心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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41話「異聞録、彼らの戦い」

 壁の1面が吹き飛んでしまった天空の応接間。

 その4分の1程を埋め尽くす大型のシャドウは、2本の腕を壁に突き刺してその躰を固定し、もう2本の巨腕で頼城達を叩き潰そうと豪快に振り下ろした。

 

 身を隠していたソファは豆腐が如く真っ二つ。

 影に隠れていた3人は弾ける様に転がり、それを回避する。

 

『ちょ、これシャレになんねぇだろ!』

 

 尻餅をついた友原は、振りかかる床の破片を見て、思わず後ずさりする。

 

 だが、そんな友原とは対照的に、シャドウワーカーの行動は冷静であった。

 

 同時にサイドを迂回しながら接近する真田。

 彼も分厚い地面の基盤をも砕くその一撃を確認し、シャドウの攻撃範囲の一歩手前で停止する。

 

『その力は少々危険だな。──行くぞ、カエサル!』

 

 腰のホルスターから銀色の銃を取り出し、真田は自らの眉間を撃ち抜く。

 吹き荒れる青き結晶の煌めき。彼の背後に出現するは、小型の地球と鋼の剣を持った巨大な戦士だ。真田明彦のペルソナ、カエサルは地球を天に掲げ、赤い光を解き放つ。

 

 ──タルンダ。

 攻撃能力を低下させる魔法がシャドウの体に絡みつき、その厄介な力を封じ込めた。

 

『いいぞ、明彦! ──ならば私も、アルテミシア!』

 

 桐条の上空に現れたアルテミシアが宙に鞭を打つ。

 すると、突如としてシャドウの右半身が一瞬で莫大な氷山に飲み込まれた。

 空気中の水滴すら凍りつく絶対零度の氷結魔法(マハブフダイン)。体の大部分を覆われたシャドウは氷山を砕かんと動くが、タルンダによって力が下げられた今、それは叶わない。

 

 抑えられたか? 

 

 ……いや、突如として巻き起こった炎が、内側から氷山を粉々に打ち破る。

 自らの身をも灼熱で焦がしながら活動を再開する巨体、それは声にならない威圧を振りまき、空いた2本の腕を握りしめた。

 

 刹那、桐条の周辺に2つの光点が灯る。

 

 反射的に飛び下がる桐条。

 一瞬の後、同時に2撃の火炎魔法(アギラオ)が彼女の華奢な体を吹き飛ばした。荒く舞った赤髪を翻し、桐条は瞬時に状況を察する。

 

『──くっ! 火炎魔法、それも同時だと!?』

『下がれ美鶴!』

 

 真田が両手を構え前進しながら叫ぶ。氷結魔法を得意とするアルテミシアの弱点は火炎だ。故にあのシャドウの攻撃は桐条に大幅なダメージを与えてしまう。

 

 桐条は後ろへ飛び引いた。

 その前を遮るように現れる巨大な壁、頼城の召喚したリーグが射線を遮る。

 

『頼城?』

『俺のペルソナは火炎耐性です。リーグの後ろへ!』

『任せたぞ頼城! 攻めは俺が行くっ!!』

 

 守備を確認した真田がその拳をシャドウに叩き込む。

 

 弾ける衝撃。

 真田の放つ強打が巨体を弾き飛ばした。

 

 壁に突き刺していたシャドウの黒い腕(ストッパー)が宙に浮く。

 ……だが、役目を失った両腕の先から突如、眩い明かりが広がった。

 

 仰け反るシャドウを覆う虹色のベール。

 それは真田の放ったタルンダの力を打ち消し、浄化する。

 

弱体化解除魔法(デクンダ)だと!? しまった、奴の力がっ!』

 

 まるで本体とは別の意思でも持っているかの様な魔法の行使に、真田の反応が一瞬遅れる。その一瞬、力を取り戻したシャドウがその4本の腕を力強く床に叩きつけた。

 

 応接間の左右が割られ、シャドウの重みに耐えきれなくなった床が音を立ててガクンと傾く。

 斜面となった地表を滑る瓦礫。大小様々な破片は遥か下方にある地上へと落ちていった。

 それは頼城達の体も同様だ。足元が傾き宙に浮く両足、ビルの外へと倒れゆく体を反射的に支え、何とかその場に踏み留まる。

 

『──ひゃっ!』

『葵さん!?』

 

 だが、彼女はその刹那の対応ができる程、身体能力や経験を持っていなかった。

 

 足元を取られた葵はバランスを崩し、召喚器を落としてしまう。

 尻餅をついていた友原が急ぎ起き上がって手を伸ばすが、届かない。

 

 葵は坂を転がり落ち、地上へ落下する直前で何とか静止した。

 

『──ッ! 葵、その場を離れろ!』

 

 その光景を見た桐条が叫ぶ。

 葵はぐちゃぐちゃになった灰色の長髪を整える余裕もなく立ち上がろうとするが、もう既に時は遅かった。傾いた応接間の外側はシャドウのテリトリー。召喚器を持たない葵に、迫り来る巨椀を退ける術はない。

 

『──痛っ!!』

 

 部屋に収まりきらないシャドウが葵の体を鷲掴みした。

 まるで昆虫が如く乱暴に持ち上げられる葵。加減を知らないその締め上げに、幼さの残る葵の顔が苦悶に染まる。

 

『あ、あああええと、オ、オレのジオで……』

『落ち着け友原! 下手をすると葵に攻撃が当たるぞ!』

 

 慌てて召喚器を額に当てる友原を、桐条が片手で遮り止めた。

 今の葵は言わば人質。無策な突撃は盾にされるのがオチだろう。

 

 しかし、このままでは葵の身が危険だ。

『なら、どうすりゃいいんだよ!?』と混乱する友原の焦りを収めたのは、駆け寄ってきた頼城の冷静な言葉であった。

 

『友原、俺が奴の視界を塞ぐ。その内に背後に回って隙を突け』

 

 不意の一撃ならば葵を助けられるかも知れない。そう頼城に諭された友原は、震える手を僅かに落ち着かせ、再度召喚器を額に当てる。

 

『お、おう! ──バルドル!』

 

 青き結晶が友原の制服を揺らし、バルドルがシャドウに突撃する。

 当然シャドウの意識はバルドルへ。だが、そのまま迎撃させる訳にはいかない。

 

『燃やせ、リーグ!』

 

 頼城のペルソナが放ったアギがシャドウの目前で爆ぜた。

 

 火炎属性最弱の魔法アギ。

 桐条や真田の用いる最上級(ダイン)魔法には及ばないが、葵を避けなければならない今は逆に有用だ。

 

 視界を包む灼熱のベールがシャドウの視界を閉ざす。

 その一瞬の隙を突いて、バルドルは崩壊した窓の外、シャドウの後方へと回り込んだ。

 

 ──今がチャンス! 

 友原は急ぎ後方から葵を捕まえる腕へと狙いを定める。

 

 だが、バルドルの上方から突如、非生物的な腕が振り下ろされた。

 

『う、嘘だろ!? 後ろに目でもあるってのか!?』

 

 不意打ちは失敗に終わった。

 シャドウの腕を受け止めるバルドル。

 友原は作戦が失敗したショックで一瞬、次の一手が遅れる。

 

 その刹那が勝敗を分けた。

 

 静止するバルドルの周囲に灯る2つの光源。

 同時発動のアギラオが、バルドルの四肢を粉微塵に吹き飛ばした。

 爆炎の中央で青い光が宙に溶ける。

 

『まだだ、カエサル!』

『動きを止めろ、アルテミシア!』

 

 だが、このチャンスを逃すものか。

 バルドルへと意識が向いたシャドウへと、今度は真田と桐条のペルソナがバックアタックを仕掛ける。

 

 長きに渡りペルソナを使役する2人の練度はかなりのもの。

 しかし、それ故にシャドウの対応は素早かった。

 

『逃げただとっ!?』

 

 飛び引き、葵を握りしめたまま大空へと躍りでる大型シャドウ。

 分が悪いと感じたのだろう。応接間を滅茶苦茶に破壊したシャドウは、ビルの側面に腕を突き立て屋上の方へと消えていく。

 

 静まり返った応接間。

 だがそれは、安堵出来る状況では到底なかった。

 ……そう、葵の身の危険はまだ去っていないのだから。

 

 頼城はその拳を固く握り締め、上空を睨みつけた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 瓦礫だらけの地面が傾き、崩壊した応接間の一室に4人のペルソナ使いが向かい合う。時間がない。そんな緊張感が彼らの心を容赦なく削り取っていた。

 

『桐条さん、葵は』

『今はシャドウとともに屋上にいるようだ。私のアルテミシアは僅かだが周囲の反応を感知できるから、身の危険が迫れば瞬時に分かる。今は落ち着いてくれ』

『落ち着ける訳ないっすよ!』

『ああそうだ! 美鶴、俺たちも早く奴を追うぞ!』

『そうしたいのは山々なのだがな……』

 

 友原と真田に押され、桐条は応接間の入り口へと視線を移した。

 そこはもはや壁とは言えない瓦礫の山。廊下も完全に崩れ去っている為、エレベーターどころか非常階段にも辿り着くことは叶わない。

 

 まさに上空180mの孤島だ。追う事も脱出する事も出来ない空間に頼城達は取り残されていた。

 

『早急に対策をとる。皆は今のうちに準備を』

『……仕方ないか』

 

 通信機器を使い地上と連絡を取り始める桐条。

 真田も苦虫を噛み潰したような表情をしつつも、桐条を信じて待つ道を選んだ。

 

 ──こうして、4人はシャドウを目前に停滞を余儀なくされた。

 

 他の道はないかと破片だらけの壁を探る頼城は、ふと、歪んだフレームが散らばる窓際に佇でいた友原を見つけた。上空の強風が彼の制服を揺らしているが、友原はひたすら空を見て動こうとしない。

 頼城はそんな友人の姿を見て、放って置けなかった。

 

『友原?』

『……なあ、頼城。オレって肝心な時に限って、どうしてこうなんだろうな』

 

 友原は、ただ呆然と雄大な景色を眺めてそう呟いた。

 

 後ろにいる頼城には、友原がどんな表情でその言葉を紡いだか知る由はない。

 けれど、背中を見せる友原の手は痛い程に握り締められ、微かな声も震えていた。恐らくは命のやり取りに伴う極度のプレッシャーが彼の心や体を蝕んでいるのだろう。そう捉えた頼城は友原に手を伸ばす。

 

『俺達は学生なんだ。そうなっても不思議じゃ──』

『そうじゃねぇよ! オレには2度もチャンスがあったってのに、両方失敗しちまった……』

 

 ……いや、そうではなかった。

 頼城の手が止まる。

 

 友原は葵を助ける事が出来なかった事を悔いているのだ。

 端から見れば仕方のないことだろう。だが、彼にとってはそう思えなかった。

 

 シャドウに臆せず、もっと早く動けていたら葵の手を掴めたかも知れない。バルドルが腕を受け止めた時に追撃を放っていれば、葵を掴む腕をピンポイントで狙えたかも知れない。そんなもしもの可能性が友原の心臓に針を刺していく。

 

『手が震えんだよ。体が追いつかねぇんだよ。今だって葵さんを追う方法を見つけたってのに、足が竦んで動けねぇ……』

『方法?』

 

 頼城の問いに、友原は崩壊した窓の外を指差した。

 そう、シャドウと同じように、友原達もまたペルソナで飛んで屋上に向かう事。それが彼の思いついた唯一の手段だ。

 

 けれど、友原はそれを実行出来なかった。

 地上の建物群がミニチュアに見えるほどの高さに立つ友原と頼城。もし飛行中にペルソナが消えたら? もし空中で振り落とされて再召喚に失敗したら? それらの答えはたった一文字、墜落による《死》に集約される。

 

 その恐怖を振り払えない友原は、可能性を前に一歩を踏み出す事が出来なかった。葵の命が危機に瀕しているというのに動けない。その事実が、憤りが、彼の心を容赦なく押しつぶしていた。

 

 友原の悩みを察した頼城。

 どこまでも冷静な彼は静かに決心し、途中で止まっていた手で友原の肩を掴む。

 

『お前らしくもない。レッツチャレンジじゃなかったか?』

『でも、こんな状況じゃ何時もと違ぇ『同じだ』……なんだよそれ』

 

 友原は肩を引かれるがままに振り返った。

 覇気のないその表情を見て、頼城は淀みない言葉を続ける。

 

『例え戦場だろうが地獄だろうが、友原は友原だ』

 

 楽観的なほどに明るく前向きなのが友原翔の筈だ。

 頼城の漆黒の瞳は心の底からそう訴えていた。

 

 その迷いのない論調に、友原が硬直し目を丸くする。

 

 数秒の間。

 

『はは、はははは……。オレはオレ、か』

 

 小さく、噛みしめる様に友原は反芻する。

 そんな友人を横目に頼城は、寒風の入り込む断崖絶壁へと歩を進めた。

 

『お、おい』

『行くんだろ?』

『そりゃ、道はそこしかねぇけどさ! でも、もし失敗したらお前も!』

 

 友原の脳裏には地上へ落下する頼城の姿がありありと映し出されていた。しかし、当の本人は特に恐怖を感じる様子もなく、友原に向けてかすかな微笑みを浮かべる。

 

『何があっても、俺が解決してくれるんだろ?』

 

 それは列車の中で友原が口にした言葉。あの時は葵を勇気づける為に、半ば冗談として口にした友原だったが、太陽の差し込む頼城の顔を見ていると、まるで真実であるかの様に思えてならなかった。

 

 ……気づけば、友原の震えは止まっていた。

 

『行けるか?』

『──ああ、当然だろ!? 可能性があるなら何事もまずはチャレンジ! それがこのオレ、友原翔だからな!』

 

 友原は笑顔で、かつ大声で叫ぶ。

 自らの恐怖を打ち払うため、肺の中身を全力で吐き出す。

 

 そうして意識を入れ替えた友原は、いつも通り、楽観的な笑みを携えていた。

 

『うし! そんじゃ行くとしますか!』

『了解だ』

 

 窓の外に向けて突撃の体勢をとる2人。

 その異変に気付いた桐条が、通話を止めて鋭い目を向けてくる。

 

『待て、何をする気だ』

『すいません! オレ達は待ってるなんて性に合わないんで、先行ってます!』

 

 友原と頼城の2人は桐条の声を待つことなく、窓の外、大空へと飛び出した。

 

 全身を駆け巡る上空180mの暴風。

 もう後戻りは出来ない。2人は召喚器を己が頭に添え、──引き金を引いた。

 

『『ペルソナ!』』

 

 青き力の旋風が落下する彼らを包む。

 現れたるは心の仮面、覚悟を示すが如き勇猛たる巨大な人影。

 

 バルドルとリーグがそれぞれの体を掴み上げ、そのままガラスとコンクリートの壁を登っていく。その身にかかる強烈なG。2人は葵とシャドウが待つ屋上へと飛んで行った。

 

 

 …………

 

 

 月光館学園1年の2人を見送った桐条と真田の2名は、人口密度の下がった瓦礫の中で外を見つめていた。

 

『馬鹿者が。まだペルソナ召喚の経験も浅いと言うのに……』

 

 頭を片手でおさえ、静かにため息をつく桐条。

 赤い長髪がなびくその仕草は上品で様になっていたが、残念ながらそれを目に収める者はいない。

 

 そう、残されたもう1人の人物である真田明彦も、部屋の外を向いて準備運動を始めていたからだ。

 

『待て明彦、まさかお前も』

『漢を見せられて黙ってられるか! 俺も一足先に向かわせてもらうぞ!』

 

 後輩2人に感化され、上空へと飛び出す3人目の馬鹿野郎。

 真田も空中でカエサルを召喚し、屋上へと飛んでいく。

 

 ……どうやらこの場にいた男性陣は"辛抱"という単語とは無縁だったらしい。1人残された桐条は、深く肩を落として通信端末を取り出した。

 

『──ああ、私だ。早急にヘリと増幅器の用意を、……ん? アイギスか? …………そうか、なら頼む』

 

 ピッと通話を止めた桐条は、崩壊した窓へと静かに歩いていく。

 先行した無謀な3人の姿は既に見えない。だが、僅かにも分析(アナライズ)能力を持つ桐条には、彼らの状況が曖昧ながら分かっていた。

 

 屋上から感じられる1体と、4人の生命反応。

 戦いの舞台は今、桐条グループ本社の屋上へと移ろうとしていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……行っちゃったわね」

「飛んでっちゃいましたね」

 

 事の顛末を静かに傍観していたサラ達は、桐条と呼ばれた人影が消えた事で呆然と口を開いた。崩壊した応接間も幻の様に元の格式高い部屋に戻り、窓の一箇所にまた光のベールが満ち溢れている。……要するに、あそこから先に進めと言われている訳だ。

 

「ペルソナやシャドウについて情報を纏めたいところだけど」

「まずは先に進んじゃいませんか? ……あのアオイって子がちょっと気になるし」

「まあ、そうね」

 

 アリサに促されるまま、サラは真剣に頷く。

 どうやらアリサはシャドウに捕まった葵の事が心配らしい。そわそわする心配性の少女を笑顔で眺めたサラは、次に無表情のライに視線を移した。

 

「ライもそれでいいかしら?」

「……ええ」

 

 ライは何故聞かれるのか不思議に思いながらも返事をする。

 やや探る様なサラの黄色い瞳。──もしや、ライが微かに感じた引っ掛かりを察しているのだろうか。

 

(あの4本腕のシャドウ、前に何処かで……)

 

 シャドウが現れて以降気になっていたのだが、像が安定していない為、後一歩と言う段階で思い出せない。

 しかし、アリサが言う様に熟考する状況でもないだろう。ライはまばたきとともに意識を入れ替え、光と風が漏れる窓へと歩き始めた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──桐条グループ本社、屋上。

 

 ヘリポートが鎮座する広々としたコンクリートの上に、大型のシャドウが威圧感を纏い佇んでいた。その手に握られた葵の顔に覇気はない。握りつぶされる事も、逆に緩む事もない停滞した状況。片手だけは自由だけれども、ひ弱な少女の力じゃどうあっても抜け出す事は出来なかった。

 

『どうしよ。……これって、ひょっとしなくても足手まといだよね』

 

 けれど、彼女の悩みはどちらかと言うと自身の危険ではない。

 

 ──こんな自分じゃ嫌われるんじゃないか。

 

 そんな場違いな、けれど彼女にとっては死活問題な悩みが何時までも渦巻いていた。葵は自身が何時死んでもおかしくない状況だと言う事もすっかり忘れ、ただ呆然とネガティブな自問自答が続く。

 

 しかし、状況は唐突に一変した。

 シャドウが登る際に押しつぶしたフェンスに降り立つ2対の足。友原と頼城が後を追って来たのだ。

 

『見ぃつけた! んと、葵さんはっ!?』

『無事、みたいだな』

 

 葵の無事な姿を見て安堵する2人。

 囚われの葵も同様にその顔を綻ばせる。

 ……けれど、それも一瞬の事。嫌われる事への恐怖がぶり返し、彼女の心を埋め尽くした。

 

 葵だって2人が簡単に人を嫌いはしない事くらい分かっている。

 しかし、彼女は心の底からそれを信じる事が出来ない。月光館学園の噂にもなっている葵の嫌われ方は、どこまでも脈絡のない唐突な物だ。

 ポロニアンモールへ買い出しに行ったあの日だって、生徒会の友達と並んで歩いて行っていた。なのに、いざ店に入ろうとした時、友達は害虫でも見た様な嫌悪感を露わにして帰ってしまったのだ。

 

 答えの見えない状況に翻弄される葵莉子。

 長髪に隠れた瞳に力はなく、その手は小刻みに震える。

 

 頼城と友原はその異変に気づく事はない。

 天高い頂上の救出劇は、1つの爆弾を抱えたまま進むのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 物陰に隠れ、様子を伺いつつ話し会う2人。

 

『さてさて、どうやって葵さんを助けっか』

『……何も考えてなかったのか?』

 

 シャドウを前にしてノープランな友原を、頼城は冷たく見つめた。

 

『しゃーねぇじゃん! さっきまで一杯一杯だったんだから! ったく、そう言う頼城は何か策あんのかよ?』

 

 今度は友原が睨み返した。

 しかし頼城は当然と言った落ち着きを貫き、左手に持った物を見せつける。

 

 それは銀色の拳銃だ。

 友原は頼城の右手に握られたままの召喚器を確認し、それが頼城の物でないと把握する。

 

『それ、葵さんの召喚器か?』

『ああ』

 

 頼城は視線を友原から、葵とシャドウへと移した。背面であろうとダウンしようと関係なく対処してくるシャドウ。しかし、1つだけあのシャドウにも盲点がある。即ちそれは──

 

『──なるほど、外が駄目なら内側から突破する訳か』

『ほうほう、内側……って真田さん!?』

 

 カエサルに乗って飛んできた真田の声。

 友原は背後からの不意打ちに飛び跳ねた。

 

 けれど、真田は彼を気にする事なく頼城と話し始める。

 

『だが、問題はどうやって葵に召喚器を渡すかだ』

『ええ』

『奴の攻撃は腕ごとに独立していると見ていいだろう。葵を捕まえている腕を除いて3本。俺たちのペルソナを陽動に『ちょ、ちょっと待って下さい』……どうした友原?』

 

 作戦会議を始めた2人に友原が待ったをかける。

 

『内側って、葵さん……何ですよね?』

『ああ、葵がペルソナを召喚すれば脱出できる』

『シャドウの意識は外部に向いている。目立つ俺たちのペルソナを囮にすれば、人間1人くらい近づける筈だ』

 

 頼城と真田の説明を受けて友原も作戦を理解した。

 ……その危険性も。

 

『それ、近づく人間はめっちゃ危険なんじゃ……』

『当然そうだろうな。下手に近づけばあの腕でミンチは免れまい』

 

 床を粉々にしたシャドウの力を思い出し、友原の頬に冷や汗が滴る。

 真田は友原の緊張を察して静かに口を開いた。

 

『その役目は俺がやる。いざと言う時には再召喚したペルソナを盾にすれば良いからな』

 

 葵に召喚器を渡すには、反射的なペルソナ召喚の技術が問われる。それをこの3人の中で最も実行可能なのは他でもない真田だ。しかし、友原はどうにも割り切れない顔であった。

 

『友原、何か代案でもあるのか?』

『い、いや、そうじゃないっすけど。…………っ……』

 

 視線を右往左往させて落ち着きがない。

 言葉を口にしようとするが、声にならない。

 

 友原は1つ提案したい事柄があった。それをせき止めるのは彼自身を蝕む恐怖。彼は歯を食いしばり、己が心の弱さを打ち破る。

 

『……その役目、オレに任せてくれませんか』

 

 そんな友原の口から零れたのは、小さな声だった。

 

『オレ、2回も葵さんを助けられなくて、……ここで足を止めてたんじゃ、オレは今度こそオレを信じられなくなっちまう』

 

 拳を握りしめて言葉を絞りだす友原。

 真田は真剣な目つきでそれを見つめた。感情は十分に理解できるし、心情的にも同意したい内容だ。しかし、この提案はあまりに無謀。故に真田はあえて冷徹に切り返した。

 

『これは遊びじゃないんだ』

『分かってますよ! 何も、勝算もなく言った訳じゃない! ──オレのペルソナは、さっきあのシャドウの腕を受け止めた』

 

 友原の言葉は止まらない。

 もう、その瞳に迷いはない。

 

 友原の中に答えはあるのだから。

 

『オレのペルソナ、物理無効なんです』

 

 これが、シャドウの腕を突破する可能性であった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 物理無効、物理的衝撃を完全に封殺するペルソナの耐性。

 北欧神話において無敵の逸話を持つバルドルだからこそ得られた特殊な力を、友原は心の中で感じ取っていた。

 

 ──だが、本当に止められるのか? 

 

 突撃するのはペルソナでなく友原自身。

 耐性が完全に反映される保証はないのだ。

 

『行けるな?』

『……っ、はい!』

 

 しかし、もう迷う時間はない。

 友原は走る準備をしてはっきりと答える。

 

『シャドウは本能的にペルソナを敵対視する。俺たちのペルソナで奴の攻撃を引きつけるんだ!』

『ええ、リーグ!』

『バルドル!』

 

 大空の下で青き光が巻き起こり、3体のペルソナがシャドウの周囲に展開する。

 

 攻撃する必要はない。

 全力で撹乱に徹し、連続で爆発するアギラオを寸前で躱す。

 まさに戦場が如き火炎魔法の布陣だ。

 コンクリートを削り、鉄骨がねじ曲がる中、友原が足に力を込める。

 

『──っ、今だ!』

 

 葵を掴む手を除いた3本がペルソナに向いている事を確認し、一直線に走り出した。

 

 葵に辿り着くまで十数歩。

 短い筈の距離が、今では永遠の様に感じてしまう。

 

『怖くない怖くない怖くない怖くない……!』

 

 残り6歩。

 ここまで来れば魔法よりも腕での攻撃を優先する筈! 

 

 しかし、ここでシャドウは友原の存在に気づいた。

 

 その仮面を向けることなく降り下ろされる巨椀。

 城壁をも粉砕する一撃を前に、友原はその拳を全力でぶつける。

 

『ぜんっぜん怖くねぇぞバカヤロォォォォ!!!!』

 

 刹那、衝撃波が周囲に弾け飛ぶ。

 

 シャドウとの間に不可視の障壁が現れ、死神の腕はピタリと静止した。

 予想外の展開だった為か、シャドウに刹那の隙が生まれる。

 

 ──今度こそ生かしてみせる。

 友原は決心を固める。

 

『今だ、バルドル!』

 

 近距離で再召喚されたバルドルが葵へと飛ぶ。

 

 壁になるは漆黒の5本の指。

 接近させまいとシャドウがバルドルを掴み上げた。

 

 ……だが、届いた。

 

 バルドルの片手に持たせた葵の召喚器が、彼女の手の届く距離に辿り着いた。

 

『えっ?』

『葵さん! 早くその召喚器をッ!!』

 

 戸惑う葵に向け、友原が叫んだ。

 けれど、葵は混乱するばかりで、受け取ろうとしない。

 

 時間がない状況に焦りを感じた友原は、思わず声を荒げてしまう。

 

『どうしたんだよ! 葵さん!』

『……私は、私なんかじゃ…………』

 

 震える彼女の表情を間近で見て、友原は気づいた。

 何故なら彼女の顔は友原自身と同じだったから。最悪の未来を想像してしまい、恐怖でがんじがらめに縛られてしまっているのだと、理解出来てしまった。

 

『……そういう事かよ』

『っ! 友原くん!』

 

 友原の周囲に灯る幾つもの火種を見て、葵が思わず叫んだ。

 

 桐条の時と同じ光景。すぐに幾重もの火炎魔法が彼の体を焼く尽くすだろう。

 けれど、不思議な事に、友原は一片も恐怖を感じていなかった。

 何故そんな落ち着いているのかと驚く葵に向け、友原は余す限りの答えをぶつける。

 

『葵さん、前も言ったろ? オレ達は一歩を踏み出しゃいいんだ。だってさ』

 

 数瞬後に訪れるだろう灼熱の業火。

 それくらい、今の友原にはどうって事はない。

 

『──オレ達には、頼れる仲間(あいつ)がいるんだからな!』

 

 友原の不敵な笑みと同時に1つの影が降り立った。

 

 青い光を伴った頼城のペルソナ、リーグ。

 それは一瞬で姿を変え、小さなかぼちゃの怪物へと変貌する。

 

『チェンジ、ジャックランタン!』

 

 魔術師の帽子とフードを被った新たなるペルソナ。

 その手に持ったランタンが一際大きく輝き、友原を襲うはずだった爆炎を全て《吸収》する。

 

 ──火炎吸収。

 軽減するでも、無効にするでもなく、相手の炎を自らの糧にする力。

 

 頼城の放った一手は正しく、友原の危機をひっくり返した。

 

 

 

 

 




魔術師:ジャックランタン
耐性:火炎吸収、???
スキル:???
 別名ジャック・オー・ランタン。アイルランドやスコットランドに伝わる死者の霊であり、悪魔に貰ったランタンを片手に地上を彷徨うとされている。……また、アトラス作品においてはジャックフロストの相棒的な役割。ヒーホー。

皇帝:カエサル
耐性:???
スキル:タルンダ、???
 真田明彦の扱うペルソナ。紀元前ローマの実質的支配者であり、その称号《インペラルトル》は皇帝(エンペラー)の語源となった。死後は後継である初代皇帝アウグストゥスによって神格化され、神君カエサルとも呼ばれている。因みにシェイクスピアで有名な「ブルータス、お前もか」は彼の言葉。

女帝:アルテミシア
耐性;火炎弱点、???
スキル:ブフダイン、マハブフダイン、???
 桐条美鶴の扱うペルソナ。古代ギリシアの都市であるハリカルナッソスの女王であったが、同時に紀元前480年頃ギリシア戦争に参加し《戦場を駆ける女》と呼ばれた程の戦士でもあった。尚、マウソロス霊廟を建設したハリカルナッソスの女王アルテミシアとは別人。

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