1週間以上の遅れが発生する場合は活動報告に乗せていきますので、気になる方はご確認下さい。
「――ふぅむ、日本という国か。残念ながら聞いた事がないのぉ」
「学院長にも心当たりはありませんか」
ライ達を先に帰らせたサラは、学院長のもとに訪れて調査の報告をしていた。
格式ある導力灯に照らされた校長室。予定よりも調査が長引いてしまったので、ひとまず学院長であるヴァンダイクに報告する形になったのである。
「それで、サラ教官。その日本が旧校舎の中にあったと言うのは間違いないのじゃろうな」
「正確に言えば日本の辰巳ポートアイランドと言う場所ですね。私も夢だと思いたいくらいですけど、証拠もあるんで疑い様がないかと」
サラは懐にしまっていたパンフレットをヴァンダイクに渡した。
神妙な面持ちで紙をめくるヴァンダイク。空想の産物と考えるにはあまりにも現実味を帯びた内容であったため、彼も辰巳ポートアイランドという場所の存在を許容する他なかった。
「……にわかに信じがたい話じゃが、ここに書かれた空間は確かに存在する様じゃのう。しかし、サラ教官が訪れたのは本物の辰巳ポートアイランドじゃったのか?」
「恐らく旧校舎にあったのはポートアイランドを再現したものだと思います。あの空間で見つけた3人組も過去の光景を再現した様な感じでしたし、空間的に曖昧な場所だったので」
「うむ、そう考えるのが妥当じゃろうな。他に気づいた点はないか?」
「そうですね。……しいて挙げるなら2つ、でしょうか」
サラが辰巳ポートアイランドに訪れて感じた2つの事柄。それを頭の中で反芻し、推測という形にまで昇華する。
「まず1つ目。日本は昔からシャドウに関わっていたと思われます」
「ふむ、旧校舎内に再現されていた事からも2者に関係があるのじゃろうが、断言する理由を教えて貰えんか?」
「3人組が消える寸前に現れた”桐条美鶴”というペルソナ使いが、自らをシャドウ事案特別制圧部隊の一員と言っていました。つまり――」
「専門部隊が設立される程度には認知されている、という訳じゃな」
その根拠は街道灯と同じ原理である。
このゼムリア大陸において魔獣が広く現れるからこそ、対策として街道灯が開発された。同様にシャドウが現れているからこそ、対シャドウの専門部隊が存在しているのである。
であるならば、今回の異変に日本が関わっている可能性は十分に考えられる。
「そして2つ目もこの事に関わってきます。それは――……」
続けて2つ目の話題、ライが日記を読んだときに判明した問題へと話を移そうとしたサラが、唐突に言葉を止めた。
その理由は1つの迷い。
今から報告しようとする内容は自身の教え子に関するものだ。本当にサラが感じた懸念をそのまま伝えても良いのかという懸念が、彼女の口を閉ざす。
「サラ教官?」
だが、黙秘したところで状況が変わる訳でもない。サラは一旦瞳を閉じ、意識を入れ替えてからゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「それは、ライ自身も、日本に関わりがあるだろうと言う事です」
「……ほう」
ヴァンダイクの目つきが変わった。
この1ヶ月、何の進展もなかったライの素性に関する話題なのだから無理もない。
そう判断したサラは日記を取り出して、やや早口に説明を始めた。
「この日記に書かれた日本の言語、それをライは当たり前の様に読み解いていました。本人に自覚はない様ですが、「ちょっとよいかな?」……なんですか、学院長」
しかし、ヴァンダイクはサラの話を唐突に止める。
間違いなくライの素性に興味がある様子だったのに何故止めるのか。
ヴァンダイクの突然な態度の変化に、サラは疑問を感じた。
「サラ教官。お主はライ・アスガードの事をどう考えておる」
「どうって……」
「言葉通りの意味じゃ。今の話を聞く限り、彼が今回の事件に深く関わってるのは間違いないじゃろうな。……それを踏まえた上で問いたい。お主にとってあの青年は、黒か?」
黒、つまりはライに対して疑惑を抱いているのかとヴァンダイクは聞いて来たのだ。
その問いに対して素直に答えようとするサラ。
だがしかし、その答えを口にする事ができない。いや、正確に言えば自分がライを疑っているのかを、サラ自身が判断出来なかったのである。
始めの頃は確かに疑っていた。
トワの話を聞くまで、サラは白紙の経歴を持つライを疑惑の目で見ていたのは今でも覚えている。
しかしその後、彼と話し合う中で、サラはライを信頼しようと思った。表情には現れ難いが、彼は心優しい信頼に足る人物なのだと。
でも実際のところ、サラはライを完全に信頼してはいなかったのではないか。
ライから渡された日記に書かれた日本の言語を見たときに感じた懐疑心。思えば、ヴァンダイクに説明しようとしたときに躊躇したのも、サラ自身の中に未だ疑惑の念が残っていたからなのかも知れない。
ライは黒か、それとも白か。
シャドウという未知の問題を抱える身として、情報をもとに客観的な立場で疑う事は間違っていない。だが、それで良いのだろうか。あの記憶喪失の青年が事件の元凶だと決めつけて良いのかと、サラは深く悩みこむ。
――そして苦渋の末、答えを決めた。
「……冗談っ。関わりがあるからと言って彼が元凶だとは限りません」
「ふむ、その根拠は?」
「無論、1ヶ月教官として接した私の勘です」
未だに疑わしい立場にいる青年。
彼を疑う事はいくらでも出来るだろう。しかし、逆に彼を信じる事が出来る存在は誰か。そんなもの、担当教官である自分を置いて他にいないとサラは感じたのである。
そんなサラの表情を見つめるヴァンダイク。
月夜の校長室の中に緊張が流れる。
そして数瞬の時が経ったとき、彼は硬い表情を崩してサラに笑いかけた。
「それで良い! サラ教官も教官職が板について来た様じゃのう」
「あー学院長、試しましたね?」
「いや何。VII組には多様な生徒が集う都合上、他のクラスよりも軋みが生じやすい環境になっておる。ならばこそ、少しでもサラ教官の助けになれればと思ったのじゃよ。……まあ、試す形になってしまったがのう」
サラの緊張が解かれ、どっと疲れが押し寄せて来た。
学院長であるヴァンダイクは、教官とシャドウ調査で板挟みになっていたサラの心を見通し、その捻れを解こうとしていたのである。
もう少し穏便に解いてくれないものかと、サラは小さくため息をついた。
「……それにしても、クラスの軋みねぇ」
「む? 何か問題でもあったのか?」
あった。そう、あったのだ。
今日の夕方、新たな軋みが生まれようとしていたのをサラは確認していたのである。
「ええ、実は――」
どうせならこの問題についても相談しようと、サラは学院長に今日の出来事を伝え始めた。
◆◆◆
――それから10日後、5月19日の放課後。
日常の生活へと戻ったライは今、学生会館1階の食堂にある席に座っていた。
丸テーブルの上に並べられているのは細かい文字が書かれた紙。その内容を確認して整理し、必要な部分にペンを走らせる。
そう、これは生徒会の仕事だ。まだまだ新入りのため重要な書類ではないが、それでも学院を運営する為のものである為、素早くかつ丁寧に書き進めていく。
しかしながら、そんなライの思考は作業とは全く別の事を考えていた。
(リィンとマキアスの仲は未だ険悪、か。……どうしたものか)
旧校舎調査の日から続く2人の関係にライは頭を悩ませていたのである。
ただでさえ戦術リンクやユーシスとの問題があるのに、加えてリィンとの確執も発生してしまったのだ。ライはひとまず自身の境遇を放り投げて、マキアスの問題をどうにか出来ないものかと考えを巡らせていたのだった。
しかし、そう簡単に解決案は出ない訳で。
そうこうしている内に、テーブルの隅に置かれたラジオから音声が流れて来た。
ここトリスタに居を構える放送局、トリスタ放送のニュース報道である。
『……――ザザ――3日前に起こったルーレ市の襲撃事件に続き、今度はクロスベル自治州との境界線にあるガレリア要塞でも魔獣の襲撃が発生しました。しかしながら、周辺を守る第4機甲師団によって早急な対処がとられ――』
(魔獣の襲撃事件。これも、シャドウだろうな)
ライは常にこの時間に放送されるニュース番組を聞いていた。
帝国全土で発生している魔獣の襲撃事件。頻度はまちまちだが、今も変わらず事件は発生している。場所も毎回ばらばらであり、例えライが直接討伐に行けたとしても対応しきれる範囲ではなかった。
『無事、撃退に成功したとの事です。最近相次ぐ魔獣の襲撃に対し専門家は――……、七耀脈の……――ザザ、――ザァ――――……』
と、ライが現状を歯がゆく感じていると、ラジオの声が聞こえなくなった。
ラジオから聞こえてくるのは酷い砂嵐の音。前々からノイズが酷かったがついに壊れてしまったらしい。ライはペンを置き、騒音を鳴らすラジオをいじり始めた。
そんな中、長身の男性がライに近寄ってくる。
「おっ、ライじゃねえか。何してんだ?」
その声にライは視線をラジオから外した。
声の主は銀髪をバンダナで持ち上げた緑服の青年、要するにクロウである。
「生徒会の書類を纏めていました」
「……これ全部か?」
クロウはテーブルの上に重ねられた書類を眺める。
そしてライの顔を二度見。何度確認されたってライが纏めたものだから頷く他ない。
「はは、は。トワが生徒会に入れたって聞いた時はどうなるかと思ったが、こりゃ適任かも知れねぇな。……トワの想定以上に」
感心と呆れが混ざりあった様な顔をするクロウ。
何か問題でもあっただろうか。
「ま、いっか。それよりお前が持ってる機械は何なんだ?」
「ラジオです。今は調子が悪いですが」
「へぇ、それがラジオねぇ」
ライは修理のヒントが得られないかとクロウにラジオを渡し、書類纏めの作業に戻る。ペンの走る音と、ボタンをぽちぽちと押す音。2つの小さなリズムが食堂の雑踏に紛れて消えていく。
そして、数分後。
いきなりライの隣から大音量の砂嵐の音が襲いかかった。
鼓膜を叩く騒音に、食堂内の全員が驚いた顔でクロウへと顔を向けている。そんな注目の的であるクロウは、あわてて音量(ー)のボタンを連打していた。
「〜〜うっせぇ! …………っと、あ〜、よーやく収まったか。こりゃジョルジュに渡した方が早いな。ライ、機械に詳しい奴がいるんだが紹介するか?」
どうやらクロウに直せる伝手があるらしい。
渡りに船な提案であるので、ライも特に考え込む事なく返事する。
「なら、お言葉に甘えて」
「おーけー。んじゃ、早速行くとしようぜ」
話によるとその人物は技術棟にいるらしい。
ライは学生会館の出入り口へと向かうクロウに追いつく為、最後の書類をサッと書き上げて席を立った。
◇◇◇
――技術棟。
導力器を調整する機械が並べられた技術棟に訪れたライとクロウは、机を挟んで談笑する2人を発見した。1人は技術に精通していると思われる大らかな体系の男子生徒。黄色いツナギを着て作業用のゴーグルを頭にかけた彼は、穏やかな雰囲気で導力器を調整している。
そして、もう1人はライも知っている小柄な茶髪の少女だ。我らがトールズ士官学院の生徒会長、トワ・ハーシェルである。
「あれ、ライ君? どうしてここに?」
「そう言うハーシェル先輩こそ」
「あ、うん。生徒会の仕事も一段落したから、ここでちょっと休憩してるの。ライ君は?」
「俺はラジオの修理に」
懐からラジオを取り出す。それは依然としてノイズを周囲にばらまいていた。
「そー言う訳だ。ジョルジュ、こいつの修理頼めねぇか」
「いいけど、それ珍しい形だね」
「あっ、それ俺も気になってたんだ。どこで手に入れたんだ、ライ?」
ライのラジオを興味深そうに眺めるジョルジュとクロウ。
それ程までに、この携帯型のラジオが気になるのだろうか。
しかし購入経路と聞かれても、この携帯ラジオは少々特殊な場所で手に入れたものだったりする。ライは裏面に書かれた”桐条グループ”の刻印を眺めながら、言っても良いのか少し悩み込んだ。……まあ、ここには関係者がほとんどなので話しても構わないだろう。
「旧校舎の中で入手しました」
「ははぁ、なるほど旧校舎の中で……って、はあっ!?」
何故かクロウが驚いている。
「心配せずとも料金は置きましたが」
「いや、そう言う意味じゃないっての! 何で旧校舎の中にラジオがあるんだよ。どう考えてもおかしいだろ!?」
そう言えば、旧校舎内にあった都市について先輩たちに話していなかったとライは思い出した。
まあ、ちょうど良い機会なので、あの日の出来事について事細かに説明するとしよう。
…………
「……マジか。あの奥にそんな場所があったとはなぁ」
「う〜ん、やっぱり不思議な場所だねぇ」
1番初めにあの旧校舎に突入した2人にとっては、この事象に色々と思うところがあるらしい。
ライはそんな彼らの様子を眺めていると、ジョルジュがゆっくりと近づいて来た。
「でもそう言う事なら、壊れた場所を探すより構造そのものを調べた方が良さそうだね。ちょっと時間かかるけど構わないかい?」
「ええ、お願いします」
手に持ったラジオをジョルジュに預け、作業場へと向かう彼の広い背中を見送った。
◇◇◇
……そうして、唐突に出来た空白の時間。
ライはとりあえず技術棟のテーブルに座ると、反対側に座るトワに呼ばれた。
どうやら生徒会の仕事で伝え忘れていた事があったらしい。
「ねぇライ君。この前渡した書類なんだけど、5日後までにお願いできるかな?」
なんと、ここに来る前に書類の期日は5日後だった様だ。
しかしまあ、実質もう期日の心配をする必要はないだろう。なぜなら――
「いえ、先ほど終わりました」
もう、とっくに終わっているからだ。
だてに授業を聞きながら辞書を高速で捲り続けてはいない。少々勝手は違うが、この程度の作業なら朝飯前である。
「えぇっ!? もう終わっちゃったの!?」
「やるからには全力です」
最近、決め台詞になりつつある言葉を口にしながら書類を取り出した。
「ちょ、ちょっと見せてっ!」
と、トワが慌てた態度で書類をひったくる。
何だかトワらしくない行動だ。
どうしてこうも焦っているのか、早く終えた事に何か問題でもあるのか、とライは不思議に思っていると、隣に座るクロウが茶化した様に答えをバラした。
「はは、無難な仕事で時間を使わせようって作戦、失敗しちまったなぁトワ?」
どうやらトワの計画では、書類に時間を割かせてライの行動を抑制しようとしていたらしい。しかし、想定以上にライが早く仕上げてしまったため、淡くも作戦は崩れ去ってしまったと言う訳である。
そして、もしライの効率に合わせて仕事を増やした場合、無茶をさせない為に無茶な量の仕事を与えるという矛盾が発生してしまう。トワにとって、まさに八方塞がりな状況になってしまっていた。
「ううぅ、書類に間違いもないし何も言えないよぉ……」
黄色い瞳の目尻に涙がにじんでいるトワ。
真面目に仕事をこなした筈なのに、何故か気まずいライであった。
…………
「はぁ、どーしたらライ君の無茶を止めさせられるのかなぁ」
「……なあ今更だが、それトワが言えた台詞じゃないんじゃないか?」
クロウが鋭くトワに突っ込む。
ライは直接見た事ないが、トワも生徒会長の仕事を相当一生懸命に頑張っているらしい。話によると教官の仕事も手伝っているらしく、彼女の苦労を減らす事が生徒会の総意になっているレベルである。
「それでも、ライ君の無茶は度が過ぎてると思うの。なんだかライ君自身とは別の限界があるみたいで、いっつも平然と無茶してるんだから」
しかし、彼女の中では譲れないラインがあった。
その境界を理解していないライにとっては、その事に反論など出来る筈がない。
「善処します」
「ライ君は信じてるけど、その言葉はぜんぜん信じられないよ!」
「……済みません」
堂々巡りのやり取りを続けるライとトワ。
言葉ではトワが優勢だったが、端から見たら、涙目のトワをライが無表情でいなしている様にしか見えないだろう。
――そんな何とも言えない技術棟の空気を変えたのは、唐突に外から入って来たライダースーツ姿の女子生徒であった。バイクを携え、ゆっくりと建物の中に入ってくる。
「おや、君は噂の1年生かい? 私のトワを泣かせるとは良い度胸だね」
「ア、アンちゃん」
「うっす、ゼリカ。今日も女の子を口説いていたのか?」
「いや、今日口説いたのは
「構わないよ。けど今は彼の機械を調べている最中だから、何時もの場所に置いてくれるかな」
飄々とした雰囲気を纏う短髪の彼女は、バイクを両手で牽引して技術棟の隅に止めた。
どうやら先ほどまでバイクを乗り回していたらしい。
女性にしては凛々しい素顔に笑みを浮かべ、ふぅ、と一息ついている。
「アン・ゼリカ……?」
「ふふ、"アンゼリカ"で1つの名前だよ。2年I組のアンゼリカ・ログナーだ。よろしく頼むよ、後・輩・君?」
「ライ・アスガードです。今後ともよろしく」
アンゼリカと軽く握手を交わした。
1年上の先輩アンゼリカ・ログナー。確か四大名門の1人もそんな家名であったと記憶している。だとすれば彼女もユーシスと同じ大貴族の子なのだろうか。
まあそれは良いとして、今の自己紹介で気になった事がもう1つ――
「I組、……貴族クラス? 確かハーシェル先輩やアームブラスト先輩は平民クラスですよね」
「ついでにジョルジュもな。――っま、確かに部活以外で平民クラスと貴族クラスの生徒が仲良くしているのは珍しいわな」
このトールズ士官学院では部活動やVII組などの例外を除き、基本的に貴族クラスと平民クラスの間に友好はないと言っていい。だからこそライは気になったのだ。何故ここにいる4人はこんなにも親しげなのかと。
その答えは対面にちょこんと座るトワが話してくれた。
「えっとね、わたし達が仲良くなったのはARCUSの試験導入がきっかけなんだ」
「試験導入……VII組設立のためですか」
「そうだよ。だからわたし達も去年、特別実習で色々な場所にいってるの」
話している最中に懐かしくなったのか、トワは瞳を閉じてじーんとしている。
1年間仲間として過ごして来た絆が、彼らを身分の垣根を越えて結びつけているのだろうか。
「懐かしい話だね。1年前のクロウはあんなにも虚ろな奴だったのに、今じゃこんなにも感情を出す奴になって――」
「おいゼリカ、なに人聞きの悪い事言ってんだよ。俺は昔から変わらねぇっつーの」
「まぁまぁ、2人とも」
親しげにいがみ合うアンゼリカとクロウを諌めるトワ。
遠くで作業しているジョルジュも、手を動かしながら優しげに3人を見守っている。
……いつか、VII組もこんな関係になる事が出来るのだろうかと、ライは複雑な心境で彼らを眺めていた。
◇◇◇
「結論から言うと、このラジオのノイズを消す事は難しいね」
ラジオの調査を終えたジョルジュから帰って来た言葉は、ライにとって望ましくない結論であった。
「理由をお聞かせ願えますか」
「そもそもこのラジオは導力波を受け取る仕組みになっていないんだ。多分導力とは別の波を受け取っている見たいでね。今まで放送が聞けていたのも偶然波の性質が似ていたからだと思う。……だから、もしこのラジオを直そうとするなら、中身を全部取り替える必要があるだろうね」
中身を全部替えるなら、始めから別の導力ラジオを買った方が早いし安上がりだ。
これはもう納得せざるを得ないだろう、ライの手に入れたラジオは使い物にならないのだと。いや、そもそもあの世界の物を使おうとした事自体が間違っていたのかも知れない。
「そこで提案なんだけど、技術棟にある中古のラジオとこのラジオを交換してくれないかい?」
「? 良いですが、そちらに何のメリットが?」
「いやぁ、実はこのラジオに使われている技術の中に興味深い物があってね。技術畑の人間としてもう少し調べてみたいんだ」
そう言えば、ラジオを手に取った電化製品の店でアリサも似た様な事を言っていた。
ライにとっては使い難い道具も、彼にとっては宝箱の様なものなのだろう。
「なら、他の機械も持ってきますか? また旧校舎に行く機会もあるでしょうし」
「本当かい! なら、今度はもっと複雑な機能のものを頼むよ」
「任せて下さい」
こうして、ライはジョルジュの
◇◇◇
――そして、技術棟からの帰り道。
ライは譲り受けた中古の導力ラジオを両手に抱え、クロウと共に帰路についていた。
彼と2人で帰っている理由は単純明快、技術棟から出る際に一緒に帰らないかと誘われたからである。何でも1つ話があるそうだ。
「どうしたんですか突然」
「……いや、取り越し苦労なら良いんだけどよ。お前なんか悩みでもあるんじゃねえか?」
衝撃が走った。
まさか普段おちゃらけて見えるクロウに見破られるとは。
「おい、今なんか失礼な事を考えなかったか?」
「いえ何も」
「……ま、いっか。とりあえず食堂と技術棟で2回ほど黄昏れていたからな。旧校舎で助けられた借りもあるし、何とかしてやろうかと思った訳さ」
「表情に出てましたか」
「相手の機敏を察するのはギャンブルの鉄則だからな。まぁ、めちゃくちゃ分かり難いけど、多分トワ辺りも察してたと思うぜ」
どうやら予想以上に広範囲にバレていたらしい。
もう覚悟を決めるしかないだろう。ライは腹を括って今VII組で起こっている問題を話し始める。
…………
「へぇ、あのリィンがマキアスとの間に不和とはねぇ」
「正確にはマキアスが一方的に嫌っている状況ですが。――後、リィンとも知り合いだったんですか」
「まぁな、この前ちょっとギャンブルを、……ってもう第2学生寮前か」
気づいたらもう平民クラスの寮である第2学生寮の前に着いていた。
丁度、部活生の帰宅時間とも重なっているので、ここで長々と相談する訳にもいかないだろう。
「んじゃ、こっちでも作戦練ってみるから、今度の自由行動日にリィンも加えて駅前に集合な」
「了解です」
その一言を聞いたクロウは、手をふらふらと振りながら寮の中へと入っていく。
さて、この行動が吉と出るか凶と出るか、それとも徒労で終わるのか。
ライは先行きが見えない次の自由行動日、5月23日を思いながら、夕焼けに染まる街路へと消えていった。
早く特別実習に行きたいところですが、ペルソナは人間関係も重要な鍵となっているのでこの様な形に。少々ネタバレですが、後2話を挟んで実習に行く予定となっております。