心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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忙しい時期になって来ましたので、今後は基本的に週1のペースで行かせて頂きます。


2章 -白亜に潜む黒い影- 
14話「新たな仲間」


「……未知の魔物に襲撃された7件のうち、4件が撃退に成功、か。これを多いと見るか少ないと見るか、ちょっと判断に困るわねぇ」

 

 慌ただしく人が動きまわる職員室の中、机に広げられた報告書と睨めっこしながらサラがぼやく。

 ライ達が特別実習に行く直前の早朝、突然届けられた未知の魔物出現の知らせによって、トールズ士官学院の教官達はてんやわんやな状況に陥っていた。

 帝国各地で急激に発見件数が増えた未知の魔物。話によるとライ達A班もそれに遭遇し、討伐に成功したらしい。念のためペルソナの使用許可を出したことは正解だったとサラは安堵した。

 

 一枚一枚事件の詳細を確認するサラのもとに、金髪碧眼の男が悠然と歩み寄ってくる。

 

「魔物の特性を顧みればこの結果は上々と言えるだろう。攻撃無効化のメカニズムは依然として不明だが、他の性質について軍に逐一報告していた事が功を成したとも言えるのではないか?」

「あら、ナイトハルト教官。お早い帰還ですこと」

 

 サラは書類を置いてナイトハルトに視線を向ける。

 ナイトハルトは帝国正規軍・第四機甲師団から出向して来ているため、トールズ士官学院にいない事も多い。最も最近は未知の魔物に関して士官学院と帝国軍を繋ぐパイプラインを担ってもらっているのだが。たしか先日も、軍の協議に参加するためにトリスタを発った筈だ。

 

「……確かに、戦車の大火力で吹き飛ばしたり、強固な部屋におびき寄せて隔離したり、報告書を見る限り私達の報告が生かされていた事は読み取れますね。ですが、残りの3件での被害は甚大、そう喜んでもいられないのでは?」

 

 魔物の性質。つまりはダメージは通らずとも攻撃が当たりはすると言う特性を事前に知っていたからこそ4件の対応が的確に出来たと言えるだろう。だが、ほぼ同数の失敗が起こったのもまた事実である。

 

「そう悲観する必要は無い。今回の件でようやく軍の上層部も事の重大性に気づいた様だ。今後は正規軍が中心となって魔物の調査を行うこととなった」

「それ、私達はお払い箱ってこと?」

「バレスタイン教官にとっては喜ばしい事だと思うが」

「……まあ、間違ってはいませんね。頭を使ってばかりの職務なんて私の柄じゃないですし」

 

 サラはう〜んと背伸びをする。ここ1ヶ月休む暇がほとんど無かったのだ。発足したばかりのVII組の処理に加えて調査結果の詳細な報告などなど。……結構な割合を生徒会長のトワに頼ってしまったが、それでもサラにとってオーバーワークであった事に変わりはない。

 

「──それと情報の公布の件だが、未知の魔物については特性をぼかしつつ広める事が許可された。だが、ペルソナに関しては引き続き秘匿し、周辺の軍関係者にすら伝達を禁ずるという指令だ」

「それは、どういう事ですか? 彼の事を考えるならその方がありがたいですけど……」

「詳しくは俺にも分からん。だが、恐らくはテロの対策であろう」

 

 ナイトハルトがペルソナを一度見たときから考えていた懸念。

 小さな拳銃1つで戦術クラスの戦力を何時何処でも呼び出す事ができるという奇襲性。そして精神力が尽きるまで何度でも再召喚が可能という耐久性。もしこの力がテロリストに渡った場合、帝国のほぼ全域がテロの危険に晒されることとなる。

 恐らくは帝国軍上層部もそれを危惧しているのだろうとナインハルトは個人的に推測していた。

 

「後、軍から言伝と情報を1つずつ預かっているのだが、どちらから聞きたい」

「軍の言伝は固っ苦しいですし、まずは情報からお願いましょうか」

「分かった。これは帝国軍情報局からの情報なのだが、帝国の市民の間で密かに”シャドウ様”と言う噂が広まっているらしい」

「シャドウ様? シャドウ、……影、…………まさか!?」

「ああ、噂の内容は願いを叶えるという在り来たりなものだが、情報局は各地に現れた未知の魔物と関連があると睨んでいる。噂の発生時期と魔物の出現時期が重なるからな。──そのため今後は未知の魔物を《シャドウ》と呼称し、情報局は噂の発生源を中心に捜査を進めていくとの事だ」

 

 帝国軍情報局、帝国の宰相ギリアス・オズボーンの肝いりで設立された諜報機関である。近年の様々な問題に裏から介入し、ほぼ全てを宰相にとって都合の良い形で終わらせて来たらしい。

 詳しい実態はサラもナイトハルトも知りえない謎の機関であるが、相変わらずの有能っぷりには呆れ返ってしまう。もうどこまで情報を掴んでいるのか、サラにもまるで予測がつかなかった。

 

「──もう1つの言伝も情報局絡みだ。このシャドウ事件に関し情報局は、トールズ士官学院に1人増援を送ると申し出て来た。……これが、その書類だ」

 

 サラはナイトハルトから一枚の書類を受け取る。そして一通り読んだサラは静かにナイトハルトを睨みつけた。

 

「……これ、受け入れるつもり?」

「受け入れるしか無かろう。帝国政府からは多大な出資を受けているが故に、士官学院側として拒否出来まい」

 

 ナイトハルトの言葉を聞いたサラは苦い顔をして書類を見直す。

 それは入学書類だった。水色の髪を短く切った少女の顔写真、氏名の欄には拙い字でミリアム・オライオンと書かれている。

 

 サラは今後を憂い、軽くため息をついた。

 本音を言えば入れたくはないし、とある理由でオズボーンを嫌っているサラとしては、肝いりの情報局ともあまり関わりたくはない。

 だが、受け入れるしかないのだろう。ここ1ヶ月でサラは面倒事が連続で降りかかる状況に慣れつつあった。

 

 ……これはミリアムが入学する前日、4月27日の話である。

 

 

◆◆◆

 

 

 時は進んでミリアムが編入してきた28日の夕方、授業が終わったライ達は寮の食堂に集まり、長いテーブルを囲う様に座っていた。

 VII組の全員が集まれる場所はここか士官学院の教室くらいしかない。今回は偶然にも皆予定がなかったので、サンドイッチなどの軽食を買いこんでテーブルに広げ、ささやかな歓迎会も兼ねてミリアムの事情を聞く事となったのだ。

 

「ええっ! ミリアムって情報局から来たのっ!?」

「もぐ、むぐ。……うん、そうだよ! ボクはオジサンの下で働いてるんだ〜」

「……たしか帝国軍情報局のまとめ役はあのオズボーン宰相だった筈なのだが、それをオジサンとは」

 

 ……なったのだが、サンドイッチを口にしながら話すミリアムの大胆発言にVII組の面々が騒然となった。

 VII組11名のうち、半数以上が驚きの表情となっており、普段あまり動じないユーシスやフィーに関しても、どこか落ち着きが無くなっている。

 今ここで完全に動じていないのは、発言者のミリアムを除くと、留学生故に諜報機関の噂を知らないガイウスと、そもそも記憶のないライの2人だけであった。

 

「ふむ、ミリアムよ。済まないが帝国軍情報局について教えてもらえないだろうか」

「……後、オズボーン宰相の説明も頼む」

 

 他の面々が一様に動揺しているという事は相当のビックネームなのだろうか。

 疑問に思ったガイウスとライは発言者であるミリアムに尋ねる。

 

「え〜っと、帝国軍情報局っていうのは色々なところで情報を集めたり、裏工作をしたりするところだね。ボクはだいたい帝国内の重要拠点とか侵入してるんだー。……あ〜、あと、オジサンはオジサンだよ。でっかくて、ふてぶてしくって、いっつも何か企んでるの」

「……補足するが、オズボーン宰相はエレボニア帝国の宰相にして国家代表だ。帝国の近代化を進める革新派のトップでもあり民衆の信頼も厚い。僕たちが乗った鉄道網も彼の功績と言えるだろうな」

「まあその分、歴史を重んじる貴族派との確執も生んでいるがな」

 

 平民の立場であるマキアスや四大名門の息子であるユーシスは、ライの顔から意図的に目を逸らしつつも、各々の立場からミリアムの話に補足する。

 

 帝国の宰相、ケルディックで対峙した領邦軍隊長が言っていた《鉄血宰相》もオズボーン宰相の事を指していたのだろうか。鉄血とは兵器と人血を指す言葉だった筈だ。マキアスやユーシスの言葉も統合すれば、軍事的にも強行的な姿勢をとる人物であると容易に想像出来る。

 ……もしかしたらケルディックの一件の原因となった増税も、ユーシスの父アルバレア公爵がオズボーンに対抗するために行った施策だったのかも知れない。だとすれば革新派と貴族派、2者の対立は相当なレベルに達していると見て間違いはないだろう。

 

 ──だが、それよりもミリアムの発言は大丈夫なのだろうか。普通、諜報機関なら守秘義務があってしかるべきである。

 

「フン、そもコイツは本当に情報局の人間なのか? こんな子供に諜報活動が出来るとは思えんのだが」

 

 ユーシスが皆の心を代弁する。

 確かに子供の戯れ言と捉えるのが無難であるし筋も通るだろう。

 しかしミリアムはその言葉が不服らしく、頬を膨らませて抗議のポーズをとった。

 

「ム〜、ボクが小さいからって甘く見ないでよね! 戦う力だってほら……ガーちゃん!」

 

 疑惑の視線の中、いきなり席から立ち上がり片手を上げるミリアム。それと同時にミリアムの背後の空間に、前触れもなく銀色の傀儡が現れた。

 2m近くある鉄とも陶器とも言える妙な物体の出現に、近くに座っていたマキアスやアリサが思わず席を立ち上がってしまう。

 

「はぁっ!?」

「え、何これ!?」

 

 ミリアムはそんな彼らの様子に満足げな様子である。

 銀のからくりを従える少女。確かに認めざるを得ないだろう、少なくとも単なる妄想少女ではないことは間違いない。

 

「これはガーちゃん、通称アガートラムだよ」

「──Ж・Wпзгκ」

 

 ミリアムの紹介に合わせ、アガートラムが腰と思わしき場所に両椀を当てた。人間に例えるならエッヘンのポーズである。表情どころか顔もないアガートラムだが、どこか自慢げに見えた。

 ……と、VII組の面々がアガートラムに視線が集まる中、エリオットがこそこそとライに近寄って来た。

 

「ねぇライ。あれってもしかしてペルソナなのかな? ……って、ライ?」

「確かめてくる」

 

 ライはエリオットの質問を聞き終わる前に席を立ち、アガートラムに近づいてまじまじと観察し始める。長い2本の腕と1本の胴で構成されたシンプルな姿。金属の様な質感であるにも関わらず、途中が曲がりくねる事でポーズをとっている。

 アガートラムの表面をそっと触るライ。これがペルソナであるならば、もう1人のミリアムと言う事になる。だが、ペルソナと長く接して来たライの直感は、ミリアムとは別の何かであると告げていた。

 

 ……とりあえず、今のところ分かるのはこれくらいか。それよりもミリアムと別の存在であるならば、やらなければならない事が1つある。ライはアガートラムから一歩離れ、そして──

 

「よろしく、ガーちゃん」

「────」

 

 仲間?となるであろうアガートラムと堅く握手をした。……と言っても指のないアガートラムの腕先を掴んでいるだけなのだが。

 謎の傀儡の出現に緊張が高まっていた場の空気が一瞬にして崩壊する。

 

「あー! まだボクと握手してないのに!」

 

 場の空気を乱す存在がここにもいた。ライはアガートラムから手を離し、小さなミリアムに向けて同じ様に手を伸ばした。

 

「済まない。──今後ともよろしく、ミリアム」

「うん、よろしくねー、ライ!」

 

 ひとまず、これでミリアムやアガートラムとの挨拶は終わった。後は他のVII組との挨拶だなと振り返ったライは、その時初めて何とも言えない視線が向けられている事に気がつく。

 

「……どうした?」

「どうしたもこうしたもないでしょ! 何でよく分からない存在と普通に握手してるのよ!」

「変な状況には慣れてるからな」

 

 主に未知の魔物やペルソナ関連で。今のライを驚かせたかったら、この傀儡にマルコの意思でも宿してみろと言う話である。

 アリサの文句にもあっけからんとしているライに、エリオットが再度同じ質問をする。

 

「それで、そのアガートラムはペルソナじゃないの?」

「いや、似ているけど多分違う」

 

 ライは先ほど感じた違和感から達した結論を口にした。ミリアムに近いものの別の存在。もう1人の自分であるペルソナとは少々異なる在り方と言えるだろう。……どちらかと言うと、サラが実技テストで使っていた"かかし"に近いかも知れない。

 

 第一人者のライが言うならと引き下がるエリオット。その顔が微妙なのは結局正体が不明だからだろうか。謎な存在が身近になりつつあるライにとっては懐かしい感覚である。

 ……感慨に耽っているライに変わり、今度はリィンがミリアムに近づいた。

 

「それよりミリアム、何故情報局からVII組に編入する事になったんだ?」

「えっと、君はリィンだったね。……ってあれ、サラから聞いてないの?」

「サラ教官から?」

 

 リィンだけでなく他の面々も疑問符を浮かべた。言うまでもなくサラから何も聞いていないのだから。沈黙が流れる夕暮れの食堂、ライは入学翌日の事を思い出す。たしかあの時は表向きの事情を伝え忘れていたんだったか。

 とりあえずサラに連絡を取ってみようかという流れになり始めたその時、いきなり食堂の扉が開かれた。──噂をすれば影、要するにサラである。

 

「あらミリアムの歓迎かしら〜? 仲良くやってる様で結構結構!」

「……あの、やけに元気ですね、サラ教官」

「そりゃね〜、重圧から開放されたら喜びたくもなるわよ」

 

 重圧からの開放? 何があったのか知らされていないライ達は返事に困る。

 

「あ〜そっか。そう言えば伝えていなかったわね。ミリアムの入学処理で忙しかったからすっかり忘れてたわ。えっとライ、ちょっとこっちに……ってもう皆知ってるんだっけ」

 

 ここにいるVII組の内、A班は実際にペルソナや未知の魔物に対峙し、B班も言葉のみだが聞かされている。ミリアムについては先の言葉を顧みるに深く知っていると見て間違いないだろう。

 そう、もうこの中で隠す必要など何処にもないのである。

 

「それじゃあここで話すわね。未知の魔物、《シャドウ》についての報告よ。心して聞きなさい」

 

 

◇◇◇

 

 

 ……それから、ライ達は未知の魔物、いやシャドウについての現状の説明を受けた。即ちケルディックだけでなく、帝国の各地で魔獣が出現し始めているという報告である。

 

「そんな、その様な状況なら噂にならない筈が……!?」

「既になってるわよ。ほら、これを見なさい」

 

 狼狽えるマキアスの言葉に対し、サラは食堂の机の上に2日前の新聞を置く。その新聞は帝都ヘイムダルの帝国時報社が発行している《帝国時報》であった。

 閉じられた新聞の一面には『相次ぐ魔獣の襲撃事件。魔獣の生態に変化が!?』という見出しが大きく印刷されており、ライ達にはその魔獣がシャドウを意味していると容易に想像出来た。

 

「肝心なところは伏せられているから、まだ大きな騒動には至っていないみたいね」

「まだ、ってそんな他人事な……」

 

 マキアスのぼやきに対し、他人事ねぇ、とサラが腕を組みながら小さく呟く。

 しばらく視線が遠くなっていたサラだったが、意識を入れ替えたのかライに視線を合わせ話を続けた。

 

「この件でようやく帝国正規軍が動き始めたわ。だから、今後の私達は協力者という立場になると考えておきなさい。……そのための増員も派遣されてきたしね」

 

 そう言ってサラはミリアムに目を動かす。視線を貰ったミリアムはニシシと笑っていた。

 要するに今後は帝国軍とミリアムが調査の中心となると言う事なのだろう。

 

「何だか浮かない顔ね。これでようやく普通の生活が出来るんだから喜ぶ場面じゃない?」

「教官こそ、笑顔が少々ぎこちないですよ」

「……そりゃまあ、何も解決していないのに蚊帳の外って言われて、簡単に納得出来る訳ないわよねぇ」

 

 食堂内にいる中で、ライとサラだけが共感出来る戸惑いであった。

 僅か1ヶ月という期間ではあったが、それでも簡単に手を離せる程生温い相手じゃない事だけは痛い程理解している。たしかに普通の生活が送れる事はありがたいが、素直に喜べるものではない。

 

「サラ教官、こちらで調査を続ける事は出来ませんか」

「個人的にそうしたいのは山々だけど、協力以上の事は許可は出来ないわ。如何にシャドウが危険だからといっても、いえ危険だからこそ、正当な理由がない限り教官として認められないのよ。せっかく正規軍の庇護を受けられるのだから、調査はその中だけに留めておきなさい」

 

 VII組の面々が成り行きを見守る中、ライは真剣な顔で考え込む。

 軍の協力ともなれば、より充実した環境で安全に調査が出来るだろう。そうすればシャドウの対処法について進展があるかも知れない。だが、シャドウの問題は果たしてそれだけだっただろうか。ライの思考に1つの光景が浮かぶ。

 

「シャドウは攻撃が効かないだけの魔物じゃない、と言ったら正当な理由になりますか」

「……続けてちょうだい」

「ケルディックで出会ったシャドウは人の人格を有していました。逆に、その人格の持ち主は魂を抜かれた様な状況になっていた」

 

 ライの脳裏に浮かんだのは無気力なマルコの姿だった。

 もしあれがシャドウによるものならば、シャドウという存在を放っては置けない。シャドウの謎は解き明かさなければならないのだ。

 

「シャドウを倒すだけでは解決にならない。その先にある答えを知る必要があります」

「なら、その答えを見つける方法に心当たりでもあるのかしら?」

 

 はっきり言ってしまえば、ない。

 だが、答えに繋がるかもしれない事象なら心当たりがある。

 そうシャドウが何故か出現するあそこなら。

 

「可能性ならば1つだけ、ここトリスタに」

「──旧校舎の異変ね。……正規軍の調査はあくまでシャドウに対処するためのもの。なら旧校舎の調査と言う形なら私達も関与出来るかも知れない、か」

 

 サラは口元に手をあて、ライの提案の是非について思考を巡らせる。

 シャドウの危険性と生徒の安全性を天秤にかけ、そしてサラ自身が納得できる結論を今ここで定める。

 

「分かったわ。私から上に掛け合ってみましょう。恐らくミリアムが同伴するならば許可は貰える筈よ。……ミリアム、あなたはどうかしら?」

「うんうん、旧校舎ってのも気になってたし、ボクも一緒に行くよ!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるミリアムを見て、サラは表情を緩める。

 これなら案外すんなりと行きそうだとその顔に書かれていた。

 

「なら決まりね。だけど、少なくとも今週一杯は諦めなさい。許可にも時間がかかるし。…………何よりライ、あなたまだケルディックの怪我が治ってないでしょ!」

 

 話が一段落したためか何時もの雰囲気に戻ったサラは、怒り声と同時にライの胴体に手を押しつける。体の内に響き渡る鈍痛、そこはマルコの影に締め付けられた部位であった。

 

「──ッ!!」

 

 体中を駆け巡る痛みに思わず一歩下がるライ。表情からは分かり難いが、その体は僅かに痙攣していた。それを見たサラは深いため息をついてリィンに頼み事をする。

 

「はぁ、……リィン、ライが無茶をしない様に見張っていてくれるかしら」

「……分かりました」

 

 実感を伴った返事をするリィン。

 その心に宿るのは友人を諌めんとする責任感か、はたまた友人の危うさを憂う感情か。

 

 しかし、そんなリィンの内心を知らないライは、2人の視線を背に浴びながらもミリアムの歓迎会へと戻って行く。

 

 まるで傷など始めからなかったかの様に平然とした表情で。

 

 

 

 

 


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