心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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本日午後5時に25話を投稿してますので、未読の方は、まずそちらを御覧ください。


26話「夜の捜索依頼」

「――で、聞きたいことって何なの?」

 

 月夜のセントアーク、青白く照らされた広場の中でアリサの不満げな声が投げかけられる。急かす様な態度にジトっとした赤い瞳。その様子は疑いようもなく――

 

「怒ってるのか?」

「怒ってないわよ!」

 

 即答された。

 

「質問はラウラに話した内容についてだ」

「ああ、なるほど。密かに覗き見してたアスガードさんには、どうやら不満でもおありのようで」

 

 やはり刺々しい。これは早く聞いたほうがいいかも知れない。

 そう思ったライは、先の話で感じた違和感について問いかける事にした。

 

「いや、別に不満はない。ただ――」

「あっ! もしかして昼間の学生さんっ!?」

 

 だがしかし、その言葉は寸前で第3者の言葉に覆い隠されてしまう。

 

 話を中断されたライとアリサは、そろって声の主へと視線を移す。

 そこにいたのは昼間ロケットを届けた主婦であった。ここまで走ってきたらしく、肩で息をして、その表情には焦りの色が濃く浮かんでいる。

 

「あ、あのっ! 息子を見ませんでしたか!?」

「えっ、息子さんですか? 私は見ていませんが……ライはどう?」

 

 ライも首を横に振って「見てない」と答えた。

 主婦は2人の返事を聞いてさらにオロオロと焦りだす。ライ達に事情を伝える余裕すらない緊迫した様子に、2人も昼間の男の子に関する異変を察した。

 

「迷子ですか?」

「え、ええ。夕方遊びに行ったっきり帰ってこないんです。なんだか皆さんの話を聞いてジッとしてられなかったみたいで……。普段から言いつけているので、あんまり遠くへは行ってないと思うんですけど……‼︎」

 

 主婦の話を聞いたライはARCUSを取り出し時間を確認した。現在時刻は午後8時半を回っており、日暮れから大分時間が過ぎている。……確かにこれは子供が1人で出歩くには遅い時間だ。ライは思考を即座に緊急事態のものへと切り替える。

 

「アリサ、悪いが話は後だ」

 

 制服の内ポケットにしまった地図を取り出す。このセントアークは広大だ。地図上で当たりをつけなければ捜索すらままならない。

 

「……あの子を探しに行くのね」

「当然だ」

 

 地図から目を離さないままアリサの問いに答える。

 ……そんな真剣な様子を見たアリサは少し考え込むと、先ほどまでの自身の憤りを内に鎮め、地図を持つライの腕に手のひらを乗っけた。突然の感触にライの視線がアリサへと向く。

 

「なら、私も手伝わせてちょうだい」

「いいのか?」

「それこそ当然よ。私がそんな薄情な人間に見えるかしら?」

 

 ライはじっとアリサの表情を伺った。

 淀みのない瞳、不適に微笑む可愛らしい顔に先の感情は見られない。今はあの子を探す事を優先しましょう、と言うアリサの回答を十分に感じ取ったライは、軽く頷く事でアリサに同意した。

 

「い、いいんですかっ!?」

「ええ、あの子には昼間お世話になりましたし、やっぱり心配ですから」

 

 両手を組んで勇む主婦に、アリサは優しくそう答える。

 ありがとうございます、ありがとうございます! と何度も頭を下げる主婦。捜索をするためにもまずは彼女を落ち着かせる事が先決であった。

 

 

 …………

 

 

 ひとまず主婦を落ち着かせ、簡単な情報交換を済ませた後、再びこの広場で会う約束を交わして主婦は走っていく。それを見送った2人は広場の真ん中で向き直った。

 

「……さて。彼女は警備の領邦軍に聞いて回るみたいだけど、私たちはどう探したものかしら」

「取りあえず応援を呼ぼう」

 

 宿にいる筈の仲間を呼ぶためにARCUSに番号を打ち込む。しかし――

 

「繋がる訳ないでしょ。ARCUSの試験導入をしてるトリスタと違ってセントアークには導力波の中継設備がないんだから、今はARCUS同士の直接通信しかできないわ」

「……市内なのに、中継設備がない?」

「えっ、別に市内とか関係ないでしょ? 導力波の実用化だってまだまだ実験段階なんだから」

「そうか? ……いや、そうだったな」

 

 仕官学院での授業を思い出してライは1人納得する。どういう訳か、平常時の市内なら通話が通じて当然と言った感覚がライの中にあったのだ。そのため通話が出来ないという現状に、どうしても違和感を感じてしまう。

 

(いや、今は違和感など関係ない)

 

 そう、今は捜索に意識を集中するべきだ。

 

 まずは応援の是非について考えてみよう。人探しをするならば人数が多いに越したことはないし、ラウラの気配察知はこういった捜索には打ってつけだ。しかし遠距離の通話が出来ない以上、1つ問題が発生してしまう。即ち宿への往復による大きな時間のロスだ。夜間の危険性を考えれば、出来る限り捜索に時間を割きたいところ。

 

 かくなる上は――

 

「アリサ、ラウラ達を呼びに宿へ行ってくれないか」

「別にいいけど。……その前に1つ確認。ライはその間どこを探すつもり?」

「俺達は彼女のサポートに回るべきだ。なら警備の目の届かない裏の通りから当たった方がいい」

「なるほどね。……けど、だったら別行動は止めましょう。夜の裏道に1人で行くなんて、いくらライでも危険だし」

「いや――」

 

 1人でも大丈夫だ、と続けようとしたライは口を閉じた。裏路地の危険地帯くらいは乗り越えられると言う感覚、それこそサラの言っていた限界のズレであるのではと思考を掠めたからだ。

 ライは思うように動けない現状に歯がゆく感じながらも、急ぎ代替案を考える。

 

「仕方ない。通話が出来る距離まで移動し、そのまま捜索に移ろう」

「確かに合流を待ってる時間も惜しいわね。うん、それで行きましょう」

 

 方針が固まった事を確認しあったライとアリサは揃って宿へと向けて走り出す。

 時間が時間なのだ。のんびりと観光気分で歩く訳にはいかない。2人は流れる薄暗い景色の中を駆け抜けていった。

 

 

 ……けれど、急いては事を仕損じると言う諺が指すように、強行軍は思わぬアクシデントを生むものである。

 

 それは宿へと続く曲がり角、アリサがそこを差し掛かった時に起きてしまった。どんっ、という衝突音。死角にいた"誰か"と音を立ててぶつかってしまったのである。

 

「きゃっ」

 

 アリサが微かな悲鳴をあげて一歩後ずさる。

 どうやら小さな人物とぶつかったらしく、彼女に大した衝撃は見られない。逆に言えば、運悪くアリサに当たってしまった人物の方がダメージが大きいと言う事でもあった。数瞬遅れ、ライも建物の角を曲がる。

 

「あっ、ごめんなさい! ちょっと急いでて……」

 

 慌てて地面に倒れこんだ相手に近寄って謝るアリサ。

 幸いな事に相手も怪我と言う怪我はないらしく、無理なくすっと立ち上がり、ライ達へと顔を向けた。

 

 ――それは不思議な雰囲気を纏う幼い少女であった。

 兎の様な三角の耳がついたフードをかぶり、左右の前髪を丸い髪飾りで束ねた銀髪の少女。へそなど所々半透明で水着の様なボディスーツを身に纏い、背後には尻尾のようなコードがふらふらと漂っている。……どう考えても一般人では無かった。

 

「えと……」

 

 アリサが困惑の声を漏らす。無理もない。ただでさえ住民とは考え難い服装をしている上に、彼女の態度も妙だったのだから。

 そう、不思議な少女はぶつかってしまったアリサを非難するでもなく、謝った事に対し答えるでもなく、ただひたすら第三者である筈のライをじーっと見つめ続けていたのだ。

 

「俺に何か?」

「…………」

 

 疑問に感じたライの問いにも答えない。ただ静かに、機械的にライの顔を見つめている。

 対するライも感情が表に出ない無表情なので、端から見たら異様な光景に映る事だろう。

 

「……南方200アージュ」

 

 そんな中、少女がふいに短い単語を口にした。

 透き通った幼い声が夜の静寂に木霊する。

 

「南方200アージュの路地裏に目標がいます」

 

 目標? 何故この少女はライ達の事情を知っている?

 

 ……しかし、少女はそんなライの疑問に答えるつもりは毛頭無いらしく、話し終えたと同時に歩き出し、すれ違いざまに「では」と一言残して曲がり角へと消えていった。

 

 当然ライはすぐに彼女の後を追う。だがしかし、そこには既に少女の姿はなく、幻の様に静かな道が続くばかりであった。

 

「消え、た?」

 

 無人の道から少女の影を探しつつ、ライは小さく呟く。

 まるで夢でも見ていた様な状況だ。後ろで戸惑うアリサがいなければ、そう思っていたかもしれない。

 

「どうするの? ライ」

「……とりあえず向かってみるか」

 

 地図を片手にライは答える。

 目標、要するに迷子の男の子が南方200メートルの裏路地にいると少女は言っていたのだ。どこから見ても怪しいが、行って見る価値はあるだろうと、ライは漠然と考えていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ――旧都セントアーク、中央区と住居区の境にある裏路地。

 少女が言っていた情報を頼りに、ライとアリサの2人は高い建物に囲まれたこの場所へと訪れた。

 

「本当にこんなところにあの子がいるのかしら」

「いなかったなら改めて宿へ向えばいい」

「そうね。今はこの辺りを探して、――って、あっ」

 

 周囲をきょろきょろと見渡していたアリサが急に言葉を止める。

 裏路地の奥、木箱が多く積み重ねられ、曲がりくねった道の丁字路の奥にある袋小路に、ぴょこんと飛び出す小さな頭を見つけたからだ。

 

「ほんとにいた……」

 

 例の少女の言葉に懐疑的だったアリサは思わずそう漏らす。

 夜間のこんな場所に幼い少年がいるなど、あまり信じていなかったからだ。しかし、現実として男の子は今そこに隠れている。

 

「……ま、まぁ。何だか腑に落ちないけどこれで一件落着ね。早くあの子を母親に――」

 

 とりあえず母の元へ連れて行こうとするアリサ。

 しかし、その行為は"ライの片手に止められた"。

 

「えっ、何なの?」

「様子がおかしい」

 

 ライの端的な言葉を聞いて、アリサは改めて男の子の様子を確認する。

 十字路の奥にある木箱の裏に隠れ、ビクビクと丁字路の左方を見る少年。ここからでは分かり辛いが、何かに怯えている様子であった。

 

 それを理解したライとアリサは口を閉じ、忍び足で十字路へ、左に何があるかを確かめる為に慎重に進む。

 

「――ったく! あの野郎、何処に行きやがったんだ!」

 

 そこには、4人の屈強でガラの悪い男達が木箱を囲って座っていた。

 木箱の上に置かれた地図にペンで何かを書きつつ、一人が不満を爆発させている様子だ。ここらのゴロツキか? とも思ったが、どうにも様子がおかしい。何故なら彼らの脇には、長い銃身のライフルが立て掛けられていたからだ。

 

「導力ライフル、……領邦軍か?」

「いえ、ここの領邦軍に配備されているものとは別型よ。それに服装も違う」

 

 夜の路地裏に屯する正体不明の兵士。

 ライとアリサはその正体を見極めるために男達の会話へと耳を傾ける。

 

 どうやら不満げな男の愚痴を、別のリーダー格の男がイラつきながらも聞いている様だ。

 

「くそっ! 何で俺達がこんな事を!」

「叫ぶな、煩い」

「これを叫ばずにいられるか! せっかく俺達の夢が叶うってのに、あの野郎がミスしやがったせいで、もう4日も捜索だぜ?」

「これも雇い主に言われた仕事だ。文句言わず働け」

「へぃへぃ、分かりましたよ。……ったく、普段は無口で影が薄かったてのに、文字通り"影"になった途端べらべらとしゃべる様になるなんてよぉ。おかげで秘密が漏れるかもしれねぇ状況になっちまいやがった」

 

 捜索、雇い主、……秘密? 何やらきな臭いワードが次々と飛び出す。

 

「だから黙れ。この契約は隠密行動なんだ。誰かに見つかったらどうする」

「へっ! 見られりゃ殺っちまえばいいんだよ。なんせ俺たちゃ未来の猟兵団"バグベアー"なんだ。女子供1人見逃したりはしねぇさ」

 

 導力ライフルをへらへらと笑いながら持ち上げる男性。目撃者を発見次第撃ち殺すと言う意思の表れだろうか。

 

 ーーしかし、あの男のお陰で何者なのか十分に知ることが出来た。

 

 猟兵団、いや未来の猟兵団バグベアー。

 ここで何をしているのかは定かではないが、目撃者を抹殺すると断言している以上、まともな相手じゃない事は確かだ。

 

 そして、何故今回の迷子が発生したのかも判明した。

 

「なるほど。あのいかにも怪しい集団のせいで帰るに帰れなかったのね」

 

 恐らくあの少年はここらで遊んでいたものの、気づけば唯一の道である丁字路をあの男達に塞がれてしまったのだろう。あんな物騒な言葉を言っていたのでは、とてもじゃないが表に出れまい。

 

「……でも、どうしよう。あの子を連れて行くにはあの丁字路を通らなきゃいけないし」

「何とかして男達を引き離す必要があるな」

 

 丁字路の物陰でライ達は作戦を練ろうと小声で会話を始める。

 

 ……しかし、その場所が1つの不運を運んでしまった。

 丁字路の反対側にいる少年が、ライ達に気づいたのだ。ほっとした笑顔を浮かべ、木箱の影から外に出る。その時、ガラッと言う"大きな物音"を立ててしまう事にも気づかずに。

 

「――ん? 今物音がしなかったか?」

 

 物音に気づいたバグベアーの1人が導力ライフルを片手に男の子のいる袋小路を見る。

 

 不味い。

 

 そう感じたライは反射的に銃をホルスターから抜き出した。

 

「ヘイムダル!」

 

 巻き起こる蒼き光。ライはバグベアーの周囲上空に照準を合わせる。

 

 ミリアムが入学した頃、ナイトハルトが言っていた。ペルソナを秘匿するのは悪用を防ぐ為なのだと。ならば、あの様な不審な男達にペルソナを見せる訳にはいかない。それはライも重々把握している。

 

 ――それなら、あの男達に直接見せずにペルソナを使えばいい!

 

「アリサ! 彼の救助を!」

「えっ? ……ええ! 任せて‼︎」

 

 ライの行動を察したアリサが少年に向け駆け出す。同時にライはバグベアーの周囲上空に全体火炎魔法(マハラギ)をばら撒いた。これは陽動だ。死なない程度の手加減が難しい上に、まだ彼らが犯罪的行動に出た訳で無い以上、直接危害を加える訳にもいかない。

 

「なっ、何だ! こりゃあ!!」

 

 突然の爆炎に慌てふためく男達。

 その隙にアリサは少年を抱え、急いでUターンしてライの元へと戻ってくる。

 

「早く逃げましょ!」

「ああ。……じっとしてくれるか?」

「う〜ん。わかった!」

 

 アリサから男の子を預かり、急ぎこの場を離れる。

 こうして、ライとアリサ、そして男の子3人の逃走劇が幕を開けるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 後を追うバグベアーの団員を背に、ライ達は元来た道を駆け抜ける。

 走る。領邦軍のいる表通りを目指して、ただひたすら走る。だが――

 

「いたぞ! こっちだ!」

 

 行く手を遮る導力ライフルを持つ団員によって、進路の変更を余儀なくされていた。

 放たれる銃弾。男の子という守るべき対象がいるライ達は道端の木箱を盾にして逃げ続ける。

 

「ね、ねぇ! 何だか数が増えてない!?」

「不味いな……」

 

 既に進路の変更は4度目。

 明らかにあの場にいた男達よりも倍近く人数が増えていた。……どうやら、あの場にいた男達はバグベアーの一角に過ぎなかったらしい。

 

「次はどっち!?」

「右だ」

 

 袋小路に向わぬよう、脳内で地図を思い出しながら道を選ぶ。

 分かれ道を駆け足で右へ。流れる風景の中、ライ達は深夜のセントアークを駆け抜けていく。

 

 ……

 

 …………

 

「……これ、もしかして誘導されているんじゃない?」

「ああ、間違いない」

 

 どんどんセントアーク中央から離れていっている事に、ライ達は気付いていた。

 表へ出ようとする度に男達に道を塞がれているのだ。恐らくは頭の切れる司令官がいるのだろう。確実にライ達を追い詰めるように効率よく団員を動かしていなければ、この様な状況にはなり得ない。

 

「この先って確かあの峡谷よね!?」

「そこで追い詰めるつもりだ」

「だったら今のうちに何とかしないと!」

 

 だが、どうする?

 

 男達を切り抜けようにも、こちらには男の子がいる上に相手の人数も把握できない。それに足を止めたらそれこそ挟み撃ちにされてしまうだろう。……ペルソナを使うか? いや、全員を捕まえる事が出来ないのならば、迂闊にその手段は使えない。

 

 答えが出ない。その状況のまま、ついには前方に峡谷の鉄柵による行き止まりが見えてきた。

 

「っ! もうここまで来てたなんて」

「仕方ない。……アリサ! この子を頼む」

 

 抱える子供をアリサに渡しながらライが叫ぶ。鉄柵はもう目前に迫っている。

 

「う、うん! でもどうするの!?」

「ジッとしてろ」

「え? 一体何を……って、ひゃあ!」

 

 柵の寸前で男の子を抱えたアリサの腰を、更にライが片手で抱えこんだ。

 同時に力が込められるライの両足。アリサはここになってようやくライの意図を悟る。

 

「へっ? もしかして、このまま崖を……!!」

「しゃべるな。舌を噛む」

「待って! まだ心の準備が!!」

 

 顔を青くするアリサを無視し、ライは崖に向け全力で跳んだ。

 

 体が浮く感覚、一瞬で開かれる視界。

 ペルソナの身体強化を利用した全身全霊のジャンプによって、鉄柵を超え真っ暗な谷の上へと躍り出る。

 

 ……だが、向こう岸へと辿り着くには飛距離が足りない。

 ライ達は重力に従って、何一つ明かりの無い谷底へと真っ逆さまに落下していく。

 

「きゃあああぁぁあああああ!!!!」

 

 暴風を切り裂きながら落下速度が上がり続ける。しかし――

 

「――ペル、ソナ!」

 

 それこそがライの目的だった。

 

 後方から追ってくる追っ手からは、落下するライ達を視認する事は出来ない。即ち130メートルの谷底に落下するまでの約5.3秒間は、ペルソナの使用が可能となる!

 

 峡谷に木霊する発砲音。

 青い結晶、光の巨人がライ達を包み込み、漆黒の暗闇へと消えていった……。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 …………

 

「……目撃者3名、自暴自棄になって崖から飛び降りた模様」

 

 後方から追っていたバグベアーのリーダーは、導力無線機を通してそう報告した。

 すると、彼の耳元から1人の男性のノイズ混じりの声が聞こえてくる。

 

『――ふむ、思わぬ結末だ。行動のパターンから考察するに、最後の最後まで諦めない気質の人物だと考えていたのだが』

「雇い主、それだけあんたの指揮が旨かったと言う事だ。無論、俺達の行動も。……ククッ」

 

 自分たちに追い詰められたが故の凶行だろうと、リーダー格の男は真っ暗な谷底を眺めながら口を歪める。会話を聞かれたのは失敗だったが、領邦軍に見つかる事なく任務を遂行し、見事目撃者を排除できたのだ。猟兵団として名を馳せる日も近いと、男は高騰する気分を抑えるので必死だった。

 

『今はそう言う事にしておこう。念の為、此度の過程や目撃者の容姿について報告してもらおうか』

「了解。……ま、無駄だと思うが」

 

 気分の良い男は導力ライフルを肩に担ぎ、数人の団員を引き連れ引き返していく。そして、彼らはセントアークの闇の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり。あなたは躊躇なく、その行動を実行するのですか」

 

 峡谷近くの建物の上、一連の流れを俯瞰出来る場所に例の少女が立っていた。傍らには黒い傀儡が佇み、揃ってライ達の落ちた谷底を静かに眺め続ける。

 

「変化のない事に喜ぶべきか、成長のない事に落胆するべきか、……判断に苦しみます」

 

 先の逃走劇を思い返しながら、機械的に、無感情に少女は呟く。

 ――しかし、その瞳には僅かな感情が灯されていた。

 

 それが果たしてどちらなのか、それを確かめる者は誰もいない。

 

 

 

 

 

 




バグベアー(閃の軌跡3章より)
 とある人物によって雇われた傭兵集団。何やら"猟兵団"と言うワードに並々ならぬ執念を抱いている様であり、態度の悪い人物が目立つ。

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