心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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38話「唐突な後夜祭」

「……バーベ、キュー?」

 

 平日真っ昼間のトリスタ駅前広場。

 ライ達を取り巻く空気は周囲の暖かでのんびりとした広場とは裏腹に、時が止まったかの様に凍りついていた。

 

 流石にいきなりバーベキューは突飛だっただろうか。そう下を向いて分析するライに、ようやく状況を飲み込めたクロウが問いかける。

 

「っんと、確かそれって屋外で肉とか焼く、どっかの国のパーティだったよな? いやいや待て、そもそもグラウンドって士官学院の所有地なんだぞ!? 生徒会の許可だって――」

「アームブラスト先輩。俺の所属は?」

「そりゃせいとか……ってああ、なるほどな」

 クロウが納得したように腰に手を当てうんうんと頷いていた。そして今度は顎に手を当てて考え始める。段々と上がっていく口角。何だか面白くなってきたと、クロウの笑顔にはそう書かれていた。

 

 うしっ、と広場のど真ん中で気合を入れる先輩。

 ライの提案に乗る気満々の様子だ。

 

「けど、今日やるってんなら時間はねぇぜ? その算段はついてるのかよ」

「グラウンドの許可については以前生徒会室で確認しました。導力コンロなら倉庫の点検時にあった筈」

「んじゃ、後は人出と食材ってとこか。……OK。その2つは俺に心当たりがある」

「任せます」

「うし、任された! それと、折角あのだだっ広いグラウンドを使うんだ。こっちも相応の量確保すっから、絶対に許可を勝ち取れよな!」

 

 そう言ってクロウはその身を翻し駆け出していった。

 その頼もしい背中を見送るライの後ろから、おもむろに半信半疑のリィンが近づいてくる。確かに端から見れば、浅慮で突発的な行動にしか見えないだろう。

 

「ライ、本当にやるのか」

「冗談だと思うか?」

「……ああもう、お前に限ってそれはないよな」

 

 無表情の奥に真剣さを秘めたライの目を見て、リィンは疲れたように肩を落とした。

 ――けれどそれも一瞬の事。落とした顔をすぐに上げて、その呆れ顔をライに見せつける。

 

「仕方ない、やるなら俺も協力するよ」

「助かる」

 

 それに同調するかの如く他の面々も名乗りを上げる。

 ただ1人ユーシスは消極的だったが、マキアスの煽り文句を受けてしぶしぶと参加する事となった。

 

 部活動での使用が終わる夜まで残り数時間。規模を考えれば1人ならまず不可能な限界ラインだ。けれど、今のライにはその限界ラインを越える術を持っている。この学院で築いた絆。通信機能を有するARCUSをその手に構え、ライは静かに覚悟を決めた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

『――あ、ライ君? どうしたの? 突然通信してきて』

「ハーシェル先輩。グラウンド使用許可の書類は用意出来ますか?」

『使用許可? えっと、それなら大丈夫だけど、何に使うの?』

 

 ほんの数分前に見た光景を逆走するライは今、ARCUSで生徒会長のトワに連絡を取っていた。

 士官学院へと向かう1歩1歩が成否を左右する。そんな緊張感を胸にライは通話先のトワに向け状況を説明していく。

 

『うん、だいたいは分かったよ。確かに導力コンロなら学院祭で使うものがあった筈だし、多分ジョルジュに頼めば使えるかも。あっでも、その前に教官の許可が必要だから、ライ君はまずそっちを探して! わたしはその間に書類をそろえておくから』

「頼みます」

『えへへ、頑張ってね』

 

 ぷつりと切れる通信。

 正門前に辿り着いたタイミングでライの足は止まった。

 

 ……こう言ったものに肯定的な教官なら1人知っている。右手に収まったARCUSに素早く番号を打ち込み、ライは早速次の相手へと通信を始めた。

 

『あら珍しいわね。グノーシスの件ならまだ情報待ちよ』

「別件です。実は――」

 

 ARCUSで通話するサラに向け、トワに伝えた内容と同じ話をする。

 

『ふ~ん、なるほどねぇ。確かにいい酒のつまみにもなりそうだし、私好みの提案だわ。……でも、残念ながら私の許可じゃ難しいんじゃないかしら』

「その理由は?」

『まず間違いなく100%ハインリッヒ教頭が反対するからよ。ただの教官である私が許可したところで、絶対に納得しないでしょうね。あなたは教頭がバーベキューに賛成する光景を想像できる?』

「無理ですね」

 

 ライは先日の顔を思い浮かべ即答した。

 廊下を走るだけでも大声で叱るハインリッヒ。士官学院の学業に直接関わりのないバーベキューに反対するのは目に見えている。つまりは現段階における明確な壁と言う訳だ。

 

 そして、これを打破する術はただ一つ。

 ライはサラの言わんとする内容を察した。

 

「分かりました。要は教頭が反対出来ない者の許可があればいい訳ですね」

『ふふっ、物分かりのいい生徒で助かるわ♪ 代わりと言っては何だけど、お金の心配はしないでいいわよ。ハイアームズ侯爵から例の件で報酬が支払われているから』

「――? 報酬はグノーシスでは?」

『あなた、相当侯爵に気に入られているみたいよ。だから先行投資ですって。……もしかして、ペルソナについてバレたんじゃないでしょうね?』

「まさか、……いや、可能性は」

 

 2日目の朝に言った侯爵の言葉に、タイミングよく現れた鍾乳洞での一幕。

 否定しきれない要素に気づいたライは思わず言葉を濁す。

 

『あ~、なるほど。穏健派とは言え四大名門の一角、さすがに一筋縄じゃ行かないみたいね。――って、今は推測を悠長にしてる場合でもないか。ともかく資金は十分にあるんだし、やれるだけやってみなさい。いつもあなたが言ってる"全力"とやらでね』

「元よりそのつもりです」

 

 通話が途切れたARCUSを懐に戻し、ライの視線は士官学院の正面玄関へと移された。

 目的地は生徒会室ではなく本校舎。教頭の反論を封じる事が出来る人物など、ただ1人しかいないだろう。最早ほとんど生徒がいない2階建ての本校舎の中へと、ライは赤い制服をなびかせ走り出した。

 

 …………

 

 ……本校舎1階東側、学院長室。

 シャドウ調査が正規軍中心となってからほとんど来なくなったこの部屋に、ライはノックを挟んで入室する。幾つものトロフィーが並び、複数人が入れるような開けた室内。奥にある机の上で書類を読んでいた、身長2m近い屈強なヴァンダイクが作業を止め、落ち着いた視線を向けてくる。

 

「ふむ、何かワシに話したいことがあるようじゃのう」

「学院長。1つ相談があります」

 

 ヴァンダイクから許可を得られるかどうか。

 ライは自身が持てる全ての伝達力を信じ、説得の為に口を開く。

 

 ……こうして、刻一刻と時間は過ぎていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ――2時間後。

 

 太陽が段々と傾いてきた夕方、空の半分が茜色に染まる薄暗いトリスタの町中をライは走っていた。

 その手に握られているのはヴァンダイクの署名が書かれた1枚の紙。士官学院において学院祭以外に前例のない試みで説得に少々時間が掛かったものの、無事に学院最高責任者の許可を勝ち取ることが出来たと言う訳だ。

 

 今ライが向かっているのは今日何度も訪れたトリスタ駅方面。

 時間が惜しい為、煉瓦造りの町中を疾走しながらARCUSを耳に当てジョルジュに連絡を取る。

 

「ノーム先輩、導力コンロの方は大丈夫ですか」

『心配しなくても大丈夫だよ。導力の調子もいいし、VII組やクロウが寮で集めてくれた平民クラスのみんなも手伝ってくれてるから。――それより、何だか忙しそうだけど君は何処に向かってるんだい?』

「アームブラスト先輩の提案で、詰めの一手を仕込みに」

『……詰めの一手?』

 

 夕方の駅前に戻ってきたライは、ジョルジュに内容を説明しようとする。

 

「――あの、済みません」

 

 しかしその寸前、後方から落ち着いた女性の声が投げかけられ、中断を余儀なくされた。

 

 声を耳にしたライは足を止め、息を整えつつ振り返る。

 そこにいたのは優しげなメイド服の女性であった。少々癖のある薄紫の髪に、慈愛に満ちたエメラルドの瞳。両手を腰前に重ねたその姿勢は、模範的な侍女のそれだ。

 

 何処かの貴族のメイドだろうか。

 そう思いながらライは通話を一旦止め、先の質問に答える。

 

「俺に何か?」

「その赤い制服、VII組の方ですよね。少々お時間よろしいでしょうか」

「……少しなら」

「助かります。実は人を探しておりまして、金髪でアリサ・Rと名乗っていると思うのですが」

 

 アリサの縁者?

 

 "名乗っている"という言い方から、彼女が誰に仕えているか大体の予測が立つ。ただ、このまま無責任に仲介をする訳にもいかないだろう。ライは率直に問いかける事にした。

 

「もしかして、ラインフォルトの方ですか」

「……驚きました。アリサお嬢様、既にご自身の出自をお話になられていたのですね」

 

 口に手を当てて驚いた様子の女性。

 実際のところ、偶然が重なって知ることが出来ただけなのだが。……まあ。今は誤解を解くよりも話を戻すことを優先しよう。何せ太陽は段々と地平線に沈んでいるのだ。あまり時間的余裕はない。

 

「ならついて来ますか? 少し回り道ですが、確実に彼女に会えます」

「ええ、ご一緒させてもらいますわ」

 

 礼儀正しくスカートをつまみ、上品に礼をするメイドの女性。

 侍女と言うよりどこかの貴族のご令嬢と言ったレベルの完璧な動作だ。ライは以前アリサに感じた印象を思い出し、2人の関係を察してその身を翻した。

 

「――ところで何処に寄られるのですか?」

 

 移動を再開しようとしていたライは足を半歩下げて女性に向き直る。そう言えば、その事について説明してなかったか。

 

「トリスタの導力ラジオ放送局、トリスタ放送です」

 

 その先にあったのはTRISTA RADIO STATIONの看板。

 クロウから提案された詰めの一手とは即ち、ローカルラジオ放送の事だった。

 

 ――かくして、日は静かに暮れていく。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 夜空の月が薄っすらと照らす士官学院のグラウンド。

 普段なら誰も足を踏み入れる事のないひんやりとした土の上に、今日は何人もの生徒達が行き交っていた。顔の広いクロウが集めた寮の生徒達。彼らはまっさらな大地の上にバーベキューの準備を進めていく。

 そんな中、とある男子学生が持ち込んだ導力ラジオから、神秘的な女性パーソナリティの声が心地よい風に乗って辺りに広がっていた。

 

『リスナーの皆さんこんばんわ。帝都近郊トリスタ放送より夜6時をお知らせします。本来この時間はトリスタについてのあれやこれやを伝える時間なのですが、今回は特別に代役として私、ミスティが進行・パーソナリティをすることになりました。いつもは日曜日の夜9時から始まるトーク番組《アーベントタイム》を担当していますので、みなさんぜひ聞いてくださいね』

 

 ミスティ、近頃トリスタで密かな人気を得ているパーソナリティ。

 彼女の滑らかで流れるよな声が、彼らの耳に自然と入り込んでくる。

 

『っと、いけないいけない。ディレクターから注意されてしまいました。私の宣伝時間はここまでのようです。――では、番組に戻りまして、今日6月19日はトールズ士官学院の試験最終日でした。1年生のみなさんは初めての試験で相当緊張したんじゃないでしょうか。今日と明日は暖かい紅茶でも飲んで、うんと羽を伸ばしたいところですね。

 でも、とある学生さんはそんなことお構いなしで、なにやら面白いことを始めたそうですよ? ……知ってますか? バーベキュー。なんでも月夜の下でお肉やお野菜を焼いて食べるパーティなんだとか。ちょっとワイルドだけど、その分興味がそそられますね。しかも、食材をいっぱい用意できるみたいなんで、どなたでも参加可能とのこと。テスト疲れを癒している学生さん、それに夕食にお悩みの親御さんも、せっかくですし士官学院のグラウンドに行ってみるのもいいかも知れませんね』

 

 こうして、今まさに準備をしているパーティの存在が、トリスタ全域に広まっていくのであった。

 

 ――それから十数分が経って。ジョルジュの調整が終わった導力コンロを運んできたリィンは、グラウンドの光景を見て思わず足を止めた。

 

「……なんだ、これ」

 

 先に運ばれていた導力コンロから漏れる幾つもの赤い光。そして食材の乗った白い長テーブルの数々。周囲にはクロウが掻き集めた多くの緑服の生徒達が歩き回っている光景が見える。……いや、それだけじゃない。先のミスティのラジオ放送を聞いたのか、段々と学生や親子連れの人々がリィンの横を通り過ぎ、グラウンドの中の人口密度が着実に増していた。

 

 庶民的なバーベキューの性質上、貴族クラスの生徒は数えるほどしかいない。だが、それでも何十人の人々が談話する光景は、既に打ち上げと言うより小さな祭りと言った方が良い程の規模まで成長していた。

 

「まっ、俺達にかかればこんくらい楽勝って事さ」

 

 いつの間にか隣に来ていたクロウがリィンの肩に肘を置いて自慢する。

 だがそれも無理はない光景だ。数時間前に提案したものとは思えない程の規模。だが、リィンは現状を捉え直し、それも当然だと言う結論に至る。何故なら準備に関わる人間だけでも既にVII組の9人、クロウ、トワ、ジョルジュ、それにクロウが掻き集めた平民クラスの集団と、今や学院の約4分の1以上を巻き込む事態に発展してしまっていたのだから。

 

 そして、グラウンドを一望するリィン達の後ろから、今度は食材を抱えるVII組の皆が続々と追いついてきた。グラウンドの異変に目ざとく気づいたミリアム。一足先に駈け出して、グラウンドに続く階段の上からから全体を見渡す。

 

「うっわぁ~人がいっぱいだぁ!」

 

 次いで食材を持ったアリサ、ガイウスと、何時もの面々が階段上に集結する。

 アリサもリィンと同様、その光景に驚いて一瞬ぽかんとした表情となるが、手に抱えている食材を見て今度は困った表情へと移り変わった。

 

「え~っと、ちょっと想像以上に多すぎない? 用意した食材で足りるかしら」

「あ、それなら心配はいらねぇぜ」

 

 街路灯に照らされた士官学院の入り口へと目を滑らしたクロウが、自信満々に肘を曲げ、握り拳の親指で正門を指差す。

 

 釣られて入り口へと視線を移すリィン達VII組。

 明かりの奥は暗い街道が続いている。だが、その中に段々と迫る白く円形の光があった。

 

「――その通り。食材の心配いらないよ、子猫ちゃんたち」

 

 唸る導力エンジンの駆動音が校舎に響き、夜風を裂きながら迫る二輪の鉄塊。頑丈な外装に紫の塗装が施されたそれはリィン達の目前で急旋回し停車する。

 

「基本となる肉や魚から女性に嬉しいヘルシーな野菜まで、私がはるばる帝都から仕入れてきたのだからね」

 

 声の主は導力バイクに馬乗りになったライダースーツの女性。ボディラインがはっきりと見える大胆な出で立ちの彼女はアンゼリカ・ログナーだ。

 その激烈な登場にVII組のほとんどが面を食らう。それもその筈、彼女が乗ってきた導力バイクは、この帝国どころか大陸全土を探しても見られない珍しい導力乗用車であったのだから。

 

「……えっと、鉄の、馬?」

「ルーレの工科大学で試作されてた導力バイクね。たしか車体の傾きを利用して曲がる小型の自動車だった筈だけど、……あれ? でもこれって」

「これはジョルジュが改良したものさ。工科大学で試作されてた導力バイクとは馬力も乗り心地も違うよ」

「ああなるほど。だからここの構造が変わっているんですね」

 

 導力バイクを深々と眺めるアリサを見守りながら、アンゼリカは後部座席に固定していた食材の入った箱を降ろす。アリサの元いたラインフォルト社の所在地は北方の都市ルーレ。そこを治める四大名門のログナー侯爵家の長女であるアンゼリカはアリサと面識があったのだ。

 

 どさりと石畳の地面に降ろされる食材。

 そこに依頼した張本人であるクロウが近づく。

 

「待ってたぜ、ゼリカ」

「フフッ、丁度間に合ったようで安心したよ。これで心置きなく少女たちを誘えると言うものだ」

「うげ、また女の子を口説くのか。こりゃ今年の男子生徒達も浮かばれねぇなぁ……」

「可愛いものを愛でるのに性別など関係ないだろう?」

 

 妖艶で、かつ、並みの男以上に凛とした黒髪ショートカット。そんなアンゼリカの雰囲気から昨年の出来事でも思い出したのか、クロウはげんなりとした顔を晒していた。――そして、我に返ると即座に反転。VII組男性陣に歩み寄り、人差し指を上に向けて後輩達に忠告を放つ。

 

「つー訳でだ! お前らも気になってる子がいたら気ぃつけとけよ。もたもたしてっとあの女にみんな取られちまうからな!」

 

 その顔には緊迫と実感が込められていた。

 

 分かったか!? と言うクロウの気迫に押され、リィン達は戸惑いながらも頷く。言葉の重みから察するに、アンゼリカの行動によって泣きを見た男子生徒は2人や3人どころではないのだろう。数々の悲劇を目の当たりにした男の哀愁がそこにあった。

 

「あはは、なんだか濃い先輩たちだね」

「……ああ、全くだな」

 

 先輩達に聞こえない声で、エリオットとリィンが話し合う。

 一度会えば脳髄に叩き込まれるであろう先輩グループ。少々心配な点もあるが、愉快な人達であると言うのがVII組の総意だろう。

 

 と、話も一段落したところで、遂に最後の立役者が校舎内にたどり着く。

 

「――皆、勢揃いか」

 

 校門側から呟かれた感情があまり乗らない静かな声。

 この場にいる全員が知るその冷静な声色に、皆の会話は一斉にストップした。

 

「その声はライ? あなたも早く来なさいよ。グラウンドが大変なこ、と……に……?」

 

 グラウンドの光景を見せようと振り返ったアリサの顔が石像のように硬直する。

 

 数瞬の間。ようやくアリサの体は活動を再開するも、そのぱくぱくと動かした口から声が紡がれる事はない。トリスタ放送を後にし、寮への寄り道を経てたどり着いたばかりのライは、アリサの異変に鋭い瞳を丸くして疑問を覚えた。

 

「どうした?」

 

 尋ねてみるの反応はない。

 アリサはただライの方向を、いや、正確にはライの隣を見つめてひたすら驚くばかり。何かあるのかと視線を横に向けたライは思い出す。……そう、隣でにこにこと微笑むメイドの素性をだ。異変の理由を理解したライを他所に、アリサの震えた口は遂に言葉を捻り出した。

 

「あっ、う、嘘……シャ、シャロンっ!?」

「お久しぶりです。アリサお嬢様」

 

 ラインフォルト社に使えるメイドのシャロン・クルーガー。

 約2ヶ月ぶりとなる2人の再会は、夜間の校舎が生む不可思議な非日常感の中で果たされたのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 じゅぅと言う肉の焼ける音。

 多くの学生達やトリスタ在住の家族連れがわいわいと食事や雑談を楽しむ中、メイドのシャロンは率先して調理を行っていた。慣れた手つきで肉に味付けをし、焼く以外の副菜も整えて料理に彩りを加えていく。

 その隣にはもう一人、金髪を腰まで伸ばした少女の手伝いがいた。

 

「――此度はお嬢様も持て成される身。料理の手伝いなどせず、あちらでご友人と楽しまれてきては?」

「いいのよ。今はシャロンと話がしたかったから」

 

 口ではそう言うものの、アリサはシャロンの顔を見る事なく、淡々と手元を動かし続ける。

 既に一度己の影を受け入れたとは言え、家出同然に別れたシャロンとの再会。それはアリサにとって別の覚悟が必要なものであったからだ。

 

 どう話を切り出そうかと、アリサは手元から視線を外して周囲を伺う。

 吹奏楽部の仲間と語らうエリオット。近くの子供達に向け、肉や野菜が乗った皿をそっけなく渡すユーシス。ゆったりと回遊するリィン、ガイウス、マキアスの3人と言ったように、他のVII組の皆は各々この時間を楽しんでいるようだった。

 

 ただ、1人だけ例外が存在した。

 グラウンドの中をさりげなく、しかし忙しなく駆け回る灰髪の青年。人混みの中を器用にすり抜け、何事もないかのように自然と移動するライの無表情の内に、微かに依頼(クエスト)でもこなしているかの如き使命感が見て取れる。それを見たアリサは、ようやくライがこのバーベキューに求めていたものを理解した。

 

「……ほんと、何やってるんだか」

 

 そんな呟きとは裏腹にアリサの口は綻んでいた。

 誰もライに仲直りしたいなどと言っていない。けれど彼は、望む未来を目指し歩み続けている。それはひどく独善的で、何処までも前向きな在り方。ただひたすらに前を向き続ける彼の姿を見て、何故だかアリサは勇気をもらった気がした。

 

 一回深呼吸をし、隣に立つシャロンへと顔を向けるアリサ。

 そこには何年も見てきた姉のような微笑みが待っていた。

 

「……シャロン。あなたが来たって事は、お母様も当然私がここにいる事を知っているのよね」

「ええ、お嬢様の想像通りですわ」

「やっぱり」

 

 つまり、もう1人のアリサが言っていた夢物語は決して叶う事のない絵空事だったと言う事なのだろう。それを知ったアリサは上を向き、ぼんやりと星空を眺める。

 

 すると今度は、隣のシャロンが不思議そうに手を止めた。

 彼女にしてみれば、もう少し不満を表に出すと思っていたからだ。待ち望んでいた家族での食事を、仕事の為に直前でキャンセルされた時のアリサの顔。いくら歩み寄ろうとしても仕事の前に敗北してしまった少女の憤りを、シャロンはもう何年もそばで見てきたのだから。

 

「お嬢様、ご不満ではないのですか?」

「不満いっぱいに決まってるじゃない。ああもう、今すぐにでもお母様に文句を言いたい気分よ。……でも、同時に納得する自分もいるの。お母様なら知っててもおかしくないかもって。嫌な信頼よねこれ」

 

 そう言いながらアリサは微かな笑みを浮かべた。

 不満と信頼。相反する感情がごちゃ混ぜにアリサの心の中を渦巻いている。しかし、そのどちらも間違いなくアリサの心なのだ。ならば受け入れるしかないでしょ? とアリサは誰かの受け売りの言葉をシャロンに説明した。

 

 シャロンは目を閉じ、一言「そうですか」と呟く。

 隣にいる少女は既に2ヶ月前の少女ではないのだろう。ならばこの話は終わりだと、シャロンの笑顔はいじわるなものへと変わった。

 

「――ところで、お嬢様は意中の殿方など出来ましたか?」

 

 唐突な路線変更に固まるアリサ。

 

「……え? ええっ!?」

「初日に刺激的な出会いを果たしたリィン様でしょうか。それとも鍾乳洞で一時を共にされたと言うライ様ですか?」

「ちょっと、なんでもうその2人に絞られてる訳っ!? って言うか、なんでそこまで知ってるのよ!?」

「ええ、それはもう毎月……あ、いえ、これはまだ秘密でした」

「何よシャロン、気になるじゃない!!」

 

 ふふふとはぐらかすシャロンに、アリサが調理を手伝いつつも詰め寄る。

 

 人々が笑い合う夜のグラウンドの中心に並び立つ2人。それはまるで仲の良い姉妹のような微笑ましい光景であった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 一方その頃、ライは即席の導力灯と導力コンロが照らすグラウンドの中を駆け巡っていた。各テーブルに掛け合い作り出すは流動性。以前の直接的なアプローチが失敗したのなら搦め手で挑むまでの事だ。ケルディックやマキアスの時のように、解決の糸口を掴む為ならば躊躇などしない。

 

 ライが行っていた仕込みとは、このバーベキューでのラインナップに偏りを生む事だった。そうすればグラウンドの中を巡る人々の流れが生まれ、自然と機会も増えていく。後は、個別に呼んだ2人が出くわす様、調整を重ねていくだけだ。

 

「――やってやる」

 

 2人が接近したところで意味などないかも知れない。この行動では何も得られないかも知れない。

 だが、避けていると言う事はそこに何か理由がある筈なのだ。日常とは少々かけ離れたこの空間なら、普段見えない手がかりを得られる可能性は十分にある。ならば前に進めと、ライの中で誰かが叫んでいるように感じた。

 

 ライはそこそこの人混みの中、ラウラとフィー、2人の位置を目視で確認する。そして、己が鋭き瞳に決意を込め、楽しげなパーティの中へと消えていった。

 

 

 ――――

 

 

「む、そなたは……」

 

 バーベキューも中盤に差し掛かった頃、食事を取りにきたラウラは、銀髪の少女とばったり出くわした。こう人が混在している場所では、ラウラの気配察知もあやふやになってしまう様だ。

 

 そのまま過ぎ去ろうとするラウラ。だが、彼女の武術家としての直感が何か違和感を感じ、ふとその足を止めた。

 

「……なんでここに?」

 

 それはフィーも同じだった様だ。

 目を逸らしたまま聞いてくるフィーに対し、ラウラは数秒の間を置いて答える。

 

「……ライに誘われたのだ」

「奇遇、私も同じ」

 

 無言になる両者。痛ましい空気の中、2人の脳裏に共通した人物の顔が浮かんだ。偶然同じテーブルの料理を取ろうとした両者。だが、あの青年ならば、このシチュエーションを意図的に作りかねないと、妙な確信が2人にはあった。

 

 そして、同時にラウラは1週間前の出来事を思い出していた。

 自らが抱える悩みを解こうとする1人の青年。過去2回の特別実習において、対立、共闘、それら両方に組したラウラには、解決の為に奔走するライの考えが嫌でも理解出来てしまう。

 

 ――このままで良いのだろうか。

 

 そんな答えのない感情が、彼女の心の底で芽を出した。

 彼女が貫くは正道。しかし、この状態のままでいる事を良しとするのは、果たしてラウラが目指す正しき者の姿なのだろうか。少しずつ膨れ上がる迷いが、ラウラの口を意図せず動かした。彼女の覇気のない瞳が向くテーブルの上には魚のグリル。甘辛のタレが輝く白身魚の周囲には、色とりどりの野菜が散りばめられている。

 

「フィー、そなたはこのような料理が好みなのか?」

「……ん、個人的にもっと甘い方がいいけど、"レーション"と比べたらどれもおいしい」

 

 レーション、軍事作戦用の携帯食料。

 その単語を強調するフィーを前にして、テーブルの側に立つラウラはその眉をひそめる。彼女の顔から改善を望む活力が急速に消え去り、会話を続けようとした口も止まってしまう。そして一言、

 

「……そうか」

 

 と呟いて、ラウラは人混みの中へと消えていった。

 

 1人残されたフィー。ぽっかりと空けた空間に残された少女は、まるで今の冷戦がなかったかのように動きだし、その表情に乏しい顔で一瞬料理をちらりと見る。やや憂いを帯びた幼い瞳。結局フィーは料理を取る事なく、ラウラとは反対へと歩いていった。

 

 

 ――――

 

 

「今のは……」

 

 2人の対峙をさりげなく観察していたライは、事の顛末を見て1人疑問を感じていた。一瞬好転の兆しを見せていたラウラ。だが、それはフィーの一言によって霧散してしまった。あのフィーの態度が天然であるならまだいい。しかし、もし彼女の言動が意図的なものだとすれば――

 

「――あら、もしかしてライ君ですか?」

 

 思考を中断されたライは振り返る。そこにいたのは夜にも関わらず麦わら帽子をかぶった金髪の女性。太陽のようにのんびりとした雰囲気が包む彼女は園芸部部長のエーデルであった。

 

「こんばんは。バーベキューは楽しめてますか」

「えぇ、いっぱい堪能させてもらってます。今も菜園で野菜がとれたら、こうしてみるのも良いかもと思ってたところです」

 

 のほほんとした笑顔を浮かべるエーデル。その手の皿に小さく盛られたサラダを見るに、満喫しているのは間違いないだろう。

 

「ところで、このパーティを提案したのはあなたと聞きましたが」

「――? ええ」

「やっぱりそうでしたかぁ。だいぶ前の約束でしたけど、実践してくれているみたいですね」

 

 約束、フィーとの仲直りをしてみせると言う誓い。

 それを思い返したライは連鎖的に先の2人の対話を思い出してしまう。確かにミリアムの助言もあって、フィーとの距離は僅かだが近くなった。けれど、ラウラとの問題も加味すれば、決して喜べるものではない。ライの声色が少しばかり暗くなる。

 

「……ええ」

 

 ライの口から紡がれるは肯定の言葉。

 周囲の雑音にかき消されかねない呟きが空気を振るわせたその時、

 

「やっぱり」

 

 ここにいる2人とは別の、クールな少女の声が飛んできた。

 

 短い一言とともに、導力コンロの裏側から巧妙に隠れていた小柄な銀髪の少女、フィーが顔を出す。全く気配も感じないそよ風が如き隠密行動に、ライは嫌でも彼女の素性を意識せざるを得なかった。

 

 紛れもない本物の猟兵。

 密かに2人を観察していた筈のライは、いつの間にか逆に監視されていたと言う訳だ。

 

「あら、フィーちゃん? そんなところにいたんですね」

 

 まるで何にもなかったかのようにエーデルが大らかな対応をしている。

 これは部活仲間の慣れと言うより、単にエーデルの性格によるところが大きいのだろう。驚く表情を想像できないエーデルは、普段通りの雰囲気でフィーに近づく。――けれど、フィーの目的はどうやらライの様で、「ごめん」と一言呟いてエーデルの横を通り過ぎた。

 

 地上に火が灯る星空の下、ライとフィーの2人が向き合う。

 ここ一週間で見慣れたフィーの黄色い瞳は、表情に乏しくもどこか不満げだ。

 

「……よけいなお世話」

「俺の行動が、か?」

「ん、わたしは仲直りしたいなんて頼んでない。……あと、このままの方が多分、お互いのためだから」

 

 最後の呟きはか細く、曖昧なものだった。

 それを見たライの視線は鋭くなる。

 

「――確かに頼まれてないな」

「なら」

「けど、俺は諦めるつもりはない。……これが最善だとは思えない」

 

 今のフィーの態度を見て確信した。

 彼女の言葉に込められた想いとは即ち"諦め"。現状のままでいるのが最善だと言う妥協が、彼女の口や瞳から僅かに感じ取れた。

 

 ――なら、尚更ここで引き下がる訳にはいかない。

 

 フィーに仲直りを強制はしない。けれども、ライは最後まで最善を目指して走り続けると決めたのだ。それはフィーやラウラに頼まれたからではない。今の状況に妥協する意志などないのだと、ライの青き瞳は訴えていた。

 

 それを正面から見たフィーは対話を止め、静かに顔をそらす。

 

「……そっか。やっぱりライはあれと違うんだね」

 

 小さな口から漏れた彼女の本音。

 これが今日聞いたフィーの最後の言葉だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……少し、思い違いをしてたみたいだな」

 

 グラウンドの入り口にある階段に座り、遠目でバーベキューを眺めながらライは呟く。

 今までのラウラの様子から、てっきりこの問題の原因はラウラの内にあるものだと思っていた。けれど、現実ではフィーの方にも要因があったのだ。これではいくら機会を作ろうと、生半可なやり方では改善しないだろう。

 

 最近、どうも空回りしている気がしてならない。

 思うよう行かない現状を憂い、ライはぼんやりと夜空を見上げる。

 

「――主催がこんなところで何やってるんだか。せっかくの打ち上げだって言うのに、何も食べなくていいの?」

 

 すると、何時の間にかサラがビールを片手に、すぐ隣の階段に立っていた。フィーといいサラといい、気配を消して近寄らないで欲しい。

 

「十分食べました」

「……嘘ね。あなた表情じゃ分かりにくいんだから、悩みがあるならあるって言いなさいよ」

 

 一瞬でライの内を察したサラは途端に真剣な雰囲気を纏う。

 そして胸の下で手を組んで少しばかり考えると、手帳から1枚の紙を切り離してライに差し出した。

 

「でも、丁度良かったわ。――これ今さっき届いた情報よ。気分転換がてら読んでみなさいな」

 

 おもむろに紙を受け取るライ。その紙切れにはペンで走り書きされていた。恐らく情報とやらを聞きながら書き留めた内容なのだろう。サラが来たであろう背後の校舎側へと振り返ったライは、見慣れない白服を着た短髪の男性を見つけた。ライの視線に気がついた金髪長身の男はこちらを向き、人当たりの良い笑みを返してくる。

 

「彼が独自の情報筋ですか」

「ええ、彼の名はトヴァル。その正体は――今は秘密にしておくわね♡」

 

 サラはお茶目な態度で口元に指をあて、わざとらしくはぐらかしていた。

 ……そう言えば、サラの素性も今のところ不明だ。現在の手がかりとしては、軍事関係ではない事、相当な実力を有している事、後はややフィーとの距離が近い事くらいか。まあ、無理に聞く内容でもないだろうと、ライは手元の文章へと意識を向けた。

 

「グノーシス、……約1月前、クロスベル自治州で広まっていた違法薬物の可能性あり?」

「トヴァルの得た情報だとクロスベル自治州、――ええっと、帝国東端のカルバード共和国との間にある自治州で、1ヶ月くらい前にグノーシスって薬が広まったらしいの。それも、話によると青い結晶のようなもので、願いが叶うと言う触れ込みだったとか」

 

 青い結晶、そして願い。

 確かにライ達が手に入れたグノーシスと似た様な性質を持っている。……それに、確かセントアークで対峙したバグベアーの影はあの青い結晶を"薬"と言っていた筈だ。共通するいくつもの符合点。確定ではないが、ほぼ間違いなく関係あると見ていいだろう。

 

「広まっていた、とは」

「もう原因の組織は摘発されたって事よ。何でもクロスベル警察の1部署である《特務支援課》って人達が活躍したみたいで、クロスベル自治州で暗躍していた組織は壊滅。今は残された導力端末から組織に関する解析をしているそうよ」

 

 言葉の節々から戦いの痕跡が見て取れる。どうやら、遥か東の地でも劇的な物語があったようだ。

 ――クロスベル警察特務支援課。それが果たして味方なのか敵なのか今のライには知る由はない。しかし、同じグノーシスの謎を追う身であるのなら、ライ達の取るべき手段は1つしかないだろう。

 

「サラ教官」

「その特務支援課に協力を仰ぐ、でしょ?」

「ええ」

「そうしたいのは山々だけど、それを決めるのは私たちじゃないわ。今の決定権は帝国正規軍にあるから、まずはそっちに話を通さなくちゃいけないのよ。……ほんと、楽になったのは嬉しいけど、こう言うとき面倒よねぇ」

 

 まるで深海にいるかの様なフットワークの重さに、サラは深くため息をついた。最初の1ヶ月は狂うような忙しさだったが、その分フットワークは軽かった。しかし今は完全に真逆の状態。あの頃の激務が良かったとは言えないが、それでも複雑な気分になるのは否めない。

 

 けれど、サラは直に意識を入れ替えた。

 この転換の早さこそ、普段は飲んだくれの彼女が優秀である所以だろう。正規軍が返すであろう内容を予測し、サラは自分達が取るべき行動をつぶさに組み立てていく。

 

「……こりゃ、私たちも情報を集めておいた方が良いかしら」

 

 結論を導いたサラがそう言葉を漏らした。

 紅い髪に隠れたサラの瞳が、くるりとライの方へと向く。

 

「ライ。試験明けの自由行動日で悪いんだけど、明日また旧校舎に行くわ。他のペルソナ使いの皆にも伝えておきなさい」

 

 サラの声には、拒否は受け入れないと言う確たる意志が込められていた。

 

 試験故に中断を余儀なくされていた久方ぶりの旧校舎調査。

 今この瞬間、様々な問題を抱えたままのライ達は、再びあの異常なる空間へと足を踏み入れる事となったのである。

 

 

 

 

 

 


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