心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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24話「エリオット・クレイグの憂鬱」

「え? なんで? どうして父さんがっ!?」

「落ち着け」

 

 ハイアームズ邸へと続く道のど真ん中、ライが慌てふためくエリオットを一喝した。

 身内と思わぬ再会をして混乱するのも分かるが、今は落ち着いて状況を見極めるべきだと判断したからだ。その考えはガイウスも同じだったらしく、落ち着いた言葉遣いでエリオットに質問する。

 

「エリオットの父親はサザーランド州の軍人であったのか?」

「南のサザーランド州じゃなくて東のクロイツェン州だよ! ここからすっごく離れてるのに、何で父さんがセントアークに居るのさっ!? 訳が分からないよ!」

「だから落ち着け」

「……う、うん」

 

 何とかいつもの調子を取り戻しつつあるエリオット。

 数回深呼吸をして、ゆっくりとハイアームズ邸前にいる自身の父親について説明し始める。

 

「僕の父さんは帝国東端を守る第4機甲師団で中将を努めているんだ。師団の司令っていう重要な立場なのに、何で持ち場を離れてセントアークに……」

「中将かあ。エリオットのお父さんって凄いんだね〜」

「……第4機甲師団?」

 

 ミリアムがのんきに感想を述べている隣でライが考えにふける。

 第4機甲師団、最近その言葉をどこか別の場所で聞いた覚えがあったからだ。……しかし大分前だったのか、中々その記憶を思い出せない。最近は色々と抱える問題が多い事も原因か。

 

(――仕方ない、後で考えるか)

 

 今の最優先はエリオットの父親の謎だ。中将、つまりは師団トップクラスの人物が師団を離れセントアークの、それも四大名門のハイアームズ家を訪れるのは異常としか言えないだろう。

 

「ふむ、これ以上の情報を得るには当人に尋ねる他なかろう」

 

 息子であるエリオットが知らない以上、ラウラの言葉以外の手だてはないに等しい。

 だが1つ、実技テストの晩にエリオットが言っていた《家庭の事情》がライにとって気がかりであった。

 

「エリオット、大丈夫か?」

「……正直、父さんとはもう少し時間をおいてから会いたかったよ。でも、この状況で会わなかったら後で気になるだけだし……、……うん、だったら直接会って聞いてみた方がいいよね」

「…………」

「なら決まりだ」

 

 あえて時間を外し出会わない様にすると言う選択肢があったにも関わらず、エリオットは最近連絡を取っていない言う親に会う決心をした。ならば、その意思を最大限尊重するのが仲間と言うものだろう。ライ達の方針は今この場で定まった。

 

 その方針を元に、B班は揃ってエリオットの父《オーラフ・クレイグ》の元へと歩いていく。

 不安と決心がせめぎあうエリオットの表情。

 ライはそれを見守りながら、エリオットと親の関係がこのまま改善されるのではないかと言う淡い期待を抱いていた。

 

 

 ……期待はしょせん儚い絵空事でしかないと、少し後に思い知らされる事になるとも知らずに。

 

 

◇◇◇

 

 

 黒い導力車のたもとへと辿り着いたライ達B班。

 その中からエリオットが一歩前に出て、自らの父親へと話しかける。

 

「と、父さん」

「――むっ? その声は……」

 

 息子の声にオーラフが振り返った。

 その厳つい瞳には歴戦の気迫が宿っており、厳格な帝国軍人らしい鋭い雰囲気が辺りを支配する。彼の側にある無骨な軍事車両と比べても、まるで謙遜のない屈強な漢がそこにいた。

 

 それに対峙するは、幼い少年と間違われかねない華奢なエリオット。

 

 最近連絡が取れていなかったと言う父と息子。

 その会合がどのようなものとなるか、B班の面々は固唾を飲んで見守っ――

 

「久しぶりだなぁぁぁ!! エェリオッットォォォォォ!!!!」

 

 

 ……は?

 

 

「ナイトハルトから実習地がここになると聞いて飛んできたのだ! すれ違いで会えなかったらと心配しておったぞぉ!」

「と、父さん! クラスメイトの前で抱きしめないでよっ! って言うかナイトハルト教官の謝罪ってそう言う意味だったんだね!?」

 

 厳つさに似合わない笑顔でエリオットを抱きしめるオーラフ中将。

 

 これは酷い。

 先ほどまでの威厳は何処行った。

 

 後ろにいたB班の面々も数テンポ遅れて状況を把握。先ほどまでの緊張感はどこへやら、今度は生暖かい視線をクレイグ親子へと注ぎ始めた。

 

「……ふむ、そう言えばナイトハルト教官って第4機甲師団の所属だったな」

「息子と会えると聞いて無理やり役目を変わったのだろう」

「…………」

 

 納得顔のラウラと温かな表情のガイウスがこの状況について話し合っている。

 どうしてハイアームズ侯爵に会いにきたかは依然として不明だが、何故第4機甲師団の司令が直接来たのかは言うまでもない。歴然として明らかな光景(親バカ)が目の前に広がっていた。

 

 

 ……そろそろ話を進めようか。

 

「それで、何故中将はセントアークに?」

「ってそうだった。父さん、何でセントアークにいるのさ!? ガレリア要塞からここまで相当遠いよね!?」

「おお、そうだな! その話について今からハイアームズ侯爵に説明する予定なのだ。何なら一緒に行くか? エリオットとそのご友人よ」

「う、うん。僕たちも侯爵様に用事があったし、……どうかな、皆?」

「うむ、私達も年長者がいれば心強い」

 

 四大名門の豪邸に入る事に躊躇していた身として、オーラフの提案は正しく渡りに船であった。これで気兼ねなく特別実習に入る事が出来ると、B班の皆は安堵した表情でオーラフに続く。

 

 ただ1人、ライを除いて。

 

「ねぇライ、もう皆行っちゃうよ?」

「……ん? ああ、今行く」

 

 ミリアムの言葉で我を取り戻したライは、やや駆け足で皆を追いかける。

 考え事をしていた理由は他でもない、《第4機甲師団》と言う言葉を聞いた場所を思い出したからだ。そのきっかけとなったのは”ガレリア要塞”と言うキーワード。確かにライは聞いていた。10日前、クロウに話しかけられる前に聞いていたラジオの中でその言葉を。

 

(……そうだ。第4機甲師団は10日前、シャドウを撃退したと言う師団の名)

 

 自身とも関係のある奇妙な符号。

 VII組とともにハイアームズ邸に入っていくライは、これから起こるであろう暗い予感を感じていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 使用人に案内され、応接間へと進むライ達一行。

 白を基調にした歴史ある内装に目移りしながらも、天窓からさす日光の中を歩いていた。

 

 そうして訪れた応接間の扉。使用人がこちらに深く一礼し、静かに戸を開ける。

 

「待っていたよ。オーラフ中将、それにVII組の諸君」

 

 その奥には1人の男性が座っていた。

 金色の髪を横に流し、後ろ髪が肩に若干かかっている。

 服はシンプルな貴族服だが、その要所要所には高貴な装飾が施されており、胸には1対の獅子が描かれた赤い紋章が一際目につく。

 

 四大名門が一角ハイアームズ侯爵家の紋章。

 間違いない、彼こそが当主《ハイアームズ侯爵》だ。

 

 そう判断するライ達を尻目に、オーラフが1歩前に出て深く礼をする。

 

「お待たせしました。私はオーラフ・クレイグ、帝国正規軍第4機甲師団の司令を努めております」

 

 ハイアームズ侯爵が既にオーラフを知っているのは先の言葉の通りだが、礼儀としてオーラフは自らの身分も含め深々と挨拶をする。貴族制度が根深く残っている帝国において、四大名門への不礼は余計な軋みを生むだけだ。オーラフは今、帝国正規軍の代表として先程より一際礼儀正しく振る舞っていた。

 

「ああ、貴公の猛将ぶりは予々耳に入っているよ。何でも帝国東部で”赤毛のクレイグ”と言う名を轟かせているとか」

「こちらこそ。四大名門一の穏健派と名高いハイアームズ侯爵にお会い出来て光栄です」

 

 この場にいる成人男性2人はお互いをたたえ合い、そして、静かに握手を交わした。

 大人の挨拶を固唾を飲んで見守るB班。それを片目で確認したハイアームズ侯爵は、笑みを浮かべオーラフにある提案をする事にした。

 

「さて、大人の堅苦しい挨拶はこれくらいにするとしよう。何せ今日は、せっかく有角の若獅子達が訪れているのだから」

「……ふむ、そうですな」

 

 オーラフの態度が若干崩れる。

 もう無駄な礼儀は必要ないと、暗に言われたからだ。

 

 そうして2人の男性は挨拶を止め、今度は学生6人へと向きなおった。

 

「VII組の諸君、ようこそセントアークへ。この地を治める身として君たちを歓迎するよ」

「お招き頂き感謝します」

 

 VII組B班の代表として、貴族の応対の経験もあるラウラが礼をする。

 それに続いて他の面々も続く。……ミリアムもライに頭を押さえつけられる形で礼をした。

 

「ふむ、中々出来た生徒達だな。私の不肖の息子にも見習わせたいものだ」

 

 人当たりの良い笑みを浮かべ、しみじみと語るハイアームズ侯爵。

 ライはその言葉の意味が少々気になった。

 

「息子?」

「私の3男坊であるパドリックの事だ。君たちと同じく今年からトールズ士官学院に入学しているのだが、まぁ知らないのも無理はない」

「同級生でしたか」

 

 今回、特別実習に協力してくれた理由が分かった気がする。

 息子を預けた誼みと言う事なのだろう。……だが、そうなると知らないと言うのは少々気まずい。

 

「何かヒントでもありますか?」

「ヒント、か。確か執事であるセレスタンの話ではフェンシング部に在籍していると言っていたな」

 

 フェンシング部で、ハイアームズ侯爵の息子。つまりは貴族。

 ……そう言えば、マキアスの謎について聞き込みをしている最中に、フェンシング部で傲慢な貴族に絡まれた記憶がある。あれがパドリックなのだろうか。しかし、そうだとすると人格者の父とはえらいギャップだ。

 

 そして、どうやらエリオットとガイウスの2人も噂のパドリックを知っていたらしい。話によるとパドリックがリィンを自らの派閥に入れようと取り巻きとともに接触していたらしく、ユーシスに言い負かされていた様であった。……ますます侯爵とのギャップが激しい。

 

「はっはっは! やはり息子は変わらないか! いや申し訳ない、貴族として人々の模範となれと常々言っているのだが、どこで学んだのか旧態依然とした性格に成長してしまったのだよ。いやはや、子育てとは難しいものだ」

 

 やれやれとハイアームズ侯爵が頭を振る。

 

「ご心配なさるな、侯爵よ。士官学院の環境がご子息を立派な人物に成長させてくれる事でしょう。現に我が息子も、少し見ないうちに一回り、いや二回りも大きくなって――!!」

「父さん、まだ入学して2ヶ月しか経ってないよ……」

 

 子煩悩な父親の話に突っ込みをいれるエリオット。

 初め緊張感が張りつめていた応接間は、いつの間にか緩い歓談の場へと移り変わっていた。

 

 

 ……だからだろうか。

 オーラフの口が軽くなり、いらぬ事まで話し始めてしまったのは。

 

 

「たかが2ヶ月、されど2ヶ月だぞエリオットよ! 我が家宝とも言えるお前を士官学院に入れて早2ヶ月。肉体はまだまだ細いが、"帝国男児"らしい強い精神が芽生えつつある」

 

 エリオットの指がぴくりと動く。

 

「あのまま音楽院に通わせていたら身に付かなかったであろう成長だ。涙を呑んで下した父さんの決断も正しかったと言う事であろう」

 

 エリオットの手が僅かに震えた。

 オーラフは気づいていないが、もしかしてこの話題はエリオットの……!

 

「しかし、エリオットよ。辛いかも知れぬが私は――」

「中将、その話は「いいよ、ライ」……エリオット?」

 

 止めようとしたライをさらにエリオットが止める。

 そして、それ以上何も話す事なく一歩一歩応接間の入り口へと歩き始めた。

 

 誰の目から見ても何かあったと分かるエリオットの行動に、応接間が静まり返る。

 原因とも言えるオーラフも顔をしかめ、何やら深く考え込んでいる様子だ。

 しかし時間は待ってくれない。エリオットは着実に外へと進んで行く。

 

「待て、エリオット!」

 

 応接間の扉に手をかける光景を見て、思わずオーラフがエリオットを止める。

 

「……何、父さん」

「うむむ……」

 

 しかし、とっさに出た言葉であったため後に続かない。

 言葉を探すオーラフ。そうして飛び出した一言は、

 

「――帝国男児たるもの、自らの弱きを受け入れ、強く在れ!」

 

 格言の様な何かだった。

 それはオーラフが常々エリオットに語ろうとしていた言葉なのか、はたまた焦りが生んだ世迷い言なのか。どちらにせよ、彼の言葉はエリオットに届かない。

 

「…………自分の弱さなんて、誰よりも僕が分かってるよ」

 

 そんな自虐的な言葉を残し、エリオットは応接間を去って行った。

 

 

 

 ……残された生徒5名と成人男性2名。

 時間が止まった様な感覚に囚われるが、今は呆然としている場合ではない。

 

「――ハイアームズ侯爵、クレイグ中将、勝手ですが退席させて頂きます」

「友を追うか。ならば急いで行くといい」

 

 まずは侯爵の許可を得た。

 これで遠慮なくエリオットを探しに行ける。

 

「ライ、エリオットを探すのなら俺も共に行こう」

「分かった。ガイウスも一緒に来てくれ」

 

 次に捜索メンバーを決める。

 何処に行ったのか分からない以上、今は人手が必要だ。

 

「探しに行くと言うなら私も同行しよう」

「ああ、ラウラの気配察知があれ……ば、……!?」

 

 ライの言葉が唐突に止まる。

 その瞳には口を閉ざすアリサの姿が映し出されていた。オーラフに会うと決めた頃からだろうか、アリサの声を一回も聞いていない。これは彼女の性格を考えれば間違いなく"異常"だ。

 

「――ラウラ、それとミリアム。少しいいか」

 

 故にライは前言を撤回した。

 目の前にある異常もまた、無視出来ない問題であるのだから。

 

「さっきからアリサの様子がおかしい。2人はアリサの方を頼む」

 

 1人で抱え込んでいるアリサの悩み、それを聞き出すならばライよりも同性である彼女らの方が適切だろう。それに、ラウラの気配察知がなくても使用人の多いここなら目撃情報に事欠かない。

 

 だからこそ、ライは2人にアリサを任せる事にした。

 ライとガイウスがエリオットの、ラウラとミリアムがアリサの問題に当たる。それこそが今この場で取れる最善の動きだとライは判断したのだ。

 

「ふむ、ならば任された」

「まっかせてー」

 

 その意図を理解した2人はライとガイウスのもとを離れ、アリサを連れ応接間を後にした。

 ひとまずアリサはあの2人に任せよう。

 

「ガイウス、エリオットは何処に居ると思う?」

「詳しくは分からぬが、土地勘が無い以上そう遠くへは行ってないのではないか」

「そうか。なら急ごう」

 

 時間をかければかける程、エリオットは遠くへ行ってしまうかも知れない。

 故にライとガイウスの2人も急ぎ応接間から駆け出して行った。

 

 

◆◆◆

 

 

 …………

 

 嵐の後の様な様相を示す室内。

 B班が皆外へ出て行ってしまったため、応接間にはハイアームズ侯爵とオーラフの2人が残される形となっていた。

 

「……お恥ずかしいところを見せてしまいましたな。息子の事となるとつい感情的になってしまう」

「いや、私も1人の親としてその気持ちは痛い程理解しているよ」

 

 オーラフは自身の失態を反省し、1度深いため息を零す。

 親子関係と言うものは、いくら歴戦の猛将と言えども手こずってしまうものらしい。

 双方、自身の息子を想い憂いにふける。

 

 ――だが、その暗い雰囲気も唐突に終わりを告げた。

 

 オーラフの纏う雰囲気が変わったからだ。

 ハイアームズ侯爵に向き直るオーラフの厳つい瞳に、父親としての憂いは1欠片も残されていない。ここにいる男は既に猛将と唄われる"紅毛のクレイグ"へと変貌していた。

 

「……彼らは退席してしまったが、本題に移っても宜しいですかな」

 

 軍人としての気迫がハイアームズ侯爵を貫く。

 

 並の人間なら気圧されてしまうであろう研ぎすまされた眼光。

 しかし、対する侯爵もそれを日常の様に受け止め、自然な態度で本題へと話を移した。

 

「ああ、是非とも貴公の口から聞かせて貰いたい。正直なところ、事前に受け取った文の内容も不明な部分が多いからね」

 

 ここからは少々長くなると踏んだのだろう。ハイアームズ侯爵は装飾の施されたソファーに座り直しながら、封筒に入った1枚の文を広げる。

 

「まず初めに、……10日前、ガレリア要塞での魔獣襲撃の背後にいたと言う数名の武装集団。それが我がセントアークに潜伏していると言うのは真かな?」

 

 ソファー前のテーブルを挟んで対峙する両者。

 四大名門の一角をなすハイアームズ侯爵、その物事の裏側すらも見通さんとする両眼を前にして、オーラフは静かに首を"縦"に振った。

 

 公にされていないシャドウ事件の背後にあった人為的な痕跡。その手がかりについて接敵した第4機甲師団自らが提供し、協力を求める事こそが今回のオーラフの目的であった。

 

 しかし、話はそう簡単ではない。

 

 自らの領内に潜む危険因子に関する情報を得、正規軍より一歩先に進もうとする侯爵側。

 武装集団の背後にハイアームズ侯爵が関わっているのではないかと懸念を抱く正規軍側。

 

 幾つもの思惑が絡む中、侯爵と中将の会談は続く……。

 

 

◆◆◆

 

 

 一方その頃、ライとガイウスはエリオットを探して邸内へ、そして市内へと続く道を走っていた。使用人から聞いたエリオットの目撃情報から逆算すれば、そろそろエリオットの姿を見つけられる筈なのだが――

 

「いたぞ、ライ」

「ああ」

 

 曲がり角に差し掛かったところでエリオットの後ろ姿を見つけた。

 とぼとぼと歩く茜色の髪をした細身の少年。ライとガイウスは急いでエリオットのもとへと辿り着く。

 

「……あれ? どうしたの、2人とも」

「”どうしたの”ではない。心配したぞエリオットよ」

「あはは、……そうだよね。あんな出て行き方をしたら心配しちゃうか」

 

 エリオットが自虐的な暗い笑みを浮かべた。

 その中性的な表情に映るのは少々の安堵、そして悲しみ。

 何故その様な顔をしているのか、ライはその理由が気になった。

 

「中将と何があった?」

「……そんな大事(おおごと)な話じゃないよ。どこにでもある家庭の話だから」

 

 また家族の話。

 その話題に踏み込むリスクは既に何度も経験している。

 エリオットをさらに傷つけてしまうかもしれないと言う事は重々承知している。

 

 ――だが、ここで進まなくて何が仲間か。

 

大事(おおごと)でなくてもいい。理由を聞かせてくれ」

「…………」

 

 真っ直ぐエリオットと視線を合わせ、ライは静かに問う。

 揺れる翠色の瞳から察するにもう少しで話してくれるかも知れない。

 

 後1歩。ならば別の形で問いかけ、心にかかった錠をこじ開けろ。

 

「帝国男児、音楽院、――それが理由か?」

 

 先のオーラフの言葉から原因となるであろうワードを挙げていく。

 これで駄目なら別の手を。問題が表面化した以上、最後まで諦めるつもりなど1欠片もありはしない。

 

「……はは、もし僕がライみたいに最後まで突き通す性格だったら、こんな事にはならなかったかもね」

 

 そんな考えを読み取ったのか、観念した様にエリオットが口を開いた。

 ライの隣で状況を見守っていたガイウスがその態度の変化を目ざとく読み取る。

 

「話してくれるか、エリオット」

「うん、ちょっと長くなるけど聞いてくれるかな」

 

 そう言って、エリオットは青い空を見上げた。

 

 

◇◇◇

 

 

「僕はね、本当は音楽院に通うつもりだったんだ」

 

 純白に染まった町並みの中、道端に置かれた緋色のベンチに座ってエリオットがゆっくりと語り始めた。

 

「僕はピアニストだった母さんの奏でる音色が好きだった。そして、自分も母さんみたいに音楽の道に進みたいって思ってた。姉さんと一緒に色々な楽器や気に入った音楽の楽譜とかを買い集めて、毎日姉弟2人で練習してさ。音楽好きな友達もできて、一緒に音楽院に行こうって約束もしてた」

 

 ただ夢を目指していた、楽しかった思い出。

 エリオットの秘める音楽に対する夢や情熱が、その言葉の節々に溶け込んでいる様にライは感じた。

 

「けど、そううまくは行かなかったんだ」

「……父親に止められたのだな」

 

 先のやりとりを思い返したガイウスがエリオットに先んじて答えた。

 エリオットにとって口にし難い事柄であろうと、心中を察したが故の行為だ。

 

「うん。僕の父さんは度が過ぎるくらいに親馬鹿なんだけど、"帝国男児はこうあるべきだ!"って考えも強くてね。僕が音楽院に行きたいって言っても許してくれなかった」

 

 両手を固く握り締め、エリオットは1つ1つゆっくりと言葉を吐き出す。

 

「僕だって何度も”音楽院に行きたい”って言ったさ。けど、父さんは”帝国男児が音楽で生計を立てるなど認められん"って取り合ってくれなかった。だから結局、僕は士官学院でありながら吹奏楽部のあるトールズ士官学院に通う事にしたって訳。……まっ、僕の悩みはこんなところかな」

 

 何でもない事の様に締めくくるエリオット。

 けれども彼の顔はそう言っていなかった。

 

 "何でもない悩み"として片付けてはいけない事くらい、ライにも十分に理解出来る。

 

「中将が嫌いなのか?」

「分からない、かな。……たしかに初めの頃は確かに父さんを恨んでたよ。でも」

 

 一旦エリオットが言葉を止める。

 

 言っていい内容なのか迷っているのだろう。

 ちらりとライとガイウスの表情を見て、その真っ直ぐで真剣な様子に諦めたのか話を再開した。

 

「でも、最近は違う風に感じるんだ。僕の音楽に対する情熱が足りなかったんじゃないかって。最後まで諦めずに自分の意志を貫き通したら、音楽院に通う道も切り開けたんじゃないかってね」

 

 何だか最近そう思うんだ、とエリオットは儚げに笑った。

 今のエリオットの中にあるのは父親への不満ではない。ただ、あの時なぜ全力で行動出来なかったのかと言う後悔の念が彼を蝕んでいたのだ。

 

 そして、その後悔は次第に自虐の念へと根を広げていく。

 

「ほんと、少し自分が嫌になるよ。僕には最後まで自分を貫き通す強さもなければ、さっぱり音楽を諦める覚悟もない。リィンやラウラみたいに腕っぷしも強くないし、ライみたいに特別な力も持ってない。マキアスや委員長みたいに特筆した頭の良さもぜんぜん。……本当に普通で、無力だよね」

 

 自分の夢にすら真っ直ぐに進めなかった、進む強さを持てなかった。

 それに比べ、VII組に所属する皆はなんて強いのだろうか。

 特別な資質に溢れた人材が集まるVII組は、エリオットにとって眩しすぎる場所であった。

 

 そんなエリオットの悩みを受け、2人は静まり返る。

 泥沼の様な悩みを抱えるエリオットに何を言えばいいのか。

 その答えを見つけたのはガイウスだった。

 

「エリオットよ、それは違うのではないか?」

「――えっ」

「我らVII組はエリオットが音楽に打ち込む姿を毎日の様に見ている。だからこそ断言できるぞ。エリオットの音楽に対する情熱は決して中途半端なものではないと」

「……そう、なのかな」

 

 自信なさげに自問するエリオット。

 それなら、とライも助け舟を出す事にする。

 

「あのミリアムすら根を上げたんだ。ガイウスの話は間違ってない」

 

 夜空を見上げたあの日。顔を上げるのも億劫になる程の疲れの原因は、他ならぬエリオットのスパルタ部活見学であった。その事を実感を交えて説明する事で、ようやくエリオットも「そっか」と納得してくれた。

 

「――それじゃあ、そろそろ戻ろっか」

「もういいのか?」

「うん。話せて大分楽になったし、それに特別実習も進めなきゃいけないでしょ?」

 

 さっきよりも表情が明るくなったエリオットがハイアームズ邸へと帰って行った。

 

 どうやら、何とか彼の助けとなれたらしい。

 ライとガイウスは軽く頷き合い、エリオットに続いて緋色の街道を歩いて行く。

 

(後はアリサか。向こうもうまく行ってるといいが……)

 

 ……小さな不安をその身に宿したまま。

 

 

 

 

 

 




最近、とあるゲームをやって真の仲間とは何なのかについて自問する機会がありました。
絆がペルソナのテーマの1つである以上、いい反面教師になったと思います。

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