心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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99話「オルキスタワー襲撃」

『──我々は帝国解放戦線、そして反移民政策主義の一派である』

 

 老若男女、数多の市民で賑わっていたクロスベル行政区の広場。

 通商会議の生中継を見に来ていた彼らの耳にも、拡声器によるテロリスト達の宣言は届いていた。

 

「え? なに? イベント?」

「おっ、おい上を見ろ!! タワーのてっぺんに飛行艇が!!」

「……ホントだ。あれって軍用機?」

 

 ざわざわと上空を見上げる一般市民達。

 どこか現実味の感覚で、一大イベントを見逃すまいと目を凝らすのも、まあ仕方のない話だろう。

 けれど、彼らのそんな余裕は、次なる展開によりあっさりと打ち砕かれた。

 

 大型の機銃による掃射音。

 晴天であるにも関わらず、まるで雷雨が如き爆音が降り注ぐ。

 

「きゃああ!!」

 

 何処からともなく女性の叫び声が木霊する。

 この行政区の広場は比較的タワーに近い場所だ。

 空から流れてきた薬莢が近場に落ちて来た事もあり、彼らは身の危機を理解せずにはいられなかった。

 

「落ち着いてください! どうか落ち着いて!」

 

 警備員達の静止も空しく、市民達は我先にと行政区から逃げ始める。

 そんな光景を間に当たりしたクロスベル警備隊の分隊長。彼の耳には複数の怒号が通信を介して飛び交っていた。

 

『──シャッターが降り……と!? ……──、────!』

「本部の指示を仰げる状況ではないか。……仕方ない。これより部隊を2つに分ける。A班は周囲の警戒を、B班は市民の誘導に専念しろ」

「はっ!」

 

 分隊長の指示を受け、行政区にいた警備隊は即座に行動を開始する。

 ……ただ1人の隊員を除いて。

 

「…………?」

「おい、どうした」

「……いえ、屋根の上に、なにかが…………?」

「そこには何もないぞ。それよりお前はB班だ。早く行動に移れ!」

「は、はい!」

 

 何か布のような見たような気がした隊員。

 結局彼は分隊長に急かされ、混乱する市民達の対応へと向かっていくのだった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 さて、行動開始だ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「何者だ! 止まれ!」

 

 オルキスタワー1階、エントランス。

 警戒度100%の意識で警備していた者達が目にしたのは、布を身に纏って飛翔する1人の影だった。

 死角からのワイヤーによる急接近。彼らは急ぎ銃口を向けて来るが、放たれた銃弾が貫いたのは襲撃者ではなく、布の影から放たれた1本の缶だ。

 

「す、スモークグレネード!?」

 

 弾痕から溢れ出す煙。

 視界を塞がれた警備員達は影に向けてトリガーを引くが、布の端を捉えるだけで精一杯。

 結局、煙が薄れた後、彼らの眼前に残されたのは、無理やり開かれたエレベーターの扉のみ。

 

「……──地上班より報告! 1名の布を被った人物が煙に紛れ警備網を突破! エレベーターの扉と天井を破壊し、そ、そのまま上昇していきました!」

 

 警備員はエレベーターの天井に出来た大穴を見上げ、報告する。

 地上にいる彼らが出来る行為は、最早これだけだった。

 

 

 ──

 ────

 

 

《2階上にシャドウ反応!》

「了解」

 

 ペルソナに掴まりエレベーターの通り道を急上昇するライの脳裏に、エリオットの通信が木霊する。

 シャドウが現れたのは会議場より下の階だ。

 即ち、ロイド達による侵入阻止は失敗に終わったらしい。

 

 ならば、猶予はもうないだろう。

 

「吹き飛ばせ、クラマテング!」

 

 敵がいるであろう階に到達したライはその手を離し、同時にペルソナへと指示を出す。

 翼を広げ急停止する妖魔クラマテング。

 法螺貝を吹き鳴らす音に呼応し、空気が1点に収束。

 無色の弾丸となり、閉じたエレベーターの扉を破壊する。

 

 開かれた侵入口。

 慣性で上昇したままのライは空中で姿勢を変え、壁を蹴り突入する。

 

《敵は吹き飛んだ扉の破片で倒せたみたい。……でも、この状況って…………》

 

 テロリスト襲撃により戦場となった通路は地獄のような光景だった。

 密閉空間での爆発でも起こったのだろうか。

 真っすぐな通路全体が焼け焦げ、ひしゃげ、人だったと思しき残骸が四散している。

 奥の方では天井が崩れており、戦場であると1目で分かる状況だ。

 

(ここの警備員は全滅、か……)

 

 もう少し早く辿り着いていれば……と、思わずにはいられないが、考えたところで現実は変わらない。

 ライは心の中で弔いを済ませ、瞬きの間に今へと意識を変えた。

 

 ここは随行団等の人達が待機するフロアだった筈。

 今は生存者について考えるべきだ。

 

 ライの目が向かう先は扉の壊れた一室だ。

 内部には身を寄せ合う随行団の人々。

 彼らに傷らしい傷はなく、ただ1人、トワだけが地面に倒れ伏していた。

 

「無事ですか?」

 

 トワの姿は制服やタイツに破れこそあるものの、外傷は見られない。

 

 ……だが、どうも彼女の様子がおかしかった。

 ライの顔を見て呆然と、ただ目を揺らし続けるばかりで、今の言葉に反応を示さないのだ。

 

「先輩? 何か──」

《ライ! 右にシャドウの反応が!!》

 

 しかし、ここはまだ、戦場のど真ん中。

 トワの異変を確かめる時間もなく、ライは即座に武器を構える。

 

(あれは、帝国解放戦線の兵士……?)

 

 僅かな瞬間、ライの目は敵の姿を確かに捉えた。

 崩落に挟まれたテロリスト、彼の周囲に吹き荒れる赤い光。

 

 そして出現する巨大な砲塔。

 

「──ッ!」

 

 ライは片足を軸に体をずらす。

 直後、ライがいた空間を何かが通り過ぎ、後方、通路の壁が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「ら、ライ君!!?」

 

 我に帰ったトワの声が聞こえるが、返事をする余裕はない。

 今の攻撃は文字通り戦車の砲撃だった。

 戦車型のシャドウ。それが今、オルキスタワーの通路に出現したのだ。

 

(不味い。ここで、戦車の火力は)

 

 上空の風が吹き込む通路。

 今はまだ壁だけで済んでいるが、もしタワーの支柱を破壊されれば、タワー内の人々は全滅だ。

 自爆めいたテロリストの戦術を理解するライ。

 それと同時に、シャドウの砲塔内から、重い装填音が聞こえて来た。

 

「っ、ヘイムダル!!」

 

 召喚されたヘイムダルが大槌を振りぬき、砲塔の向きを無理やり捻じ曲げる。

 通路の窓側へと放たれる砲撃。

 窓のフレームが歪み、粉塵が通路内を満たした。

 

 パラパラと破片が床に落ちる中。

 シャドウは再びライへの砲撃を試みる。

 

『……?』

 

 だが、影の狙った先には既にライの姿はなかった。

 彼の場所はシャドウの真上。通路の天井。

 砲塔を向ける事が出来ない死角にて、ライは自身の頭を召喚器で撃ち抜く。

 

「速攻で終わらせる」

 

 再び召喚されたヘイムダルが一撃を下した。

 先ほどの砲撃にも負けない程の轟音が鳴り響く。

 その衝撃で通路が陥没し、戦車のシャドウは反撃も許さず霧に還った。

 

 一時、静まり返る戦場。

 歪んだ地面へと着地したライは、テロリストがいた瓦礫へと視線を向ける。

 シャドウを生み出した兵士は意識を失っている。だが、その他にも何名かの兵士たちが瓦礫を抜け出し、行動を再開しようとしていた。

 

(時間がない)

 

 再びシャドウを呼び出される前に殲滅する。

 ライが召喚器を構え直した、その刹那。

 

 凶悪な大斧が上階から現れ、纏めてテロリスト達を葬った。

 

「──! …………」

 

 声なき断末魔。壁に降り注ぐ鮮血の雨。

 瓦礫の山から抜け出した直後の兵士達はなすすべもなく、頭が原型をなくし、崩れ落ちる。

 そのような目を覆いたくなるような惨状を引き起こしたのは、深紅の燃えるような髪と髭を伸ばした大男だ。

 

「まったく、随分と派手に動きやがったな」

 

 大男は直前の惨劇を気に留めず、まるで日常の会話でも始めたかの如き自然さで、ライへと話しかける。

 唐突な援軍……と、安易に考えるには物騒すぎる出で立ちだ。

 ライは警戒を解かず、大男へと問いかける。

 

「貴方は?」

「…………」

 

 だが、男は答える必要はないと言わんばかりに斧を担ぎなおし、淡々と何処かへ向かう準備をし始めた。

 ここは静観すべきか、それとも無理にでも素性を問いただすか。

 限られた時間の中、思考を巡らせるライの元に、思わぬ助っ人がたどり着く。

 

「ライ君、怪我はな……い…………?」

 

 それはよろよろと室内から出てきたトワだった。

 彼女は戦車と戦うライの援護に来たのだが、待っていたのはグロテスクな死体の山。

 トワの思考はそこで一旦止まってしまう。

 

 けれど。彼女は見知らぬ大男を見てすぐに再起動。

 状況を把握した彼女は男に質問をする。

 

「……あ、あの、私はエレボニア帝国随行団のトワ・ハーシェルです。失礼ですがあなたは?」

 

 内容こそライと同じだが、彼女の立場が無視を許さない。

 この問いを無視すれば即ち自らも侵入者である事を認める事となるからだ。

 それを理解した大男は、仕方ないと言わんばかりに動きを止め、トワの方へと向き直った。

 

「俺は猟兵団《赤い星座》のシグムント・オルランドだ。戦鬼……と言っても伝わらんか」

 

 大男、シグムントは懐から書類を取り出す。

 

「俺達は帝国政府との契約により襲撃者どもを排除している。これが契約書だ」

「……本物みたい、ですね」

 

 書かれた内容を見たトワは一歩離れると、ライの顔を見て「今の話に嘘はない」とアイコンタクトする。

 帝国政府に雇われた猟兵団、赤い星座。

 フィーがいた西風の旅団とは別だが、確か有名な猟兵団だった筈だ。

 

(帝国は猟兵を雇っていた?)

 

 シャドウに対処可能なペルソナ使いをあえて無視し、外部の猟兵団を対テロリスト戦力として用意していた。

 彼らもライと同じくタワー内に侵入した立場かも知れないが、この対応差は明らかに不自然。

 帝国政府が何か企んでいるのは間違いない。

 

 ……だが、それを確かめる時間も最早残っていなかった。

 

 1つ上の階から鳴り響く多数の銃声音。

 ライ達のやり取りは中断され、戦況は次の段階へと移行する。

 

「今のは上の階?」

 

 不安げに天井を見上げるトワ。

 それとは別に、ライの脳裏にエリオットの通信が届く、

 

《……──ごめん!》

「エリオット?」

《ガレリア要塞にも襲撃があって、それで──》

 

 ガレリア要塞の襲撃。

 キーアの話通りに事態は進行している様だ。

 

「問題ない。エリオットはそちらの対応に集中してくれ」

《う、うん、ありがと。──って、そうじゃないんだよ! ライ、1つ上の階からとても強い反応があるんだ!!》

「強い反応? シャドウか?」

《それがはっきりしなくて……。でも、上の階で人の反応が減ってるんだ! 急いで!!》

 

 人の反応が減っているという情報。

 その言葉が意味する事は1つしかない。

 ライの会話を聞いて状況を察したのか、トワが導力銃を構えて歩み寄って来る。

 

「大丈夫だよ、ライ君。ここはわたしに任せて」

 

 かくして、この場をトワに任せ、ライは1つ上の階──即ち会議場のあるフロアへと向かうのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 何故か開いていた非常階段で問題の階に辿り着いたライ。

 突入したその瞬間、エリオットの言っていた強い反応の意味を知る。

 

(何だ? この異常な冷気は……)

 

 フロアの通路は凍てつく空気に満ちていた。

 床も、窓も、天井も、……そして赤い武装を身に着けた兵士達も、全てが厚い氷の中に閉じ込められている。

 助かる可能性はもうないだろう。

 彼らは体内まで凍り付き、死の瞬間がそのまま保存されている。

 

 そんな中、只1人だけ呼吸をしている人物がいた。

 体調が優れないのだろうか。男が壁際で頭を押さえ、ゆらゆらと足元を見つめている。

 

(生存者か? ……いや。それにしては妙だ)

 

 男はこの極寒の地にいながら、氷の一片すら付着させていない。

 完全に氷結を無効化しているのだ。

 その異変から只者ではないと判断し、警戒を強めるライ。

 一方、顔色の悪い男は全く警戒するそぶりを見せず、おもむろに口を開いた。

 

「来たか、ライ・アスガード」

 

 男はライの事を知っている様子だ。

 ライは召喚器を片手に構えながら問いかける。

 

「お前は誰だ?」

「そういえば直接相対するのは、このタイミングが初めてか。──ギデオン。これだけ言えば分かる筈だ」

「……リィン達の会ったシャドウ事件の犯人か」

「正しく」

 

 ふてぶてしくも自らを犯人と自供する男、ギデオン。

 その言葉とほぼ同時。

 ライは目にも止まらぬ速度で腰の缶を放り投げた。

 

 ギデオンの眼前で放たれる閃光。

 スタングレネードの光に紛れ、滑走するヘイムダル。

 だが、大気を歪ませ繰り出した鉄槌は、ギデオンの数歩前で急停止する。

 

「全く、油断のならない男だ」

 

 空中に浮かぶ無数の亀裂。

 散らばる氷の欠片。

 ヘイムダルの攻撃は透明な氷壁に阻まれ、ギデオンまで届かなかったのだ。

 

(……やはり止められた)

 

 警戒する素振りすらない点から、何らかの策がある事はライとて分かっていた。

 

 しかし、問題はその手段だ。

 一瞬だがギデオンの背後に出現した怪人。

 下半身が海獣となった人型の姿は、ライにとって非常に馴染み深い雰囲気を纏っていた。

 

「ペルソナ、か」

 

 ギデオンのペルソナこそがエリオットが言っていた反応の正体。

 しかも氷壁の生成速度から鑑みるに、相当強力な仮面を宿していると見て良いだろう。

 

「仮面の力は貴様らだけのものではないという事だ。…………そろそろか」

 

 ギデオンは重い足を動かし、通路の奥へと歩いていく。

 

「私はここで失礼させて貰おう」

「……目標を前に退くのか?」

「確かに。我ながら可笑しな話だ」

 

 ギデオンは氷に閉ざされた扉を見て、自らの矛盾を嘲笑する。

 扉の先は通商会議の議場だ。テロリスト達が文字通り命を賭けた抹殺対象がそこにいて、強力なペルソナを持っていると言うのに、ここで何故引き返すのか。

 

「私とてこの地に骨を埋める覚悟をしていた。……だが、私は知った。全てを知ったのだ」

 

 拳を握り、独り言のような言葉を零すギデオン。

 彼が何を知ったのかは分からない。

 けど、肝心なのは、今ここにシャドウ事件の容疑者がいる事だ。

 

 分厚い氷壁を境に対峙するライとギデオン。

 ライは銃口を自身の頭に押し当て、トリガーに力を入れる。

 

「逃がすとでも?」

「逃がすとも。この言葉を紡ぎ終えた時、貴様は私を逃がさざるを得なくなる」

 

 ……だが、ライのペルソナが召喚される事はなかった。

 理由はただ1つ。ギデオンが予言を語り終えたその瞬間、緊急の通信がライの脳裏に響いたからだ。

 

《ライ!! ごめん! 話を聞いて!!》

「エリオット、どうし──《大変なんだ! 列車砲が、列車砲が2つともシャドウに呑み込まれちゃって! もうすぐ主砲がオルキスタワーに!!》──!?」

 

 オルキスタワーへと向けられた列車砲。

 キーアの予言を元にした対策も空しく、事態は最悪の方向へと進もうとしていた。

 

 

 




隠者:クラマテング
耐性:疾風吸収、火炎耐性、電撃弱点
スキル:マハガルーラ、烈風波、ブレインジャック、疾風ブースタ
 京都の鞍馬山に住むと伝えられている大天狗。多数の天狗を従えており、源義経に剣術や兵法を伝えたとされている。


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約半年も更新を行わず申し訳ありません。
遅々としていますが、今年も何卒よろしくお願いいたします。

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