ペルソナのBGMやっぱいいですねぇ
「射抜いて、ソール!」
人気がない大都市の車道上。絵の具の様に真っ青な空の下で、ビル群の谷間を一筋の光の矢が駆け抜ける。
その先にいたのは3体の人ならざる影。
太った警官の姿をしたシャドウ達が銃を向けてくる中、ソールが放った矢が1体の眉間を吹き飛ばす。コンクリートビルを深々と穿つ光。アリサが金髪をなびかせ振り返った。
「今よ、リィン!」
「ああ! ──シグルズ!」
リィンの足元、灰色の道を青き焰が照らす。
現れたるは白銀の騎士。シャドウの銃弾を弾くその鎧は、道路上空を駆け抜け敵の目前で急停止。片刃の剣に手を掛ける。
一閃。
横に並ぶ2体のシャドウは真っ二つに分離した。
黒い水に還るシャドウ達を確認し、リィンはシグルズを青い光へと戻す。
「いい感じだったわね」
「ああ、お疲れ」
戦闘終了を分かち合うアリサとリィンの2人。
そう、今ライ達は再び夕方の旧校舎内、辰巳ホートアイランドへと突入していたのだ。メンバーは今の2人の他に、ライ、ミリアム、エリオット、そして監督であるサラの計6名。つまりは対シャドウ戦に対応可能なメンバーによる調査であった。
「久々のペルソナ召還も問題ないみたいね。──それにしても、ここまでシャドウが出始めるなんて。エリオット、あのシャドウのアナライズ出来たかしら?」
「あ、はい! 今みんなに送ります!」
今回の調査の中心はエリオットのアナライズだ。
幻属性のアーツであるアナライズでは分析出来なかったシャドウも、ブラギのアナライズならば分析が可能。故にサラはシャドウの実態を探る為、片っ端からエリオットにアナライズを頼んでいたのであった。
エリオットが常時展開していたブラギを通じてライ達に分析した情報を送る。
脳内に直接情報が送り込まれたライ達は、まるで電子の画面でも見ているかの様に、今のシャドウに関する情報を見る事が出来た。
──────
法王:収賄のファズ
耐性:闇弱点
スキル:シングルショット
──────
「収賄のファズ、最初の場所で出てきた半液体状のシャドウとは別物か」
「うん。《臆病のマーヤ》と比べると大分強いシャドウだね。異界の奥に来た分、力も大きくなってきたって事なのかな」
有事の為に後方待機していたライは、隣に立つエリオットとシャドウについて考察を進める。ここに来て別種の、確たる形を持ったシャドウも出現し始めたのだ。これは帝国各地で出現するシャドウを除けば初めての事。もしや、この空間も段々と進化しているのではと、芳しくない推論が次々と立つ。
と、そんな2人とは別に、ミリアムも何やら考え込んでいる様子だった。
それに気づいたアリサが金髪をなびかせミリアムに近づく。
「どうしたの?」
「う〜ん、ちょっと気になる事があって……」
耳当てのついた帽子を揺らしながら考え込むミリアム。
やがてそれは形になったのか、彼女は顔を上げてライ達に向き直った。
「エリオットから送られてきたシャドウの情報なんだけどさー。これってペルソナと同じだよね? タロットカードと同じ区分がされてて、耐性もあって、スキルを持っててさ。──もしかして、ペルソナとシャドウ。この2つは同じ力なんじゃないかな」
ミリアムが普段の幼さを潜め、帝国軍情報局の一員としての鋭さを発揮する。ペルソナとシャドウの共通性。普段ペルソナを使役し、シャドウと対立しているライ達にとって、まさに盲点と言える内容であった。
「まさかそんな……」
「いえ、その推論、あながち間違ってはいないかも知れないわ。だって、それならペルソナの攻撃が有効な理由になるもの」
サラはミリアムの推論に賛成的だ。そしてもう1人、ライもその推論について肯定的に考えていた。理由は1つ、バグベアーと対峙した時に男が言っていた言葉を思い出したからだ。
「エリオット。セントアークでシャドウが召還された時、男が叫んだ言葉を覚えているか」
「えぇっと、……確か『俺はそんなんじゃない』だったかな」
「いや、もっと後だ」
「えっとそれなら、『貴様なんか、俺じゃない』……ってあれ? これって」
「わ、私たちがもう1人の自分と対峙したときに感じたものと同じ……」
ライの言わんとする事に気づいたアリサが、思わず言葉を漏らす。
そう、何者かに対する否定の言霊。
この一言はバグベアー以外にも、ライ達に聞き覚えがあるワードであった。
ペルソナとシャドウは同質の存在。リィン達が対峙したもう1人の自分とは、即ちリィン達のシャドウと言う事だったのだろう。
まだ推測に過ぎないが、実際にもう1人の自分に対峙したリィン、アリサ、エリオットの3人はそれを事実だと認識していた。
「一応、一歩前進なのかしら。でも、ペルソナがシャドウに有効な理由が同一存在だって言うのなら、調べても何の解決にならないって事よね」
サラは求めていない真実に深くため息をついた。
帝国各地で出現するシャドウを退治するには、一部の人間にしか使えないペルソナは相性が悪すぎるのだ。欲しいのは万人が使える対処法。欲した情報がどんどん遠のいているようにサラは感じていた。
「そもそも、どーしてシャドウには普通の攻撃が通じないのかなぁ?」
「……そうね。考えれ見れば、私たちは知らない事だらけだわ。なんで心の力だと言うペルソナやシャドウが物理的な力を持っているのか。物理的法則が通用しない理由はなんなのか。なんで旧校舎にこんな訳の分からない空間が出来ているのか。
──だいたい、ライと戦術リンクしてペルソナを得るメカニズムだって不明のままじゃない」
「うわぁ……、謎が多すぎて頭痛がしてきそう」
あまりの不明点の多さにエリオットが頭を抱える。
実際のところ今のライ達は、謎の害敵に対して正体不明の力で対処しているに過ぎない。
何故かシャドウに対抗できるペルソナの力を持っていたから戦った。何故かライとの戦術リンクでペルソナを覚醒出来たから戦力が増えた。
……こんな場当たり的な綱渡りではいつか痛い目に会ってもおかしくない。サラが躍起になって謎の解明に努めているのは、つまるところ危うい現状に対する不安が原因であった。
「ああもう仕方ないわ。今は出来る事からやっていかないと。──エリオット、次はこの空間について何か分析できないかしら」
「はい」
目を閉じ、ブラギを通して周囲へと意識を向けるエリオット。
人が観測していない死角のみ流動する現象を捉えられれば、何かつかめるかも知れないとサラは考えていた。
「……あれ」
「何か見つけたの?」
「いや、逆って言うか何て言うか。……何も変わらなくて」
しかし、エリオットの探知した空間は少々違和感があるものの、物理法則に則った普通の街中だった。人っ子1人いない静かな辰巳ホートアイランド。ビルの1階から屋上まで調べたが特に異変はない。
「参ったわね。エリオットの分析も視覚と同じ扱いなら、変化する原因を調べようがないじゃない」
作戦が空回りした状況に肩を落とすサラ。
だが、リィンは逆に、この特徴が有する利点に気がついていた。
「サラ教官。もしエリオットが認知できる場所が変化しないなら、安全にこの異界を進められるんじゃないですか?」
「あっ、たしかに。私とした事がうっかりしてたわ」
今までこの異界の攻略が難しかったのは、一重に変化による帰路の問題からだった。それはもう、人手が足りるなら伝言ゲームの如く人を配置していた程に。……けれど、エリオットが広範囲を探知出来るのならば、その問題は大幅に緩和される。サラは改めてエリオットのアナライズが旧校舎調査の鍵であると確信した。
「なら1つ確認しておきたいんだけど、アナライズでの地形分析はどこまで出来そう?」
「人やシャドウと違ってそれほど広くは難しいです。……でも、何か目印があれば、その周辺を調べられるかも」
「目印って?」
「人やシャドウ……後は歩いた道や入口とか、とにかくイメージしやすいものなら多分いけます」
「……イメージ、ねぇ」
サラはエリオットの索敵条件を聞いて意味深げに呟いた。
セントアークでも、シャドウの用いる毒が人々のイメージの具現化であると聞いている。
イメージ、……心。
普段こう言った調査では軽視されがちな要素が、とこ今回の事件に限っては重大なファクターではないかと、サラは密かに睨んでいた。
「なら試しに辰巳ポートアイランドの入口を分析してみてちょうだい」
「分かりました。…………って、あれ?」
「今度はどうしたの?」
「えと、入口の扉に似た反応が2つあって……」
エリオットの紡いだ独り言を聞いたサラ、ライ、リィンの3人は弾かれるように反応する。2つの扉、1つは旧校舎に繋がる扉だとすると、もう一方は即ち──
「でかしたわ! 早速その場所へ行ってみましょう」
この世界のさらなる奥地へと続く道を見つけたライ達は、エリオットのナビに従って明かりのない信号機の下を進み始める。
……ただ1人ミリアムを除いて。
ミリアムは冷たいガラスの窓に手を当てて、感触を確かめつつ考え事をしていた。
「……ペルソナとシャドウが心の力。だったら、シャドウが出るこの空間もおんなじ可能性があるよね」
それは仮説まで至らない小さな考え。
「行くぞミリアム」
「あ、うん! 今行くよ!」
故にミリアムは胸の内に隠し、先行するライ達を追いかけていった。
…………
──ポートアイランド駅。
人工島である辰巳ポートアイランドと、大都市である巌戸台港区を結ぶモノレールの到着点。白い柱のモニュメントが並立し、花屋や映画館が立ち並ぶ拠点にライ達は辿り着いていた。
普段は賑わいを出しているであろう空間も今やゴーストタウン。花屋のカウンターに置かれた花束が生活感を演出しており、逆に恐ろしい雰囲気を醸し出している。
そしてもう1つ異変があった。駅に入る為の自動ドアから溢れ出す光のベール。周囲とは不釣り合いな程に神秘的なその状況は、異界に突入するときや辰巳ポートアイランドに入るときにくぐり抜ける扉と似たものだ。
「……今までと同じなら、あの扉の先には別世界が広がっているって事になるわよね」
「どうするの? ライ」
「行くに決まってる」
「うう、またユーレイが出るのかなぁ……」
覚悟を固めたライ達は、硬い階段を踏みしめて一歩一歩駅へと近づく。
目の前にある真っ白な光の入口。ライはその不可思議なベールの中へと手を差し込む。──大丈夫。他の場所と同じく、向こう側に空間が広がっているようだ。
左右には武器を握りしめた仲間達が真剣な顔で待機している。
ライはお互いに確認しあい、光の中へと足を踏み入れた。
◆◆◆
ふと気がつくと、ライ達の体は揺れていた。
カタンカタンと定期的に音を立てる地面。両面の大きな窓からは光が差し込み、天井に備え付けられた蛍光灯が細長い空間を余す事なく照らしている。左右に設置されたスチール製の長椅子の上には柔らかいクッションが敷かれ、座ったらとても心地良さそうだ。
「ここは、列車の中、かしら」
天井近くから垂れた吊り革を見ながらサラは呟いた。
窓の外には広々とした大海の景色が広がっている。駅の扉の先が移動中の列車だとは、つくづく常識の通用しない空間であることか。
そして、列車の中にはまた、半透明の影達が日常的な生活を送っていた。椅子に座り本を読む男性、2人で座り何やら雑談している若い女性逹。音もなく繰り返される光景はまさに異様と形容すべきものだ。ライの背後に隠れるミリアムがその証明だと言えるだろう。
「やっぱりぃ〜……」
「とりあえず進まないか。ここに影がいるってことは、近くに例の3人組がいるかもしれない」
「ああ、そうだな」
リィンとライの視線が注がれるは反対側の車両へと続く扉。後ろの扉は駅へと通じる光のベールである為、進む道はその1箇所しかない。ライ達は半透明の影達を横切って通路を慎重に歩いて行った。
────
次の車両には、予想どおり例の3人組がいた。
友原 翔、頼城 葛葉、葵 莉子の順に並んで座る3人の影。今この車両にいるのは3人を除けば反対に座る女性が1人だけであり、長い車両を4人で占領する豪勢な状況であった。
『はぁ〜、スゲェよなぁ。あの天下の桐条グループにお呼ばれするなんてよ〜』
『そうだよねぇ〜』
未だに信じられない風に声を漏らす友原と葵の2人。
妙な夢心地に包まれる彼らを、中央の頼城は不思議そうに観察している。
『そんなに凄い事か?』
『おまっ!? んなの当然に決まってんじゃん! 桐条グループつったら今や南条コンツェルンに並び、日本の100人に2人は就職してる大企業中の大企業! その実質トップである桐条美鶴さんに呼ばれるなんて、オレ逹ゃ政治界のお偉いさんや警視総監とかと同じって事なんだぞ! 例えるなら総理大臣、大統領、Jリーガー、それからそれから……』
『友原、それ有名な役職を適当に言ってるだけだろ』
特にJリーガーは毛色が違うと頼城は突っ込む。
鋭い正論に思わず黙る友原。そんな2人の光景を見て、葵はくすくすと笑っていた。
『でも月光館学園は桐条グループの出資で成り立ってるし、桐条さんは月光館学園の元生徒会長でもあるんだし、やっぱり雲の上の人って感じなのかなぁ』
生徒会役員である葵は、どうやら頼城達とは別種の憧れを抱いているらしい。
宙を眺めてぼんやりとする葵。しかし、何故か途端に顔を真っ青に染めて、ずーんと肩を落とす。
『……どうしよ。わたし、服装とか変じゃないかな? 寝癖とかないよね? うぅぅ、ちょっと不安になってきた』
『いやぁ、気にする事はねぇよ葵さん。こう言うときはレッツチャレンジ! 何かあっても、この頼城葛葉様がささっと解決してくれるからさ!』
『俺は青い狸じゃないんだがな』
そう呟く頼城だったが、その黒眼は特に友原の言葉を否定してはいなかった。その無表情に秘めているのは絶対の自信……ではない。もしそうなったら最善を尽くすと言う意志こそが、彼が貫く態度の根拠だ。
楽天的な程に前向きな友原と、それに釣り合う程の意志を示す頼城。
葵はそんな2人をぼんやりと眺めていた。彼女の僅かな異変に気づいた頼城が、黒髪を揺らして葵の顔へと視線を向ける。
『葵?』
『……えっ? あ、えぇと、何かな?』
『いや、どこか様子が変だったから』
『ええっ!? あ、ううん! 別に何にもないよ? 別に羨ましいとか思ったりなんて……あ』
自爆していく系少女、葵莉子。彼女は恥ずかしさで赤く染まる頬を灰色の長髪で隠し悶絶していた。そんな様子を頼城の体越しに見ていた友原が、容赦なく追撃に図る。
『なぁなぁ、羨ましいってどう言う事?』
『だから何でもないって! そ、それにほら、本社に着くまで静かにしようよ! 反対側の人にも迷惑だろうし!』
その青い瞳に渦でも巻いているかの様な葵の慌てっぷり。今この場で最も大声を出しているのが葵で、反対に座る女性を巻き込んだのもまた葵だという事を、果たして彼女は自覚しているのだろうか。
唐突に巻き込まれてしまった金髪の女性。17歳くらいの外見にも関わらず黒いスーツを着こなす彼女は、ロボットの様に静止していた青い瞳を動かし、騒がしい高校1年3人組へと向き直る。
『いえ、私は気にしていないであります』
突然巻き込まれた形だったが、どうやら気分を害してはいなかったようだ。
と言うより、平然としすぎている彼女を前に、逆に友原達が面を食らってしまう。『あ、えーと、なんか済みません』と小声で呟く友原。妙な気まずさが形成される中、列車のスピーカーから音声が流れてきた。
"──まもなく、桐条グループ本社前、桐条グループ本社前。お降りの際は忘れ物等ございませんようお気をつけ下さい”
窓の外には、世界有数の大企業に相応しい、異様に巨大な施設群が広がっていた。その中央にそびえ立つのは天にも昇る高層の本社ビル。機械的なヘットホンの様なものをつけた女性は、浮世めいた雰囲気を纏ったまま立ち上がり、列車の出入口へと足を進める。
駅のホームに入りゆっくりと止まる列車。
女性は流される慣性にもビクともせず、開かれる扉を前に振り返った。
『それでは、また後ほど』
儚げに微笑んだ女性は、そう言葉を紡いで桐条グループの施設群へと歩いていく。
取り残される形となった頼城達3人。
彼らは遅れて手荷物を持ち、暖かな日差しが降り注ぐ駅のホームへと降り立った。
『何だったんだろ〜な。今の人』
『さあ』
『と、とりあえず私たちも早く降りよう? まずはえと、ええと、入り口の受付に行くんだったっけ!?』
『まずは落ち着け』
頼城は落ちつきのない他の2人をなだめつつ、揃って本社へと進む。
柔らかな雲が浮かぶ晴天の空。彼らが進む先には空を真っ二つに割く桐条グループ本社がそびえ立っていた。
◆◆◆
3人組の影が霞へと消えてから数瞬の後、ライ達6名が列車の自動ドアから顔を出した。時が止まったかの如く静まり返っている列車。試しに1車両戻ってみたら、そこは依然として駅へと続く、"走行中"の車両の中であった。
「はは、は。もう驚くのも馬鹿らしくなってきたな」
扉を挟んで走行と停車が両立する摩訶不思議な光景を見てリィンが呟く。……ともかく、これで退路を確認できた訳だ。エリオットが観測し続ける限り戻ることも可能だろう。
「頼んだわよ、エリオット」
「任せてください」
「それじゃ早く後を追おうよ! そしてさっさと外に戻ろっ!」
空元気が見え見えのミリアムに急かされ、ライ達も綺麗な駅のホームへと足を下ろした。その先に見えるのは厳重すぎる程のセキュリティ。しかし無人の今となっては無用の長物だ。ライ達はペルソナで管理室へと通じる防弾ガラスを粉砕し、管理室から駅を抜けることで、広大な本社前広場へと辿り着く。
ギリシャ風の柱が立ち並ぶ広場。遠目に見える車道に横付けされた漆黒の車はリムジンだろうか。そして、何より目を引くのが正面に建つ神話の塔が如き巨大なビルであった。
「それにしても、嘘みたいに大きいビルねぇ。20、40、……60くらいあるんじゃないかしら」
「ああ、それに日本って国が近くにないことも確かみたいだ。クロスベル自治州で建設中の新市庁舎も確か40階建てって噂だったしな」
「えっと、オルキスタワーって名前だっけ。最新技術の粋を集めた大陸初の超高層ビルディングって触れ込みの。……こんな建物があったんじゃ名折れもいいとこよね」
遥か前方に広がる光景を見て、考察をするアリサとリィンの2人。
彼らが知る大陸事情との矛盾から考えれば当然の帰結だ。
「雑談はそれくらいにしておきましょう。ここは日本そのものじゃなくて再現空間みたいだし、何が起きてもおかしくないのよ」
「そうそう! だから早くあの3人を追いかけようって!」
数歩前でミリアムが手を振っている。
それを見たライは視線をエリオットに移す。頷く中性的で真剣なその表情、どうやら周囲にシャドウの反応はないようだ。しかし油断は出来ない。ライ達6人は武器を片手に、神経を尖らせつつ本社へと歩いて行った。
◆◆◆
透明な入り口に足を踏み入れたライ達。
次の瞬間、周囲の光景が移り変わっていた。
広い応接間。豪華なカーペットが敷かれ、壁の1面が全面ガラス張りになっている。そこから見える光景は小さく見える駅に真っ青な大海原。どうやらここはあの本社ビルの中のようだ。
『よく来てくれた』
ソファに座る3人に対し、凛とした女性の声が投げかけられる。
奥の扉から出てきた赤髪の女性は月光館学園でも見た桐条美鶴。そしてもう1人、白髪で真っ赤なベストを着た男性が、銀色のトランクケースを片手に応接間に入ってきた。
そんな2人の姿を見て、友原がバネの様に立ち上がる。
彼の顔は緊張一色。作りものと言っていいほどのカチコチぶりであった。
『き、きき、きょうはおまねきいただき、か、かんしゃのきわみ……』
『フッ、そう気構えるな。私も元は月光館学園の生徒であった身だ。先輩後輩の間柄で接してくれて構わないさ』
『え、えぇ〜、でも桐条さんは大企業のトップだし、……オレらの命の恩人だし』
段々と声が小さくなる友原。
そのままぽすんとソファに座る。
『気にする事はないって言ったの誰だっけ?』
『ちょっ!? 葵さん、それ言っちゃう!?』
『レッツチャレンジ、か』
『頼城まで蒸し返すなっての!』
2人の猛攻を受けて友原がムキになって叫ぶ。
友原と葵の顔に先ほどまでの緊張は見られない。それを確認した頼城は、2人から視線を外し、桐条達へと落ち着いた顔を向けた。
『俺逹を今日呼んだ理由は何ですか』
『おっ、お前は中々見所がありそうだな』
『話の腰を折るな明彦。……済まない、まずはその話をするべきだったな』
瞳を閉じ、軽く詫びをする桐条。
その姿に一切のおごりはなく、心から真摯に対応してくれているのだと頼城達は感じた。
『話と言うのは他でもない。以前君達が月光館学園で遭遇した怪物、シャドウに関するものだ』
『シャド、ウ……』
以前の恐怖を思い出した葵が、無意識に両手で体を抱いて震えていた。
ただの学生が経験するはずもない死の感覚。対する桐条もそれを見て、申し訳なさそうに瞳を細め口を閉ざす。
代わりに話をしたのは隣に立つ男性だ。
彼は一歩前に出て『真田明彦だ』と短く自己紹介をし、本題を続ける。
『実は少々面倒なことになっていてな。お前達がペルソナで撃退したあの日以降、巌戸台を中心に似た様な事件が多発している』
『へぇ〜あの事件が、ってえぇっ!? 多発ってマジっすか!?』
そんな話聞いていないと言わんばかりに、友原が目の前のテーブルを叩きつけた。その目が向くのは事情を知るであろう桐条美鶴。彼としては冗談と言って欲しかっただろう。しかし──
『──残念だが本当の話だ』
『でもでも、対シャドウ特別部隊、えと、シャドウワーカーでしたっけ。桐条さん達がいるなら大丈夫なんすよねっ!?』
『安心してほしい……と、答えたいところなのだがな』
どうも歯切りの悪い2人。
友原は彼女らの様子を見て事情を察する。
『ま、まさか』
『想像の通りだ。俺たちシャドウワーカーのフットワークでは全部の事件に対応しきれていない。……全く情けない話だがな。人手不足が深刻な問題になっている』
『ひとで、ぶそく? そんなら警察とか、自衛隊とかと協力して……!』
『シャドウに通常の兵器は通用しない。戦えるのはペルソナ使いだけ、つまり俺たちだけなんだ』
『……嘘、だろ』
あの生死の境を経験した事件が、まだ近場で多発している?
夢であって欲しいとすら思っていた友原は、思わずソファに座り込む。
葵の顔も薄っすらと蒼白。しかし、頼城だけは変わらず無表情を貫いていた。真田は頼城を見て不敵な笑みを浮かべる。
『その表情、どうやら今回お前達を呼んだ理由が分かったみたいだな』
『ええ。人手不足にペルソナ使い、答えは1つしかない』
『ああその通りだ! つまり『待て明彦。そこからは私が言う』……そ、そうか』
興が乗り始めていた真田の言葉が遮られた。
ここからは自分が言わねば道理が立たないと、桐条の目はそう言っている。
『本来、君たちは巻き込まれた身だ。穏やかな日常を暮らすべきであることも、このような頼みをするべきでないことも重々承知している。──だが、無理を承知で頼みたい。君たちの持つペルソナの力で、私たちに協力して欲しい』
真剣な桐条の瞳が3人に注がれ、同時に真田がトランクケースを開けた。
中に入れられていたのは3丁の銀色の拳銃。
彼らの生活を一変させるターニングポイントが今、目の前に提示されたのだった。