心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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55話「ウラ・ノルド(2)」

「ガイウスさん! トーマさんとリリちゃんがいなくなったって本当ですか!?」

「ああ、朝になったらもぬけの殻だった」

「そんな……」

 

 静かに時の流れていた早朝のテント内は、ガイウスの来訪とともに一転騒然となっていた。

 昨夜エマ達と楽しく話していた子供達の失踪。広大なノルド高原に生まれた影が今、リィン達の心に焦りを生じさせていく。

 

「……不味いな。今のノルド高原には帝国軍が目を張り巡らせている。保護される可能性もあるが、夜通し索敵している兵士では区別がつくかどうか」

「ま、待ってください。まだ集落を出たって決まったわけじゃ」

 

 よりによって国家間の緊張が高まったこのタイミングで。憶測が憶測を呼び、最悪のイメージが脳裏に次々と浮かんでいく。様々なIFが焦りを高めていく。……だが、こうして話していても仕方ない。リィンは皆の会話を一旦区切らせた。

 

「これはもう特別実習をしている状況でもないよな。――これよりA班はトーマ、リリの両名を捜索する。みんな異論はないか?」

 

 リィンの視線がA班全員の顔を見渡す。アリサ、エマ、ミリアム、そしてユーシス。彼らの中で反対の反応を見せる者は1人としていなかった。それを見たガイウスは深く、深く頭をさげる。

 

「……助かる」

「礼など要らん。それよりも2人の行動範囲は推測できるのか?」

「リリはまだ幼いがトーマはしっかり者だ。集落の外に出るとは思えないが……」

 

 集落にいるのならそろそろ見つかっていてもおかしくないと、ガイウスは言い淀んだ。

 けれども集落の外は余りに広く、手がかりなしに探し回るのは無謀と言う他ない。

 

「なるほどねー。だったらボクがガーちゃんに乗って空から探してみるよ! みんなはそこで待ってて!」

「え、ちょ、ミリアム!? まだ話し合いは――」

 

 アリサの制止を聞く筈もなく、ミリアムはアガートラムを伴ってテントを飛び出していった。恐らくは今頃、ノルドの人々を驚かせながらも上空を旋回している頃だろう。A班の間に諦めにも似た空気が流れ始める。

 

「リィンさん。どうしましょうか?」

「……ミリアムは待っててと言ってたけど、正直今は時間が惜しいな。俺たちも地上で手がかりを探してみないか?」

 

 空中からは見落としてしまう痕跡があるかも知れないし、他の人に話を聞いて回るのも1つの手だろう。ならば散会して手がかりを探して回るのが得策だろうとA班は結論づけた。

 

「こんなときエリオットがいたら助かったのに……」

 

 エリオットのアナライズさえあれば、この広大なノルド高原であっても人探しは容易であっただろう。仕方のない話ではあるが、もしエリオットがA班だったらと言う邪念が生まれるのは無理もない話だ。

 ……実際のところ同じ日に、遥か東のブリオニア島にてシャドウを探し回るエリオット達がいたのだが。そんな事は知る由もないA班は、無い物ねだりの邪念を払って捜索を始めるのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ……10分、30分と時間ばかりが過ぎていく。

 

 集落の入り口、アリサの祖父がいる湖畔のロッジ、果ては湖を上空からくまなく探索してみたものの、リィン達は痕跡1つ見つける事は叶わなかった。不自然なほどに何も見つからないのだ。トーマが普段移動に使っている馬もそのままであったし、真新しい足跡なんてものも存在しない。まるで神隠しにあったかの様な失踪事件に対し、A班の捜索は暗礁に乗り上げてしまっていた。

 

「――何も見つからなかったか」

「父さん、帝国軍の方はどうでしたか?」

「昨日から何も変化はないそうだ。無論、子供を見かけたと言う報告もないらしい」

 

 ゼンダー門から帰ってきたラカンは、馬から降りる暇も惜しみガイウスと情報交換をしていた。

 今のところ判明している事実は”国家間の闘争に巻き込まれた訳でない”事と、”何処にも痕跡が残されていない”事の2点のみ。それを確認したラカンは一旦ガイウスから視線を外し、何やら小声で呟き始める。

 

「……深夜の失踪、共和国軍の消失。……――まさか」

 

 突如、ラカンがハッとした表情を浮かべた。

 そして即座に馬を翻し、ガイウスに言葉を告げる。

 

「ガイウス、お前達はこのまま東まで捜索を広げて欲しい」

「はい。――父さんはどこへ?」

「帝国軍に確認したい事が出来た。私は再度、南部のゼンダー門に向かう」

 

 その言葉を最後に、ラカンは馬に鞭打って広大な平原へと駆けていく。

 残されたのはラカンの意図を聞きそびれてしまった学生6名の姿であった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 その後、リィン達はゼンダー門で借りた馬に跨り、ラカンの指示通りにノルド高原を東に向かった。

 そもそも集落地としていた湖畔周辺は起伏が大きく、湖の西と北に行くのは困難を極めるのだ。もし仮にトーマ達が偶然にも痕跡を残さずに集落を出たとするならば、東を探すと言うのも悪くない判断だろう。

 

 だが、今は気になる事は他にもあった。

 道案内も兼ねてリィン達6人の先頭を駆けるガイウス。彼の纏う空気が、誰の目から見ても明らかな程に張り詰めていたのである。

 

「…………」

「ガイウス、大丈夫なの?」

「……問題ない」

 

 現に心配するアリサの声にもどこ吹く風だ。何時もの温和なガイウスを知っているからこそ、今のガイウスは見ていられない。それはアリサも同じなのか馬の上でう〜んと唸っており、やがて話題を前向きに変える作戦に出た。

 

「ねぇガイウス。この先には何があるの?」

「この先にあるのは古代の人々が使っていた石切り場と、後は巨像くらいだ」

「――巨像?」

 

「ねぇ! それって、あれのことじゃないかな?」

 

 リィンの後ろに乗っていたミリアムが前方の斜面を指差す。

 少しずつ姿を表す山肌の遺跡。歴史を感じさせる古い石材の形を理解した時、皆は口を開き言葉を失ってしまう。

 

 ――まるで、山に半身が埋まった人の様な姿をした像。

 本当に生きていた様にすら感じられてしまう、余りにリアルな鎧の姿。

 

「……これは凄い、な」

「そう、ですね」

 

 その壮大さに視線が釘付けになってしまったリィン達は、思わず巨像の前で馬を止めてしまった。じっと見つめていると、巨像がその手足を振るい動き出すんじゃないかと言う錯覚に陥ってしまう。古代の文明は何を思ってこんなものを作ったのか。高原を吹きすさぶ風を一身に浴びながら、6人の少年少女は巨像の顔を仰ぎ見る。だが――

 

「おや、君達もこの巨像を見に来たのかな?」

 

 今この場には、7人目の人間が存在していた。

 

「あの、済みません。貴方は?」

「おっと、これは失礼。僕はノートン、帝国時報社に所属するカメラマンだよ」

 

 帝国時報社とは、帝都ヘイムダルに本社を置き新聞を作成・販売している会社である。ノートンと名乗る男性が両手で抱えている高そうな導力カメラを見れば、それが事実だと伺い知ることも出来よう。……しかし、戦車が闊歩するこの状況下で写真を撮影しに来るとは。中々に度胸のある人物である。彼のそばにある寝袋を見る限り、一晩中動かなかったからこそ無事だったのか。

 

 そこまでリィンが理解したその時、静かにエマが近づいてきた。

 

「……リィンさん。もしノートンさんが一晩中ここにいたんでしたら、何か知っているかも」

「――! ああ、そうだな」

 

 トーマとリリがいなくなったのは昨晩だ。話を聞いて見る価値はあるだろうと、馬から降りたリィンはノートンに話しかける。

 

「ノートンさん、一晩中ここで写真を撮ってたんですか?」

「ん? まぁ帝国軍の戦車が来てたから動くに動けなかったんだけど、……何かあったのかな?」

「はい、実は――」

 

 それからリィンは2人の子供がいなくなった事をノートンに告げた。ノルドの民族衣装を身にまとったトーマとリリ、2人の特徴も合わせて伝えたものの、ノートンの返答はNO。昨晩は魔獣や帝国軍を警戒して一睡も出来なかったそうだが、子供の姿は見ていないらしい。

 

 結局は収穫ゼロ。ある種予想通りの展開にリィン達は心の中で肩を落とす。が、

 

「ーーふむ。しかし、深夜にいなくなった、とはまた……」

 

 失踪の話を聞いたノートンは何やら唸っていた。

 

「何か心当たりがあるんですか?」

「ああいや、済まない。これは流石に今回の件とは無関係で――」

「今は少しでも手がかりが欲しい状況です。お聞かせ願えますか?」

 

 何せかれこれ数時間は何も得られなかったのだ。

 関係あるかないかなど選んでいる暇はない。そんな気迫を受け取ったノートンは「落胆するかも知れないけど」と前置きをして、その髭を蓄えた顔を縦に振った。

 

「僕が思い出したのは、後輩から聞いた噂話だよ」

「噂話?」

「この辺りで密かに広まってるものらしく、オカルト好きな人が知ってるくらいのマイナーなものらしいんだけどね。――午前0時の水面を見てると、そこには別世界が映るらしいんだ」

 

 確かにそれは、一見何の関係もない与太話に聞こえる。……だが、時間帯に別世界。それらのワードに何か引っかかりを感じたリィンは、時間がない事を理解しながらもノートンに続きを促した。

 

「そこにはもう1人の自分がいて、見た者を向こう側の世界に引きずり込んでしまうらしい。まぁ、後輩は夜の水辺に近づかせない様にする為の在り来たりな話だと言ってたけど」

「水辺、向こう側の世界……。他には?」

「う〜ん、確か続きがあった筈なんだけど、僕が覚えているのはここまでなんだ」

「……そうですか。ありがとうございます」

「力になれず申し訳ない。早く見つかる事を祈っているよ」

 

 少しバツが悪そうにノートンは一礼して、そのまま取材用の撮影に戻っていく。

 それを見送ったリィン達は、何か喉に突っかかる様な気分になりながらも捜索に戻るのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「水面に映る別世界……、やっぱり何か引っかかるんだよな」

 

 結局、石切り場まで行ったが何も見つけられなかったリィン達は回り回って集落の湖へと戻ってきていた。今は各自、それぞれ散開して見逃したものがないか探っている。しかし、リィンだけは水面を眺めたまま先の噂について考え込んでいた。

 

「おい、そこで何をしている」

「ん? ああ、ユーシスか」

「ユーシスか、じゃないだろう。こんな場所で燻っている場合かと言っている」

「まぁ確かにそうなんだけどな。……どうもさっきの噂話が気になるんだ」

「フン、大方”決まった日時”や”別世界”と言う特徴から旧校舎を思い浮かべたんだろう? 話自体はよくある噂話に過ぎん」

 

 ユーシスの言うとおりかも知れないと、リィンは息を吐いて考え直した。

 現に水面に映るリィンの顔は普段鏡で見ているままの黒髪だ。噂は所詮噂なのだと、リィンは何気なしに水面に映った自身の顔を触ろうとする。

 

 ……だが、

 

 

「――ッ!?」

 

 

 水面に指先を浸けたリィンは、途端に目を見開いた。

 

「む、どうした?」

「……感覚がないんだ。水に浸かった、感覚がない」

 

 確かに指は水面に入っているにも関わらず、リィンの指先は微塵も水に触れてはいなかった。……いや、それだけじゃない。水面に入れた際に発生している波紋も何故だか白く発光している。

 

 ――まるで何処か”別世界”に繋がっている様な異変。

 

 隣でその光景を目にしたユーシスも顔をしかめ、即座にリィンの触れている水面へと指を伸ばす。……不可思議な指の感触。それを確かめたユーシスは「皆を集めてくる」と言い残してこの場を後にした。

 午前0時の水面に映る別世界。今は晴天下の昼前ではあるものの、噂は決してお伽話ではなかったのだ。

 

 

 ――

 

 ――――

 

 

「……本当ね。指が全く濡れてない」

 

 水面からちゃぷんと指をぬいたアリサが不思議そうに呟いた。

 

 ユーシスの集合に応じて湖畔に集まったA班の残り4名も最初は懐疑的であったが、この光景を目にしては納得せざるを得ないだろう。彼らが見る湖の水面は普通のものの様で、けれども異質な何かを有している。まるで旧校舎の異変と同じ様な現象がここでも起こっているのだ。

 ……だが、この現象は誰もが起こせるものではなかった。A班の中で扉を開けたのはリィンとアリサの2人のみ。他の4人が試した際には普通に水中へと手が浸かっていた。

 

「リィンさんとアリサさんに共通している事といったら、……やっぱりペルソナ、なのでしょうか?」

「ああ、俺も委員長と同じ考えだ。今回の件もペルソナ、いやシャドウが関わっているなら色々な異変に説明もつく」

「……共和国軍の話ね。ホント、なんで今まで気づかなかったのかしら」

 

 帝国軍の話を聞いていたからか、すっかりその可能性が頭から抜け落ちてしまっていた。いや、そもそもこんな異変がそこらじゅうにあって良い訳ないのだから、簡単に思い浮かばなくても無理もない話ではある。

 

 まあ、そんな事はどうでもいい話だ。

 異変へと続く手がかりを見つけたリィン達にとって、悩ましい問題は別にあるのだから。

 

「それより、これからどうしますか? この先に行ったら戻ってこれる保証もありませんし、……それに、今はライさんもいませんし」

 

 そう、今この場にライがいない。これは、シャドウの影を見たリィン達にとって結構深刻な問題であった。そもそもリィンやアリサがペルソナを召喚するにはライとの戦術リンクが必要である。しかしながら、今ライは帝国を挟んで西のブリオニア島で特別実習をこなしている事だろう。到底ARCUSの導力波が届く距離ではない。

 

 先に進むべきか、準備をするべきか。

 ここは慎重に考えるべき状況だ。けれども、リィンの脳裏に一瞬、灰髪の青年が浮かんだ。

 

(ライだったら、間違いなく1人でも進むんだろうな)

 

 本当に考えているのか問いかけたくなるくらいに即断で。悩みなど捨てたと言わんばかりに直進で。本当に、周りの気苦労も考えない奴だと、リィンは僅かに苦笑いをこぼす。

 

 リィンが目を向けるのはガイウスの姿。

 暗い表情が見え隠れするクラスメイトを見たリィンの心に、確たる方針が生まれる。

 

「……いや、ここは進まないか?」

「リィン?」

「もう半日近く経っているんだ。もしトーマとリリがこの先にいるのなら、正直1分1秒を争う状況だと思う」

 

 リィンは周りに理解を促した。

 そう、これがリィンの在り方だ。ライの様に先頭から引っ張り上げるのではなく、集団の重心となって調和を図る。それも1つのリーダーとしての形だと言えるだろう。

 

「そーそー! 悩んでる暇があったら行動しなきゃ!」

 

 それに賛同するミリアムの声。

 こうして、A班の意識は1つへと纏まった。

 

「これより、A班は水面の向こうへと突入する。――行くぞ、皆!」

「「応!」」

 

 掛け声とともに、リィン達は湖面へと躍り出る。

 真っ白に輝く湖面。彼らはこうして異界へと突入した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ――……――――

 

 湖に飛び込んだリィン達は、不可思議な空間を落ち続ける。

 白と黒の縞模様が猛烈な速度で後方へと過ぎ去り、どこまで落ちても底など見えない。

 

 だが、そんな異様な光景も唐突に終わりを告げた。唐突に水中へと投げ出されたA班。思いもよらぬ展開に思考が追いつかず、ゴボゴボと空気が肺から逃げていく。――ここは湖の中なのか? 漸く意識が追いついたリィン達はその事に気づき、急ぎ水面へと浮上した。

 

「ぷはっ!」

 

 水面から顔を出したリィン達を待っていたのは真っ白に曇った大空。顔に張り付いた水滴を振り払い、漸く周りの光景を視認する。

 

「ここって、さっきまでいた湖?」

「……似ているが、少し違うな」

 

 湖の形は先ほど飛び込んだものと同じであり、近くにはノルドの集落もある。

 だが、2人を探し回っていた筈のノルドの人々の姿はどこにもなく、晴れていた筈のそらも曇ってしまっていた。それに加え、このねっとりと重たい空気を吸い込めば、否が応でも旧校舎の異界を思い浮かべる事だろう。……そう、ここは正しく異界であったのだ。

 

 ひとまず、リィン達6名は集落のテントがある地上へと泳いていった。

 もしトーマとリリが同じルートでこの世界にやってきたのだとするならば、彼らは今もあのテントにいる可能性が高い。そう言うガイウスの言葉を頼りに、リィン達はノルドのテントへと足を運ぶ。

 

 だが、ここは既にシャドウのテリトリーでもある。

 テントの中から飛び出してくるのは2人か、それともシャドウか。リィンは太刀を握りしめ、ゆっくりと入口を開ける。

 

 

 だが、リィンを出迎えたのはそのどちらでもなかった。

 

「――貴様ら、何者だ!」

 

 リィンの額に、鈍い輝きを放つ導力ライフルの銃口か押し当てられる。テントの中にいたのは、アーマーを着込んだ軍人らしき男であった。

 

「武器を捨てろ。これは警告だ」

 

 軍人は余裕のない怒声がリィンを襲う。

 下手な行動を取れば射殺も厭わないと、そう言わんばかりの勢いだ。

 

(もしかして、共和国軍の兵士なのか!?)

 

 リィンの頬に冷や汗が滴る。

 銃口があまりに近すぎるため、指一本でも動かせば額に風穴が空く事だろう。あの様子を見るに交渉の余地などない。

 

(――それに)

 

 軍人は1人ではなかった。

 他のテントにも潜んでいたのか、今やリィン達をぐるりと囲む様に銃口がこちらを向いている。

 

 今は彼らの言う事を聞くしかないか。

 リィンがそう判断したその時、テントの奥から眼鏡をかけた男性が歩いてきた。

 

「待ってください。彼らもまた、この世界に飲み込まれた者でしょう。まずは話をするべきではないですか?」

「……了解した。許可する」

 

 男性の言葉を聞いた兵士は銃を下げ、他の兵士にも同様の指示を下す。

 

 まだ状況が飲み込めないが、どうやら危機は脱したらしい。

 リィン達に向けられていた銃口が全て下げられたのを確認した男性は、その灰色の髪を整えながらもリィンに話しかけてきた。

 

「申し訳ない。彼らもかれこれ2日間この世界に閉じ込められ、精神的に追い詰められてしまっている様だ」

 

 やはり、彼らは失踪した共和国軍らしい。

 彼らもまたトーマ達と同じく巻き込まれた側の人間であると察したリィンは、ほっと肩の力を抜いた。

 

「いえ、状況は飲み込めましたので。それよりも貴方は? 見たところ軍人ではないみたいですが……」

「私は学者をしている者だ。調査のためにノルドへと赴いたのだが、気づいたらここに来てしまっていた」

 

 どうやら、ここには異界に飲み込まれた人々が集まっているらしい。だとすればここにトーマ達がいる可能性は非常に高まった。心の中で安堵するリィンであったが、男性の話はまだ終わってはいなかった。

 

「見たところ君達は士官学院の生徒か。先ほどの立ち振る舞いを見るに相当の手練れと見える」

「いえ、俺はまだ修業中の身ですので」

「謙遜の必要はない。今はいくら戦力があっても足りないくらいだ。この世界から脱するために、是非ともその力を貸して欲しい」

 

 男性はそう言って手を差し出してきた。

 この手を取っても良いものか、リィンは後ろにいる仲間達へと視線を向ける。

 

「まー良いんじゃない? ボクたちも脱出方法を探さなきゃだし」

 

 楽観的に見えるミリアムの返答であったが、あながち的外れではないだろう。特に反対もないと確認したリィンは視線を戻し、男性の手を握り返す。

 

「分かりました。よろしくお願いします」

「ああ。……私の名はギデオン。よろしく頼むよ、士官学院の諸君」

 

 眼鏡の奥に不敵な笑みを浮かべ、灰髪の男性はそう名乗った。

 

 

 

 

 




噂好きの学生「午前0時の水面に映る別世界だって? そんなの常識さ!」
……1年前の布石をようやく回収出来ました。

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