「ライから頼れる先輩だと聞いていたけど、まさかクロウ先輩だとは……」
「おいそこ、微妙な顔すんなって」
5月23日、自由行動日に駅前の広場でリィンとクロウを会わせた反応が以上である。
クロウは一体リィンに何をしでかしたのだろうか。
「はぁ……もうギャンブルには付き合いませんよ」
「ハハッ、別に50ミラを取るつもりじゃなかったんだがな。そういやあの時のコイントス、どういうトリックか分かったか?」
「そうですね、……両手で取らずに地面の袋に落とした、で合ってますか?」
「うお、普通にばれてら」
リィンとクロウの話から察するにコイントスに関するギャンブルをしたらしいが、どうにも過程が分からないので2人に聞いてみる事にした。
……
…………話を纏めよう。
時期は4月17日、リィンから学生手帳を渡された日の放課後に起こったらしい。学生会館前で偶然リィンと会ったクロウは、リィンから50ミラコインを借りて手品を行った。その内容は親指で弾いたコインがどちらの手に握られているかという単純なものだが、手品と言う言葉通り、クロウの両手にコインはなかったらしい。そして、結局クロウは種を明かさずそのまま帰っていったと言うのが一連の流れである。
──まあ、要するにクロウはリィンから50ミラコインを借りパクしたのだ。
「小さ」
「おいおい、小さい言うなよ。何なら今ここで、……って今10ミラしか持ってなかったわ。悪ぃ」
本格的に大丈夫だろうか。と言うより10ミラでは駄菓子程度しか買えないのではないだろうか。
色々な意味で心配になるライとリィンであった。
「ちょっと待て。何だよその残念そうなものを見る目は」
「鏡でも持ってきますか、50ミラ先輩」
「うっせ、何時か20万ミラくらいにはなってやるっつーの! ──って言うか話ズレてねぇか!? 確か俺達が集まったのはマキアスの問題をどうにかする為だったよな?」
と、そうだった。
今回集まったのはクロウの言った通り、マキアス関連の問題を解決する為だ。
「それで何か策でも?」
「まぁ一応な。つっても奇抜な策とかじゃないから、気楽に聞いてくれや」
クロウはそう前置きし、自身もベンチへと腰を下ろしながら本題へと移る。
「まず始めに言っておくが、マキアスの嫌い方はどうも普通の貴族嫌いとは違うな」
「……普通?」
「あぁライは知らないかもしれねぇが、一般的な貴族嫌いの原因は貴族に対する不満とかから来てんだ。……けど、話を聞く限りマキアスの場合は同じ様でどうも毛色が違う。もっと深刻な理由、それこそ貴族に手酷く裏切られた様な経験があってもおかしくないって訳さ」
肘をつき手を組みながら説明するクロウ。
話を元に構築した推論だが、割と的を射たものかも知れないとライは感じた。
「でも、そうだとしたら、直に問題を解決するのは無理があるんじゃないですか?」
クロウの考察を受けてリィンが質問する。トラウマ等はそう簡単に克服出来るものではないと、何よりリィン自身が理解しているからだ。
しかし、それでもクロウは何時もの態度を保ち続けていた。
「ちっちっち、目的を間違えるなよリィン。俺達の目的はあくまで人間関係の修復であって、過去のトラウマを癒す事じゃねぇんだ。……ま、トラウマを癒せりゃ言う事ないんだが、今回は着実に行くとしようぜ」
おちゃらけた態度で発せられたヒントを聞き、リィンもクロウの言わんとする意図を知る。
トラウマの克服と人間関係の修復、この2つの差はライ達にとってはある意味身近なものであったからだ。……戦術リンクとそれに伴う嫌悪感が、まさにこの件にも当てはまっていた。
「要するに、原因となった貴族とは違うと、マキアスに納得させればいい訳ですね」
「まあ、有り体に言えばそうなるな」
ライが初めてリィン達に会ったあの日、マキアスも一緒にリィンが養子である事を聞いていた。そしてマキアスは直情的ではあるものの、リィンの事情を考慮出来ない程の考えなしという訳でもない。ならば、納得させる事さえ出来れば関係修復も不可能じゃない筈だ。
「なら次は、本題の《どうマキアスを納得させるか》ですか」
「──うぐっ」
うぐっ? 何やら景気の悪い声がクロウの口から漏れた。
2人の後輩の視線が集まる中、クロウは頭をぽりぽりと書いている。これはもしや──
「もしかしてクロウ先輩、これから先何も考えていないんじゃ……」
「は、ははは。……これでも4日間考えたんだけどよ。悪ぃが何も思い浮かばなかったわ。そもそも俺はマキアスとあんま面識がねぇから、マキアスの嫌っている貴族像ってのも良く分かんねぇし」
あれだけ推論を並べていた結果がコレである。
……しかしまぁ、思い浮かばないのはライ達も同じなので何も言うまい。
それよりも、今考えるべきなのはリィンも言っていた《どうマキアスを納得させるか》だ。頭で納得させただけでは意味がない。どうにかして心から納得させる必要があるのだが──。
「……納得する様子が想像出来ない」
「話をしようにも、取り合ってくれるかすら分からないからな。マキアスの貴族像とは違うとアピールをするにしても、俺達は一体どうしたらいいんだろう」
何らかの行動を起こす必要があるのは確かだが、マキアスが嫌っている人物像が分からない限り、明確な行動の方針も打ち立てられない。ならば──
「直接聞き出すしかないか」
ただ、行動あるのみだ。
「いやライ? それって下手すればもっと状況が拗れるんじゃ……」
「だが、今ここで悩んだところで前進しないだろ?」
ライはリィンの苦言をはね除けた。
この場合、どちらが正しいと言う事はない。ただライの性格上、問題解決に繋がりそうな可能性を前に歩みを緩める訳がなかった。
「──良く言った! んじゃ早速行動に移すとしようぜ! ライ、マキアスの場所は知ってるか?」
「恐らくチェス部かと」
軽快な足取りでトールズ士官学院に向かうライとクロウ。リィンは今も尚変わらないライの表情と行動とのギャップに呆れながら、ある1つの事実に気づく。
「……もしかしてこの中でストッパー役、俺しかいないんじゃないか?」
リィンは頭を押さえ、深くため息をつくのだった。
◇◇◇
──学生会館、2階。
ライ達は今、3人揃ってチェス部に通じる扉の前に立っていた。
「さて、ここまで来たはいいが、誰が聞き出す?」
「誰って、俺は今回の問題の当事者ですよ」
「同じく戦術リンクで」
リィンとライが即答する。
「おい、ちょっと待て。もしかして俺しか適任がいねぇのか? 俺は極論で言っちまえば赤の他人だぞ!? 何なら他のVII組の生徒も呼んで──」
「他の面々は部活中です」
「……しくった。こんな事なら別の日にしとくんだった」
クロウが片手で頭を抱えている。
流石のクロウも見知らぬ他人から情報を聞き出すのはハードルが高いらしい。
まぁ確かに、赤の他人と言っていいクロウに身の内を語るかと言われれば微妙な訳で。
そういう事情も加味すれば、戦術リンクと言う特殊な状況下にいるライと似た様な難易度なのかも知れない。
「ならここは俺が行きます」
「おお、助かるぜ」
クロウの返事を耳にしながら、ライはチェス部の扉に手をかける。
そして躊躇なく扉を開け放った。
……部室内を確認する。
入り口の向こう、部室の中には青髪の青年が1人でチェスの駒を弄っていた。
「あれ、どうしたんだい? 突然」
「ステファン部長、マキアスはどこへ?」
「ああなるほど、マキアス君を探しているのか。けど、残念ながら今日はまだ見ていないよ」
どうやらマキアスはいないらしい。
「はは、とんだ取り越し苦労だなぁオイ。……いや待てよ。なぁ、ここは1つ作戦変更して周囲の人間から探ってみないか?」
「まあ、それも1つの手ですか」
本人の預かり知らぬところで聞き込みをする事に若干の後ろめたさを感じるが、もう四の五の言っている場合ではない。故にライ達はここでプランBへと移行する事にした。
……と言う訳で、まずは第2チェス部部長のステファンに聞いてみたのだが、「貴族らしい傲慢さとかを嫌っているみたいだけど、それ以上は分からないかな」と言う返事しか得られなかった。
この作戦もどうやら一筋縄ではいかないかも知れない。
とりあえず、ライ達は一旦部室を出て作戦会議を始める。
「う〜む、出来ればもうちょい手がかりが欲しいとこなんだが。こうなりゃ近場の部室も当たってみっか」
「近くと言えば、……釣皇倶楽部や写真部、後は《文芸部》とかですね」
リィンが文芸部と言うワードを口にした途端、ライの体が一瞬固まる。
そして、急に方向を転換すると1階への階段へと急ぎ足で歩き始めた。
「なら俺は外を回ってきます」
「お、おう。確かに手分けして聞いた方が良いかもな。それじゃライは学院の外、リィンは本校舎の中、俺はココと図書館で聞き込みとすっか。んでもって1時間後に校門前集合って事で」
ライの素早い行動に物怖じしながらも、新たな作戦を組み立てるクロウ。
その話を最後まで聞いたライは一言「了解です」と返事し、急ぎ学生会館を後にした。
──重ねて言おう、文芸部には魔物が住んでいる。
◇◇◇
そうして、ライはトールズ士官学院の外周で聞き込みを開始した。
部活巡りをした時とは反対に渡り歩き、園芸部、ギムナジウムにあるフェンシング部や水泳部、馬術部、ラクロス部と順々に話を聞いていく。
途中、ベンチで眠るフィーを発見してそのまま苗の水やりをする事になったり、フェンシング部で傲慢そうな貴族生徒に遭遇すると言った出来事があったものの、肝心のマキアスに対する情報はあまり得られなかった。一応貴族であるラウラやユーシスの話も聞いたのだが、新たな見解と言えるものは見つからない。
──そして今、ライはグラウンドでの聞き込みを終えて校舎に戻る坂道を歩いていた。
石畳の階段を上り、校舎の正面玄関へと続く道を目指そうとするライ。そのとき、階段近くの木陰に置かれたベンチの上で、見慣れた金髪の少女が雑誌を読んでいる光景を目にする。
「ここにいたのか、アリサ」
「……あら、ライじゃない。どうしたの……ってその様子、何か私に用事でもあるのかしら?」
「マキアスに関して聞き込みをしてる」
「なるほどね。そう言う事なら喜んで協力するわよ。私もどうにかしたいって思ってたし」
アリサは手に持っている雑誌をぱたんと閉じてベンチに置き、姿勢を整えて話を聞く為の雰囲気を作り出す。まるで貴族の子女の様に自然で上品な身のこなしだ。ライはその事が少々引っかかったものの、気を取り直して「マキアスが嫌う貴族像の特徴に心当たりはないか」と率直に投げかけた。
「……う〜ん、マキアスの嫌う貴族像ねぇ。ごめんなさい、私も貴族らしい貴族を嫌う事しか分からないわ」
「そうか」
実に恐ろしきはマキアスの難攻不落さか。
ここまで聞き込みをしても成果を得られないとなると、この方法は間違っているのかも知れない。傲慢で在り来たりな貴族像、もう少し詳細な手がかりが欲しいところなのだが……。
「ところで、今日は部活に出なくていいのか? 先の聞き込みでラクロス部の同級生も心配していたぞ」
「フェリスが? ……どうせ『伯爵家の私と違って、アリサさんはラクロス部としての意識が欠けていますわね』とか言ってたんでしょ」
「一字一句正解だ」
「はぁ、そんな事だと思ったわ」
アリサは小さく肩を落とす。ライは遠回しな気遣いと受け取ったのだが、どうやら単純に言葉通りの意味だったらしい。人間関係とは奥が深いものである。
「それで、アリサは何故ここに?」
「……えっ? あ、うん。ちょっと用事があって。──っで、でもそろそろ部活に行く時間だから、この話はまた今度にしましょう!」
彼女はそう早口に捲し立てると、ベンチから立ち上がって、そそくさとグラウンドに走っていった。
……結果として、ベンチの側に残される形となったライ。
表情はいつものままだが、実際のところ呆然としているだけだったりする。
「今のは、はぐらかそうとした、のか?」
疑問系の語尾だが、ほぼ間違いなく正解と言っていいだろう。何らかしらの知られたくない事情に踏み込んでしまったのかも知れない。
そう考えたライはグラウンドから視線を外す。すると、今度はベンチの上に置かれた1冊の雑誌が目に入った。
(これはアリサの読んでいた雑誌か)
思い返せば、アリサはこれを読むときに複雑な表情をしていた。もしかしたらこの雑誌の中に、先のアリサの行動へと繋がる情報が隠されているのだろうか。
故にライは何気なく雑誌を拾い上げ、パラパラと捲り始めた。そして、折り目のついたページ、つまりはアリサが読んでいたであろう箇所を見つけると表題を確認する。
(ルーレ市に拠点を置く帝国随一の大企業、ラインフォルト社代表イリーナ・ラインフォルトへのインタビュー記事、か)
ルーレ、その都市の名には聞き覚えがある。
そう、それは確かラジオの向こう側から、シャドウ襲撃の被害が出た場所の1つとして。
何か嫌な予感を感じたライは急ぎインタビュー記事を流し読みする。文面によるとこのインタビューが行われたのは4日前、ライが先輩達と会った日だ。ルーレ市が襲われたのはさらにその3日前なのだから、恐らくはこの中に……
(……見つけた)
インタビューの中で、魔獣の襲撃に関する話題が出ていた箇所を発見する。
それほど長くはない文章だが、ライは注意深く確認する。
"そう言えば、最近貴社の本社ビルが魔獣の襲撃にあった様ですね。何でもビルの一角が崩壊したとか"
"ええ、幸い我が社に腕利きの人物がいたので大事には至りませんでしたが、一歩間違えれば人的被害にも繋がったでしょうね"
"ラインフォルト社の兵器に対する信用が揺らいでいるとの意見が出ていますが? "
"ご心配なく。現在、帝国軍と提携して調査・開発を進めております。ここ一ヶ月の間に出没している魔獣は、従来のものと異なる性質を持っているとの報告も得ていますので、我が社としては──"
その後はラインフォルト社の開発する兵器の話や、エレボニア帝国における配備状況などに話題が移っていった。
……どうやら人的被害は軽微、嫌な予感は杞憂に終わったらしい。だとすればアリサは何故この記事を読んで難しい顔をしていたのだろうか。今度はその疑問を抱えながら記事を読み進めていく。そして記事の終わり、イリーナ・ラインフォルトの写真を見つけたライは微かな引っかかりを感じた。
眼鏡をかけた金髪の女性。
彼女に見覚えはないし、ラインフォルトと言う姓に聞き覚えもない。
けれどもその顔にはどこか面影があったのだ。先ほどまで話していた少女、アリサに。
(これは──)
ライがその事に気づいた瞬間、自身のARCUSが着信の音を鳴らし始める。……そうだ、今はアリサの謎ではなくマキアスの問題を探し求めていた筈だ。この雑誌については後で考えた方がいいと判断し、ライはARCUSを耳に当てる。
「リィンか、どうした」
『"どうした"じゃないだろ。もう約束の1時間は過ぎているぞ』
「……あ」
時計を確認すると、既に時計の短針が一周してしまっていた。立夏の風がライの冷や汗を撫でる。
『……もしかして、忘れてたのか?』
「悪い30秒で向かう」
『いや、そこまで急がなくていいから』
「分かった、20秒待っててくれ」
全く分かっていないライは通信ボタンを切って雑誌をもとの位置に戻し、即座に反転して校門前へと駆け出していった。
◇◇◇
トールズ士官学院の校門前に辿り着いたライは、黒髪と銀髪の2人組、つまりはリィンとクロウのもとへと駆け寄る。
「遅くなった」
「ははっ、中々の重役出勤っぷりじゃねぇか」
「……本当に20秒だったな」
ライのいた場所は校舎横にあるグラウンド入り口。案外この場所に近かったので、雑誌を置く動作を挟んでも間に合ったのだ。それを説明するとリィンもしぶしぶ納得する。
「んじゃ、早速情報交換と行きますかね。ライ、何か手がかりはあったか?」
「いえ、貴族らしい貴族と言う話以外は何も」
「……そっちもか。俺達んとこも似た様な感じだ。こりゃテンプレ的な貴族像が正解ってことなのか?」
実際のところ、正解かどうかは微妙な状況となってしまっている。
他に手がかりが得られない以上その可能性は高いのだが、あまりにも普遍的な貴族像である事が逆におかしい。マキアスが深いところを隠していると捉えた方が筋が通るくらいである。
「これはもう本人を捜して──」
当初の予定に戻そうと提案するライ。しかしそのとき、
「いや、その必要はない」
4人目の声がライの言葉を遮った。
ライ達は揃って視線を4人目へと向ける。そこにいたのは緑髪の生真面目そうな青年、マキアスであった。彼は不審な目つきでライ達を睨んでいる。
「マキアス……」
「こそこそと僕の事を嗅ぎ回っていたようだな。そこまでして僕の弱みを掴みたいのか」
ライ達が手がかりを探しまわっているという情報を耳にしたのだろう。しかし、彼はライ達の行動を別の意味で捉えてしまっていた。リィンはその事を訂正しようと口を開くが、ライが静かに片手で遮る。
「──ライ?」
「今回の提案をしたのは俺だ。俺が何とかする」
ライは1歩前に出てマキアスと向き合う。
始めから本人に聞く予定だったのだ。ならばこの状況、最大限活用させてもらおう。
「悪かった。理由は何であれ探ったのに変わりはないからな」
「どうせ君も俺を責める為に聞き回っていたのだろう? あのリンク時の様にな」
マキアスがライを睨みつける。……今のはマキアスの体験したリンク時の内容か? いや、余計な事は考えるな。今はマキアスの問題に意識を研ぎすませろ。
「俺の事はどうでもいい。それより何故貴族を嫌う」
「何を聞くかと思えばそんな事か。貴族と言う存在は平気で他者を傷つけ追いつめる。貴族や体制そのものが僕にとっての敵なんだ」
落ち着いた口調、だがその裏には抑えきれない激情が垣間見える。貴族とその体制に対する怒りこそがマキアスの嫌悪感の根源だとライは直感で納得させられた。
しかし、それでもライは問いたかった。貴族を嫌ったままで構わない。その激情を隠す必要もない。けど1つだけ、どうしても確認しておきたい事があったのだ。
「本当にそう思ってるのか?」
「……何!?」
ライはその微動だにしない青い瞳をマキアスへと向けた。
その揺るぎない視線に、眼鏡の奥に見えるマキアスの瞳が狼狽える。
「本当にリィンがそんな人物だと思っているのか、そう聞いているんだ」
「……ふん、当然だろう。貴族は自分のためなら、何だって──」
「聞きたいのは"貴族"の話じゃない。"リィン"の話だ」
「…………っ……!」
マキアスがリィンと言う個人を見た上で嫌うならライは何も言えない。しかし、今のマキアスは貴族と言うだけでリィンにレッテルを貼ってしまっている様に見えた。だからこそライは問う、リィンをどう思っているのかと。
旧校舎の中でマキアスは辛そうに話を切り上げていた。本当はマキアスも気づいているのではないか? 貴族と言うレッテルで区別出来る程、リィンは、それにユーシスも単純ではないのだと。
──しかし、それでもまだマキアスの意見は変わらない。
「…………そ、そう思うに決まっている! 大体僕たちはまだ1ヶ月しか接していないんだぞ! 彼は違うなどと断言出来るものかっ!」
まるで自分に言い聞かせているかの様に叫んだマキアスは、校舎の奥へと急ぎ足で消えていった。その光景をリィンとともに見送る。
「行ってしまったな」
「……済まない」
重苦しい静寂が辺りを包む。マキアスの本音と思わしき言葉を聞けたのは収穫と言えるかも知れないが、この状況は喜べるものではないだろう。言外に落ち込む2人。……しかし、ただ1人クロウだけは別の捉え方をしていた。
「いや、これは案外ファインプレーかも知れねぇぞ」
「え?」
リィンが疑問混じりの声を上げた。
ライもリィンと同様の意見であるため、クロウに向けて「どういう意味なのか」と視線で訴えかける。
それを受け取ったクロウは一旦肩をすくめ、まるでギャンブルで勝機を見つけたかの様な不敵な表情で語り始めた。
「そう気構えるなよ。この状況は危険でもあるが、同時にチャンスでもあるって話さ」
「チャンス……?」
「ああ、今までのマキアスは悪い意味で安定していたんだろうな。だが、さっきのライとのやり取りでそこに一石が投じられた。今のマキアスに対してなら、貴族としてでなくリィン自身を意識させる事も不可能じゃない筈だぜ」
クロウが言うには、先ほどのマキアスは口では否定しながらも、どこか迷いを抱えている様子であったらしい。表面化した迷いや葛藤は成長へのきっかけでもある。故にうまく接する事が出来れば、マキアスの視野を広げる事にも繋がるだろうとの事だった。
「まあ、時には迷う事も大切だってこった。どこかの誰かさんみたいに迷いを排する奴を説得するのは骨が折れるしな」
「……ああ、確かに」
リィンが心から納得した様な顔をする。
どこかの誰かさん、それは一体何者なのだろうか。
「……やっぱ自覚ねぇんだな。まあいい、そんじゃ俺達も行くとすっかね」
「行くって、どこにですか?」
「決まってんだろ。マキアスを変える絶好の場を整えにだよ」
そう言ってクロウは校舎に入る正面玄関へと歩き出す。そして、数歩進んだとこで反転しライ達に向き直った。
「要するに今のマキアスとリィンとが無理やりにでも関わり合える場があればいいんだろ? ──なら、うってつけの奴があるじゃねぇか。お前らVII組を大いに成長させうる1大イベント、来週の《特別実習》がな」
ライとリィンに向けてしたり顔で宣言するクロウ。
その赤い瞳には、成功を確信する猛々しい光が灯されていた。
結論は似てても過程が違う、そんなお話でした。
年内最後の投稿になります。
ここ最近の文字数は毎回8000字越え。一週間投稿を維持するのは難しいかもしれません。しかし、それでも投稿は続けていきますので、来年もどうかよろしくお願い致します。
それでは皆さん良いお年を……。