ミリアムとの部活見学から1週間後である5月9日の夕方。
サラに呼び出されるという形で、VII組のメンバーは全員旧校舎前に集められていた。
「どうしたんでしょうか。いきなり武器を持って旧校舎前に来てくれだなんて……」
「大方、旧校舎調査とやらに付き合わされるのだろう」
「でも、今は日没にはまだ早いわよね?」
「その疑問は当人に聞けばいい。……おい貴様、説明して貰おうか」
ユーシスがライに説明を求めて来た。
しかし、ライ自身もサラからあまり詳しく話を聞いていない。旧校舎調査をすることだって今日聞かされたくらいだ。
「俺も聞かされていない。リィンは何か知らないか」
「実は……いや、サラ教官が来たら話す」
「そうか」
どうやらリィンは何か知っているらしい。
そう言えば最近リィンはよくサラと相談していた。思えば旧校舎調査の目処が立ったと言う情報も、リィン越しに聞かされたものである。恐らく今回のリィンは呼び出された側ではなく、サラと同じ呼び出した側なのだろう。
結局、ライ達はサラが来るまで、森に囲まれた旧校舎前で待つ事となった。
…………
「お、全員集まっているわね〜。感心感心」
「サラ教官、また遅刻ですか」
「そう言わないでよ。今日は調査の1回目、軍との共同になったせいで色々と手続きが面倒なんだから」
サラが肩を手で叩きながら苦言をはね除ける。
軍が関わって来た事が単純に良い事だけとは限らない。今までと比べてフットワークが重くなってしまったと言うのも問題の1つと言えるだろう。
「フン、そんな事はどうでもいい。何故俺たちまで集めたのか教えて貰おうか」
「集めた理由? そりゃまぁ、あなた達も関係しているからね」
「えっ、ライや情報局のミリアムだけじゃなくて私達もですか?」
「その通りよ。それを説明するためにもまずは、……リィンから、あなた達に話したい事があるそうよ」
いったいどういう事かと、皆の視線がリィンに集まる。
対するリィンは覚悟を決めた表情で、皆の疑問に答えるべく口を開いた。
「この場を借りて話したい事が幾つかあるんだ。皆、聞いてくれるか?」
「何よ改まって。それくらい当然じゃない」
「ありがとう、アリサ。……これから話すのは俺の秘密についてだ」
――それから、リィンは幼少期に自覚したという力について説明し始めた。
一度発動すると強大な身体能力を得るものの、理性で行動を制御出来なくなってしまうと言う危険な力の事を。幼いとき、凶暴な力に飲み込まれ激情の逝くままに魔獣を滅多刺しにしたと話すリィンの手は震えていた。それは彼にとってトラウマとも言える出来事だったのだろう。
それでもリィンは最後まで話すのを止めなかった。打ち明ける事で、彼自身も己を改めて受け入れようとしていたのだ。それが、特別実習を乗り越えたリィンが決めた覚悟だった。
「……これが俺の秘密だ。今でも制御は出来ていない。だから、もし俺が暴走したら――」
「俺たちが止める。そうだったな?」
「ああ、皆にも頼みたい。そんな状況になったら俺を止めてくれ」
「うむ。我が剣に誓って止めてみせよう」
ラウラがVII組の総意とも言える誓いを口にする。
程度の差はあれ、だれもがラウラの誓いに賛同していた。そのくらいの負担なら背負ってやると、彼らの目は言っていた。
「しかし、ライやミリアムに加えてリィンまで正体不明の力を有していたとは。……他にもいるんじゃないだろうな?」
ユーシスがこの話は終わりだと言わんばかりにぼやく。
ペルソナにアガートラム、そして凶暴な力。総員11名のクラスにこれだけの力が集まっていたら、誰でも勘ぐりたくなるだろう。……エマが若干挙動不審になったのは見なかった事にしておく。
「それにしても、ケルディックでの質問の意図はそれだったのか」
「ようやく約束を果たせたな」
「ああ。士官学院に来たのもそれが理由なのか?」
「……いや、それは別件で、俺の実家の事情が理由なんだ」
「実家?」
リィンは話したものかと悩んでいたが、意を決したのか顔を上げた。
「俺の実家はユミルを治めるシュバルツァー男爵家なんだ。養子の俺が家を継いでいいのかと、別の道はないのかと迷ったのがここに来た理由だな」
「なるほど」
「――待て。リィン、君は貴族だったのか?」
納得したライを横目に、マキアスがリィンに向けて疑問をぶつけた。
そうだ。マキアスが敵視しているのは貴族、男爵家の息子であるならばリィンもその対象という事になる。
「……ああ、その通りだ」
「つまり君は入学したあの日、僕に嘘をついていたと言う事なんだな」
……いや、どうやらマキアスが怒っているのは貴族だった事ではない様だ。
入学初日、ライは参加しなかった特別オリエンテーリングで何かあったらしい。マキアスの手は静かな怒りで震えていた。
リィンはマキアスの言葉に申し訳なさそうな顔をするが、それでも声色を変えずに話を続ける。
「……マキアス。悪いけど今はその怒りを収めて欲しい。ここからが本題なんだ」
「本題? これ以上に語るべき事など……! …………いや、もしかして、それが僕たちにも関係している事なのか?」
「ああ、実は俺の持っている力はそれだけじゃないんだ。この前の特別実習で、俺はライと同じペルソナの力も手に入れた」
VII組の面々、特にペルソナを直接見たA班の間に衝撃が走る。
「馬鹿な、リィンもあの力を持っていると言うのか……!?」
「ラウラ、今まで隠していて済まなかった」
ライもまた、今まで話していなかったという事実に衝撃が走ったのだが、まぁそれはどうでもいい。リィンは驚くラウラ達に顔を向けて話を続けた。
「俺はあの時、ライと戦術リンクをして成功させた。……問題はここからだ。皆はあの時感じた感覚を覚えているか?」
「うむ、忘れる訳なかろう。あの邪道の気配には随分と振り回されてしまったからな」
「……邪道か。俺にはむしろ忌々しい程軟弱に感じたがな」
「えっ? 僕には悪魔の様に感じたけど?」
1ヶ月経ってある程度話せるくらいの余裕が出て来たのか、皆は自身が感じたものを言葉に変換して、ぽつりぽつりと口にして行く。
だが、その内容は皆似ているようでバラバラだった。
そのズレに異常性を感じたアリサが、驚いた顔でリィンを見る。
「リィン、これって……」
「ああ、俺たちはあの感覚の原因をてっきりライだと勘違いしていた。だけど、俺が再度リンクしたときに対峙したのはライじゃなかったんだ」
「それじゃあ、何だったの? そこまではっきり言えるのなら、リィンは覚えているのよね?」
全員の視線がリィンに集まる。
息を飲むだれかの音。リィンは改めて覚悟を決め、そして――
「――俺自身だ」
一言、そう言い切った。
「……どういう事、それ」
「その言葉の通りだ。――俺はあの時、もう1人の自分に出会った。見たくもなかった凶暴な力を、思いを押し付けてくる自分自身。それが、俺がライに感じていた感覚の正体だったんだ」
辺りに困惑が広まる。
いったい何を言っているのか理解が追いついていないのだろう。
リィンの言葉を噛み砕き、組み替え、何とか理解しようとしている。
数分の静寂の後、ようやくその意味を飲み込めたマキウスがリィンに一歩近づいた。
「……つまり君は、あの嫌悪感の相手が僕自身だと、そうだと言うのか?」
「ああ、それで間違いない」
「そんな馬鹿な事があるかっ! あれが、あんなものが僕自身である訳がないだろうっ!?」
マキウスの悲痛な叫びに呼応するかの様に、困惑が周囲のクラスメイトに伝染して行く。
今この場で完全な冷静さを保っているのは、リィンとライ、サラ、そしてリンク経験の無いミリアムだけであった。
「……やっぱり、こうなったわね」
「サラ教官、これは一体」
「今まであなたを嫌っていた感情が自分へのものだったって言われたのよ。嫌悪を抱く程の相手が自分自身だなんて、そりゃまぁ、簡単に受け入れられる訳ないでしょうね」
……これが、リィンとサラが今まで話さなかった理由なのだろうか。
混乱が起こると分かっていたからこそ今まで事実を伝えなかった。
だが、裏を返せば今話したという事は……?
「はいはい、暗い気分になるのもそこまでっ! 早速旧校舎の調査を始めるわよ。総員、武器を持ちなさい!」
「……こんな状況で調査を?」
「こんな状況だからよ。このままじゃまた先月の実技テストのときに逆戻りだわ。だから見せつけるの、皆が関わっている先にある異常を。――この事実が霞んでしまうくらいの、とびっきりの問題をね♪」
ライに向けて片目でウィンクするサラ。その背後で太陽が地平線と重なった。
◇◇◇
シャドウの闊歩する異界に突入したVII組一同。
今だに混乱自体は残っていたが、その影響は限りなく薄くなっていた。
理由は言うまでもないだろう。この空間は空気から構造に至るまで、何もかも異質なのだから。
「何なのここ? 立っているだけなのに妙に疲れるし、……それにこのホール、どう考えても旧校舎より大きいじゃない!?」
「それだけではないぞ、アリサ。あの通路の奥から無数の気配を感じる」
「ああ、まるで海を泳いでいるかの様に縦横無尽に動き回っているな。――あれは、シャドウか?」
「ラウラとリィンが言うなら間違いなさそうね。……うぅ、あの奥に行くのかしら」
サラの思った通りの展開になっていた。
現実離れした空間を目の当たりにして、彼らは暗い事実から意識を逸らされていたのだ。
「それじゃ早速、奥に進むわよ〜。本来なら誰かが見張っていないと地形が変わっちゃうんだけど、ペルソナ使いが2人もいるんだし、このまま行っても大丈夫でしょう」
「ち、地形が変わるってどういう事ですかっ、サラ教官!?」
「さぁ、進んだ進んだ。時間は待ってくれないわよ〜」
サラが狼狽えるマキアスを押して先に進む。
他の面々も覚悟を決めたのか、武器を構え直してそれについて行った。
ライもそれに習おうとしたが、1人ホールに残っている事に気づき足を止める。
「……上位属性の力が働いている? いや、それとはまた別の何かが――」
「エマ、行くぞ」
「あ、はい! 今行きます!」
エマが向かって来たことを確認し、ライも通路の奥へと歩いて行った。
◇◇◇
「あはは〜、ほんとだー! 攻撃が効かな〜い!」
通路を抜けて広い空間へと辿り着いたライ達は、現れたシャドウをアガートラムで跳ね飛ばしながら笑っているミリアムをただ眺めていた。ここで現れるシャドウは相当弱いとはいえ、緊張感をあまりに欠いた行動に思わず冷や汗が垂れる。
「えと、あのままでいいのかな?」
「いい訳ないでしょう。――ミリアムっ! そろそろ話を進めるから戻って来なさい!」
「……はぁ〜い」
不満げながらもシャドウのドッチボールを止めて戻ってくるミリアム。
サラはそれを確認すると、気を取り直して本来の段取りに舵を戻した。
「さてと。ライとリィン、あなた達の出番よ!」
この指示の目的はVII組への提示だろう。
最大の異常を今ここで示してみせろと言っているのである。
「分かりました。……行くぞリィン」
「ああ!」
――"リンク"
ARCUSが共鳴する光。
それと同時に、リィンの周囲に眩い焰の旋風が巻き起こる。
ペルソナ召喚時に現れる蒼い光、A班には見覚えのある光景であった。
「――むっ、これは!」
「本当にリィンも!?」
渦巻く光はリィンの頭上で1体の像を形づくる。
現れたのは長身の剣を携えた灰色の騎士、シグルズが今ここに召喚された。
「次は俺の番か」
ライが銃で自身の頭を打ち抜く。
赤い制服を巻き上げる青い結晶の嵐、それが黄金のマントを纏う白き光の巨人ヘイムダルと姿を変える。
――こうして、人間の倍以上の大きさを持つ金色の巨人と銀の騎士が、圧倒する威圧感を伴ってライ達の背後に立ち並ぶのであった。
「これが、ペルソナ……!?」
「こんなものが、戦術リンクの先にあるというのか!?」
召喚された2体のペルソナにVII組、特に一度もペルソナを見ていないB班の面々は声をあげて驚く。生身の人間が生み出すには過ぎたる力、そう思わせる程の迫力をペルソナは放っていた。
……だが、召喚しただけではペルソナの特性を伝えきれたとは言えない。
その戦いも見せなければ、サラの求めるとびっきりの異常には至らないだろう。
「リィン、一気に決めるぞ」
「ああ、分かった!」
目の前には、壁や地面から沸き出す幾多の半液体状のシャドウ。
ミリアムの騒動のせいで部屋の半分を埋める程のシャドウが出て来てしまったが、危機感など微塵も感じない。むしろここのシャドウはそれほど強くないため、デモンストレーションに丁度いいくらいだ。
ライとリィンの2人は己のペルソナに命じ、シャドウとの戦闘を開始した。
「斬り刻め!」
先陣を切ったのは、剣を構えながら疾走するシグルズだ。
一閃、2体のシャドウの体に一本の線が走る。一拍遅れ、線を刻まれたシャドウは真っ二つになり消え去った。
次いでシグルズは幾多の斬撃を繰り出し、周囲のシャドウを空間ごと粉微塵にする。
それによって生まれた空白の安全地帯。
リィンはその空間を駆け抜け、残ったシャドウを鋭い太刀筋で両断した。
「叩き潰せ、ヘイムダル」
しかし、ライも負けていない。
ヘイムダルの大槌を豪快に振り下ろし、地面ごと多数のシャドウを粉砕する。そして――
(――マハラギ!)
突如前方で巻き起こる爆炎が多数のシャドウを飲み込み、灰に帰す。
と、同時にライは炎の向こう側へと跳び、空中でヘイムダルを再召喚した。
ヘイムダルの弱点である機動性をライ自身の移動で埋めるという連携攻撃。それによって、流れる様に次々とシャドウを撃破して行く。
こうして、僅か1分で広場内に蔓延っていたシャドウは駆逐された。
…………
「これがペルソナの戦いか。正に一騎当千だな」
「うむ。ケルディックでも感じたが、人とペルソナが連携する事で単純な力以上の戦闘力を生み出していると見える」
「中々に厄介……」
どうやら、今の戦いでペルソナの性質は十分に伝わったらしい。
とりあえずノルマは達成したと一息ついていると、ミリアムがひょこひょこと近づいて来た。
「ねぇねぇ、そのペルソナってボクでも使えるの?」
「どうだかな。リィンが特別という可能性もある。……試してみるか?」
「うん!」
ライとミリアムはARCUSを取り出し、戦術リンクを行おうとする。
「ってちょっと待ちなさい! ミリアムとリンクしたらリィンとの繋がりが切れてーー」
「ご心配なく。リィンとのリンクは銃と似た役割の様ですから」
「……要するに、一度召喚さえすれば何時切れてもいい訳ね。あ〜、分かったわ。もう好きにしてちょうだい」
サラが投げやりに責任を放棄した。
まあ、許可は貰えたので遠慮なく試してみる事にしよう。
「それじゃ〜お言葉に甘えて!」
「ああ、――”リンク”」
リィンとの戦術リンクを切り離し、代わりにミリアムのARCUSと共鳴する。
そして、繋がった感覚と共にミリアムの動きが止まった。
ぼんやりとしたまま動かないミリアムの表情。先ほど聞いた話が確かなら、今彼女はもう1人の自分と対峙しているのだろう。
……そうして、しばし無言の時間が続く。
未だ戦術リンクは途切れていない。
これはもしかして成功なのか? と、ライ達の間に期待が募る。
「…………う〜ん、ふぁ〜。……あっライ、おはよ〜」
「おはよう」
まるでいつも通りの朝の挨拶。そこに嫌悪感など微塵も感じられない。
まさか本当に1発で?
ミリアムも自身の状況が掴めたのか、途端に元気を取り戻した。
「あはっ! リンク成功だねっ!」
「受け入れられたのか?」
「そうそう! 何だかよく分かんないこと言ってたから、無理矢理引っ張って来ちゃった!」
いや、それは受け入れたとは言わないんじゃないだろうか。
もしかして受け入れる必要は無いのだろうか? 実例が少なすぎてライは判断に困る。
「う〜ん。でも、ペルソナ出ないね〜」
「これは失敗か……?」
リンクを成功させたにも関わらず、ペルソナが現れる気配もない。
はやり、プロセスを間違ったが故に力の取得には至らなかったのだろうか。
ライとミリアムの2人は、各々この原因について考え込んだ。
「……あ、もしかして! 来て、ガーちゃんっ!」
ミリアムが何かを思いついたかの様にアガートラムを呼び出し、そして細々と沸き出していたシャドウに殴り掛かる。
黒い影に振り下ろされる傀儡の巨椀。シャドウは呆気なく潰れ、水となって消えて行く。
「やっぱし! ボクとガーちゃんは繋がっているから、ガーちゃんが代わりになったんだよ!」
ミリアムはそれで納得したのか、再びアガートラムでシャドウのドッチボールを始めて、次々と粉砕して行った。
――だが、どうにも腑に落ちない。
ライはその違和感を確かめるため、もう1人のペルソナ使いであるリィンに話しかける。
「……どう思う?」
「そうだな、少し違う気がする。なんだかアガートラムで無理矢理に力を引き出している様な……」
「リィンもか」
ペルソナを心で理解しているからこそ感じる明確な違和感。
この疑問に対して、最後まで2人は答えを導くことが出来なかった。
◇◇◇
「それじゃあ、当初の目的も終えた事だし、これで終わりにするわよ!」
「もう終わらせるんですか」
「今回は人数が多すぎるのよ。それにここは毎日来れるから、負担さえ少なければ直にまた調査できるわ。……まあ、手続きが面倒だけど」
確かに非戦闘員が大半を占める現状、深い調査は圧倒的に非効率である。
それならばさっさと切り上げて、次回に体力を回そうと言うのがサラの考えだった。
サラは異論が無いのを確認すると、VII組を纏めあげて引き返そうとする。
「って、あら? ミリアムは?」
「……あの、ミリアムが楽しそうにシャドウを倒しながら先に行っちゃったんですけど」
「何ですって!?」
ミリアムの行き先を知るエリオットが指を差したのは、奥へと続く曲がりくねった通路。
彼女は仮にも情報局の一員のため、単独での行動は得意な部類だろう。
だが、如何にシャドウに対抗出来るとはいえ、この異常な空間での突撃は無謀という他ない。
いきなり発覚した危機的状況に、教官であるサラは思考のスイッチを切り替え、高速で状況の判断を始める。
「先に進むなら数人の戦闘員が欲しい。けど、入り口に戻るにも護衛は必要ね。……しょうがない、総員、シャドウに警戒しながら先に進むわよ!」
「「了解!」」
こうして、シャドウ調査はいきなりの本格的調査へと変わってしまった。
◇◇◇
ミリアムを追って進撃を開始したライ達は、迫り来るシャドウ達を蹴散らしながらも先に進む。
ペルソナを扱うライとリィンを中心にし、サラもシャドウを弾き飛ばす形で戦闘に加わっていた。他のVII組は武術に長ける者で守りを固め、慎重かつ迅速に異界を攻略して行く。
そして、入学初日にトワとクロウがいた地点よりもさらに奥に辿り着いたところで、VII組の面々とサラは唐突に足を止めた。
「……これは」
旧校舎の終着点。そこには変化した旧校舎入り口とよく似た扉が設置されていた。
両開きの戸は限界まで開かれており、真っ白な光のベールが扉の向こうを覆い隠している。向こう側から流れてくるのは冷気だろうか。まるで海風を感じさせる風が扉から流れ出していた。
『――あっ、みんな〜! そっちにいるの?』
「扉の向こうにいるのね? ――って、それよりもミリアム。何でひとりで先に行ったのよ! 心配したでしょ!?」
『えへへ、少し張り切りすぎたかも。でもね、おかげですごい場所を見つけちゃった!』
心配して諌めようとするアリサをミリアムが話半分に聞き流していた。
その態度に皆が呆れ返るが、それよりもミリアムの言葉に意識が向く。
「……凄い場所?」
『そうだよ! 早く皆もこっちに来て!』
ライ達はお互いの顔を見合わせ、そして、1人1人ベールの向こう側へと入って行った。
◇◇◇
――――
「――――――――は?」
その言葉を口にしたのは誰だっただろうか。
扉の向こう側に訪れたライ達は、その光景に思考を停止させてしまう。
「ねっ? すごいでしょ?」
すごいなんてものじゃない。そこには信じられない光景が広がっていた。
ライ達が立っているのはコンクリートで舗装された4車線の道路。
その左右には背の高いビルや商店が所狭しと建ち並び、ライ達を圧倒している。
周囲の高層建築のせいで小さく見える空は透き通った青。歩道に植えられた樹木の緑も合わせて、灰色の町並みに彩りを与えていた。
しかしながら、そんな日常的な町並みとは真逆に人が誰もいない。
車が一台も走らない道路も同様だ。
町並みがあまりにも日常を演出しているが故に、その異常が一際異彩を放っていた。
――纏めよう。要するに旧校舎の中、扉の向こう側には無人の大都市が存在していたのである。
「な……な、なな、何で旧校舎の中に街が広がっている!? 僕たちは夢でも見ているのか!?」
「それに旧校舎に入ったのは日没だった筈だ。この青空はどう考えても可笑しい」
「何で店はあるのに誰もいないのさ! まるでゴーストタウンだよ!」
異常に異常が重なったこの状況。
いかにVII組の面々と言えども、この異常事態に冷静な思考を維持出来る者などいなかった。
異常に慣れたと思っていたライですら、この異常に動揺を隠せず瞳孔が開いている。
「落ち着きなさいっ! ここはシャドウが闊歩する空間、何が起こっても不思議じゃないわ!」
「そ、そうですね。皆さん、冷静に――!」
サラの言葉で我を取り戻し、混乱する思考を落ち着かせる。
冷静に、そう冷静に。
そうして少しばかりの時が過ぎ、何とか皆、冷静さを取り戻した。
…………
「……それにしても、ここは一体何処なのかしら」
「確かに、俺も見た事のない町並みだ。建物がこんなに密集しているなんて」
普段の思考を取り戻したアリサとリィンが話し合う中、ライは無人の店に何かヒントがないか物色していた。手に取るのは丁寧に折り畳まれた紙の束。これはもしかして――
「……ん? ライ、何かあったのか?」
「小冊子を見つけた。どうやらここのパンフレットの様だな」
「でかしたわ、ライ! 早くそれを見せてちょうだい!」
ライは小冊子をそのままサラへと渡す。
受け取ったサラは勢いよくページを開き、その内容を確認し始めた。
「……読めないわね。東方系の言葉みたいだけど、見た事のない文字も多いわ」
「あ、でも俺たちも読める言語も記載されてますよ」
「あら本当ね。えっとなになに……?」
多言語で書かれた紹介文を読み進めるサラ。
そして、ようやくこの場所に関する記述を見つけ、その文をライ達に伝わる様に朗読した。
「巌戸台港区、……辰巳ポートアイランド?」
それが、この都市の名前だった。
戦車:アガートラム?
耐性:-
スキル:-
——————————
謎解きパート、始まります。