心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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またもや2話同日投稿です。


28話「正体不明の影」

「何なのよ! 突然っ!」

「分からない、だが──」

 

 崩落した鍾乳洞の瓦礫から現れたシャドウ。そのマーブル模様の球体が勢い良くライへと飛翔する。ライはそれを横に跳ねて躱し、着地と同時に自身の頭を撃ち抜いた。

 

「──ジャックフロスト!」

『ハハハ……! それで俺の口を封じたつもりかァ!』

 

 壁で跳ね返るシャドウ。ジャックフロストが生み出す氷柱が寸前で躱された。

 

「シャドウは倒す」

「……ええ、今はあの子もいるんだし、それしかないわね」

 

 アリサは横目でソールに抱かれた男の子を確認する。

 大丈夫、今はじっとしてくれている。アリサは男の子をソールに任せ、導力弓をその手に構えた。

 

『ァァ、もう黙ってるなんてウンザリだ……! 言いたい事も言えない世の中など真っ平御免だッ!』

 

 球体のシャドウが、まるでしがらみから解き放たれたいと言わんばかりにもがき苦しむ。

 何だか分からないけどチャンス。そう思ったアリサがシャドウに向け弓を引き、灼熱の矢を解き放った。

 

 ──しかし、その矢がシャドウに当たる寸前、シャドウがビリアードの玉の様に弾けて動き出す。

 

「嘘、なにこの動きっ!?」

 

 シャドウが壁や天井を跳ね、縦横無尽に鍾乳洞内を跳ね回る。

 狙いを定められない。凸凹した鍾乳洞の形のせいで、移動に法則も何もあったものじゃないからだ。

 

 ならば、範囲攻撃ならどうだ? 

 シャドウの突撃をバックステップで避けたライは、ジャックフロストに命じ、シャドウがいる辺りにマハブフを解き放つ。森林を氷河に変えたあの魔法が、鍾乳洞の地面一帯を氷の剣山へと変貌させる。

 

 けれど、シャドウの描く軌跡が唐突に曲がり、魔法の範囲から脱した。

 

『ハハハハハ! そんな見え見えの罠に引っかかるか馬鹿野郎ッ! 経験の浅い青二才がァ!』

 

 まるで空中でドリフトでも決めている様な滅茶苦茶な軌道だ。

 ライを罵る声が四方八方から聞こえてくる。

 

「空中で軌道を変えられるのか」

「不味いわよ、ライ。このままじゃ鍾乳洞が……!」

 

 天井から降ってくる小石が肩に当たり、ライは冷や汗を感じた。

 シャドウが壁に当たる度、鍾乳洞全体が揺れていのだ。このままでは生き埋めになるのも時間の問題だろう。既に通れなくなった出口を見てライは静かに歯を噛み締める。

 

「って危ない!」

 

 ソールに向かうシャドウを目視したアリサが叫ぶ。

 今。男の子を抱えているソールは反撃することが出来ない。故にアリサはとっさにソールを反転させ、背中でシャドウの突撃を受け止めた。

 

 光となり消滅するソール、男の子はシャドウの眼前に投げ出される。

 

 怯えてその場から動けない少年。

 しかし、シャドウは近場の男の子には目もくれず、ライ達へとカーブを描きながら突撃して来た。

 

(──今のは?)

 

「ライ、もう1回リンクよ!」

「あ、ああ」

 

 シャドウの攻撃を横に転がって躱しながら、アリサは再びソールを召喚し、男の子へと向わせる。

 

 ……だが、何だ? さっきのシャドウの行動は。

 近場に男の子がいたと言うのに、まるで目に入っていない様に行動した。考えられる可能性があるとすれば、それはあの子がシャドウの標的ではない、と言う事か。

 

 なら、直接聞いてみるか。幸いあのシャドウはお喋りだ。答える可能性は十分ある。

 

「……何故、俺たちを襲う?」

『俺の直感が言ってるんだよ! お前たち2人を倒さなきゃ、この俺が殺られるってなァ!』

 

 2人、確かにあのシャドウはそう言った。

 ライの口角が微かに上がる。

 

「アリサ、彼を離してソールをこちらに」

「何言ってるのよ! そうしたらあの子が!」

 

 上下左右と視線を動かしながらアリサが叫んだ。

 当然だ。男の子に戦う力も守る力もない以上、1人で放置させることは見捨てる事と同義だからだ。

 

 ただ、ある条件が変わればその危険性は逆転する。

 

「シャドウの狙いは俺達とペルソナだ」

 

 あのシャドウの攻撃対象はライとアリサの2人だけ。恐らくはペルソナの力を本能で察したのだろう。突然アリサの上から落ちて来たのも、アリサの召喚したソールに反応したのだとすれば説明がつく。

 

「それ、ホントなんでしょうね?」

「俺を信じろ」

 

 ライとアリサ、2人の視線が交わる。

 シャドウが壁や天井を叩く音もどこか遠くに聞こえ、1秒がまるで何十秒にも感じられる。

 

 そんな中、ライの青い瞳とアリサの赤い瞳が交差して、その心が繋がった。

 

「うん、信じるわ。──戻って、ソール!」

 

 男の子を鍾乳洞の凹みに隠れさせ、ソールをアリサの元へ戻す。

 それと同時にライとアリサは鍾乳洞の入口へ、崩れた石灰岩の壁へと走りだした。

 

『ハハ、逃げようってか!?』

 

 天井、壁、地面を縦横無尽に飛び回りながらライ達を追いかけるシャドウ。

 その速度は跳ねる度に増し、崩れた壁際へと追い詰められた2人へと迫る。だが──

 

「逆だ」

 

 行き止まりで反転したライの瞳に写されていたのは、恐怖ではなく勝利の確信だった。

 

 ペルソナを戻したのはシャドウの狙いを一点に集中させるため。

 崩れた入り口へと向かったのはシャドウが迫り来る方向を限定するため。

 

 そう、いくらシャドウの行動が読めずとも、攻撃する場を限定させてしまえば予測することは容易い。

 ライは自身のこめかみに銃口を押し当てる。

 

 “我は汝、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり。汝が心に芽生えしは恋愛のアルカナ。名は──”

 

「──ティターニア!」

 

 アリサとの絆が生み出した新たなペルソナ、妖精の女王ティターニアを召喚した。

 新緑のドレスを纏った妖精がその手を掲げ、周囲に竜巻の様な攻撃的な暴風が吹き荒れる。

 

 全体疾風魔法(マハガル)。小さき女王が生み出した疾風の刃が渦を描き、シャドウに殺到する。

 

『無駄無駄無駄ァ──!』

 

 しかし、シャドウは渦の中心、台風の目の様になっている空間を駆け抜けライ達へと迫り来る。

 避けるスペースがない以上、この攻撃が通ればライ達に躱す術はないだろう。……無論、"通れば"だが。

 

「これで、逃げ場はないわよね」

 

 渦の先、シャドウと言う弾丸が向かう先にアリサは立っていた。

 アリサは指揮官のごとく手を伸ばす。同時に背後のソールもシャドウに向け片手を伸ばし、その手に灯る太陽光の線が1本の弓を形作った。

 

 ソールはその弓を引き、シャドウに向け一線の矢を解き放つ。

 

 渦の中心を疾走する矢がマハガルの風を吹き飛ばしながらシャドウに接近する。

 しかし、シャドウはマハガルの風のせいで避ける事が出来ない。そう、真に追い詰められたのはシャドウの方だ。

 

 シャドウがそれに気付いたのは何もかも終わる寸前だった。ソールの放ったアサルトショット()はシャドウの口を貫通し、大穴を開けて鍾乳洞の天井に突き刺さる。この一撃を持って、突然の戦闘は終幕となるのだった。

 

 

 …………

 

 

 アリサの攻撃によってシャドウは力を失い、雑巾のごとく地面に落ちる。

 それでもシャドウは喋っていた。消え去る最後まで口を閉じない。……喋る事、失言こそがこのシャドウの意義そのものなのだから。

 

『ハハッ、これから俺達はでっけぇ事をやるんだ。この帝国、いや全世界の常識を塗り替える程のビックな計画をよォ!』

 

 最後の力を振り絞って、シャドウは失言を口にする。

 その物騒とも受け取れる内容に、ライは思わず武器を下ろして近づく。

 

「何を言ってる?」

『ククッ、今までのどんな猟兵団すら成し得なかった奇跡だ。俺達は歴史に名を残す猟兵団となる』

 

 けれど、シャドウはライの言葉に耳を貸すことはなかった。ただ、自身の存在が意味する通りに、自分勝手に言葉を振りまき続ける。穴の空いた口を目一杯開き、鍾乳洞に反響するほどの大声をあげる。

 

『言ってやる、俺は言ってやるぞ! その計画とは即ち、シャ──……』

 

 遂に力尽きたのか、シャドウは黒い水となって消えていった。

 

 世界を塗り替える程の計画。

 ライ達は、何か途方も無い動きが起こっているのではないかと言う不安を、最後まで拭い去る事が出来なかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……しかし、どうしたものか」

 

 戦闘を終えたライは、崩れた入り口を見てため息を零した。

 鍾乳洞はまだ奥に続いているが、地上に繋がると言う確証はない。しかし、だからといって崩れた入り口をペルソナで吹き飛ばせば、今度こそ鍾乳洞が崩れてしまいかねない。どちらの手段も"かも知れない"と言う曖昧なものであったが、どちらも可能性がある事が逆にライを悩ませていた。

 

 安全に地上を目指すか、確実に外に出られる手段を取るか。ライは鍾乳洞の寒さも忘れる程に真剣に考えていると、何か言いたげなアリサが手を後ろに組んで近寄ってきた。

 

「ねぇ。私に1つ、確実で安全な考えがあるんだけど」

「……そんな方法が?」

「なに、信じられないの?」

 

 先の焼き増しの様な問い。

 わざとらしいアリサのジト目を前にして、ライは思わず微かな苦笑いを浮かべた。

 

「言うまでもないだろ」

「ま、そうね。──それじゃ、2人共私の近くに集まって」

 

 アリサの言葉に従い、ライと男の子の2人はアリサの近くへと歩み寄る。

 

「準備はいいわね? ……ソール!」

 

 それを確認したアリサは再びライと戦術リンクを結び、太陽のようなソールを召喚する。

 両手を合わせ、天へと掲げるソール。そして、

 

「──トラエスト」

 

 アリサはある魔法を唱えた。

 同時にソールの両手から溢れんばかりの白光が放たれ、ライ達を飲み込んでいく。

 

 光が視界の全てを覆い隠したその時、ライ達の体の感覚は消失した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 光が収まった時、3人の視界に飛び込んできたのは天高く登る月だった。

 そう、ここは鍾乳洞の外。ライ達が峡谷に飛び込んだ崖際の柵の手前だ。谷間を通り抜ける風が3人を撫でるが、鍾乳洞の寒さを体感した今となっては生ぬるい。

 

「ペルソナは戦うだけの力じゃない、と言う事か」

 

 アリサの唱えた魔法、トラエストは脱出をする魔法だったのだろう。

 今まで火炎(アギ)系列や氷結(ブフ)系列と言った攻撃系の技しか使ってこなかったライにとっては、このペルソナの使い方は非常に新鮮であった。

 

「そういう事。どうやらソールって補助系の技も多く持ってるみたいだから、もしもの時は頼りにしてくれていいわよ」

 

 最も、1人で多くのペルソナを使えるライなら必要ないかもだけど、とアリサは笑う。

 確かに多種多様なペルソナの中にはそう言ったペルソナも存在するだろう。けれど、それを扱うライは1人の人間である以上、対応には限界がある。だからこそ、ライはありがたくアリサの提案を受け取った。

 

「ふふっ。それじゃあ、そろそろ戻りましょう。この子を奥さんに届けなきゃいけないし、ラウラ達も心配しているだろうし」

「ああ」

 

 ライは再び男の子を抱え、アリサと共に表通りへ、あの母のいる場所へと走り始める。

 今はもうライ達を追う武将集団はどこにもいない。自らのペースで走れる事がどんなに気楽な事か、ライとアリサは心底見に染みながらあの裏路地を抜けていった。

 

 そうして表通りに、導力灯が道を明るく照らす場所まで辿り着いた時、アリサが何かを思い出したかの様に口を開く。

 

「あっ、1つ言い忘れていたわ」

 

 どうした? と疑問に感じながら並走するライの隣で、アリサは一旦静かになった。

 

 そして、

 

「ライ、今日はありがとね」

 

 そう早口で礼を言った。けれど、ライが反応するよりも早くアリサは前を向いて何時もの調子に戻り、ライに背を向けてペースを上げる。

 

「──さて、早くこの子を奥さんの元に連れて行くわよ」

 

 先行するアリサを、ライは内心戸惑いながらも追いかける。

 

 そう。短い瞬間だったが確かにライは見たのだ。

 噴水広場にいた時のアリサなら絶対に見せなかったであろう淀みのない笑顔を。

 紆余曲折はあったが、ようやく彼女の問題を1つ解けたのだとライは実感し、その口元に笑みが溢れる。

 

 ──こうして、非常に長く感じたセントアーク特別実習の1日目は、2人の駆け足とともに幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 …………

 

 旧都セントアーク市内にある、とある人気のない建物の一室。

 

 そこに、ライ達を追っていたバグベアーのリーダーと、依頼主と思われる眼鏡の男性が対峙していた。

 

「何っ!? 奴らがまだ生きてる!?」

「ああ。赤い制服に灰髪の男、その報告に間違いがなければ十中八九生き残っているだろう」

 

 眼鏡の男は、1ヶ月前にケルティックで見た光景を思い返しながら、そう答える。

 あのペルソナと言う力さえあれば、むしろ死んでいる方が不思議なくらいだと、男は冷静に分析をしていた。

 

「馬鹿、な」

 

 けれど、ペルソナを知らないリーダー格の男にとっては、その事実の荒唐無稽っぷりに戦慄が隠せなかった。どうやって助かった? 方法はない筈だ、と思考に否定と疑問の言葉が並ぶ。何より、あの時の優越感が意味のないものであったと、リーダーは認めたくなかった。

 

「そこで、君達に1つ追加の依頼をしたい」

「……ああ、分かってる。奴らを見つけ出して殺ればいいんだろ?」

 

 リーダー格の男は、苛立ちを隠そうともしない口調でそう答えた。

 絶対殺す。構え直した導力ライフルが彼の心情を如実に表しているのを眼鏡の男は見逃さない。

 

「いや、そうではない。彼の持つ力に関する調査が依頼の内容だ」

「調査?」

「力試し、と言い換えてもいいだろう。君には"アレ"を使用して貰う」

 

 アレ。そのワードを聞いたリーダー格の男が反射的に顔を歪めた。

 

「──ッ! 待て、そもそもこんな状況に陥ったのだって、元を正せばアレが……!!」

「無論、リスクは承知済みだ。故に今回の依頼には相応の報酬を支払おう」

 

 眼鏡の男は焦る彼の眼前に1枚の紙を差し出した。

 乱暴に引ったくるリーダー。その手の紙に書かれた報酬を見て、思わずその目を丸くする。

 

「なっ、嘘だろ? 調査1つにこの報酬……!?」

 

 紙に書かれていたのは大量の0が書かれた報酬であった。

 男の手が震える。これだけあれば、最新の兵器がいくつも買えるからだ。

 

「これで夢の実現にも近付く筈だ。どうする?」

「……ハッ、いいだろう。元より猟兵団ってのは金さえ貰えれば何だってやる存在だ。その依頼、引き受けた」

 

 無論、彼も1つの団のリーダーを務める男だ。大量の報酬を支払うこの依頼のきな臭さは十分に理解していた。それでも、やってやる、俺達ならやれる、と男は自らを奮い立たせる。全ては彼ら望む"猟兵団"と言う夢を掴むために。

 

「交渉成立だ。君達には今まで通り追って詳細の連絡をしよう」

「……勘違いするな。お前の意図が何だか知らないが、俺達の目的のために精々利用させて貰うだけだ」

「ああ、それで構わない」

 

 リーダー格の男は、眼鏡の男の冷静さにチッと舌を打って部屋を出て行った。

 

 ……ガタンと強い音を立てて閉じられる扉。1人になった眼鏡の男はそれを気にする事もなく、古びた椅子に座り、机に広げられた資料の1枚を手に取る。

 それは、ある経路から入手していたトールズ士官学院の生徒情報であった。

 

 そこに書かれているのは灰髪の青年の情報。ほぼ白紙のそれを見て、男は興味深そうに考察を始める。

 

「さて、しかと見極めさせて貰うぞ。ライ・アスガード」

 

 眼鏡に隠れる男の鋭い目が、不気味な輝きを発した。

 

 

 

 

 




恋愛:ティターニア
耐性:氷結・疾風耐性、電撃弱点
スキル:マハガル、ジオ、小気功
 シェイクスピアの戯曲《夏の夜の夢》に登場する妖精の女王。妖精の王であるオベロンの妻であり、同等の力を持つとされている。また、その語源はローマ神話における女神ダイアナ(ディアナ)であり、それまで無名であった妖精の女王の名として、後世で認知される様になった。

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