心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

52 / 101
51話「逆転の鍵」

 ――掠れ切った意識の中、ライはいつの間にか真っ暗な世界に浮かんでいた。

 

 まるで暗い深海に沈んでいる様に。

 体はピクリとも動かず、体の芯から凍りついたと錯覚する程に冷え切ってしまっている。

 

 ここはどこだ? と、ライは独り言を呟こうとした。

 けれども言葉は出てこない。声になる筈だった空気は、何度息を吸い込もうとも肺に溜まらず逃げていく。

 

 ……そう、ライの胸には大きな風穴が空いていたのだ。

 

 肺や心臓を貫通する大穴を見たライは、ああ、そう言えば、殺されてしまったのだったかと1人納得する。ならばここは死後の世界か? 心まで凍てつきそうな暗闇の中で、段々と意識も薄れていく。

 

 

『――瞳を開けたまえ』

 

 

 ふと、誰かの声が聞こえた気がした。

 

『君はこのまま夢の半ばで倒れてしまうのかね? さあ、瞳を開けたまえ』

 

 瞳を? ……もしかして、この暗闇は、単に目を閉じていただけなのだろうか。

 

 だとしたら答えは1つだけ。

 ライはグチャグチャに潰れてしまった脳を働かし、無理矢理に重いまぶたを開けた。

 

 霞んだ視界に光が入る。

 瞳を開けたライが目にしたのは、幾万幾億もの星々が輝く、広大な銀河であった。

 

 ライが浮かんでいたのは宇宙のど真ん中。その果てしなく壮大な光景に呑み込まれてしまいそうな錯覚に陥る。そんな中、ふと、ライの前を金色の蝶が横切った。

 

(黄金の、蝶……?)

 

 宇宙の中に蝶とは酷く場違いな光景だ。光り輝く鱗粉を振りまき飛び回る金色の蝶は、次第に光に包まれて人の形へと変貌する。

 

『ようこそ、意識と無意識の狭間へ……。私はフィレモン、お忘れかな?』

 

 それは白いスーツを着たフィレモンと名乗る男であった。

 ライに対し親しげに話しかけてくる様子から察するに、以前彼と会った事があるのだろうか。……思い出せない。鋭い痛みが頭を駆け巡る。

 

『戸惑うのも無理はない。君は全てを忘れ去ってしまった。その過去は君にとって並びなき宝玉に映る事だろう。……だが、今の君が真に欲するは果たして過去の出来事かな?』

 

 ――違う。

 

 ライのすべき事は全力で前に進む事。

 今欲するべきはロゴス=ゾーエー攻略の道筋。

 

 それだけだ。

 

『そう、欲求に惑わされず己が道を貫く意志もまた、人が持つ可能性の1つだ。――ならば私も君の意志に応じて、細やかながら手助けをするとしよう』

 

 そう言ってフィレモンは4本の鍵を取り出した。

 不可思議な光を放つそれらの中から1本を選び取り、無重力な宇宙に差し込むような動作をする。

 

 ーーガチャリ、と鍵を開ける音。

 

 すると、ライの眼前に世界を隔てるような12の扉が出現した。 ローマ数字でIからXIIまでの刻印がされた青い扉は、内5つが開いたままになっている。

 

 フィレモンはその開いた扉の1つを指差してライに高々と謳いあげた。

 

『さあ、しかと見たまえ。君に残された可能性の姿を……!』

 

 扉の先に見える光景は小さな船が浮かぶ大海原。

 ライの視界は既に霞んでいたが、船の上に浮かぶブラギの姿は見間違えようもない。

 

(……あれは、エリオット?)

 

 ライは残るの力を込めて扉の向こうへと焦点を合わせる。

 船の上に見える人影は全部で4人。その内船を動かしている村長を除けば、エリオット、ラウラ、マキアス。ライと共にいたB班の全員がそこにいた。

 

 ”――エリオット! 2人はまだ見つからないかっ!?”

 ”う、ううん、まだ反応がない……”

 

 エリオットは疲れた精神を押してまでアナライズに集中し、ラウラも重苦しい表情で海を見渡している。そんな2人を気に掛けているマキアスも似たような様子だ。……そう、ロゴス=ゾーエーの作り上げた虚構に抗おうとしていたのは、何もライとフィーだけではなかった。

 

 ”だが、ここでただ待ち続ける事など……!”

 ”君の気持ちも分かる! だが、まずは落ち着いて座りたまえ!”

 

『暗闇を照らすきっかけは確かに存在している。明日への光明は世界の外側に。……さて、君はどうするのかな?』

 

 それを見たライの手には、いつの間にか痛いほど力が込められていた。

 胸に風穴が空いていようと関係ない。頭が吹き飛ばされた程度で止まってたまるか。ライには求める未来があり、願いを共有する者達が待っている。答えなどそれだけで十分だ。

 

『それで良い……。幾たび失敗しようとも、過去を振り返り、未来を掴もうとするのが人の(さが)。諸君らの強き意思こそが、唯一夢を掴む可能性となる事だろう』

 

 フィレモンは、己が両足で立つライに向けて先程使用した”鍵”を差し出す。

 

『さあ、世界の扉を守りし者よ。門番たるペルソナを宿す者よ。この鍵を用いて道を開きたまえ』

 

 それは月のような青い輝きを放ち、結晶のように透き通っている。

 まるで”黄昏の羽根”のようだとライは感じた。

 

『臆する事はない。この鍵は元々君の”内側”にあったものだ。……これはかつて頼城葛葉が辿り着いた”命の答え”そのもの。世界の壁を乗り越え、意識と無意識の境界をも繋げる力。君ならば、この鍵の使い方も知っている筈だ』

 

 フィレモンから鍵を受け取ったライは、再度、手の内に握られた鍵を凝視した。

 

 ……ああ、確かに知っている。

 何故ならばライは、既にこの青色の鍵を何度も使っていたのだから。

 

 手に収められていたのはARCUS。そう、フィレモンの言う”鍵の使い方”とは即ち――

 

 ライは己の戦術オーブメントを構えて、世界を隔てるような青い扉に向き直る。

 一斉に開かれる残りの扉。その先に見える仲間たちに目がけてARCUSを起動させた。

 

 

 ――リンク――

 

 

 今ここに世界を越えて、 扉の先にあるエリオット達のARCUSと共鳴する。

 ARCUSから漏れ出した共鳴の光。それは際限なく増大し、ライの意識をも飲み込んでいく。

 

『……今の君ならば、ワイルドの持つ真の力にも辿り着ける事だろう。諸君らの心がもたらす未来を、私は内側から見守っているよ』

 

 光に包まれた世界の中で、木霊するフィレモンの言葉。

 ライはその意味を確かめる間もなく、光の中へと意識が溶けて消えていった。

 

 …………

 

 ……

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

《……―…》

《…………ーー……ー……》

 

 ――6月28日の朝。空回る島。

 

 目を覚ますと、ライは真っ白な砂浜の上に倒れていた。

 冷たい波が頬を撫で、暖かな日差しがライの背中に降り注ぐ。もう慣れた状況だ。おもむろに右手をついて立ち上がったライは、そこで右手の怪我がなくなっている事に気がついた。胸の風穴も綺麗さっぱり消え去っている。

 

(空回りの影響か)

 

 記憶以外の全てが巻き戻るこの空間では、死んだ事すらも帳消しになる。結果として異変に救われてしまった事実に、ライは喜んでいいのか複雑な気分になった。

 

 と、そんな時、後方から砂を踏む音が。

 

「――ライっ」

 

 振り返るとフィーが足を引きずりながらも駆け寄って来ていた。

 時間が巻き戻った直後は意識も曖昧で、それ故にフィーの身体も大きく揺れている。あと1歩、そこまで来た段階でフィーは足をもつらせ、ぱたんとライに倒れて来た。

 

「……大丈夫?」

「それはこっちの台詞だ」

 

 朧げに揺れる瞳のまま見上げてくるフィーを見て、ライは率直な感想を漏らした。

 傍から見れば、無理に動いたフィーの方が危うい様子だろう。けれども、そこまで心配してくれたと言うのもまた事実。ライは離れたフィーに向けて「ありがとう」と呟いた。

 

「本当に大丈夫? 体の中とかに違和感は?」

「……そこまで酷い状況だったか?」

 

 ん、とフィーは力強く頷いた。

 

 無言の圧力を受けて己の頭に手を当てるライ。頭を貫かれた痛みやドロリと垂れる脳髄の感覚は今も鮮明に思い返せるものの、今はもう何の違和感もない。ならば気にする必要もないだろうと視線をフィーに戻すと、黄色く大きな瞳がライをじぃーっと見つめていた。

 

「どうした?」

「……光ってる」

「ん? ああこれか」

 

 ライは懐からARCUSを取り出す。

 今もなお共鳴の光を放っている動力オーブメントは、フィレモンとの対話が夢でなかったと言う証拠だろう。しかし、一瞬宙を見たライは、強引に話を進めた。

 

「話は後だ。奴が現れる前に作戦会議をしよう」

 

 今この瞬間もロゴス=ゾーエーはライ達を観察しているのだ。戦意が尽きていないと判断されれば、また同じ結末を辿ってしまう事になる。

 

 その事を察したフィーも、真剣な表情になって頷いた。

 

「まず、シャドウの腕に捕まった俺達は異空間に存在する孤島に流れ着いた」

「……ライ、そこまで確認する必要あるの?」

「必要だ。――この孤島は0時を回ると日付が巻き戻ってしまう。原因は失踪者達の”明日を見たくない”と言う総意。けれども、そう仕向けたのは”神”を名乗るロゴス=ゾーエーと言う存在だ」

 

 それからライは、ロゴス=ゾーエーとの戦いを順を追って言葉に纏めた。

 

 氷山のように巨大な氷結魔法を放つ10体の天使像。時間の速度を半分ほどにまで遅くする力。そして、フィーの意識を刈り取った神の鉄槌(ゴッドハンド)

 口にすればする程、ライ達に勝機は薄いのだと理解させられる。

 

「転機になったのは、私たちが時間操作に捕まった時かな。それまでは何とか避けられてたけど、一度怪我を負ってからは避ける余裕もなくなってた」

「つまり、神と戦うには一撃も食らっちゃいけないのか……」

 

 ロゴス=ゾーエーにターンを、いや1呼吸(ブレス)ですら渡してはいけない。それがどんなに困難な条件であるか、最早言うまでもないだろう。

 

 だが、その攻略法を話し合おうとした瞬間、神々しい光が孤島を包み込んだ。

 

 ……どうやら時間切れらしい。

 青空を切り裂いて降臨するは全長数十mはありそうな純白の神像。

 大気が軋み、透き通った海がうねりを増す中、ライは静かに拳を握りしめる。

 

『――やはり、一度死んだ程度では諦めないか』

 

 ロゴス=ゾーエーの男女が混ざり合った様な声は無機質なものであったが、どこか落胆した雰囲気だ。

 

 言うなればそれは神の慈悲とでも言うのだろうか。あの神は今も尚、ライ達の魂を永遠の安息へと導こうとしていた。が、ライも素直に応じるつもりはない。

 

「当然だ」

『ああ、何と罪深き魂であろうか。1年の時を経ても尚、不確かな未来に希望を抱く……。肉体の牢に囚われたままの汝らに、死や別れを約束された人間には限界があると何故気づかない』

 

(……1年の時?)

 

 気がかりな単語が聞こえたが、今は聞き返す余裕もない。

 対策も出来ていない現状では一斉攻撃を食らったら終わりだ。今は会話を途切らせない様に、慎重に言葉を選ばなければ。

 

「確かに限界はある。けど、それを決めるのはお前じゃない」

『限界を決めるのは己自身だとでも言うのか? ……愚かな。その不完全な希望こそが人々を惑わせ、破滅の運命へと導いていく。無知なる者の希望など、危うき妄言に過ぎないと知れ』

 

 ロゴス=ゾーエーの2対の視線が、小柄なフィーへと向かう。

 

『フィー・クラウゼルよ。汝もまた別れや変化に恐怖を覚え、変わらぬ永遠を望んでいた筈だ。今、汝を突き動かしている衝動はライ・アスガードに惑わされた偽物に過ぎない。――思い返せ。汝が真に望んだ幸福が何であるのかを……!』

「ん、ライに惑わされたってのは間違いないかもね。……でも、私の幸せをかってに決めないで」

『悪に満ちたあの世界に戻って何になる。危うき希望も、猟兵と言う名の強迫観念も、汝の幸福を妨げているだけの足枷だ』

 

 神の言葉がフィーの心に突き刺さった。

 猟兵と言う名の仮面(ペルソナ)を被り、自身の心にすら目を逸らしてしまっていたフィー。信念も言い換えれば己の影を抑え込んでいただけだ、と言われているように感じた。

 

 フィーの心臓が痛い程に早打つ。

 まるで自分自身を責め立てるかのような圧迫感に襲われる。

 

 ……だが、フィーはもう目を逸らさないと決めたのだ。

 

 置き去られた悲しみからも。

 不安に駆られてしまうラウラとの関係からも。

 

 そして何より、自分自身の心からは絶対に……!

 

「猟兵なんて関係ない。私は何でもないフィー・クラウゼルとして島の外に出るつもり」

 

 フィーの勢いは止まらなかった。

 あの時、もう1人のフィーに言った様に。自分に言い聞かせる様に言葉を紡ぐ。

 

「家族のみんながいなくなったなら探せばいい。仲直りできないなんて決まった訳じゃない。――そんな未来に私も賭けたい」

 

 これこそが今のフィーが抱く願いだ。

 仮面を外した先に隠されていた、何でもない少女としての想い。

 例えそれが感化されたものだろうと関係ない。例え相手が神であろうとも否定はさせないと、フィーは強い瞳でロゴス=ゾーエーを睨み付ける。

 

『……良かろう。ならば、我らが全霊を持って汝らが意志を消し去り、充満たる永遠へと誘おうぞ』

 

 ライ達をそのまま救済する事は不可能。そう判断したロゴス=ゾーエーは、冷徹な言霊を響かせて、周囲の天使像へと命じる。

 

 ――同時に展開される10の氷結魔法。

 辺り一帯に氷の粒が生まれ、同時に海の水が凍り始める。

 

 肌に張り付く冷たさを感じたフィーは即座にディースを呼び出し、ライを連れて即座に攻撃圏を離脱。氷山に呑み込まれた海辺を後ろ目で見ながら、フィーは申し訳なさそうに眉を下げてライを見た。

 

「ごめん、話を途切らせちゃった」

「……いや、ファインプレーだ」

 

 しかし、フィーの様子とは正反対に、ライは不敵な微笑みを浮かべていた。

 

 戦局は前回の焼きまわしだ。

 無差別に放たれた氷の柱の数々を素早く旋回して躱すディース。フィーのスカート端が凍り付いてしまう程にすれすれを切り抜けている現状はそう長く続かないだろう。このままでは力尽き、また全身を貫かれてしまうかも知れない。

 

 だが、何も恐れる事はない。

 道を開く鍵は、今まさにフィーの言葉によって揃ったのだ。

 

 目まぐるしく天地が入れ替わる中、ライはARCUSを取り出して言葉を紡ぐ。

 

 

「聞いたかラウラ。約束は確かに守ったぞ」

 

《……ああ、しかと聞かせて貰った!》

 

 脳裏に響く凛とした声。

 え、と目を丸くするフィーの目の前で、ライのARCUSから放たれた光が幾重にも折り重なってベールを形成する。

 

 それは、ライがフィーに辿り着いた際にも見られた光景。

 別次元に並立していた孤島の壁を飛び越えて、出会う筈のない2人を結びつけた扉。

 

 そんな光のベールを超えて飛び出したのは、全長3mもの長さを誇る剣を携えた巨大な戦乙女だった。金属製のガントレットを鳴らして大剣を握りしめる。

 

 ――刹那、轟音。

 

 振るわれた一撃によって周囲に舞う氷塊が、更には天使像の半数までもが力任せに両断された。上下に2分され流動する大気。景色を一変させた戦乙女は、まるで騎士が如く大剣を地に突き刺す。

 

 その傍らには、纏めた藍色の髪を靡かせた少女が堂々と佇んでいた。

 もう懐かしくすら感じる背中。迷いを振り切ったかの様にまっすぐ前を向くラウラを見て、フィーは呆然と固まる。

 

「……ラ、ウラ?」

「待たせたな、フィー」

 

 ラウラの声からは、以前の様な冷たさは感じられない。

 ゆっくりと、そしてしっかりと言葉を噛みしめ、ラウラは己が大剣を持ち上げた。

 

「今度こそ手を取って見せる。この剣に誓って、絶対に……!!」

 

 これは、全ての元凶たるロゴス=ゾーエーに対する宣戦布告。

 空回りする孤島の盤上はひっくり返されたのだ。

 

 

 ――かくして、神との死闘は次なる局面へと向かおうとしていた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。