心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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※注意:今回の特別実習は現時点(閃の軌跡2発売時)の情報を元にしています。故に実習地における地形および人物像がほぼオリジナルで構成されていますのでご注意下さい。


23話「いざ旧都セントアークへ」

 実技テストを終えた日の晩。

 生徒会での仕事を終えたライは日の沈みかけた街道を歩いていた。この時間帯になると既に夕食時のためか人影は少なく、靴が石畳の街道を叩く音だけが静かに響く。

 

 そして寮の手前にあるトリスタ駅に差し掛かった時、スーツ姿の1人の成人男性を見かけた。くたびれたその表情、恐らくは仕事帰りなのだろう。彼は気の抜けた雰囲気でライと同じ道を歩き始めた。夜空に染まりかけた薄暗い道を歩く2つの足音。……しかし、そんな状況も1つの出来事で一変する。遠くから駆け寄ってくる小さな子供。その光景を目にした途端、男性の瞳に生気が戻ったのだ。疲れていた筈の表情に笑顔を浮かべ、駆け寄ってくる息子とやや遠くにいる妻へと小走りで向かっていく。

 

 仲睦まじい家族の光景。息子の急かし方から察するにこれから夕食なのだろう、とライは思いながら彼らを見送った。彼らはそんなライには気づく事無く楽しげに彼らの自宅へと帰っていく。それはまるで別世界の光景を見せられた様で、ライは彼らとの間に明確な壁を感じていた。

 

(……気にしても仕方ないか)

 

 再びライはただ1人、ぽつんと残されたかの様な静寂に包まれる。5月終わりには珍しく涼しげな夜風が吹きすさぶ中、ゆっくりと寮へと帰っていった。

 

 

 …………

 

 

「あら、お帰り」

 

 そんなライを出迎えたのは寮の1階で話し合う4人のクラスメイトであった。入り口が開く音に気づいたアリサがライへと帰宅の挨拶を告げる。

 

「ただいま」

「ふむ、ようやく帰ってきたか。待っていたぞ」

 

 ソファーに座っているのはアリサとラウラ、エリオットとガイウスの4人だ。普段の日常でもあり得ないメンバーと言う訳ではないが、ラウラの「待っていたぞ」から察するに特別実習のB班に関する話をしていたのだろうか。

 しかし、だとするなら1人足りないことにライは気づいた。予想が正しければアリサとラウラが座るソファーにもう1人、水色の髪をした少女がいる筈である。

 

「……ミリアムはいないのか?」

「さっき帰る途中で雑貨屋に入っていくのを見たわ。多分何か物色でもしてるんじゃない?」

「そうか」

 

 それなら心配する必要もないか。

 ライが言えた義理ではないのだが、ミリアムもなんだかんだで危なっかしいところがある。

 しかし雑貨屋ともなれば被害は商品くらいで済む事だろう。とりあえず一安心。

 

 その様なズレた安心感を胸に、ライは空いているガイウスの隣のスペースに座る。

 何気ない行動。だが、その微妙な違いにガイウスが目ざとく気づいた。

 

「ライよ、どこか体調でも悪いのか?」

「ただの疲れだ」

 

 ガイウスの顔を見る事無くライは呟く。事実、これは気疲れだ。

 

「それより、この状況の説明を頼む」

「うん、僕たちの実習先の旧都セントアークについて話し合ってたんだ」

 

 エリオットが「ほらっ」とテーブルに開かれた本を指差す。

 その指の先には1枚の写真が印刷されていた。青空のもと真っ白に染められた建物の写真。煉瓦作りの地面との対比もまた美しく、見ているだけで清々しい気分にさせられる。

 

「純白の建物か」

「帝国南部サザーラント州の州都であるセントアークは別名《白亜の旧都》と呼ばれている。白亜、つまりは石灰岩の事だな。セントアーク周辺の土地には石灰岩が多分に含まれる為、この様な町並みがつくられているのだそうだ」

 

 本の所有者らしいラウラが文面をそのまま自慢げに語っている。

 そう言えば月光館学園の正門前で書物がどうとか言っていた気がするが、記憶違いでは無かったらしい。

 

「中々いい場所だろう? 次は旧都の部分に関する説明だが」

「その話は長くなるから今度にしましょう。ライも疲れているみたいだし」

「俺は大丈「サラ教官に言われたでしょ」……仕方ない」

 

 不本意ながらもセントアークの情報交換が終わり、ライ含め5人は解散する事となった。

 

 ――だがその寸前、ラウラから1つの質問が舞い込んでくる。

 

「しかし、見たところ単純な肉体疲労ではないようだが、何か悩み事でもあるのか?」

「……根拠は?」

「質問に質問で返すでない。……まぁ、体の揺れ等である程度は察する事ができる」

 

 気配の件といい、ラウラには別の意味で隠し事が出来そうにないかも知れない。限定的ではあるが、武術万能説を提唱してもいい程の察知能力である。

 

「私には、言えぬ事なのか?」

 

 ――しかし、こう聞かれては隠す訳にもいかない。それに、どうせならこの機会に聞いてみるのもいいだろう。

 

「なら、ラウラの親や師はどう言った人物なのか教えて欲しい」

「親や師か。ふむ、たしかサラ教官の言葉の中にあったな」

 

 ライの抱える悩みについて納得した後、今度はラウラが両手を組んでう〜んと悩み始めた。

 年相応の少女らしい困った顔。別に話したくないと言う訳ではなく、話してもいいものかと言う意味で悩んでいる様である。

 

「……私の例はいささか普遍性に欠けるぞ?」

「構わない」

「うむ、そなたらしい明快な答えだ。――なら初めに言っておくが、私は父子家庭の娘だ。母上は私が幼い頃に亡くなっている」

 

 要するに母親については何も答えられない、と暗に言っているのだろう。

 しかし親に対する質問、これは相手の内側に踏み込む関係上、想像以上に危険なものなのかも知れない。そんなライの危機感を察してか、ラウラが1つ言葉を加える。

 

「私が答えると決めたのだから、そなたが気負う必要はない。――これはそなたの言葉だぞ」

「……ああ、そうだな」

「それに普遍性に欠けるのは何も父子家庭だからと言う訳でもない。父上はヴィクター・S・アルゼイドと言って、湖畔の町レグラムの領主とともにアルゼイド流の師範をしているのだ」

「親でありながら師でもある、と言う事か」

 

 確かにラウラの言う様に一般的な親子関係とは言えないかも知れない。領主、つまりは貴族でありながら武術の師範でもある時点で特殊な例であると言えるだろう。

 

「その通りだ。我が父上は帝国の武の双璧とも言われるアルゼイド流の筆頭伝道者であり、私など手も足も出ない程に人間離れした強さを秘めている。ここに来る前の稽古の時だって私が両手で振るう大剣を片手で易々といなして…………あっ、だ、だが実力だけでなく精神も素晴らしいのだぞ! 子爵の身でありながら志はむしろ武人のそれであって、レグラムの皆にも尊敬されていて――」

 

 泉から溢れる様に次々と飛び出す父親のエピソード。

 父を語るラウラの瞳はまるで子供の様に輝きを放ち、その頬は興奮のためか艶やかに赤く染まっている。ラウラにとって父親は優しい父であると同時に憧れの対象なのだろう。普段の武人らしい言動も、もしかしたらその武人と称されるヴィクターの真似なのかも知れない。

 

「ははは、ラウラって父親とすっごく仲が良いみたいだね」

「――む? そう言うエリオットは違うのか?」

「あ、いや、うん。仲は悪くないんだけど、……ちょっと事情があって今は父さんと連絡を取ってないんだ」

 

 あはは、とエリオットは頬を掻きながら目を逸らす。

 どうやら彼は家族に関する何らかの事情を抱えているらしい。高揚していたラウラも口を閉ざし、どう返したものかと攻めあぐねている。――ここは無理に踏み込まず、話題を変えた方が良いだろう。そう考えライは動こうとするが、別の場所からガタッと言う席を立つ音が聞こえたため中断を余儀なくされた。

 

「アリサ?」

 

 髪に隠れ、表情が読み取れない。

 

「……ごめんなさい。私も今日は疲れたから少し休むわ」

 

 ライと同じ様な言葉を残して3階の自室へと戻っていくアリサ。

 残されたライ達4人は呆然と彼女を見送るしかなかった。

 

「地雷を踏んだ、みたいだな……」

 

 どうやら最悪の手を引いてしまった様だ。親もしくは家族の話題、これからはさらに慎重に扱う必要があるだろう。それよりも問題はアリサだ。もう見通しの立たない記憶喪失について悩んでいる場合ではない。今すぐにでも解決の為の行動へと移した方がいいかも知れない。しかしそれはガイウスによって止められる。

 

「今謝りに向かえば余計混乱させてしまうだろう。ここは様子を見た方が良いのではないか?」

「……ああ」

 

 アリサの抱える事情に起因するかと思われるこの事態。

 今現在不安定な状況である事から、マキアスの様に直接ぶつかる事は逆効果になりかねない。彼女の悩みを聞き出すにしても、今は時間が必要だった。

 

 …………

 

 そう言う理由から、出来る事が無い4人は暗い雰囲気に包まれて解散となるかと思われた。

 だがそのとき、――突如外部からの飛来者が現れる。

 

「ねぇねぇ! 特別実習に持っていきたいんだけど、バナナはおやつに入るのかなっ?」

 

 そう突然、扉を開け放ったミリアムが空気を完全にぶち壊したのだ。

 その手に握られているのは一房80ミラの新鮮バナナ。雑貨屋に行っていたのはバナナを買うためだったらしい。ライはそんなミリアムの破天荒ぶりに感謝しながら意識を切り替えた。古来から続くバナナとおやつの問題、その解を示すために。

 

「おやつとは間食として食べる軽食の事だ」

「――って事は、ごはんと一緒に食べるならおやつに入らないんだね!」

「逆に言えば、間食なら例えパンでもおやつになる」

「ほへー」

 

 ミリアムの質問に真剣に答えたライ。伝達力が上がった気がする。

 

 そんなライの後ろでエリオットが「そもそも特別実習におやつの制限無いから」と突っ込みを入れていたが、生憎2人は全く気づいていなかった。

 

「って言うかさ。ライ達は何の話をしてたの?」

「親や師について話を聞いていた」

「親かぁ〜。ボクにはそんなのいないし、よく分かんないや」

「…………」

 

 意外な事にミリアムの話が1番重かった。

 重ねて胸に刻む、家族の話は慎重に扱わねばならないと。

 

 

◇◇◇

 

 

 5月29日の早朝、VII組の面々は人も疎らなトリスタの駅内に集まっていた。

 各自武器等の装備を携帯し、程度の差はあれ緊張感が顔に表れている。そう、今日から2回目の特別実習が始まるのだ。

 

 しかし――

 

「…………」

「…………」

 

 小鳥の鳴く清々しい朝だと言うのに、マキアスとユーシスが重苦しい空気を発し続けていた。今までの不和に加え、実技テストでのサラの言葉が尾を引いているのだろう。他のA班の面々も2人から視線を逸らしている。

 

「リィン、後は任せた」

「あ、ああ。何とかやってみるさ……。…………」

 

 その状況の解決が一手に引き受けられているともなればリィンの負担も相当だろう。しかしライにはもうどうする事も出来ないので、リィンに向けて後を託す他なかった。

 

 前回のライ程ではないが相当酷いA班の状況。

 リィンは一度頭を抑えてため息をつくが、気を取り直してライに視線を戻す。

 

「けど、そう言うライも早く解決策を見つける様にな。恐らくライのB班入りもその為だろうから」

「……ああ、分かってる」

 

 実技テストから早3日、ライ自身もサラがB班に入れた理由を理解していた。

 B班の面々はライに対する懐疑心を克服したメンバーで構成されている。つまり、サラの言っていた「人間関係とかの問題をひとまず置いて、今は限界の認識について自問するべき」を実践しやすい環境に整えてくれたと言う事なのだろう。

 

「――あっ、もうそろそろ帝都行きの列車が着くんじゃないか?」

「そうだな。……リィン、健闘を祈る」

「ああ、そっちも」

 

 ライはリィンに別れを告げB班へと戻った。

 B班の向かうセントアークはA班とは違い帝都ヘイムダルを経由する必要があるため、リィン達よりも早くに発つ必要があるからだ。

 そして、合流した際にアリサの様子を横目で確認する。髪を軽くなびかせていA班を心配しているアリサ。いつも通りの光景であり、あの日の面影はどこにも見られない。しかし、それでも少しばかり注意を払う必要があるだろうとライは心に誓った。

 

 ――と、そこで何故か教官のナイトハルトがエリオットに近づく光景を目にする。非常に珍しい光景だ。そも担任でもないナイトハルトが何故早朝の駅にいるのだろうか。ライの意識はそんな2人へとシフトした。

 

「エリオット」

「あ、はい。何ですか? ナイトハルト教官」

「済まなかった。本来なら俺が赴く筈だったのだが、特別実習の話を口にしてしまったが故に厄介な事となってしまった……」

「え? いや何の話ですか?」

「悪いが詳細を話している時間がない。……宜しく伝えておいてくれ」

 

 言いたい事だけを言って、ナイトハルトが士官学院へと帰っていく。

 訳が分からない状況に置かれたエリオットに対し、とりあえずライは一言質問する事にする。

 

「何だったんだ」

「さぁ、僕にも分からないよ」

 

 2人の頭でいくら考えたところで答えは出ない。

 また裏で何か変な事になっているのではないかと、ライとエリオットは得体の知れない不安を感じるのであった。

 

 ――そうしている内にトリスタ駅に帝都行きの列車が到着する。

 

 

◇◇◇

 

 

 …………

 

 帝都からセントアーク行きの列車に乗り換えてから1時間と少し経過した頃。ライ達を乗せた列車は、薄暗いトンネルの中をカタンコトンと落ち着いた音を立てて走っていた。

 

「う〜、何も見えないよ〜……」

 

 列車の窓に張り付くミリアムが悲しげな声を漏らす。

 今まで列車に乗った事がないらしく盛大にはしゃいでいたのだが、長いトンネルに入ってしまいご機嫌斜めであった。

 

「それで、旧都の意味について教えてくれないか」

「うむ。旧都セントアークはその名の通り、七耀歴371年から約100年間仮の首都として構えられた南部の州都だ。その名残として今でもそう呼ばれている」

「今が七耀歴1204年だから、約830年前の出来事だね」

 

 仮の首都、穏やかじゃない響きだ。首都とはその時代の為政者によって変わる事もあるのだが、仮と付けられているならば本来の首都に何らかの問題が発生したという事になる。……クーデターでも発生したのだろうか。

 

「その頃の話は今でも伝説として語り継がれているわ。何でも帝都ヘイムダルに暗黒竜が現れて、帝都を死の瘴気で覆ったとか」

「……暗黒竜?」

 

 しかし、事実は想定以上に突飛なものであった。

 ドロドロした政治からいきなりファンタジーと言う急展開に、ライの思考が混乱する。

 

「それが本当かどうかは分からないけどね。伝説じゃあ瘴気で死者を操って、生者をどんどん襲わせて眷属を増やしていったらしわ」

 

 要するに、830年前の帝都ではゾンビの支配する廃都だったらしい。

 確かにそれなら仮の都を構えるのも分かるのだが、よくもまぁ100年で取り戻せたものだ。……もしくは、謎の奇病がその様な伝説と形を変えたのだろうか。ライは後者の可能性が高いと分析したが、ラウラがばっさりとそれを否定する。

 

「全て真実ではないにしろ、大部分は真実だと思うぞ。その証拠に当時の名残が今も旧都に残って――、っと、そろそろトンネルを抜けるみたいだな」

 

 ラウラが唐突に話を区切った。

 列車の前方から光が見える。後数秒でトンネルを抜ける様だ。ラウラが話を止めたと言う事は、何かが見えるのだろうか。既に実技テストの晩に話を聞いていたであろうアリサ、エリオット、ガイウスの3人も窓に意識を集中している。……そして、ミリアムは初めから窓の外にしか興味が無い。

 

 ならばライも外を見るべきか。

 

 そう考えた瞬間、トンネルを抜け明るい光がライ達を照らす。

 刹那、外の光景が車内へと雪崩れ込んできた。

 

「うわぁ〜、おっきな谷だね〜!!」

 

 ――まるで地面が真っ二つに裂かれたの様な光景。

 

 トンネルの先は、広大な純白の峡谷であった。

 白い崖が面合わせになったかの様な深く急な谷が、遥か遠く視界の先まで続いている。

 列車はその谷を跨ぐ様につくられた巨大な橋を渡っており、下方を見ると小さな川、いや小さく見える程深い場所を流れている川が確認できる。そして川の周囲には幾つもの洞窟が。あれは、鍾乳洞か?

 

「石灰岩の土地、か」

「前に書物で見たが素晴らしい光景だな。前にも言ったがこの辺りには石灰が多分に含まれている。故に水によって大地が溶かされ、この様な深い谷がつくられたのだと書物にも書かれていたぞ」

 

 石灰で出来た土地。要するにカルスト地形と呼ばれる光景が眼前に広がっていた。

 白い崖、鍾乳洞、どちらも水に溶けやすいカルスト地形だからこそ見られる光景である。

 

「この地形もセントアークに首都を移した理由らしいわ。何せこれは天然の大きな堀、暗黒竜の操る死人じゃ130アージュもある峡谷を超えられないから」

「ほう、この壮大な土地にもその様な歴史を有しているのだな」

 

 ガイウスがそう締めくくる。

 ラウラが言っていた旧都に残る過去の名残、その一端を目撃した様な気がした。

 

 

◇◇◇

 

 

 崖を渡りきった後、すぐにセントアークの駅に到着した。

 と、言うより崖の反対側が既にセントアークの市内であったのだ。もしライ達が列車の反対側に座っていたら町並みが見えていた事だろう。

 

 駅を出たライ達を出迎えたのは写真で見た純白の町並み。

 緋色の煉瓦で舗装された道とのメリハリも素晴らしく、観光地としても栄えているだろう事が容易に想像出来る程だ。

 

「どこも漆喰が使われているのか」

「うむ、黒い瘴気から身を守る為のまじないとして根付いたものらしいからな。今でも伝統としてほぼ全ての建物に漆喰が塗られている」

 

 さっきの崖と同様に、書物で見たと言うラウラが説明してくれる。

 アリサの話した伝説が真だとすると、黒い瘴気から少しでも逃れる為に、白く汚れの無い漆喰で家を覆ったのだろう。確かに暗黒竜の名残はこの地の至る所で見られるものであった。

 

「ねーねー。何時までここにいるつもりー?」

「そ、そうね。まずは宿泊先に行って課題を受け取りましょう」

 

 ある意味特別実習を誰よりも楽しみにしていたミリアムの言葉でアリサがわたわたと動き出す。そして行き先が書かれた書類を引っ張りだすと、ライ達を引き連れて歩き出した。

 

「場所は、セントアークの中心区みたいね。詳しい場所は――」

「大丈夫だ。地図を用意している」

 

 当然の様に地図を開くライを見て、アリサはケルディックを思い出した。

 

 

 …………

 

 

「……えっと、地図によるとここで合ってるのよね?」

「間違いない」

 

 巨大な白い豪邸を前にしてライ達は呆然とする。表札に書かれた名は《ハイアームズ侯爵家》、言うまでもなくこの州を治める四大名門の一角であった。

 

「ね、ねぇ。本当にここに入るの? 何だか凄く入りづらいんだけど……」

「仕方あるまい。実習をここで止める訳にもいかぬだろう」

 

 さりげなく格式高い彫刻が施された門からやや離れ、B班は密やかに相談する。

 エリオットの話からも分かる様に、四大名門の豪邸はただの学生が入るには敷居が高すぎる場所なのだ。しかしラウラの言葉通り、このまま引き下がれないのもまた事実。B班の意見は真っ2つに割れ、遂にはミリアムが侵入しようと言う第3の意見を提示し、話し合いは混沌へと突入していった。

 

 そんな様子を観察していたライは「仕方ない」と呟き、率先して正門前へと歩き出す。指示された場所はここで間違いないのだから、結局は入る事になるのだろうという判断からだ。しかし――

 

「む、待てライよ。どうやら客人の様だ」

 

 ガイウスが寸前で待ったをかけた。

 ライが振り返ると1台の導力車が豪邸の正門に近づいてくる。こちらにはハイアームズ侯爵家の豪邸しかないため、ガイウスの言う通り客人なのだろう。ならば学生であるライ達よりも優先順位は高いと考え、とりあえずB班の面々は道を開けた。

 

 目の前を通り過ぎる黒い導力車。

 乗用車にしては無骨で強固なその作りにライは疑問を感じる。

 あれはどう考えても貴族の乗る車ではない。その疑問に答えるかの様にエリオットが小さく呟いた。

 

「あれ? あの導力車ってもしかして軍のものじゃ……」

「領邦軍のものか」

「……ううん、多分正規軍のものだと思う」

 

 正規軍? 領邦軍のトップであり革新派と対立する四大名門に何故正規軍が?

 反射的にライ達の視線が黒い導力車に集まる。

 そのとき動力車の方ではドアが開き、中から茜色の髪をした体格の良い男性がゆっくりと顔を出していた。

 

 間違いなく地位の高い威厳のある雰囲気、屈強な肉体、間違いなく軍人であろうとライ達は考える。しかし、ただ1人エリオットだけが天地がひっくり返る様なレベルで驚いていた。

 

「もしかしなくても"父さん"っ!?」

「――って、ええっ!? あれエリオットの父親なの!?」

 

 細身のエリオットとのギャップに驚きの声をあげるアリサ。

 そう、あの勇ましい男性は何を隠そうエリオットの父親だったのである。

 

 

 ……2回目の特別実習は、始まる前から想定外の方向へと進み始めていた。

 

 

 

 

 

 

 




ミリアムマジムードメーカー

セントアークに関する話題は《暗黒竜》《白亜の旧都と言う名前》以外はオリジナルです。白亜→石灰岩→カルスト地形という連想から構築したものであり、最もらしい理由をつけてますが原作とは異なりますのでご注意下さい。

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