心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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36話「激闘の1週間」

 ――始まりの6月9日。

 

 先のフィーの話の通り、この日は政治経済について勉強を行った。

 図書館1階のテーブルを囲うライ達一同。エマやフィーとの距離は不自然なまでに空いている。そんな状況にミリアムはまたも頬を膨らませていた。

 

「むぅ~、こんなんじゃ勉強会にならないじゃん!」

 

 どうやら、ミリアムは勉強会を学生の青春イベントとして楽しみにしていたらしい。

 確かにこれでは2組が勉強している状況にしかなっていないだろう。

 

 それに仲を改善したいと考えているライにとっても、この物質的距離は大問題だった。

 

「…………」

「……済みません。何だか近づくと、あの感覚を思い出す気がして」

 

 申し訳なさげに距離を取る2人。これでは無理に近づくのは逆効果だ。

 ミリアムだけは2人に近づく事も可能だが、ミリアムはライを1人にする気はさらさらないらしい。深く考え込むミリアム。すると突然、ミリアムが頭に電球でも灯ったかのように顔を上げた。

 

「あっ、ボクにいい考えがあるよ!」

 

 彼女は自信たっぷりに席を立った。

 何だか嫌な予感しかしないライだったが、他に代案もないのでミリアムに任せることにする。了承を得て早速ARCUSで何やら通話を始めるミリアム。その答えは直ぐに分かった。

 

《――こんな事に僕のペルソナを使わなくっても……》

《だって、次の旧校舎探索まで使う予定ないんでしょ? せっかく手に入れたんだから活用しなきゃ!》

 

 そう、ブラギの通信能力を使っての試験勉強である。

 

《済まないエリオット。少しの間頼まれてくれるか?》

《あ、うん。前に助けてもらった恩もあるし、協力することは別にいいんだけど……》

 

 どうも歯切れの悪いエリオット。

 確かにこんな形で初めてA班の2人にブラギを見せるのは複雑な気分だろう。

 

《へぇ、話には聞いてたけど便利だね。導力器いらずで、傍受もされない通信なんて夢みたい》

 

 そんな夢のない感想を述べる猟兵フィーを他所に、ライ達は歴史書の教科書を開く。これで距離の課題はなくなった訳だ。ただ、1つ意外だったのは、緊急事態だったB班とは状況が違うのに、エマが当たり前の様にエリオットの通信を受け入れていた事だった。

 

《エマ、以前も似たような経験でもあったのか?》

《えっ? あ、そう、そうなんです。前に夢で似たような体験を、あははは……》

 

 何故かはぐらかすエマ。もしかして彼女は単なる委員長ではなく、フィーみたいに何か特別な経歴でもあるのだろうか。素早くペンを走らせながら、ライは1つエマを知った様に感じた。こうして、端から見て無言の4人組、実際はエリオットも含めた5人組は順調に復習を進めていく。

 

 知識が大幅に上がった気がした。

 

 

 

 

 

 ――継続の6月10日。

 

 この日は美術、その中の音楽分野に関する勉強を行う事になった。帝国で有名らしいオーケストラの楽譜が印刷されたページを開き、中間試験に出題されそうな部分の意味を解読していく。

 

《えと、僕は何時まで協力すればいいのかな?》

《もう少し頼む》

 

 前日に引き続きエリオットの協力を得て勉強をしていた。

 何時までも彼の協力を頼りにするのは忍びない。ライは頭で代案を考えつつも、手で音楽記号の意味を書き込んでいく。……横向きの括弧。確かこれはタイだったか。

 

《――って、ライ。そこの音楽記号の意味間違ってるよ》

《そうなのか?》

《うん。違う高さの括弧はタイじゃなくてスラー。音符を一纏めに聞こえるよう演奏してって意味だね》

 

 音楽に対して妥協はしないエリオットがライの間違いを正確に指摘した。

 流石は音楽院志望と言うだけあって、その指摘は教師顔負けだ。

 

《あっ、フィーも間違ってる。その縦の破線アルペジオは、和音をばらして一音一音発音させる演奏法の事だよ》

《ん、そう?》

 

 エリオットの指摘を受けたフィーが手元を書き直す。

 ……ここまでは良かったのだが。

 

《……ああ、あそこも。あっちも理解が足りてないよ》

《あの、エリオットさん?》

 

 段々とエリオットの様子がおかしくなってきた。

 戸惑うエマとフィー。以前このエリオットのレッスンを体験したライのミリアムの頬に冷や汗が滴り落ちる。

 

《こうなったら僕が徹底的に教えてあげるよ! まずは楽譜の正確な読み方から。楽譜の一番初めにある音部記号には高音部記号、中音部記号、低音部記号の3種類があって、それぞれ――》

 

 こうしてエリオットの音楽教育が始まった。

 頭に延々とお経のように響くエリオットの解説。その楽譜の基礎レベルの話から、どう考えても試験レベルを超えているような話まで、例え耳を塞いでも津波の如く雪崩れ込んで来る。

 

 防ぎようのない精神攻撃。

 ついには暗記を苦手とするフィーがバタンとテーブルの上に倒れ伏した。それでもエリオットのスパルタレッスンは終わることを知らない。結局、最後の最後までエリオットの音楽教育は続くのだった。

 

 ……知識が大幅に上がった気がした。

 

 

 

 

 

 ――覚悟の6月11日。

 

 薄暗い曇りの放課後。生徒会としての用事を終え、3日目となる図書館への向かう最中に、ライは本校舎から出てくるミリアムと出会った。

 しかし、どうも様子がおかしい。帽子から垂れている綿を揺らす上機嫌なミリアムを見て、ライは不思議そうに首を傾げた。

 

「何かあったのか?」

「ふっふーん。ま、今日の勉強会を楽しみにしててよ」

 

 どうやら何か企んでいるらしい。

 ライはその"にしし"と言う笑顔に、なぜだか嫌な予感がした。

 

 …………

 

 導力灯の灯る図書館。何時もより重苦しい音を奏でる扉を開く。

 今日は導力学の試験勉強をする予定だ。ただ、1つ何時もと違う事があった。ライはちらりと同じテーブルに座るエマとフィーの2人を見る。要するに2人の位置がやや近づいていたのだ。

 

「……近づいてもいいのか?」

 

「あの話を聞くよりずっとマシ」

「私達、覚悟を決めました」

 

 いや、そんな事で覚悟を決められても反応に困るのだが。

 気軽に声を交わせる距離。望んでいた光景のはずなのに、複雑な気分のライであった。

 

 ――そんなこんなで勉強を始めてから1時間。

 導力技術に対する知識の薄いライは、その不足を補うため全力で勉学に励んでいた。ところどころ解説をしてくれるエマの教え方もうまい。やはり遠距離の通信と対話とでは勝手が違った。

 

「――と言う訳で、七耀歴1150年、エプスタイン博士が大崩壊前の古代ゼムリア文明の技術を解析して、導力エネルギーの実用化に成功した訳です。ここまで分かりました?」

「はい、委員長!」

「何ですか? ミリアムちゃん」

「そろそろ息抜きしてもいいと思いますっ!」

「……ミリアム、グッジョブ」

 

 ミリアムに向け親指を立てるフィー。

 エマも苦笑いを浮かべるが、休憩も必要だと言う事で許可を出す。

 それを聞いたミリアムは跳ねるように席を立って、側に置かれた鞄の中をごそごそと探り始めた。ライは先のミリアムの言葉を思い出し、その意味を察する。

 

「もしかして、例のサプライズか?」

「そうだよ! ちょっとまってて」

 

 ミリアムが鞄の中から何かを探り当てた。

 出てきたのは可愛らしい紐のついた透明の袋。その中には何枚もの小さな茶色のお菓子が入れられていた。

 

「クッキー、か」

「うん。ボクがどの部活に所属してるか、ライなら知ってるでしょ?」

「……ああ、なるほど」

 

 調理部。つまりはそう言う事だった。

 

「これ、ミリアムちゃんがつくったんですか?」

「ううん。同じ部活のマルガリータって人のだよ。ボクは食べる専門だし」

「おい」

「にしし、だいじょーぶだいじょーぶ。いつもボクがつまみ食いをしてる分を食べないで持ってきただけだから! それに、いつもは中途半端で食べちゃってるけど、これは完成したものだからもっと美味しい筈だよ!」

 

 色々と突っ込みどころの多い内容だったが、今は何も言うまい。

 ライ、エマ、フィーの3人は透明な袋の中からそれぞれ1枚クッキーを取り出した。香ばしい焼き色のついた丸いクッキー。口に含んだらさぞ甘いバターの香りが広がる事だろう。

 

 しかし――

 

「待って」

「どうしたんですか? フィーちゃん」

「……これ、なにか入ってる」

 

 フィーの一言でその感想は逆転した。

 猟兵の彼女が危険信号を放つクッキー。途端にこの小さなお菓子が得体の知れない何なに見え始める。

 

 だが、ミリアムはそれを遠慮なく食べようとしていた。

 危ない。そう直感が叫んだライはミリアムの手からクッキーを取り上げる。

 

「あぁ~! ボクのクッキー!」

 

 クッキーを取り返そうとぴょんぴょんと跳ねるミリアム。

 駄目だ。フィーの提言やライの直感では彼女は止まらない。

 

 ……かくなる上は、安全・危険を問わずに実証するしかない。

 自身のクッキーを見つめたライは覚悟を決め、その茶色の物体を口に含んだ。

 

「――~~ッ!!」

 

 おぞましい味覚。あり得ない全身の痙攣。一体何を入れやがったマルガリータ。

 まるで呪殺の魔法でも喰らったかのような感覚に襲われる。抵抗するライの意思も虚しく、体は地面へと崩れ落ち、意識は暗闇へと落ちて行った。

 

 ……知識と勇気が上がった気がする。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ――ピアノの音が聞こえる。

 

 ……気がつけば、ライは青い空間に座っていた。

 妙に曖昧な体の感覚。気絶前の出来事を思いだしたライは確信する。

 そう、自分はもう既に死ん――

 

「いえ、お客人は気を失われたのでございます」

 

 そうなのか。なら早く戻るとしよう。

 今は中間試験も目前なのだから、1日だって無駄には出来ない。

 

 ライは、ベルベットルームを後にした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 茜色の光が顔に差し込む。眠りから目を覚ましたライは、その光に思わず目を細めた。

 数瞬たって、明るさに目が慣れてきたライは白いベットに寝かされている事に気がつく。身を起こして周囲を見渡すと、そこは石煉瓦で出来た医務室であった。窓の外には夕日に照らされた大きな正門が見える。どこかの学校なのだろうか。

 

「……いや、ここはトールズ士官学院だ」

 

 記憶喪失から目覚めたときと同じ状況の為、思わず同じモノローグを入れてしまった。

 ライは白いスーツを押しのけ身を起こす。まるで以前の出来事を繰り返しているような状況。だが違う点は2つあった。1つは鞄以外の荷物が並べられていない点。そしてもう1つは医務室内にいる人物がベアトリクスではなく銀髪の少女であった点だ。

 

「おはよ」

「ああ、おはよう」

 

 隣のペットに座っていたフィーとそんな簡易な挨拶をした。

 だが時刻的にはもうすぐこんばんわになる頃合いだろう。そう思いながら窓の外を見たライは気づく。眩いくらいの夕日。確か、今日は曇りだったはずだが。

 

「……今日は何日だ?」

「6月12日」

 

 どうやらまる1日寝ていたらしい。

 ライはマルガリータ製のクッキーの威力に戦慄した。下手とかそんな次元じゃない。あれは明らかに変な薬でも入れていた感覚だった。

 

 と、クッキーへの感想はこれくらいにして、ライはフィーに向き直る。

 

「ところでフィーはどうしてここに?」

「ここ、私のホームポジション」

 

 フィーはそう言って下のベットを指差した。そう言えば放課後、たまにフィーが何処にもいない時があった。どうやらここのベットで寝ていたらしい。前にベンチで猫のように居眠りしているところも見かけた事もあり、本当によく眠る少女だとライは感じた。

 

「とりあえず、勉強に行くか」

「ん。水やりも忘れずに」

「……そう言えば1日経ってたんだったか」

 

 ケルティックで買った苗ももう大分育ってきていた。

 今までも合間合間にやっていた水やり。忘れてもあの部長がやってくれるだろうが、あの苗はライ自身の手で育てなければ意味がない。

 

 やらねばならない2つの用事を思いだしたライはベットから体をずらし、立ち上がる。両足に掛かる体重。その瞬間、全身に正体不明の痙攣が襲いかかった。また頭痛で旧校舎前に行くんじゃないかと思ったくらいだ。

 

「大丈夫?」

 

 もう1つのベットに座ったまま聞いてくるフィーに、ライは「ああ」と短く答える。

 まだ距離は遠いが、フィーとの距離が少し縮まった気がした。

 

 ……尚、今日の勉強会はエマに断られてしまった。1日は休養するようにとの事である。

 

 

 

 

 

 ――挑戦の6月13日。

 

 小鳥も鳴き始めた早朝。ライは寮の食堂にある厨房に立っていた。

 ミリアムの持ってきたクッキーは化学兵器であったが、その発想自体は悪くない。むしろ、軽食は仲を深めるにはもってこいのアイテムだ。

 

 ならば、唯一の課題は危険物を混入させないことである。その確実な方法は自身で作ることだと考えたライは、授業が始まる前の早朝に、軽食用のお菓子作りに挑戦していた。

 

「……あれ、もしかしてライさんですか?」

 

 そんな中、食堂の扉を開けて1人の少女が入ってきた。眼鏡をかけた三つ編みの少女。ここ最近勉強を教えて貰っているエマだ。

 

 厨房から漂う匂いが気になったエマは恐る恐るこちらに歩いてくる。

 そして、厨房の側に置かれた幾つもの料理を見て、感慨深そうに両手を合わせた。

 

「へぇ、美味しそうなケーキですね」

「ああ、クッキーを作ってたらこうなった」

「……え?」

 

 信じられないものを見るような目でライを見るエマ。多分、逆の立場でも同じ反応をするだろう。

 

「あの、失礼ですがレシピは見たんですか?」

「見た結果はあれだ」

 

 ライは厨房の奥へと指を差す。

 そこにあったのはボウル一杯に詰められたUマテリアルの数々。ここまで作ってようやく理解したが、どうやらライの腕には無意識に覚えている珍妙な料理法があるらしい。手が勝手に動くほど熟練したそれは、レシピを見ながらの調理法と見事なまでにバッティング。結果はこの散々な有様だった。

 

「一応確認しておきますけど、珍妙料理を作りたくなる"悪戯"ってクォーツがあるんですが、付けてませんよね?」

「付けてない」

「……仕方ありません。料理も私が教えます」

 

 これ以上食材を無駄にはさせまいとエマが厨房に乗り込んでくる。出来る限りライを見ないようにし、距離も人一倍空いてはいたが、それでもここの厨房は2人を入れられる程に広かった。今から作るのは再度クッキーだ。シンプルなプレーンの丸型クッキー。まずは段階を踏もうと言うエマからの提案である。

 

「どうせですから、この時間を使って時事問題でもしましょうか」

「ああ、頼む」

「そうですね。……それでは、最近帝都ヘイムダルにて施行された導力自動車に関する規定、帝国交通法の内容は?」

 

 帝国交通法? 時事問題だろうか。

 クッキーの生地を練りながらライは静かに考え込む。

 

「左側通行、速度を守る、信号機厳守、後は交差点手前5mまで駐停車禁止、とか?」

「えと、それどこの国の交通法でしょうか」

 

 信号機って? そもそもめーとるって? 次々と飛び出す疑問にエマは思わずライの顔を見てしまった。思わず反射的に視線を逸らすエマ。仕方ないとはいえ、そんな反応をされては気分のいいものではない。まだまだ壁は厚いのかとライは内心ため息をつきつつ、視線を下に戻す。

 

「――は?」

 

 すると、そこにはパウンドケーキの原型が作られていた。

 ご丁寧に型にまで入れられている。

 

 ……沈黙が流れる寮内の厨房。

 エマの諦めたような視線を浴びる中、ライはパウンドケーキに火を通すのだった。

 

 エマとの距離が少し縮まった気がした。

 

 

「ところで、危険物を入れないのでしたら、そもそも雑貨屋で買えばよかったのでは?」

「……あ」

 

 知識が上がった気がした。

 

 

 

 

 

 ――接近の6月14日。

 

 この日は図書館に向かう途中、偶然にもラウラと鉢合わせになった。

 その時ライだけならば問題なかったのだが、これまた偶然ミリアムも襲来。強引に誘われる形でラウラも勉強会に参加する事となってしまった。

 

 今日の復習は実践技術。本来フィーやラウラの得意分野であるのだが……。

 

「あの、近接戦における敵の無力化の話なんですが」

「ふむ。それなら頭部に衝撃を与えて、脳震盪を起こすのが確実だろうな。もしくは急所を狙い行動不能にさせるか」

「……反撃の可能性があるから、背後から一突きした方が安全」

 

 フィーの道徳よりも効率を優先する意見に、ラウラは思わず一瞬フィーを睨みつける。

 その僅かな視線にも目ざとく気づいたフィー。彼女はその黄色く大きな瞳を半目にし、ラウラを静かに睨み返した。

 

「なに?」

「……いや、何でもない」

「――…………」

「…………――……」

 

 こうして、真っ二つに割れたテーブル。予想通りの冷戦が始まってしまった。

 外野であるライ、エマ、ミリアムの3人は、まるで氷河のような寒気さを幻視する。一体誰がブフを唱えたのだろうか。

 

「え、えぇっと……」

「ライ~、どうにか出来ないの~?」

「やってみる」

 

 ライは1人、冷たき火花の飛び交う戦場へと足を踏み入れる。

 思いだせ。ケルティックで仲裁した時の事を。あの時のマルコとハインツも相当激昂していた。なら、この2人を止めることも出来る筈だ。そう鼓舞するライは一歩一歩2人の間に近づく。……そのせいだろうか。ライは何時もよりさらに一歩、フィーに近づいてしまった。

 

 ――刹那、フィーが椅子から跳んで宙に舞う。

 

 バク宙しながら少し離れた場所に着地するフィー。まるで敵の接近を許したかの様な機敏な動き。だが、フィーも無意識の行動だったのか、はっと我に帰って、気まずそうに目を逸らしていた。

 

「……ごめん」

 

 ここ6日間でやや距離が近づいたためか、フィーは申し訳無さそうにしており、その乱雑な銀髪もどこか覇気に欠けている。そして、そんなフィーを複雑そうに眺めるラウラ。先ほどよりも心なしか機嫌が悪くなっていた。

 

 どうやら、ライの行動は逆効果だったらしい。

 

 この日、ライは2つのどうしようもない現実を体験した。なあなあで仲良くなるだけでは決して改善できない強固な壁を。――だが、ライは諦めない。例え残り少ない試験期間が終わろうと、必ず乗り越えてみせると、ライは決意を新たにする。

 

 知識と勇気が大幅に上がった様な気がした。

 

 

 

 

 

 ――報告の6月15日、自由行動日。

 

 軽食を買うくらいなら、始めから学生会館1階の食堂スペースで勉強会をすれば良いのだと漸く気づいたライ達4人は、図書館を離れ学生会館の丸机へと場所を移していた。そこで会ったのは偶然訪れたリィン。ラウラみたいに問題になる関係でないため、リィンは自然と5人目のメンバーとなった。

 

「――と、言うわけだ」

「ははは……。色々と大変だったみたいだな」

 

 リィンは特に11日のクッキーの件を指して呆れていた。

 結果として寮に帰れず授業も丸一日休んでいたので、どうやらリィンも心配していたらしい。……その次の日に大量のパウンドケーキを作っている様子を見て驚いたらしいが。

 

「……ごめんね。ライ」

「気にするな。それより今日は帝国史だったな」

「ああ、そう言えば、ライさんの苦手教科でしたっけ」

「ん、この前、1192年にどこかの都ができたとか言ってたのは驚いた」

 

 それは確かケーキを作りまくった13日に行った帝国史学習での一件だったか。

 しかし、少なくともフィーにだけは言われたくなかった。暗記が苦手で日曜学校にも通っていなかったフィー。苦手科目はライと同じく帝国史である。

 

「あはは、なら軽く復習しましょうか。――それでは折角ですし、手始めにリィンさん、このトールズ士官学院を設立したエレボニア帝国中興の祖、《ドライケルス大帝》が即位したのは?」

「七耀暦952年だな。帝国全土を巻き込んだ内乱《獅子戦役》が終結した年だ」

「流石ですリィンさん。対策はばっちしのようですね。――ではフィーちゃん。そのドライケルス大帝がこの士官学院に残した言葉は何でしょうか?」

「えと……、世の、礎……?」

 

 悩みこむフィー。まあそれも当然だ。何故ならこの問いは教科書には書かれていないのだから。生徒手帳の最初のページに学院憲章として一部が乗っているが、それは言葉そのものではない。

 

 降参したフィーに代わり、ライはその答えを口にする。

 

「"若者よ、世の礎たれ"、だったか」

「正解です」

 

 どうやら正解だったらしい。

 しかし、何故かリィンが驚いた顔をしていた。

 

「どうした、リィン」

「……いや、それ入学式でしか聞いてなかったから、ライが知ってると思わなかったんだ」

「ああ、そうか。……大分前に学院長からさんざん聞かされたからな」

 

 あれは確か初めて教員と旧校舎の異界に行った晩の出来事だったか。

 あの日、ライを出迎えたエマも乾いた笑いを浮かべていた。

 

 知識が大幅に上がった様な気がした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ――そして6月16日、中間試験当日。

 

 天気の良い朝、程よい暖かに包まれ目を覚ましたライは、手早く制服に着替えて質素な寮の一室を後にした。今日から4日間試験が続くのだ。妙な緊張感が寮に充満しているのを、ライは肌で感じていた。

 

「あら、ライじゃない」

 

 1階に降りるとサラがソファーに身を預け座っていた。彼女の前のテーブルには一升瓶が1つ。昨日が自由行動日である事を踏まえれば、一晩飲み明かしていた事は想像に難くない。ライは見なかった事にした。

 

「どうかしら。ここ1週間学年主席のエマに勉強を教えて貰ってたんでしょ?」

「ええ、料理の法則は何となく掴めました」

「……何の勉強してたのよ、あんた」

 

 とりあえず、レシピを見ない方が形になると言う事が分かっただけでも十分な収穫だったと言えるだろう。無表情の奥で自信満々なライを見て、サラはがっくりと肩を落とした。

 

 そうこうしている内に他の面々も、次々と1階に下りてくる。

 

 緊張が隠せないエリオット。ワクワクが隠せないミリアム。いつも通りのエマに、強く意気込んでいるマキアス。いつも通りと言えばガイウスも同様か。リィンやユーシスに関しては何処か緊張感を漂わせており、アリサもそわそわして落ち着きがない。……フィーとラウラに関しては、悪い意味でいつも通りの距離感であった。

 

 皆が揃ったタイミングで、サラは改めて生徒たちに話しかける。

 

「まぁライが天然なのは何時もの事として、みんな、4日間頑張って乗り越えなさいよ」

「フン、教官の評価にも繋がるからなのだろう?」

「あら失礼ねぇ。当然教え子が心配だからに決まってるじゃない。……まぁ、それも60%くらい含まれてるけど。何なら上位を取ったらお姉さんが頬にキスでもしてあげようかしら?」

「「遠慮します」」

 

 この一瞬、ライ達は団結した。サラは「なによぉ~」と不貞腐れているが、一々気にしてたらキリがない。それに、この言葉が彼女なりの気遣いである事くらい、2ヶ月を共にするライ達には伝わっていた。

 

「……いい表情になったわね。それじゃあここ2ヶ月の勉強の成果、十分に見せてやりなさい」

「りょーかい!」

「元よりそのつもりだ」

 

 サラの見送りを背に受けて、ライ達は玄関の外へ、トールズ士官学院へと向かう。

 

 その足取りに淀みはない。もう後戻りは出来ないのだ。

 ただ今までの勉学と自身の知識を信じ、ただ一度のチャンスへと立ち向かう。それがライ達の挑む中間試験である。

 

 ――士官学院に入学して初めての筆記試験が今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 




あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
改訂作業をしていたと思ったら、文字数が5000字近く増えていた。
な…何を言ってるのかわからねーと思うが(以下略

という訳で、文字数が増えすぎたので2話に分けました。
次回は中間試験、自分がこのクロスを思いついたきっかけでもあります。
……行くぞライ・アスガード。知識の貯蔵は十分か?

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