心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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19話「異聞録、月光館学園」

 商店街を抜けたライ達は、いつの間にか大きな白い校舎の前に立っていた。

 広々とした校門と校舎を繋ぐ一本道。その両脇には青々とした木や芝生が植えられており、都会とはまた違った雰囲気を醸し出している。

 

 そして、校門には《私立月光館学園 高等部》という文字が彫られている事から、ここは間違いなくライ達の目指していた月光館学園という場所だと言う事が分かった。

 

「……あれ、パンフレットの写真じゃもっと遠かった筈なんだけど」

「サラ教官、ちゃんと確認したんですか?」

「流石に数十セルジュもありそうな距離を間違えたりしないわよ。……やっぱりここも旧校舎と同じって事なのかしら」

 

 今までは代わり映えのしない都会だから気づかなかっただけで、この空間も物理的法則から外れた場所なのだろうか。だとすれば、ここもやはり旧校舎の中という事になる。

 

 ――因みにセルジュとは長さの単位だ。

 ライが部活見学の後に調べた情報によれば1セルジュは100アージュ。故に数十セルジュとは、ライの知るメートルに換算すれば数キロメートルと言う事になる。

 そんな長距離であるならば、サラが誤認する可能性は限りなく0に近いだろう。

 

「それにしても、真っ白で奇麗な校舎ですね」

「うむ、前に書物で見た白亜の旧都を思わせる様な美しさだな」

 

 女性陣が校舎の美しさに感嘆の声をあげている。

 新品の様な白い校舎と青い空、そして黄緑色の草木。まるで絵画の様に美しい光景なのだから、そう思うのも当然だろう。

 

「それにここ相当広いわね。視界いっぱい全部敷地なんじゃないかしら」

「アリサ、私達の見ている校舎はほんの一部見たいよ。これもパンフ情報なんだけど、この校舎は高等部のもの。他にも中等部と初等部の校舎があるらしいわ。そもそも私達のいる辰巳ポートアイランドだってこの学園のために作られたものなんですって」

「って、学園のために島を建設したんですか!? ……たしか、桐条グループでしたっけ。いったい何を"やらかしたら"こんな事が出来るのやら」

 

(……ん?)

 

 若干、アリサの言葉が刺々しいものに変わった。

 企業に対して何らかの苦い思い出でもあるのかとライは気になったが、それをアリサに尋ねるよりも先に、リィンが小声で話しかけて来る。

 

「俺たちの目的はあの3人組だったよな。そろそろ中に入った方がいいんじゃないか?」

「……そうだな」

 

 最もな意見だと思ったライは、ひとまず今の疑問を思考の隅に置いた。

 今の第一目的はこの空間の謎を追う事だ。今のアリサの件、それに先ほどのマキアスの件だって気がかりだが、目移りしていては何一つ解決しないだろう。

 

 二兎追うものは一兎も得ず。

 そのことわざを噛み締めてライは一歩を踏み出す。

 

 目指すはあの3人組がいるであろう校舎の中だ。

 ライは、いやライ達は気持ちを入れ替え月光館学園の奥へと入って行った。

 

 

◇◇◇

 

 

「ってあれ? 夕方になっちゃった」

「急な変化ね。……近くに彼らがいるのかしら」

 

 ライ達が校舎に入ったとたん、周囲の景色が茜色に切り替わった。

 まるで最初から夕方だったかの様に、窓の外には赤い夕日が顔を覗かせている。

 

 現実ではありえない光景。しかし、既にライ達はこの様な状況に慣れてきていた。

 何が起きても可笑しくない空間なのだから、時間が切り替わったところで不思議な事ではない。という嫌な慣れである。

 

 それ故に誰もこの異常を気にする事無く、ただ校舎内を見回して例の3人組を捜していた。そして、

 

「……案外近くにいたね」

 

 少し奥に踏み込んだフィーが彼らを見つけた。

 場所は入り口から死角になっている物影、少し見る場所を変えれば簡単に見つかる場所である。どうやら彼らはポロニアンモールから運んで来た段ボール箱を、目立たないその場所に置いていたらしい。

 

『――んで、本当に荷物はここでいいの?』

『うん! 後は明日、皆で2階の生徒会室に運ぶ予定だから、これでOK!』

『なら任務完了か』

 

 一仕事終えた3人はうんと背伸びをしている。

 異常の原因を探っているライ達にとっては、もどかしく感じる程に日常的な風景だ

 

「フン、こんな普通の光景を見たところで何か分かるとも思えんが」

「でも他に手がかりが無いのよねぇ。……ってちょっと待って、誰か来たわ」

 

 学園の通路から現れた新たな登場人物。

 中年の男性だろうか。

 ライ達が静かに見守る中、3人組もその男性に気づいて会話を止める。

 

『おっ、警備員のおじさん発見! ――ちょっとごめんね。この荷物について伝えておかなくちゃ』

 

 生徒会の役員だという葵が、頼城と友原に断りを入れて男性のもとへ駆け足で向かう。

 一晩置くことを伝えて、警備の邪魔にならない様にするのだとライは理解した。

 そんなライも生徒会の新入りである。

 

『あのー。生徒会の荷物なんですが』

 

 制服を着た男性の前に立ち、可愛らしい声で話しかける葵。

 

 ……しかし、男性は彼女の声にピクリとも反応せず、虚ろな目でぶつぶつと何かを呟いていた。

 

『……――…………――――……』

『えと、警備員さん? 何を言ってるのか聞こえないですよ?』

 

 不思議に思った葵が、警備員の男性に耳を近づける。

 体調が悪いのなら保健室に運ばなければ、とでも考えていたのだろう。

 

 

 だが、聞こえて来た言葉は、そんな思いとはかけ離れたものだった。

 

 

『……そうだ、この世界は間違ってた。こ、こここの世界は間違ってたんだ、間違ってた、間違ってた、間違ってた、違った、違った、違った違った違った違った違った違った違った違った、ち、違ったんだ、この世界は違っ――――』

 

 

『…………え?』

 

 

 葵が思わず一歩下がる。

 

 ひたすらに繰り返される異常者の言葉。

 男性は頭を掻きむしり、酷く怯えた表情で狂気を乱暴に吐き出し続ける。

 

『この世界は間違ってた。に、偽の神によって創られたが故にこの世界は不完全で、だから間違ってた、ま、まま、間違ってたんだ、まちが、マチ、間違ッテ、ま、まま、まちままママチガガがガガがががガガ——――』

 

 原因不明の強迫観念に襲われている男性は、壊れたコピー機の様に言葉すら紡げなくなった。

 

 狂っている。

 誰もがそれを直感で理解した。

 

『葵、そいつから離れろ!』

 

 頼城の叫びを聞いた葵は我を取り戻し、頼城達のもとへと逃げる。

 同時に、男性の頭から"黒い水"が噴き出した。

 

『――ガガガチちガがあアァアア!!!!!!!!』

 

 男性の頭頂部から、目の隙間から、耳から、顔の至る所か黒い液体状の何かが溢れ出し、男性を飲み込んでいく。その姿はまさしく――

 

「シャドウ!?」

 

 突然現れた敵の出現にライ達は身構える。

 

「くっ! ヘイムダル!」

 

 ライは反射的にヘイムダルを召喚し、その大槌をシャドウへと振り下ろす。

 だが、その攻撃はシャドウをすり抜け、地面を粉々に砕いた。

 

「当たらない!? あれも彼らと同じ様な存在だというの!?」

 

 よく見ればシャドウも影達と同じく半透明だ。

 過去の映像の様な存在。観客であるライ達に干渉する術など無い。

 

 ……故に、シャドウを目前にした3人組を助ける術もまた、存在しないのである。

 

『な、なな、なんだよ、コレぇ!?』

『逃げるぞ。――葵も早く!』

『う、うん!』

 

 学園の入り口への道をシャドウに塞がれた3人組は、慌てて階段を上って奥へと逃げていく。

 その背中をシャドウが階段を這いずりながら追いかけていった。

 

「っ、いけない! 私達も追うわよ!」

「「りょ、了解!」」

 

 サラの声に我を取り戻したライ達は3人組を追って走る。

 

 例え彼らを救えずとも、その行く末を見守る為に。

 

 

◆◆◆

 

 

 頼城達3人は茜色に染まった廊下を駆け抜ける。

 

 ペース配分を考えもせず、いや考える暇がないのだ。

 背後からは黒い液体が這い寄ってくる不愉快な音が聞こえていた。

 

『いったい何なんだよ、あのバケモノぉ!』

『私達を追って来てるよ!?』

 

 半ばパニック状態になっている友原と葵。

 あの音も段々と近づいてくる。

 このままでは3人とも警備員から噴き出した影に追いつかれてしまうだろう。

 

『……仕方ない』

 

 覚悟を決めた頼城が、足を止め体を反転する。

 

『おい頼城! ここで止まったら……!』

『奴は俺が食い止める』

 

 頼城は廊下の側にあった掃除用具入れから1本のモップを取り出し、両手で構えた。

 ここは俺に任せろと、後ろの2人に示す為に。

 

『はぁっ!? 何言ってんだ! そんな事出来る訳――』

『友原は葵を頼む』

『〜〜ッ!! くそっ! 絶対生き残れよな!』

『死ぬ気はないさ』

 

 友原が葵を引き連れて逃げていくのを確認した頼城は、改めて前方に意識を集中させる。

 

 段々と大きくなってくる黒い影。

 

 それと接敵するまで後30m、20m、10m……!

 

 と、その瞬間、影は加速し頼城に飛びかかった。

 攻撃はもう間に合わない。

 そう判断した頼城はモップを横に構え、影の突進を受け止める。

 だが、盾にしたモップの柄がメキメキと音をたて真っ二つに割れてしまった。

 

 勢いを殺すには細すぎたのだ。体勢を崩された頼城に影が迫りくる。

 

 頼城はとっさに宙に浮く2本のモップの残骸を掴み直し、即席の二刀流で影の重圧を受ける。そして体を横に逸らす事により辛うじて受け流す事に成功した。

 一旦頼城と影の距離が離れる。だが、この隙も直に消えてしまうだろう。

 

 短くなったモップで何処まで対応出来るかと緊張を高めていると、後方から2人の足音が聞こえてくる。間違いない、逃げていった筈の友原と葵だ。

 

『友原!? 何故戻って……』

 

 危険を承知で振り向いた頼城は、友原と葵の後ろから"もう一体の影"が迫り来るのを確認した。

 

 影はこの1体だけじゃなかったのだ。2体の影に挟まれる形となってしまった以上、頼城達の逃げ場はもう1カ所しか残されていない。

 

『――ッ! 教室へ逃げ込め!』

 

 とっさに3人は引き戸の教室へと駆け込んでいった。

 

 …………

 

 教室に入った3人は急いで机をつっかえにして戸を塞ぐ。

 

 ガタンと言う扉を叩く音。大きく振動するものの、作りのしっかりした扉が破られる気配はない。これなら、しばらくは持ちこたえそうだ。

 

『はぁ、はぁ、……オレは、夢でも見ているのか?』

『…………どうしよう、追いつめられちゃった』

 

 息を整える友原と葵の表情は暗かった。

 つい先ほどまで日常の延長線上だったのに、いきなり訳の分からない危機に襲われているのだ。夢であったらどんなに良かった事か。

 

 ……だが、まだ諦めるには早い。

 入り口が駄目なら別の脱出経路を使えばいい、と考えた頼城は廊下の反対側にある窓へと向かう。

 

『何とかして窓から脱出を、――――!?』

 

 だが、頼城の足は止まった。

 

 紅く染まった窓から覗く1本の黒い腕。

 それは2本、3本と数を増やしていき、終いには窓全体が黒い影と仮面に覆われてしまった。

 

『嘘、だろ? もう、どうしようもないのかよ……』

 

 窓一面を這い回る数多の影に押され、窓ガラスに亀裂が入っていく。

 ぴしり、またぴしりと亀裂が広がっていく様は、正に死へのカウントダウンであった。

 

『……まだだ、諦めるにはまだ早い』

『まだってお前……。なら、どうすりゃいいんだよ! もう、逃げ場なんて、どこにもないじゃねぇか!?』

 

 壁を背にし、限界まで窓から離れた3人。

 もう何処にも逃げ場など無く、身を隠せる場所も存在しない。

 

 頼城の頬に汗が滴る。彼自身もこの窮地を脱する術を知らないのだ。だが――

 

『それでも、俺達はまだ抗える』

 

 頼城は折れた木の柄を片手で持ち2人の正面に立つ。

 たった1人でも戦い続けると、彼の背中は言っていた。

 

『……うん、そうだね! 私もまだ、まだ、諦めたくないっ!』

 

 葵も椅子を両手で持ち、頼城の隣に並ぶ。

 その手は死の恐怖でガチガチに固まっている。

 だが、それでも彼女の大きな青い瞳は真っ直ぐ前を向いていた。

 

『…………ちくしょう! お前だけに格好つけさせるかよ!』

 

 そんな2人に勇気づけられた友原もまた、椅子を持って前に出た。

 震える足を大声で無理やり動かし、迫り来るであろう脅威に対峙する。

 

 彼らは決めたのだ。

 圧倒的な死を前にして、それでも抗う道を。

 

 それと同時に、限界に達した窓ガラスが粉々に砕け散る。

 教室内に雪崩れ込む影を前にして、頼城達は武器をきつく握り締める。

 と、その刹那、

 

 

 ――――ドクンッ。

 

『えっ?』

 

 葵の声が漏れた。

 彼女の心臓、体の底から灼熱の様な熱い何かが溢れて来たからだ。

 そして他の2人、頼城と友原にも同様の異変が起こる。

 

 ――――ドクンッ。

 

『おい、今度は何なんだぁっ?』

 

 3人の周囲に青い光が迸る。

 内に芽生えた熱の奔流が体を抜け出し、頼城達の頭上へと集まっていく。

 

 ――――ドクンッ!

 

『……ペル、ソナ?』

 

 知らないのに知っている単語、ペルソナ。

 それを唱えた刹那、青い光が暴風となり周囲の影を吹き飛ばした。

 

 だが、それは副産物だ。

 

 周囲の机や椅子を吹き飛ばす3本の激流が、頼城、友原、葵の上空に集う。

 現れたるは3体の巨大な人形。それは彼らの意志を象徴するかの様に、堂々とした風貌で佇んでいた。

 

『な、なんだよこれは! ……なんでオレ、こいつの名前が分かるんだよ!?』

 

 友原が言っている様に、頼城達はこの存在について何も知らない。

 けれど、分かっていた。

 その存在の名前を、その存在が持つ力を。――今はそれだけで十分だった。

 

『やるしか無い。行くぞリーグ!』

 

 頼城が己の召喚したペルソナ、リーグに命じ影に立ち向かう。

 その両手を影の津波へと向けて、力を放つ為の言霊を紡ぐ。

 

 ――アギ。

 

 突然の爆炎が教室の中心で暴れ狂う。

 その炎は勢いづいた影を吹き飛ばし、たった一撃で影の進行を食い止めた。

 

『す、すげぇ。……ならオレだって、バルドル!』

 

 友原は、頼城に負けじと己がペルソナを動かす。

 神々しい雰囲気を纏ったバルドルがかざしたのは敵ではなく上空、その両手に鋭い稲妻が迸る。

 

 ――ジオ。天より落ちる雷撃が次々と影を貫いていった。

 

 だが、その攻撃を逃れた影が、反撃とばかりに友原に襲いかかる。

 

『危ないっ! ナール!』

 

 それを葵の召喚したペルソナ、線の細い女性の姿をしたナールが緑の疾風によって吹き飛ばし、壁に叩きつけた。

 

 ――ガル。それが彼女が唱えた呪文である。

 

『このまま畳むぞ!』

 

 頼城のかけ声を合図に、3体のペルソナが同時に魔法を放つ。

 火炎、電撃、疾風の3色の衝撃が教室内を蹂躙し、視界を埋め尽くしていった。

 

 …………

 

『……はぁ、何とかなったか』

 

 3人の周囲には吹き飛ばされた机と焦げ跡の数々。

 風の入り込んでくる教室に、死を運ぶ影はもう1体も残されていなかった。

 

 頼城達の表情に安堵が浮かぶ。

 

『……オレ達、助かったのか?』

『たぶん、そう……みた…………い』

 

 言葉の途中で葵が倒れる。

 そして、後を追う様にして友原と頼城も崩れ落ちた。

 

『あれ……なに、これ…………』

『やべぇ……指一本……動かせねぇ…………』

『…………くっ……』

 

 極度の衰弱に襲われる3人。

 だが、まだここで気を失う訳にはいかない。

 何故なら、押さえつけた戸の向こうにはまだ2体の影がいるのだから。

 

 頼城達は何とか体を動かそうとするが、疲労と朦朧とする意識のせいで体が言う事を聞かない。

 そうしていると、引き戸が無理やり破られ、警備員から現れた影が教室内に入って来る。

 

 万事休す。

 3人がそう感じたその時――

 

『――アルテミシア!』

 

 凛とした女性の声が学園内に木霊した。

 同時に影が巨大な氷柱に飲み込まれ砕け散る。

 

 何が起こったのかと3人が混乱する中、1人の女性が扉から中に駆け込んで来た。

 

『間に合ったかっ!?』

 

 教室に入って来たのはファーのついた白いコートを羽織り、黒いスーツを身に纏った赤髪の女性。”銀色の拳銃”とレイピアを両手に携え、頼城達のもとへと駆け寄ってくる。

 

 そして、3人の意識がある事を確認して、赤い長髪の女性は小さな笑みを浮かべた。

 

『――はぁ、無事な様で何よりだ。どうやら、君たちはペルソナを使ったみたいだな』

 

 教室の状態を確認して女性はそう判断した。

 

 爆撃でもあったかの様な惨劇を前にしても当然の様に受け止めており、さらには巨大な氷柱で彼らを助けたことから察するに、彼女は知っているのだろうか。頼城達が得たペルソナという力について、今ここにいる誰よりも詳しく。

 

『ペルソナ……いったい、あれは……。……それに、貴女は…………?』

 

 頼城は頭に浮かんだ疑問を途切れ途切れに呟く。

 

 もう3人は意識を保つのも精一杯の状況だった。

 それを察した赤髪の女性は、端的に必要な状況を説明する。

 

『私は"桐条 美鶴"、君たちと同じペルソナ使いだ。これより君たちは我々《シャドウ事案特別制圧部隊"シャドウワーカー"》が保護する。……安心して欲しい。君たちの安全は私が保証しよう』

 

 桐条 美鶴が所属する、シャドウワーカーという部隊。

 

 それがどういった組織なのかは分からないが、少なくとも死の危険が去った事だけは確かだ。

 故に何とか意識を繋ぎ止めていた緊張の糸が切れ、3人の意識がまどろみの中へと落ちていく。

 

『…………3種類の同時攻撃の跡、……一度に3人が覚醒したとでも言うのか? そんな事が――……』

 

 頼城達は、桐条美鶴のそんな独り言を耳にしながら、音も無く意識を失った。

 

 …………

 

 

◆◆◆

 

 

 …………

 

「……消えたわね」

 

 教室の中で一部始終を見ていたサラが呟く。

 

 3人組の意識が途切れたと同時に、全ての登場人物が霞に溶けて消えていったのだ。

 今の教室には戦闘の跡など無く、整然と並べられた白い机が晴天の光を反射している。清々しい日光が差し込む空間を見ていると、先ほどまでの光景が嘘だと思った方が自然かも知れない。

 

 だが一切干渉をすることが出来ず、全てを見ている事しか出来なかったVII組の間には、重苦しい空気が流れていた。何とか彼らがペルソナに覚醒したから良かったものの、もし、あのまま殺されていたら目覚めが悪かった事だろう。

 

「……あれ、これは?」

 

 視線を下に向けたアリサが1冊の本を見つける。

 3人組がいたであろう場所に落ちていた青い光を発する小さな本。見るからに怪しい物体だったが、ライは臆する事無くその本を拾い上げた。

 

「"Riko’s Diary”……莉子の日記か」

 

 表紙を確認したライはパラパラと内容を確認する。

 ややくたびれた紙に書かれた内容は、月光館学園に入ったばかりの新入生の日常だ。

 しかし、あるページを見たライの手が唐突に止まった。

 

「……『5月9日。今日はファンタジーな体験をしてしまいました。頼城くんと友原くんに荷物運びを手伝って貰ったんだけど、夕方の月光館学園でいきなり黒いバケモノに襲われたんです。そうしたら突然、ペルソナって不思議な力が――』」

「それ、今見た光景じゃない」

「……日記はこの日で終わっています」

 

 もしかしたら、この日記が先の光景を作り出していたのかも知れない。

 日記の内容と落ちていた位置からライはそう推理したが、今は推測の域を出ないだろう。

 

 とりあえず確認を終えたライは日記をサラに渡す。

 サラも同じ様に日記を確認し、そしてライに1つ問いかけた。

 

「ライ、確かにそう書かれていたのよね」

「間違いありません」

「そう。……まあいいわ。そろそろ帰りま――」

 

 サラの言葉が途切れる。

 彼女の視線の先、教室の隅に灰色の装置が顔を覗かせていたからだ。

 まるで無理やり持って来たかの様な場違いな機械。小さな柱状の装置を中心にして地面に描かれた魔法陣もまた、装置の一部である様に見える。

 

「……こんなのあったかしら」

「また構造が変わったのか?」

 

 皆の視線が日記に集まったのが原因だろうか。相変わらずデタラメな空間だとライはぼやく。

 

「でも、何なんだろうね、これ」

「ちょっと待ちなさい! 不用意に触れたら!」

 

 近づくミリアムにサラが警報を鳴らすが一足遅く、ミリアムの手が灰色の装置に触れる。

 すると突然、柱状の装置から光が溢れだし、ライ達を飲み込んだ。

 

 視界が真っ白に包まれる。

 

 …………

 

 

◇◇◇

 

 

 ……視界が戻ると、ライ達は灰色の建物の中にいた。

 冷たい石で出来た迷宮の様な地下空間。点々と灯された古めかしい導力灯が辺りを照らし、水路が縦横無尽に張り巡らされている。

 

「ここは……?」

「旧校舎の中よ。表のね」

 

 サラはそう断言した。

 思えばこの壁や床に使われている灰色の石材は旧校舎に使われていたものと酷似している。ライ自身は通常の旧校舎に入った事はないが、ここは通常の旧校舎の中だと想像できた。

 

「でもサラ教官、特別オリエンテーリングのときはこんな場所は」

「忘れたかしら? この旧校舎はあの空間程じゃないけど元々構造を変える場所なのよ。この場所は私も知らないけど、私たち教官が異界に集中したここ1ヶ月の間に変わっていたんでしょうね」

 

 VII組の皆にそう説明しながらサラは柱状の装置に手を伸ばす。

 どうやらこれは転送装置の類いらしい。月光館学園に似つかわしくない外見から考えると、元々は旧校舎の中にあったものだろうか。

 

「まあ、帰りの労力が省けたという事で今は納得しておきましょう。……それじゃ、入り口に戻るとしましょうか。私は学院長への報告があるけど、皆はこのまま寮に帰りなさい。初めての異界なのだから疲れも相当溜まっている筈だし」

「……たしかに、妙に体が重いです」

 

 想定よりも長時間の調査となってしまった為、皆の顔に隠せない疲労が見えていた。

 今までは目の前の異常に気を取られていたから気づかなかったのだろう。

 自身の疲れを自覚したVII組の面々はサラの提案に反対する筈も無く、旧校舎の入り口に続くと思わしき扉に向かっていった。

 

 と、そんな中、

 

「…………第二拘束、解除……?」

 

 ライの隣を歩いていたリィンが唐突に何かを呟いた。

 本人も無意識に言葉を発したのか、不思議そうな表情をしている。

 

「どうしたリィン」

「俺自身、良く分からないんだけど、……今誰か話してたか?」

「いや誰も」

 

 疲れのせいか、ライとリィン以外には誰も話をしていない。

 しかし、リィンは誰かの声を聞いたのだと言う。

 

 ……あの空間から出たにも拘らず、まだ何か起きているのだろうか。

 リィンもそれに疑問を感じていたが、その後は何も聞こえなかった様なので、気を取り直して寮に向けて歩き出す。

 

 

 ――こうして、多くの謎に直面した1回目の旧校舎調査は幕を閉じた。

 

 

 

 

 




愚者:リーグ
耐性:???
スキル:アギ、???
 頼城 葛葉が覚醒したペルソナ。北欧神話に登場する人間の始祖であり、人々に助言を与える事で3つの階級を作り上げた。ヘイムダルの別名でもある。

魔術師:バルドル
耐性:???
スキル:ジオ、???
 友原 翔が覚醒したペルソナ。北欧神話の神々の中で最も美しく万人に愛されていたが、ロキの奸計によって殺害される。その事が後に起こるラグナロクの遠因となった。

女教皇:ナール
耐性:???
スキル:ガル、???
 葵 莉子が覚醒したペルソナ。北欧神話におけるトリックスター、ロキの母親だとしか語られていない謎の存在。女神だとする説もあるが、その真偽は不明である。

GET:莉子の日記1

――――――――――――

どうやら”向こう"でも何かが起こった様子。

一応、P3、P4、P4Uなどをやってない人でも理解出来る様に描写をしていく予定です。
と、言うよりこの様な形になったのも、本筋だけでは書けないペルソナ側の情報を話に盛り込んでいく為で(以下略
……ともかく、これでようやく本来の流れに戻ります。



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