心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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42話「異聞録、友」

『複数のペルソナを使役、……まさか頼城、お前もワイルドなのか?』

 

 桐条グループ本社の屋上に突如として現れた新たなるペルソナ。

 魔術師のアルカナであるジャックランタンを見た真田は、突風が吹き荒れる中、頼城の元へと歩き問いかけた。

 

『……ワイルド?』

『愚者、数字の0、ペルソナを切り替える事のできる特殊な素養の事だ。まさか、自覚なしに使ったのか?』

 

 頼城は静かに頷く。

 ワイルド。自然、いや切り札を意味するワイルドカードの略称か。どちらにせよ、今の頼城にはどうでもいい事だった。

 

 今やらねばならないのは、絆を信じられない少女に接する事だ。

 

 その瞳に映し出されるのはシャドウに捕まった葵莉子。

 目の前に差し出された召喚器を手に取ることが出来ない弱々しい少女を見定め、彼はゆっくりと語りかけた。

 

『葵』

 

 その真っ直ぐな黒い瞳に見つめられた葵は、思わず視線を逸らしてしまった。

 

 先ほどの友原の言葉を受けて、心が大きく揺れているのだろう。

 けれど、頼城はそれでも言葉を止めはしなかった。

 

『大丈夫だ。俺達はそう簡単に嫌いになんかならない』

『……その言葉、前にも聞いたよ』

 

 彼女の呟きは挫折に満ちていた。

 希望を抱いで裏切られたと言う悲痛な声。

 

 だが、頼城の言葉は揺らがない。

 

『信じられないならそれでいい。けれど、俺達はもう友達だ。勝手にでもそれを乗り越えてみせる。……だろ? 友原』

『当然だっての!』

 

 シャドウの巨椀を受け止めていた友原が更なる追撃をも受け止め、元気良く同意する。

 

 それは、本社に来る前も見た光景だ。

 羨ましい程に前を向く2人の姿。葵の心が荒波のように揺れ動く。

 

『もう一度、賭けてみないか?』

 

 葵の前に見えるのはバルドルが差し出す葵の召喚器。

 これを手にすれば、囚われの今から脱出できる。

 

 必要なのは一歩を踏み出す勇気。

 それは先の友原の姿を見て、彼女も痛いほど感じていた。

 

 葵は息を飲み込む。そして唯一自由な片手に力を込め、

 

『……うん!』

 

 召喚器を掴み取った。

 

『私も信じたい。だから答えて! ナール!!』

 

 己が頭を躊躇なく撃ち抜く。

 溢れ出す群青の欠片。それは瞬間的に集まり細い女性の姿へと定まる。

 

 刹那、彼女を中心に疾風の刃が舞い踊った。

 

 ──ガルーラ。

 ナールが解き放った上位の疾風魔法が、シャドウを内側から蹂躙する。

 狙いは一点、桐条が凍らせダメージを負わせた半身!

 

 シャドウの体が膨れ上がり、そして、盛大に炸裂した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

『うっし、討伐完了っと!』

『あはは、……ごめんね? すぐに召喚器を取らなくて』

『それは言いっこなしだぜ葵さんよ。ちゃんと汚名爆散させたんだしさ!』

『爆散させてどうする』

 

 地面に倒れ動かなくなったシャドウの残骸を横目に、頼城達は無事を分かち合った。

 

 命の危機を脱し、笑顔で言葉を交わす。

 そんな中、唐突に4人目の声が響き渡った。

 

《──皆、無事か?》

『って、うぉあ!? 桐条さんの声が頭ん中に響いてくる!?』

《ああ済まない、驚かせてしまったか。……これは分析能力を持つペルソナの力だ。尤も、私のアルテミシアの力では機械に頼らねば扱えんがな》

 

 脳裏に響く桐条の説明とともにビルの外からプロペラの音が聞こえて来る。それはゆっくりと上昇する黒い軍用ヘリであった。

 

 片面のドアが開き、その中には通信機のような機械に手を置く桐条美鶴の姿。先の流れから察するに、地上から運ばれてきた機械によって、彼女はアナライズの力を増幅させているようだ。

 

『ああ〜、なるほど。でももう遅いっすよ? シャドウは倒しちゃったし』

 

 けれど、シャドウを倒した今となっては、その機械も宝の持ち腐れだろう。友原はピクリとも動かないシャドウの残骸を指差す。

 

《ああ、ここからでも確認した。確かにシャドウは…………》

 

 だが、唐突に桐条は言葉を止めた。

 

 ヘリから見える彼女の顔も真剣そのもの。注意深くシャドウだった残骸を分析し、そして、反射的に身を乗り出した。

 

《残骸から多数のシャドウ反応だと!? ──不味い、今すぐ離れろ!》

『へっ?』

 

 とっさに振り返る3人。

 しかし、全ては遅すぎた。

 

 残骸から弾けるように吹き出す何十、いや何百もの黒い腕。

 散弾が如く迫り来る黒き線が、彼らの体を切り刻む。

 

 ──その寸前、腕は全て地面に叩き落された。

 

『なっ、なんだぁ!?』

 

 上空から降り注ぐ大量の銃声音。

 それを耳にして、3人はようやく銃弾で撃ち落とされたのだと気づく。

 

 太陽の昇る空を仰ぎ見た頼城達は、大空を飛ぶ女性の人影を目撃した。

 恐らくはヘリから跳んだのだろう。だが、それだと優に数十mはジャンプした事になってしまう。

 

 まさに人知を超えた芸当。

 

 そんな感想を抱いた直後、人影は回転しながら屋上へと着地する。

 陥没するコンクリート。しかし、彼女は特にダメージを負った様子もなく立ち上がった。

 

『危機一髪、であります』

 

 それは列車で見た金髪の女性であった。

 相変わらず浮世めいた青い瞳で、微塵も目をそらす事なく片手を構える。

 

 しかし、裾の長い制服を着ていない彼女の姿はどこから見ても異常だ。関節は機械仕掛けの駆動音を発し、構えられた指の先は機銃。手首は巨大なマガジン。背中に取り付けられているのはバズーカ砲だろうか。全身兵器のその姿は、まさしく機械仕掛けの乙女と言えよう。

 

『な、なな、な……』

『対シャドウ特別制圧兵装、アイギスです。現時刻をもって戦線に参加します』

『あ、はいどうも、友原翔です。……って、どう考えてもおかしいっしょ!? アンドロイドって何世紀先のテクノロジーだよ!』

 

 友原の頭は度重なる異常でパンクしそうだった。いくら最先端を行く桐条グループとは言え、人造人間は完全にSFの世界の住人。身体は何とかなろうとも、精神を作るなど出来よう筈がない。

 

『いえ、私の心は機械ではなく──』

『アイギス、説明は後だ! 今はあのシャドウを片付ける!』

『……確かに、猶予はなさそうですね』

 

 真田に促され、アイギスと頼城達はシャドウへと向き直る。

 

 残骸から吹き出したシャドウの姿は、いつの間にかグロテスクに膨れ上がっていた。数多のシャドウを無理やり繋ぎ合わせたような歪な姿。その混沌とした姿を見ていると、思わず吐き気がしてくる程だ。

 

『シャドウのパッチワークと言ったところか。通りでいくつもの魔法を同時に使えた訳だ』

《だが、1つの意思で動いていた以上、どこかにコアとなるシャドウがいる筈だ。それを見つけ出し、殲滅しろ!》

『了解であります!』

 

 アイギスの瞳に搭載された照準器が歪なるシャドウを定め、全身の兵器を起動させる。

 

 セーフィティ解除。

 一斉射撃(バースト)開始。

 

 地面に降り注ぐ薬莢。嵐が如き銃弾がシャドウを穿つ。さらにバズーカ砲が火を吹き、歪な敵の身体を榴弾の爆風で散り散りに吹き飛ばした。

 

 だが、シャドウの膨張速度は鉛弾と爆薬の殲滅力を上回っていた。

 攻撃を逃れた隙間から数本の腕が伸び、アイギスへと殺到する。

 

『──! ペルソナ、レイズアップ!』

 

 アイギスを中心に旋風が巻き起こる。

 

 現れたるは槍と盾を持った機械仕掛けのペルソナ、アテナ。

 シャドウの放った腕はアテナの盾に衝突し、頼城達の周囲に弾け飛ぶ。

 

 歪なるシャドウの反撃は外れた。しかし、アイギスの猛攻が止んだ今、歪なシャドウの増殖と再生は、頼城達の周囲を埋め尽くす程に広がっていた。

 

『フッ、奴らも必死だな』

 

 前後左右、上方までもシャドウの腕が飛び交う中、真田はカエサルを呼び不敵に微笑む。

 ──刹那、膨大な雷撃が空を塗り替えた。カエサルの放ったマハジオダインが上空のシャドウを一掃したのだ。

 

『友原、葵、俺達も行くぞ』

『おーけー、こんくらいどうって事ねぇよ!』

『私だって!』

 

 左右後方から迫り来る攻撃は3人のペルソナが消し飛ばす。

 

 シャドウの腕が織りなす集中砲火を、ペルソナ使い達は背中合わせで凌ぎきっていた。お互いの死角を補い合い、火炎、疾風、電撃の嵐が迎撃する。

 そんな中、外部からアナライズしていた桐条が、増殖再生の中心を遂に捉えた。

 

《──見つけたぞ! 本体は2時の方角だ!》

 

 桐条から送られてくる情報を元にコアとなるシャドウを目視した。

 不完全に融合した仮面。あれが本体か!

 

『私が道を切り開きます。──アテナ!』

 

 機銃の残弾を全て掃射しながら叫ぶアイギス。

 防御を担っていたアテナが槍を構え、本体に向け突撃する。

 後方のバーニアは出力最大。無理やり本体への道を切り開く。

 

 僅かに出来た空白のトンネル。再生するシャドウに押しつぶしかけた道を、カエサルが押し広げた。

 バルドルと友原は頼城達に迫る脅威を止め、ナールの疾風魔法がそれを吹き飛ばしている。

 

 そう、全ての道は整ったのだ。

 

『トドメはくれてやる! やれ! 頼城ッ!!』

『任せたぜ、親友!』

『頼城くん!』

 

 頼城は片手を突き出し、全力でリーグを飛ばす。

 

 リーグは黒い腕の雪崩をかい潜り、本体である仮面を無理やり引きちぎった。

 

『──これで、終わりだ』

 

 リーグの手に力が込められ、歪な仮面を握りつぶす。

 すると、繋がれていたシャドウ達が黒い水へと帰り、周囲は赤くなりかけた夕方の空へと戻っていった。

 

 今度こそ、戦いは終わったのだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 平穏を取り戻した屋上に降り立つ桐条グループのヘリ。コンクリートの地面に足をつけた桐条美鶴は、再び通信機器を通じて何やら話を始めていた。

 段々と眉間を険しくする様子を察するに、芳しくない報告である事は間違いないだろう。

 

『……ああ、そうか、分かった。そちらは被害状況を纏めてくれ』

『桐条さん。何かあったんですか?』

 

 通話を終えたタイミングで、葵がおずおずと問いかける。

 

『我が社が保有する《黄昏の羽根》の大半が、何者かに強奪されたらしい』

『え?』

 

 葵の声が止まる。

 心と同じ特性を持つ結晶体、黄昏の羽根。その保管場所が今回の騒動の裏で襲われていたと言うのだ。

 

 そんな事件、今の今まで知る由もなかった。

 

『ちょ、ちょっと待ってくださいよ。だったらオレ達が倒したシャドウは……』

『私たちの目を欺くための陽動だったのだろう』

『……そんな、あんな強ぇのが単なる陽動? 嘘だろおい』

 

 驚きとともに緊張の糸が切れたのか、友原が呆然と地面にへたり込む。

 

『だが、これで1つだけはっきりした。今回の騒動は偶発的な現象などではなく、何者かが意図的に引き起こしている事件。……つまり、何らかの目的を持った黒幕が存在する、とな』

 

 それこそが、今回の騒動における唯一の成果であったと言えよう。

 桐条は一旦頼城達から視線を外し、今も尚、真っ青な大空を望む。

 

 この空の続く何処かに事件の犯人が潜んでいるのだろうか。それともシャドウが作り出す異界にでも潜んでいるのだろうか。未だ雲を掴むような状況だが、放置出来る状況でない事だけは間違いない。

 

 桐条は小さく吐息を漏らし、現状を正確に把握した。

 そして、また頼城達3人に向き直り、シャドウワーカーのトップとしての言葉を発する。

 

『今回犯人にしてやられてしまったが、シャドウの現れた際の状況を洗い直せば何か分かるかも知れない。しかし、その解析に時間がかかるのもまた事実だ。……今はゆっくりと休んでくれ』

 

 参加を表明してすぐの激戦だ。肉体面、精神面、双方に多大な負荷がかかっているのは想像に難くない。故に桐条は心からねぎらいの言葉を口にし、3人を地上へ向かう漆黒のヘリに案内した。

 

 回転するローターの下、頼城達がヘリに乗り込もうと足をかける。

 すると、アイギスと真田の2人が見送りにやってきた。

 

『今後は現実世界に現れたシャドウを掃討するため、共闘する機会も多いと思われます。ですから、コンゴトモヨロシク、です』

『ええ、今後ともよろしく』

『……頼城、流石に順応早すぎね?』

 

 未知のテクノロジーと平然と握手を交わす友人に友原がツッコミを入れた。

 ただ、友原も外野ではいられない。後方から真田に肩を掴まれ『うへっ?』と奇声をあげてしまう。

 

『始めは臆病な男かとも思っていたが、中々にガッツがあるじゃないか! ──そうだ、今度体を鍛えるために特製のプロテイン丼を振舞ってやろう。なんなら葵もどうだ?』

『プロテイン丼っ!? なんすかその混沌とした響きは!?』

『え、えと……』

 

『2人とも、拒否して構わないぞ』

 

 もう慣れっこなのか、桐条が困っている後輩に向けて助言をしていた。

 

 そして数分後、会話を済ませた頼城達がヘリに乗り込み、長椅子に座る。

 これで今日は帰れるのだ。最後に桐条が別れの言葉を口にする。

 

『……ともかく、今日は経験も浅いというのに良くやってくれた。ペルソナの使役は精神的な負担となる。体に問題がなくとも十分に休息を取るように』

『りょ、りょうかいです』

『学園の方には私から伝えておこう。…………そうだ』

 

 最後に桐条は思い出したように言葉を付け足す。

 

『良くぞ、生き残ってくれた』

 

 それは、今まで見た中で最も穏やかな微笑みであった。

 過去に誰か失う事でもあったのだろうか。それを聞くのは野暮だと言う事くらい、流石の友原も理解していた。

 

 だからこそ頼城達は三者三様の返事を口にし、ヘリの扉が音を立て閉まる。

 

 そして、ゆっくりと浮かび上がる3人を乗せたヘリコプター。

 彼らが経験した2度目の戦いは、かくして終わりを告げるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ヘリが屋上から消えた後、全ての痕跡は幻のように消えていった。

 ライ達は周囲を調べたものの、先に通じる道はどこにも見当たらない。

 

 どうやら、今回はこれで終わりのようだ。

 

「……帰りながらでも、今回の情報を纏めましょうか」

 

 これ以上の探索は無意味だと判断したサラがその足を翻して戻り始めた。

 7組の面々もそれに続き、今回得られた情報について考え始める。

 

「まずはペルソナとシャドウについて、ですか」

「ええ、全生命体の精神が集まっていると言う集合的無意識。それが力の源だって話だったわね」

「心の底が繋がってるって、そんな事ほんとにあるのかしら」

 

 アリサが自らの内に問いかけるが、実感は欠片も沸かない。

 そもそも、無意識とは文字通り自覚する事の出来ない領域だ。こんな事をしても意味がないのはアリサも重々承知していたが、あるのかすら曖昧や存在と言うのは、もやもやとした気分にさせられる。

 

 ただ、集合的無意識の存在を証明する事は出来る。と、リィンが話題の舵をきった。

 

「あのトモハラって人も言ってたけど、俺たちがペルソナの名前や特性を知ったのは、誰かに教えてもらったからじゃない。いつの間にか、そう"無意識"の内に理解した感じだった」

 

 リィンの言葉を聞いてライも思い返す。

 無意識に理解していた召喚器の使い方、ペルソナと言う単語、耐性、スキルの意味、そしてペルソナチェンジ。どれも湧くように頭に浮かんだものばかりだ。

 

 それはペルソナに目覚めた他の皆も同様だろう。

 誰しもが納得した様子で、異論を挟む者はいない。

 

「集合的無意識の存在は事実と見て間違いなさそうね。──それより、今回もっと重大な事実が表に出てきたわ」

 

 サラが話題を移す。

 

「もっと重大って、なにかありましたっけ?」

 

 その言葉を不思議に思ったのか、エリオットが問いかけた。

 

「なにって、あの応接間に現れたシャドウの事よ。シャドウワーカーの話じゃ、シャドウは普段どっかに隠れてて現実世界には現れないそうじゃない」

 

 正確には異なる時空を形成する、だったか。

 だとすればこの旧校舎内の異界は、シャドウが現れる空間としてむしろ自然な場所なのかも知れない。と、ライは漠然と捉えていた。

 

「問題なのは、今現在エレボニア帝国を脅かしているのが、"現実世界に現れた"シャドウだって事。帝国に現れたシャドウと、日本に現れたシャドウ。この2つって偶然だと思う?」

 

「ん〜、普通に考えると、偶然って線はなさそうだよねぇ〜」

 

 ミリアムが頭の後ろで手を組んでお気楽に述べる。

 ……だが、それでもエリオットは何か引っかかる様子だ。

 

「でも、まるっきし同じ訳でもない、のかな」

「エリオット?」

「ライも思い出してみてよ。バグベアーがシャドウを呼び出した時って、別に"この世界は間違ってる!”とか、”偽の神が作り出した!"とか言ってなかったよね」

 

 ……確かにそうだ。横から覗き込んだ事件の概要とエレボニア帝国の件とでは、重ならない特徴も存在する。

 

「それに、向こうじゃ”シャドウ様”って噂も広まってないみたいだったし、そもそもバグベアーの影とかは喋ってたし、同じって考えるのも何だか違うような気がして」

 

 エリオットが感じていた違和感とはつまり、そう言う事だった。

 

「だとすれば、同一犯の犯行とは考えにくいわね。2つの事件はそれぞれ別の思惑で動いていて、手段の一部分だけがたまたま一致したって事? それとも何かによって差異が生まれてしまったか……」

 

 口元に指を当てて深く考え込むサラ。

 しかし、段々と行き詰ってきたのか、遂には爆発してしまった。

 

「……ああぁもう! 判断材料が足りなすぎて考えが纏まらないのよ!」

 

 場所は桐条グループ本社の入り口広場。

 彼女の叫びもその広々とした空間に溶けて消えていく。

 

 と、そんな彼女に反応する声が1つだけあった。

 

『すみませ〜ん! ここで降ろしてもらえませんか〜?』

『え、宜しいのですか?』

『はい』

『帰りはゆっくり列車で帰りますので、お願いします』

 

 広場のど真ん中に降り立つヘリ。

 その開かれた扉から降りてくるのは……

 

「あれって例の3人?」

 

 そう、物語はまだ終わってはいなかったのだ。

 半透明の3人組はヘリを後にし、夕日が沈む海辺へと駆け出していく。

 

『わぁ〜、ヘリの中からも見えてたけど、今日の夕日って綺麗だねっ!』

『やけに元気だな』

『しゃ〜ねぇって頼城さんよ。オレ達は死線をくぐり抜けてきたんだぜ? 周囲の何もかも綺麗に見えるってもんさ。──ぃやっほぉぅ! オレ生きてる!』

 

 一番元気なのは友原だった。

 

『あはは、でも本当に今日はありがと』

『へっ? 何だよ突然。シャドウから助けたのだって、当然の事をしたまでで』

『えとそれもあるけど、もう1つ、私を勇気づけてくれたこと。多分あのままじゃ私、生き残ったとしても2人を信じられなかったから』

 

 背中で手を組み、くるりと回る葵莉子。

 彼女の長い灰色の髪が夕日に当たり、きらきらと輝いて見える。

 

『それに嬉しかったんだ。本音で友達だって言ってくれて。……正直に言っちゃうと羨ましかった。頼城くんと友原くんって、前を向くのが友情の証みたいになってて、後向きな私は蚊帳の外なのかもって思ってたから』

 

 友情に飢えていた葵は、もはや性別とか関係なくその事ばかり気にしていた。

 

 けれど、今は蚊帳の外なんて思っていない。

 今の葵は前を向いて、自信を持って絆を信じていられる。故に彼女は聞こうとしていた。何年も前から密かに願っていたその夢を。

 

『だから、ね、その……名前で呼んでも、いいかな?』

 

 頬を赤く染めて問いかける葵。それは恥ずかしさからか。それとも夕日に照らされているからだろうか。

 どちらにせよ頼城達の答えは1つだった。視線を右往左往させる少女を待たせる訳にはいかない。

 

『むしろ、願ったりかなったりだっての! なぁ頼城?』

『ああ』

 

『そう!? だったら改めて、──よろしくね! 翔くん! くじゅ、は……』

 

 

 噛んだ。

 

 ここぞと言う時に噛んだ。

 

 

 頼城達の時が止まる。

 それはもう、端から見ているライ達も何故だか気まずい程に。

 

 太陽のような笑顔だった葵は途端に曇り空になり、ふらふらと海岸に歩いていく。そして砂浜にしゃがみ込み、明かりのない朧げな瞳で、ただひたすらに”の”の字を書き続けた。

 

『あは、あははは……、なんで私って、こう……』

 

 友原が地雷系男子だとすれば、彼女は自爆系女子と言うべきか。

 爆発物の多すぎる友人関係に頼城は悩んでいると、隣でツボに入ったらしい友原が笑い出した。

 

『くくく、いや気にする必要ないって! それにさ、くくっ、"くずは"って確かに言いにくいし! ……はははははは!』

『おい』

 

 人の名前になんたる感想か。

 頼城の鋭い視線によるチョップが炸裂する。

 

『悪りぃ悪りぃ。……けどさ、言いにくいならいっその事、あだ名にすりゃいいんじゃねぇ?』

『あだ名? えと、例えば?』

 

頼城葛葉(らいじょうくずは)だから、んんっと、……”クズ"!』

『却下』

『ひでっ!? 何が悪かったんだよ!』

『……翔くん、流石に(くず)はないんじゃないかな』

 

 2人の冷たい視線が突き刺さる。

 針のむしろとなった地雷系男子、友原翔は、必死に少ないボキャブラリーを探り始めた。

 

『ならクズっち? クズりん? クズクズ? ……クズ太郎?』

 

 頼城と葵が心配するくらいに迷走する友原。

 

 しかし、

 

『おおっ、そうだ!』

 

 彼は突然、閃いた!と言わんばかりに顔を上げた。

 夕日をバックにしたり顔で指差し、頼城と葵に向けて思いついたあだ名を宣言する。

 

 

 

『──《ライ》ってのはどうだ?』

 

 

 

 今度は、ライ達の時間が止まった。

 

 

『葛葉が駄目なら、頼城から取りゃいいって事さ! どうよ? オレの機転は!』

『らい、ライ、……うん! 頼城くんのイメージにもあってるかも!』

 

 

 彼らは未だに明るい会話を続けているが、対照的にライ達の纏う空気は冷え切っていた。サラ、リィン、アリサ、エリオット、ミリアム。全員の視線が呆然とするライへと向く。

 

 

「…………ラ、イ……?」

 

 

 今、何といった?

 

 いや、自身の口で答えたではないか。ライ、と。

 

 

 ライの思考が定まらない。

 

 

 目の前にいるのはライと呼ばれた青年、頼城葛葉。

 彼を含む3人はやがて1冊の日記となって消滅する。

 

 

 ……1つのピースが今、当てはまった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 "…………第三拘束、解除"

 

 




戦車:アテナ
耐性:???
スキル:???
 アイギスが持つペルソナ。ギリシア神話における戦闘を司る女神。都市の城塞、守護神として崇められる存在であり、戦いにおける守りの象徴であった。アイギス(イージス)と呼ばれる盾を装備している。

GET:莉子の日記2

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