心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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長らくお待たせしました。


44話「貴族クラスとの軋み」

 ――6月23日、昼休み。

 

 早朝に紆余曲折があったライは今、VII組の面々とともにトールズ士官学院の廊下へと足を運んでいた。掲示板に貼られた大きな紙の前に群がる生徒達。そう、あの4日続いた中間試験の結果が公表されたのである。

 

 順位付きで書かれた合計点を見た生徒達の反応は様々だ。そこそこの点を取り安堵する女子生徒。底辺ギリギリの惨状を前にして落ち込む男子生徒2人組。これくらい当然だと腕を組む貴族クラスの生徒。

 

 そんな他クラスの生徒達が散っていったタイミングを見計らい、ライ達も掲示板へと近づく。

 

 まず初めに目に入るのは十中八九、成績上位者だろう。

 

 1位、エマ・ミスルティン、975点。

 1位、マキアス・レーグニッツ、975点。

 3位、ユーシス・アルバレア、952点。

 

 何故なら1000点満点中950点以上を獲得する猛者達がこのクラスに3人もいたのだ。しかも同点1位が2人と言う徹底振りに、皆の視線が釘付けとなる。

 

「きゅ、975点って……」

「あはは〜! やっぱり委員長って凄いね!」

 

 1週間の勉学をともにしたミリアムがくるりと回り、エマの前で片手を上げた。

 

「えっ、と?」

「ハイタッチだよハイタッチ! ほら早くっ!」

「あっ、はい。……こう、でしょうか?」

 

 おずおずと控えめに伸ばされたエマの手のひら。

 するとミリアムの手が勢い良く打つかり、パンッ、と軽快な音が鳴り響く。

 

 ハイタッチを終えたエマはメガネの奥の瞳をおもむろに下げ、自身の手をじっと眺めた。もしや今までこの様な経験をした事がなかったのだろうか。そんなエマにもう1人、音もなくフィーが近寄り片手を持ち上げた。

 

「……ん」

「もしかしてフィーちゃんもですか?」

 

 こくりと頷くフィーを前にエマは先と同じ行動を取る。

 静かなるハイタッチ、こうして勉強会の少女達はエマの成果を分かち合うのだった。

 

 さて、唯一の男子であったライはと言うと、彼女らの様子を横目で確認しつつも、もう1人の最優秀成績者へと歩いていた。前回成績2位を甘んじていたマキアス。彼の性格から察するに、1位を取るために相当の努力を積んだとみて間違いないだろう。

 

「流石だな、マキアス」

「ああ、ありが…………い、いいや! 君に褒められても嬉しくないぞ!」

 

 マキアスは跳ねるように顔を逸らしたが、彼の横顔からは喜びの色が隠せていない。……何故だろう。最近のマキアスが何処か残念な人に感じられてしまうのは。

 

 背後にいたユーシスもそれは同じだったのか、マキアスに呆れた様子で話しに加わってきた。

 

「全く、少しは態度を改めたらどうだ?」

「……その言葉そっくりそのまま返させて貰うぞ。傲岸不遜なその態度、まるで3位になって当然と言った様子じゃないか」

「別に一喜一憂する決まりなどないだろう。……まあ最も、学力向上という観点から見れば、マキアスの意見も的外れとは言えんかも知れないがな」

 

 ユーシスの矛先がライへと向く。

 

「――?」

「……まさかとは思うが、自分の順位すら確認してないのか?」

 

 ユーシスは腕を組んだまま、その視線で試験結果の方向を示した。

 

 4位、パドリック・ハイアームズ、941点。

 5位、ベリル、940点。

 5位、ライ・アスガード、940点。

 

 それは1週間前の状況では考えられない高順位であった。エマの勉強会の成果が発揮されたのか、エリオットの洗脳教室の賜物か、はたまた謎のクッキーの影響か。ともかくライの知識はトップ5に入る程に高まっていたらしい。

 

 周囲から向けられる尊敬の眼差し。

 これならクラスメイトとの進展にも効果がありそうだと感じていると、ふと僅かに真逆の視線が注がれている事に気がついた。

 

 その妙な視線を手掛かりにライの顔が横を向く。そこにいたのは横目でライを見つめる小柄なフィーの姿だった。

 いつもの無表情な幼顔。ライが言えた義理ではないが、その顔色から真意を読み取るのは困難を極めるものであろう。

 

「フィー?」

「……」

 

 フィーは何も答える事なくぷいっと視線を逸らす。

 良く良く見れば、その幼い横顔はむすっと不機嫌そうだ。2人はかつて帝国史で躓いた者同士。ライの下剋上に最も衝撃を受けたのは、もしかしたらフィーなのかも知れない。

 フィーの近くにいたエマもそれに気づいたのか、控えめな笑みを浮かべてフォローを始めた。

 

「あの、フィーちゃん? 基礎学習を学んでいない状況からの74位だって十分すごいと思いますよ?」

「条件ならライも同じ」

「……ライさんは色々と例外と言うか、あの学習効率は規格外って言うか………」

 

 残像が見えるほどの速読術を思い返したエマの頬に汗が滴る。

 あれを平均にしてしまったら大半の学生が落第点となってしまうだろう。しかし、それを上手く説明出来る自信がエマにはなかった。

 

(これも行動の影響なのか? クロウ)

 

 頑なに視線を逸らすフィーを見て、ライは今朝の友人を夢想する。勝手に難易度が上がっていく和解への道筋。現実はどこまでも不条理に満ちていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 ライ達が確認を終え教室へと戻っていった後、数人の生徒が再び試験結果の前へと歩み寄った。彼らが注視するは個別の成績ランキングではない。その横に貼られたクラス別の平均成績こそが、彼らが何度でも確認したい程の情報であった。

 

 1位、VII組、889点。

 2位、I組、843点。

 

 しかし、何度見ても結果は変わらない。首位はあのVII組であり、今ここにいる生徒達が所属する貴族クラスI組は2位へと失墜したのである。彼らの瞳に映るのは怒りや憤り。そう、先ほどライが感じた真逆の視線とは、正確にはフィーではなく彼らのものであったのだ。

 

「僕ら貴族の誇りを、あのような寄せ集めに穢されるとは……」

 

 白い制服を着た生徒達の中央に立つ金髪の青年、パトリック・ハイアームズが拳を固く握りしめる。その心に宿すは誇りか、それとも崩れかかったプライドか。そんな混沌とした彼らの感情は、既に決壊寸前なほどに膨れ上がっていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ――校庭、実技テスト。

 

 遂に今月もこの時間が訪れた。士官学院横のグラウンドに向かうライ達11名を、雲1つない青空と上機嫌なサラが出迎える。試験最終日から続くサラの笑顔の理由も、試験結果を見た今となっては自明の理と言えるだろう。

 

「いやぁ〜、ほんっと良くやったわ! おかげでチョビ髭教頭の小うるさい声も最近は少ないし、遠慮なく仕事帰りにお酒を飲めるってもんよ♪」

 

 待ちに待った種明かしのように喋り立てるサラは、大人の笑顔の裏に子供っぽい無邪気さを浮かべていた。

 

「あの、教育の場でお酒の話題を口にするのはちょっと不味いんじゃ……」

「細かい事は気にしないの♪ さてさて早速、お待ちかねの実技テストに行っちゃいますか!」

 

 教頭に怒鳴られる原因の半分はサラにあるんじゃないか、と言う生徒達の視線もどこ吹く風。サラの指が軽快に鳴らされ、隣の虚空から銅褐色の傀儡が現れる。

 

「今回の実技テストは個人の技量を中心的に評価するわ。この傀儡の設定も対個人レベルに落としてるけど、それでも相当苦戦すると思うから、心して――」

 

 実技テストの概要を説明するサラ。

 しかし、

 

「お待ち下さい」

 

 それは第3者の言葉で遮られた。

 サラの実技テストを止めた突然の来訪者達3名は、白き制服を纏い悠々とした足並みでライ達の前に整列する。

 

「……あら? あなた達は確かI組の生徒よね。今はトマス教官の授業じゃなかったかしら?」

「今日の授業は自習です。故に今回はそこのVII組の為に1つ、貴族流の教鞭を振おうと思いましてね」

 

 I組の中心に立つパトリックが腰に下げた細剣を取り出し、それを縦に構えた。

 

「最近大いに活躍しているそうじゃないか。月一の特別カリキュラムに中間試験、それと学院初のゲリライベント、君らの動向は僕らの耳にも嫌な程届いているよ」

 

 パトリックの口から語られたのは賞賛の言葉。しかしその口調は怨敵に面対するが如く刺々しいものだ。それは周囲に取り巻く生徒達も細剣を抜き、縦に構えたことからも明らか。

 彼らは雑談しに来たのではなく、戦いに来たのだろう。

 

 数多の臨戦態勢を前にしたライは、動じる事なくただ一言質問で返す。

 

「それに何か問題が?」

「庶民の君には分からないか? ……いや、君には到底理解できないだろう。バーベキューなどと言うトールズ士官学院の伝統に泥を塗った君にはね」

 

 ライに向けられた敵意は特に露骨なものだった。パトリックだけでなくI組のほとんどの者が似たような視線を向けてくる。

 

 ……そう、これはドロドロとした悪意の念。

 確かにイベントを開催したライの行動は周囲に影響を与えていたのだ。以前から溜まっていた貴族生徒の不満に油を注ぐと言う、最悪の影響を。

 

「古来よりトールズ士官学院の頂点に立ち、その伝統と格式を守って来たのは僕たち貴族クラスだ。しかし、今の士官学院は伝統も知らぬ有象無象が我が物顔で闊歩している。……そう、君たちの事さ」

「そのつもりはない、と言っても無意味か」

「当然だとも。本来保たれていた均衡を君たちは崩した。本来あるべき礼儀を教えねば、貴族としての沽券に関わると言うものだろう」

 

 最もらしい理由を優雅に述べるパトリック。

 だが、それは一方的な論調だ。当然、貴族嫌いのマキアスが不満げに反論を返す。

 

「馬鹿馬鹿しい。庶民の僕やエマ君に負けたばかりか、この男とたった1点差だったのが悔しいのだと正直に言ったらどうだ?」

「……何?」

 

 カチンとパトリックの眉が歪む。

 けれど直ぐさま余裕の態度を取り戻し、さらさらの金髪をかきあげた。

 

「君は確かマキアス・レーグニッツだったかな。帝都一の成り上がり、レーグニッツ知事の一人息子。……なるほど、その身分を無視した立ち振舞いは一族変わらないみたいだ」

「そう言うパトリック・ハイアームズは随分と親を困らせているそうじゃないか。ハイアームズ侯爵が不貞の息子だと、セントアークに行ったB班が色々と聞かされたそうだぞ」

「――なっ? ま、まさか父上とお会いになられたのか!?」

 

 弾けるようにパトリックの驚愕した顔がライを向く。

 

 恐らくは彼のウィークポイントだったのだろう。パトリックはキョロキョロと周囲の取り巻きを見渡し、その不審げな表情をみて焦りを募らせていた。

 

 貴族は厳格な縦社会だ。

 四大名門の御子息としてI組の中心にいたパトリックにとって、侯爵である父からの評価は最大のスキャンダルと言っても過言ではない。

 

「こ、これ以上の問答は無用だ! さあ、早く武器を抜くといい。僕たちはそれを圧倒的な技量でねじ伏せて見せよう!」

「……同感だ。こっちも白黒はっきりつけたいと思っていたところでね」

 

 マキアスはあまりに横暴なパトリックの振る舞いに、静かな怒りを燃やしている様子。シワの寄った眉間でパトリックを睨みつけ、背中の導力ショットガンへと手を伸ばす。

 

 が、

 

「ちょ〜っと待った! あなた達、教官である私を除け者にしないでくれる?」

 

 そんな緊張状態をサラが中央に立って分断した。

 

「おや、教官。神聖な決闘に水を差すおつもりで?」

「そんな野暮な真似はしないわよ。――ただ、これは決闘じゃなく実技テスト。ルールはこっちで決めさせて貰うわ」

 

 剣と導力銃、サラの持つ2つの武器が両者を威圧する。バチバチと紫電を放つ凶器。それを突きつけられたマキアスとパトリックは、まるで口を縫い付けられたかのような錯覚を覚えた。

 

「……よろしい。じゃ、改めて実技テストのルールを説明するわ。

 今回の目的は3ヶ月近く経過した生徒個人の技量を確認する事。当然個人差があるのは百も承知だから、設定を弄れる傀儡が最適なのだけれど、今回は特別に3名だけ、それぞれI組と戦う事とします。――要するに、勝った人数の多いクラスが勝利って訳」

「ほ、ほう。単純明快でけ、結構じゃないか。3ー0と言う圧倒的な結果を前にすれば、分別のない寄せ集めでも納得せざるを、をを」

「あ〜はいはい、時間も押してるし、さっさと代表を決めてちょうだい」

 

 口が動きにくいにも関わらず、威圧的な演説を止めようとしないパトリックを遮り、サラは投げやりに首を振る。

 我が身を振り返ったパトリックは照れ隠しにコホンと咳をして、取り巻きの2人を連れて一歩前に出た。

 

「……僕たちはこの3名だ。さて、そちらの代表だが」

「当然、僕が行かせて貰おう」

 

 マキアスが自ら名乗り出る。

 先ほどまでの流れを考えれば、彼が立候補するのはごくごく自然の話だと言えよう。そして、それはライも同じこと。パトリックの自信満々の瞳がマキアスを離れ、近場に立つライへと向く。

 

「よかろう。では他の2人は……、ライ・アスガードとリィン・シュバルツァー、君たちをVII組の代表として指名しよう」

「ああ」

「って、俺も?」

 

 ライが頷く後ろで、リィンが素っ頓狂な声を上げる。

 

「ふっ、何か不服かな? VII組で強者に位置する者を倒さねば、言い逃れをされるかも知れないだろう?」

「待て、ならば私が適当ではないか?」

「ラウラ・S・アルゼイドか。確かに君はVII組の頂点に位置する技量を持っているのだろう。しかし、君は由緒正しい貴族の血を引いていて、同時に守るべき子女でもある。誇り高き貴族である僕が剣を向ける相手ではない、と言うことさ」

「……む」

 

 ふふんとパトリックは鼻を鳴らした。

 一応、最低限の紳士精神は持っているようだが、女性である前に1人の武人である事を望んでいるラウラにとって、この返答は侮辱以外の何者でない。だんだんと空気が悪くなっていく最中、リィンが仕方ないと言わんばかりにため息をついて意識を入れ替えた。

 

「分かった。だったら八葉が一刀の秘儀、とくと見せてやる」

「そう来なくては。ではI組最高の宮廷剣術の持ち主であるこの僕が見事、かの八葉一刀流を打ち破って見せよう」

 

 向き合う両クラスの武術家2人。ライとマキアスもそれぞれ白服の貴族生徒と立ち並び、晴天下のグラウンドに3つのラインが出来上がる。

 

「準備はいいみたいね。最後に確認しておくけど、ライとリィンは”あれ"を使っちゃダメだから」

「ええ」

「はい」

 

 対等な試合において、ペルソナの力は身体能力強化も含めて御法度であろう。

 その言葉をぼかした忠告にパトリックが何やら訝しんでいるが、それを聞いてくるような仲ではない。お互いの一挙一動に意識を張り巡らせる中、

 

「では、試合始めっ!」

 

 今、貴族生徒との模擬戦が始まった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 邪魔にならない様に後方に下がったVII組の非戦闘組。

 その中心で傍観するサラに向けて、アリサが金色の長髪を乱暴に揺らしながら詰め寄った。

 

「――サラ教官! なんで許可なんか!」

「まぁ落ち着きなさいよ。ギリギリになったら私が止めるし、多分VII組が負けるような展開にはならないから」

「何を根拠に、そんな」

「特別実習の経験はちゃんと身についてるってこと。まっ、見てなさい」

 

 納得はしていないが、しぶしぶと言った様子で試合へと向き直る。

 つんざく武器同士の激突音。戦いはまだ始まって間もなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 貴族生徒の男達は、幼い頃から教養として剣術を教わってきた。怪我こそなかったが、多くの時間を武術に費やしてきた。だからこそ、彼らには自らの技量に対する絶対の自信があったのだ。

 今回もそう。貴族としての英才教育を受けてきた自分達が負ける筈ない。年々鋭さを増すこの細剣が、容易くVII組の平民を地に叩き落すことだろう。

 

 ……I組の生徒たちは、そう思っていた。

 

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 現実は無情にもその逆だった。

 相手を打ち伏せる筈だった細剣は誰一人として当たることなく、VII組による一方的な攻勢が彼らの肌を掠める。

 

 その中の1人、焦りに駆られた貴族生徒の細剣を、マキアスはショットガンの銃身でいなし受け流す。

 

「き、貴様! あえて剣の範囲内で戦うつもりかっ!?」

「一歩でも引いたら、君らの鼻は折れないと思ったのでね!」

 

 金属同士、火花を散らすショットガンの射線を無理やり通し、貴族の腹に向けて容赦なく引き金を引く。

 ――ブレイクショット。訓練用の銃弾が貴族生徒の土手っ腹に叩き込まれ、その重いボディブローが貴族生徒の身体を持ち上げる。

 

「これはオマケだ!」

 

 更に一発。

 

 両足に力を込められない貴族生徒は、嘘みたいに弧を描いて吹き飛ばされる。

 

 まさにマキアスの怒りを表したが如き猛攻。

 だが、その感情は彼の視野を狭めてしまっていた。貴族生徒が飛ばされた先、グラウンドの中央には別の相手と戦うライがいたのだ。

 

「しまった! ライ、避けたまえ!」

「――っ!?」

 

 マキアスの声をきっかけにして迫り来る生徒に気づくライ。反射的に横へと跳んでそれを避けたが、同時に戦っていた相手に隙を晒すこととなってしまう。

 

「そこだっ!」

 

 着地と同時に、ライの死角から放たれた渾身の突きが肩へと迫る。

 

 が、唐突に剣先は目標を失くす。

 

「…………え?」

「悪いが、視覚に頼らない戦いは経験済みだ」

 

 ライは振り返ることなく、音と感覚を頼りに紙一重で細剣を躱したのだ。そして、軸足に力を込め、呆然とする貴族生徒の武器を横殴りに蹴り飛ばした。

 

 

 ――――

 

 

「な、何なんだ、この状況は……」

 

 他の2組を横目で確認したパトリックが、信じられないものでも見たかのように声を震わせた。

 

 何故、ただの庶民があれ程までに戦闘慣れしているのか。あれではまるで死線を潜り抜けた戦士ではないか。

 

「よそ見していて大丈夫か?」

 

 そんなパトリックに向け、太刀を構えたリィンが駆ける。

 

 一閃。

 鋭いリィンの一太刀を、パトリックは辛うじて受け止めた。

 

「クッ!」

 

 だが、リィンの攻勢は止まらない。

 ペースが完全にリィンの方へと傾いているが故に、パトリックは幾重にも重なって見える程の太刀筋に防戦一方を強いられていた。

 

 一旦離れなければ。そう考えたパトリックは一瞬のフェイントを織り交ぜ、素早く距離を離す。

 

「八葉一刀……」

 

 けれど、リィンはパトリックを追いはしなかった。

 その場で太刀を腰に収め、静かに息を整える。

 

 刹那、

 

 豪速で抜かれた斬撃が宙を駆け、十数アージュも離れたパトリックに襲い掛かった。

 

「――ッ!!?」

 

 ――弧影斬。弧状の斬撃を飛ばす八葉一刀流の技が、虚を突かれたパトリックの体に激突する。声にならない悲鳴が漏れ、パトリックは力なく地面に膝まづいた。

 

「……終わったな」

 

 そう、膝をついた以上、この試合はリィンの勝利で終わりだ。

 リィンはゆっくりと太刀を下ろしてパトリックに歩み寄る。そして、下を向くパトリックの目前に手を差しのべた。

 

 しかし、この騒動はまだ終わっていなかった。

 

「何故、だ……!」

 

 大声とともにパトリックはリィンの手を払いのけ、側に落ちていた細剣を拾い、リィンに斬りかかる。

 

「何故だ何故だ何故だ何故だ! 何故、僕たちが寄せ集めなんかに押されなきゃならない!」

 

 彼は膨れ上がる感情に支配されていた。歯が軋むほどに噛み締め、無茶苦茶な剣筋でリィンに憤りをぶつけていく。

 これが他の貴族生徒ならばリィンもやすやすと対処出来ただろう。しかし、自信相応の実力を持っていたパトリックの剣撃は、感情に任せても尚失われない正確さを有していた。

 

「帝国を我が物顔で蹂躙する知事の息子に、ノルドの民とか言う国籍も持たぬ野蛮人! 果ては正体も知れぬ浮浪人までも! そんな輩が在籍するクラスが、誇りを蹂躙する者達が1番になっていい筈がない!!」

 

 パトリックは我を忘れ、日々溜まっていた不満を吐き出す。

 幾度となく鳴り響く剣同士の甲高い音とともに、一歩一歩前に進んでいく。

 

「リィン・シュバルツァー! 君も何処の誰かも知れぬ身の上でありながら、シュバルツァーの名を騙っている不届き者じゃないか!!」

「…………ッ……」

 

 一瞬、リィンの動きが止まった。

 

 苦々しいリィンの顔を見れば誰だって分かるだろう。それは言っては行けない内容だった。防御が遅れたリィンの額に、全力を込めたパトリックの細剣が迫る。

 

 一瞬先の未来には取り返しのつかない光景。

 

 だがその時、キィン、と音が鳴った。

 横から投げられた長剣がパトリックの細剣を弾いたのだ。

 

 緊張が高まっていたグラウンドの空気が固まる。攻撃の姿勢のまま静止するパトリックも、リィンの後方で武器を抜いていたサラやVII組の皆も、揃って長剣の持ち主であるライに顔を向けた。

 

「取り合えず、頭を冷やせ」

 

 全力投球の姿勢を取ったライは、いつも以上に冷酷な無表情を携え、そう一言忠告した。しかし、相当の恨みを買っているライの言葉はパトリックに届かない。眉間にしわを寄せて睨みつけるパトリックを確認し、ライの瞳は鋭さを増した。

 

「打ち上げの件なら幾らでも相手になる。けど、リィンの話は無関係の筈だ」

「関係ない? 彼はVII組の一員、それだけで理由は十分だ。……それでも不服だと言うのなら、宣言通り君が相手をするのかい?」

「上等だ」

 

 武器を投げたライは既に丸腰の状態。しかし、ライには一歩も引くつもりなどなかった。この緊迫した状況を招いた原因の一端は紛れもなくライ自身。あの伝統を無下にした行動さえなければ、パトリックも暴力に近い行動に出ることもなかっただろう。

 

 故にライは拳を握る。この状況の一端を担ってしまった責任を全うするために。今、強固な感情に突き動かされていた2者は無謀な戦いを始めようとしていた。

 

 ――その道を、一本の十字槍が遮るまでは。

 

「どう言うつもりかな。ノルドの野蛮人」

「暴力が振るわれるのを無視していては、女神と風に顔向け出来まい」

 

 十字槍を地面に刺したガイウスが、臆することなく武器を持つパトリックに相対したのだ。

 

「未開の蛮人が、神聖な決闘に口出しするなっ!」

「ああ、確かに俺はこの国からしたら異邦の民であり、伝統や身分など何も知らない。……しかし、だからこそ1つだけ質問させて欲しい」

 

 質問? と、パトリックの勢いが僅かながら削がれる。

 

「お前は何を背負って先の発言をした? ……先程の言葉のどこに、神聖な決闘に裏付けされた正当性があった?」

「正当性? そんなの決まっている。僕が貴族だからだ!」

「貴族だから、無関係な罵詈雑言も許されると?」

 

 一瞬、パトリックの息が止まった。

 現に貴族は横暴な振る舞いをしても許されることが多いが、だからと言って何をしても良いわけではない。貴族は高貴なる身として、相応の振る舞いをせねばならない。

 

 ――けれど、先のパトリックの言動はどうだ?

 

 僅かにパトリックの心の中に冷静な疑問が生じた。

 一度膝をついた状況下で格式を無視した感情的な行動。四大名門の子息として下劣な暴言の数々。彼の顔が即座に蒼白となり、怒りに冷水が注がれる。

 

 更に、冷静になった彼は先ほどのリィンの顔を思い出していた。苦々しい表情。もしかしなくとも、あれは不味かったのではないか。パトリックの良心が途端に主張を始める。

 

「……だ、だが!」

 

 だからこそパトリックは無意識に反論の言葉を吐き出した。

 そうでなければ、彼の中に渦巻く後悔の念が、彼自身を押しつぶしてしまいそうになったから。

 

 しかし、現実はもう反論出来るような状況ではなかった。

 

「パトリック・ハイアームズ、貴様の負けだ」

「ユ、ユーシス・アルバレア……?」

「周りの視線を見てみるがいい。これ以上失態を重ねるつもりか?」

 

 パトリックと同じ四大名門の子息であるユーシスが、視線でパトリックの周囲を指し示した。

 

 挙動不振な様子で左右後方を見渡すパトリック。そこには嘗てパトリックを慕っていた取り巻きの貴族生徒たちが、戸惑いの目でパトリックを見ていた。

 

「うっ」

 

 貴族生徒たちの立場からしても、パトリックの言動は"やり過ぎ"であったのだ。四面楚歌の眼差しを一身に浴び、パトリックは身動きがとれなくなる。

 

「……そろそろ限界かしら」

 

 そんな中、静かに見守っていたサラが動き出した。

 

「この勝負、3ー0でVII組の勝利、と言うことで良いのよね? パトリック」

「…………」

 

 パトリックは力なく、小さく顔を縦に揺らす。

 

「それじゃ、I組は早く教室に戻りなさい。本来、自習中でも教室を抜け出しちゃ駄目なんだから」

 

 許可した手前、今回だけは見逃してあげるとサラは言外に諭していた。

 しかし、それを聞いた貴族生徒たちは戸惑うばかり。失意の内にいるパトリックと違ってまだ納得していないのかも知れないが、生憎サラは時間をくれてやるつもりはない。

 

「命令されたら即座に動く!」

「は、はい!」

 

 I組の生徒たちはパトリックを引き連れ、校舎へと戻っていった。

 

 だだっ広いグラウンドを虚しい風が吹きすさぶ。

 結局のところ、貴族クラスとの衝突は、消化しきれない禍根を宿したまま幕を落としたのであった。

 

 

 …………

 

 

「――全く、ままならないものねぇ」

 

 I組がいなくなって心地良い静けさが戻った大空の下で、サラは感傷深くそう呟く。

 

「良かれと思った行動でも、決して良い結果に繋がる訳ではないって事かしら。……まぁ、今回は賛同した私も同罪だけど。いつか誰かの幸せを壊してしまうかも知れないわよ?」

 

 それはライの前進思考が抱えるリスクの1つだった。

 いずれ周囲を破滅に導くかも知れない危険性。行動を起こすという事は、即ち安定した現状を壊す事でもあるのだから。

 

「それでも、俺は前に進みます」

「……あなたらしい答えだことで」

 

 ライ更生のチャンスに失敗したサラは、気を取り直してVII組に向き直る。改めて空中に出現した銅褐色の傀儡。反射的に武器を構える生徒達を眺めて彼女は満足そうに微笑んだ。

 

「んじゃ、引き続き実技テストを続けるわ! その後はお待ちかねの特別実習の説明があるから、最後まで気を抜くんじゃないわよ!」

 

 こうして、23日の慌ただしい時間は進んでいった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ――6月26日。

 

 特別実習当日の早朝、まだ登ったばかりの日光が差し込む駅の中央で、ライは改めて特別実習の資料を確認していた。

 

【6月特別実習】

 A班リィン、アリサ、エマ、ユーシス、ガイウス、ミリアム(実習地:ノルド高原)

 B班ライ、マキアス、エリオット、ラウラ、フィー(実習地:ブリオニア島)

 

「ブリオニア島……」

「帝国西部”ラマール州”の外れにある遺跡で有名な島だよね」

「ん? ああ、エリオットか」

 

 後ろから覗き込んできたエリオットにライは向き合う。

 気づけばリィンとガイウスの2人も近くに来ていた。リィンもライと同様に資料を取り出す。

 

「しかし、今回はどんな意図でノルド高原とブリオニア島になったんだろうな」

「最初の特別実習は練習として、前回は両方とも四大名門の直轄地だったか」

「う〜ん、そうだねぇ……。ガイウス、分からない?」

「……ふむ」

 

 実習先のノルド高原に住んでいたガイウスが、悠然と考え込んで2つの共通項を探し始めた。

 

「ノルド高原にも、古代文明時代の遺跡が多数現存するが……」

「特別実習とは関係なさそうだよね」

「他に関係するとすれば、……場所くらいか?」

 

 リィンが1つ仮説を立てる。

 ブリオニア島はエリオットの入ったように帝国西端にある離れ島だ。対してノルド高原は帝国北東の国境先にある中立地帯。双方ともに帝国の国境間際にある場所である事が共通している。

 

「国境間際でしか見れない問題を体験させようって事か」

「こらそこ! 実習の裏側を探らないの!」

 

 答えに至ろうとしていたライ達の肩に連続してチョップが決まった。

 

「さ、サラ教官……」

「最初から裏が分かってたら実習の楽しさも減っちゃうでしょ? 全く、こんな心地いい朝日だってのに、湿気った話をしちゃって」

 

 裏を探る話し合いを諌める根拠として、サラは外から差し込む暖かな日差しを指差す。しかし何の喜劇が、サラが指した瞬間に日光は雲に隠れて消えてしまう。

 

「――あら?」

『今日の帝国は、西部から中央にかけて生憎の雨模様となるかも知れません』

「ありゃあ、そうなの。……って、ライ? 何よそれ」

 

 タイミングよく聞こてきた情報源にサラが首を傾げた。ライの手には音の出る小型の導力機械。その放送にはサラも聞き覚えがあったが、発生源である機械は彼女の知るそれよりも遥かに小型だった。

 

「何ってラジオですが」

「いえそうじゃなくて、……何処で手に入れたのよ、それ」

「ノーム先輩の新作です」

 

 以前提供した桐条グループ製の携帯ラジオを元にしたジョルジュ・ノームの最新作。それを試験的に受け取っていたライは、特別実習に役立てられるかも知れないと持参していた。

 

「へぇ、さっすがジョルジュ。専門家顔負けの技術力ね」

「それよりサラ教官、何か用事でもあったんですか?」

 

 前回このタイミングでナイトハルトが謝罪しに来たことを思い出したエリオットが、疑わしい者を見るかのような視線で問いかける。

 

「何よ〜、死地に向かう教え子を見送るのに理由が必要ぅ?」

「胡散臭っ」

「てか、死地って大袈裟な……」

 

 余りに演技臭いサラのポーズに、エリオットとリィンが苦言を呈した。

 

「あら、あながち間違ってないんじゃない? 今じゃ帝国の彼方此方で騒動の火種がくすぶってるんだし、大事件に巻き込まれるかも知れないわよ♡」

「縁起でもない」

「ま、冗談はこれくらいにして、今日はシャロンから預かり物を持ってきただけよ」

 

 サラは長椅子に置かれた2つのランチボックスを小突いた。そのどっしりとした威圧感から察するに、この中に各班全員の昼食が入っているのだろう。香ばしいパンの匂いが食欲を刺激する。

 

『――まもなく、帝都行きの列車が到着いたします』

 

「――っと、時間のようね。さ、早く持って行きなさい! 今回の実習地は遠いんだから、忘れると昼飯抜きになっちゃうわよ!」

「あっ、はい!」

 

 急かされる形で、エリオットとリィンがランチボックスを持ち上げる。

 今回は両班ともに帝都ヘイムダルでの乗り換えだ。VII組11名は揃って1つの列車に乗って旅立って行った。

 

 …………

 

 

「……今回も無事に済めばいいのだけど」

 

 列車がVII組を乗せて去った駅内は、サラの独り言が響くほどに静かだった。

 駅にいるのは帝都とは反対のケルディック方面に行く中年の男1人と、改札の従業員が1人だけ。しかし、そんな中に突如、メイド服の女性が足を踏み入れる。

 

「あら、行き違いになってしまいましたわ」

「……シャロン? どうしてあなたがここにいるの? 確かラインフォルト社に呼ばれて朝一番に出てたはずじゃ」

「実は、ルーレでちょっと怪しい情報を見つけまして」

「情報?」

 

 それは早々にルーレからUターンして来る程のものなのか。サラの磨き抜かれた直感が、危険信号を発し始める。

 

 張り詰めた緊張感の中、シャロンが取り出したのは一冊の新聞だった。

 

「帝国時報? そんなの毎日確認して――」

「そうなんですけど、不思議な事に、その中に見覚えのない記事があったんですよ」

 

 日付は4日前の6月22日。当時サラが読んだときは目ぼしい記事はなかった筈だ。しかし、シャロンに促されるままに読み進めたサラは、1つの記事で唐突に動きを止めた。

 

 ”ブリオニア島、連続失踪事件”

 

 "西海の孤島で6月の上旬から発生している謎の事件は、未だ解決の兆しを見せていない。6月21にまた新たな失踪事件が発生した。既に行方不明者は観光客含め28名にまで達しており、行方はおろか失踪の状況すら解明されていない状況だ。現在ラマール州領邦軍は、肥大する革新派の戦力に対抗するために奔走している為、未だ解決の目処は立っていない。島の住人の間ではオカルトめいた噂話が横行している事からも、住民の平穏が今も脅かされている事は確実であり――"

 

 連続失踪事件。あまりにも不吉な内容だ。

 ……いや、それだけじゃない。今回の特別実習も、当然士官学院で話し合った結果決まった場所だ。なのに何故、士官学院の誰もこの事件の事を知らなかったのか。まるで幻覚でも見せられているかのような"異常"に気づき、サラは嫌な眩暈に襲われる。

 

「……何よ、これ。洒落になってないじゃない」

 

 既にライ達を乗せた列車は遥か彼方の地平線。

 果たして無事に済むのだろうか。……いや、こう言う場合は往々にして嫌な予測が当たるものだと、サラの経験則は叫ぶ。

 

 先の冗談が現実になってしまいそうな状況に駆られ、彼女はぐしゃりと新聞紙を握りつぶした。

 

 

 

 

 




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