心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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29話「現状分析」

 ――ピアノの音が聞こえる。

 

 ……瞳を開けると、ライはベルベットルームに座っていた。

 

 青い天井に、青い壁に、青い床。約1ヶ月ぶりに訪れた不思議な空間をライは見渡す。

 確か昨夜は宿に帰ってラウラ達に簡単な説明をした後、すぐに眠ったはずだ。だとすれば、これはまた睡眠中に呼び出されたと言う事なのだろうか。

 

「おやおや、お久しぶりで御座いますな」

 

 そう考えていると、対面するイゴールが話しかけて来た。

 そのギョロリとした瞳はまばたきする事はなく、その体に関しても全く動く気配がない。相変わらず人間味のないご老人だとライは思う。

 

「昨晩、貴方は無事新たなる絆を育まれたご様子。……いやはや、素晴らしい。流石は無限の可能性を持つお方だ」

 

 イゴールは感慨深そうに、けれど全く感慨を感じさせぬ動きで空中をなぞった。

 すると中に3枚のタロットカードが浮かぶ。魔術師、星、恋愛の3枚のアルカナ。ライが築いたコミュニティの象徴であった。

 

「しかし、この度の試練はまだ終わってはおりませぬ。いや、むしろこれからが本番だと捉える事も出来ましょう……」

 

 イゴールの言葉を示すかの様に、新たな4枚目のカードが浮かび上がる。

 

「心しておく事だ。貴方はその試練で自身の矛盾と、友に対する信頼を問われる事になる」

 

 自身の矛盾と、……友に対する信頼?

 

 ライはその質問をしようとするが、言葉にはならなかった。

 何故ならイゴールの立場を思い出したからだ。あくまでイゴールの役目は手助けをする事であって、直接ライの道を定める事はない。選択し、責任を負うのはあくまでライ自身。そう言う契約なのだから。

 

 そう結論付けたと同時に、ライの視界がガクンと揺れる。

 

「おや、お目覚めの時間でございますかな」

 

 ぐにゃぐにゃと滲む視界。

 もう3度目だ、驚く事もない。

 

 けれど、先の質問とは別に、ライには聞くべき事があった。……このベルベットルームは何故列車の車内なのか、それを質問しようと考えていた筈だ。

 

 崩れゆく青い景色の中、ライはベルベットルームについてイゴールに問う。すると、

 

「ベルベットルームは、お客人の運命と不可分の部屋。この部屋で無意味な事など起こりますまい。……この部屋が列車の中であるのも、お客人の運命の象徴であると考えるのが自然でしょう」

 

 そんな答えが返ってきた。

 列車が運命の象徴? ……自身の意志に関係なく運命は進んでいく、と言うことなのだろうか。

 

「ふふふ、そう悲観なされるな。確かに一度乗ってしまえば、列車は線路と言う運命に沿って進んでしまう。されど、どの列車に乗り、何処で降りるのかはお客人の選択次第なのです。……それをゆめゆめお忘れ無き様、お気を付け下さい」

 

 運命、選択。

 目覚めへと移りゆくライの思考に、取り留めもない言葉が刻まれていく。

 

「どうやらこの場に留まるのも限界の様ですな。それではまた、ごきげんよう……」

 

 イゴールの言葉を最後に、ライの意識はベルベットルームを後にした。視界が白に包まれる――。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「――ねぇ〜、起きてよ〜〜!」

 

 ライの目覚めは、そんな可愛らしい声と共にあった。

 

 腰の辺りに感じる柔らかくて暖かな重み、ゆさゆさと揺らされる身体。例え寝起きの朧げな意識であっても、この状況が誰かに起されていると言う事実は考えるまでもなく分かる。

 

 半覚醒状態にあったライは、取り敢えずおもむろに上半身を起こした。

 

「あはっ! やっと起きてくれた!」

「……ミリアムか」

 

 ライの腰の上で馬乗りになり、ライの胸板に両手を乗っけて体重を掛けるミリアムの満天の笑顔が、視界一杯に飛び込んできた。

 

 ――と、言うか近い。吐息が顔にかかるくらいにミリアムとの距離が近い。後、ミリアムが座っている場所も限りなくアウトに近い。まるでライの体に寄りかかっている様な体勢のミリアムを見て、ライは微かな頭痛に駆られた。

 

「とりあえず、早く降りろ」

「へ、なんで?」

「何でもだ」

 

 ミリアムの両腋を持ち上げて、ベットから立ち上がる。

 

 全く、何で誰も苦言を言わなかったのか。

 ……いや、そもそも今回の部屋は男女で別だった筈だ。何故ミリアムがここにいるのかと言う疑問を覚えたライは周囲を見渡し、そしてエリオットとガイウスの2人が既にいない事に気がついた。

 

「これは……」

 

 もしや寝坊か? いや、ARCUSで時間を確認しても出発の時間より早い。窓から差し込む太陽もまだ明け方だと指し示している。ライは何かあったのかと言う視線をミリアムに向けた。

 

「えっとね。時間的にはまだまだダイジョーブなんだけど、今ボクたちに客が来てて、皆そっちに行ってるんだ」

「客?」

 

 特別実習中のB班に客人とは珍しい、とライは寝起きの頭で考えながら、ベッド脇に折り畳まれた制服を広げる。だが――

 

「そ、ハイアームズ侯爵だよ!」

 

 ミリアムの一言で、ライの眠気が一気に吹き飛んだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 宿の一階、内部に設けられた食堂にミリアムと並んで訪れたライは、貸し切りのテーブルで優雅に朝食を取るハイアームズ侯爵を目撃した。

 向こうもライとミリアムに気がついたのか、ナイフとフォークを行儀良く置いてライへと視線を向けて来る。

 

「おはよう、昨夜はよく眠れたかい?」

「お陰様で」

 

 宿の手配をしてくれた手前、ライは軽く礼をする。

 けれど別にこれはお世辞ではない。流石は四大名門が手配した宿と言うだけあって、部屋の広さからベットの柔らかさに至るまで、何もかも一流の設備であったのだ。昨日の騒動のせいでほとんど利用出来なかったのが悔やまれる。

 

 ハイアームズ侯爵との会釈を終えたライとミリアムは、ひとまず同じテーブルに座るアリサ達の近くに腰を下ろした。

 

「おはよう、ライ」

「おはよう。……眠そうだな」

「そりゃ、昨日はあんだけ走り回ったんだから当然でしょ」

「確かに」

 

 アリサも表面上では平気な顔を装っていたが、その目がうとうととしていた。それほどまでにセントアークを走り回ってシャドウとも戦った疲れは、2人の体に深く溜め込まれていたのである。

 

「――さて」

 

 ハイアームズ侯爵が全員揃ったB班を一望して話を切り出す。

 

「今日私が訪れたのは他でもない。昨日、君達が会ったと言う武装集団について、情報を聞かせて貰おうと思ったからだ」

「えと、武装集団? ……いや僕達も大変な事だって思いますけど、何で公爵様が直々に?」

 

 ハイアームズ侯爵の話に戸惑うエリオット。

 確かにそうだ。領主として不安要素を取り除きたい気持ちは分かるが、それは領邦軍を寄越せば良いだけの話。忙しい侯爵がわざわざ宿を訪れる理由にはならないだろう。

 

 そんなライ達の疑念の篭った視線を浴びるハイアームズ侯爵は、やれやれと肩をすくめた。

 

「……そう言えば、まだ君達に話していなかったね。まずはクレイグ中将から貰った武装集団の情報について伝えねばならない様だ」

 

 オーラフがセントアークに訪れた理由、それを聞けば納得するだろうとハイアームズは言う。故にライ達は、侯爵からその情報について話を伺うのだった。

 

 …………

 

「……シャドウの裏に武装集団? 今まで聞いた事もないぞ」

「けどラウラ。"シャドウ様"って噂が流れている以上、それを流した人間がいる筈よ。あのバグベアーが関わっていたとしても、別におかしくはないんじゃない?」

「ふむ、確かにアリサの言う通りだ。しかし――」

 

 "何故、正規軍は我々にも黙っていた?"

 

 ラウラが抱いたその疑問は、決して解ける事なく彼女の心に刺を残す。

 シャドウ調査の協力者である正規軍は、果たして本当に味方なのか。その答えを持つものは誰一人いなかった。

 

 それに疑問は何も正規軍に対するものだけではない。領邦軍に関する疑問を感じたガイウスがハイアームズ侯爵に問いかける。

 

「――侯爵、何故正規軍と共同で捜索を行わないのですか」

「その答えは単純だよ、ヴォーゼル君。ここセントアークは私が治めるサザーランド州の中心だからだ。例え緊急事態であろうとも、対立する正規軍の戦力を安易に呼び込む訳にはいかない」

 

 紅茶を飲みながら、そう説明をするハイアームズ侯爵。尤もな理由だ。しかし、侯爵の人当たりの良い笑顔を見ていると、何やら裏がある様に思えてならない。

 

「それだけの理由で?」

「……ほう、君は中々鋭いね。アスガード君の言う通り、私達には正規軍に動かれる訳にはいかない"事情"がある。だから、クレイグ中将と協力関係を結んだ今であっても、正規軍にはお引き取り願っているよ」

 

 ハイアームズ侯爵は臆する事なくそう断言した。ライ達を通じて正規軍に伝わるとは考えていないのだろうか。いや、あえて話して正規軍に対する牽制を狙っているのか。ライ達にその意図を察する事は出来ない。

 

「まぁ、件の武力集団もそれを理解しているからこそ、このセントアークに身を隠したのだろうがね」

「……話は分かりました。"領邦軍"であの集団を捕らえる為の手がかりが欲しいという事ですか」

「話が早くて助かるよ。では早速、君達が昨日目撃した出来事について教えて貰えるかな」

 

 ハイアームズ侯爵は優しく、けれど拒否を許さない凄味を携えてライとアリサに頼み込む。

 当然ライ達に拒否権はないのだ。ライとアリサは一度お互いに顔を見合わせ、ペルソナの事をぼかしつつ昨日の出来事について話し始めた。

 

 …………

 

「……なるほど。では、迷子を探した先でそのバグベアーと名乗る猟兵と出会い、目撃者である君達を消そうと追跡してきた、と」

「ええ、そんな流れかと」

 

 テーブルの上に広げられた旧都の地図と鍾乳洞の分布図に指を差しながら、アリサは一連の報告を終える。すると、ハイアームズ侯爵は興味深く感じたのか、「ふむ……」と神妙な表情で何やら考え事を始めた。

 

「う~ん。でも、バグベアーって名前、情報局でも聞いたことがないなぁ……」

「多分、猟兵団(イェーガー)を目指す傭兵集団なんだと思うわ。だって枕詞に"未来の"とか付いてたし」

「あ~なるほど。よーするに"落ちこぼれ"って事かぁ」

「ミ、ミリアム……」

 

 ミリアムの歯に衣着せぬ言い方にアリサは苦言を漏らすが、否定はしない。

 いったい猟兵と傭兵に何の違いがあるのかと、ライは小声でエリオットに問いかけた。

 

「……猟兵団は傭兵集団とは別物なのか?」

「ああ、そっか。ライは知らなくても無理はないよね。――猟兵団ってのは一言で言ってプロの傭兵集団の事だよ。特に優秀な傭兵を指す称号みたいなもので、ミラ()さえ払えばどんな仕事だってする人達なんだ」

「称号、か」

「だから、猟兵団を名乗るには相応の戦果や知名度が必要みたいだね。……えと、帝国じゃ《赤い星座》や《西風の旅団》とかが有名かな」

 

 相応の戦果や知名度、と言う事はあのバグベアーは戦闘の場を欲しているのだろう。……なら、最近のシャドウ事件に関係していても、何らおかしな話ではない。

 

「しかし、参ったね。手先である兵士はともかく、指揮は相当優秀みたいだ。――これはもうセントアークにはいないかもしれない」

「へっ、どうしてですか?」

「潜伏先としてこの場所は都合が悪くなってしまったと言う事さ。例え目撃者は排除したと思っていたとしても、見つかった事には変わりない。優秀な指揮官であるなら既に次の潜伏先を想定している頃だろう。……まぁ、何か別の目的があるなら話は別だがね」

 

 今のところそう言った情報は入っていないと、ハイアームズ侯爵は締め括った。

 

(――別の目的?)

 

 ライは今の言葉に引っかかりを感じた。

 けれど、侯爵は既に物陰に待機させていた領邦軍を呼び出して話し合いを始めていおり、問いかける機会を逃してしまう。

 

「ひとまず、街から出るルートに検問を張るとしよう。捕縛は不可能でも行動を大いに制限できる。同時に幾つか罠を張って――……」

 

 傍目を憚らず、いや、侯爵の事だから対策はしているのだろう。

 ……ともかく、そんな真面目なやり取りをしているハイアームズ侯爵に向かって、1つ影が近づいていった。

 

「ハイアームズ侯爵、その捜索に我々も加わられては貰えないだろうか」

 

 それは姿勢を正すラウラであった。

 

「どうした、突然」

 

 ラウラの唐突な行動にライが疑問を呈した。

 するとラウラはポニーテールが舞う速さで振り返り、捲し立てる様にライに向けて言葉を並べ立てる。

 

「どうした、だと? ――当然の事だろう! 猟兵とはミラさえ得られるならば、無害な住民を虐殺する事すら喜んでやる者達なのだぞ! その様な外道が街に潜んでいるとなっては、無視など出来よう筈がないっ!」

 

 むしろ参加しない方がおかしいと言いたげな剣幕だった。……まぁラウラは自身の武に正道を見出している。恐らくミラの為に殺しを請け負う猟兵を、ラウラは心の底から許せないのだろう。無論、その猟兵を目標として振る舞う存在も。

 

 だが、ラウラが如何に正道を貫こうとしても、侯爵の意思はまた別である。

 

「残念ながら答えは"否"だよ。これは私達の問題だからね」

「ですが!」

「それに君達はあくまで勉強中の学生だ。義を為すのは卒業してからでも遅くはないんじゃないかい?」

「…………承知しました」

 

 ラウラは渋々と言った様子で引き下がる。

 それを見たハイアームズ侯爵はうんうんと頷くと、懐から人数分の封筒を取り出した。昨日も見た、特別実習の内容が書かれた資料であろう。

 

 ライ達は大人しく封筒を受け取る。するとハイアームズ侯爵は席を立ち、領邦軍を引き連れて宿の出口へと向かい始めた。

 

 そしてドアに手を掛けたその時、ハイアームズ侯爵はふいに足を止める。

 

「――ああ、そうだ。また機会があったらバグベアーから逃げ延びたその手段、是非とも聞かせて貰いたいね」

 

 宿の空気が一瞬で固まる。

 そんな中、当の本人は言いたい事を言い終えると、揚々とした態度で宿を後にした。

 

 

 ……本当に、底の見えない人物であった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 5月30日、セントアーク市内。

 

 封筒に書かれた今日の依頼を読みながら、ライ達は赤煉瓦の市道を歩いていた。天気は今日も良好で、空の青と建物の白の対比が際立っている。けれど、皆のテンションはそんな景色とは裏腹に暗いものであった。

 

「……僕達、このままでいいのかな?」

 

 とぼとぼと歩くエリオットが小さい声で呟く。

 ラウラ程ではないが、領邦軍に事件を任せたまま関係ない依頼をこなして行くのは気分の良いものではない。バグベアーがシャドウに関わっていると言うのなら尚更だ。

 

「ライよ。今からでも私達で協力出来ないだろうか」

「断られるのが関の山だ」

 

 あの様子を見るに許可を貰うのは不可能に近いと、ラウラの提案を一蹴する。すると今度はミリアムがぴょんと近づいて来た。

 

「ねぇねぇ、だったらボク達だけで探そうよ! それだったら止められる事はないよね!」

「いや、ハイアームズ侯爵の言葉を聞く限り、それも難しそうだ」

「罠を仕掛けると言う話だな。同じ目標を追う場合、我々が引っかかってしまう可能性もあると言う事か」

 

 ライの返答を継いだガイウスがそう締めくくる。

 

 そう、今の状況だと下手な行動は領邦軍の足を引っ張る可能性が高い。だからこそ、バグベアー捜索を行うには領邦軍との協力が必要なのだ。そしてその合否はラウラへの返答で既に出ている。

 

 ……もしかしてハイアームズ侯爵はこの為に、わざとライ達の前で領邦軍と話し合いをしたのだろうか。

 

 しかし、だからと言って諦めきれる訳ではない。ライ達は天高く昇る太陽の下、方法はないものかと歩きながら考え続ける。そして、例の噴水広場に差し掛かったとき、アリサがおもむろに口を開けた。

 

「……直接じゃなかったら、私達も協力出来るんじゃないかしら。例えばバグベアーの居場所を報告する、とか」

「え、もしかしてアリサは手がかりを掴んでるの?」

 

 エリオットの尤もな問いに対し、自信がないのか視線を右往左往するアリサ。だが、覚悟を決めたのか、ゆっくりと思った事を口にし始めた。

 

「いえ、手がかりって程じゃないんだけど、さっきの侯爵の話の中で気になる言葉があったのよ。ほら、"別の目的"ってやつ。あれがどうにも気になって……」

「アリサもか」

「――って事はライも? なら、私の勘違いって線はなさそうね」

 

 アリサはホッと胸を撫で下ろすのを他所に、ライ達はこの状況に可能性を見出していた。

 

 直接バグベアーに遭遇した2人が、同じ言葉に引っかかりを感じたのだ。……これは、間違いなく何かある。

 

「ならば、2人が見たバグベアーの様子の中に答えがあるのではないか?」

「え〜と、ごめんなさい。その後にあった出来事が強烈すぎて詳しい内容とか覚えてないのよ」

「昨日はあの子の救出、と言う目的もあったからな」

 

 いくら思い出そうとしても、雇用主、秘密と言った幾つかのワードしか頭に浮かんでこない。

 

 するとその時、ミリアムが勢い良く手を振り上げた。

 

「それじゃあさー、今回の流れを振り返ってみるってのはどうかな? その最中に何か気づくかもしれないし!」

 

 ライ達はミリアムの提案を聞いて足を止める。

 

 顔を見合わせる6人。

 そして結局、その提案がB班の方針となった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ライ達は今、近くにあった例の噴水広場に集まっていた。アリサとミリアム、ラウラの女性3人が噴水の縁石に座り、ライ達男性3人がそれに対面している。

 

 そんな中、話し合いの場が出来上がった事を確認し、ライは生徒手帳の自由記述欄を開いた。

 

「――まずは今月の19日、シャドウが帝国東端のガレリア要塞を襲った事が始まりだ」

「うわぁ〜。何だか探偵っぽいね!」

 

 そこ、いきなり話の腰を折らない。

 

「あはは。……えと、そこで背後にいたバグベアーは父さん、第4機甲師団に見つかって交戦したんだよね」

「結果はシャドウの撃退、つまりはバグベアーの敗走で終わったのだったな」

 

 エリオットとラウラの言葉通りに手帳に記入していく。ここまでは事実と見て間違いはないだろう。

 

「そして、バグベアーはここセントアークまで逃げて来た、と」

「……む、少々不自然ではないか? 何故彼らは東端のガレリア要塞から東の州都バリアハートではなく、態々南西部にあるセントアークに?」

「あぁ、なるほど。ガイウスの疑問も尤もよね。バリアハートのアルバレア公爵ならそもそも正規軍との協力が成り立たないでしょうし、バリアハートの方が潜伏しやすいと思うわ」

 

 なら、何故バグベアーは遠くのセントアークまで来たのだろうか。

 

「考えられるとすれば、正規軍に追われバリアハートを通り過ぎてしまったか、もしくは――」

「"別の目的"があったか、だよね」

 

 広場が静まり返る。

 キーワードがいきなり話題に出たからだ。

 

 セントアークに彼らが来る事になった原因、それを考えたアリサの脳裏に昨日の会話が蘇った。

 

「……思い出した。あの子を見つけた時、バグベアーは何かを探しているみたいだったわ」

「何かを?」

「それはちょっと分からないわね。彼らも直接は言ってなかったから」

 

「なら、次はその"何か"についてか」

 

 今の流れを手帳に書き込みながら、ライは呟いた。同時に思考の中でバグベアーの話が鮮明に蘇える。

 

『へぃへぃ、分かりましたよ。……ったく、普段は無口で影が薄かったてのに、文字通り"影"になった途端べらべらとしゃべる様になるなんてよぉ。おかげで秘密が漏れるかもしれねぇ状況になっちまいやがった』

 

「確か、秘密を漏れるのを危惧している様子だった」

「それじゃあ、裏切り者でも出たのかな?」

 

 裏切り者。そうだ、バグベアーは確かにそう言っていた。文字通り影になった途端喋る様になったと。

 

 文字通り、影?

 

「……アリサ。昨日出会ったシャドウ、妙に口が軽かったな」

「え、ええ。そうだったわね。――って、まさか!?」

「そのまさかだ」

 

 昨日起こった出来事が1本の線に繋がった。

 

 バグベアーはあのお喋りのシャドウを追っていたのだ。シャドウを通して秘密が漏れるのを防ぐ為に。

 

「で、でも、それなら尚更もうセントアークにいないんじゃない? シャドウは私達が倒しちゃったんだし」

「いや、逆だ。倒されたシャドウは形跡を残さず消滅する。彼らにそれを知る術はない、と思う」

「だったら、彼らは今も探しているって事? シャドウが既にいない事も気づかずに……?」

 

 ――その可能性が高い。

 

 そして、この事はハイアームズ侯爵の予測とは異なっていた。領邦軍は逃走経路を封じるのではなく、市内の要所を監視するべきだったのだ。そう、シャドウが出現した鍾乳洞の中などを徹底的に。

 

「わぁ、ホントに分かっちゃった……」

 

 目を丸くしてミリアムが驚く。

 自ら提案しておいて信じてなかったのだろうか。

 

 ともかく、これで1つの謎が分かった訳だ。

 それを確かめた時、エリオットがライに近づいてきた。

 

「後は領邦軍に報告しに行くんだよね? だったら、報告は僕に任せて貰えないかな」

「別に構わないが、どうした」

「この件には父さんも関わってるんだ。だから、出来る事なら僕が伝えに行きたい」

 

 ライはエリオットの目を見る。

 単純に父を手助けしたいのか、それとも別の思惑があるのかは分からない。けれど、真剣に伝言役を申し出た事だけは間違いなかった。

 

「後は任せた」

「うん! ライ達は先に依頼をこなしていてね!」

「ああ」

 

 大きく手を振りながら、エリオットは元来た道を駆けて戻っていく。ライ達はそれを静かに見送り、依頼に向けて歩き出した。

 

 

 ……バグベアーのもう一つの目的に、気づく事もなく。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「はぁ、はぁ……。もう少しで領邦軍宿舎かな」

 

 エリオットは領邦軍やオーラフがいるであろう宿舎に向けて走っていた。早くライ達が導いた情報を伝えると言う役目を果そうと、エリオットの頭はそれで一杯だった。

 

 ……だからだろうか、不自然なまでに人気がない事に気づかなかったのは。

 

 エリオットの行く手に、2人の男が立ち塞がる。

 

「あ、済みません。僕はそこを通りたくて――」

 

 その道を進む為に、男達に話しかけるエリオット。だが、男の返答は言葉ではなく、鋼の銃口だった。

 

「えっ……」

「赤い制服の生徒1名を発見した。次の作戦を教えてくれ」

 

 耳に付いた無線に向けて不穏な言葉を話す男。エリオットはようやく男達が何者であるか気がつく。

 

(もしかして、彼らは――‼︎)

 

 刹那、背後からの衝撃がエリオットを襲う。

 相手を気絶させる効果を持つ導力魔法《ソウルブラー》だ。いつの間にか背後にいた3人目を辛うじて目にし、エリオットは地面に倒れ込む。

 

 頬に当たる冷たい赤煉瓦の感触。

 何とか動こうとするエリオットの努力も虚しく、意識は深い闇へと落ちていった……。

 

 

 ――暗転。

 

 

 

 

 


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