心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

4 / 101
3話「ペルソナ」

 時間が少しさかのぼりライが魔物の巨椀によって吹き飛ばされた頃、壁に叩き付けられた音を聞いたトワは反射的に振り返り、助けようと足を出す。それをクロウは止めた。

 

「クロウ君! あのままじゃライ君が!!」

「だけど俺らが行ったところでどうするんだ! 待ってろ、今奴を引きつける!」

 

 再度クロウは魔物の急所めがけて銃弾を発射する。しかし、魔物は4本腕のうちの2本を使い器用にその攻撃を防いだ。魔物の関心は依然としてライに向いている。注意を引く事すら出来ない。

 

「くそっ! 学習してやがる」

 

 クロウは限られた時間で他の手段を考える。銃撃、アーツ、だがどれも間に合わない。終いにはライを見捨てるという手段まで考えたところで思考を停止させた。

 

「こうなりゃヤケだ。あいつがいなきゃここまで来れなかったんだ。見捨てる訳にはいかねぇだろ!」

 

 そう自分に言い聞かせクロウは走り出す。結局はトワと同じ方法に行き着いてしまった。トワもそれに続いて走り出す。

 たどり着いた場所は魔物とライの間。何とかして時間を稼ぐ。それが2人の出した結論だった。

 

 何とか起き上がろうとするライに逃げるよう伝え、自分たちは魔物に対峙する。

 はっきり言って手段などない。急所を隠された以上、あの巨体をのけぞらせるほどの攻撃は出来ない。アーツに関しても強大なものほど長時間の駆動時間が必要になる。

 2人には目の前に映る建物ほどの巨大な魔物が絶対の壁の様に思えた。

 

 一歩一歩迫り来る魔物。一歩も引く事のできないトワとクロウ。

 

 だが、緊張の高まる中、唐突に魔物の足が止まった。

 それにトワは疑問を感じる。

 まるで自分たちの向こうに何かを見たかのような行動。そう考えついたトワは注意を前に残しつつも視線を後ろに向ける。そこにあったものは自らのこめかみに銃を押し付けるライの姿だった。

 自殺を思わせるその行動にトワは思わず声をあげる。

 

「ライ君、何を——っ!!」

 

 だが言葉は途中で途切れた。ライが銃の引き金を引いたとき、突如として彼を中心に光の突風が巻き起こったからだ。

 光と風に一瞬目をつむるトワ。次の瞬間彼女が目にしたものは、彼の頭上に出現した光の巨人だった。

 

「何だよ……これ……」

 

 遅れてライを見たクロウが戦いも忘れ呆然と呟く。

 魔物と同じくらいの身長、しかし魔物とは反対に真っ白な光で構成されている。黄金のマントを羽織り、その顔には金属製の仮面が、その手には角笛を思わせるような巨大な鎚が握られていた。

 

「……魔物を、召還した……?」

 

 完全に理解の範疇を超えた状況。トワとクロウの2人はただ呆然と立ちすくむ。2人にはまるで時が止まったかの様に感じられた。

 それを壊したのは対峙していた魔物だった。突如怯えた様にライへと走り出す魔物。意識が逸れていた2人は反射的にそれを避けてしまう。

 

「っ! 避けて!」

 

 既に遅いと分かっていながらもトワは叫ぶ。だがライは動かない。髪に目が隠れ、ただその場に立ち続ける。

 迫り来る脅威、目前と迫った魔物に対しライはその口元を歪めた。

 

「……え?」

 

 トワにはそれが、笑ったように見えた。

 

 

◆◆◆

 

 

 体が熱い。ペルソナと言う巨人を召還したライは自らを開放したかのような強烈な感覚に襲われていた。絶え間ない力の奔流、高騰する意識。

 ライは無意識に理解した。このペルソナはもう1人の自分であるということを。そしてこれは自らの牙である事を。

 

 “我は汝、汝は我。我が名はヘイムダル。神々の国を守りし番人なり”

 

 ヘイムダル、それがこのペルソナの名。

 

 その声に耳を傾けていると、迫り来る魔物がその椀を突き出してきた。

 先ほどまでは圧倒的な脅威であった攻撃を前に、ライはただ無造作に片手を前へと掲げる。これは合図だ。頭上の巨人、ペルソナがその手の鎚を振り下ろす。

 

 轟音、ライを襲うはずだった腕が肩からちぎれ飛ぶ。初めて与えた明確なダメージ。魔物は思わず後方へと飛び跳ね大きく距離をとった。

 

「効いたってのか、あの魔物に……」

 

 今までどんな攻撃を加えても効かなかった正体不明の魔物に対して、1撃で大きなダメージを与えた事にクロウは動揺を隠せなかった。威力が高かったなどの単純な理論ではない。もっと異質な何かであるとクロウの直感は叫んでいた。

 

「やれ、ヘイムダル」

 

 ライはペルソナの名を呟く。その言葉に応じ、ヘイムダルが魔物へと飛び立つ。空を駆けるヘイムダルは鎚を大きく振りかぶり、風を裂きながら勢いを乗せた一撃を放った。

 鎚が魔物に激突する寸前、魔物は残りの3本の腕をクロスさせ防御の態勢をとる。だがヘイムダルは強引に押し込み、その巨体を壁へと弾き飛ばした。

 先ほどとは真逆の光景。瓦礫の山に埋もれた魔物は特徴的な腕で勢いを殺したものの、大部分が潰れ、液体のように溶けて消えていた。

 

 魔物はピクリとも動かず、辺りに静寂が生まれる。誰もがこれで終わったのかという錯覚に捕われた。だがそれも直に壊されることとなる。

 突如仮面の顔を上げる魔物。腕を失った肩から湧き水の如く黒い影が吹き出す。何かを仕掛けてくると感じ取ったライはトドメを刺そうとするが、もう遅い。

 吹き出した影が無数の線となり空間に散らばる。1つ1つが細く鋭い腕だ。それが10、100と猛烈に数を増やしながら、無差別に辺りに突き刺さっていく。

 

「おいおい、見境なしかよ!」

 

 腕の豪雨を至近距離で受けてしまったヘイムダルは体中が串刺しにされ、ガラスの様に砕け散る。

 唯一の対抗手段が破れた事に一瞬思考が停止するクロウ。だが離れるほどに黒い腕の密度が下がっていくことに気づいたクロウはトワをかばいつつ急ぎ後方に距離をとった。

 だが、放たれた黒い線は彼らの横を、頭上を、足下を、容赦なくえぐり取っていく。避けきれない。2人の心に最悪の光景が浮かぶ。

 

「大丈夫」

 

 そんな彼らの心を察してかライは静かに声をかけた。黒い腕の雨の中、ゆっくりと2人の間を通り抜け、魔物のもとへと近づく。鋭い腕が体を掠め、いくつもの赤い線が刻まれるが、ライの心は落ち着いていた。そう、ライにとってこれは対処可能な攻撃にすぎないのだ。

 

「"俺たち"は、まだ敗れた訳じゃない」

 

 ライは再度銃をこめかみに押し当てる。そして、再度——

 

「ペルソナ!」

 

 青い光を携えヘイムダルを召還する。その姿に先ほど受けた傷跡は見当たらない。一度くらい砕けたところでペルソナに大した影響はないのだ。

 

 もはや魔物が見えないほどに増殖している腕を前に、ヘイムダルはその腕を構える。

 あの中に飛び込めば先の二の前だ。ならば、近づかなければいい。

 

 心の中から浮かんでくる2文字の言霊。

 それが何をもたらすのかをライは無意識で理解する。

 

 ——アギ。

 

 ライは頭の中で呪文を唱えた。

 突然、何もない空間に爆炎が発生し、その衝撃で黒い檻の一部が砕かれる。

 吹き付ける熱風を浴びながらライの瞳は尚も増殖を続ける腕を見据えた。

 こちら側に飛んでくる腕を砕きつつ、本体を焼き尽くす。

 ライが選んだのは至極単純、力をより強大な暴力で蹂躙する方法だった。

 

 迫り来る腕を炎で吹き飛ばし、次なる炎で増殖の起点である肩を焼き尽くす。

 尚も吹き出す腕に対し、ライも更なる炎で応戦し続けた。

 

 5回、6回と炎を浴びせたところで、ようやく腕の再生は止まる。

 周囲の地面が余波で燃え上がる中、ヘイムダルが腕のない上半身のみとなった魔物の頭を掴み上げる。

 

「今度こそ、トドメだ」

 

 ヘイムダルの手に力が込められ、その頭を握り潰した。すると黒い魔物は水の様に溶けて消えていった。これで脅威は去ったのだ。ライはヘイムダルを戻し、ホッと息をつく。

 

「ライ君!」

 

 その声に振り返れば、トワ達がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 ライはその光景に顔を僅かに緩めると、全身から力が抜けるのを感じた。

 極度の緊張が解かれたからか、壁に打ち付けられたダメージか、はたまた慣れない状況で何度も力を使ったからか。理由はいくらでも考えられる。

 

 ライはそのまま地面に崩れ落ち、深いまどろみの中に落ちていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 気がついたら、知らない天井だった。

 と言ってもライの知っている天井など医務室くらいしか無いのだが。

 医務室のものとは違う柄の入ったシーツを押しのけ、ベットから身を起こす。

 

「……ッ!」

 

 体に鋭い痛みが走る。よく見ると体には包帯が巻かれていた。

 その傷で気絶する前の戦いを思い出し、助かった事に安堵する。

 

 それにしてもここはどこなのだろうか。

 ちょうどいい大きさの個室。窓の外には学院の入り口で見たライノの木が見えることから、トールズ士官学院のある町の中なのだろうと想像する。

 

 より詳しく見ようと立ち上がろうとする。だが窓の反対側にある入り口の方から発せられた声にライは停止した。

 

「あ〜起きちゃダメよ。軽症とはいえ短期間で2回も倒れたんだから」

 

 入り口の方をみるとそこには赤い髪をした妙齢の女性が立っていた。いったい誰なのかという疑問がライの頭に浮かぶ。

 

「ん? あーそっかそっか、まずは自己紹介よね。私はサラ・バレスタイン、あなたの担任よ」

 

 担任、クラスを纏め上げる教師を指す言葉だったはずだ。だとすればこの人がライの所属するクラス、VII組とやらの教師なのだろう。

 

「ごめんなさいね。本当はもっと早くに顔を見せる予定だったんだけど、色々とあって遅れちゃったわ」

 

 その色々の中にはあの正体不明の魔物なども含まれているのだろうか。どちらにせよ記憶喪失で目覚めてからあまり間を置かずに旧校舎に入ったため、責める気などみじんも起きなかった。それよりも気になる事が別にある。

 

「それで、あなたは何があったかご存知ですか。あの2人は……」

「お、いきなり確信を聞くわねぇ〜。まず始めに言っておくわ。旧校舎に入ったトワとクロウは無事、両方とも疲れが残ってるけど擦り傷を負ったくらいの軽症よ」

 

 その言葉を聞いてライは安心した。ペルソナを召還して魔物を倒した事は決してライの夢や妄想ではなかったのだ。

 その様子をサラは興味深そうに観察する。

 

「なるほどなるほど。彼女が言っていた事もどうやら正しかったみたいね」

「……どうかしましたか?」

「いえ、こっちの話よ。それじゃ話を続けるわね。あなたが気絶した後、脱出した2人が私たち教員に連絡を入れたのよ。それで私と医師のベアトリクス先生が急遽駆けつけて治療して運んだって訳。ちなみにここはその寮よ。ここなら色々と都合がいいから」

 

 本来ならば先輩2人とともに訪れていたはずの学生寮。奇しくもライはここにたどり着いていたようだ。

 だが医療機器が揃っている医務室よりも遠い寮に運んだ理由、都合がいいという発言から察するにそれは学院では話せない事だろう。ならそれはきっと——

 

「あの旧校舎の出来事について事情を聞きたいといったところですか」

「察しがいい子は嫌いじゃないわ♡ ……そうね、トワとクロウが見たって言う光の巨人について教えてもらえないかしら」

 

 光の巨人。ペルソナについてライ自身知っている事は少ない。だが召還したときに感じたものが何かのヒントになるかもしれないと考えたライは、ありのままに伝える事にした。

 

「あの巨人はペルソナと言います。詳しくは俺も分かりませんが、召還時、もう1人の自分であるように感じました」

「…………」

 

 ライからさらに情報が得られないかとじっと見つめてくるサラ。だがこれ以上何も出てこないと悟ると、別のアプローチで問いかける事にしたようだ。

 

「それじゃあ、あの銃について知っている事は無いかしら」

 

 そういってサラは机の上に置かれた銀色の銃を指差す。ライはあれで自身の頭を打ち抜く事でペルソナを召還した。だがあれは無意識の行動であり、なぜかと問われてもライには何も答えられなかった。

 

「いえ、何も思い出せません」

「……そう。ならあの銃を調べさせてもらえないかしら?」

「それは……」

 

 個人的に渡したくなかった。ライにとってあれは数少ない過去の手がかりだ。だが銃の謎を調べれば何か分かるかもしれない。ライの中で思考が揺れ動く。

 それに気づいたサラはおどけた口調で訂正した。

 

「大丈夫よ♪ 別に取り上げて調べる訳じゃないわ。一緒に銃の調査に協力してほしいのよ」

「それなら喜んで」

 

 不安が取り除かれたのならば答えは肯定しか無い。信用するかという問題もあったが、ライはこの人が信用に値する人であると言う直感を信じる事にした。

 

「はいはい、それじゃあこの話はいったん終わり。次の話に移るわね」

「まだ何か?」

「今までのは教官としての私の話。これからは担任としての私の話よ」

 

 そう言ってサラは言葉を止める。何処から話したものかと頭を悩ましているようだ。

 

「えーと、君はトワやクロウからクラスについてどこまで聞いているかしら」

「VII組という特別なクラスに俺を含めて10人いる、というくらいは」

「そう、ならまずはどう特別なのかについて説明するわね。本来このトールズ士官学院は貴族と平民それぞれ違うクラスに分けられていたわ。だけど今年から試験的に身分に囚われないクラスが発足したの。それがVII組」

 

「貴族……平民……」

「記憶喪失なら実感が湧かないのもムリはないわね。けどここエレボニア帝国では身分制度は根強く残ってるのよ」

 

 だからこそのVII組の発足。身分に囚われない環境に生徒を置く事によって未来に新たな風を起こそうとしているのだろう。ライには実感は伴わないものの、その意義は十分に伝わった。

 

「あなたはそのVII組の一員、になる予定ね。だけどあなたには3つの道があるわ」

「3つ?」

「1つ目はVII組の一員となる道。2つ目はVII組を離れ庶民のクラスで勉強をしていく道。そして3つ目は病院に入院して記憶喪失を治す道よ」

 

 突然提示された3つの道。特に2番目の選択肢についてライは考えもしなかった。詳しく内容を聞かなければ判断出来ないと思い、続きを促す。

 

「どれがいいか私には決められないの。今はまだ詳しく言えないけどVII組には特別なカリキュラムがあってあなたの記憶を戻す助けになるかもしれないわ。だけどそれは相応の危険も伴うのよ。もし安全に暮らしたいなら他のクラスに行く事をお勧めするわ」

 

 庶民クラスにも席は用意しているとサラは付け加えた。学院側としては不安定な記憶喪失になったばかりの生徒を危険な環境に置きたくない事はその顔から伝わってくる。だがサラはその選択をライ自身にゆだねる事にしていた。

 

「そして分かっていると思うけど、病院に行く道が一番堅実よ。ベアトリクス先生のつてもあるから病院の心配はいらないわ」

 

 当然、最も安全かつ堅実なのは病院だろう。だがそれはこの学院を離れ、入院生活を送る事を意味している。

 何を選んでも何かを得、何かを失う。ならばライの選ぶ選択肢は——

 

「VII組に参加します」

 

 VII組の一員となる道である。危険などすでに経験している。それに旧校舎の謎を残したまま離れる気はライにはなかった。

 例え危険であろうとも可能性は掴みにいく、それがライの出した決断だった。

 

「君ならそう言うと思ってたわ」

 

 そういっていい顔をするサラ。何となく予測をしていたらしい。そもそも危険を恐れるならばライは旧校舎に自ら入ってなどいなかったのだから。

 

「ようこそ特化クラスVII組へ。歓迎するわ、ライ君」

「今後ともよろしくお願いします、バレスタイン教官」

 

 担任なんだからサラ教官でいいわよ、と言いながら手を差し出すサラ。

 ライはそれに応じ固く握手をする。

 

 この瞬間、ライの特化クラスVII組への参加が決まったのだった。

 

 

 

 ……後から思えば、これが初めの分岐点だったのだろう。

 ライがVII組に参加する事こそが、良くも悪くもライ自身に、そしていずれこの世界に大きな影響を与えていく事になるのである。

 

 




愚者:ヘイムダル
耐性:火炎耐性、電撃弱点、祝福無効
スキル:突撃、アギ
 北欧神話における光の神。神々の住まうアースガルズの見張り番を務め、その目は160キロ先を見通し、その耳は草の伸びる音すら聞き取ると言われている。ヘイムダルが角笛ギャラルホルンを鳴らす時、終末の戦争ラグナロクが始まりを告げる。
————

 これにて序章部分は終了です。
 初ペルソナ召還時は無双がお約束。だけど早く軌跡のキャラも輝かせたいものです。
 ……キャラの書き分けって難しい。生徒だけで10人っておまっ。原作ライターの方々や他の作者を尊敬します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。