心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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56話「ウラ・ノルド(3)」

 ノルド高原の異界にいた学者──ギデオンの提案により共和国軍に協力する事となったリィン達A班。彼らはその事を報告する為、ギデオンの先導で共和国軍司令官のいるテントに訪れていた。

 

「学生、それも帝国の士官学院に所属する者の協力か。本来ならば丁重に断っていたのだが……」

 

 司令官は憂いた瞳で周囲を見る。何人かの疲労しきった兵士が座り込み、中には怪我人と思しき男性が横に寝かされている。そう、今この状況は即ち、敵地の中で孤立無援と化した敗残兵と同じなのだ。手段を選んでいる場合ではないのだと、司令官も頭では理解していた。

 

「その提案、受け入れよう。──だが、我々は夕方頃、各方面へと偵察に向かった者達の報告を受ける手筈となっている。諸君らにはそれまで待機を命ずるが、異論はないか?」

「はい」

「そうか。ならば、一般人用に使っているテントに案内するとしよう」

 

 司令官が左手を上げると入り口で待機していた兵士がリィン達に歩み寄ってきた。彼がリィン達を一般人がいると言うテントに連れて行ってくれるのだろう。指示に従いテントの外、ぬめりとした空気の漂う湖畔へと出ていくリィン達。──しかし、”一般人用のテント”か。これは確認した方がいいかも知れないと、ガイウスは先導する兵士に近寄った。

 

「……何だ?」

「済まないが、1つお尋ねしたい」

「余り会話に付き合う余裕はないのだが、……まあ良いだろう。手短にな」

 

 ガイウスは失踪した2人の情報を兵士に伝えた。ふむ、と考え込む共和国軍の兵士に皆の意識が集中する。……ここで否定されれば可能性は潰える事だろう。文字通りこの異界は最後の望みなのだから。

 

「ノルドの子供、か。……確か、2名ほど保護したと言う話を耳にした様な」

「──! それは本当ですか」

 

 今度こそ、希望は繋がった。

 

 

 ──

 

 ────

 

 

「ガイウスあんちゃーん!!」

「ホントだ。ホントにあんちゃんだ」

 

「リリ、トーマ、よく……本当によく無事だった」

 

 一般人用のテントにいたリリやトーマと再会するガイウス。彼らはこの空間に半日いた為かやや疲れた様子であったが、怪我らしい怪我は見当たらない。再会を分かち合う家族を遠目で見たリィン達はほっと肩の荷を下ろした。

 

「──それにしても、共和国軍側に助けられていたなんてな」

 

 直前まで国家間の緊張状態を目にしていたが故に、リィンは心なしかモヤモヤとした違和感を感じていた。味方だった筈の帝国軍が脅威となり、敵対していた筈の共和国軍が結果としてリリ達を保護していたのだ。どっちが正しいのか分かったものではない。

 

「フン、考えるだけで無駄な話だ。立場や状況が変われば敵味方など容易に逆転する。善悪二元論で済む話じゃない事くらい、貴族であるお前も知ってるんじゃないか?」

「……悪いなユーシス。社交パーティーには出てないんだ」

「そうか」

 

 思いつめた様にうつむくリィンを見たユーシスは視線を外した。

 彼は彼なりに思うことがあるのだろう。青色の細い目を揺らすユーシスであったが、ふと、彼の視界に先導していた兵士が映る。

 

「……だが、油断ならないのは確かだろうな」

 

 リィン達をテントまで案内した共和国軍の兵士。

 彼は木の根元に座り込み、ただ無気力に項垂れていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「──ではこれより、第8回臨時報告会議を始める」

 

 夕方。時計ではその時間帯になった頃、ノルド高原各地に散会していた共和国軍が続々と湖畔に集まってきていた。その中には疲れ切った様子の者もいたが、関係ないと言わんばかりに集合するのは流石と言わざるを得まい。

 

「あの、私たちも参加して良かったんでしょうか?」

「多分良いんじゃない? ほら、あのギデオンって人もいるし」

 

 ちらりと水辺近くを見ると、そこには学者であると言うギデオンの姿。部外者である筈の彼がここにいるのだから、機密保持が必要な会議ではないのだろう。そう勝手に納得するエマ達を短く見た共和国軍の司令は、真剣な表情で口を開けた。

 

「まずは脱出経路の調査を行った各部隊、報告を行い給え」

「ハッ、ノルド高原南部のゼンダー門、及び監視塔を目指しましたが発見できず。視界の悪化により帝国方面への脱出は困難と思われます」

「第二部隊より報告。ノルド高原を北上しましたが北端にて視界が悪化。ノルド高原の外部への脱出は失敗に終わりました」

 

 だが、彼らの報告はどれも芳しくないものばかり。

 分かった事と言えば、この世界にエレボニア帝国関連の施設がない事と、ノルド高原から外に出る事が出来ないと言う事実だけだ。──そして、悪い報告はこれに留まらない。

 

「共和国軍本部より報告があります」

 

 彼らの話によるとこの世界にも共和国軍基地はあり、本隊は今も基地周辺を調査しているらしい。……だが、問題はここからだ。

 

「補給物資を輸送中に戦車型の魔物と接敵。こちらも導力戦車を用い応戦しましたが、無限に現れる魔物に襲われ2名が意識不明、導力戦車も1輌を喪失したとの事です」

 

 魔物──恐らくはシャドウの事だろう。共和国軍の戦力は奴らを退けられる程に強力ではあるものの、補給もままならない現状では目減りしていく一方となってしまっている。共和国軍に広がる焦燥感は、ここにいるリィン達ですら共感できる程に深刻なものであった。

 

「如何致しましょうか。我らがこの異空間に閉じ込められて早2日、帝国軍も既にノルド高原の大部分を支配しているものと思われます」

「分かっている。早急にこの空間を脱し、帝国軍の侵略を阻止せねば」

 

 ……しかし、ここでリィン達は致命的な認識のズレがある事に気づく。

 

 帝国軍がノルド高原を侵略している?

 むしろ逆だ。帝国軍もまた共和国軍の強襲を警戒して偵察に徹している筈。

 

 この誤解は解かねばならないだろう。そう感じたリィンは訂正しようとする。

 

 しかし、

 

「いや、それは──「全く、帝国軍もふざけた真似を! 我らカルバード共和国を憚かる為にアーティファクトまでも持ち出すとは!」──え?」

 

 誰かの怒号が木霊してリィンの声を掻き消してしまった。

 

 アーティファクト──古代文明の人々が残した超常現象を発生させる遺物なら、もしかしたらこの現象をつくる事も可能だろう。

 ……だが、違うのだ。これはシャドウの関わる事件であり、帝国軍は何の関係もない。そう説明しようとするも、誰も話を聞こうとはしなかった。

 

 ──これが帝国軍のやり方か!

 ──絶対に、絶対に奴らを蜂の巣にしてくれる!

 

 ダムが決壊するが如く、四方八方から怒りの声が交わされる。最早リィン達に止める術もなく、この空間は怒りの念に覆い尽くされていた。

 

「な、何なの!? これ!?」

「飲まれるな! 彼らの知りうる情報と状況を考えれば当然の話だ」

「でも、だからって……!」

 

 まるで暴動でも起きた様な喧騒だ。内に溜め込まれた不満や怒りが吐き出され、反響する様に広がっていく。

 

 ……だが、それを収める存在がいた。

 共和国軍の司令官。彼が片手を上げると、ピタリと共和国軍に広がっていた喧騒が止む。

 

「これが、我らの置かれた状況だ。我らは帝国軍の手により危機的状況にある。──故に、手段を選んではいられない」

 

 共和国軍の銃口が一斉にリィン達へと向いた。下手な言動は許さないと言わんばかりの警告だ。

 

「一体、何を……」

「惚けても無駄だ。報告を聞いていた時の反応を観察させて貰った。──貴様らは何かを知っているな?」

 

 ──知っている? 確かにリィン達はシャドウに関してある程度知っており、旧校舎内部と言う異界の存在も経験している。

 だが、彼らの求める情報はそんな事じゃないのだ。この世界に現れた魔物については知っているが、脱出方法は知らない? こんな説明で納得して貰える程冷静じゃない事くらい、先の喧騒を見れば理解できる。

 

 この状況下でとれる最善の道とは何か。気取られない様に道を探すリィンであったが、時間は待ってくれない。共和国軍の司令が指示を下す、その寸前。

 

「も~、しょうがないなぁ」

 

 場違いな程にのうてんきな声が辺りに響き渡った。

 

「ミリアム? 何をするつもりなの?」

「何って、こうなったら方法なんて1つに決まってんじゃん」

 

 ミリアムはその水色の髪を揺らし、まっすぐ前へと歩いていく。

 眼前には無数の銃口。誰かの指先が少しでも動けば、鉛弾が彼女の脳天を貫くだろう。

 

 しかし、彼女は一切の恐れを感じない。なぜならば、

 

「強 行 突 破 ってね!」

 

 ミリアムのトリガーは既に引かれていたからだ。

 

 ──刹那、ミリアムの背中から現れたアガートラムがその腕を振り上げる。

 唐突な脅威に銃口がぶれるその一瞬。アガートラムの巨腕が地面を粉砕し、近場の共和国軍を吹き飛ばした。

 

「怯むな! 彼らから何としてでも脱出法を聞き出すんだ!」

「そんなの知ってる訳ないって! ──ガーちゃん、バリアー!」

 

 吹きあがる粉塵に向けて放たれた銃弾。

 だがそれは、アガートラムが生み出した不可視の障壁(アルティウムバリア)に阻まれる。

 

 幾つもの銃弾が地面に落ちる中、ミリアムは変わらぬ笑顔でリィン達へと振り返った。

 

「ささ、ボクがおとりになってるから、皆はあの2人を連れて逃げてよ」

「で、でも、それじゃミリアムが!」

「これくらい慣れっこだって! ボクも後から追いかけるからさ!」

「……ああ、後は任せたぞ」

 

 あまりに強引な手だが、戸惑っている時間はない。

 リィン達は共和国軍に背を向け、リリとトーマのいるテントへと走る。追おうとする共和国軍を吹き飛ばすミリアムを見る事なく、ただ全力でテントへと駆け出して行った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──裏ノルド高原、南部。

 無事2人を連れ出したリィン達は、湖畔のキャンプ地を離れ、追っ手や徘徊するシャドウから身を隠しつつも南へと向かっていた。旧校舎の異界とは異なり、ここは表のノルド高原に近い構造の空間となっているらしい。だからこそリリやトーマを連れている現状であっても共和国軍の目を掻い潜って進むことができていた。

 

「……ミリアムちゃん、大丈夫でしょうか」

「仮にもあいつは情報局の人間だ。あれくらい何度も経験しているだろう」

「ですが、彼女はまだ13歳ですし……」

 

 今、リィン達が向かっているのはゼンダ―門があったノルド高原の南端だ。

 共和国軍の報告では何もなかったそうだが、共和国軍のテリトリーである東へ逃げる訳にもいかない。せめて土地の理があるであろう場所を目指す為、A班の面々は広大なノルドの地を歩いて横断していく。

 

 ……だが、移動手段もなしにこの高原を歩くのは、予想よりも困難を極めた。

 大気は曇り、見晴らしもそれほど良くない異界のノルド高原。あまりに広すぎる為か進んでいる気がしない。いや、この世界が旧校舎と同じならば本当に進んでいない可能性すら考えられる。

 何も変わらない。見晴らしのきかない草原も、真っ白に曇った空も、何も変わらない。

 もし時計を持っていなかったら時間ですら曖昧になっていた事だろう。今更ながら、この空間が異常であると嫌でも認識させられる。

 

「……リィン、もうリリが限界だ。どこかで一旦休憩を取っても良いだろうか」

「そうだな。現実世界じゃそろそろ夜になる頃だし、夜営する場所も探さないと」

 

 こんな四方八方が開けた場所では休憩もままならない。せめて何処か隠れられる場所はないかと全員で探っていると、アリサが「あっ」と呟いてとある方向を指差した。

 ──リィン達の右方60アージュ先。そこの崖に身を隠せそうなくぼみが空いていたのだ。あそこなら身を隠せるだろう。不幸中の幸いだと、A班の表情にわずかな笑顔が戻る。

 

 ……だが、

 

(何だか都合が良過ぎないか?)

 

「どうしたの? リィン」

「……いや、何でもない。今行くよ」

 

 脳裏に過ぎった疑問を振り払い、リィンもまた崖際のくぼみへと足を踏み出した。

 

 と、その時。

 リィンのポケットから微かにクシャリと紙の音が聞こえて来る。

 

「──紙?」

 

 そんなものを入れてたか? 何気なくリィンはポケットに手を伸ばす。

 中から出てきたのはメモ用紙程度の小さな紙切れであった。ご丁寧に四つ折りされたメモを不思議に感じつつも開いていく。しかし、その紙に書かれていた文面を見た瞬間、リィンの目は大きく見開かれた。

 

 

 ──この世界に関する手がかりを見つけた。共和国軍の監視が緩む早朝に、ノルド高原北東部の石切り場で待つ。 ギデオン──

 

 

 一体いつの間に仕込まれたのか。

 それはあまりに怪しく、あまりに不自然で、同時に無視できない文章であった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──

 

 ────

 

 

 ノルド高原の奥地にある石切り場。そこはかつてノルド高原に住んでいたとされる巨石文明の民が、建築資材の石を切り分け運び出す為に作られたとされる遺跡である。入り口は固い石材の扉で閉ざされ、苔の生えた階段状の建築物が広がる静かな秘境。……リリ達を探しに行ったあの時は、確かそんな場所の筈だった。

 

「──導力エネルギー充填」

 

 アリサが構えた弓の前方に導力の陣が生まれ、幾多の矢となって放たれる。

 ──ロゼッタアロー。赤熱した矢が直方体の石材に次々と命中し、轟々しい爆発を巻き起こした。

 

 後に残されたのは粉々になった破片が黒い霞となる光景。つまり、アリサが射抜いた石材はシャドウと言う事になる。

 

「あのメモの内容、どうやら本当だったみたいね」

 

 カーン、カーンと甲高い音が鳴り響く遺跡を見渡してアリサが呟く。

 

 そう、石切り場の遺跡内部は異様な空間へと変貌していた。

 岩を削る音とともに、独りでに壁の石材が削られていく。そうして切り出された石材には不気味な手足が生え、自立して外へと歩き始めているのだ。先ほどアリサが倒したシャドウもその内の1体。まるで悪夢の中にいる様な不気味さに、自然と鳥肌が立つのをアリサは感じていた。

 

(……でも、怖がってちゃいけないわよね)

 

 後方へとアリサは視線を移す。

 そこにはリィン達に守られる形でついて来たリリとトーマが、手を握り合って恐怖に立ち向かっていた。

 

「ううぅ~……」

「大丈夫かリリ。絶対に守ってやるからな」

「トーマ、今はお前も守られる側だ。あまり俺から離れない様にな」

「わ、分かったよ、あんちゃん」

 

 本来ならばどこか安全な場所に置いてくるべきなのだが、残念なことに安全な場所など何処にもない。ミリアムが未だに戻ってこない現状では戦力の分断もままならない為、リィン達は仕方なく彼らも連れていく事にしたのだ。

 

 ……しかし、今にして思えば、この方針はそれ程悪くなかったかも知れない。

 何故ならこの場には、もう1人護衛せねばならない人物がいたからだ。

 

「ふむ、この地に伝わる伝承が反映されたとみるべきか……」

 

 自身を学者だと言う灰髪の男、ギデオン。彼はくたびれた眼を細めて石切り場を注意深く観察していた。今の彼にとってこの異界も興味の対象でしかないのだろうか。まるでシャドウに恐怖を抱いていない様子を見ていると、何故だか得体の知れない不気味さを感じてしまう。

 

「ギデオンと言ったか。そろそろ説明して貰おう」

「何の事だ?」

「とぼけても無駄だ。何故リィンのポケットにあんなメモを仕込んだ? それに、共和国軍が見つけられなかったここを発見した事も不自然極まりない」

「フッ、何だそんな事か。──なに、私も諸君らと同じく知っている側の人間だと言うだけの話だ」

 

 知っている側。その単語が出た瞬間、リィン達の間に緊張が走る。

 

「クク、どうしたのかね」

「……ギデオンさん。あなたは一体?」

「それは前に一度言ったはずだが。──私は学者だ。それも、今は帝国で噂になっている”ある魔物”を研究している」

 

 ギデオンは、わざとらしく"ある魔物"と言うワードを強調した。恐らくは確認を兼ねての行動だろう。故にリィンも今まで控えていたワードをあえて口にする。

 

「"シャドウ"の研究を?」

「フッ、そう捉えてくれて構わん」

 

 シャドウの単語を聞いたギデオンは満足げにうなずき、「続きは進みながらするとしよう」と勝手に進んでいってしまった。残されたリィン達5名とリリ・トーマ。彼らは一瞬足を止めて考えた後、ギデオンを追って石切り場の奥へと走っていった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 入り組んだ洞窟の内部。依然として不可思議な光景が続く中、ギデオンが唐突な問いかけをしてきた。

 

「……諸君らは、上位3属性についてどれだけ知っている?」

 

 流れを考えるに、これもシャドウに関するものなのだろうか。

 疑問に感じつつも、アリサは素直に答える事にした。

 

「上位3属性って、空、時、幻の導力魔法の事ですよね?」

「ふむ、一般人が知るのは所詮その程度か。……面倒だが仕方あるまい。導力オーブメントに使用される七耀石は四大元素である”地水火風”と、空間・時間・因果を司る”空時幻”の計7種類存在している。しかし、自然界に巡るエネルギーは地水火風の下位4属性だけだ。その矛盾を今まで不審に思った事はないか?」

「え? でも、それは当たり前の事で……」

「当たり前、か。──私も以前はそう思っていた」

 

 そう言いながらギデオンは懐から銃を取り出し、同時に小石を拾って空中へと投げた。次の瞬間、発砲音が1つ木霊する。ギデオンの導力銃から放たれた銃弾が小石を貫いたのだ。……だが、その後小石が落ちた音は聞こえてこない。銃弾が小石に接触した瞬間、謎の発光とともに小石自体が消滅した為である。

 

「消えた!?」

VANISH(バニッシュ)……。もしかして、ここは上位属性が働いているんですか!?」

 

 その事実に一番驚いていたのは意外な事にエマだった。

 いや、彼女の言葉を聞く限り、エマはこの異変について何か知っているらしい。四面楚歌の視線を浴びたエマはしまったと言った表情をした後、観念したのか今の現象について説明し始めた。

 

「今のはVANISHと言いまして、空、つまりは”空間”を司る力によって異空間に飛ばされる現象なんです」

「い、異空間!?」

「一時的に、ですけどね。上位属性の働いている場所は他にも時、幻の力が働いていて、時には因果を無視して死に至らしめる事もあるらしいです」

「なるほど。本当に委員長って物知りだな」

「えっ!? いや、その……、この前偶然本に書かれていたのを見つけまして……」

 

 慌てて弁明するエマ。明らかに何かを隠している様子であったが、今はそれよりもギデオンの話を聞くことが先決だ。シャドウのいる空間と上位属性。その因果関係を知らねばならないのだから。

 

「ギデオンさん。それで、この上位属性の働く空間がシャドウと何か関係が?」

「単純な話だ。──シャドウはこの上位属性と特段相性がいい。その為、奴らは上位属性が働く場所に集まり異界を形成していると言うのが、私の研究成果となっている」

 

 そのまま彼は詳細について説明し始めた。

 

 ──帝国各地に現れたシャドウ。奴らは通常兵器では倒せないにも関わらず、継続的な被害をもたらしている様子は見られない。それは何故か? ……答えは、シャドウが現実世界とは異なる世界へと移動していた為である。そもそも、空間・時間・因果の3種は人の心・認識に大きく関わってるとの説があるらしく、心と深く関わっているシャドウにも似た性質が見受けられるらしい。だからこそ、襲撃を終えたシャドウ達は上位属性のある場所に集い、異界を形成していると言うのがギデオンの話であった。

 

「つまり、このノルド高原に来たのも古代文明の遺跡があって、上位属性が働く場所がないか探していた、と言う事ですか?」

「フフ、まあそんなところだ」

 

 だとしたら、軍より先に見つけられてもおかしくはないのだろうか? 共和国軍に伝えなかった理由としても、リィン達と同じだとすれば説明もつく。他に考えることはないか?と思考を巡らせるリィンであったが、ふと、素朴な疑問が浮かんできた。

 

「この話が本当だとしたら、上位属性の働く場所を探せば効率的にシャドウ事件に対処できるんじゃないか?」

「多分それは難しいと思います。何せこの帝国には古代と関わるものが至るところにありますから」

「……そう言えば、ライ達のいるブリオニア島にも遺跡があるって話だったな」

「ええ、あそこにもノルド高原と同じような巨像があると聞いています」

 

 もしや、ライ達の方でもシャドウ関連の事件に巻き込まれているのか? そんな思考が過ぎったリィンはわざらしく頭を振って思考を散らす。ライの事だから本当になってしまいかねないとリィンの直感が訴えたが故の行動である。

 

 ……そうこうしている内に、リィン達は石切り場の最奥へと辿り着いた。

 ぽっかりと開けた洞窟内の空間。そこには遺跡の柱が乱立しており、苔に覆われた石が歴史を感じさせる。

 

「行き止まり?」

「そう、みたいですね」

 

 結局、この異界を生み出した原因とやらは見つからなかったと言う訳だ。

 少々の落胆を感じつつも、広場を見渡したリィンはギデオンに向かい直る。

 

「どうやらこの場所は外れの様ですが、まだ他に道があるかも知れない。ご同行願えますか?」

「了解した。……しかし、その前に1つ聞かせて欲しいのだが」

 

 ギデオンの視線がリィンの太刀へと向かう。

 ……もしや、リィン達の持つ力が気になっているのだろうか。確かにシャドウを殲滅できる力は研究者にとって無視できないものだろう。それに、あれだけの情報を貰っておいてリィン達だけ答えないと言うのも無礼な話だ。

 

 仕方ないか。

 リィンがペルソナについて話そうとした。

 

 

 ……だが、その時、

 

「そこまでだ」

 

 ユーシスの手が、リィンの視界を遮った。

 

 

「ユーシス? どうしたんだ?」

「フン、これだからお人好しな人間は。信用にたる人間かどうかは、もう少し慎重に選んだ方がいい」

 

 妙に刺々しい口調でユーシスはギデオンを睨み付ける。

 まるで確信を持ったかの如き、敵対的な視線だ。

 

「ギデオン。貴様、何故そこまで知っている?」

「答えるに値しないな。私の研究はまだ軍にも伝えていない。何もおかしくはないのではないか?」

「……いや、十分に不自然だ」

 

 ユーシスは直剣を抜いてギデオンに突きつける。

 

「シャドウが心の存在だと言う事実はここ最近になって発覚したものだ。軍への報告もしていない学者が、それを当然の事実として話すはずがあるまい」

 

 そう、仮にギデオンが独自に心の存在だと発見したのであれば、それも研究成果として口にしていなければおかしい。それをしなかったと言う事は、ライ達が軍へと報告した内容を知っているにも関わらず、故意に情報を隠していたと言う事になる。……そんな真似が通用する程、帝国は自由な国ではないのだ。

 

「貴様、普通の学者じゃないな?」

 

 ユーシスの刃先がギデオンの首元に伸びる。

 余計な真似は許さない。これは、その意思表示であったのだが──

 

 

「──ふむ、そろそろ潮時か」

 

 突如、真っ黒い何かが地面から吹き出し、ユーシスの剣を吹き飛ばした。その黒い何かとは即ちシャドウ。そう、シャドウがギデオンを守ったのである。

 

「ッ、本性を現したか」

「改めて自己紹介させて貰おう。──我が名はギデオン。革命の火種をまき、帝国に入り込んだ巨悪を打ち滅ぼさんとする者だ」

 

 ギデオンはシャドウを前にしながらも悠然と懐からあるものを取り出した。月の明かりが零れる青色の薬剤。それはまさしく、リィン達が追っていたあの薬である。

 

「……グノーシス。本当に、お前がこの事件の黒幕なのか? ケルディックの時も、セントアークでの一件も、お前が!?」

「ああ。その件に関しては感謝しているよ。お陰で私はまた一歩、かの世界について知識を深めることが出来た」

 

「かの世界? ……いや、そんな事はどうでもいい。ギデオン、今はお前の目的を聞く事が先だ!」

「目的? ああ、この地に来た目的ならば既に達成している。──実に単純な流れだった。帝国軍と共和国軍を引きはがし、お互いに偏った情報を信じる様に場を整える。たったそれだけであの有様だ」

 

 それではまさか、あの共和国軍の集団意識を作り出したのは彼が原因だったのか? 思わずリィンの太刀に力が籠るが、ギデオンの前に出現したシャドウは分厚く、容易な接近を許さない。

 

「無駄だ。このシャドウは仲間を召喚し続ける。そう言う願いを刻んでおいた」

 

「御託はいい。貴様が俺達をここに誘き寄せた理由を教えて貰おうか」

「ああ、その話か。それならば先ほど言った筈だが? 私はお前達に聞かねばならないことがあると」

 

 ……そういえば、ユーシスに止められる前にそんな事を言っていたか。

 

 ギデオンは一体何を聞くつもりだ?

 リィン達は武器を構えたまま、ギデオンの一挙一動に意識を払う。そんな中、彼は含みのある笑みを浮かべ、

 

 

「ペルソナ、と言ったか。──何故、お前たちが”かの世界”の力を振るえている?」

 

 

 そう、リィン達に問いかけた。

 

 

 

 

 




……済まない。3話で終わらなかったんだ。

なお、空時幻が人の思考と関わっていると言うのは軌跡にない独自設定となっております。詳しく知りたい方は哲学者のカントで検索を。ペルソナは何気に哲学の要素を多分に含んでいますので、シャドウが時空間を操れる理由はこれかなぁ?と考えながら読んでみると色々面白いです。

――とまぁ、そんな事より、遂にペルソナ5が発売しましたね!
私はこの話が書きあがるまでプレイしないと勝手に決めていたのでまだ開封していませんが、限定版のBGMを聞くだけでテンション上がります!
皆様も良いゲームライフを!

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