そのため次話の執筆が遅れていますので、申し訳ありませんが次話投稿は少々遅れます。
ギムナジウム横の小さな野原に並べられた幾つもの花壇。
白やピンク、黄、赤といった色鮮やかな花々が咲き乱れる中、小柄なフィーがしゃがみ込んで黙々と花壇に種を植えていた。──何を隠そうフィーは園芸部の一員なのである。
「フィーちゃん。種は植えられましたか?」
「ん、ちゃんと埋める深さも測った」
フィーに優しく問いかけて来た女性は園芸部部長のエーデルだ。
大きな麦わら帽子を被り、のほほんとした雰囲気を醸し出す彼女は、奇麗にならされたフィーの花壇を覗き込んでひまわりの様な微笑みを浮かべる。
「その調子です。後はしっかりと愛情を込めれば、すくすくと育ちますよ」
「愛情を込める……よく分かんない」
「うふふ、まずは優しく水をあげましょうね」
エーデルは花壇の隅に置いてあったじょうろを持ち上げ、見本としてフィーの花壇に水をかける。
耕された土に優しく降り掛かるじょうろのシャワー。ゆったりとした時間こそが、この園芸部の日常であると言えるだろう。
しかし、今日はそんな日常に2人、来訪者が訪れた。
「わぁ、花がいっぱい咲いてるね〜」
「こんな場所があったのか」
小柄な少女と無表情な青年の2人組、要するにミリアムとライであった。
「ミリアム、……あとライも。珍しいね」
「ああ、今は部活巡りの最中だ」
「……部活、巡り?」
聞き慣れない単語にフィーは聞き返す。
この学院はどちらかと言うとある程度やりたい事が決まっている学生が多い上に、それほど自由な時間も多くない。そのため、ライ達の様にとりあえず部活を巡ってみようとする学生は少ないのである。
そんな珍しい来客に、エーデルがのんびりとした笑顔で話しかけに行く。
「よく分かります。この学院は素晴らしい部活がいっぱいありますものね」
「ええ、目指せコンプリートです。……フェンシング部を除いて」
「あら、フェンシングはお嫌いなのかしら」
フィーは、ライとエーデルが名前を交わしている様子を横目で見ながら、一緒に園芸部に来たミリアムに1つの違和感を投げかけた。
「……ねぇミリアム。今日のライ、ちょっと変」
「そうかなぁ、いつも通りじゃない?」
「よく分かんないけど、いつもより雰囲気が緩いと思う。なんだか今日のサラみたい」
「う〜ん、言われてみれば、確かにそんな気も……」
今度はミリアムと2人でライとエーデルを眺める。
無表情と太陽の微笑みと言う対照的な光景だが、どうやら話は弾んでいる様だった。
「──それで、この園芸部では何を?」
「そうですねぇ、基本的にみんな自由に育てていますから。ハーブとかコスモスとか、他にも野菜を育てている人もいますよ」
「野菜を? ……それは俺でも大丈夫ですか」
「ええ、もちろんです」
エーデルの返事を聞いたライは1回頷き、 同行者であるミリアムへと会話を繋ぐ。
「ミリアム、一度寮に戻りたいんだが構わないか?」
「う〜ん、ならボクは技術棟って場所に行ってるよ。前に覗いたとき色々な機械があって面白そうだったし」
「分かった。後で迎えに行く」
その一言を最後に、ライは寮へと駆け出して行った。
不思議そうに背中を見つめるフィーとミリアムをその場に残して……。
◆◆◆
寮から2つの荷物を持ってとんぼ返りをするライ。
その手に持っていたのはケルディックで購入したミニトマトと麦の苗だった。
今までは個室の日当りの良い場所で育てていたのだが、やはり室内では限界がある。
ライにとって園芸部の存在は渡りに船だったのだ。
そう言う訳で、あっという間に園芸部に辿り着いたライは早速エーデルに2つの苗を見せる。
「あら、元気なミニトマトと麦の苗ですねぇ。隅に大きめの鉢がありますから、広い場所に植え替えてあげたらどうですか?」
「助かります」
エーデルに一言礼を言ったライはミニトマトと麦に適した鉢を探す。
この苗はケルディックの思い出、マルコとの繋がりの象徴とも言えるものだ。
だからこそライは細心の注意を払って丁寧に植え替えを進めて行った。
そんなライの様子が少々気になったのか、フィーがゆっくりと近寄ってくる。
「それは?」
「前の特別実習で買った苗だ。向こうで知り合った友人との思い出と言ったところか」
「……そうなんだ」
苗の意味を聞かされたフィーは小さくそう呟くと、そそくさと彼女の花壇へと帰って行く。
……何か不味い事でも言ったのだろうか。ライは唐突に雰囲気が変わったフィーの様子が気になり、そして原因になったと思われる自身の言葉を振り返った。
だが、今ひとつ原因を把握しきれない。そもそもライはフィーの事をほとんど何も知らないのだから。──そうして真剣に悩み続けるライに、エーデルがゆったりと近寄って来た。
「気にしなくてもいいですよ。多分フィーちゃんは自分と似たような理由だった事に戸惑っただけだと思いますから」
「似たような理由?」
「ええ、何でもフィーちゃんの植えた花の種は家族から貰ったものだとか。ライ君の話を聞いて思い出しちゃったのかもしれませんね」
「家族、ですか」
家族。それは今のライにとって馴染みのない言葉であった。
血の繋がったもの、いや、そうでなくても心の通じ合った集団を家族と言う場合もあった筈だ。
その家族はフィーにとって大切な存在なのだろうとライは察した。
……考えてみれば、フィーは何故このトールズ士官学院に通っているのだろうか。
ミリアムよりも年上とはいえ、フィーも入学するにはやや若すぎる年齢である。それなのに、どうしてフィーは寮で生活しているのか。花を送った家族は? 考えれば考える程、フィーの身の上が心配になってくる。
だが、今のライはそれを聞ける様な間柄ではない。
とりあえずは遠くから見守るのが限界だろうと、ライは現状をもとに結論づけた。
──と、そんなライの様子を観察する女性が1人。エーデルである。
「ふふ、ちょっと安心しました」
「……何ですか、突然」
「いえ、何だかフィーちゃんは貴方に苦手意識というか、それに近い感情を抱いているみたいだったので少し心配だったんです。だけど、こんなにフィーちゃんの事を思ってくれているなら大丈夫そうですね」
朗らかな笑顔で胸を撫で下ろすエーデル。どうやら、この短い時間でライとフィーの間に流れる微妙な壁を感じ取っていた様だ。
「ええ、いずれこの関係も改善してみせます」
「期待していますよ」
ライがエーデルに誓った事で、この話は終わりを告げた。
戦術リンクが生んだ歪みを正さんとする意思を、改めて心の底に刻み込んで。
「──ところで、鉢に植えたという事は俺も園芸部という事に?」
「いえ、無理に入らなくてもいいんですよ? 植物を愛でる事に部活は関係ありませんから」
「……そうですか」
「やっぱり、なんか変」
密かに2人の会話を聞いていたフィーが、何故か残念そうにしているライの態度に小さくぼやいた。
◇◇◇
その後、技術棟でバイクと思わしき機械で遊んでいたミリアムと合流し、ライ達は士官学院の学生会館へと訪れていた。
玄関の内側、学生会館1階のスペースには丸いテーブルが並べられ、食堂と購買のスペースに使われている。
授業日の昼食時には学生で賑わう食堂だが、自由行動日の午後となると、何人かの生徒が疎らに座って談笑しているだけであった。
「えっと、たしか文科系の部活はここの2階と校舎だっけ?」
「文芸部、チェス部、釣皇倶楽部、写真部、オカルト研究会、他にも生徒会の部屋があるらしい。校舎の方は美術部、調理部、吹奏楽部の3種だな」
「うわぁ、いっぱいだね〜。これじゃ全部は回れそうにないかなぁ」
「いや、全力で挑めば間に合う筈だ。……ついて来れるか?」
「むっ、誰に言ってるのさ〜! これくらいボクにとっては朝飯前だよ!」
「その意気だ」
意気込みを確認し合ったライとミリアムは、時間が惜しいと言わんばかりに2階への階段を駆け上がる。2人の暴走は着実に加速していた……。
◇◇◇
──文芸部。
たくさんの本、執筆用のインクとペンが乱雑に置かれた部室内で1人の女子生徒が本を読んでいた。黒い髪、大縁の眼鏡をかけた彼女はライ達に気づくと、隈の入ったその瞳を興味深そうに向けて来る。
「あの、あなた方はもしかしてライさんにミリアムさんですか?」
「そうですが、何故俺たちを?」
「VII組のエマさんがここの部員なんです。ついさっき用事があるとかで出て行ってしまいましたが」
「なるほど」
事前に話を聞いていれば低年齢のミリアムは直に分かるし、ライも赤い制服と表情を合わせれば特定出来るだろう。ライは心底納得した。
「ふ〜ん、でもタイミングが悪いね〜。せっかくなら委員長にも会いたかったんだけど」
「エマには例の件で避けられているから、故意かも知れないな」
「へぇ〜そうなんだ。ライも大変だね」
「……向こうもな」
若干しんみりとした空気がライ達を包む。……だが、それも長くは続かなかった。
「──あのところで、ライさんは同級生のリィンって人と最近仲がいいって本当ですか!?」
「それが何か? 確かに彼は友人ですが」
「ではその馴れ初めは!?」
「馴れ初め? ……リンク、ですかね」
突然豹変した文芸部部長に戸惑いながらも何とか答える。
初めから仲は悪くなかったが、強いてあげるとすればケルディックでの戦術リンクだろうか。
「それってつまり繋がったって事ですかっ!? 攻めは? 受けはどっちなんです!?」
「────!?!?」
攻め? 受け? 文芸部部長が鼻血を垂れ流して詰め寄ってくる。
本格的におかしい。BとLの2文字が浮かぶ彼女の両目にライは恐怖を覚えた。
「今後の執筆のためにも、そのときの事について説明をお願いします! 細部に至るまで正確に! さぁ早くっ!」
「──ッ! 撤退だ、ミリアム!」
「りょ、りょーかい!」
「って、ああっ! 逃げないで下さいっ!」
とっさの判断でライ達は部室を脱出し、外から扉を押さえつける。
内側からドンドンと叩き付けられる物音。一体どこのホラーなのだろうか。あれだけ元気だったミリアムすらも顔を青ざめ、一言も言葉を発していない。
……今回の教訓は1つ、文芸部には魔物が住んでいる。
──チェス部。
何とか諦めてくれたので、ライとミリアムは気を取り直して次の部活を訪れていた。
「……君か。何故ここに来たんだ?」
「部活の見学だ」
「そうか。しかし、悪いが僕は、例え見学であろうとも君の参加に賛成する事は出来ない」
「分かった。ならミリアム、後は──」
「そちらも止めて貰おう! チェスの駒を壊されたら堪ったものじゃない!」
「……え〜、さすがのボクでも何でも壊す訳じゃないよ〜」
チェスボードが置かれた2つのテーブルの内、右側に座っていたマキアスが険しい顔でこちらを睨みつけてくる。このままじゃチェス部も見学は無理だろうと2人は諦めかけていると、明るい水色の髪を短く切った男子生徒が問いかけて来た。
「ねぇ、君ってもしかして貴族なのかい? マキアス君から相当嫌われているみたいだけど」
「多分違います。貴方はチェス部の部長ですか」
「まあ、そうとも言えるかな。正確には第2チェス部の部長なんだけどね」
「……第2?」
第2チェス部部長であるステファンの話によると、ここのチェス部は貴族と平民で部活自体が分裂してしまっているらしい。
貴族が参加する第1チェス部と、平民が参加する第2チェス部。同じ部室を共有する2者は常にいがみ合っており、特に第1チェス部は第2チェス部を廃部させようとまでしているとの事だった。
「でも、そんな事はさせない! 腕は残念ながらマキアス君よりも弱いけど、それでも僕はチェスが大好きだからね!」
「へぇ〜、まさに青春ってかんじだね!」
ステファンのチェスに賭ける情熱は痛い程伝わってくる。
そして、それほどの情熱を向けられるチェスにライも興味を抱いた。しかし──
「部活が分裂しているなら、身分不明の俺はどうすれば……」
「いっその事、第3のチェス部を作ればいいんじゃない? その方がボクたちVII組っぽいし!」
「それだ!」
「"それだ"じゃない! これ以上チェス部の関係を複雑にしないでくれ!」
マキアスの悲痛な叫びが飛んで来た。
──釣皇倶楽部。
ステファンの元で軽くチェスを体験したライ達は、続いて釣皇倶楽部の部室前に訪れていた。
「ってあれ? 鍵かかってるよ?」
「釣りに行っているのか。……どうする?」
「どうせなら鍵をこじ開けて中に入ろうよ!」
「いや、アガートラムで壊すのは不味い」
「大丈夫! ちょっと苦手だけどピッキングで何とかなる筈だよ!」
「さすが情報局」
「止めたまえ、君たち!」
様子を見ていたマキアスに止められてしまった。
まあ、実行に移すつもりもなかったので、次へ移る事にする。
──写真部。
部室に一歩踏み入れると、そこには美しい士官学院の写真が壁一面に張られていた。
それ以外にも現像用の暗室に薬品と、専門的な備品が所狭しと並べられており、素人目でもその力の入れようが手に取るように分かる。
「これは、凄いな」
「本格的だろう? この写真部では主に風景の写真を撮影しているんだ」
ライに話しかけてきたのは写真部部長のフィデリオと言うらしい。
彼は写真部に強い思い入れがあるのか、ライに向けて色々と語り始めた。
「──それで、今年はレックスという生徒が入ったんだ。まだまだ腕は悪くてピンボケしているが、写真に対する熱意は十分あるな」
そう言ってフィデリオは期待の新人であるレックスに手を向け紹介する。
……しかし、紹介されたレックスという少年はライ達には目もくれず、じっとミリアムの全身を観察していた。
「う~ん、今後に期待かな。いや、逆にこれも一部の層に需要があるか?」
「……本格的なのか?」
多分撮影に必要な事なのだろう。ライはそう自分に言い聞かせた。
──オカルト研究会
「あら、遂に来たのね"愚者"の青年」
黒カーテンに覆われた部室に入って早々、とんでもない爆弾発言が飛び込んで来た。
「……何故、俺が愚者だと?」
「そーだよ! 別にライは愚かって程じゃないと思うよ?」
ミリアムは何か見当違いな受け取り方をしているが、問題は別にある。
ライが持つヘイムダルの示すアルカナは愚者、それを目の前にいる黒い長髪の女性は言い当てたのだ。まだサラにも話していない情報を何故知っているのかとライは驚愕した。
「フフ、愚かだって言った訳じゃないわ。タロットにおける愚者とは型にはまらない始まりの存在の事。タロットの1から21、即ち魔術師、女教皇、女帝、皇帝、法王、恋人、戦車、剛毅、隠者、運命、正義、刑死者、死神、節制、悪魔、塔、星、月、太陽、審判、そして世界。これらのカードを巡る旅人でもあるの。……さて、あなたはどこまで行けるのかしら」
この女性は何者なのか。
まるでライ自身を見透かしているかの様な言動に戦慄を覚える。
「私はベリル。”魔術師”のお友達にもよろしくね」
魔術師はリィンのアルカナだ。
見抜かれているのはライだけじゃない。ベリルは一体何処まで知っているのだろうか。
ライはベリルにそう問いかけるが、返事は返って来ない。
「ウフフフフフ…………」
水晶玉に手をかざしてベリルが怪しく微笑み続ける。
こうして、何一つ分からないまま、オカルト研究会の見学は終わりを告げた。
◇◇◇
…………
学生会館の見学が全て終わって、ライ達はいつも勉強している校舎へと向かっていた。
「それにしても、すごいところだったね〜」
「何なんだ、ここの文化部は」
まさか下手な体育会系よりも気力を消費するとは思わなかったと、ライは見通しの甘さを悔いる。
それほどまでに文化部の面々、特に文芸部とオカルト研究会の衝撃は強かったのである。
「あ、そういえばさ〜、オカルト部を出たときに生徒会長に捕まってたみたいだけど、いったい何話してたの?」
「それについては後で話す。今は校舎の文化部に集中するべきだ。……一片の油断も出来ないからな」
「──うん、そうだね!」
その話は部活見学が終わったときにでも話す機会はあるだろう。
少しの油断が命取りとなると学んだ以上、半端な気持ちで見学する訳にはいかない。
文化部の見学としては何かズレている気もする覚悟を胸に刻み、ライ達は校舎の中へと入って行った。
◇◇◇
──美術部。
本校舎2階、油絵の具の香りが漂う美術室にライとミリアムは辿り着く。
授業でも使われることもあってか割と広い部屋の中で、3人の生徒が制作活動を行っていた。
彫刻で雄々しい馬を彫る事に没頭している上級生に、絵画を描いているピンク色の髪の女子生徒。そして、同じく絵画を描いている褐色長身のガイウスの3人である。
「あ、ガイウスだ〜!」
「──ライとミリアムか。どうやら無事に見学をしているようだな。風と女神の導きに感謝を」
「誰かから話を聞いていたのか?」
「ああ、リィンから連絡があった。紙と絵筆を用意しているから、2人ともこちらに来るといい」
どうやらガイウスは事前に準備をしてくれていたらしい。ライ達は紙と筆、絵の具が並べられた机に座る。
「それで好きなものでも描いてみると良いだろう」
「助かる」
ライとガイウスはいつも通りの態度で会話をする。
しかし、良く考えればそれは変であることにライは気づいた。
「……ガイウスは大丈夫なのか?」
「すまない、折り合いを付けるまで随分と時間をかけてしまった。例えどの様な感覚であろうとも、ライがライであることに変わらないのだがな」
「いや、それだけで十分だ」
ガイウスはリンクで生じた感覚をライと切り離したという事なのだろう。
思えば、ガイウスは始めから白紙の過去を持つライを、単なる個人として見てくれていた。
ライは温和な心を持つガイウスに、改めて心から感謝するのだった。
…………
さて、心配事が1つ減ったところで何を描こうか。
ライは白紙の紙を静かに眺める。……前にも似たような状況があった筈だ。
そう、あれはたしか歓迎会の日、厨房での寸劇。
あの時の感覚を思い出し、ライはゆっくりと目を閉じた。──刹那、1つのイメージが脳裏に浮かぶ。
カッ、と目を見開き残像が見える速度で1枚の絵を描くライ。
数分後、そこには幾何学と曲線が絶妙なバランスで入り混じった絵が完成していた。
「それは何だ? 風景画でも抽象画でもないようだが」
「……現代アートだ」
「ふむ、導力革命で新しきを良しとする現代故のアートという事か。奥が深い」
言葉の意味を解釈し、深く納得するガイウス。
ライは無意識のうちに浮かんだ言葉を発しただけなので、その解釈が合っているかを答える事が出来なかった。……と、言うより何だろうこの絵は。
「ねぇ見て! ボクも作ったよ!」
ライとガイウスはミリアムの声を聞いて、入口近くの開けた場所へと視線を向ける。
いつの間にか絵を描くのを止め、余りの石材を使って奇妙なオブジェを制作していたらしい。
アガートラムで殴って作り上げたのか、銀色の傀儡がミリアムの隣で自慢げなポーズをとっていた。
「現代アートか」
「……定義が分からなくなったぞ。現代アートとは一体…………」
ライにも良く分からない。
──調理部。
調理室に訪れたライ達は、部長の許可を得て料理していた。
今回はしっかり作ろうとレシピを見て調理に取りかかるライ。
しかし10分後、ライは台所の前で自分のした行為に戦慄を覚えていた。
「料理は錬金術、……そう言う事か」
たしかクッキーを作る予定だったのだが、ライが作り上げたのはUマテリアルと呼ばれる結晶体だった。これは武器を強化する素材であって、断じて食べ物ではない。
どういう過程を経たら食材から結晶体が生み出されるのだろうか。ライは自分で作ったにも関わらず、その原因を全く把握出来ていなかった。
「ああ、これは失敗だね」
「失敗するとマテリアルが?」
「……? 何か変なところでもあったかい?」
しかし、調理部の部長はUマテリアルを見ても驚く様子はない。
もしかしたら大気中の導力か何かが混じったのかも知れないと、ライは深く考えない様にした。
「え~、どうせなら甘いものをつくってよ~」
「まな板のミンチよりはマシだ」
それはそうと、不満を漏らすミリアムにライが反論する。
彼女もアガートラムでまな板を粉砕するというミスを犯していたのだ。甘いどころの話ではない。
……結局のところ、予定通りの料理は1つも完成しなかった。
──吹奏楽部。
最後の部活を見学するために音楽室に着たライ達2人。
確かここにはエリオットが所属していたはずだ。
「あ、2人とも! 他の人に迷惑かけたりしなかった?」
「被害は少なかった筈だ」
「……そう言っている時点で間違ってるよね」
大丈夫、物的被害は調理部以外は出していない。
「それで、見学することは出来るか?」
「う~ん……。簡単な楽器で演奏するくらいはできるかなぁ」
「ならそれで頼む」
初めから本格的な楽器に触ることなど出来ないだろう。
その事はライもよく分かっていたので、エリオットの提案をありがたく受け取った。
「いいけど、……でも、音楽をやるなら中途半端は許さないよ?」
……待て、何かがおかしい。
唐突に変わったエリオットの雰囲気に、隣にいたミリアムが冷や汗をかく。
何でエリオットの後ろに鬼が見えるのだろうか。
「じゃ、早速はじめようか。今日はまだ時間あるし、心逝くまで音楽を楽しんで行ってよ」
笑顔なのに笑っていないエリオットに押される形で、残りの時間を全て演奏練習に費やす事となった。
◇◇◇
…………
──そうして時刻は夜。無事に演奏練習を終えたライとミリアムは、屋上のベンチにぐったりと座っていた。頭上には宝石をばら蒔いたかの様な満天の星空が輝いているが、今のライ達は下を向いて項垂れている。
「……エリオット、……すごかったね…………」
「ああ、それだけ本気だったと言う事だな……」
一片の妥協も許さないエリオットのスパルタ練習を受けて、彼の持つ音楽への情熱は痛いほど解った。正直、何故士官学園に通っているのか疑問に感じるほどの真剣さだ。2人はエリオットとの練習を思いだし、深いため息をついた。
……それから、しばしの静寂が流れる。
吹奏楽部の疲れも取れてきたライは、ふと同行者の纏う雰囲気が変わっていることに気づく。
「…………」
「どうした、ミリアム」
ミリアムも疲れが取れたのか顔を上げていたのだが、普段の元気さも鳴りを潜め、ただぼんやりと星空を瞳に映していた。
「……今日の部活見学、すっごく楽しかったよね」
「ああ、確かに」
ライもミリアムに習って夜空を見上げる。
煌めく星々を見て思い出すのは、今日訪れた合計10の部活。そのどれもが今まで経験した事のない体験であった。
今まで知らなかった人々と出会い、VII組の仲間達の新たな一面を見る事も出来た。入学してからの間で1番楽しめたんじゃないかと、ライは確信を持って言えるだろう。
「ボク、日曜学校に通ってなかったから、こうした学院生活っていうのは初めてなんだ」
「奇遇だな。俺もそんな記憶はない」
「そう言えばそうだっけ。……だったらライも分かるよね? ボクがとってもワクワクしていて、ついつい任務も忘れちゃいそうになる気持ちも」
ライはミリアムの問いに静かに頷く。
記憶を失ってからはや1ヶ月。シャドウやペルソナ、記憶喪失といった問題に追われ続けていたライにとって、学院生活や青春といったものがとても輝いて見えた。そう、部活見学と聞いて、思わず浮かれてしまうくらいには。
「……そう言えばミリアム。入りたい部活は決まったか?」
「う〜ん、強いていうなら調理部かな〜。美味しいお菓子を食べられるかも知れないし」
「あえて被害を出したところに行くのか」
今後も被害を被るであろう調理部に心の中で合掌しておく。
「そーいうライはどうなのさ?」
「俺はこれに参加する事になりそうだ」
そう言ってライは懐から赤い腕章を取り出す。
そこにはトールズ士官学院生徒会という文字が縫い付けられていた。
「……生徒会?」
「オカルト研究会から出た時、ハーシェル先輩に無理矢理渡されたんだ。どうやら俺が危なっかしくて見ていられないらしい」
「えと、ライって実はやんちゃだったりする?」
「……出来る事をやってるだけなんだがな」
ライはこの腕章を渡されたときの、若干涙目になったトワの表情を思い出す。
そこまで心配される様なことをしただろうか。
ライは深く考え込むが、その答えは一向に出て来ないので思考の隅に追いやった。この場合、本人に直接聞いた方が早いだろう。
「──さて、そろそろ門限だ。寮に戻るぞミリアム」
「えぇ〜、もっと星を見てようよ! ほら、これも何だか青春っぽいし!」
「またここに来ればいい」
「むむむ、……しょーがないなぁ」
ミリアムは天体観測を諦めて、アガートラムで屋上から地上まで降りて行く。
そのせいで逆にライが取り残された形になってしまった。
「ライー、早く戻るよー!」
「待ってろ」
軽くため息をついたライは、地上への階段を降りる前に事にした。
だが、最後に輝く星空を目に焼き付けてもバチは当たらないだろう。
ライはそう思い、空を見上げる。
──あの美しい星々が士官学院での日々だとしたら、見通しの悪い暗闇はシャドウや記憶喪失なのだろうか。光と闇、その2極こそが今のライにとっての人生そのものと言えた。
(……何からも目を逸らしはしない。星も暗闇も、全部纏めて挑み続ける。それが俺の道だ)
ライは決意を新たにし、ミリアムの待つ士官学院の入り口へと急いで降りて行った。
この部活見学で感じた大切な繋がりを、その心に感じながら……。
“我は汝、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり。汝が心に芽生えしは星のアルカナ。その絆が汝の希望とならんことを……”
星(トールズ士官学院)
星のアルカナが示すのは希望や明るい展望。士官学院で目覚め、士官学院で過ごすライにとって、そこでの繋がりは大切な光であると言えるだろう。その光が導く先はどこなのか……。今は誰もそれを知る術はない。