心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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1章 -燃え盛る懐疑心- 
4話「戦いのあと」


「それで、旧校舎の中で何があったのか教えてくれないかしら」

 

 クロウが気絶したライを寮のベットに寝かせた時、頃合いを見計らってサラが2人に聞いた。

 トワは話してもいいのか一瞬迷うが、順を追って話す事にした。突拍子もない出来事だったが、サラならば無下にはしないだろうという判断からだ。

 

「えぇと、まず旧校舎に入った理由ですけど、あたしとクロウ君がライ君を案内しているときに咆哮のような音を聞いたんです。それが旧校舎の方角だったので——」

「異音についてはこちらでも確認しているわ。というよりそれで一騒動あったのよね。あなたたちは気づかなかったかもしれないけど、あの異音が鳴り響いてからしばらくの間、近場の導力器が使えなくなったのよ。それでこっちはリベール事変の再来だーとかでてんてこ舞いだったわけ」

「あれ、ちょっと待てよ。俺たちは旧校舎の中で普通にアーツを使えたぞ?」

「そりゃ直った後だったからでしょうね。……もしくは旧校舎の中が特別だったか。続けてくれるかしら」

 

 異変が思ったよりも深刻であったことに驚きを隠せない2人。だがトワは内心納得した面もあった。クロウを追って旧校舎に入る寸前、トワは通信で増援を呼ぼうとしていたのだ。しかし反応は帰ってこない。そのときトワは通信に不具合が生じたと思ったのだが、真相は予想外なものであった。

 

 その後トワは旧校舎内のことを事細かに説明していった。変化した扉の向こうに広がっていた旧校舎内部とは似ても似つかない空間。ダメージの通らない正体不明の魔物。常に変化する道。そして、ライの召還した光の巨人。それを時々クロウの見聞を交えながら説明していく。

 

「あ〜、これはまた大変なことになったわね。おかしな空間についても聞きたいけど、早急の問題は正体不明の魔物かしら。クロウ君、あなたから見た意見を教えてちょうだい」

「強さについては最後に出た大物以外は普通の魔物と大差なかったぜ。だけど厄介なのはこちらの攻撃が一切通らないってことだな。銃での攻撃に打撃、予備で持ってたナイフ、アーツも色々と試したが全部ダメだった」

「うん、バトルスコープも使ったんですけど結果は同じでした」

 

 バトルスコープとは、敵を解析する幻属性のアーツであるアナライズの効果を組み込んだ道具である。

 普通の魔物の中にも実体がなく物理攻撃が極端に効きにくいものなどがおり、その弱点などを調べるために重宝されている。だが、あの黒い影に使ってもエラーを返すばかりで何の情報も得られなかった。

 

「……今日のオリエンテーリングで出なくて助かったわね。入学したての生徒に対処できる魔物じゃないわ」

 

 不幸中の幸いだったとサラは胸を撫で下ろす。

 実は今日の昼間、例の旧校舎でVII組の入学生を相手にオリエンテーリングを行っていたのだ。内容は魔物の蔓延る旧校舎の地下から脱出するというもの。それは生徒達の顔合わせや実力の把握を兼ねたものだったが、そこに黒い影が出現していたらタダでは済まなかったかもしれない。

 

「それで、その魔物に対応出来たのがそこで眠っているライ君だった訳ね」

 

 サラはベットの上で規則正しく息をするライを見た。経歴不明の10人目の新入生。上の判断で渋々入れることになったのだが、サラの元にもほとんど情報はなかった。だからこそ入学前日に駅で倒れているのが発見されたという知らせを聞いたときは驚いたものだった。

 そして夕方にベアトリクスから記憶喪失の話を聞き、さらには旧校舎の異変である。

 一体何回驚かさせるつもりかとサラは苦笑いした。

 

「ライが使っていた煙玉は一瞬で広範囲に広がるものだった。それにあの光の巨人。もしかしたらライはあの魔物と何か関わりがあったのかもしれねぇな」

 

 クロウが旧校舎の中で感じた推論を口にする。1つならば偶然かもしれないが、2つも重なれば関わりがあると考えるのは当然だ。

 そしてライが上層部からの推薦で来た事を踏まえると、軍とも何かの関わりがあるんじゃないかという推測が立つ。クロウは何やらきな臭い雰囲気を感じていた。

 

「そうそう聞きたいのはその巨人よ。あなたたちが遭遇した魔物に唯一ダメージが与えられたそうじゃない。それについて何か気づいた事はないかしら」

 

 その言葉に2人は考え込む。思い当たる特徴は幾つかあった。と、ここでトワは見せていないものがあることに気づく。

 

「……ライ君はこの銃で自分の頭を打ち抜いて光の巨人を召還していました」

 

 トワは持ってきたライの鞄の中から一丁の銃を取り出した。倒れたライをクロウが担ぐ際、地面に落ちていた銃を鞄に入れて持ってきていたのだ。

 サラはトワからその銃を受け取り、興味深く観察した。

 

「弾を入れる機構もなければ導力銃でもない、か。特徴があるとすればこの柄の青い結晶ね。……ねぇトワ。この銃、弾は出るのかしら」

「ベアトリクス先生の話では弾は出なかったみたいですよ」

「そう」

 

 それを聞くとサラは遠慮する事なくそれを自身の頭に押し当てた。そしてトワが止める間もなく引き金を引く。だが——

 

「……何も起こらないわね。だとすればライ君自身に何かあるということかしら」

「もし何かが起きたらどうするつもりだったんですか!?」

「そのときはそのときよ。それよりクロウ君? さっきから考え込んでいるみたいだけど、何か気になる事でもあるのかしら」

 

 女性2人の顔がクロウに向く。クロウはまだ考えが纏まっていないのか視線を右往左往させたものの、観念してありのままを話す事にした。

 

「いや、ライがあの巨人を使役するときに2つの固有名詞を言っていた筈なんだ。何だっけな……」

 

 別にクロウまで記憶を失った訳ではない。疲労が溜まり思考が正常に働いていないのだ。理由は分からないが、クロウはまるで数日間ずっと戦っていたかのような疲労感に襲われていた。トワも表に出さない様に頑張っているが、同様に疲れが見て取れる。

 

「……たしかペルソナ、とヘイムダル、じゃなかったかなぁ」

 

 トワが曖昧ながらも思い出し、口にする。

 

「おお! そうだそうだ、確かにそう言ってた!」

「ちょっと待ちなさい! 何でそこで帝都の名前が出てくるのよ!?」

「いや俺に聞かれても分かんねぇよ。でも確かに言ってたんだ。あの口ぶりから察するにあの光の巨人の名前みたいだったぜ」

 

 帝都ヘイムダル、それがこのエレボニア帝国の首都の名だ。その名を冠する巨人を使役するライという青年は一体何者なのか。依然として静かに眠るライにサラは疑惑の目を向けた。

 だがそんなサラの姿勢にトワが待ったをかける。

 

「サラ教官、ライ君はなにかを企んでいるとか、多分そういう人じゃないと思います」

「…………」

 

 サラは言葉が出せなかった。何せサラは実際に起きているライと接した事がない。経歴不明で上層部と関わりがあり謎の力を持っているという情報だけがサラの知る全てなのだ。仕方が無いとはいえ、そこから無意識に人物像を作り上げていることに気づかされた。

 

(VII組の発足で余裕が無くなっていたようね)

 

「トワ、あなたの言いたいことはよ〜く分かったわ。でも聞かせてちょうだい、何でそう思ったのか。私は彼についてなんにも知らないもの」

「……クロウ君、ライ君が2回目の召還をしたとき、あたし達より前に歩いていったよね。それって何故だと思う?」

「ああ、あんときか。……んと、あのアーツみたいな炎攻撃に射程距離があった、とかじゃないのか?」

「……そうかも知れないけど、彼はあたし達を攻撃に巻き込まないために前に出たんじゃないかって、そう思うの」

 

 トワは思い出す。あの時前に出る事は危険以外の何ものでも無かったし、事実ライはそれでいくつもの切り傷を負っている。それに、あの炎は魔物を倒すだけでなく、トワ達に迫りそうなものを優先して爆破していた。

 

「だから、ライ君は何かをするために旧校舎に入ったんじゃなくて、あたし達を助けたいから追ってきたんだって、そう思うし信じたいんだ」

 

 トワ自身もそれが楽観的な推測にすぎない事はよく分かっていた。だが、医務室で会ってから旧校舎で気絶するまでの短い間に感じ取ったものをトワは否定したくなかった。

 

「なるほどねぇ〜。あなたがそこまで言うなら私も信じてみる事にするわ。……それに私も何だかこの子に興味が出てきたしね♡」

 

 そうしてもう一度ライの寝顔を見るサラ。その顔は新しい玩具を見たかの様に明るいものだった。

 

 ……これから一晩明けた次の日の朝、ライが目を覚ます事となる。

 

 

◆◆◆

 

 

 今日は4月1日。どうやら入学式の翌日らしい。

 サラとの握手の後、寮での謹慎を命じられたライはただ一人、だれもいない寮のロビーで座っていた。

 

「……暇だ」

 

 昨日の密度に比べたら、何と時間の有り余ることか。

 記憶を失う前の自分なら何をしていたのかと、ライは霧に隠れた過去へと思いにふける。

 

(荷物を漁れば何か分かるかもしれないな)

 

 ライは何気なしに鞄の中身をソファーの前の机へと広げる。

 

「…………」

 

 出てきたのはバッチにお守り、かざぐるま、古ぼけた人形、勾玉、袋に入った氷、その他もろもろ。

 訳が分からない。倒れる前の自分は祭りにでも行ってたのかとライは頭を抱える。

 考えるほどに頭がこんがらがるので、ライはそれらをそっと鞄に戻すのだった。

 

(……考え方を変えよう。今の俺で出来る事、やるべき事を探すんだ)

 

 ライは先ほどVII組の一員になると宣言したばかりだ。ならこれからはトールズ士官学院の生徒として勉学に励む事になるのだろう。と、ここでライの頭に1つ疑問が生まれた。はたして勉学についていけるのだろうか、という最もな疑問である。

 普通の勉学についても不確かなのに、よりによってここは士官する人間を育て上げる機関なのだ。恐らく相応の専門知識も求められるだろう。

 

 ライはソファーの隣に置かれた本棚に注目した。そこには大判の本がいくつも横に並べられている。小説もあれば、専門的なものが書かれていそうな本もある様だ。ライは迷わず専門的な本を手に取った。

 

(文字は読める。……だけど何を言ってるかさっぱりだ)

 

 文字に関しては吉報だったが、知識が足りていない事が判明する。もしこれが入学の水準ならば間違いなく落第生の印を押される事だろう。

 それでもライは飛ばし飛ばしに分かる部分を見つけては内容を読み解いていく。

 ……何だか知識が上がった気がした。

 

 そうしてついに最後までページを捲ってしまったライは、次の本を手に取る。今度は地図と思わしきものだ。自身の記憶に繋がる地名などを見つけられないかと言う発想のもと、《ゼムリア大陸西部》と銘打たれた地図を確認する。

 

(……西のエレボニア帝国、その帝都近郊の町トリスタに今居るのか)

 

 赤い丸が書き込まれていた為、現在位置はすぐ分かった。しかし、その周辺、次に帝国全土へと範囲を広げてみても、記憶に繋がりそうな地名を見つける事は出来ない。

 

 ならばと更に範囲を広げ、国外へと視線を移す。

 帝国よりも東に位置する大国《カルバード共和国》、帝国と共和国の間に挟まれる形の《クロスベル自治州》、果ては北の《レミフェリア公国》に南西の《リベール王国》まで地名を調べるが何一つ手がかりは見つからなかった。

 

(地名からは思い出せそうにない)

 

 仕方ないと、そう結論づけたライは地図を畳み別の本へと手を伸ばす。

 それも終わればまた次の本を、終われば次へ、次へ、それを繰り返して時間は過ぎていった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ただいまぁ、って何事!?」

 

 気がつけば日も傾き、昨日の医務室を思い出させるような茜色に染まっていた。

 どうやら本を読む事に集中してしまったらしい。机の上には読み終わった本が山積みになっている。

 

 ライは本から目を離し、声のした寮の入り口に向いた。

 そこには4人の男子生徒が立っていた。ライの着ていたものと同じ赤い制服を身に纏っている。どうやら彼らがライのクラスメイトのようだ。

 

 山積みの本に驚いている小柄な少年を尻目に、他の3人からやや離れた位置にいた金髪の青年が近寄ってきた。自信の溢れるその顔つき、噂に聞く貴族なのだろうと当たりをつける。

 

「貴様が噂の10人目か。入学早々2日も休むとは大層なご身分だな」

「ああ、悪い。迷惑をかけたな」

「ふん、自覚しているならそれでいい。……ユーシス・アルバレアだ。これから2年間顔を合わせる事になる、覚えておけ」

「ライ・アスガード。今後ともよろしく」

 

 ライの名を聞くと、ユーシスは興味を無くした様に個室のある2階へと上がっていった。次いでライに近づいてきたのは入り口にいた残りの3人だった。

 

「ははは、多分あいつも悪気があるわけじゃないんだ」

「分かってる。それより君達は?」

「リィン・シュバルツァーだ。よろしく」

「僕はエリオット・クレイグだよ。よろしくね」

「ガイウス・ウォーゼルだ。宜しくしてくれると助かる」

 

 話しかけてきた黒髪の青年がリィン、先ほど驚いてた橙色の髪をした少年がエリオット、そして褐色で長身の青年がガイウスと言うらしい。

 先にユーシスとの自己紹介を聞いているだろうから名前は知っていると思うが、ここは礼儀としてライも自己紹介をする。

 

「俺の名はライ・アスガード。2年間よろしく」

 

 ライは挨拶をしながら3人の様子を観察する。ガイウスは穏やかで、かつ大人びた性格のようだ。恐らく成人した大人と言われても違和感は無いだろう。

 対照的に子供っぽさの残るエリオットは、ライの無表情に若干の苦手意識を覚えているように見える。

 そして、しっかり者に見えるリィンは心配そうにライの体を見ていた。……心配そうに?

 

「どうかしたのか」

「いや、傷の方は大丈夫なのかと思って。サラ教官の話しだとオリエンテーリング中に事故で怪我したみたいじゃないか」

「オリエンテーリング?」

 

 ライの怪我は例の魔物に負わされたものである。どうやら認識にズレがあるようだ。オリエンテーリングとは何かを聞こうとライは口を開く。だが——

 

「あ〜っとごめんごめん! ちょっっと彼を借りてくわ!」

 

 いきなり現れたサラに攫われてしまった。

 

「……それじゃあ、また後で」

 

 サラに引っ張られたままの体勢で3人に手を振るライ。

 それを3人は嵐が過ぎたかのように見ているしか無かった。

 

 

◇◇◇

 

 

 3人から離れて寮の食堂の奥で対峙するライとサラ。

 突然サラは両手を前に合わせ、謝りのポーズをとってきた。

 

「ごめんなさいね。1つ伝え忘れてたことがあったのよ」

「伝え忘れ、ですか」

 

 十中八九オリエンテーリングについてである。

 

「あなたが負った傷、表向きは休んだ生徒のために行ったオリエンテーリング中に不慮の事故が発生したってことになってるわ」

「不慮の事故……不味くないですか、それ」

 

 主に体面的な意味で。入学初日に事故とか責任問題になるんじゃないかとライは疑問を覚える。記憶喪失であろうと、ある程度の常識観は備わっているのである。

 

「あら心配してくれるの? 確かに責任は問われるでしょうね。でも本当の事を伝えることと比べると安いものなのよ」

 

 ライはサラから詳しい話を聞く事にした。それによると、魔物の出現位置とこの学院の性質が関係しているとの事だった。

 現在トールズ士官学院は軍事学校の側面だけでなく、貴族や秀才の集う名門校としての面が強くなってきているらしい。その中で攻撃の効かない未知の魔物が現れたとなれば、学内だけでなく国内各所で混乱が起きるかも知れないとの事だ。

 

「つまり旧校舎であった出来事は秘匿するということですか」

「ええ、少なくとも正体不明の魔物について何か分かるまでは混乱を避けるために話すのは禁止よ。もちろんペルソナについてもね」

 

 いきなり公表するよりも、対処法を見つけてから公にした方が遥かに混乱は少ない。どうやら上の方で色々と争論があったようだ。若干疲れぎみに愚痴を零すサラを見てライは大人の世界を見た気がした。

 

「まぁともかく、今は教官たちが交代で旧校舎を見張っている状況よ。近い内にあなたにも協力してもらう事になるから心得ておきなさい」

「分かりました」

 

 ライの返事を聞いたサラは、堅苦しい話はこれでおしまいと言わんばかりに表情を和らげる。

 

「それじゃ〜華々しい新入生のために、お姉さんが腕によりをかけてご馳走でもふるまおうかしらぁ」

「料理、出来るんですか」

 

 ライの表情は変わらないが、その目は意外だと言っていた。その事にサラは若干不機嫌になる。

 

「失礼ねぇ〜。私だっておつまみくらい作れるわよ」

「自分のためですよね、それ」

 

 今度料理出来るかも試そうと、ライは心の中に誓うのだった……。

 

 




事後処理という名の説明回。
本格的にVII組と絡むのは次話以降になりそうです。

思いを恥ずかしげもなく口にするのが軌跡ワールド!!(私見)
主人公が口数少なめなキャラなので、今回はトワちゃんにお願いしました。

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