人の気配のない街中、ライ達は何一つ変化のない写真の様な空間を一歩一歩進んでいた。
サラ含めて12人の探索隊は、白線が引かれた広い車道の真ん中を歩く。
車が一台も走っていない以上、ここが最も周囲の警戒をしやすいからだ。
アスファルトの道の両側には太陽を反射する窓ガラスにコンクリート製の巨大な壁々。このビルに囲まれた空間にシャドウが隠れられる場所は山ほどある。
そんな環境下でサラは、周囲に気を配りながらも小冊子の内容を読み解いていた。
両脇には不遜な態度を維持しているユーシスと委員長のエマが歩いており、サラの調査に参加していた。
「──巌戸台港区。パンフレットによると、日本という国にある都市、巌戸台の沿岸区画みたいね。その海上に桐条グループっていう企業が作った人工の島、それが私達のいる辰巳ポートアイランドだと書かれているわ」
「日本だと? 東方の国の様だが、聞き覚えが無いな」
「でも相当な規模の国よ。印刷された巌戸台全体の地図を見る限り、帝都ヘイムダルと同等以上の大きさじゃないかしら。……しかも、そんな大きさなのに首都ではなく一都市。まったく、どれくらいの国なのか想像もつかないわ」
「でも、帝都は大陸でも最大級の都市ですよね。そんな国家があるのなら噂になってるんじゃないですか?」
「少なくとも、私達の住むゼムリア大陸の近くには無いでしょうね。そもそも実在するかどうかも怪しいものよ。人工の島に大量の高層建築を建てるなんて、まるで近未来の世界だわ。……いや、もしくは大崩壊前、高度な技術を持ってたとされる古代文明の可能性も──」
サラ達はこの日本という国に対して様々な推測を打ち立てる。
しかし、現状では判断材料がパンフレットしか無いため、考察が推測の域を出る事は無さそうだった。
──そんな彼らを後ろから眺めながら、ライは集団の後方をぼんやりと歩く。
本来ならライも彼らの推理に参加していたのだが、今のライにそんな余裕はなかった。
心が妙にざわつく。
そんな不思議な感覚に襲われていたのだ。
まるで何か重大な事を忘れているかの様な不安を煽る感覚。
それはしだいに頭痛へと変わっていく。
入学初日、医務室でライを襲った頭痛と似た様な痛みだ。
何かに呼応するかの如く、少しずつ体が痛覚に侵されていた。
(何だ、この痛みは……)
「……ねぇ、辛そうだけ……丈夫…………?」
エリオットが心配そうに声をかけてくる。だが、その声も何故か遠くに聞こえる。
そして次第に視界もぼやけていき、ついに意識が暗転した。
……
…………
意識が朦朧とする。夢でも見ているかの様な感覚だ。
光に満ちた何も無い真っ白な空間。
その中で、聞き覚えのない、けれども懐かしさを感じる声が聞こえて来た。
『うっす”頼城”、昨日ぶり!』
『”友原"か。今日も元気そうだな』
挨拶を交わしている2人の声、どうやら両方とも男性の様だ。
『そう言うお前はいっつもその顔だな。せっかく名高い月光館学園に入学出来たんだから、もっと楽しそうにしようぜ?』
『周りを見ろ。お前が浮かれているだけだ』
『……あー、オレはオレの道を行ってるのさ』
“友原"と呼ばれたお調子者の青年に対し、"頼城"と言う名の青年が冷静に切り捨てた。
友原は恰好つけているが、やせ我慢なのは明白である。
『それで、今回は何をする気だ?』
『はっはー、よくぞ聞いてくれました! 今回は”葵"って子を誘おうと思ってるんだ。明るくって結構可愛いんだけど、何故か孤立しちゃってるみたいでさー。オレ達で何とか出来ねぇかなって思った訳。──んで、もしかするとオレが白馬の王子様になって』
『そしていつも通り撃沈する、と』
『うっせぇバカ! 泣きたくなるじゃねぇか!』
明るい声色で気楽に話し合う頼城と友原。
友原は口では泣きたいと言っているが、その声はとても楽しげなものだ。
それだけでも、2人が仲の良い友人である事が容易に想像出来る。
ライはそんな彼らの話の続きが気になったが、その声もまた、段々と遠くなって白い光の海へと消えていく。
そして、ライの意識は真っ白な世界に落ちて行った。
…………
……
「……──ねぇ、──ライ、聞こえてる!?」
気がつけば、元の市街地に戻っていた。
足から伝わる固いアスファルトの感覚。頭痛も奇麗さっぱり無くなっており、いつも通りの体調である。
「聞こえている。心配をかけたな、エリオット」
「あ、うん。……でもどうしたのさ。ふらふらしたかと思ったら、急に上の空になっちゃって」
「少し頭痛、いや目眩がしただけだ」
「……体調には気をつけてね。ここじゃライ達3人だけが頼りなんだから」
分かってる。とライは一言答え、エリオットと2人で前方の集団を追いかけた。
先の声は一体なんだったのだろうか。
幻想か、はたまた消え失せた過去の記憶か。
どちらにせよ、この街に何か関係があるかも知れないなとライは感じていた。
◇◇◇
その後も無人の都会を歩いていたライ達は、いつの間にかビル群を抜け、無人の商店街に辿り着いていた。
ブティックや化粧品、電化製品、医薬品など、多種多様な大型店が所狭しと並んでいる。
VI組の皆はその多すぎる商品に目を奪われながらも、この空間の謎に繋がるヒントは無いかと探し歩いていた。
「ここで売られている機械、エレボニア帝国のものより何世代も先に行ってるわね」
「ふむ、そうなのか? アリサ」
「ええ、相当高いレベルの効率化、小型化が施されているわ。……でも、何で電気なんて非効率なエネルギーを使っているのかしら」
電化製品のコーナーにおいて、デジタルカメラを持ったアリサがラウラに向けて説明している様に、細かな情報は集まってくる。
だが、より根本的な問題であるこの空間については、何一つ情報を得る事は出来なかった。
ライ自身も携帯ラジオなどの機械を手に取るが、動かしてもノイズが出るだけで何一つ情報は得られない。せいぜい桐条グループ製の機械であると分かる程度である。
──と、そんな中、アガートラムに乗っかって上空から探索していたミリアムが手がかりを発見した。
「あっ、人影だ! お〜い、みんな〜! あっちに誰かいるよ〜!」
その声を聞いて、やや散らばっていたライ達がミリアムのもとに集まる。
ミリアムが見つけたのは遠くに見える噴水の広場だった。
ここからではよく見えないが、確かにたくさんの人影が広場を歩いている。
「本当ね。ここの街に住んでいる住人かしら」
「ならこの空間について話を聞けるかも知れないですね。サラ教官、行ってみますか?」
「他に有益な情報もなさそうだし、当たってみましょう」
サラの判断のもと、ライ達は広場に向けて歩き出す。
段々と近づいてくる噴水の広場。
大体半ばまで近づいたところで、ライ達は1つの異変に気がついた。
遠目で見た何十人もの人影。それがいくら近づいても"人影"のままだったのである。
「…………ぇ……」
半透明の黒いもやが人の形になっていた。顔も服装も分からない真っ黒な影。
そんな実体のない何かがベンチに座って談笑し、広場を歩き周り、音楽を聴き、購入した食べ物を食べ、ショッピングを楽しんでいたのだ。
声などは聞こえない。しかし、いやだからこそ、この空間は異常だった。
「何なのよ、これ……」
「幽霊……なのか?」
「……いや、これもシャドウなのかも知れないぞ」
人影は目の前にいるライ達には目もくれず日常生活を続けている。
いや、実際に見えていないのだろう。まるでサイレント映画でも見ているかの様に予定調和な動きであった。
幽霊か、シャドウか。
どちらにせよ、敵意の感じない現状では警戒するくらいで大丈夫だろう。
……だが、ライの後ろにいる人物はそうも言ってられない様だ。
ライは頭だけ後ろに向け、震える少女に問いかける。
「どうした、ミリアム」
「だってユ、ユーレイが目の前に……!!!!」
ライの服の裾をつかみ、背中に隠れるミリアム。
彼女の手はがくがくと震えており、人影を視界に収めると顔をライの背中にくっつけた。
「幽霊が苦手なのか?」
「しょーがないじゃん! 怖いものは怖いのっ!!」
「なら俺の近くにいろ。何かあったら俺が対処する」
「言われなくても、これ以上離れないからね!」
いや、流石に歩き難いので、もう少し離れて欲しいのだが……。
ライがミリアムをどう説得したものかと悩んでいると、少し離れた場所からリィンに呼ばれた。
他の面々もリィンの近くに集まっている。どうやら、何かを見つけたらしい。
「……皆。あれをどう思う?」
リィンが気づいたのは、商店街から出て行く人影だった。
その人影は広場から離れるごとに段々と薄くなって行き、そして遂に──
「──消えた?」
「逆に商店街に入ってくる人影もあの辺りから出現しているんだ。どうやらこの広場にだけ人影がいたと言うよりは、この付近だけ実体化していたと見た方が正しいみたいだな」
しかし、いったいそれが何を意味しているのか。
発見したリィンですらもよく分からない法則に皆、頭を悩ませる。
常識で判断出来る場所ではないため、自身の知識や感覚で判断して良いのかという迷いが彼らの思考を鈍らせていた。
と、そんな中、眼鏡の奥に表情を隠したエマがぽつりと1つの可能性を口にする。
「……この周囲にだけ変化があるという事は、近くに基点となる何かがあるんだと思います。なのでその原因を見つければ、この現象の真相にも近づけるかも」
まるで異常な状況に慣れ親しんでいるかの様なエマの論調に、サラは面を食らう。
しかし、異常の中心に原因があると言う意見は、"普通"に考えて至極当然だと言えるだろう。サラは"異常"な状態に思考を毒されていたと反省した。異常な状況だからこそ普通の判断が難しくなると言う事なのだろうか。
「なるほど、委員長の言うことも一理あるわね。……よし、VII組総員! これより周辺の探索を開始するわ。ただしライ・リィン・ミリアム・それと私が即座に対応出来る範囲から出ない様に注意しなさい。後、何か見つけても不用意に近づかず、冷静に仲間を呼ぶ事! ──何か質問はあるかしら」
サラが最終確認と言わんばかりにライ達の顔を一瞥する。
「……無いみたいね。それじゃ、作戦開始!」
こうして、広場の調査が始まった。
◇◇◇
噴水を中心にした円形の広場。
その周囲は2段の構造になっており、多種多様な店が壁から顔を出している。
その1つ1つがある程度の広さを持った店舗であるため、1つの広場と言えど探索には時間がかかりそうであった。
「……この広場はポロニアンモールと言うのか」
「ちょっと店が密集しすぎじゃないかしら。2階にある店なんて何やってるかも分からないし。……って言うかライ、ここの文字が読めるの?」
「なんとなく。2階にある店はカラオケって書かれてるな」
「うぅ〜、カラオケでもカラアゲでも良いから、早くここから離れようよぉ〜」
早くこの場を立ち去りたいミリアムを余所に、ライとアリサの2人は階段上の《カラオケ マンドラゴラ》と書かれた看板を眺めていた。
ライとミリアムの近くで探索しているのは彼女の他に、エリオット、ガイウス、マキアスである。この面々はマキアスを除いてライへの嫌悪感を振り切った仲間達だ。リィンから嫌悪感の原因を語られても、そう簡単に人間関係は修復されない。そのため人数を合わせるため自然とこの様な形になってしまうのである。
「マキアスは向こうに行かなくて良かったのか?」
「まだ僕は、あれが自分自身だと信じてはいない。……だが、今は君よりもリィンと顔を合わせたくないんだ」
「入学初日にリィンがついた嘘と言う話か」
「君にも貴族かどうか尋ねただろう? それと同じ問いにリィンは嘘をついていた。それもワザと誤解を招く様な言い方をしてだ。──そんな人間を信用する訳にはいかない」
固い口調で乱暴に言い放つマキアス。
その表情には裏切られたという感情がありありと浮かんでいた。
だがしかし、リィンが詐欺師の様な人物でない事はライ達がよく分かっている。そのため、一緒にいたエリオットがマキアスに一言物申した。
「でも、リィンは養子なんだよね。"高貴な血は流れていない"って言ってたのも、道に迷ってたからじゃないのかな?」
「そんな事は分かっている! だが、それとこれとは話が別なんだ。僕は、平気で人を騙すような人間と馴れ合うつもりは無い。…………頼む、もうこの話は終わりにしてくれ」
「……ええ、分かったわ」
これ以上深入りしてもマキアスを傷つけるだけだろう。
暗い顔をしたマキアスを見てそれを理解したライ達は、追求するのを止めて捜索に戻るのだった。
…………
そうしてライ達は、ゲームセンター、CDショップ、アクセサリーと広場を取り囲む店をしらみつぶしに探索して行った。
途中、エリオットがCDに興味を示したり、アリサがアクセサリーに目移りしたりしていたが、それも些細なものである。
問題は依然としてライにくっついているミリアムと言えるだろう。
ライはミリアムを怖がらせない様に人影を避けながら行動していたため、半ばアリサ達に探索を任せる形で行動する事を余儀なくされていた。
仕方ない。そう思ったライは、わざと人影に近づき手を伸ばす。
そのまま影を貫通する右手。目を閉じていたら重なっている事にすら気づかない程、何も感じない。
「ほらミリアム、この人影は触れる事すら出来ないから大丈夫だ」
「すり抜けるから駄目なんだって! ガーちゃんでも倒せないじゃん!」
どうやら余計悪化しているらしい。
「そろそろ「ライ、少しいいか」……ガイウスか、どうした?」
ライの言葉に被さる形でガイウスが話して来た。
普段は空気を読むガイウスとしては珍しい行動だ。何か見つけたのだろうか。
「あの3人組の影が他とはやや異なる風貌なのだが、何か感じないかと思ってな」
「3人組?」
ガイウスが指し示したのは、店から出て来たところと思われる3人の人影であった。
噴水前のベンチに向かって歩いている影達は、他の影とは異なり姿がはっきりと見える。16歳くらいの少年が2名に、髪の長い少女が1人。それぞれ両手に段ボール箱を抱えていた。
ライ達が見守る中、影達は何やら会話を始める。
『──ありがとね! 今日は荷物を持ってもらっちゃって』
『いえいえ! これくらいお安い御用って奴ですよ! なぁ頼城?』
『そう言うなら半分持ってくれ』
その3人組の声がノイズ混じりで聞こえた事からライは確信した。
あれこそが、ライ達の探し求める何かであろう。向こうもポロニアンモール内を移動していたため、今まで見つからなかったのだと。
早速ライ達は皆を呼び集め、3人組の後を追う事にした。
噴水のベンチに辿り着いた影達は、荷物を脇に置いてパタンと座る。
荷物が相当重たかったのだろう。彼らはぐったりとベンチに寄りかかっていた。
「あれがガイウスの見つけた3人組?」
「ああ、どうやら荷物を運んでたらしいな」
「……えらく普通の光景ね。まぁいいわ。ちょっと様子を見ましょう」
ライ達は少し離れたところから3人を観察し始める事にした。
◆◆◆
『あ〜疲れた〜!』
『友原はほとんど持ってないだろ』
『あははっ、お疲れさま!』
ベンチに座った3人は缶ジュースを片手にお互いの苦労を労る。
喉を潤す炭酸の刺激が、彼らの疲れを癒していた。
『ぷはぁ〜生き返る〜。──それにしても、この辺りも大分活気が戻って来たよなぁ』
『無気力症だっけ? 3年前に流行った病』
『そうそう。結局、原因不明のままいつの間にか無くなったんだよな』
友原と呼ばれた茶髪の少年が少女と話す。
これは地元トークと言う奴だろう。かやの外だったもう1人の少年が疑問を投げかける。
『……無気力症?』
『あ〜、頼城は別の地域から来たんだっけか。いやぁ3〜4年前に港区を騒がした病でさ〜。突然魂が抜けたみたいに無気力になるって病があったんだよ。だから無気力症。──ま、それだけじゃ命に別状はないんだけど、自殺する人が現れたりして番組とかでも大騒ぎだったって訳』
『3年前か。俺の地域では何も無かったな』
『お前は八十稲葉市出身だっけ?』
『ああ、ここと比べたら十分に田舎だ』
頼城と言う名の黒髪の少年が、出身地である八十稲葉市について軽く説明した。
田んぼの見える田舎町。都会っ子である残りの2人にとってはその話がとても新鮮に映る。
『へぇ〜、ら、らい『頼城だ』……そうそう頼城くんは、ってあれ?』
『どうした?』
話の途中でいきなり考え込んだ少女に向けて、頼城が問いかける。
もう1人の友原も不思議そうに彼女を見ているが、当の本人はうんうんと唸るばかりであった。
そして、
『…………そういえば、私たち自己紹介したっけ?』
ようやく出た言葉がこれである。あまりの意外さに2人は思わず固まってしまった。
『はぁ〜、なんだそんな事かよ。そんなの当然……ってあれ、どっちだっけ頼城?』
『した覚えは無いな』
3人の間に微妙な空気が流れる。
どうやら今までなぁなぁで手伝って、雑談していたらしい。
『え、えと、それじゃ、まずは私から! 私は莉子、葵 莉子。きみたちは?』
『オレは友原 翔。……んで、こっちの表情筋死んでるのが頼城 葛葉』
『今後ともよろしく』
『友原くんに頼城くんだね。よし、覚えたよ!』
葵は自身の長い灰髪を揺らしながら、2人の名前を手のひらに書いて反芻する。
元気で一生懸命な小動物を思わせる行動。長髪に隠れた大きな青い瞳は手のひらを真剣に見つめていた。
『そういや、葵さん? 何でこんな大量の荷物を持ってたんだよ』
『あー、うん。実は月光館学園の生徒会で頼まれちゃって。……そう、私こう見えて力持ちだから!』
『……そう言えば、1年で生徒会に入った人がいるとか噂になってたな』
『それ私っ! 何だか運が良くって誘われたんだよね!』
突然のカミングアウトをした上に元気に飛び跳ねる葵。何かを隠しているのがバレバレだ。
しかし、ぐったりとした友原が空気も読まずに葵に問いかけた。
『でもさぁ〜。こんな大荷物を1人で任された訳? どー考えても無理じゃん』
『だからそれは私が、……ってごまかせないよね。本当は一緒に運んでくれる子がいたんだけど、急に来れなくなっちゃったんだ』
『あ、もしかしてそれって孤立してるってやつ?』
『えっ!? それも噂になってたんだ。…………そーだよ、私はある程度仲良くなると、脈絡も無く嫌われちゃうんだよ。今日もいきなり”あなたの顔を見ると嫌な事を思い出すのよ"って言ってどこかに行っちゃうし。……私、何かしたかなぁ〜』
葵が手のひらに"の”の字を書いていじけ始めた。
しまったという顔をする友原に向けて、頼城が呆れた様に呟く。
『友原、また地雷を踏んだか』
『またって何だよ! 月光館学園に入ってからまだ4回しか踏んでないっつーの!』
『入学してからまだ1ヶ月しか経ってないぞ』
1ヶ月で4回、だいたい週に1回のペースである。
とんでもない事実に気づいた友原が、この世の終わりとも言える表情になった。
『…………ふふっ、あはははは!』
そんな2人の漫才を聞いて、いじけていた葵が笑い出した。
もう、その顔に暗さなど残ってはいない。
その事を確認した頼城と友原は、お互いの顔を見合わせて1つの方針を確認しあう。
『……そんじゃ、この荷物を月光館学園まで運びますか』
『了解だ』
『ってええっ!? そんな長い距離は頼めないって!』
『もとより1人じゃ運べないだろ? 俺たち2人に任せとけって』
『ああ、これくらい朝飯前だ』
『えっマジ? なら頼城これ運んでくれね?』
『……夕食前だ』
そうして3人は荷物を持ち上げ、談笑しながらポロニアンモールを去って行った。
◆◆◆
──3人組が移動した事で、周囲にいた影達も消えた。
これで原因はあれだったのが確定したのだが、ライ達の緊迫感までも同時に消えてしまっていたため誰も突っ込まない。
「……えと、なんだか楽しそうだったね」
「ああ、毒気が抜かれたという気分だ。話す内容も我らとそう変わりなかったしな」
「なんか普通……」
「ボクも、あの影なら怖くないよ」
散々な言われようである。
だがまあ、彼らの会話でリィン達の緊張がほぐれたのなら、それはそれで良いだろう。
今の皆なら、どんな異常が襲いかかって来ても冷静に状況を判断出来そうだ。
「それにしても、あれは何だったのかしら」
「影の世界の住人って言うより、過去の映像を見ているみたいでしたね」
「俺達はあれを一方的に見る事が出来るものの、実際に干渉する事は不可能。なれば、その線が濃厚だろうな」
「う〜ん、でもまだ確証は掴めないわねぇ。ひとまず、話に出てた"月光館学園”って場所に行ってみましょうか」
サラがパンフレットの地図を片手にVII組を誘導する。
旧校舎内の街で出会った謎の3人組。彼らがここの、ひいてはシャドウに関わってくる可能性は高いだろう。
ライ達はポロニアンモールを離れ、3人組の目的地である月光館学園に向かっていった。
……その中で1人、エリオットが歩きながら悩み込む。
「う〜ん、彼らの中の1人。あの声近くで聞いたことがあるような……」
頭に引っかかる何かがあるものの、声のノイズが酷かったため、エリオットはなかなか結びつけることが出来ない。
「……ま、今はいっか」
結局、彼は答えを出すことを諦めたのだった。
頼城 葛葉(らいじょう くずは)
黒髪で無表情の少年。日本の田舎町である八十稲葉市出身で、月光館学園高等部の1年の様だ。
友原 翔(ともはら しょう)
茶髪のお調子者な少年、頼城と同級生で地雷踏み記録を尚も更新中。
葵 莉子(あおい りこ)
長い灰髪と青眼が特徴的な少女。1年で生徒会に所属しており、何故か友人に嫌われるらしい。
――――――――――――
これは今に繋がる物語、その序章。
本作のオリキャラは上記の3人でほぼ終わりです。
正確には後1人登場しますが、いたずらに登場人物を増やす事はしないのでご安心を。
後、本来は次話を含めて1話にする予定だったので、次回を少しだけ早めに更新しようと考えております。