心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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12話「我は汝、汝は我」

「俺とラウラが動きを止める。ライはそこで傷の治療と援護を頼む!」

「分かった。……無茶はするな」

「フッ、そなたにだけは言われたくないな!」

 

 リィンとラウラがマルコの影に向かって駆け出す。目指すは影の両側面。武術を嗜む2人は対人戦に慣れているが故に、左右への機動力に欠けるという事実に気がついていた。

 二手に分かれたリィン達に影は一瞬戸惑うが、自身に攻撃が通じない事に気がつくと無視してライに狙いを定める。

 

「させるか!」

 

 ──八葉一刀流《紅葉切り》。リィンの放った鋭い円の斬撃が足の間接を正確に打ち抜く。刃は通らないものの、その衝撃が影のバランスを崩し僅かだが遅延が生まれる。

 

「今だ、ラウラ!」

「ああ! 地裂斬ッ!」

 

 戦術リンクによってタイミングを掴んでいたラウラが巨大な大剣を振り下ろし、足下の地面を叩き割った。──地裂斬、本来ならば地面を砕くと共に衝撃でダメージを与える戦技(クラフト)だが、今は足下を崩すことが狙いだ。

 突如足場が不安定になった影は立つ事が出来ずに倒れこむ。自慢のその脚力も、粉々に砕かれた地面の上では十全に発揮出来ない。

 

 今がチャンスだ。ライは地に膝をつけたまま銃で頭を打ち抜く。

 現れたヘイムダルが影の上空に飛び上がり、勢いを乗せて角笛の鎚を振り下ろした! 

 

 巨大な鎚に押しつぶされる影。粉々の地面がクッションになって幾分か威力が散ったが、それでもかなりの衝撃が影の体を駆け巡る。

 

『……グ、……ガアァ!!』

 

 影は無理矢理ヘイムダルを押しのけると、ライやエリオット、アリサのいる位置へ炎を放とうとする。ライが動けない以上、ヘイムダルを盾に回すと考えたのだろう。だが──

 

「させない!」

 

 アリサが導力エネルギーを圧縮させた矢、フランベルジュを影よりも先に放つ。

 影が灼熱の炎を放つ寸前、アリサの矢が影の顔面に当たり僅かだがのけぞった。そのせいで狙いが狂った影の炎弾は、ライ達の横を通り過ぎ彼方へと飛んでいく。

 

 ──数瞬遅れて、爆発。

 後方の木が跡形もなく吹き飛んだ。

 

 ……その光景を見たアリサやエリオットの顔に冷や汗が浮かぶ。

 あの炎は影の怒りによって威力が変わる様だ。このままでは前線のリィン達が危ない。そう判断したライは、痛む体を無理矢理起こし立ち上がった。

 

「……エリオット、俺よりもリィン達の援護を」

「え、でも。…………うん、分かったよ。でも無茶はしないでね」

「善処する」

「あはは、善処する気ないよね。──アーツ駆動!」

 

 エリオットの周囲に集まる光の色は茶、地属性の障壁を展開し守備を固めるアーツ《ラ・クレスト》である。エリオットはそれを前線のリィン達に向けて展開した。影の攻撃にどれほどの効果があるかは分からないが、これで幾分かは勢いを削ぐ事が出来る筈だ。

 

 前線ではリィンとラウラ、それにヘイムダルが常に影の側面や背後をとる形で戦っている。

 影にとってはダメージを与えられるヘイムダルが最優先。だが、攻撃を加えようとする度にリィンやラウラの斬撃が行く手を阻み、思う様に戦えずにいた。

 

『クソッ、弱いくせに目障りなんだよ!』

 

 再び影の口が赤く発光する。

 火炎攻撃の予兆。その先にいるのは、ラウラか! 

 

「避けろ、ラウラ!」

「問題ない、ここは攻める!」

 

 影の正面、今にも炎が襲いかかってくる状況でラウラは逆に影へと接近する。

 そして、その大剣を影の口へと勢い良く突き刺した。

 

『グッ!?』

 

 通らない刃。だが、蓋をされ行き場を失った炎のエネルギーが影の体内で暴れ狂う。

 ラウラは僅かに漏れる熱気をラ・クレストの障壁で防ぎながら、後方のライに向けて声を上げた。

 

「これで活路は開いたぞ!」

「ああ、後は任せろ」

 

 大槌を構えるヘイムダルに合わせ、ライ自身も剣を構えて走り出す。

 草混じりの土を蹴り飛ばし、もがき苦しむ影へと急接近するライ。

 ラウラが寸前で飛び引いたのを確認すると、ヘイムダルと共に渾身の一撃を叩き込む。

 

 斬撃と打撃、大気を揺るがす十字の衝撃が影の体を貫いた。

 

 

◇◇◇

 

 

「……やったのか?」

「いや、まだだ」

 

 動きを止めた影を前にしてリィンは懐疑的な推論を呟く。切り裂かれ大穴の空いた姿を見れば普通の生命ならば生きてはいないだろう。だが、水の様に溶けて消えるという最後を知っているライには、まだ息がある事が容易に分かった。

 

『…………こんな、ことが……』

「まだやるのか」

『──……当たり前だ。……俺の怒りは、まだ、こんなものじゃない。……力が全て、だ……──俺は、強者なんだァァアァァァアア!!!!』

 

 マルコの影が言葉にならない叫び声をあげると、突如その周囲に何体もの人影が噴き出す。鎖が付いた首輪に繋がれた哀れな人影。これは虐げられた弱者の象徴であろうか。

 戦闘力のなさそうな増援ではあるが、旧校舎での一件を思い出したライは追撃を止め急ぎ距離をとる。リィン達も武器を構え直し、ゆらゆらと佇む人影に対峙した。

 

 得体の知れない増援に息をのむリィン達。

 だが、人影は鎖に繋がれたまま襲いかかる気配も感じられない。

 攻めるべきか様子を見るべきか、前線のリィンとラウラは葛藤を抱えながら徐々に距離を詰めていく。

 

 ──と、そのとき、いきなり人影が頭を抱え苦しみ始めた。

 意味不明かつ奇怪な行動。しかし、その体に赤い光が見えたライは寸前でその意味を察する。

 

「不味い! ──ヘイムダル!」

 

 ライはとっさにヘイムダルをリィンとラウラの前に移し、自身は後方に飛びながら両手で顔を塞ぐ。

 一歩遅れ、辺り一帯が灼熱の光に包まれた。──そう、あの人影達は自爆したのだ。

 

 全身が熱風に蹂躙され、熱さ以外の何も感じない。

 今目や口を開けたら、瞬時に粘膜が乾燥してしまうだろう。

 一瞬、だが数時間にも感じられる中、ライはひたすら炎に耐え続ける。

 

 …………

 

 ……やがて熱風が通り過ぎ、瞳を開けたライは信じられない光景を目にした。

 

「森が、燃えている……?」

 

 ルナリア自然公園は灼熱の地獄へと変貌していた。

 広場の周囲の木々は燃え上がり、今現在も少しずつ広がり続けている。

 森林火災。最悪の事態に陥りつつあった。

 

 だが、焦る訳にはいかない。──まずは仲間の無事を確かめなければ。

 

「アリサ、エリオット。無事か?」

「……ええ、何とかね」

「僕も、無事……ごほごほっ!!」

「煙を吸うな。木の近くから離れろ!」

 

 姿勢を低くして移動を開始するアリサとエリオット。

 だがこれも一時しのぎに過ぎない。火から逃れてもいずれは酸素が尽きてしまうだろう。

 対策はないのかと思考を巡らせるライの耳に、更なる悪い情報が飛び込んでくる。

 

「──ラウラ、大丈夫か!?」

「……不甲斐ない、足をやられた」

 

 リィン達の方へ視線を向けると、そこには足に火傷を負ったラウラが倒れていた。

 とっさに用意したヘイムダルの盾だったが、2人を完全に守りきる事は出来なかったのだ。

 ライはラウラのもとに駆け寄り、リィンと2人がかりでエリオット達のいる場所へと運んだ。

 

「ラウラの怪我は?」

「幸い軽い火傷ね。冷却スプレーを使えば歩けるくらいには治ると思うわ。でも……」

「今すぐは戦えない、か」

 

 ラウラの無事を確認したライは立ち上がり、マルコの影がいる筈の炎の海に足を向ける。

 もう時間がない、今ここで決断しなくては。

 

「……リィン達はここからの脱出を。俺は奴にトドメを刺す」

「ライ、お前は!!」

 

 自身を顧みないライの提案にリィンが怒る。

 仲間として心から思ってくれているのだろう。ライはその事に場違いながらも嬉しく感じた。

 ──だが、何もライは自己犠牲のためにこの提案をした訳ではない。

 

「俺1人ならヘイムダルで逃げられる。それにこれ以上奴を野放しには出来ない。違うか?」

 

 これが最も危険の少ない作戦だった。

 ラウラという戦力も欠けた今、影を倒した後に逃げるという考えは現実的ではない。その事を理解したリィンは苦虫を噛みつぶした様な表情になる。──しばしの無言。リィンの出した結論は、ライの予想とは外れていた。

 

「なら俺も戦う。ライのペルソナなら2人くらい運べる筈だ」

「リィン? …………分かった。協力してくれ」

 

 2人は手を取り合い、マルコの影に向き直る。

 今ここに方針は定まった。アリサとエリオットに怪我をしたラウラや治療した盗賊達を頼み、ただ2人灼熱の森に残るのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 …………火の手のあがる地面、次々と燃え盛る木々に囲まれた広場の中心でライとリィンの2人が佇む。

 

 視線の先には炎の海にうっすらと見えるマルコの影。向こうも傷を癒していたのかゆっくりと動き始めていた。それを瞳に映したリィンが不意に、1つの提案をライに持ちかける。

 

「……なあ、もう一度戦術リンクを試してみないか」

「確かに連携が出来れば戦いやすい。だが、大丈夫なのか?」

 

 ライとの戦術リンクは例外なく相手の心に悪影響を与えていた。

 もしこの場で失敗したら、リィンはまともに戦えなくなるだろう。

 リィンもその事を理解しているために無責任に答えられず、俯いて歯を噛み締めた。

 

「……1つ、聞いていいか?」

「ああ」

 

 突然の話題転換にライは若干驚く。

 だが、リィンの事だ。これも何らかの意味があるのだろう。

 

「もし俺が力に飲まれたら、ライはどうする?」

「止める。あの影に言った様に」

 

 当然だ。ライにとってリィン達もまた尊い仲間、数少ない絆なのだから。

 

「なら、もしライが力に飲まれたら?」

 

 ここでライは昨日の晩の続きなのだと気づく。

 先日は想像に留まったその可能性。だが今のライには1つの答えが胸にあった。

 

「……リィンが、仲間が俺を止めてくれる筈だ。今ならそう思える」

「—―! ああ、そうだな」

 

 リィンの顔が決心したものへと変わった。

 今なら大丈夫だと、そう書かれているリィンの表情を信じて、ライもARCUSを取り出す。

 共鳴する2つのARCUS。4日の時を隔て、2人の感覚が再び繋がった。

 

 ──リンク──

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 …………

 

 気がつくとリィンは真っ白な世界に佇んでいた。

 見知らぬ空間。いや、実技テストの日にもここに来ていたと、リィンはうっすらと思い出す。

 目の前には巨大な扉が、まるで世界を隔てているかの様な重々しい青い扉がそこにあった。

 

 リィンが一歩前に出ると、扉が音を立てて開く。

 全開になる巨大な門、……その先にいたのは”もう1人のリィン”だった。

 

『4日ぶりだなぁ。また"違う"と否定しに来たのか?』

 

 リィンと同じ容姿。だがもう1人のリィンは真っ白い髪であり、その目は不気味に黄色く輝いている。彼の手には血に濡れた鉈が握られ、その服にもべったりと返り血が、……それは、リィンにとってトラウマともいえる格好であった。

 

『だが何度でも言おう。俺はお前だ。獣のように荒々しい力。鬼の様な感情もお前自身だ!』

 

 もう1人のリィンが両手を持ち上げ高らかに叫ぶ。片手には血まみれの鉈が、反対の手には長い髪の生首が握られていた。──血まみれになったリィンの妹の頭がそこにあった。

 

「────ッッ!!!!」

 

 思わず叫び声をあげてしまいそうになるリィンを見て、もう1人のリィンが楽しそうに口を歪める。凶悪に歪まれたその表情、それを見たリィンはここ数日ライに感じていた嫌悪感と同質のものを感じた。そう、嫌悪感の正体とは即ち、もう1人のリィンそのものであったのだ。

 

『否定したいか? なかった事にしたいか? だが目を逸らすなよ。これはお前自身が考えていた事なんだからな!』

 

 リィンの義理の妹、エリゼ。

 かつて子供だったリィンは彼女を魔獣から守ろうとし、内に眠る"力"が暴走した。真っ赤に染まる視界、気がつけば血の海に佇んでいたリィンは己の力に恐怖を覚えたのだ。それ以来、もし自分がエリゼを、大切なものを傷つけてしまうのではないかと、そういう想像がリィンの頭から消えなくなってしまっていた。

 

 ──だが、もう1人のリィンはそのトラウマをえぐる様にエリゼを地面に叩き付けた。

 

『お前は1人で空回りする哀れな道化に過ぎない。養子として親に迷惑はかけまいと、家族を傷つけたくないと、独りよがりな感情でひたすら俺を否定し続ける。起きてもいない妄想に翻弄されている』

 

 その言葉が指し示す通り、エリゼだったものが幻想であるかの様に揺れて消えていく。

 

『本当は分かっているよな? 家族の心も、本来進むべき道も。それから目を背けたいから家族から距離を置き、士官学院に入った』

 

「俺は、ただ……」

 

『俺には全て分かってるさ、何せ俺はお前自身なのだから。凶暴な心、獣のような欲望、無理に切り離すからこそ歪みが生じる。……大切な人を傷つけたくない? 笑わせるな、お前はただ目を逸らしたいだけじゃないか!』

 

 もう1人のリィンの言葉が刃物となってリィンの胸に突き刺さる。

 リィンが長年抱えていた葛藤や悩みが意味のない弱さでしかないと、リィンと同じ姿、同じ声で容赦なく語りかけてきたのだから。──それが本当に無意味であるかなど今は関係ない。ただ、そう感じてしまった事こそが今ここにおける真実なのだ。

 

 リンク時の決心を嘲笑うかの様なもう1人のリィンを前にして、思わず目を瞑ってしまう。このまま閉じたままでいればどれだけ楽だろうか。リィンの中でそんな誘惑が膨れ上がる。

 

(ッ! ──そうじゃない!)

 

 リィンは歯を噛み締め、己の欲望を打ち払った。

 ここに来たのは決して目を逸らすためなんかじゃない。

 今度こそ、今度こそ立ち向かうためにここに来た筈なのだから。

 

 リィンは瞳を開け、もう1人のリィンをはっきりと見据えた。

 

「……なぁ、ライはどうして前を向いていると思う?」

 

『…………』

 

「あいつは、俺に似ている。記憶をなくし正体不明の力をその身に宿している。だけど、ライはそれに正面から向き合っていた」

 

『……ライがお前とは根本から違うだけだ』

 

「ああ、俺もそう思ったし、今もどこかでそう感じている。だけど多分、俺とライはそこまで違う訳じゃない。本当に違うのは、自分自身を信じている事なんじゃないか?」

 

 リィンは昨日の月夜を思い出す。あの時、ライは当たり前の様に受け入れるものと答えていた。そう彼は彼自身という存在を心から許容していたのだ。ライの言葉を聞いていたリィンは、その在り方が2人を隔てる最大の壁の様に感じていた。

 

「ライは自身の力を受け入れていた。だからこそ、目を逸らす事なく現実と向き合えているんだと思う。……そして、もし本当に違うのがその一点だとしたら、俺にだって出来る筈なんだ。自分を受け入れて、前に進む事が」

 

 リィンがその決意を示すためにその手を握り締めた。似ているけど違う存在。ライの在り方はリィンにとって1つの可能性を示していたのだ。

 

「正直今でもお前は怖い。だけど仲間が俺を止めてくれるなら、支えてくれるなら、受け入れる事くらいなら出来ると思う。……今なら言える。お前は、俺だ」

 

 リィンは扉の向こうにいるもう1人の自分に向けて手を伸ばす。

 もう1人のリィンを受け入れるために。

 

『……ああ、今は、それでいい』

 

 もう1人のリィンは静かに頷くとリィンの手を握る。

 するともう1人のリィンが光となり、リィンの中に流れ込んで来た。

 体の中に感じるもう1人の自分にリィンは微笑みかける。その顔はどこか晴れ晴れとしていた……。

 

 

 ──自分自身と向き合える強い心が、”力"へと変わる…………。

 

 

◆◆◆

 

 

 依然として燃え盛る灼熱の海の中、ライは前回と同じく固まってしまったリィンを守りつつ、マルコの影に対峙していた。やはり駄目かと諦めかけるライだったが、何時までたってもリンクが切れない事に気づく。

 

『──仲間を庇いながら倒せる程、俺は甘くねぇぞ、ライ!』

「言ってろ。……ペルソナ!」

 

 火の粉を吹き飛ばしながら突撃してくる影を、ヘイムダルが持つ角笛の鎚で弾き返した。

 すぐにライは追撃を仕掛けるが、影が炎の向こうへと跳んだため姿を見失ってしまう。

 

 先ほどから影はヒット&アウェイの戦法をとっていた。

 時間はかかるが確実な戦法だ。限られた時間で移動も出来ないライ達に対し、影は火の中を自由に移動でき時間の制限もない。

 

 ライは炎の海に全神経を研ぎすませる。──瞬間、左方の火が不自然に揺れた事に気づき、反射的に剣を左に振り抜いた。

 痺れる様な衝撃が手に伝わる。影の不意打ちを防いだライはそのままヘイムダルで殴り飛ばす。

 

『チッ、相変わらず勘が鋭いな』

 

 マルコの影がヘイムダルからやや離れた地点に着地する。

 直撃ならず。大分速度が落ちているとはいえ、威力重視のヘイムダルでは分が悪いのだろう。この状況を打破するためにはライ自身が捨て身で戦うかリィンの援護が必要だった。

 この場所を動けない以上、今はリィンを信じるしかない。そう考えていたライの感覚に突如変化が起こる。リンクを通した共感覚、どうやらリィンの意識が戻った様だ。

 

「リィン、気がついた、か……?」

 

 視線を後方に向けたライは、その光景に言葉が途切れる。

 リィンの周囲に吹き荒れる青い炎。間違いない、ペルソナ召還時に現れる力の奔流だ。

 

「我は汝、汝は我……。ライが言っていたのはそう言う事だったんだな」

 

 リィンはどこか納得した様に笑った。彼も理解したのだ、新たに宿った力の正体を──。

 その力を解き放つためにリィンは片手を持ち上げると、その手で虚空を握り潰した! 

 

「──現れろ、シグルズ!」

 

 周囲の光が爆発的な旋風を巻き起こし、1体の巨大な騎士を形作る。

 炎を映しだす灰色の鎧、鋭い兜から覗く純白の髪。その手に持つ片刃の剣は、リィンが持つ太刀に似た曲線を描いていた。シグルズ、それがリィンのペルソナだ。

 

 ──そう、今ここに2人目のペルソナ使いが誕生したのだ。

 

『……もう1体のペルソナ、だと?』

 

 シグルズを見た影の直感が、奴は危険だと叫んでいる。影はその感覚に従い、シグルズへ向けて灼熱の炎を放った。──迫り来る紅蓮の火球、シグルズは剣を腰に構え居合いの姿勢をとる。

 

 瞬間、幾多の斬撃が火球を切り刻む。細切れになった火球は火の粉となり散っていった。

 

「いけ、シグルズ!」

 

 接敵する鎧と狼、シグルズが鋭い一撃を放つが、影の跳躍力を前に難なく躱される。──だが、シグルズは剣を返し、跳び上がる影に向けて追撃の一閃を繰り出した。

 足を斬り刻まれたマルコの影は、受け身が取れず炎の海へと墜落する。

 

『グッ……クソッ、これ以上舐められてたまるかァァ!』

 

 影の叫び声に応じ、またもや鎖に繋がれた何体もの人影が出現した。

 苦しみの叫びを上げる人影。その体から赤い光が溢れ出る。

 

「また自爆を!? ──くっ、シグルズ!」

「いや、リィンは影に集中しろ。奴らは俺が止める」

 

 影への相性はリィンのシグルズの方がいい。ならば人影達はライが叩くのが道理だ。

 あの発光は自爆の予兆。既に1体ずつ相手をする余裕はないが、道を切り開くカードはライの手にあった。今ならリィンとの強い絆を感じる。それが空っぽだったライの心に無限の可能性を与えていく。

 

 “我は汝、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり。汝が心に芽生えしは魔術師のアルカナ。名は──”

 

「──ジャックフロスト!」

 

 ライは銃で頭を撃ち抜きペルソナを召還する。現れたのは青い帽子を被った雪だるまの妖精。

 それは数字の0《ワイルド》が持つ可能性の一片、リィンとの絆が生み出したライの新たなる力だ。

 

『違うペルソナを!? だが、そんな小さなペルソナで何が出来るんだよ!』

 

 いや出来る、この状況を覆す事が。

 可愛らしい姿のジャックフロストがその手を天に掲げた。

 

 ──マハブフ。

 

 その手から冷たい光が放たれると、前触れもなく人影達の体が凍り始める。──全体氷結魔法(マハブフ)を食らった人影は、全身が氷像となり無惨にも砕け散った。

 だが、ライの目的はこれだけじゃない。ライはさらに全体氷結魔法(マハブフ)を連続で放ち、周囲の地面や木々を凍らせていく。灼熱から氷河へ、残り少ない精神力を振り絞って全ての炎を氷の中に閉じ込めた。

 

「ハァ、ハァ……」

「大丈夫か?」

「問題、ない」

 

 朦朧とする意識を無理矢理留め、ライは立ち上がる。もうペルソナを召還する力もほとんど残っていないが、影が身を隠す炎のベールは全てかき消した。炭木と氷の山となった今、マルコの影の居場所がはっきりと分かる。

 

「後は俺に任せろ! シグルズ!!」

 

 剣を構えたシグルズは、全身が一本の線に見えるほどの速さで接近し、影の両腕を切断する。

 吹き飛ぶ巨大な腕。それは3度バウンドし、黒い液体になって四散した。

 

「まだだ! 炎よ我が剣に集え──」

 

 さらに隙を与えまいとリィン自身が影へと斬り掛かる。──八葉一刀流、焰の太刀。その剣に炎を纏わせ、幾度もの刀刃で影を切り裂く。

 体中を切り刻まれたマルコの影は、傷口から黒い霧を噴き出しながら絶叫を上げた。

 

『ガァァァァ!! …………クソッ、俺は、負けられないんだ……! 弱者になってたまるかァァアア!!!!』

 

 影が激情の逝くままにその口に炎を圧縮した。怒りも最大に高まり、影の口元がマグマの様に異常な灼熱に包まれる。影はそれを自身に傷つけた怨敵、即ちリィンへと向けた。だが──

 

「──何処を見ている」

 

 自身の周囲が暗くなった事に気がついたマルコの影は、声の方角へと顔を向けた。

 その先にいたのは鎚を振りかぶるヘイムダルの姿が。影はとっさに蓄えた業火をヘイムダルへとぶつける。

 

 空間を振るわせる爆風。広場全体を吹き飛ばしかねない爆炎がヘイムダルを襲った。

 光と帰るヘイムダルを見てマルコの影は思わず嘲笑う。──と、その瞬間、灼熱の炎の中から1人の青年が飛び出した。影の目前まで接近する存在、ライが滑空しながら剣を構える。

 

『──なっ! まさかペルソナを盾に!? 馬鹿な、一歩間違えれば死ぬかも知れないのに何故……!!』

 

 影は理解出来なかった。ペルソナを盾にしたとはいえ、生身で炎に飛び込むその精神が。

 

「驚くな。単にお前と同じだっただけだ」

 

 マルコの影に炎は効かなかった。

 だがヘイムダルにも軽減する程度の火炎耐性があることをライは心で理解していた。今までヘイムダルが食らった攻撃のほとんどは物理的な攻撃であり、自爆の炎からもリィン達を最後まで守っている。だからこそライはヘイムダルの可能性に全てを賭けたのだ。

 

 ライは勢いに乗せて影の額から顎へと貫く。これで影の口、最後の攻撃手段は封じた。

 後はこの影に最後の一撃を加えるだけだ。だが、もうライにはペルソナを召還する余力はない。ならば後は任せよう、ライが信じる仲間を。

 

「今だリィン、トドメを!」

「ああ、ペルソナァ!」

 

 リィンの頭上に召還された灰色の騎士、シグルズが風を切り裂きながら影へと到達し、その剣で影の体を真っ二つに両断した。

 

 マルコの影が崩れ落ちるのと同時に停止するシグルズ。

 

 払った剣を静かに腰へと収め、戦いの終わりを告げるのだった…………。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ライの剣がカランと音を立てて地面に落ちる。

 黒い霧となって消えていくマルコの影に、ライはゆっくりと近づいていった。もう体の大半が霧に帰っているため、影に戦う力は残されてはいないだろう。

 

 ライは今、マルコの友人としてここに立っていた。

 

『……最後に1つ聞かせてくれ』

 

 最後まで強者に対する恨み言を言うと思っていたライは面を食らう。

 マルコの影は、先までの激情が嘘の様に落ち着いた表情で問いかけて来た。

 

『お前には恐れとか迷いはないのかよ? 目前に迫る痛みを前にして、何故躊躇しない』

「……昨日言った筈だ。やるからには全力だと」

 

 ライにだって恐れはある。迷いもある。だがそれで足を止める訳にはいかない。

 選択したのならば最後までやり通す。それが、選択した者の責任だとライは感じていた。

 

「お前を止めるために全力で挑んだ。ただそれだけだ」

 

 ライの答えを聞いた影はその目を閉じる。そして納得した様に静かに口を開いた。

 

『…………やっぱ強者だよ、お前……』

 

 そうして、マルコの影は音もなく虚空へと消えていった……。

 

 

 

 

 

 




魔術師:シグルズ
耐性:物理耐性、氷結弱点、闇無効
スキル:ツインスラッシュ、利剣乱舞、アドバイス
 北欧神話に登場する竜殺しの英雄。伝説の物語(ヴォルスンガ・サガ)において父から受け継いだ名剣グラムを振るい、邪竜ファフニールを討伐した。ドイツの英雄叙事詩《ニーベルンゲンの歌》に登場するジークフリードとその根源を同じくする。

魔術師:ジャックフロスト
耐性:火炎弱点、氷結耐性
スキル:マハブフ、氷結ブースタ、メパトラ
 アイルランドの民族伝承に登場する霜の妖精、……なのだが今ではアトラスの顔的マスコットキャラクターとなっている。今の姿で登場し始めたのは新・女神転生Iからであり、それ以降は様々な所で見る事が出来る人気キャラ(私見)である。

魔術師(リィン)
 魔術師のアルカナが示すのは意志。正位置ならば可能性を示すが、逆位置では混迷を意味する。その手に持つ杖は先天的に得た"力"を暗示する象徴であり、リィンに宿る力の在り方にも通ずるものがあると言えるだろう。

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