心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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50話「我は神」

「──神?」

 

 島とスカートのように同化した巨大な存在。陶器のように無機質で、人知を超えた神々しい姿をしたロゴス=ゾーエーは自身を神と名乗った。真なる我でも、シャドウでもなく、……神と。

 

「ライ、今は考えてる場合じゃないよ」

「……分かってる」

 

 肌を引き裂く程の殺気が2人を貫いているのだ。

 10の女神像と神像。それら全てがライ達に狙いを定めた今、気を逸らす訳には──

 

 瞬間、女神像の両眼から光が放たれた。

 

「──っ! 散って!!」

 

 フィーの叫びを合図に2人は左右に跳んだ。

 一拍遅れ、巨大な氷山がいくつも乱立。辺りを極寒の地へと変貌させる。

 

氷結魔法(ブフ)? いや、あれは旧校舎内で見た上級氷結魔法(ブフダイン)か……!?)

 

 冗談じゃない。

 今のライ達がまともに食らえば、例え氷結耐性であったとしてもお陀仏だ。

 

 だが、10体もの女神像からは無情にも光が迸る。今度は位置をずらしての偏差攻撃。足を取られる砂の上では、躱す事など不可能に近い。──ならば! 

 

「ディース!」

「チェンジ、エンプーサ!!」

 

 2人は己のペルソナに捕まり、即座に砂浜を脱した。

 

 反対方向に避けたライ達を分断するように広がる極寒の氷山。フィーの無事を確認している時間はない。ライを乗せた人面4本足のペルソナ、エンプーサはすぐさま走り始める。

 

 言うなれば津波から逃げるパニック映画だろうか。幾重にも放たれる氷結魔法を背に、エンプーサは森の中へと全力疾走。

 後方から迫ってくる絶対零度の氷山、前方に現れる氷結の前兆。それら全ての攻撃を、木々の狭間を左右に掻い潜りながら辛うじて躱していく。

 

 しかし、遂には氷の壁に迂回路を塞がれ、周囲一帯の葉が真っ白に凍り始める。刹那の瞬間でさえ命取りとなる危機、ライは即座に天へと伸びる巨樹を見上げた。

 道はもうここしかない。躊躇なくエンプーサに命じ、木の側面を駆けあがる。

 

 樹木のてっぺんまで後、数秒。

 だが、逃げきれない……! 

 

 ライは自らのペルソナをカタパルトにして上空へと跳んだ。

 逃げ遅れたエンプーサが氷山に呑まれ粉々に砕け散る。青空に投げ出されたライ。目まぐるしく回転する視界の中、自らに向け魔法を放とうとする天使像を目視する。

 

「……ッ、ペルソナ!」

 

 咄嗟にライはペルソナを再召喚し、それを足場にして更に跳躍。

 空中で体を回転させながら辛うじて氷結魔法の範囲外に脱する。

 

 ──そして、これは同時にチャンスを生んだ。

 

 空中に生まれた氷に隠れ、一瞬だけ生じた安全空間。

 分厚い氷塊の反対側にいるであろう女神像に狙いを定め、ライは手元に現れたタロットカードを砕く。

 

 “我は汝、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり。汝が心に芽生えしは女帝のアルカナ。名は──”

 

「──ハリティー!」

 

 青く発光する渦の中心から現れたのは、紅色の布を身にまとった女神。ザクロの身を両手で抱いたペルソナは、その実を高らかにかかげ眼前に光の矢を生み出す。

 

 チャンスは一瞬だ。

 氷が自重で落下して女神像が顔を出し、氷結魔法を放ってくる前の僅かな隙を狙うしかない。

 

 コンマ数秒の時間が何秒にも引き延ばされる。

 跳んだ影響で上昇するライの体。反対に下降を始める巨大な氷塊。

 その奥から白き天使像の姿が顔を出したその瞬間、ライの瞳が鋭さを増した。

 

 ――放たれた閃光、エンジェルアロー。奇しくも天使の名を冠する光弾の一撃が、天使像の頭部を粉々に粉砕する。

 

 これでまずは1体、いや、まだ1体と言うべきか。

 残り9体の天使像の位置をつぶさに目視したライは、その全てがこちらを向いている事に気がついた。1体を倒した事によって分散していた注意がライに集中したのだ。

 

 9対の眼が光を放つ。

 ライの周囲、広範囲に展開される氷結魔法の前兆。

 逃げ場などない。ライは即座にペルソナをジャックフロストへと切り替え、無駄だと知りつつも守りの体勢に入った。

 

 大気が凍りつく。その寸前──

 

「ライっ!」

 

 フィーを連れたディースが地上近くから急上昇してきた。

 伸ばされたディースの手をとっさに掴むライ。そのまま上空へと飛び攻撃圏内から離脱した一瞬後、ライのいた空間は多数の氷結魔法によって巨大な氷塊と化した。

 

「大丈夫?」

「ああ、助かった」

 

 上空80m。ライは凍り付いた孤島の上空を滑空するディースに捕まりながら、心配そうなフィーに礼を言った。

 

 下方では山のように巨大な氷塊が落下し、地表を押しつぶして地響きとともに崩壊していく。地形が変貌してしまう程の攻撃。フィーの助けがなければ、今頃ライはあの残骸の一部となっていた事だろう。まさに危機一髪だ。

 

「……こんな時、猟兵ならどうする?」

「離脱一択、どう考えても勝てる相手じゃない。でも……」

 

 フィーは島の上空で周りを見渡した。

 360度海に囲まれた孤島に逃げ場などない。そんなの、初めから分かっていた事だ。

 

「逃げずに戦うなら長期戦は不利。さっきみたいな戦い方を何回もくりかえしてたら、私たちの方が先にスタミナ切れになる」

「だったら、狙うはあの本体か」

「ん。だから──、──っ!?」

 

 突如、ディースの周りに氷の粒が浮かぶ。

 それに誰よりも早く反応したフィーは、反射的にディースへと命じて地上へと急降下した。

 

 急速に近づいてくる氷結した地上。その最中、フィーは前を見据えたまま声を荒げる。

 

「だから、私が目を眩ませる。その隙にライは本体を!」

「ああ!」

 

 ライの返事を聞いたフィーは急に方向転換した。

 行く手を阻む氷を避けながら向かった先は、先程地上に落下した氷塊の残骸。

 その地に足をつけたフィーは即座に反転して、両手が空いたディースに命じる。

 

「吹き飛ばして」

 

 ディースの両手に生まれるは、広範囲を覆う疾風の魔法。

 

 その緑風の刃が向かうのは敵でなく、周囲の氷塊の残骸だ。粉々になった氷の破片が辺りを飛び回り、天使像からライ達の姿を隠す。

 

「これはおまけ……!」

 

 同時にフィーが取り出したのはスタングレネード。

 風に乗って上空へと飛んで行った缶状の物体は、空中で爆発して強烈な光を生む。

 

 氷と閃光。反射し拡散する2種の合わせ技によって、敵の視界は完全に封じた。

 

「今だよ、ライ!」

「ああ、──ヘイムダル!」

 

 その混乱に乗じてライは島の中心部、悠然と佇むロゴス=ゾーエーに中級火炎魔法(アギラオ)を解き放った。

 

 ……不自然なほどに静かだった、ロゴス=ゾーエーに向けて。

 

 

『──人々は願った。終わりへと向かう”時間”からの脱却を』

 

 

 突如として、神像は言霊を紡ぐ。

 

 すると、──世界が一瞬にして変貌した。

 

 ライ達の周囲を高速で舞っていた氷の破片が途端にスローペースになり、急速に広がるはずの爆炎も、火の粉が目視できるほどに遅くなる。ライ達自身の動きですら例外でなく、呼吸、心臓の音ですら半分の速度まで低下していた。

 

(時の流れが、遅く……!?)

 

 その2分の1の世界の中で変わらずに動けたものは3つ。

 内2つはライとフィーの意識だ。"時の停留"とでも呼べる異常事態を認識し、動かない体と混乱する思考を必死に纏める。

 ……不味い状況だ。何故ならば、前方に見えるロゴス=ゾーエーもまた、通常の速度で動いていたのだから。

 

『……哀れなものだ。人は本質的に時間に囚われたまま。自ら針を動かす事もできず、抗う事すら許されていない』

 

 ロゴス=ゾーエーはその非生物的な腕を振るい、低速化した火炎魔法を消し飛ばした。

 まるで無駄な足掻きと言わんばかりに。軽々しく、自然な動きで。

 

『なればこそ救済が必要なのだ。この悲しみに満ちた世の理から、人々の魂を解脱させる存在が』

「そ、れが……、お前であり、この島、……だと…………?」

 

 動きが緩速になった口を必死に動かし、何とか言葉を紡ぐライ。

 しかし、その内容はロゴス=ゾーエーの意に反したものであった様だ。

 

『否、世界を巻き戻したのは我らではない。時の流れに家族を奪われた悲しみ、日に日につのってゆく未来に対する不安。──かの島に住まう人々の、”明日を望まぬ”願いこそがこの島の本質だ。我らはその道筋を示したに過ぎない』

 

 人の願いが世界を巻き戻した、と言う事なのだろうか? 

 

『この世界が島を象っているのも、全ては彼らの願いに他ならない。悲しみを与える者も存在せず、変化する事もない。彼らの思い描いた理想こそがこの孤島を生み出した』

「それって、矛盾、してる…………。私、たちに、そんな力はない、って……、さっきも、言ってた、筈……」

 

 ゆっくりと体を動かしつつも問いかけるフィー。人の願いが時間をも巻き戻せるのならば、離別の悲しみなど初めから存在してはいないだろう。

 

 だが、ライはこの問答と同じ内容を前にも聞いていた。そう、旧校舎の中で。

 

「……集合的、無意識か…………」

『然り。この島は肉体に囚われる以前の、人間本来の魂が生まれし”心の海”に座する空間。……人々の想いが重なり合い、総意をなす世界だ』

 

 ロゴス=ゾーエーは、もう話は終わりだと言わんばかりに両手を広げた。

 その神々しい光景はまさしく翼を広げた天使が如し。時の流れをも操る威光を前に、世界がまた悲鳴をあげる。

 

『故に、知るがいい。人々の心が織りなす”総意”の前には、個人の意思など無意味だと言う事を……!』

 

 白き両腕が振るわれた。

 低速化した大気ごと、氷の欠片で構成された旋風を物ともせず、逃げる術を持たないライ達へと迫り来る。

 

 2人は前方にペルソナを再召喚し盾とするが、全ては無意味だった。

 ロゴス=ゾーエーの腕に触れたペルソナは瞬時に砕かれ、ライ達の体も余波で吹き飛ばされる。

 

 回転する身体。

 衝撃によってショートする意識。

 

 ライの体は後方の氷塊を砕いても尚止まらない。

 

 氷の地表を数回バウンドし、遂には沿岸の砂浜に半分埋まる形で何とか静止した。

 

「──ァ、……──か、はッ……!!」

 

 ライはしばらく呼吸が出来なかった。

 全身が痙攣している。視界が定まらない。

 時間の流れは元に戻っていたが、気を抜くと直ぐにでも気絶してしまいそうだ。

 

 だが、ここで気を失う訳にはいかない。

 まずはこの壊れた機械のような体を動かさなければ……! 

 

「ARCUS、駆動……!!」

 

 砂に埋もれたライの体を淡い光が包み込む。

 発動された光の正体はティアラ、体の傷を癒す導力魔法だ。

 

 導力魔法の源はARCUS内に蓄積された導力そのものであり、限られた精神力を攻撃や回避に回さなければならない局面においては、ペルソナよりも遥かに便利な力だと言える。

 

 ライは辛うじて動くようになった四肢を確認し、力を込めて砂の中から這い上がった。

 

「……ッ」

 

 全身を刺すような痛みに襲われるが、休んでいる暇はない。天使像はゆっくりと動いているものの、いつ襲ってくるか分からないからだ。

 ライは共に吹き飛ばされたフィーを探す。砂にまみれた髪を振り払いつつ周囲を見渡すと、沿岸の岩場に2m程のひび割れが広がっている事に気がついた。

 

 足を引きずりながらも、その場所に向かうライ。

 

 砕かれた岩の中央にはぐったりとしたフィーが倒れこんでいた。

 周囲を囲うひび割れは、人の倍ほどの物体が衝突したような形。恐らくはとっさにディースをクッションにして衝撃を緩和したのだろう。僅かに上下するフィーの胸元を見て、ライは彼女の無事を確認する。

 

「大丈夫か?」

「うっ、……ちょっと、ピンチ、かも」

 

 力なく項垂れるフィーは薄っすらと瞳を開け、自らの左足に手を当てた。

 すらりとした白い足は真っ赤に腫れあがり、人体構造的にあり得ない方向へと曲がっている。骨折した足の激痛は、フィーの額に浮かぶ汗を見るだけで伝わってくる程だ。

 

「待ってろ。今、手当を──!?」

 

 フィーに一歩近づいたライは急激な温度低下に気づく。

 辺りに漂う氷の粒、手当の時間ですら待ってくれないと言うのか。

 

「悪い、少し痛む!」

 

 ライは即座にカードを砕き、ヘイムダルによってフィーを投げ飛ばす。

 同時に自身も氷結魔法の範囲から逃れようと身をひるがえした。

 

 だが、悲鳴をあげる両足でそれは叶わぬ行動だった。

 

 バランスを崩す体。

 辛うじて体は逃れたものの、右腕が丸ごと氷柱に飲み込まれてしまう。

 

(──ッ、不味い!)

 

 右手の感覚は既になくなっていた。

 恐らくは血液の一滴すらも氷漬けにされたのだろう。

 

 しかし、問題はそこではない。

 氷柱に固定されたライは今、格好の的となってしまったのだ。

 ライは氷の壁に左手を押し当て引き抜こうとするが、肌と完全に癒着している氷を剥がす事は出来ない。

 

 

『痛みを負っても尚、未来を求め足掻き続けるか。……ああ、何とも身勝手な行為だ。その意志に感化されたが故に、必要のない苦痛を受けてしまうのだから』

 

 

 島の中央に座するロゴス=ゾーエーが両手を天にかざすと、何もない空中に突如、光で構成された巨大な拳が現れる。

 

 ゴッドハンド。それは明らかにライ達の耐えうる威力を超過していた。

 人間大の大きさを誇る拳の弾丸を前に、ライは覚悟を決めてヘイムダルに命じる。

 

 ──アギラオ。

 身を焦がすほどの灼熱の狙いはロゴス=ゾーエーではなく、ライを縛るこの氷柱だ。

 右腕の付け根が炎に焼き焦がされるが問題ない。今のライは火炎耐性を持っているのだから、最悪大やけどで済むだろう。

 

 だがしかし、それでもなお氷柱は健在だった。

 アギラオでは火力が足りないのだ。この楔を溶かすには少なくともあと数発のアギラオが必要であろう。そんな時間はない。別策を探し求めたライは……、そこで致命的な勘違いに気がつく。

 

(……いや、違う。”感化されたが故に”?)

 

 そう、ロゴス=ゾーエーが言葉にした対象はライではない。

 ライの行動に感化されたもの。それは即ち──

 

「フィー! 逃げろ!!」

 

 光の拳が向く先には、足を怪我したフィーの姿があった。

 けれど、その足で逃げることは叶わない。ペルソナの糧となる精神力も、ぐったりとしていて尽きかけているのだと気づいたライの目の前で。

 

 

 まさに神の鉄槌とも言える一撃が、フィーの身体を枯葉のように吹き飛ばした。

 

 

「──ッッ!! ヘイムダルッ!」

 

 意識をなくしたフィーをライのペルソナが受け止める。

 だが、誰がどう見ても重傷だった。ライは再びARCUSを起動して応急処置を試みる。

 島の中央では再び動き始めるロゴス=ゾーエー。動けないライでは、逃げる事もフィーを守る事も出来はしない。ライ自身も既に精神力を尽きかけているが、もう手段を選んではいられなかった。

 

 ライは歯を食いしばる。炎が駄目ならば、物理的にこの氷柱を叩き壊す! 

 ヘイムダルの大槌が振り上げられ、そして、──轟音。

 

 ライの右腕ごと氷柱を粉々に叩き割った。

 骨をすり鉢で砕いたような激痛が脳に突き刺さる。恐らくは、見るに堪えない程にグロテスクな状態になっている事だろう。

 

 ……だが、これで自由になった。

 ライは防御を捨て前方へと躍り出る。最早、敵の攻撃を避けられる程の体力も気力も残されていない。その中で取れる手段など限られているのだ。

 

 

『決死の特攻でもするつもりか。──良いだろう。その意志に準じてみせよ』

 

 

 ライの身体が2度、大きく揺れた。

 

 胸と肩が熱い。

 自身の身体を見るとそこには純白の腕が2本貫通していた。

 

 ロゴス=ゾーエーの腕に貫かれたのだと、ライはようやく思い至った。肺を貫かれたのか、口からは息の代わりに血が溢れ出す。急速に熱を失っていく体。それでもライは痛みすら感じなくなった四肢に力を込めて、ARCUSを懐から取り出した。

 

(……ARCUS、駆動)

 

 再び身体を覆うティアラの光。貫かれたままの傷口を癒し、血の流血を抑える。

 

『無駄だ。その程度の回復魔法は意味を成さない』

 

 分かっている。

 少しの時間さえ稼げればそれでいい。

 

『汝の意図は分かっている。動かぬ己が身を犠牲にして少女を救おうとするか』

 

 ……確かにフィーから注意を逸らす事も狙いの1つだ。

 

 だが、ロゴス=ゾーエーは1つだけ勘違いをしている。

 ライは決して自身の身を犠牲にした訳でない。ライはまだ、勝利を諦めた訳ではない。

 

(ペル、ソ、ナ……!)

 

 かつて旧校舎の中で真田明彦が言っていた。ペルソナは死を強く意識した際に出力を高めるのだと。──今、ライはどこまでも強く死を身近に感じている。

 

 ライは震える左手を握りしめ、ペルソナを呼び出した。

 

 普通に召喚しただけならば、周囲の天使像に迎撃されて終わりだろう。

 だが、今回ペルソナ召喚の光が現れたのはロゴス=ゾーエーの直近であった。

 

 以前、サラにも使った手だ。

 小型のペルソナを用いた奇襲作戦。神の目前でチェンジし現れたヘイムダルの一撃は、例え時間を遅くしようともロゴス=ゾーエーを打ち砕く……! 

 

 

『──そうか。汝はまだ、未来を諦めきれぬと言うのか』

 

 

 砕け散った青き結晶。

 ヘイムダルは無残にも打ち倒される。

 

 

 天使像は間に合わなかった。ロゴス=ゾーエーの両手もライを貫いたまま。……ヘイムダルを砕いたのは、ロゴス=ゾーエーの丸い胴体から現れた”もう2本の腕”だ。

 

『愚かなる者よ。未来を欲する者よ。……ならば、汝に与えよう。未来に待ち受ける絶対の運命、即ち”死”を……!』

 

 新たに出現したもう2本の腕がライの身体に狙いを定める。

 非生物的な2対の腕を携える光景は、正しく超越した存在だと言えるだろう。

 

 だが、ライはその姿に強烈な既視感を覚えていた。

 

(4本、腕……?)

 

 何処かで見たシルエット。

 

 そんな意識を最後に。

 ずぶりと、ライの心臓と頭部を貫いた。

 

 

 

 ──暗転。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ん……」

 

 フィーは朧げに意識を取り戻す。

 焦点が定まらない中で見た光景は、大きなクレーターのある砂浜と美しい夜空。どうやら夜まで寝てしまっていたらしい。ぼんやりとした思考のフィーは何気なく立ち上がろうとする。

 

 しかし、フィーは再び地面に倒れ伏してしまった。折れ曲がった片足。あばら骨も何本も折れているのか、呼吸をするたびに痛みが走る。

 

「……ぅ、ぁ……」

 

 フィーは仰向けに寝っ転がった。

 全身の骨にひびが入ってるんじゃないかと疑うくらいに痛んでいたが、生きている。それだけは疑いようのない事実だ。

 

(そういえば、ライは……? それにあの神って存在も見当たらない)

 

 島と同化していたロゴス=ゾーエーはいつの間にか消えていた。残されているのは激しい戦闘の痕跡と、乱立する氷の残骸。後は赤黒い何かだろうか。……赤黒い何か? 

 

(あれって、──ライ!?)

 

 微かに灰色の髪を目にしたフィーは、痛みも忘れてライの元へと向かった。動かない足を引きずって、少しずつ、少しずつ。

 

 ……だが、姿が鮮明に見える程に近づいたフィーは気づいてしまった。

 地面に広がるおびただしい量の血の跡。肺と心臓、肩、頭部に空いた風穴。ぐちゃぐちゃに潰れた右腕。到底生きていられる筈のない状況である事に。

 

 それでもフィーは近づいた。固まりかけた血の池も気にせず、ライの左手首に指を当てる。

 

 最早、動脈を確かめるまでもなかった。

 ライの身体はもう既に、氷のように冷たくなっていたのだから。

 

 フィーの表情が暗くなる。血の池に沈んだライを見て思い出すのは、父のように慕っていたルトガー・クラウゼルの死であった。いくら死体に慣れていようとも、親しくなった者の死は心に深く突き刺さる。

 

 そのまま幾ばくかの時間が経過して、フィーはゆっくりと手を動かし始めた。

 時間が0時を回ればまた、全てがなかった事になるかも知れない。それでも、前を見据えたまま息絶えたライの瞳を閉じる事くらいはした方が良いだろう。そう考えたフィーはライの顔へと手の平を伸ばし、

 

 その途中で動きを止めた。

 

(……えっ?)

 

 胸に空いた穴の中からは、本来なら人にある筈のない物体が顔を覗かせていたのだ。

 月のような光を放つ”鍵”のような青い結晶体。そして、鍵に寄り添うようにとまっている”黄金の蝶”。人の体内にあっていい筈のない2つの異物を目撃したフィーは、思わず己が目を疑ってしまう。

 

 

 ──かくして、また、6月28日が終わりを告げた。

 

 

 




運命:エンプーサ
耐性:疾風・電撃耐性、火炎弱点
スキル:ローグロウ、ラクカジャ、マハガル
 雌カマキリの名を持つギリシア神話の怪物であり、魔女の女王ヘカーテの従者。ロバ、雄牛、犬、美女と様々なものに化ける能力を有しており、誘惑した男の血を啜ると言われている。罵詈雑言に弱い。

女帝:ハリティー
耐性:破魔耐性、疾風弱点
スキル:エンジェルアロー、エナジーシャワー、ジオンガ
 インド神話に登場する女神。神々に対立するヤクシニーの1人であり、日本においては鬼子母神として知られている。仏教に帰依してからは子育ての神として信仰されるようになった。

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