心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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2話「異界、旧校舎」

 光のベールの向こう側、旧校舎の内部は外見からは想像出来ないような広い空間だった。内部は天井の見えないほどに広いホールのような作りになっており、所々にきらびやかな黄金の装飾が施されている。

 明らかに外見よりも大きな空間にライは困惑した。これの何処が旧校舎なのだろうか。ぬめりとした異様な空気がライを包み込む。

 

 トワから魔獣という存在を聞いている。ライは剣を構え、周囲に気を配りながら先に進む事にした。

 物音1つ聞こえず、ライの靴が冷たい床を叩く音だけが反響している。何の気配も感じられない。魔獣の気配も、人の気配もだ。ライは緊張の糸を少し緩め、ホールの奥に見える通路へと向かう。

 

 通路の入り口、アーティスティックな柱に彩られたアーチまで来たライは物影に見覚えのある鞄が置かれている事に気がつく。おそらくトワが置いたものだろう。まだここにあるということは、トワは先に進んだまま戻っていない事になる。

 

(行くしかない、か)

 

 ライは改めて通路を覗いた。奥は暗くなっていて見通しが悪い。だが、相当な広さがありそうだ。ライは鞄を肩にかけ、物影に気を配りながら奥へと走り出した。

 

 …………

 

 ……何分くらい走っただろうか。

 幸い道は一本道であるものの、代わり映えのしない通路が原因で同じところを走っているのではないかという錯覚に陥ってしまいそうになる。

 未だ人影どころか魔獣とやらも見えない。また、どう考えても旧校舎どころか町を横断しかねないほどの距離を移動している。これ以上闇雲に走るのはまずいかもしれないとライは感じ始めていた。

 

 と、そのとき。遠くで微かに銃の発砲音が聞こえる。

 止めかけていた足をもう一度走らせ、ライは通路の奥へと駆け出した。

 

 

◇◇◇

 

 

 突然通路を抜け、広い空間へと躍り出る。

 そこには背中合わせに立つトワとクロウの姿、そして周囲には数十もの仮面を付けた黒い影が蠢いていた。

 

「トワ! アーツの発動はまだかっ!?」

「もう少し!」

 

 クロウはその言葉を聞くと、白と黒の2丁拳銃を構え、影に向かって豪快に掃射する。

 

「こいつでどうだっ!!」

 

 ——クイックバレット。2つの銃口から放たれた無数の銃弾が雨となって影の集団に襲いかかった。

 

「……ちっ、やっぱ効かねぇか」

 

 しかし、影は何事もなかったかの様に起き上がる。その姿に傷1つ見当たらなかった。

 それを確認したクロウはもう見飽きたと言わんばかりに銃を持ち上げた。と、同時にトワの周りに渦巻いていたエネルギーが勢い良く収束する。

 

「行けるよ!!」

 

 そのかけ声と共に、トワは手元の機械を前へ突き出した。

 ——クリスタルフラッド、機械から放たれた膨大な冷気が地を駆け抜け、一瞬で氷河の世界へと変貌させる。その上にいた影もまた凍てつく氷の中へ閉じ込められた。

だがそれも一瞬の事、すぐに内側から氷を割り影が這い出してくる。

 

「これもダメ、なの……」

「くそっ、どうすりゃいいんだよ!」

 

 飛びかかる様に迫り来る影にクロウは銃床で殴り飛ばす。だが依然としてダメージは与えられず、無数の影による包囲網もだんだんと狭まってきた。2人の顔には疲労の色も見えている。このままじゃ2人は奴らの餌食となってしまうだろう。

 そう感じ取ったライは駆け出していた。その手には鞄に入っていた1つの球体。無意識に取り出したそれを迷う事なく戦いの中心へと投げつける。

 瞬間、大量の煙が視界を覆う。

 その中をライは記憶を頼りに全速力で走り抜け、2人の腕をつかみ取る。

 

「なっ!?」

「ライ君っ!?」

「時間がない、話は後で!」

 

 そのままの勢いで急いで引き返し、煙が晴れる前になんとか元の通路へと駆け込んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

「……まあ、とりあえず助かったぜ。ありがとよ」

 

 通路の中、シンプルな道の曲がり角に身を隠す様に3人は座っていた。今は2人の体力が戻るまで移動する事は出来ない。通路の影から部屋を伺いつつ、2人に休憩するよう促した。

 

「……やっぱり来ちゃったんだね」

「ええ、嫌な予感がしたので」

「うん、そんな気はしてた。でも約束を破っちゃダメなんだよ!」

「すみません」

「その辺にしておこうぜ。こいつが来て助かったのも事実だしさ」

 

 クロウは得物の銃に損傷がないか調べながらもライに助け舟を出す。トワはまだなにか言いたげだったが無理矢理納得して口を閉じた。それを見てライは部屋の監視に戻ることにした。未だに部屋内を多くの影が蠢いている。

 

「そういやさっきの煙は何だ?」

「恐らく煙玉です。鞄の中に入っていました」

 

 説明するためにライは鞄を持ち上げる。クロウはそれをじっと見つめてきたが、直に視線を銃へと戻した。今度は反対にライが口を開く。

 

「あの黒い影はいったい」

「そりゃこっちが知りたいぜ。当たりはするが、まるでダメージが通らない。アーツに関しても効かないときた」

 

 2人は思い出しながら苦い顔をしていた。どんな攻撃をしようとも、何事も無かったかのように迫り来る敵。影単体がそれほど強くなかったのが幸いだった。そうでなければ既に2人はここにいないだろう。

 しかし、今の会話でライにとって分からない単語が出てきた。

 

「……アーツとは?」

「あ、ごめん。記憶喪失だったもんね。……えーと、アーツっていうのは導力オーブメントを使って発動する魔法のようなものだよ。火水風土の下位4属性と幻空時の上位3属性、合わせて7属性の魔法が使えるの」

 

 そう言ってトワは自身の戦術オーブメントと呼ばれる機械を取り出し、カバーを開ける。その中には大きな宝石と小さな結晶が6つはめ込まれていた。

 

「これが戦術オーブメント。たしかライ君の鞄の中にも入っていたはずだよ」

 

 ライは鞄の中を漁る。するとすぐに同じ機械が見つかった。違うところがあるとすれば、中に宝石も結晶も入っていないというくらいか。

 

「中の結晶はクォーツって言って、オーブメントの中にある七耀石(セプチウム)から取り出した導力ってエネルギーを使って、アーツを使用したり身体能力を高める事ができるんだ」

「……俺が予備を持ってるから入れてみな。アーツは通じなかったが、身体能力の強化は必要になるはずだ」

 

 クロウから大小2種類のクォーツを受け取る。角度を変え眺めてみるが、別に特別な構造は見当たらない。しかし、それらをオーブメントの穴に入れると体の芯が熱くなるのを感じた。心なしか体が軽い。

 ライが体の変化を確かめていると、クロウが思い詰めた顔をして質問してきた。

 

「ライ、ここに来るまでに奴らにあったか?」

「いえ何にも。……ここは引きますか?」

「そうしたいのは山々だが、もう少し奴らを探りてぇな」

 

 クロウはそう言って部屋の方向を睨みつける。正体不明、対処法不明の魔物が学院のすぐ近くに蠢いている事が無視出来ないのだろう。危機的な状況を脱した今、彼の意識は黒い魔物の謎に向けられていた。

 だがその言葉にトワが反対の姿勢をとった。

 

「ううん、ここは戻ろう? 今のわたしたちじゃ何もできないかもしれないし、先生達を呼んで体制を整えた方がいいんじゃないかな。……それに——」

 

 トワの大きな瞳はライへと向けられていた。その顔には心配そうな表情が浮かべられている。それを見たクロウは思わず反論の口を閉じてしまうのだった。

 

「……そうだな、ここは戻るとすっか。ライもそれでいいな?」

 

 ライも頷き肯定の意を示す。ライとしても丸一日寝ていたために本調子ではないのは分かっていた。

 うしっ、というクロウのかけ声を皮切りに3人は立ち上がる。まだ先輩2人の体は重そうだが、動ける程度には回復したようだ。3人それぞれが互いの状況を確認し合うと元来た道へと走り出した。

 

 

◇◇◇

 

 

 3人は装飾の施された通路を駆け抜ける。左右に入り組んだ異様な通路。突然の事態に備えクロウを先頭に、全体の援護の可能なトワを後方、そしてライを中央に置いた陣形である。今のところ順調、だがライの中に違和感が生まれる。

 

「……おかしい。確か道は直線だったはず」

「ん? どうしたライ」

 

 ライの独り言を聞いたクロウは前方に意識を向けたまま聞き返す。トワも気になったのかライの顔へと視線を向けた。

 

「行きは直線でした。だけど今は入り組んでいる」

「もしかして道を間違えちゃったの?」

「いや、分かれ道はなかったはずだぜ。それに確かに俺たちのときとも道が違う。もしかしたら道が変化しているのかも知れないな」

 

 このまま進んでも入り口に戻れないかもしれない。そんな不安が3人の心に芽生える。だが他に道がない以上、このまま進むしかないのだ。不安に駆り立てられる様に3人の足も自然と速くなっていく。

 

 そして突然、開けた空間へと躍り出た。入り口のホール。否、先ほどと似た部屋だ。反対側に道が続いている。そして案の定、壁から黒い影が這いずりだしてくる。

 周囲が黒く染まっていく中を全力で駆け抜ける。だが間に合わない。

 

「またかよ! ライ、煙玉はまだあるか!?」

「残り2つ!」

 

 再度視界が煙で覆われる。その中を突っ切り、なんとか反対の通路へとたどり着く。回復したばかりの体には相当こたえたのか2人は壁に手をつき、息を整えていた。

 

「はあ、はあ、……こりゃトワの言う事聞いて正解だったな。一分一秒ここにいたくねぇ」

「そう……だね……」

 

 残された煙玉は後1つ。これ以上影に遭遇しない事を願うばかりだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ——数分後、再び開けた空間へと出た。広いホールのような空間。間違いない、今度こそ入り口だ。

 

「ははは、ようやくたどり着いた。……はぁ、早くここから出ようぜ」

 

 クロウはそう言うとふらふらと入り口のドアへと歩き出す。残されたライとトワも続いて歩き出した。

 だが中程まで来たところで、ライは頭に微かな痛みを感じた。思わず歩を止めたライに気づき、少し前を歩いていたトワが心配そうに振り返る。

 

「ライ君、大丈夫?」

 

 ただの頭痛か。いや、違う。何か危険が迫っている。ライにはそう感じた。

 左右を見回すが変化はない。ならば、上か!

 ホールの天井を見上げたライの目に映り込んできたのは這い出してくる巨大な影。当然他の2人は気づいていない。ライは思わず敬語も忘れ、大声で叫んだ!

 

「上だ、避けろ!」

「え? ……っ!!」

 

 一瞬天井を見上げる2人。落ちてくるその存在に気づくと反射的に飛び引いた。少し遅れて巨大な質量が轟音と共に着地する。

 そこに居たのは全長4メートルを超えるような巨大な人型の魔物。非生物的な長い4本の腕を携え、顔のあるところには黒い影と同じような仮面が付いている。これも、奴らと同じ正体不明の魔物なのか。

 

「くそっ! ここまで来て大物かよ!?」

 

 2丁拳銃を構えるクロウ。同時にライへとアイコンタクトを図る。そう、目的はここからの脱出。別に戦う必要はないのだ。

 それを読み取ったライは即座に煙玉を取り出し、クロウの牽制と同時に魔物に叩き付けた。だがここは広すぎるため、すぐにこの煙も四散するだろう。3人は急いで入り口へと駆け出す。だが——

 

(こっちを見ている?)

 

 ライは濃い煙の向こうから強烈な殺気を感じた。危ない、そう直感で感じたライは近くを走るトワを抱え込みながら跳び、地面に転がる。

 その瞬間、2人の頭上を巨大な腕が通り過ぎる。風圧でかき消される煙、当たればひとたまりもない。

 

「大丈夫ですか、ハーシェル先輩」

「……うん、ありがと」

 

 トワに目立った怪我のないことに安堵するライ。だが息をつく暇はない。ここは魔物の目と鼻の先なのだ。倒れて動けないライ達を潰そうと魔物はその両椀を天高く振り上げる。

 

「そうはさせるかよ!」

 

 振り下ろす寸前、クロウが放った2つの銃弾が正確に影の足の関節へと命中する。急所を突かれたことによって大きくバランスを崩し、腕はあらぬ方向へと振り下ろされた。粉々に砕かれる石の地面。その威力にライは思わず冷や汗をかいた。

 だが驚いてばかりはいられない。せっかく生まれたこの隙を生かさなくてはいけない。ライは急いで立ち上がろうとし、同時にエネルギーが近場に集まっている事に気づく。

 何事かと視線を下ろすライ。そこには倒れた姿勢のまま導力オーブメントを構えたトワがいた。彼女は既に行動していた。ここから脱出するための次なる一手を。

 

 アーツ発動。放たれた緑の奔流は魔物ではなく2人を包み込む。

 

「これは……」

「風属性のアーツ、シルフィード。一時的に脚力を強化するアーツだよ。足を止めないとアーツを使えないからこんなタイミングになっちゃったけど、これならあの魔物からも逃げられるはず……。さ、行こう! ライ君!!」

 

 2人は弾かれる様に立ち上がり、入り口へと疾走する。体が軽い。一瞬で魔物の攻撃範囲から抜け出した。

 

「こっちだ!」

 

 入り口で銃を構えながら叫ぶクロウ。そこまで後30m、20m、10m……!

 

 と、そのときライの視界が暗くなる。

 反射的に携えていた剣を両手で盾にする。瞬間、剣はへし折れ、ライの体が紙切れのように吹き飛んだ。

 あの巨体だから足は遅いものだと勘違いしていた。魔物は強化した脚力をあざ笑うかの様に追いつき、横殴りにライを吹き飛ばしたのだ。

 

 壁に叩き付けられるライ。

 肺の中の空気が吐き出され、一瞬意識が飛ぶ。

 そのまま地面に崩れ落ちたライは、震える手、痛む体を酷使してゆっくりと上半身を起こす。

 

 ……そこには予想外の光景が広がっていた。

 入り口の前にいたクロウも、ライの前を走っていたトワも、2人は問題なく安全圏まで行けたはずだ。

 だが、今2人は魔物の前に立っている。そう、ライをかばう様に背を向けて、逃げる事を止めた様に堂々と。

 

「ライ君、大丈夫!? 動けるなら今のうちに逃げて!」

「ここは俺たちで食い止める。なぁに、俺たちは上級生なんだ。こんくらい朝飯前だ!」

 

 ライに逃げるよう促す2人。だが、微かに見える2人の顔には悲痛な覚悟が浮かべられていた。負けるわけにはいかない。だが勝てる方法が分からない、そんな覚悟が。

 

(俺はここで逃げるべきなのか? あの2人を見捨てて?)

 

 ライは困惑していた。自身すら忘れた自分を、知り合ったばかりの自分を助けようとする2人の行動に。

 同時に悔しかった。2人の助けになろうと追いかけたにも関わらず、結局は死地へと誘う原因となっている事に。

 

 気がつけばライは立ち上がっていた。だが足は動かない。頭では逃げたほうがいいと分かっている。しかし、逃げたくない、逃げるべきではないとライの心は叫ぶ。いったいどうすればいい……。

 

 

 ————ドクンッ。

 

 突然体が跳ね上がる。無意識に懐に入れていた銀の拳銃をその手に握りしめていた。まるでそれが自然であるかのように。

 

 ————ドクンッ。

 

 体が熱い。銃を持つ腕が自然と持ち上がる。だが、この銃ではあの魔物に傷をつける事は出来ないはずだ。

 

 ————ドクンッ!

 

 いや、違う。この銃は相手を傷つけるものじゃない。これは、自身の覚悟を示すものだ。

 

 ————ドクンッ!!

 

 銃を自殺の様に自身のこめかみに当てる。

 その手は微かに震えている。だが、その顔は覚悟を決めた漢のものであった。

 爆発するような熱が体中を駆け巡る。頭に浮かぶは4文字の言霊。その全てを解き放つために全力で引き金を引いた。

 

「——ペルソナッ!!!!」

 

 パァンと、乾いた音が鳴り響く。

 ライの頭から吹き出したのは青く輝く結晶。大小様々な光が暴風を巻き起こしながら巻き上がる。

 そして形作られるは異形の人形。

 光り輝く強大な存在がライの上空に悠然とたたずんでいた。

 

 ライは頭の中で歯車のかみ合ったように感じた。今までが嘘の様に意識がはっきりする。もう現実感がなく無力であったライは何処にも居ない。ここにいるのは1人の戦士だ。

 

 

 ——さあ、ここから反撃が始まる。

 

 


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