部活動へと向かう生徒たちの足音。そんなBGMを耳にしつつも荷物を片付けていると、先に下校していた筈のリィンが頭を押さえつつ教室に戻ってきていた。

 

「ライ、今度は何をしたんだ?」

 

 リィンは呆れた様子でそう問いかけてきた。

 今までを思えば仕方ないことだが、今回ばかりは身に覚えがない。

 

「もう少し情報をくれないか」

「……心当たりないのか? 他クラスの人たちが噂してたから、てっきり昼休みに何かしでかしたのかと」

「昼休み、か」

 

 思い当たる可能性があるとするならば、リンデとヴィヴィくらいだろうか。

 その内容を伝えようとしたところ、

 

「……遅い」

 

 突如、ライの背中から平坦な声が聞こえてきた。

 この場に残っているのは2人だと思っていたリィンとライは反射的に体が動く。

 

「フィ、フィー? なんでそんなところに……」

「ごめん。ちょっとライ借りてく」

「あ、ああ」

 

 戸惑うリィンをよそに、フィーはライを無理やり連れて教室を出て行った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「……妙に行動的じゃないか?」

「そう?」

 

 教室の外、廊下に出たタイミングでライはフィーにそう問いかけた。本人に自覚はないようだが、以前のフィーならまずライを連れだしたりなどせず、1人で先に向かっていたに違いない。

 一体何の影響なんだか、と歩きつつも考え込むライ。一方、前を歩くフィーはと言うと、そのまま中庭に面した窓を開けていた。

 

 ……窓?

 

「やっ」

 

 窓から外にジャンプするフィー。

 ここは本校舎2階。当然、重力に引かれたフィーは落下し、ライの視界から消え失せる。

 

 一歩遅れ、窓枠へと近づいたライ。そこから中庭を見下ろすと、中庭のど真ん中に立つフィーの姿があった。

 中庭と園芸部の花壇とは道を1つ挟んだ距離にある。このルートなら階段を下りるよりも早く着けるだろう。

 

「ショートカットか……」

「ライも早く」

 

 中庭からじーっと見つめてくるフィーは、当然ライも跳んでくるものと思っているらしい。

 ……まあ、別に間違ってはいない。ライも窓枠に手をかけ、そのまま上空へと躍り出る。

 

 一瞬の浮遊感。そして、全身に伝わる衝撃。

 

 中庭の石畳に着地したライは、着地時バネにした膝を伸ばし立ち上がった。

 

「30点。着地の音がすこし響いてた」

「手厳しいな」

「でも筋は良いかも。猟兵団に入ってみる気はない?」

「考えとく」

 

 そんな冗談を交わしつつ、ライ達は本校舎裏の花壇に到着した。

 少し先に見える花壇。花や植物が咲き乱れるそれは、ライとフィーにとって文字通り”久々”の光景であった。

 

 夕日に照らされた色とりどりの花。隅に置かれた鉢植えからは真っ赤に熟したミニトマトの実と、黄褐色に染まった麦が存在を主張している。……しかし、ライの視線を釘づけにしたのはそのどちらでもなく、フィーが育てていた花壇の1区画だった。

 

(そういう事か)

 

 ライはようやく、フィーが今日誘ってきた理由を把握した。

 中々育たなかったハーブの芽。フィーが以前に猟兵団の家族から貰ったというそれは、今や小さいながらも確かな葉を伸ばしていたからだ。

 

「やったな」

「ぶい」

 

 フィーの口元は、遠目から分かるほどに緩んでいた。

 

 現実世界で3日。けれど、体感では1ヶ月以上の時間をかけて手に入れた些細な未来。

 特別実習に向かう前は見ることのなかった光景を見れたライとフィーは、お互いに前に進んだのだと、確かにそう感じた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ……その後、丁寧にハーブの水やりをしているフィーを他所に、ライは収穫の準備へと入っていた。

 

 右手のハサミでミニトマトの実を切断し、そのままさっと口に放り込む。

 口の中に広がる強烈な苦味。だが、何故だか食べていると気力が沸いてくる気がした。

 

「良し、プチソウルトマトと名づけよう」

「……あのぅ、一応言っておきますが、正式名称はちゃんとありますからね?」

 

 背後から聞こえるのんびりとしたツッコミ。

 気がつくと、いつの間にか来ていたエーデル部長がライの収穫を見つめていた。

 

「そうでしたか」

「ええ、それはリベール産の”にがトマト”です。ミニトマトサイズに品種改良したものみたいですが……」

「なるほど」

 

 とりあえずライは全てのプチソウルトマト――いやにがトマトを流れるように切断し、自由落下するそれらを袋でキャッチする。

 続いて今度は麦の収穫に移行。天へと伸びた黄褐色の茎を掴み、鎌で一気に刈り取った。

 

 刹那、ガキン、と言う金属音が鳴り響く。

 

 ……元気に育ちすぎてしまったらしい。

 針金のように硬く育った麦。まさか鎌の刃が欠けるとは思いもしなかった。

 

「こうも硬いと、食用には使えないな」

「それなら開錠用の針金がわりに使ったら?」

「その手があったか」

 

 ――命名、開錠ムギ。

 フィーの助言から納得いく答えを導き出したライは、満足げに収穫した麦をしまい込む。

 そして、最後に後片付けをすませ、後にはまっさらな鉢植えが残された。

 

「お疲れ様でした。どうやら無事に収穫できたみたいですね」

「ええ。ただ、お借りした鎌が……」

「消耗品ですので大丈夫ですよ。――それよりライ君、お詫びって訳じゃありませんが、少しお時間よろしいですか?」

「……? 別に構いませんが」

 

 何かあっただろうか? と首をかしげるライ。

 

「ここじゃ何ですから、向こうで話しましょうか」

 

 そう言って、エーデルは裏庭の奥にある池の方へと向かった。

 

 ――――

 ――

 

「まずは、フィーちゃんとの仲直り、おめでとうございます」

 

 池の近くに到着してすぐに、エーデルは両手を合わせて微笑んできた。

 

「昼間に2人の会話を聞いて驚いちゃいました。3日間であんなに変わるなんて、いったいどんな魔法を使ったんですか?」

「無人島で数週間くらい共に生活していたので」

「数週間? 無人島で、ですかぁ?」

 

 はてなマークを浮かべるエーデル。まあ、自分で言っててもおかしな内容だと思うが、真実なのだから仕方ない。

 

「……なるほど~。それなら納得です」

 

 と、思ったら納得していた。

 エーデルは思ってた以上に大物かも知れない。

 

「さて、もう1つお聞きしたいのですが」

「まだ何か?」

「はい。――ライ君、ヴィヴィちゃんに何かしましたか?」

 

 エーデルはちらりと裏庭の木を見て、ライにそう問いかけた。

 対するライもその方向へと視線を滑らせる。エーデルが見た木の陰には、隠れながらこちらをじっと見るヴィヴィの姿があった。

 

「昼間に少し尋ねましたが、それ以外は何も」

「本当ですか?」

「ええ」

「そうですか。……いえ、そうですよね。私の知るライ君はそんな人じゃありませんし」

 

 自問自答するエーデル。

 普段、温厚な彼女らしくない対応だ。

 

「部長は彼女から何か聞いてませんか?」

「それが本人もよく分かってないみたいなんです。ライ君を見たとき、何故だか嫌悪感に似た感情が湧いてきたみたいで」

「嫌悪感、ですか」

「ええ。それが何だかフィーちゃんのときと重なってしまって。……本当に心当たりないんですよね?」

 

 再三問いかけられるが、心当たりがないのだから仕方がない。

 そう口にしようとするライであったが、――その直前、そもそもエーデル部長は"こんな問いかけをする事自体が不自然である"と言う事実に気がついた。

 

「エーデル部長。その嫌悪感、もしかして今部長も感じていませんか?」

「えっ?」

 

 口を手で隠し、驚きの表情を浮かべるエーデル。

 その目を見るに、彼女自身も今気がついたと言った感じだ。

 

 その後、エーデルはやや申し訳なさそうに眉を下げて答えてきた。

 

「……そう、かも知れませんね。そう言われてみると、今日会った時から違和感を感じていた気がします」

「具体的には?」

「ライ君を見ている筈なのに、別の何かを重ねて見てしまってる、と言った感じでしょうか?」

「別の、何か……」

 

 エーデル自身もよく分かっていないようだが、その別の何かが嫌悪感を湧かせている原因なのだろう。……待て、この状況、前にもなかったか?

 

「ふふ、大丈夫ですよ。私はライ君がそんな人じゃないって知ってますから。多分これは私の思い込みでしょうね」

 

 考え込むライに対し、エーデルは向日葵の様に微笑みかけてきた。

 ライの問いかけによって自覚したエーデルは、自らの感情に対しうまく折り合いをつけたらしい。

 

 ――だが、ライとしては全然大丈夫ではなかった。

 

 原因不明の嫌悪感。

 別の何か。

 

 この症状とほとんど同じ状況をライは知っている。

 そう、初めて戦術リンクを行った、あの時のリィン達と酷似しているのだ。リィン達ほどの影響はないとはいえ、無視できる筈もない。

 

(ARCUSは……)

 

 ライは急ぎ懐のARCUSを取り出したが、戦術リンクの光は灯っていなかった。……いや、そもそもエーデル達と戦術リンクする事などあり得ないのだ。ライは2人と戦術リンクを行ったわけではないし、そもそもVII組でない彼女達はARCUSすら持っていない。

 

「ライ」

 

 と、そんな時、少し離れたところからフィーの声が聞こえた。

 

「フィーも聞いてたか?」

「ん。それよりもそこでじっとしてて」

 

 真剣なフィーの声を聞いたライは、彼女に言われるがままじっとする。

 すると、フィーはライの正面に立ち、ライ自身の顔を両手で押さえて覗き込んできた。

 

「まぁ!」

「えぇっ!?」

 

 園芸部のエーデルとヴィヴィが驚いているが無理もない。身長の違うライの顔を無理やり覗き込もうとした結果、2人の顔が急接近してしまったからだ。ライの視界全体に広がるフィーの大きく黄色い瞳。吐息が聞こえるくらいの距離ではあったが、2人の間に流れているのは甘い空気などではなく、むしろ真剣な張りつめた空気が漂っていた。

 

「……やっぱり、光ってる」

 

 ぽつりと、フィーは声を漏らした。

 それは以前、空回る島でフィーが言っていた言葉。あの時ライはそれをARCUSを指して言った事だと思っていたのだが、それは間違っていた。

 

「あの島のときと同じ。……ライの目が、青く光ってる」

 

 そう、ライの青い目は淡く輝いていた。

 月光の様な青色に。それはまるで、あの黄昏の羽根の様に……。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ――夜。

 フィーから目が発光するという謎の現象が明かされたライは、一足先に寮へと戻ってきていた。しかし、入口の扉を開けると、待っていたと言わんばかりにリィンの姿が。話を聞くと、フィーからARCUSを通じて連絡があったらしい。……何でリィンに?

 

「今更じゃないか?」

 

 そう言えば、部活見学の際も同じような感じだったか。

 サラ教官よりも教師に向いているんじゃないかってくらいの頼られ方であった。

 

「……それにしても、本当に光ってるな」

 

 対面のソファーに座ったリィンが、ライの目を見てそんな感想を漏らした。

 どうやら普段は気づかないくらいの明るさだが、今も光っている状態らしい。

 

「なあライ。月並みな感想だけど、これは詳しく調べた方がいいんじゃないか?」

「検査なら以前、ベアトリクス教官にしてもらったが」

「いや、トリスタじゃ設備も限られてるし、いくらべアトリクス先生とは言っても限界がある筈だ。それに、時間が巻き戻ったとはいえ一度死んでいる訳だし、正直なところ、もう一度調べてみた方がいいと思う」

 

 確かに、リィンの話にも一理ある。

 目の発光。例の超長距離リンク。加えて言うならば、あの時ラウラが異世界にこれた理由もまだ分かっていない。それら全てがライの死の後であると考えるならば、これは調べる他ないだろう。

 

 ……しかし、それには2つほど問題があった。

 

「問題は、どこで調べるかと、何時行くかか……」

 

 改めて言おう。ライは経歴不明の人間であると。

 まともな病院で受け入れてもらえる可能性は低く、また、シャドウ案件に関わっているとなると更に選択肢は狭まる。

 

 更に士官学院の生徒が休むのも簡単な話ではない。

 本当に緊急な状況ならば別だが、手続等でも相当な手間を有するだろう。

 

「こうなると、べアトリクス教官に伝手を聞くしかないか?」

「ああ、明日頼みに「――話は聞かせて貰ったわよ!」……サラ教官?」

 

 突如、入口の扉を蹴り破ってサラが突入してきた。

 少し酒臭い事を考慮するに、恐らくは若干酔っているのだろう。

 

「まったく水臭いじゃない♪ そんなトラブル抱えてるなら、まず教師である私に説明するのが筋じゃなくて?」

「……つまり調べる場所に心当たりが?」

「ええそうよ。今話をつけるから、ちょっと待ってなさい」

 

 そう言ってサラは懐から導力オーブメントを取り出し、早速どこかに連絡を取り始めた。

 

「あ、ナイトハルト教官? 済みませんが、明後日の会議に1名追加を。……ええ、アスガードを加えるよう伝えてください。……はい……生徒達は加えない方針でしたが、彼は本案件の中心人物。連れていく理由としてはそれで十分かと…………」

 

 酔っているとは思えないまともな口調で話を進めていくサラ。

 やがて、通信先のナイトハルトと話を纏めると、通話を止めてライに向き直った。

 

「と言う訳で、ライは明後日の授業を欠席。私と一緒に鉄道に乗ってもらうわ」

 

 どうやら問題は全て解決したらしい。

 

「今の会話、もしかして午前の件ですか?」

「ええ、急遽シャドウ案件に対して報告会議をすることが決まったのよ。会議の場所は《黒銀の鋼都ルーレ》。シャドウ対策の研究を行ってて最新鋭の設備も揃っているから、これ以上の場所はないんじゃないかしら♡」

 

 してやったと言う顔で問いかけるサラ。

 確かにこれ以上ない調査場所だと言えよう。

 しかし――

 

「突然の報告会議?」

「あー、やっぱりそこ気になっちゃうわよねぇ。……まぁ、一言で答えるなら、今回の会議は帝国正規軍が関わっていないって事よ」

 

 だから士官学院も予定外の会議を余儀なくされたと言う訳か。

 けれど、そうなったら今度は別の問題が浮上する。

 

 即ち、一体誰がシャドウ案件で招集をかけたのか。その答えは――

 

「そ。招集者の名はオリヴァルト・ライゼ・アルノール。現皇帝の第一子。要するに王子ね」

 

 想像以上のビッグネームであった。

 

 

 




GET:プチソウルトマト、開錠ムギ

――――――――
ペルソナ4に登場する野菜は異常だと思うんだ。

と、前置きはそれくらいにしておきまして、……長らくお待たせして申し訳ありませんでした! 最長でも1ヶ月と考えていたところ5か月近くも過ぎてしまった事を誠に申し訳なく思います。
また、このブランクで小説を書く感覚が曖昧になってしまっておりますので、文章についてご指摘がありましたらどうかよろしくお願いいたします。

……後、この5か月でゲームの新作も色々と発表されましたね。
switchのメガテン新作にストレンジジャーニーのリメイク。更には閃の軌跡2の続編である「閃の軌跡3」も! 2の2年後とか、クロスベルでも色々ある気しかしない! とまぁ、全て書くと長くなりすぎてしまいますので、このあたりで止めておきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。