心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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11話「急変する事態」

 マルコのもとを離れたライは、駅の前にある広場でリィン達と合流した。最早気まずくなっている余裕もない。早速ライ達は情報の交換を始めた。

 もう1人の商人ハインツ。彼は主にブランドもののアクセサリーを売っていたらしく、マルコと同じ様に夜のアリバイもあったとの事だ。これで商人の私念という線はほぼ無くなったと見ていいだろう。後は誰が犯人なのか……だが、これについてもリィン達の方で進展があったようだ。

 

「……なるほど、領邦軍か」

「うん。何故か彼らは盗まれたものについて詳しく知ってたんだ。調査もしてないはずなのにね」

 

 ライは朝の騒動を収めた領邦軍を思い返す。先日も合わせて不自然な行動、強引な進め方、どれも仕組んだ側であるならば納得がいく。リィン達の話では、増税に反対して大市から陳情が出されており、それを取り下げさせるために仕組んだのではないかとの事だった。

 ……そう言えば、先日のいざこざを収める直前に陳情という言葉を聞いた覚えがある。あの時はマルコ達の言い争いを止めるために話を切り上げたが、もう少し聞いておくべきだったとライは後悔した。そうすればライ自身も領邦軍まで辿り着き、マルコとの話し合いの結果も変わっていたかも知れないのだから。

 

「だが、恐らく彼らは直接手を下してはいないだろう。盗賊か、猟兵か、何にせよ自らの失態に繋がる証拠は残していまい」

「……なら、領邦軍を問いつめたところで時間の無駄でしょうね」

 

「俺たちに出来る事といったら、盗まれた商品を探す事くらいか」

 

 リィンが今後の方針を纏める。問題はその盗品がどこに隠されているかだ。山の様な商品を隠すためには相応の空間が必要になる。さらには人に見つからない場所となると、この小さなケルディックの町には存在しない。ならば町外になるのだが、生憎町の外には背の低いライ麦畑が広がっており、安全に隠せそうな場所は少なかった。

 ライ達はどこかに盲点がないかと考え込む。すると、

 

 ──突如、大市の方向から爆発の様な轟音が鳴り響いた。

 

「「なっ!?」」

 

 ライ達は反射的に相談を止め、大市へと視線を向ける。大市の上空に立ち上る黒い煙、あの位置は……マルコのいた場所か! 疑い様のない緊急事態にライ達は急ぎ大市へ、煙の出元へと走り出した。

 

 …………

 

 大市の奥、数分前にマルコと話していた屋台へと戻ってきた。

 そこにはぐったりと横たわるマルコと異変に駆けつけた商人達。ライは商人達をかき分け前へ出ると、慎重にマルコの上体を起こし呼吸を確認する。……大丈夫だ、呼吸はある。それに見たところ怪我も見当たらない事から、どうやら気を失っただけの様だ。

 ライはマルコから視線を離し周囲の商人に状況を聞く。どよめく商人達。その中に1人怯えた顔の男性がいた。彼は事件の瞬間を目撃したのだろうか。

 

「何があったんですか?」

「魔獣が、いきなり魔獣が現れたんだ……」

「魔獣?」

「あ、あれじゃないかしら?」

 

 アリサが何かを見つけた様に指差す。なぎ倒された木々の向こう、その先には西へと走り去る狼のような姿が微かに見えた。

 その瞬間、ライは危険な存在を目にしたかの様な感覚に襲われた。あの魔獣に見覚えはないが、この感覚には覚えがある。そう、確か旧校舎で大型の魔物に襲われた時も同じ危機感を感じた筈だ。ならあれは──

 

(何故こんなところに未知の魔物が!?)

 

「……あっちは確かルナリア自然公園だったかな。もしかしたら森から来た魔獣だったのかもなぁ」

 

 最早見えなくなった魔獣の方角を見て固まるライに対し、商人の1人が推測を口にした。

 ルナリア自然公園の森、誰にも見つからない場所、ライの頭の中でカチリとピースがはまる。

 

「そう言う事か。……済みませんがマルコをお願い出来ますか」

「ああ、俺はこいつの飲み仲間だからな。言われずとも運んでやるさ」

「お願いします」

 

 ライは商人の男性にマルコを託し、人ごみの中を抜ける。そしてそのまま現場に背を向けて大市の入り口へと歩き出した。リィン達もライの行動に気づき後を追う。

 

「どうしたのだ、ライ」

「ルナリア自然公園へ向かおう。時間が惜しい、詳しくは移動中に話す」

「ああ、分かった」

 

 ルナリア自然公園へと走り出したライにリィン達も続く。時間がない、ライの顔にはそう書かれていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「……これは」

 

 西ケルディック街道の奥地、ルナリア自然公園の入り口にたどり着いた一同はその異変に言葉を失った。

 本来ルナリア自然公園は自然遺産を守るために高い壁と鉄格子の扉によって囲われている。だが今はその一部が開かれていた。ひしゃげた鉄格子の扉、最早使い物にならなくなった鉄の塊が崩れた壁と共に入り口の隅に転がっていた。まるで戦車でも通ったかの様な惨状である。

 

「あの魔獣がやったのかな」

「……先を急ぐぞ」

 

 ライの予想が正しければここで足を止める訳にはいかない。ライ達はうっそうと生い茂る森の中へと足を踏み入れた。

 

 …………

 

 高い木々の隙間から木漏れ日が漏れる道をライ達は走り抜ける。目印は地面に残った大型の獣の足跡、先ほど見かけた魔獣のものであろう。本来ならばゆっくりと森林浴をしたくなる風景だが、今はそうも言ってられない。

 

「──それでライよ、これはどういう事なのだ」

「……ここが俺達の探していた場所だと言う事は分かってるな?」

「ええ、ケルディックの近くにあって人も来ないところ、ここなら安全に隠せるでしょうね。ご丁寧に柵まであったし」

 

 ルナリア自然公園へと向かうと聞いた段階で、リィン達も盗品の隠し場所に気がついていた。

 故にラウラが聞いたのは別の疑問、何故急ぐのかという問いであった。確かに時間が経てば別の場所に移されるかも知れないが、何もここまで急ぐ必要はない。障害物の多いこの森の中では、見逃しを無くすために慎重に行動した方が安全かつ確実なのだから。

 

「問題は盗みを働いた人間だ。当然だがケルディックにはいなかった」

「となると、今もこの森の中にいると言う事になるな。今盗品が見つかる訳にはいかないから護衛も兼ねてといったところか」

「そしてもう一体、先の魔獣もここに入った筈だ」

 

 森の内側にひしゃげた扉がそれを物語っている。壊れた断面はまだ新しかったので、恐らくはライ達が到着する少し前に破られたのだろう。

 

「だが、盗賊や猟兵ならば武装をしているのではないか?」

「昨日話した未知の魔物と同じ気配がした。もし俺の感覚が正しかったなら……」

「なるほど。攻撃が効かないならいくら猟兵でも分が悪いかも知れないか。そして、もし逃げられたとしたら盗品の保証も出来ない。……確かにゆっくりはしていられないな」

「うん、そうだね!」

 

 人命と盗品、その双方に危険が迫っている事を把握したリィン達はペースを上げた。後方に過ぎ去って行く景色の中、これが杞憂ならいいと誰もが考える。だが──

 

『……グア〝ァァ……ァァ……!!!! ……』

 

 静まり返っていた森の中で突如、男性の声が木霊した。悲痛な叫び声にエリオットとアリサの足が止まり、次いで他の面々も歩みを止める。

 

「い、今のは、悲鳴?」

「……遅かったか」

 

 恐れていた事態が現実のものとなったらしい。

 さらに運が悪い事に、ライ達の前方には森に棲息する魔獣の群れが道を塞いでいた。

 声に驚いて飛び出してきたのだろうか。昆虫や獣を模した大小様々な魔獣が行く手を阻んでいる。迂回する時間もない以上、このまま突破するしか道は残されていない。

 

「くっ、この様な時に。ここは私が……!」

「いや時間が惜しい、俺が蹴散らす」

 

 魔獣を殲滅しようとするラウラを遮ってライが前に出る。1体1体相手にするのは時間の無駄だ。それにここは森の中、周囲の視線を気にする必要もない。ライは懐から銀色の拳銃を取り出し、自身の頭に銃口を向けた。

 

「ペルソナ!」

 

 パァンという銃声音とともに青い旋風が巻き起こり、ライの上空に黄金のマントを羽織った純白の巨人が出現した。その巨人、ヘイムダルは片手を魔獣の群れへとかざし、照準を定める。

 

 ──マハラギ。

 

 突如虚空に現れた爆炎が魔獣の群れを蹂躙する。

 元々ここに生息する魔獣は火に弱かったのだろう。全体火炎魔法(マハラギ)に飲まれた魔獣は無情にも力尽きていく。……いや、大型の魔獣はかろうじて耐えたか。

 炎の中に立つ魔獣を確認したライはヘイムダルに指示を出す。炎を吹き飛ばしながら魔獣へと急接近するヘイムダル。その手の鎚を振るい、容赦なく生き残った魔獣を薙ぎ払った。

 

 僅か数瞬の戦闘、魔獣の全滅を確認したライはヘイムダルを戻し先へと走り始めた。

 だが、リィン達3人はその場を動けず呆然としていた。いきなり現れた身長の倍以上ある巨人、その力と迫力は話で聞いていた以上のものだった。

 

「──これが、ペルソナ」

 

 自らの武の常識からかけ離れた力にラウラは思わずそう呟く。リィン、アリサ、エリオットも驚く過程は違えど同じ心境であった。……だが、今は驚いている場合ではない。リィン達の様子に気がついたライは足を止め振り返った。

 

「悲鳴は近かった筈だ。先を急ごう」

「……ああ!」

 

 ようやく時間が動き始めたリィン達とともにライは森の奥深くへと突き進む。目的の場所まで後もう少しだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 幾重にも折り重なる木々の向こうに開けた広場が広がっていた。

 森のど真ん中にぽっかりと空いた空間、ここならば盗品を隠すのにうってつけだろう。案の定、盗品の入った木箱が目に入る。木箱の数は4つ、内1つは破壊され、マルコの商品が辺りに散らばっていた。

 木箱の側にはマルコを襲った魔獣。……そして、折り重なる盗賊達の死体もそこにあった。

 

「……うっ」

 

 辺りに充満する血の臭いにエリオットが思わず鼻と口を塞ぐ。無理もない。盗賊は無惨にも腸を引きちぎられ、木箱を赤く染め上げていたのだから。そこには見るに耐えない惨劇が広がっていた。

 

「いや、まだ2人生きている!」

 

 生者の気配に気がついたリィンが叫ぶ。よく見ると死体の下敷きになっている盗賊が苦しそうにもがいていた。傷を負っている様だがまだ助けられる。そのためには木箱の近くにいる巨大な魔獣を引き離さなければ。

 

「俺が魔獣を引きつける。リィン達はあの2人を頼む」

「……ああ、分かった」

 

 盗賊の救助をリィン達にまかせ、ライは1人、盗賊の死体を嬲る魔獣へと狙いを定めた。

 その3m近い姿は狼の様だが、手足はどちらかと言うと2本足の霊長類に近い。いざとなれば立ち上がる事も可能だろう。そうなればその身長はゆうに5mを超えるだろうが、それでも今のライならば引き剥がせない体格ではない。

 

「吹き飛ばせ、ヘイムダル」

 

 ライの頭上に召還されたヘイムダルが魔獣へと飛び立ち、その鎚を豪快に殴りつける。だが──

 

(避けられた!?)

 

 鎚が魔獣に当たる瞬間、その強靭な2脚で魔獣が後方に飛び跳ねた。

 あの巨体で何たる瞬発力か。魔獣は一瞬姿がぶれる程の速度でヘイムダルから距離をとる。

 

 最初の奇襲は失敗した。今、魔獣の意識は完全にヘイムダルの方へと向いているため、魔獣への攻撃は容易ではないだろう。……だが、これで当初の目的は成功した。ライは救助に向かうリィン達を悟られない様に少しずつ位置を変えていく。

 

 気づかれない様にさりげなく。

 

 神経を研ぎすませて慎重に。

 

 五感を総動員させるライの耳元に、導力機構が組み込まれた魔導杖で治療を行うエリオットと盗賊のやりとりが微かに届く。

 

「──あの、大丈夫ですか?」

「……き、気をつけろ。……あいつには、こ、攻撃が──……」

「っ! やっぱり攻撃が通じないんですね」

 

 やはり、あれは旧校舎にいた未知の魔獣と同質のものか。入学初日以来となる大型の敵を前にして、ライは無意識に武器を強く握りしめた。

 にらみ合う魔獣とヘイムダル。両者はゆっくりと円を描くように移動しながらタイミングを探り合う。

 

 ──と、そのとき、魔獣の像がぶれた。

 

「────ッッ!」

 

 一瞬の内にヘイムダルへ急接近する魔獣。その手の鋭い爪がヘイムダルへと迫り来る。

 

 ──だが、これもライの想定の内だ。

 爪が当たる寸前、ライはギリギリのタイミングでヘイムダルを戻すことに成功する。

 光となり消え去るヘイムダル。対象を失った魔獣の爪がむなしく空を切り、致命的な隙が生まれた。

 

「ペルソナッ!」

 

 再び召還されたヘイムダルが横殴りに鎚を叩き付ける。

 

 弾き飛ばされる魔獣の体、このチャンスを逃さないためにライ自身が追撃に向かう。

 ペルソナの身体強化をフルに使い地を駆け、吹き飛ぶ魔獣に追いつき片手の長剣を振りかぶった。──その瞬間、ライは魔獣と目が合う。

 

『お前は……ライ、か?』

「────ッ!?」

 

 魔獣から発せられた言葉に思わず体の動きが止まる。結果、長剣の追撃は空振り、魔獣はそのまま地面に叩き付けられた。

 遅れて着地するライ。目の前の魔獣は体勢を立て直そうとしている。だが今のライは動揺のあまり剣を構える事さえ出来なかった。見開かれた瞳孔、動揺が隠せないライは魔獣へと問いかける。

 

「マルコ、なのか?」

 

 今の口調、声は紛れもなくマルコのものだった。何故、マルコは大市で倒れていた筈だ。ライの思考が混乱する。

 起き上がった魔獣はその問いに満足そうに笑う。その顔もどこかマルコに似ていた。

 

『我は影、真なる我……。確かに俺はマルコだ。昨日の商いだってしっかり覚えてるぜ。──だが、もうそんなみみっちい存在じゃねぇ! 俺は、俺だッ!』

 

(マルコ、じゃない? いや、確かにマルコだ。だが……)

 

 不思議な感覚だ。マルコでありながらもどこか違和感を感じる発言。言うなれば"もう1人のマルコ”、魔獣の言葉を借りるなら”マルコの影"とでも言うべきか。そんな曖昧な存在が魔獣の意識として目の前にいた。

 

『ライ、お前もそっち側だったんだな』

「……何のことだ」

『とぼけんなよ! 俺を吹き飛ばしたその力! お前も強者だったって事じゃねぇか!』

 

 まるで強者は全て敵だと言わんばかりにマルコの影が睨みつけてくる。その瞳には抑えきれない程の怒りの感情が込められていた。

 そして影は近くに落ちていたマルコの商品を踏みつぶす。何度も、何度も、執拗に潰し続ける。

 

『そうだ力だ。いくら夢を語ったとしても本当の力の前では意味がないじゃないか! 結局世の中は力が全てなんだ。才能、金、権力、力のある奴が幅を利かし弱者が割りを食う、それが真実だ!』

「……それでも、超えてはならない一線はある」

 

 今も鼻につく血と脂肪が混ざりあった不愉快な臭い。そう、この影は既に4人の盗賊の内2人を殺害しているのだ。

 目の前の敵がたたの魔獣であったなら運が悪かったで話はつくだろう。だが相手が意思を持つ存在なら、それもマルコの意思であるならば話は別だ。私怨による殺害。ライの頭の中ではその予測が半ば確信に変わりつつあった。

 

『ライ、お前にだけは否定させてたまるか! 正義だの悪だの言ったところで、実際は力で己が意思を通しているだけだ。お前だってペルソナとやらで俺の意思を、行動をねじ曲げようとしている。お前の勝手な倫理観を押し付ける形でなぁ! お前と俺、所詮やっていることは同じなんだよ!』

 

 盗賊を殺そうとしている影と、守ろうとしているライ。

 正反対な行動をしている2人が同じ……? 

 

 意識の隙を突かれたライは思わず固まってしまう。ライはこの行動を正しいと思い戦ってきた。人命を助け、そしてマルコの商品を、願いを取り戻すためにここまで来たのだ。

 だが、助ける行為は殺す行為と根本が同じだと論され、さらには取り戻そうとした夢や熱意ですら本人に否定された。ライは足下が崩される様な錯覚を感じた。

 

『ライ、これがマルコの本心だ。俺は心の底に眠っていた影そのもの。いくら目を逸らしたところで逃れる事など出来ない。……夢など所詮は戯れ言。全ては力を持つ者、強者が唄う絵空事に過ぎないのさ!』

 

 そもそも力とは何なのか。サラは実習直前に力の意味を考える様に言った。リィンは力が怖くはないのかと尋ねた。そしてマルコの影は意思を無理矢理押し通すための武器だと叫ぶ。

 

 ……ならライにとっての力は? 昨日は受け入れるものと答えた。だがこれは力に対する心構えであり、力の意味に対する解ではない。ならば力の意味とは何か。未知の魔物に対する唯一の対抗手段か、マルコの影の様に相手の意思をねじ曲げる凶器なのか。……いや、どれも違うとライは感じた。

 

 ライは1つの光景を思い出す。入学初日、ペルソナを手に入れる直前に見たクロウとトワの背中。あのときライは感じていた筈だ。守られる弱者の葛藤を、あの2人の決意を、そして彼らを見捨てたくないというライ自身の心を。

 

 ──それが、答えだった。

 

 …………

 

「……確かに、相手の意思や行動をねじ曲げる、それが力の本質かも知れない」

 

 口を閉ざしていたライが静かに言葉を発する。

 影の主張を肯定する内容にマルコの影は満足そうな笑みを浮かべる。だが、ライの話はここで終わりじゃない。むしろここからが本番だ。

 

「だが、俺はお前みたいに力が全てだと自己完結する気はない」

『……何だと?』

「俺には成し遂げたい目的がある。故に俺の力はただの手段に過ぎない」

『目的だぁ? 身勝手な正義とやらが理由じゃねぇのかよ』

 

 似ているようで、違う。

 ライには人並みの正義感も倫理観もある。しかし、今ここでマルコの影に対峙している目的は個人的なもの、ライ自身の想いが根底にあった。

 

「確かお前はマルコの本心だったか。……けれど、昨日聞いた夢や思い出も間違いなく本物だった筈だ」

 

 思い浮かべるは昨晩のマルコとの商い。短い間だったが、商品について語っていたマルコの顔は輝いていた。あれは嘘や虚構なんかで出せるものではない。マルコの願いや意志は確かに本物だったのだ。

 

「その願いをこんな形で終わらせはしない。いや、終わらせてたまるか」

 

 旧校舎で見たクロウとトワも、そしてマルコの語った夢や思い出も、空っぽのライにとっては尊いものだった。短いライの記憶の中でも守りたいと、そう思えた。だから──

 

「マルコの願いを守るために……お前は、俺が止める」

 

 守りきろう、その全てを。そのための力はここにある。

 ライは力強く長剣を影に向けた。切っ先がその意志に応じるかの様に眩く光る。

 

 影を睨むライの瞳には、迷いなど欠片も残されてはいなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ライは剣先を影に向けたまま、反対の手で拳銃を構える。

 ペルソナを召還する体勢、だがそれを許す影ではない。

 

『ハッ、止められるもんなら、止めてみやがれェ!!』

 

 影はライがペルソナを召還するよりも早くにトドメを刺そうと飛んでくる。

 先の再召還で召還にタイムラグがあることを知ったマルコの影は、その一瞬の隙を狙ったのである。だが──

 

『──召還しない、だと!?』

「言った筈だ。力は手段だと」

 

 召還の体勢をとったのはブラフだ。

 ライは迫り来る巨大な爪を、片足を軸に体をねじる事で躱す。

 薄皮一枚の回避劇。その回転の力を利用して影の懐に長剣を突き刺した。

 

『ガアァァァァ!!』

「この距離なら外さない」

 

 長剣を杭にして影に張り付いたライは、その体勢のままヘイムダルを召還する。

 ここまで接敵すれば躱す術などありはしない。ヘイムダルはマルコの影に渾身の一撃を叩き込んだ。

 木の葉の様に吹き飛ぶ魔獣。凄まじい勢いで空を滑る影の体は、何本もの木をなぎ倒してようやく止まる。

 

 ──アギ。

 

 影が起き上がる前の追撃と言わんばかりに火炎魔法(アギ)を放つ。

 1発、2発、3発と連発で炎を叩き込み、影は燃え盛る炎の海へと沈んでいった。

 ライは姿の見えなくなった影に向けて剣を構え直した。まだ倒したという確証がない以上、油断出来ないからだ。影の瞬発力にも対応出来る距離を保ちつつ意識を集中させる。

 

 ──突然、炎の中から巨大な火炎が弾となって飛び出してきた。方向は……リィン達のいる木箱だ! ライは反射的に射線上へ飛び出し、剣を盾にして炎の弾を受け止める。

 

「────ッッ!!」

『ぬるい、ぬるすぎるぞ! この程度の炎で俺の怒りを止められるものかァ!』

 

 炎の中から現れた影には火炎魔法(アギ)のダメージが見当たらない。まるで始めから炎など存在していないかの如く、炎の海を突き抜けリィン達の方へと突進してきた。ライはとっさにヘイムダルを壁にしてそれを防ぐ。

 砕け散るヘイムダル。その青い光の中でライはマルコの影と対峙する。

 

『やはりあれも守る対象か。守るだの止めるだの叫ぶ奴はいつもそれが弱みになる。それでもお前は貫くってのか?』

「当然だ」

 

 この距離でペルソナを召還する暇はない。だがライの戦意は衰えてはいなかった。ペルソナが使えないのなら、この身で戦えばいいだけの事だ。

 

 ライは剣を横に構え、影の懐に飛び込んだ。

 対する影は鋭い爪を持つ腕を側面から薙ぎ払い、空気を切り裂きながらライへと迫る。

 その攻撃をまともに食らえば生身のライはひとたまりもないだろう。だがライは股の下をスライディングで抜けて必殺の一撃を躱し、さらには反転してその背中を切り裂いた。

 

『チィ!』

 

 影は反射的に振り返りながら後方を薙ぎ払うが、ライはその攻撃も後ろに跳ぶ事で躱す。

 ──だが影はさらにライへと飛びかかり、空中にいるライを掴み上げた。

 そのままライの体を握り潰そうとするマルコの影。しかしその状況でもペルソナを召還しようとするライに気づき、急ぎ投手の様に振りかぶってライを放り投げる。

 

『おら、さっきのお返しだ!』

 

 きりもみ回転しながら吹き飛ぶライの体。

 何とか地面に剣を突き立てる事でその勢いを殺す。

 

「──くっ、ハァ……」

 

 ライは地面に突き刺さる剣を杖に息を吐き出した。

 ここまでの強行軍に幾多のペルソナ召還、そして今の戦闘でライの体力や気力は尽きかけていたのだ。僅かな間だが締め付けられた痛みもあり、ライの全身が悲鳴を上げている。

 

 だが敵は待ってはくれない。影の口が赤く発光し、ライに向けて炎の弾を放つ。

 迫り来る灼熱の光。剣を持ち上げる余裕すらないライはダメージを覚悟し、その両手で防御の体勢をとった。

 

 

 

「──そなたの正道、しかと見せて貰ったぞ!!」

 

 突如現れた何者かがライと影の間に立ち、炎の弾を防ぎきる。

 ライはその事に気づき全身を守っていた両腕を下ろす。前にいるのは大剣を構え髪を1つ結びにした女性。それは紛れもなく──

 

「……ラウラ?」

 

 呆然と呟くライの言葉に、ラウラは微笑みで返す。

 ──さらにライの隣で太刀を構える金属音が鳴り響いた。

 

「ライ、俺たちも加勢する!」

「リィン……」

 

 そしてライの後ろから、もう2人の足音が近づいてくる。

 

「もう、見てられないわね」

「待ってて、今回復するから」

「アリサ、それにエリオットも……」

 

 エリオットの魔導杖が淡い光を放ちライの傷を癒していく。さらにアリサも導力弓が生み出した光の矢を天に放ち、輝く雨を降らした。──セントアライブ、周囲の傷と活力を癒す戦技(クラフト)である。

 

「私はようやくそなたを心から理解した。もう二度とあの感覚に惑わされなどしない。──例えこの剣が通らずとも、我らはそなたと共に戦おう!」

「遅くなったがもう大丈夫だ。俺たちはライを信じる。だからここからは一緒に戦わせてくれ」

 

 ライはリィン、ラウラ、アリサ、エリオットの顔を見回す。微笑みながら頷く彼らの表情に、怯えや懐疑心など一片も残ってはいなかった。ライのマルコを止めようとする意志が、在り方が、彼らの心を動かしたのである。

 ライの心に活力が戻る。もう1人で戦う必要はない、ここからはA班としての戦いだ。

 

「……ああ、俺たちで止めるぞ!」

 

「「「「応っ!!」」」」

 

 ライ達は武器を手に影に相対する。仲間と共にマルコの影を止めるために……!! 

 

 

 




剛毅:マルコの影
耐性:火炎無効、???
スキル:アギラオ、???

 現実の不条理や自身の無力さから芽生えた、力が全てだという感情が暴走した姿。
 帝都から来たハインツという商人は、マルコにとってその心を意識させてしまう写し鏡だったのかも知れない。


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