心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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15話「部活体験(前編)」

 あれから数日、情報局から来たミリアムはすっかり学院生活に馴染んでいた。

 例えばマカロフが行う導力学の授業。11の机が3列に並ぶ教室の中で、マカロフの気怠そうな声が響き渡る。

 

「……あー、約50年前の導力革命以降、消費しても時間とともに充填されていく導力は瞬く間に普及して行った。照明や暖房と言った生活のインフラを始めとして、通信、飛行船、乗用車など、最近の技術革新の根底と言っても過言じゃない程にな。――今日はその中でも導力銃を中心に話を進めて行こうと思う。んじゃ、まずは導力銃と旧式の銃の違いについて、誰か答えられる奴はいないか?」

 

 マカロフが生徒達に問いかけるが、今のライに答える暇はない。

 導力革命などと言った用語を調べるため、残像が見える程の速度で資料を捲っているからだ。

 

 本来ならば、こう言った技術関連の話題にはアリサが精通している。この日もマカロフの質問に対しアリサが手を上げようとしたのだが、寸前にミリアムが勢いよく立ち上がり、背伸びししながら片手を伸ばした。

 

「はいはーい! 銃弾を飛ばしているのが火薬か導力か、だよね!」

 

 若々しい回答を貰ったマカロフは、その活力にややげんなりしながらも説明に戻る。

 

「元気がいいねぇ、まったく。……まぁ単純だが正解だ。これは他の武器にも言える事だが、七耀石(セプチウム)から取り出した導力を用いる事で様々な特性を銃弾に乗せる事が出来る。炎を纏ったり、傷を癒したりな。昔の火薬だった時代には考えられない事だが、今じゃ逆に当たり前になってきてると言っていいだろう。……故にお前達は基礎に立ち直る必要がある。まずは導力を生成し供給する導力ユニットについてだが――」

 

 正解したミリアムが楽しそうな笑顔で席に座った。

 今のミリアムを見て情報局の人間だと思う者はいないだろう。

 現にこのVII組だって、性分故に疑り深いユーシスを除いてミリアムへの懐疑心を感じている者はいない。

 

 学院生活に憧れていたのかは定かではないが、ミリアムは全身全霊をもって学院生活を満喫していた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ――そして、5月2日の朝。

 

 頬に当たる柔らかな日光を受けて、ライは朧げに目覚めた。

 窓の外から聞こえてくる小鳥のさえずる声。どうやら今日は快晴の様だ。

 

 ライは温かなベットから身を起こし、半分眠っている意識を覚ましつつクローゼットに向かう。

 取り出すのはYシャツと深紅の制服だ。もうすっかり慣れた手つきで袖に腕を通し、何時もの服装に着替えて行く。

 

 そして身支度を終えたライは窓を開け、新鮮な空気を部屋に取り込む。

 今日は急ぐ必要もない。なぜなら今日は自由行動日、要するに休日なのだから。

 

 涼しい風を顔に浴びたライは、机に置かれた1冊の本を持って1階のロビーへと降りて行った。

 

 …………

 

「朝から飲む酒は格別ね〜!」

 

 格式ある煉瓦造りのロビーに辿り着いたライが目にしたのは、ソファの上で朝から麦酒を飲んでいるサラであった。

 生徒のいる寮での朝酒はどうかと思うが、実に1ヶ月ぶりの本格的な休日なのだろう。そっとしておこうとサラから目を離す。

 

 すると、丁度寮の入り口から入ってきたエリオットと目が合った。

 

「あ、おはよう。今日はゆっくりなんだね」

「おはよう、エリオット。もう早く起きる必要もないからな」

 

 旧校舎に行くという習慣が無くなっただけでライの時間に大分余裕が生まれていた。それほどまでに旧校舎の疲労に伴う時間の消費は大きかったのである。

 今後も旧校舎に行く予定ではあるが、必須でもなくなったため負担のないペースにする事も可能だろう。ライの生活環境は確実に改善されていた。

 

 エリオットもその事を察したのか視線をサラの方へと移した。あの光景もまた、余裕が生み出した産物である。

 

「あはは……。サラ教官、本当に嬉しそうに飲んでるよね。この前はちょっと笑顔もぎこちなかったのに」

「その原因も何とかなりそうだからな」

 

 心に引っかかっていた不満もなくなったのだから、後は時間が出来たという事実が残るだけだ。

 エリオットもそれは分かっているのだが、あまりの羽目の外しっぷりに少々苦笑いしていた。

 

「……ってあれ? ライ、その本は?」

「ああこれか」

 

 ライは部屋から持って来た本を何気なくエリオットに差し出す。

 思わず本を受け取るエリオット。……その表紙にはポップな文字で『楽しい余暇の過ごし方』と書かれていた。予想外の題名にエリオットはライの顔を2度見する。

 

 要するに、表情や態度からはよく分からないが、ライも浮かれている人物の1人なのであった。

 

 思わぬ事実に硬直するエリオット。ライはそんなエリオットに対し、平然と1つの疑問を投げかける。

 

「ところで取りに行かなくていいのか? 帰って来たと言う事は、忘れ物でもしたんだろう?」

「え? ……あ、ああ! うん、ちょっと吹奏楽部の楽譜を忘れちゃって」

 

 本来の目的を思い出したエリオットが急いで階段を上って行く。

 ――と、すれ違う様にして小さな影が階段を駆け下りてきた。

 ライの手前で急停止する少女、それは最近の話題の人であるミリアムだった。

 

「ねーライ! これからブカツってのを見に行くんだけど、一緒に行かない?」

 

 どうやらミリアムは学院生活の華である部活を体験したいらしい。

 返事を待っている時間も惜しいのか、ミリアムは颯爽と入り口へと駆け出す。

 

 ライは静かにミリアムを視線で追っていると、楽譜の束を持ったエリオットが階段から降りてきた。

 

「あはは、ミリアムって完全に学生生活を楽しんでるよねぇ」

 

 ミリアムの声は2階まで届いたのだろう。エリオットはVII組の総意とも言える感想を述べる。

 ……だが、ライはまるで聞こえていないかの様に微動だにしなかった。

 

「えと……ライ?」

 

 ライの頭の中で部活という2文字が駆け巡る。

 思えばライは一度部活を諦めていた。

 だが、今は違う。部活に参加する時間は十分にあるのだ。

 

「部活見学、何て優美な響きだ……」

 

 そう、今ならばまだ見ぬ学院生活を謳歌する事だって出来るのである。

 その事に気づいたライは堂々とした足取りでミリアムの隣へと歩きだす。

 

「全力で行くぞ、ミリアム!」

「あいあいさー!」

 

 2人は並んで光溢れる寮の外へと歩を進める。

 目指すはトールズ士官学院、そこで待っている数々の部活だ。

 

 ……寮の中には、理解が追いつかないエリオットと酔っぱらったサラの2人だけが残されていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「――で、ここに来たという訳ね」

「部活の王道と言えばグラウンドだからな」

 

 ライ達が始めに訪れたのは、学院の横に併設された大きなグラウンドである。

 茶色よりも白に近い土の感触。校舎の横に広がるこのグラウンドでは、ラクロス部と馬術部が場所を分け合って使っていた。

 

 まず訪ねたのはラクロス部の方だ。

 

 目の前にいるのは藍色のユニフォームを着たアリサ。

 その手にはラクロスで使用する網の付いた棒を持っていた。その網にボールを入れて運び、ゴールを狙うのがラクロスと言う競技である。

 

「でも残念だけど、ラクロスって競技は男女で分かれてて、ここのラクロス部は女子しかいないのよ。ライの参加は難しそうね」

 

 アリサの話によると、ラクロスは男女で人数だけでなくルールまで異なっているらしい。

 今この場にいるのは先輩らしい女子生徒2人と、紫髪の貴族と思わしき少女が1人。どう考えてもこの空間にライの居場所はなかった。

 

「アリサさん! 何さぼっていますの!? 早く勝負しますわよ!」

 

 ライ達3人が話し合っていると、カールした紫色の長髪と大きなリボンが特徴的な少女がアリサに向けて声を張り上げて来た。

 

「彼女は?」

「フェリスよ。この前勝負を挑まれたんだけど、返り討ちにしたら目の敵にされちゃって」

「おお! これは噂に聞くライバル関係だね!」

「……楽しそうねミリアム。本当にそんな青春っぽい関係だったらどんなに良かったか」

 

 フェリスとの関係を思い出したのか肩を落とすアリサ。

 どうやら目の敵にされた理由はライバル精神なんて高貴なものではなく、貴族の自負を砕かれた屈辱であるらしい。アリサ自身もどう解消したものかと悩んでいる様だ。

 

「アリサさん、聞いていますのー?」

「ええ、聞いてるわよ! 今戻るからちょっと待ってて!」

 

 急かされたアリサは、急いでライ達との会話を畳みにかかる。

 

「悪いわね。そういう訳だから、ラクロス部の見学は諦めてちょうだい」

「気にするな、こちらにも女性はいる。……ミリアム、後は任せた」

「任されたー!」

「……ミリアムの身長に合ったスティックはあったかしら」

 

 こうしてミリアムのラクロス部体験が決定した。

 

 …………

 

 ラクロス部の3人との挨拶を済ませ、ゴールに対面するミリアム。

 これからちょっとしたゲーム形式での体験をする事になったのである。

 

「ミリアム、いい長さのスティックが見つからなかったから、私のスティックを使って」

「ううん、そんなのいらないよ〜。何だってボクには特別製があるからね。……行くよー、ガーちゃん!」

 

 突然ミリアムがグラウンドのど真ん中でアガートラムを呼び出した。

 

「えぇっ!? 何なんですのこれはっ!?」

「ガーちゃん、変形〜!」

 

 ミリアムはアガートラムを巨大なラクロスの棒に変形させ、豪快に振り回す。

 あれだとボールどころかゴールすら吹き飛ぶだろう。

 その様子を呆然と見ていたアリサは、ふと我に返ると慌ててミリアムに叱りつける。

 

「こ、こんな場所でそれを呼んじゃ駄目でしょ!? って言うか今すぐ止まって、それ危ないからっ!!」

 

 そんなアリサの切実な叫びを最後にして、ライ達の最初の部活見学は唐突に終わりを告げた。

 

 

◇◇◇

 

 

 次はグラウンドの反対側を使っている馬術部である。

 

 グラウンドの奥に建てられた馬小屋から、雄々しいたてがみを生やした3頭の馬が手綱で引かれて出て来ていた。

 その中の一頭の側に見知った金髪の青年、ユーシスを見かける。

 

「精が出るな」

「……貴様、何故ここに来た」

「部活見学だ。ユーシスは馬術部だったのか」

「まあ、見ての通りだ。別にお前に話す必要もないからな」

「それもそうだ」

 

 先ほどとは打って変わって、どこか壁のある会話をするユーシスとライ。

 ある意味普通に会話が成立しているのが奇跡とも言える温度であると言えるだろう。

 

 と、そんな2人が気になったのか、1人の男子生徒が馬を引き連れてやって来た。貴族を示す白い制服だが、赤茶色の髪をかきあげた青年は人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている。

 

「おや、見ない顔がいるな。君はユーシスの同級生かい?」

「ええ、VII組のライです。貴方は?」

「私は馬術部部長のランベルトだ。よろしく頼むぞ!」

 

 ランベルトは自己紹介の後に豪快な笑い声をあげる。

 社交的なその態度。貴族にも色々といるらしい。

 

「ほう、推測するに馬術に興味があると見える。良かったら少し馬に乗ってみては如何かな?」

「! 是非とも」

 

 何を隠そうライは部活を体験するためにここに来たのだ。

 今度こそ部活に参加出来るとライはアルベルトの提案に飛びつく。

 ――だが、そんなライの勇み足をユーシスが押しとどめた。

 

「止めておけ、治りかけとはいえ乗馬は怪我に響く」

「ふむ、そうなのか? なら乗馬は見送るべきであるな」

 

 ユーシスの提言を受けてアルベルトも自身の言葉を撤回する。

 結果として空振りとなってしまうライ。短い夢であった。

 

「…………仕方ない。それよりユーシス、心配してくれたのか?」

「勘違いするな。一般論を言ったまでだ」

 

 ユーシスは素なのか照れ隠しなのか判断に困る一言を残して、馬に跨がり去って行く。

 

 だが、その背後にはこそこそと近づく水色の影が……。

 今まで会話に加われなかったミリアムが、ここぞとばかりにアクションを起こしたのだ。

 

「――なら代わりにボクが体験するよ!」

「おい、何故俺の後ろに乗る。待て、勝手に手綱を引くな!」

 

 身長のため1人乗りは難しいと判断したのだろう。ミリアムはユーシスが跨がっている馬によじ登る。ユーシスは迷惑そうな表情をしているが、子供相手に強硬手段に出られないのか、為すがままにされていた。

 

 無理矢理に馬を走らせようとミリアムが強引に手綱を引く。

 このままじゃ馬が暴走してしまい、落馬の危険性もあるだろう。ライは忠告をする事にした。

 

「ミリアム」

「ん、なーに?」

「馬は機械じゃない。馬の気持ちを考えて手綱を引くんだ」

「オッケー、分かったよ!」

「ああ、幸運を祈る」

 

 これで役目は果たせたと満足げなライに向けて、ユーシスが怒鳴り声をあげてくる。

 

「馬鹿か貴様は! この状況で煽ってどうする!」

「幸運を祈る」

「祈る暇があったらこいつを……くっ!? 止めろミリアム!」

 

 ミリアムの手綱さばきによって走り出す馬。

 ユーシスは手綱の支配権を取り戻し、何とか馬の走りを制御しようとしていた。

 

「ハッハッハ、中々元気のいいお嬢さんではないか!」

 

 ライとアルベルトの2人は走り回るユーシスの馬を見守る。

 数分後、そこには馬の制御で疲れ果てたユーシスと、満面の笑みを浮かべたミリアムがいた。

 

 

◇◇◇

 

 

 続いて今度は校舎の裏手、ギムナジウムと呼ばれる施設に訪れていた。

 

 小さな校舎と言った面持ちのギムナジウムは、1階や2階の大部分が屋内プールのために使われており、1階には修練場や射撃訓練場、2階には各運動部の部室も用意されている。

 ……たしか、ここでは水泳部とフェンシング部が活動を行っていた筈だ。ライ達は、まず始めにラウラが所属しているという水泳部に顔を出す事にした。

 

「わぁ、おっきいプールだね!」

 

 屋内プールへの扉を開けたライ達を待っていたのは、全長50mくらいもある巨大なプールだった。

 水色のプールには塩素の香りがする冷水がなみなみと満たされている。2階まで吹き抜けとなっている天井も半分がガラス張りとなっており、清々しい開放的な空間を演出していた。

 

 そんな環境の中、1人の水泳部員が水を掻き分け50mを泳ぎきり、水流を纏いながらプールを上がってくる。水滴を弾く肌、体を引き締める競泳用の水着を身につけた彼女は、ライ達の良く知るラウラであった。

 ラウラは髪をなびかせて余分な水を落としながら、ライ達のいるプールの入り口へと歩み寄ってくる。

 

「ライとミリアムよ、そなたらは水泳部の見学に来たのか?」

「そんなところだ」

「ふむ、夏以外は部員専用なのだが……まぁ見学と言う立場なら何とかなるだろう。だが、水着がないと泳ぐ事は出来ないぞ?」

 

 予備の水着でもないのかと聞いてみたが、そんな物はないらしい。

 なら見るだけにするかと思うライだったが、ミリアムが何かに気がついたかの様に更衣室の方へと向かって行く。

 

 数分後、戻って来たミリアムは深紅の学生服では無く、見慣れない変なスーツを着ていた。

 幼いボディラインが分かる程のぴっちりとしたボディスーツ。

 手首や足首にユニットがついている事から、何らかの特別な用途のものである事は分かる。

 だが、太ももが露出している事も合わせて、やや際どい格好になってしまっている事にミリアムは気づいているのだろうか。

 

「これはボクの特務スーツだよ。耐火・耐水・速乾の万能なスーツだから、これなら泳げるよね!」

「……それで普段任務をこなしているのか?」

「そーだけど? ……え〜、何処見てるのさ〜。やらしーなー」

「年齢を考えろ」

 

 くねくねとした変なポーズをとるミリアムを、ライは平然と切り捨てる。

 と言うより、その格好の問題点が分かっているなら直そうとは思わないのか。

 ライはそう指摘したくなるが、これ以上言ったところで薮蛇になるため、ぐっと堪えた。

 

「む〜、ライも子供扱いする〜」

「もしかして年上なのか?」

「いや違うけどさー。……ま〜いっか。それじゃ早速、行ってみよー!」

 

「ま、待て! まだいいと言った訳では――」

 

 ミリアムはラウラの静止の声を振り切って、水が揺れるプールに頭からダイブする。

 プールのど真ん中にのぼる水柱、一際大きな水音が辺りに響いた。

 

「あはは〜、冷た〜い!」

 

 水しぶきを上げながら水面から顔を出すミリアム。

 身長的に足は着かないだろうが、問題なく泳いでいた。

 

 そのままバシャバシャとプールを縦横無尽に泳ぐミリアムを見て、ライは入り口へと踵を返す。

 

「俺も水着を買って来て――」

「言っておくが、水着があったとしても止めさせてもらうぞ。怪我人を泳がせる程、私も酔狂ではない」

「……そうか」

 

 足を止め、楽しそうに泳ぎ回るミリアムを眺めるライ。

 ラウラは何だかライの背中が小さく見えた気がした。

 

 ……やがて、気分を入れ替えたライは休憩中のラウラの隣に座り、プール全体をぼんやりと俯瞰し始めた。

 

 ギムナジウムの半分を占めるプール。ここに訪れたときも思ったが、このプールは相当広い。

 水泳部員に混じって泳いでいるミリアムもずいぶんと小さく見える程だ。

 ライの虫食いの知識が正しいのならば、プールの基本的な規格は25mか50m。遠目に見える50アージュと書かれた文字から分かる様に、このプールは50……

 

「50……アージュ?」

 

 ライの思考が停止する。ライの知識との明確なズレがそこにあった。

 

「ライ、何かあったのか?」

「……アージュについて教えてくれないか」

 

 ラウラはライの質問を聞いてキョトンとした。何を当たり前の事を聞いているのか、と言った様な顔である。だが、直にライが記憶喪失である事を思い出したのか、納得した表情へと変わった。

 

「ふむ、そう言えば記憶喪失だったな。そなたが余りに平然と過ごしているのでつい忘れてしまう。――アージュとは長さの単位だ。1アージュは大体……このくらいだな」

 

 両手を広げて1アージュの長さを説明するラウラ。

 それはライの知識では1メートルの長さとほぼ同じものだった。

 

「ラウラ、メートルという単位に聞き覚えはないか」

「めーとる? ……いや、聞き覚えはないぞ」

「そうか。なら俺の知識は――」

「……アージュは、そのめーとるとやらに何か関係でもあるのか?」

 

 ライは自身の知識として有していたメートルについて説明した。

 アージュと似た尺度を持つメートルという単位を聞いて、ラウラは腕を組み真剣に考え始める。

 

「――ならば、めーとるとはそなたの故郷で使われていたものかも知れないな。……分かった、私の方でも色々と当たって見よう」

「恩に着る」

 

 手伝いを申し出るラウラに対して素直に礼を述べる。

 だが、ラウラの反応はどうも芳しいとは言えなかった。

 

「謝辞は言なくともよい。そなたにしてしまった非礼と比べたら些細な罪滅ぼしだ」

「……まだ気にしていたのか。その原因は戦術リンクだ、ラウラじゃない」

「だが、それでは私の気が済まない」

「だから――」

 

 ヒートアップしかけるが、ここで両者はケルディックの焼き回しになっている事に気づく。

 思わず言葉が途切れる2人。

 そして、相変わらずあの日から進歩していない事に対し、ライとラウラは静かに笑いあった。

 

 ……1つだけ、この笑顔はたしかな進歩であると言えるだろう。

 

 

◇◇◇

 

 

「あ〜楽しかった! ……ってライ、どうかしたの?」

「いや、何でも無い。今は部活見学を続けよう。――次はフェンシング部だったか」

「うん! 場所はたしか修練場だったよね」

 

 とりあえず今は、メートルとアージュを思考の隅に置いて部活見学に集中しよう。

 全力でやると決めた以上、余計な悩みなど足を鈍らせるだけなのだから。

 

 ライとミリアムの2人はギムナジウムの入り口近くに設置された修練場へと足を運ぶ。

 ――とその時、唐突にライのARCUSの着信音が鳴った。ライはARCUSをポケットから取り出し着信番号を確認する。……どうやらリィンからの通信の様だ。

 

「リィンか。どうした?」

『どうしたじゃないだろ。エリオットから聞いたが、まだ治りきっていないのに部活見学をしているんだって?』

「ああ、今のところ全部止められてる」

『まぁ当然だな。怪我が悪化したらどうするんだ』

「大丈夫だ、限界は弁えている」

『……因にその限界は?』

「意識が無くなったら限界だな」

『それは、限界じゃなくてデッドラインだ』

 

 ARCUSの向こうからため息が聞こえてくる。何か間違ったのだろうか。

 

『……今サラ教官と話しているんだが、そろそろ旧校舎に行けるかもしれないって言ってるぞ』

「なら戦闘に耐えられるだけの体力も必要か。……分かった、運動部系は止めておく」

『もうそれでいいか。くれぐれも無茶はするなよ』

「了解した」

 

 ライはリィンとの会話が一段落したところでARCUSの通話ボタンを切る。

 そして、修練場の扉に手をかけたままずっと待っていたミリアムに向き直った。

 

「あ、終わった? えと、リィンはなんて言ってたの?」

「旧校舎調査の目処が立ったらしい」

「え、本当っ?」

「本当だ。だから今後の作戦は"体力を最優先に"で行きたいんだが、それで構わないか?」

「いいよっ! じゃ、次は文化部だね!」

「ああ、後半戦の始まりだ」

 

 怪我の恐れのあるフェンシング部の見学を止めて、文科系の見学へと移行する2人。

 今の彼らに部活見学を止めるという発想はなく、ただ未来に広がる数々の部活に期待を募らせるばかりであった。

 

 

 2人の部活見学は、まだまだ続く――。

 

 

 

 

 


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