心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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(7/1)これでようやく納得いく流れに


32話「鍾乳洞内の決戦」改定版

 解析(アナライズ)の力に目覚めたエリオットは、周囲の全てが手に取る様に分かっていた。

 ブラギの奏でる特殊な音がソナーとなって、エリオットに大量の情報を送ってくる。暗闇で目が見えずとも、周囲の地形が手に取るように分かる。体調などの目に見えない情報であろうと、知ろうと思えばいくらでも解析が可能だ。

 

 現に今、蝿の形をした影の羽根部分にエネルギーが収束しているのを、ブラギの力が正確にキャッチしていた。

 

《正面から羽根での斬撃(パワースラッシュ)が来るよ! 気をつけて!》

 

 けれど、ライはそうではない。

 頭に響くエリオットの声だけを頼りに、ライは羽根を躱しやすい地面すれすれに身を伏せる。

 

 音も匂いも感じない静かな一瞬。突如、空気を裂きながら頭上を駆ける。それを肌で感じたライは急ぎ両手で地面を叩き、反動で体勢を立て直した。

 

《次は右!》

 

 そして、すかさず右に剣を構える。

 砲弾を受けたような衝撃。ライは思いっきり振り上げ、刃の先の存在を弾き飛ばす。

 

《上から降下して来るよ!》

 

 すかさず上半身を横に逸らす。

 頬に刻まれる縦の血線。ライの瞳に動揺は見られない。

 

《足元!》

 

 ライは両足に力を込め、回転しながら空中へ。

 足元を過ぎる鋭い風切り音。

 

《そのまま上に!》

 

 回転ゴマの如く真下を斬り裂き相殺。

 

《正面!》

 

 着地と同時に、正面の暗闇へと横蹴りを叩きつけた。

 足に響く重い感触と何かが壁にぶつかる異音。ライは確かな手応えを感じる。

 

『クッ、さっきから奴の動きが正確過ぎる。……あの上半身だけの吟遊詩人が原因か!?』

 

 体勢を立て直し暗闇の中を旋回するバグベアーの影は、エリオットの上空に浮くブラギを睨みつけた。

 ペルソナ使いが依頼の対象である以上、今まではライだけが攻撃の対象だった。けれど、あの吟遊詩人もペルソナであるならば、エリオットもまた攻撃の対象となるだろう。

 それに気づいたバグベアーの影はニヤリと笑い、消音器(サイレンサー)を通し放たれた弾丸の如く、音もなくエリオットに突撃する。

 

 しかしその刹那、

 

「ライ、僕を攻撃して!」

『──なッ!?』

 

 エリオットが全力で叫んだ。

 その余りにも自暴自棄な内容に、バグベアーの影は一瞬躊躇する。だが──

 

「了解だ」

 

 ライは一切躊躇しなかった。

 叫びを聞いた瞬間反転し、全力で剣を声の発生源、即ちエリオットへと叩き込む。しかし白刃がエリオットの体を切り裂く寸前、突撃するバグベアーと衝突し相殺された。

 

 跳ね返る剣とともに、あらぬ方向へと突撃してしまうバグベアーの影。岩の破片が舞い散る。

 影は瓦礫の山から即座に抜け出しつつも先の2人の行動を思い返すが、何度考えても影には今の行動が理解出来なかった。

 

『な、何なんだコイツら。仲間の命が惜しくないのか……!?』

 

 いや、そうではない。

 

 むしろ今のやり取りは、お互いの性格を理解していたからこそ成立するものだ。エリオットがライの性格を熟知し、ライもまたエリオットに全面の信頼を置いていたが故の戦い方。そこに自暴自棄な思考など一片も挟まれない。

 

「ライなら躊躇しないって思ってたよ」

「当然だろ」

 

 そんな軽口を叩き合いながら、ライは闇の中再び剣を握り締める。

 

 ……一見優勢に見えるこの状況。しかし、実際のところ不利なのはライ達の方だ。

 

 原因は決定力の不足にある。ライ達の攻撃手段はほとんど効果のない剣一本のみ。

 対してバグベアーの影はその体を使った突撃に羽を使った斬撃、それと"魔"の才能がないのか使用頻度が低いもののマハガルを使ってくる。

 要するに長期戦になればなる程、決定力不足のライ達が不利になってしまうのだ。

 

 何か方法はないかと、暗闇に注意を払いながらも考えるライ。

 その時、脳内にエリオットの声が流れ込んできた。

 

《ねぇ、僕にひとつ作戦があるんだけど……》

「作戦?」

 

 ライは静かにその声に耳を傾ける。

 そして、エリオットの言う作戦の全貌を聞き、頷きながら剣を構え直した。

 

「……分かった。それで行こう」

『おい、何1人でごちゃごちゃ喋ってる!』

「何、"俺達"でお前を倒す算段をつけていただけだ」

 

 ライは臆することなくバグベアーの影を挑発する。

 

『ハッ、俺を倒すだ? 群れて戦うことしか能のない貴様らに何が出来る』

 

 その挑発に、バグベアーの影も挑発で返してきた。

 視界が一切見えない空間で、2人のやりとりが続く。

 

「群れて何が悪い」

『弱い奴ほどよく群れる。現に俺の本体もバグベアーと言う集団を創ってお山の大将気取りだ。落ちこぼれ同士が傷を舐め合い、己の弱さから目を逸らす。……何とも愚かで無意味な行為だと思わないか?』

 

 2つの声の発生源がゆっくりと漆黒の鍾乳洞の中を移動する。

 ライは自身の聴覚と足の感触に意識を集中させつつ、影との対話を続けた。

 

「確かにそれは絆の一側面かも知れない。だが、それだけじゃない筈だ」

『ククッ、仲間に夢を見過ぎだ青年! 所詮仲間など足の引っ張り合い、独り立ち出来ない俺達弱者の妄言に過ぎない。貴様らの絆とやらも、自らの弱さを誤魔化しているだけの行為なのだと早く気づくべきだ』

 

 バグベアーの影は2人で戦うライ達を嘲笑い、そう断じた。

 

 だが、そうじゃない筈だ。仲間とは何も傷を舐め合うだけの存在じゃない。ライとエリオットが出した答えの様に、お互い協力し合って高みを目指す事もれっきとした仲間。そこに弱者や強者など、そんな定義はある筈がない! 

 

 その時、エリオットが鍾乳洞に木霊する程の大声をあげた。

 

「そこまで言うなら見せてあげるよ。その群れの可能性って奴を! ──ライ!」

「ああ!」

 

 エリオットの言葉を合図に、ライはバグベアーの影へと駆け出す。

 

 地面も壁も見えない中、全能力を振り絞った渾身の突き。

 左足、右腕の筋肉をバネにして、一切のブレのない豪速の刃が闇を引き裂く。

 

 ──だが、漆黒の空間では目で影を捉える事が出来ない。影は遊びのように宙返りし、一点突破の力が込められた剣はその奥の壁へと突き刺さった。

 

『何が可能性だ。ただ壁に剣が突き刺さっただけじゃないか!』

 

 根本まで深々と突き刺さった剣を見て、バグベアーの影は嘲笑う。

 そして唯一の武器を失ったライ目掛けて、影は己の鋭い羽根を音もなく繰り出した。

 

 けれど、そんな危機的状況にあってもライは全く恐れていない。

 作戦の成功を確信する笑みを浮かべ、ただ落ち着いた声で、

 

「──ミリアム、剣先は見えたか?」

 

 と、壁に向けて問いかける。

 

 

《ばっちしだよ! そこを壊せばいいんだね!》

 

 

 突如、周囲の壁が爆風とともに吹き飛んだ。

 飛び散る岩の中から覗き込む銀色の腕、拳を突き出した空色の髪の少女が、崩れた壁の向こう側から顔を出す。

 

 ──そう、壁に突き刺したライの剣は、壁の向こう側にいたミリアムへの目印だったのだ。

 

 エリオットの感知能力は壁の向こう側まで及んでいた。だからこそ、B班の仲間がライ達を探して鍾乳洞に突入していた事を、エリオットはブラギを通して知ることが出来た。そしてブラギの通信能力によってミリアム達に話しかけ、直接近くまで誘導していたのだ。

 後は壁の薄い場所をライに教え、作戦を実行に移すのみ。事前にライが行った影との会話はその為の時間稼ぎであった。

 

「射抜いて、ソール!」

 

 崩れた壁の向こうから一閃の矢が疾走する。

 そう、アリサのペルソナであるソールが放ったアサルトショットだ。ライを攻撃しようとしていたバグベアーの影の眼前数cmを通り過ぎ、影は思わず動きを止めてしまう。

 

『増援だと!? ──糞ッ! こいつは洒落にならない……!!』

 

 突如差し込む光、その奥にいる面々を見たバグベアーの影は暗闇の中へと飛んでいく。落ちこぼれを自称するバグベアーの影にとって、突然の増援とダメージは"恐怖"そのものであったからだ。

 崩れ落ちた壁の向こう側から差し込む導力灯の光、それを見たライはひとまず肩の力を抜くのだった……。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 影の撤退を確認したライとエリオットは、増援に来てくれたB班に今の状況を説明した。

 淀んだ空気が穴から漏れだし薄まっていく状況下、アリサはライの怪我の具合を確認する。

 

「うわっ、また手ひどくやられたわね」

「ケルディックよりはマシだ」

「130アージュ上空の崩れ落ちる吊り橋に掴まったんでしょ? ぶっちゃけ五十歩百歩よ」

 

 返す言葉もないので、ライは目を逸らした。

 

「それよりアリサ。俺の封魔を解くことは出来るか?」

「封魔? ……ああ、そのライを取り囲む封印みたいなものね」

 

 どうやらアリサには感覚で薄っすらと分かるらしい。

 ライの体をまじまじと見たアリサは少し考え、自身のペルソナが持つスキルと照らし合わせる。

 

「うん、これなら大丈夫そう。──ソール!」

 

 アリサの呼び声に応じ、太陽のドレスを纏ったソールの細い両手に光が灯る。

 クロズディ。縛りを解く魔法が、ライに掛けられた呪縛を一瞬で消し去った。

 

 心が束縛される感覚がなくなったライは、片手を握り、自身の状況を確かめる。

 

「よし」

「それで、これからどうする?」

 

 タイミングを見計らったガイウスが、ライにそう質問した。

 既にエリオットは救助済みだ。このまま鍾乳洞を去ると言う選択肢もある。

 

 だが、ライの選択はその反対であった。

 

「奴を追おう。シャドウを放っては置けないし、帝国のシャドウ襲撃事件に関して、何か情報が得られるかも知れない」

「ええ、それはいいんだけど……」

 

 歯切れの悪いアリサ。そのルビーの様な赤い瞳は、おろおろと揺れながらもライの左腕を見つめていた。

 何かあるのか? とライは左腕を上げる。そこには赤い血で染まったシャツの包帯が、……そう言えば、エリオットの治癒の前に止血をしていたのだったか。

 

「ライ自身は、このまま戦闘を継続して大丈夫なの?」

 

 つまりは左腕を満足に使えない状況でまた無茶をしないかと思ったのだろう。その事を知ったライは自身の行動に対する信用のなさを改めて感じ、そして、

 

「大丈夫、今は1人で戦ったりはしない」

 

 と僅かに笑って答えた。

 

 えっ? と目を丸くするアリサにライは「詳しくは後で話す」と語りかけ、バグベアーの影が逃げていった鍾乳洞の奥へと歩を向ける。

 

 この先はバグベアー自ら逃げ場を封じた行き止まり。

 言うなれば今のライ達は、ボス部屋を前にした冒険家と言ったところか。

 

「行くぞ」

 

 その一言を合図に、ライ達6人は闇深き横穴へと駆け出した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 一方その頃、バグベアーの影は曲がりくねった鍾乳洞をドリフトする車の如く疾走していた。

 影の思考は恐怖一色。彼の根底にあるのは本体が押さえ込んでいた落ちこぼれと言う名の劣等感であるが故、影は逃げる事に一切の戸惑いを挟まない。

 

『ああそうだ。落ちこぼれは所詮、落ちこぼれ。どんなに喚こうと蝿の様な矮小な存在に過ぎない。……逃げよう。逃げる以外に道はない』

 

 逃げる事に全力なバグベアーの影。

 しかし、その行為は志半ばで潰える事になる。

 

 ──依頼をこなせ。ペルソナ使いと戦え! ──

 

『──グッ、オォォオ!』

 

 突如、空中で止まった影は、言葉に縛られ悲鳴を上げた。そう、"シャドウ様"とは自らの影に願いを託し、影が代わりに願いを叶えると言う"噂"なのだ。その噂に寸分違わず、バグベアーの影は託された願いに行動を縛られていた。

 

『糞ッ、自らの()を縛っておいて何が願いだ! あの忌々しい薬め!』

 

 その噂の仕組みを知る影は、心底怨みを込めて叫ぶ。これでもう逃げられない。劣等感そのもので構成された影である以上、力に逆らう事など出来やしない。影の意思と反する命令が、影の行動を無理やり決定させたのだった。

 

 ……と、その時、背後から幾つかの足音が迫ってきた。

 

 振り返るバグベアーの影。彼の弱者故の鋭い感覚は、正確に6名の姿を捉える。当然、その中心にいるあの灰髪の学生も。

 

『ペルソナ使い。アレを倒さなければ、殺さなければ……!』

 

 願いに縛られた哀れな影は、禍々しい激情を心に宿す。すると、影の内に突如変化が起こった。驚くバグベアーの影。途方もなき叡智の力がバグベアーの影に流れ込んでくる。

 

『これは、まさかあの薬の力か……!?』

 

 心の底に感じる新たなスキル。そこに可能性を見出したバグベアーの影は、今一度ライ達に牙を剥いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

《来るよ。皆、準備はいい?》

 

 ライ達の頭にエリオットの声が響き、B班は皆足を止めた。

 前方に広がるのは全てを呑み込むかの如き闇。ライ達には影の動く音も気配も感じないが、エリオットの言葉を信じ、各々の武器を構える。

 

 1秒が何倍にも感じられる間、そのとき暗闇から漆黒の影が襲いかかって来た。

 

「へぇ、正面から来るとか、案外いい覚悟じゃん。──行くよ、ガーちゃん!」

 

 それにいち早く反応したのはミリアムだ。

 情報局の経験故か、突然の接敵に怯むことなくアガートラムの拳を繰り出す。

 

 だが、バグベアーの影はその拳を受ける寸前、その口元をニヤリと歪ませ、急停止して淀んだ空気を周囲に放った。

 

「──ッ!? 待てミリアム!」

『もう遅い。貴様らは、全員まとめて葬り去る!』

 

 ポイズンミスト。影の口元から吐出された猛毒の霧が接敵したミリアムを、そして後方のライ達までをも呑み込む。淀んだ鍾乳洞の空間は、突如として紫の煙に覆われてしまった。

 

 そう、これは増援に対峙する為にバグベアーの影へと与えられた1つの力。例えどれだけ人数がいようとも大打撃を与え、密閉空間における回避方法など無いに等しい最悪の搦め手! 

 

「──ヘイムダル!」

 

 ライは急ぎペルソナを召喚し、前線へと飛ばす。

 バグベアーの影に振り下ろされる大槌。

 影がそれを回避した隙を狙い、ヘイムダルはミリアムを回収、そのままライの手元に帰還する。

 

「大丈夫か、ミリアム」

「う、うぅ……。だい、じょーぶ……」

《皆このガスを吸っちゃ駄目だ! 早く口元を》

 

 エリオットの通信の通りライ達は口を塞ぎ、毒ガスを極力吸わない様に呼吸を浅くする。そして、清潔な空気を懸命に探すが、近場はどこもかしくも猛毒の煙が浸透していた。

 この場所は不味い! ライ達は急いで危険地帯からの脱出を試みる。だが──

 

『逃げられるものか! 言った筈だぞ、もう遅いとなァ!』

 

 その僅かな呼吸から口に入った毒素が、肺に向かい、血液へと、恐ろしい速度で溶け込んでいく。全身が痛み、痺れるような感覚にライは自身が"猛毒"の状態異常に陥っている事を理解した。

 

 淀んだ空気。抵抗力を弱めるフィールドが再びライ達に牙を向いたのだ。

 

「──ッ!? 体が……!」

『動かないか? クク、当然だ。俺達シャドウは心の存在。この毒も同じく人々が思い描く"猛毒"に対するイメージの具現化だ。貴様らの体をじわじわと、そして確実に蝕んでいく』

 

(具現、化……?)

 

 これは単純な毒ではないのか? 

 なら、毒を抜く方法はもしかして……。

 

 ライは痙攣する体を必死に制し、懐にあった対魔獣用の薬を口に含む。

 一瞬の治癒。しかし、すぐさま大気中の猛毒が再びライを蝕んだ。

 その様に無駄な足掻きを続けるライを見て、バグベアーの影が凶悪な顔を浮かべる。

 

 最早今のライ達はまな板の上の鯉。どう調理するのも影の自由なのだ。バグベアーの影は意気揚々と羽根を羽ばたかせ、ライ達の首をかっ切ろうと天井すれすれの空中を飛んでいた。

 

 剣を杖代わりに体を支えるライは、一歩一歩迫り来るカウントダウンを見て歯を食いしばる。

 

 そして、ライの思考には次々と後悔の念が浮かんでいた。考慮が足りなかった。影を追うと言う選択が間違っていた。それが仲間を危険に晒してしまった。つい数分前の選択がどこか遠いものに感じる。

 

 ──けれど、それでもライの意志は変わらない。

 やるべき事は後悔ではない。ただ、全力でこの状況を打破する事だ! 

 

『チッ、自ら倒れて避けたか』

 

 空を切るバグベアーの影の刃。

 わざと地面に倒れ伏して影の攻撃を躱したライは、両手両足に力を込め、今も尚、足掻き続けていた。

 

「……まだ、諦めるには、早い」

 

 先の影の言葉から、既に毒を抜く手段は検討が付いている。

 

 だが、それだけではこの状況を抜け出せない。

 重くなる瞼を必死に持ち上げ、ライは周囲を懸命に探る。

 

《……──イ、ライ……!?》

「……エリオット、か?」

 

 心に直接エリオットの声が聞こえてきた。

 どうやら他の皆も、地面に倒れる中意識を保っているらしい。

 

「安全、な場所、は……?」

《今、分析してるんだけど、毒ガスは上空の方が薄くなっているみたい。だから起き上がったら少しは楽になるかも。……あぁ、でも駄目だ》

「……駄目?」

《あの影が上空を旋回してるんだ。多分、あいつも毒ガスの中に入ってこれないからだと思う。さっき淀んだ空気を吹いた時、あの影の抵抗力も一緒に下がってるのが聞こえたから》

 

 聴覚を通じて行われていたエリオットの分析。それが正しければ淀んだ空気は無差別に影響するらしい。だからこそ今、ライへの追撃がこないと言う事なのか。……しかし、それは同時に、上空の空気を求めて立ったら最後、影が襲いかかってくる事も意味している。

 

 他に手立てはないか。冷たい地面に倒れ伏したライは、紫のガスに染まった視界を動かし続ける。だが、比重の重いガスが原因で、段々と視界も悪くなっていった。もう視覚は頼りにならない。残されたのは全身を蝕む痛覚、冷たい岩の匂い、そして、地面に押し当てられた耳から聞こえる微かな空洞音だけ。

 

 ……いや、空洞音? 

 

 そこにヒントを見出したライは、先ほどのエリオットの作戦を思い出し、1つの打開策に至った。

 

「エリオット、俺の言葉を、皆に……」

《う、うん》

 

 ブラギの力によって、か細い声でも仲間に言葉を伝えられる。ライはそれに感謝しながらも、脳内で言葉を紡いだ。

 

《皆、聞こえるか》

《その声はライ? もしかして、この状況を打破する策でも見つけたの?》

《ああ、魔獣の毒を癒す解毒薬を使う。……効果は証明済みだ。恐らく猛毒のイメージから生み出されたこの毒は、同じく解毒のイメージを持つもので相殺出来るらしい》

《なるほど、イメージさえあれば最悪飲料水でも良いと言う事か。……しかし、この毒霧の中では、治療したところで意味がないぞ》

 

 そう、だからこそ打開策が必要なのだ。

 この作戦には協力が必要不可欠。故にライは手短に打開策の全容を伝えた。あの影に悟られない様に、慎重に、かつ素早く。

 

《……出来そうか、2人とも?》

《うむ。体の痺れが酷いが、どうにかして見せよう》

《ガーちゃんの方はだいじよーぶだよ。毒とか効かないもん》

《今、奴は油断してる。仕掛けるなら今だ》

 

 その一言を合図に、ライ達は全力で動き出す。だが、その意思とは裏腹に、毒のせいで思うように力を込められず、立ち上がる姿勢すらひどく弱々しいものだった。

 

『ハハッ、何だその姿は! まるで生まれたての牡鹿と雌鹿だ!』

 

 勝利を確信するバグベアーの影はその姿を見て嘲笑う。そして、自身を縛る願いから解き放たれる為、ペルソナ使いのライへと一直線に飛翔してきた。

 

「やらせない! ──ソール!」

 

 それを防ごうと、アリサの召喚したソールがバグベアーの影目掛けて矢を放つ。

 

 急接近する黒き蝿と光の矢。

 しかし、毒による力の半減によって矢の威力が減衰し、バグベアーの影が振るう羽根の斬撃によって無残にも四散されてしまった。

 

 いや、これでいい。

 アリサの狙い通りライへの突撃は止められた。一旦静止するバグベアーの影に向かい、今度は2つの人影が飛びかかる。

 

「ミリアム、私に合わせろ!」

「おっけーラウラ!」

 

 身の丈ほどの大きさを誇る大剣を振り上げるラウラと、壁を殴り壊すアガートラムの腕。その火力を前面に押し出した2人の挟撃が、上方から影へと振り下ろされる。

 

 だが──

 

『──力が込められないなら数で、か? 考えが浅すぎるぞ!』

 

 バグベアーの影は余裕で後方に退避し、無常にも2人の攻撃は空ぶった。

 

 何もない地面へと落ちていくラウラとミリアムの武器。通常なら攻撃を止め反撃に備えるのが上策だろう。しかし、2人は地面に近づいた瞬間、逆に力を振り絞った。

 ──地裂斬。ケルディックでも使われた地を砕くアルゼイド流の秘技。それが壁をも砕くミリアムの攻撃と合わさった時どうなるか。

 

 その答えは1つ。

 

 2つの力が重なり合い、蜘蛛の巣状に衝撃が地を駆け巡る。

 そして轟音とともに地面は崩れ落ち、大穴が空いた。

 

『な、何だとっ!?』

「やはりそなたは二流だな。同じ手に2度も遅れを取るとは……!」

 

 穴の下に広がるは別の鍾乳洞。そう、先日お喋りなシャドウが天井から現れた様に、この鍾乳洞は上下複雑に入り組んでいるのだ。当然この場所の下にも別の鍾乳洞と交差する地点が存在する。なら、そこを全力で叩けば大穴が空くも道理。

 

 そして、この大穴はライ達の窮地を救う。

 地面の方がガスが濃いと言う事は、即ち空気よりも比重が重い事を意味する。その状況で穴を空けたなら、毒ガスは自然と下の鍾乳洞へと吸い込まれていく。

 

「……ふぅ、これで毒ガスも薄れたね」

「ああ、風が変わったな」

 

 解毒薬を飲み、体を蝕む毒を消し去りながらエリオットとガイウスが呟いた。これで全快。毒が蝕んだ体の負担は残るものの、今のライ達を妨げるものは何もない。

 

 なら、後は──

 

「──チェンジ、ネコショウグン!」

 

 全力で、ただ攻めるのみ! 

 

 同じく解毒薬で猛毒を治療したライが、惚けているバグベアーの影に向けて高速のペルソナを解き放った。

 軍配を手にした鎧姿の猫が弾丸の如く飛び出し、十数mの距離を一息で詰める。バグベアーの影も寸前で気づき、回避行動を取るがもう遅い。ネコショウグンの軍配が影の土手っ腹に突き刺さり、そのまま弾き飛ばした。

 ジャイロの如く回転しながら吹き飛ぶバグベアーの影。一片も速度を緩めることなく壁に激突し、石灰岩の壁を粉砕して何とか静止した。だが、その隙を見逃すほどライも甘くない。

 

(──マハジオッ!!)

 

 追撃の為に唱えられる言霊、ネコショウグンの軍配の先から電撃が迸り、弾けた。

 鍾乳洞を鋭く照らす幾多の電撃が地を駆け、宙を飛び、バグベアーの影周辺へと突き刺さる。

 

 爆発的に岩壁を蹂躙する全体電撃魔法(マハジオ)。その中心に埋まるバグベアーの影は、全身を駆け巡る電撃に思わず悲鳴を上げた。

 

『グ、アアァァァアアアアア──‼︎ ……糞ォ! そっちがその気なら!』

 

 その複眼が怪しく光り、突如、周囲に緑の強風が巻き起こる。

 全体疾風魔法(マハガル)、影が生み出す暴風が殺到するはこの状況に追い込んだ原因、即ちライ周辺だ。しかし──

 

《疾風属性の魔法が来るよ!》

 

 その反撃はエリオットに分析されていた。

 

「──チェンジ、ティターニア!」

 

 暴風の壁が直撃するその寸前、ライは心の座に置くペルソナを変更する。

 そう、疾風に耐性を持つペルソナ"ティターニア"。このペルソナの力により、今のライは風の影響を全て半減させる状態となったのだ。

 体を吹き飛ばさんとする竜巻が如き強風も、疾風耐性の前ではそよ風に過ぎない。ペルソナの力の前に現実の法則など関係ない。ライは荒れ狂う風の中を疾走し、壁を抜け出した影に片手剣を振り下ろす。

 

 甲高い音が響き、弾ける火花。

 ガチガチと音を立てる鍔迫り合いの中、ライと影の顔が接近し、予告なしの剣舞が始まった。

 

 急旋回する影の斬撃を斬り上げて弾き、

 その隙を突いて横に一閃。

 

 だが、やはり斬撃は通らない。

 影はライの攻撃を物ともせず抉るように突撃してくる。

 金属音。剣の刃が少し欠けたが、寸前で防御に成功する。

 

 ──マハガル! 

 

 今度はライが召喚したティターニアの疾風魔法が吹き荒れる。

 その暴風に押され一旦距離を取るバグベアーの影。しかし、向こうも風を操るだけあって、疾風に対しても耐性を持つようだ。荒れ狂う風の中、影はすぐさま距離を詰めてくる。

 

 そうして天地が回る暴風の中心で繰り広げられる幾重の斬撃。その一進一退の攻防は、再び鍔迫り合いに移行する事で終わりを告げた。

 

『──やはり、その力が気に入らないッ!』

「だったら、もう一度封じるか?」

『ああ、言われずともな!』

 

 突如、押し合いを止め、勢い良く上空へと飛び上がるバグベアーの影。

 そのまま天井すれすれを旋回し、安全圏からマカジャマを解き放とうとする。

 

(またアリサに回復を……)

 

 一端攻勢を止め距離を取るか、否か。

 ライに迫られた刹那の二択。アリサの回復を得るならそれしか道はない。だが! 

 

(……いや、距離は離さない!)

 

 直前で淀んだ空気の特性を思い出したライは、反対の答えを選んだ。

 右手の剣を地面に落とし、急ぎ銃を頭に押し当てる。

 

 “我は汝、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり。汝が心に芽生えしは法王のアルカナ。名は──”

 

「──シーサー!」

 

 ライを中心に吹き荒れる青き結晶の嵐。そして、召喚された黄色い狛犬、シーサーの大きな口からマカジャマと似た赤き光が放たれた。

 

 行動は影が先。だが、逃げた分だけ影の魔法は寸分遅い。

 マカジャマを発動する寸前、影はシーサーの赤光を浴びる。すると、唐突に動きを止め、その様子に変化が表れた。

 

『グッ、オオオォォォォオオオオ!!!! 巫山戯るな、貴様を殺させろォ!!』

 

 猛烈に怒り狂った影がスキルの発動も中断し、がむしゃらにライへと突撃する。

 ──激昂。シーサーが放った赤き魔法《バルザック》によって、バグベアーの影は我を忘れるほどの怒りに囚われたのだ。

 

 本来、状態異常を誘発する魔法はバグベアーの影の様な敵には効果が薄い。しかし、この淀んだ空気の中ではその限りではなかった。先ほどエリオットが分析したように、淀んだ空気は無差別に抵抗力を下げる。故にバグベアーの影もまた、状態異常に弱い状況となっていたのだ。

 

 最早、自分が何をしているかも分からないであろう影の突進を前にするライ。怒りの分、影の攻撃は強く荒々しいものだ。シーサーで受け止めるか? ……いや。

 

「ライ! 射線をあけて!」

 

 アリサの叫びを聞いた瞬間、ライは地を蹴り横へ跳んだ。

 刹那、光の矢が後方からバグベアーの影に突き刺さる。アサルトショット、今度こそ確実に命中した。

 

『アア、ァァァアア──!』

 

 無我夢中で暴れるバグベアーの影。

 そろそろバルザックの効果も消えるだろう。

 

 けれど、その一瞬前。

 

「隙は与えん!」

 

 ソールの矢に追従する形でガイウスが疾走し、その手の十字槍を持って影に突撃した。

 そのまま壁に衝突し、バグベアーの影は槍との板挟みに追い込まれる。しかし、ペルソナを持たないガイウスの攻撃では1ミリもその身を穿つ事は叶わない。

 

『ざ、残念だったな。褐色の男。貴様の攻撃は俺には効か──』

「いや、それはどうかな」

 

 嘲笑うバグベアーの影に対し、ガイウスは冷静に答えた。何を、と戸惑う影も、直ぐにその理由を知る事となる。

 

《今だよ、ミリアム!》

「まっかせてー!」

 

 ガイウスの後方からミリアムが、地面や壁を殴り砕いたアガートラムを伴い迫って来ていたからだ。

 グーで握るミリアムと連動し、その巨腕を振り被るアガートラム。そしてガイウスの直前で軸足に力を込め、十字槍の柄を目掛け、豪快に巨腕を叩きつけた。

 

 鍾乳洞を震わす轟音。

 刹那、ガイウスの槍はミリアムの攻撃となり、シャドウに対して有効な一撃となる。

 

『────ッッ、ァァアア!!!!』

 

 その壁をも砕く槍のパイルバンカーは、安々とバグベアーの影を貫き、鍾乳洞の壁に深々と根元まで突き刺さった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

『……アァ? 止めは刺さねェのか?』

「お前には聞きたい事がある」

 

 影の周囲に5人が武器を構えた状況で、剣を拾い直したライが問いかける。

 聞くべきはシャドウ様の真実、そしてバグベアーの目的。本体の男が倒れてしまった為、この影に聞く他手段はないからだ。

 

『シャドウ様、か。……改造した"グノーシス"の噂も、順調に広まってるみたいだな』

 

 グノーシス? 聞き慣れない単語にライは聞き直した。だが、磔にされたバグベアーの影はただただ愉快に嘲笑うのみ。

 

『クク、答える訳ないだろ。我は影、真なる我……。既にあの男とは別の存在になったが、俺もバグベアーのリーダーである事に変わりはない』

「拒否権があるとでも?」

 

 剣を突きつけ、冷酷にそう言い放つ。

 証言か、死か。この影にこの2択が通用するか定かではないが、少しでも情報が欲しいライ達にとっては、こうする他方法がない。

 

 それでもバグベアーの影は笑っていた。絶体絶命の局面においても、ただ醜く、皮肉に満ちた笑いを延々と続けている。

 

『ククッ、クククク……。何なら教えてやるよ。俺が依頼された内容とはペルソナ使いの力を確かめる事。この意味が分かるか?』

「──ッ!? まさか」

『ああそうだ! 力を確かめるには依頼人本人がこの場にいなければならない! つまり、俺にもいるんだよ! 貴様らと同じく援軍がなァ!!』

 

 バグベアーの影が叫ぶと同時に、磔にする槍へと強い疾風が襲いかかった。この槍を折らんとする魔法はこの影の攻撃ではない。間違いなくこれは、影に味方する第3者の援護射撃! 

 

 粉々に砕ける槍、自由となったバグベアーの影。

 突然の行動に身動きが取れないライの首目掛け、羽根の刃を光らせる。

 

『油断したな! これで、終わ──』

 

 しかし、影は不自然なほどに冷静なライを視認して、思わず言葉を止めてしまった。

 

「旧校舎とケルディック、それと今回……」

『──何?』

 

 ライの脳裏に浮かぶのは過去2度の戦い。

 4本腕のシャドウとマルコの影、そのどちらも勝利を目前にして反撃を許した。その苦い経験は、強くライの記憶に彫り込まれている。

 

「──3度目があると思うな」

 

 ライの鋭い瞳がバグベアーの影を貫いた。

 

 その瞬間、バグベアーの影の側面から特大の衝撃が襲い掛かる。ライを攻撃しようとしていた影は、哀れにも地面へと突撃してしまった。

 

『さ、更なる増援だと!?』

 

 バグベアーの影は地面から顔を上げ、そして気づく。先ほど戦ったいた相手の内1人、ポニーテールの少女の姿がいつの間にかなくなっていた事実に。そう、反撃を目論んだ影の行動は、既に読まれていたのだ。

 

「油断したのはそなたの方であったな」

 

 バグベアーの影を叩き落とした張本人、ラウラが大剣を振るいながら微笑む。ラウラが離脱したタイミングは即ち嵐の中の剣舞だ。あのインファイトには、影の視界を奪う目的も有していたのである。

 

 かくして影の反撃は失敗した。

 拘束を脱した以上、このシャドウを野放しにする理由は何もない。

 

《体勢を崩した。今だよ皆っ!》

 

「ああ、行くぞアリサ、ミリアム!」

「ええ!」

「りょーかい!」

 

 エリオットの合図のもと、バグベアーの影に攻撃を与えられる3者が止めの準備に入る。

 2人は己のペルソナを召喚し、ミリアムはアガートラムを巨大なハンマーに変形させ、そして、3方向から同時に総攻撃を叩き込む。

 

 大気を揺るがす大鎚の一撃。

 淀んだ空気を切り裂く白光の矢。

 ジェット噴射を伴い地表を砕く白銀のハンマー。

 

 3方から放たれた攻撃が一点に収束したその時、巨大な土煙と共に、周辺の全てを吹き飛ばす程の衝撃波が吹き荒れた。──3者の力が合わさり、何倍もの火力となったのだ。当然、中心にいたバグベアーの影は跡形もなく消滅する。

 

「……これが、群れの可能性だ」

 

 1人より2人、2人より3人、仲間が力を合わせれば可能性が広がる。絆が限界を超える力となる。であるならば、1人で無茶をする道理は何処にもない。これが、1人の青年が描き出した回答であった。

 

 静けさが戻る鍾乳洞の中。

 ライ達の戦いは、ひとまずの終わりを告げた。

 

 

 

 

 




シーサー:法王
耐性:電撃無効、火炎・光弱点
スキル:マハジオ、バルザック、マカジャマ
 沖縄県に伝わる伝説の獣。悪霊を追い払う魔除けの力を持ち、建物の門や屋根、集落の高台で人々を守っている。なお、口が開いているシーサーが雄で、口が閉じているシーサーが雌である。

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搦め手の描写は難しいですね。

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