心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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27話「悩める少女」

 ぴちょんと、水滴が頬に落ちる。

 

 ゆらゆらと揺れる篝火の明かりに照らされて、ライとアリサ、そして元迷子の男の子の3人はマーブル模様の洞窟内に隠れていた。そう、この場所は峡谷に出来た鍾乳洞の中。ここなら崖の上から見つかることはないだろうと考えが故の行動である。……であるのだが、

 

「ぺるそなぁー!!」

 

 ぺるそなぁー、そなぁー……、と男の子の声が鍾乳洞内に反響する。

 先ほどの逃走劇も彼にとっては一種のアトラクションに過ぎなかったのだろう。特に落下時のペルソナ召喚がお気に召したのか、さっきから指で拳銃をつくってライの真似をしていた。

 

「楽しそうね。あの子」

 

 篝火のそばに座るアリサが、はしゃぐ男の子の様子をぼんやりと眺めていた。

 まだ地上には戻れない。唯一の手段であるペルソナは青い光を伴うため、夜間では非常に目立つからだ。崖近くにいる追手が確実に離れるであろうタイミングを見計らう必要が有るため、アリサはただ無邪気に振る舞う男の子の行動を複雑な心境で見守っていた。

 

 そして、複雑な心境にしてくれる原因が隣にもう一人。

 

「アリサ?」

「何でも……。……全く、何でリィンが心配する理由が分かった気がするわ」

 

 アリサは不貞腐れながら苦言を漏らす。

 

 行動に迷いがなさすぎるのだ。即断即決、行動力がある事は悪い事じゃないが、度が過ぎれば危うい橋を渡る事になりかねない。まるでブレーキの壊れた列車の様だと、ライを見るアリサの目にはそう映っていた。いや、きっとリィンの目にも。

 

「だが、あの時は他に方法が……」

「それは分かってるし感謝もしてる。でも、常人ならあってしかるべき躊躇がないってのはちょっと怖いのよ。ほら、よく言うでしょ? 戦場で生き残るのは──」

「臆病者、だったか」

 

 緊急時に現れる躊躇とは即ち防衛本能の現れだ。それを排するライの行動は、彼に対する印象が好意的であればある程危うい蛮勇と受け取られるのは致し方ない流れであると言える。

 

「そういう事。だから、サラきょ──っくしゅん!」

 

 話がくしゃみで唐突に止まってしまった。

 

「…………」

「……何か言いなさいよ」

 

 アリサが頬を赤くし目を逸らしている。どうやら折角の話を自ら止めてしまったことが恥ずかしいらしい。

 

 けど、アリサがくしゃみをしたのも無理はない。何故なら鍾乳洞の中は夏場であろうと相当冷えるのだ。5月終わりの鍾乳洞なら言わずもがな。ライ達の周囲は冬に近い凍える風が流れていた。……あの男の子はあまり寒くないようだが。

 

 僅かに震えるアリサの肩を見て、ライはおもむろに立ち上がる。

 そして自身の上着、そこそこの耐寒を持つ赤い制服を脱いでアリサの肩にパサリと羽織らせた。

 

「へ?」

「少しは暖かくなったか?」

「あ、ありがとう……」

 

 俯いて礼を言うアリサ。顔は見えないが、これで寒さの心配はいらないだろう。後はあの男の子の体調に気を配るべきかと考え、ライは視線を前に戻す。その一切の淀みを持たないライの行動を見て、アリサはため息を零した。

 

「……リィンとは別のベクトルで危険よね。ライって」

「危険?」

「う、ううん! 何でもないっ!」

 

 あわあわと慌てるアリサの様子に、ライは首を傾げる。

 

「それより、ライこそ大丈夫なの?」

「ん?」

「いえ、だって。今のあなたワイシャツ1枚じゃない。見てる方も寒いわよ、それ」

「ああ、その事か」

 

 ようやく自身の姿に気付いたか様に呑気な反応を示すライ。寒くないのかと訝しむアリサの視線を一身に受けながら、ライは銀の拳銃を抜き、己の側頭部に押し当てた。

 

「──チェンジ、ジャックフロスト」

 

 ライの頭上に可愛らしい雪だるまのペルソナが浮かび上がり、そして消える。

 特に技を使うでもなく召喚したこの行動に、アリサは「えっ?」と困惑の言葉を漏らした。

 

「これで今の俺は氷結耐性だ。寒くはないさ」

 

 そう、これはサラとの実技テストで判明した耐性の応用だ。ジャックフロストには氷結耐性を有しているため、今のライの体は凍りついたとしても大したダメージにならない。だから寒さも大丈夫の筈、……と言う論法である。

 

「……ほんとに?」

「想像に任せる」

 

 けど、それが本当かどうかはアリサには分からない。と、言うかライ自身よく分からなかった。

 確かに寒さは薄れた気がするが、これが氷結耐性の効果なのか、それとも単なる思い込みなのか判断が出来なかったのだ。これが氷結無効なら一目瞭然なのだがとライは悩み、そして夏場の暑さのためにも検証しておこう、と言う先延ばにする結論で落ち着いた。夏場の火炎耐性が実証されれば、さぞスクールライフも快適になる事だろう。

 

 そんな微妙な事に真剣に悩むライの様子を見て、アリサは思わずくすくすと笑う。

 

 そして、真っ暗な鍾乳洞の天井を仰ぎ見て、ゆっくりと呼吸を整えると──

 

「──ねぇ、広場での話の続きをしてくれないかしら」

 

 ライにそう提案した。

 

 今度はライがアリサの顔を見る。

 ……確かに今は質問をする絶好の機会だ。ライはアリサの提案に乗る事にした。

 

「違和感があった」

「違和感? ……でも私が言ったことは全て本当だし、ラウラも違和感なんて感じてない見たいだったわよ。もう少し具体的なヒントとかないの?」

 

 逆にアリサに問い返され、ライは自身の違和感の原因について思考する。

 確かにあの時ライは違和感を感じ、ラウラは違和感を感じなかった。つまり、ラウラは知らず、ライのみが知ったアリサの情報の中に違和感の原因があると考えるが妥当だろう。その情報とは何か……。考察を進めたライに1つの思い出が蘇った。

 

 ──そう。マキアスの情報を求めて見つけた、雑誌を見つめ複雑そうな表情を浮かべるアリサの姿を。

 

「……"イリーナ・ラインフォルト"」

 

 ピクリと、アリサの肩が跳ね上がる。

 

「アリサの母親じゃないのか?」

「な、なんでそう思うの? 確かに私のラストネームはRだけど、別にラインフォルトって決まった訳じゃ──」

 

 焦って早口になる事こそが何よりの証拠なのだが。とりあえずライは淡々と話を続ける。

 

「前に雑誌を読んでただろ?」

「……あ、あの時の」

 

 マキアスについて相談した5月23日の出来事を思い出したアリサ。雑誌を置き忘れると言う単純なミスから秘密がバレると思わなかったのか、俯いて綺麗な金髪がだらりと垂れている。が、不意にアリサが顔を上げた。

 

「ええそうよ! 私の名はアリサ・ラインフォルト。帝国切っての大企業"ラインフォルト社"の娘で、広場で話した母って言うのは社長であるイリーナ・ラインフォルトの事っ! こ、これで良いかしら?」

 

 やけくそ気味に暴露するアリサの大声が鍾乳洞に響き渡る。

 ……まぁ、これでアリサの見ていた雑誌の記事が家族のものだと確定したわけだ。話を進めよう。

 

「違和感の原因は雑誌を読んでいた時のアリサの表情だ」

 

 ライは、あの時見たアリサの複雑な表情を回想する。ただ憎むでもなく、ただ無事を安堵するでもなく、様々な感情がごちゃ混ぜになったかの様な表情。とてもじゃないが、自らの道を進んでいる少女の顔には思えなかった。……複雑にする程の何かがあると考えれば、筋が通る。

 

「もしかして、家族について別の悩みもあるんじゃないか」

「……えっ?」

 

 虚を突かれた反応をするアリサ。

 もう少しだ。もう少しで彼女の心に掛けられた錠を開けられる。

 

 それに、ライの手にはまだカードが残っている。

 アリサの様子がおかしかったもう1つのタイミング。即ち、旧校舎調査での出来事が。

 

 入学から自らの素性を隠し通してきたアリサが、あのタイミングで初めて母に関する感情を表にした。ならば、その前に母に関する感情を揺さぶる出来事があった可能性が高い。そう、ライの持つもう1つのカードとは、リィンが言っていた"もう1人の自分"と言う情報だ! 

 

「そして、それはリンク時の感覚に関係がある。違うか?」

「……っ!!」

 

 アリサの顔が驚愕に染まる。

 

 ──心に通じる扉の錠が、粉々に砕け散る音が聞こえた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……もし、もしもよ。自分が、自分自身の決めた道を否定していたら、ライならどうする?」

 

 あれから数分後。目を細めたアリサがか細い声でそう聞いた。言葉は白い息となり、鍾乳洞の中に消えていく。

 

「それがアリサの悩みか」

「そう。私も詳しくは覚えていないけど、リィンの言うとおりあの感覚が"もう1人の私"であるのなら、そう言う事になるわ」

 

 アリサはあの時のリィンの言葉を半信半疑ながらも信じていた。それはリィンへの信頼と言う前提がマキアスと違ったからかも知れない。しかし、その信頼が逆にアリサに迷いを植え付け、情緒の揺れにも繋がったのならば、何という皮肉だろうか。

 ライはそんな現実の不条理を感じながら、アリサの質問に対する答えを探した。

 

「それも、また自分自身だと思う」

「……簡単に言うのね。やっぱり、ライには関係のないことだから?」

「無関係、と言う程じゃない。現に俺も矛盾の壁に当たってる」

 

 どういう意味? と訝しむアリサを横目に話を続ける。

 自身の状況が彼女のものと同じという保証はないが、それでも何らかのヒントに繋がる可能性があるなら十分だ。

 

「俺は前に進みたい。目的があるなら全力で挑むべきだと俺は思っている」

 

 自身のスタンスを確かめる様に、ライは拳を固める。

 

「けど、サラ教官の言葉の意味も理解しているつもりだ」

 

 今度は拳を緩めた。常識、限界に対する感覚のズレが及ぼす問題もライは把握している。しかしズレを直した場合、全力で進もうとするライの意志を否定する事に繋がってしまうのだ。事実、迷子を探す際にライは一度自身の行動を抑制してしまっている。

 

「全力で進みたい心と、手を緩めなきゃいけない現実との矛盾ってわけね」

 

 ライの現状を知ったアリサはしみじみとそう答えた。

 心を優先するか、現実を優先するか。今のライ達に答えを定めるすべはない。──だからこそ、ライは断言できる。

 

「そのどちらも俺だ。矛盾してたとしても、正解や間違い等あるはずがない」

 

 ならば、受け入れるしか無いだろう? とライの瞳は不敵に笑った。

 

 その自信たっぷりな視線を貰ったアリサは少し面を食らう。

 ……けれど、そんな態度も次第に薄れ、今度は納得した様に頷いた。

 

「なんとなく分かったかも。リィンがライを信頼してる理由が」

 

 そう締めくくったアリサは立ち上がり、うんと背伸びして長話の疲れを振り払う。まるで朝日を浴びているかの様な清々しい行動に、ライは問題解決の兆しを感じていると、アリサがくるりとターンし、姿勢を正してライに頼み込んできた。

 

「ねぇ、1つお願いがあるんだけど。……私とリンク、してくれないかしら。もう一度私自身と向き合うために」

 

 覚悟を決めた少女の顔。けれど、その赤い瞳は拭いきれない不安によって僅かに滲み、呼吸も僅かに震えている。ライはそんなアリサの頼みを受け入れる他なかった。断るべきでないと、ライの心が強く訴えていた。

 

 ──リンク──

 

 ライとアリサはARCSUを通じ、"繋がった"。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 …………

 

 気が付くと、アリサは真っ白な空間に1人立っていた。

 地と空の境界線すら分からない中、ぽつんと佇む巨大な扉。暑くもなく寒くもない現実味のない空間で、アリサは扉を仰ぎ見ながら独り言を呟く。

 

「……そう言えば、4月の時もここに来たんだったわね」

 

 そう、アリサは微かに思い出していた。かつてここに来た時の出来事を。

 あの時は確か、突然の出来事に混乱していて、何故か独りでに扉が開いて、それで──

 

『ああ、また来たの……』

 

 アリサの記憶を再現するかのごとく音を立て開かれる扉。その向こう側からアリサと瓜二つの顔をした少女が顔を出す。

 その『もう1人のアリサ』とも言うべき人物は、まるで鏡の様にアリサに似ていた。違うところと言えば、怪しく輝く金色の瞳と、醜く歪んだ表情。そして、幼い頃の衣服を着ている事だ。アリサは特に最後の"衣服"を見た時、自身の内側が妙にうずくのを感じた。

 

「あなたがもう1人の私ね。なら後は、あなたを受け入れればいい訳か」

 

 アリサは注意深くもう1人の自分に近寄っていく。

 曖昧にしか思い出せない事が逆に恐ろしかったからだ。一歩一歩近づくたび、アリサの鼓動が早くなる。

 

 ……そして、それが限界に達しようとした時、

 

『え、本当にィ? ラウラにあんな事言っておいて、ほんとに理解できるのかしら?』

 

 もう1人のアリサが突然動き出し、目を見開いてそう聞いてきた。

 息がかかるほど近寄ったその醜悪な表情に、思わずアリサの息が止まる。

 

「あ、んな、こと……?」

 

『だってそうでしょ? あなたは自立なんか望んでないのに「私は私でやってけるんだから!」とか言っちゃうなんて、……滑稽で滑稽で、ああ、吐き気がしそう』

 

 これだ。この身の毛がよだつ様な悪意。これこそが現実世界でアリサが感じていた嫌悪感の正体。

 受け入れよう。受け入れないと。アリサはそう自身に言い聞かせるが、どうしてもアリサの顔と声で口にした"あの言葉"だけは訂正したいと言う思いに駆られてしまう。

 

「私は、私は自分の意志で自立の道を選んだのよ。お母様に自立した私を見せて、見返してやるためにね!」

 

 この一線だけは譲れない。

 この意志こそが、今のアリサを形作る根幹なのだから。しかし──

 

『ふふ、ふふふふふふふ……。自立? 自分の道を進む? 何言ってるの? あなた(わたし)はただ、お母様に振り向いて欲しいだけ。薄っぺらいプライドなんか捨てた方が楽じゃない?』

 

 もう1人のアリサは、たやすくその根幹を崩しにかかる。

 

 戸惑うアリサを他所に、醜く微笑んだアリサは数歩離れ、両手を見せつける様に振り上げた。同時に薄い舞台セットが起き上がり、もう1人のアリサにスポットライトが当たる。──そう、これは劇場だ。アリサの人生を表すたった1人の演劇が、今ここで始まろうとしていた。

 

 

 

『ああ、可哀想な私! 家庭が壊れ、だぁれも私を本当の意味で見てくれない。使用人のシャロンだって、お母様の事を優先する』

 

 これが過去。父は天に帰り、母はこちらを見ることなく、使用人のシャロンもアリサではなく母の側にいる。大企業のご令嬢と言う肩書きのせいで貴族からも平民からも疎まれやすく、友達と言える人も少ない。頼りになる祖父もいなくなった。……アリサは、ただ一人孤独に劇場を回り続ける彼女の姿を見て、胸がぐっと痛くなる。

 

 

 

『だから、私は飛び出た! 冷えきった家族という檻を抜けだしたの! それしか道がなかったから』

 

 これが現在。状況を変えるため、アリサは飛び出した。目指す先はトールズ士官学院。踊り狂うもう一人のアリサの周囲に、白いライノの花が舞いあがる。

 

 

 

『でも、お母様が来てくれたわ! スケジュールびっしりの仕事を全て捨てて、探しに来てくれた! そう、私の大切さにようやく気づいたのよ!』

 

 これが、未来? ……違う、アリサの描いた未来は母を見返す未来であって、こんな形は思っていない。こんな自分勝手で子供っぽい未来なんか考えてはいない。

 

 

 

『そしてあの幸せな家庭が戻ってくる! 私を見てくれるお母様が戻ってくる! ……そんな、ハッピーエンドを夢見てる』

 

 違う。ただ、祖父を捨てた母が信用できなくて。決して、子供の様に母に甘えたいからじゃなくて。

 アリサの思考が、だんだんと黒に塗りつぶされていく。受け入れようとした想いすら容易く、黒に、黒に。

 

『自立したなんて嘘。自分の道を進んでいるのも嘘。あなたは子供のころからなんにも成長していない』

 

 家出をしようと決めた決意が、誓いが単なる建前に過ぎないなど、アリサは聞きたくなかった。自分の顔で言って欲しくなかった。故にアリサは両手で耳を塞ぐ。

 

『耳を塞ぎたいわよね。でもダメ。いくら言葉で飾っても、貴女の心はそんな立派なものじゃない。……お母様に見て欲しいの。母の気を引こうとしてる子供のわがままに過ぎないの』

 

 もう1人のアリサは、耳を塞いで俯くアリサに近づいて、ゆっくりと語りかける。

 

『よぉ~く分かるわ。なんせあなたは私だもの。あなたの心は私の心。あなたの本音は私の本音なんだから』

 

「違う」

 

 こんなものは本音じゃない。

 

『……ああやっぱり、そうやってまた私を無視するのね。結局はお母様と同じ、親子の血は争えないって事か』

 

 それも違う。私は冷徹なお母様と同じじゃない。私はそうは思わない。だから、あんな事を言う彼女なんか、私じゃ……、…………いや、……違う! 

 

(────ッ!!!!)

 

 とっさにアリサは利き手で強く、自身の頬を引っ叩いた。

 

『え?』

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 その痛みがアリサの意識を現実へと引き戻す。真っ黒だった意識が、急速に色を取り戻すのをアリサは感じた。

 

「そう、そうよね。何でまた否定しようとしてるのよ。私は……!」

 

 ライの前であれだけ大見得を切っていて、これじゃ格好が付かないとアリサは自嘲する。

 そう、今するべきは彼女を、彼女の心を受け入れることであって、否定することじゃないのだから。

 

「確かに、私はあの頃に戻りたかった。お母様に振り向いて欲しかった。……私を見て欲しかった」

 

 エリオットとオーラフの親子を見て思わず下を向いてしまったのがその証拠だ。

 羨ましかった。問題を抱えていても、ちゃんと向き合う2人の姿が。

 

「だって仕方ないじゃない。私とお母様は家族なんだから」

 

 母と父と祖父と、アリサ。4人が一緒に旅行して、目に焼きつくくらい綺麗で広大な自然を見たり、温泉郷に行ったり。大切な思い出は今もアリサの心の中に残っている。

 

「昔の家族に戻りたくて、でもお祖父様を陥れたお母様を信用することも出来なくて、何も言わないシャロンに頼ることも出来なくて。結局、私は家を飛び出すって道を選んで、それが正しいって正当化してた。……あなたって存在を心の底に抑えこんでた」

 

 アリサは、もう1人のアリサの手を両手で握った。もう1人のアリサは何も言わない。ただ目を見開いて固まっている。

 

「ほんとは最初から知ってたの。あなたが私の中にいるって事くらい」

 

 でも、見えないふりをしていた。それも、もうおしまい。

 

「ごめんね。貴女を見てあげられなくて。これからはちゃんと、貴女を見て前に進んでいくから。……だから、これからは私の中で見守っていて」

 

 アリサは彼女を抱きしめる。今度こそ目を背けないと言う決心を胸に秘めて。

 

『……ええ』

 

 すると、もう1人のアリサは光となり、アリサの中へと消えていった。

 体の内側に感じる暖かな何かを感じ、アリサは静かに瞳を閉じていく。

 

 

 

 ──自分自身と向き合える強い心が、”力"へと変わる…………。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 焚き火が照らす鍾乳洞の中、アリサはゆっくりと瞳を開けた。

 あの真っ白い空間とは打って変わって肌寒い鍾乳洞に、アリサは思わず身震いする。

 

「受け入れられた、みたいだな」

「ええ、お陰様で……」

 

 何時もながらの冷静な無表情で出迎えるライ。けれど今のアリサには、その顔が安堵している様に見えた。──なら、ここは確たる証拠でも見せようか、とアリサは髪をなびかせて片手を真っ直ぐ伸ばした。

 

「我は汝、汝は我……。来て、"ソール"」

 

 アリサはその手の平を固く握りしめる。同時にアリサを中心とした青き炎の渦が巻き起こり、鍾乳洞を青く照らす。

 

 "私は太陽の馭者ソール……。今ここに、汝が道を照らす標を示しましょうぞ"

 

 あの白い空間で受け入れた心が、アリサの後方で像を結ぶ。現れたのはドレスを纏う女性だった。重力に逆らう黄金の髪が、まるで太陽の様な輝きと共に揺らめき、その両足には馬車の車輪が括り付けられている。

 

 恋愛《ソール》。それが、アリサの得た可能性だった。

 

 繊細で、女性らしい強さを身に纏ったアリサらしいペルソナ。それにいち早く反応したのは、ライでもアリサでもなく、鍾乳洞の壁に絵を描いていた男の子であった。

 

「えっ!? おねーちゃんもぺるそな使えたの!?」

「ふふっ、ついさっき使えるようになったの。──どう? 私のペルソナは」

「すっごくカッコいい!」

「あはは、……そこは綺麗って言って欲しかったけど、まぁいっか」

 

 ソールにペタペタと触る男の子から目を離したアリサは、スッキリした笑顔でライに対面する。

 

「それよりライ。そろそろ頃合いじゃないかしら」

「ああ、地上に戻ろう」

 

 もう既に地上の武力集団も峡谷から離れている頃合いだろう。なら、手足が段々と冷えていくこの場に留まる理由はない。後はペルソナで慎重に崖を登ろうと、ライはアリサの後方にある鍾乳洞の入口へと視線を移し、

 

 ──ピシリ。

 

 アリサのすぐ後ろの天井に亀裂が入る光景を見た。

 

「──ッ! そこから離れろ!」

「えっ!?」

 

 ライの言葉で異常に気付いたアリサはソールに男の子を抱えさせ、全力でライの方へと跳んだ。

 

 一泊も置かずに崩落する天井。石灰混じりの砂煙があたりを包む。

 

「な、なんなの……!?」

 

 うつ伏せになったアリサが、痛む身体を押して叫んだ。

 

 自然現象か? いや、そうじゃない。

 出口を覆う瓦礫の中から、グルグルと蠢く影が姿を現す。

 

 

『……ァァ、駄目だ。お前たちは駄目だ』

 

 

 それは、"大きな口を開けた"、球体のシャドウであった。

 

 

 

 




恋愛:ソール
耐性:火炎耐性、氷結弱点
スキル:アサルトショット、ディア、クロズディ、トラエスト
 北欧神話に登場する太陽の女神。元は非常に美しい巨人族の娘だったが、その名が原因で神々の怒りを買い、太陽を牽く馬の馭者となって太陽の運行を司る役目を負わされた。常に狼スコルに追われており、その1噛みが日食の原因だとされている。

恋愛(アリサ)
 愛や絆、調和を示すアルカナ。逆位置では空回りや無視などの意味を持つ。またマルセイユ版のタロットでは理性(意識)と本能(無意識)の2人の女性に囲まれる男性の絵となっており、選択や価値観の確立と言う意味も有している。アリサのアルカナとしては、この要素が強く現れていると言えるだろう。


――――――――


ライ < 見える。アリサのサイコロ錠が!

……お目汚しを。もうすぐセントアークの前半戦(1日目)終了です。
後、シャドウの描写に関しては現在も模索中です。なので、ご意見などがございましたら、どうかお願い致します。

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