心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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9話「広がる繋がり」

 ライとラウラの決裂から少しばかり時が過ぎ、リィン達は遅れて合流したライとともに依頼された魔獣を倒すため東ケルディック街道を歩いていた。

 先ほどまでの関係が温かったと言える程にギクシャクとしたA班。ラウラが最前列を歩き、逆にライは最後列を歩いている。2人の現状を如実に表していると言えるだろう。

 

「ねぇリィン。どうしたらいいかな」

「どうって言っても……」

 

 間に挟まれたリィン達3人はどうすればいいか決めかねていた。本来ならば2人の仲を取り持つべきなのだろうが、リィン達もライへの懐疑心が拭えない現状では難しかった。

 それでもこのままとはいかない訳で……。リィン達は困った顔でラウラとライの顔を見比べる。

 

「…………」

「…………」

 

 どちらも完全なる無言。違うところがあるとすれば、後ろから見えるラウラの横顔は苛立って見えるのに対し、ライはいつも通りの無表情であることか。

 

「あんな事があったのに平気そうだね」

「……いや平然を装っているけど、表情に陰りがあるように見えないか?」

「分かるの?」

「僅かに、だけど」

 

 再びライの顔を覗くエリオットとアリサの2人。言われてみれば何となく表情が曇っている様な、そうでない様な……。うんうんと唸る2人の奇行にライは一瞬目を向けてくるが、直に興味をなくしたのか元に戻した。

 改善されない関係。結局手配された魔獣を倒してもこの状況は変わらなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

 茜色に染まる空。魔獣討伐の報告を終えた一同がケルディックに戻った頃には既に夕方になっていた。

 

(ここは相変わらず賑わっているな……)

 

 そして今、ライはリィン達から離れ1人で大市を見て回っていた。目的などは無い。先ほどまで関係の悪化を防ぐために平然を装っていたが、ついに限界が訪れてしまったという訳である。

 今のライには賑わう大市もどこか他人事のように思え、新鮮な果実も味気ないものに見える。その様な心境のライは場に似つかわしくない表情のまま露店を渡り歩いていた。

 

「あっ、そこの小僧! お前のせいでこんな場所で商いをやるはめになったじゃねぇか!」

 

 そんなライに突然、罵声が投げかけられた。その声のもとへと顔を向けると、そこには昼間に言い争いをしていた商人の片割れである若い青年がいた。

 ここは大市の奥の方だ。彼らが争っていたのは入り口のスペース、だとすれば青年は負けたのだろうか。

 

「……ご愁傷様?」

「おいおい何だよ、その言い草は。まるで俺が負けたみてぇじゃないか」

「負けてないんですか」

「引き分けだよ!」

 

 とりあえずライは気分転換もかねて事情を聞く事にした。話によると争っていた2人の許可証は両方とも本物であり、週によって場所を交換する事に落ち着いたらしい。故に今週は彼が奥の場所となり、もう1人の商人が正面の場所を使う事になったとの事だ。

 

「にしてもお前、あんだけ関わっていたのに何にも知らないんだな」

「あれから直に町を出たので」

「な〜る。学生さんはお忙しい事で」

「あなた程ではないのでは」

「うぐっ、やっぱり言うなお前。まぁいっか、俺はマルコ。これも何かの縁だ、商品でも見てってくれよ。……あ〜後、敬語もやめてくれ。あんな大立ち回りの後に敬語で話されても嫌みにしか聞こえねぇからよ。……チクショウ」

 

 昼間の事を思い出したのか項垂れるマルコ。昼間の剣幕が嘘の様にしょぼくれた姿だった。

 

「俺はライ。……そうだな、ではこのミニトマトの苗を1つ」

「へへっ、まいどあり! ……俺が言うのもなんだが、何でそれ選んだんだよ。学生ならもっと、こう、華やかなのがいいんじゃないのか? 加工食品とかがメインだけど、お手製のアクセサリーなんかも売ってるぜ?」

「いや、これでいい」

 

 元気な苗だと真剣に観察するライを見て毒気を抜かれるマルコ。昼間は人形みたいだと感じたが、意外と人間らしいんじゃないかと思い始めていた。

 

「そういや、昼間は確かお友達が一緒だったよな? どうして1人で歩いてたんだ?」

「…………」

 

 何気無しに聞いたマルコの質問にライは思わず目を伏せる。その目に憂いを宿すライを見て、マルコは地雷を踏んでしまった事に気づいた。

 

「……あー、ま、そんな時もあるさ。そんな時は酒でも飲んで、ってお前は飲めないか」

 

 2人の間に気まずい空気が流れる。その場から動かないライに無い頭を悩ませるマルコ。と、少し経ってマルコが何かに閃いたのか顔を上げた。

 

「なぁライ。ちょっと商いやらねぇか? 気分転換した方がいいだろうし、それにお前は顔が整ってるからいい客寄せにもなるしな」

「……後半が本音だろ」

「あー、バレたか。昨日から売上税が上がってこっちもギリギリなんだよ。チクショウ……。だからあの場所で一発当てようかと思ったのに……」

 

 その後、しばらくマルコの愚痴が続いた。領主であるアルバレア公爵家が先日いきなり売上税を大幅に引き上げた事、そのせいでどこの商人も商売上がったりな状況になっている事、他にも商人仲間とのいざこざ等々。ライはマルコの隣に立ちながら延々と聞き続けた。項垂れるマルコには悪いが、案外こう言った話も良い気晴らしになる。

 

「——ああもう、やってられるかっ! こうなりゃやけ酒だ!」

「飲むなら奥でやってくれ。売り上げに響く」

「……お前、案外乗り気なのな」

「やるからには全力だ」

 

 この前のベッキーとのやり取りを思い出しながら商売を始めるライ。その顔に浮かべるのはうっすらとした微笑み、ライにとって最大の営業スマイルである。

 それでも効果があったのか、逆にそれが良かったのかは定かではないが、ベッキーとの駆け引きを生かした事もあって少しずつ売り上げを伸ばしていた。マルコにとってその事実は喜ばしいことではあったが、商売人としてのプライドが傷つけられたらしく終止微妙な顔でライのサポートを続けている。

 その状態が数時間ほど続いて日が暮れた頃、2人の商売は予定よりも多くの在庫を売り払い幕を閉じるのだった。

 

 …………

 

「いやぁ好調好調。やっぱ世の中顔ってことかな」

「やり方と態度の問題だ」

「……俺は何時だって真面目だぜ?」

「鏡はどこかな」

 

 いつの間にかライとマルコは軽口を叩ける関係になっていた。久々の談笑。前にこうしたのはリィンと買い物をした時だったか。まだ1週間経っていないのにずいぶんと昔に感じる。

 ライはそれを懐かしく感じながら商品の片付けを手伝う。ライの手元にあるのは山積みの商品。これを一生懸命売ってきたのかと思うと、何だか親近感が湧いてくる。

 

「そう言えば、この店の商品は地域の特産品が多いんだな」

「ああ、それは実家の近くで取れるものなんだ。小さい頃から慣れ親しんだ分、その良さもよく分かってるからよ」

 

 マルコはそれから商品1つ1つについて説明していった。子供の頃に盗み食いして怒られたナッツ、何日も手伝ってようやく完成した特製のチーズ。どれもライは持っていない輝かしい過去の思い出だった。ライにはそれが羨ましくもあり、同時に尊いものに思えた。

 

「ずいぶんと熱心な事で」

「ははっ。まぁこいつらでビックになるのが俺の夢だからな」

 

 そして、全てを語り終えたマルコはどこか晴れ晴れした表情でライに向き直る。

 

「……なぁライ。俺も商売仲間としょっちゅう喧嘩するんだけどよ。原因は些細な行き違いだったりするんだ。もしかしたらお前も、何かを伝え忘れているんじゃないか?」

「…………」

「……どうした?」

「いや、大人らしい言葉は似合わないなと」

「どーせ、ガキっぽいよ俺は!」

 

 マルコはライの言葉が冗談であると分かっているので、文句を言いながらも笑っている。

 ——しかし些細な行き違い、伝え忘れている事か。あの問答にそんなものがあったのだろうかとライは考え込む。そもそも何の手がかりもない現状では伝えられる事など無い筈だ。何せ過去も分からなければ人柄すら霧に隠れているのだから。要するにライはラウラの知りたい情報を何一つ持っていないということになる。

 

(……いや、待て)

 

 何かに引っかかったライはラウラの言っていた言葉を思い出す。ラウラが疑念を持ち始めた理由は確か、戦術リンク、白紙の過去、誰も知らない行動、仲裁時の言動それに戦闘能力。その中からライ自身も知り得ないものを除外すると……

 

(……あった。2つ、いや正確には1つの事柄が)

 

「おい、何かつかめたのか?」

「ああ、参考になった」

 

 ライはマルコに一言礼を言うと、リィン達のいる風見亭に向けて走り出した。

 見つけ出したのは1つの認識のズレ。ラウラが尋ねた《何者か》とライ自身が悩んでいた《何者か》は決して同じではなかったのだ。その誤解を解いたところで現状が良くなるかは分からない。だが、やってみる価値はある。ライはそう感じていた。

 

 …………

 

 ——目指すは風見亭の2階、ライ達の泊まる部屋だ。ライは暗い空気の漂う部屋の扉を開け放ち、堂々とリィン達のもとに近寄る。リィン、アリサ、エリオットの3人はライの纏う空気が変わった事に驚いているが、ラウラは変わらず失望の眼差しを向けてきた。

 

「……どうした。何も言う事はないのでは無かったのか?」

「"言う事はない”、じゃなく"言えない”だ。……やはり誤解があったか」

 

 何を言っているのか分からないといった表情のラウラ。リィン達も疑問符を浮かべている。まあ無理も無い、これから言う事は本来なら口にしてはいけない事柄だ。後で間違いなく教官達に文句を言われる事だろう。

 だが今のライには関係ない。これが悔いの無い選択だとライは確信していた。

 

「ラウラ、それにリィン達も聞いてほしい。俺自身が唯一知っている秘密、"ペルソナ"について」

 

 ——今度こそ、正念場だ。

 

 

◇◇◇

 

 

 リィン達は部屋に備え付けられたソファの上に座り、皆ライの顔に視線を向けていた。

 

「えっとペルソナ、だっけ。聞いた事ない言葉だけど……」

「魔物を召還する能力とでも思ってくれ」

 

 エリオットの問いにライは率直に答える。そう答えるのが最も分かりやすいだろう。確かクロウもペルソナをそう例えていた筈だ。

 ……だが分かりやすいのも考えものである。よく見ると物騒な例えが怖くなったのか、エリオットの体が若干ライから遠のいていた。心配せずともここでペルソナを召還するつもりは無いのだが。

 

「それで、そのペルソナがライの今までにどう関わっていたのかしら」

「ああ、話は入学初日、表向きは特別オリエンテーリングにされている事件からだ。あの日俺は——……」

 

 ——それからライは旧校舎での異変について話した。その中にいた黒い魔物、覚醒したペルソナ。それが終わると今度は教官達と行っているシャドウ調査についてだ。今のところ生徒に悟られない様に秘匿されていると念を押して説明して行く。

 そしてそれら全てを話し終えたとき、重い表情で聞いていたラウラが静かに口を開いた。

 

「……それが、そなたの秘密か」

「納得して貰わなくとも構わない。俺自身、分からない事だらけだ」

 

 まだ飲み込めていないのか皆静かに考え込んでいる。だが、確実に空気が変わっていた。もしかしたらライ自身が身の内を語る事が解決のためのキーだったのかも知れない。リィン達の思い描いていた謎のクラスメイトという印象は、今ここで確実に薄れて来ていた。

 

(——けど、まだ関係修復まではいかない、か)

 

 ラウラの表情は複雑なものとなっていた。恐らくは戦術リンクで感じた邪道の気配とやらが足かせになっているのだろう。

 戦術リンクから感じたものはライの本性なのか、はたまたペルソナとやらが原因なのか。ラウラはライの本質について判断出来ずにいた。そう簡単に割り切れないほどに戦術リンクの影響は大きかったのである。

 

「俺は下の食堂にいるから、ゆっくりと考えてくれ」

 

 今の彼らには時間が必要だと考えたライは1人で部屋を出て、風見亭の1階にある食堂へと向かうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 食堂の椅子に座ってから1刻が過ぎた頃、ライは食用のテーブルの上で今日の特別実習のレポートを書いていた。

 始めはマルコの手伝いをしていたために遅れた夕食をとっていた。だが食べ終わった後もまだ整理が出来ていない雰囲気であったため、ライはこうして着々とノルマをこなしているのだった。静まり返った食堂はもう薄暗く、窓の外から淡い月光が入っている。静かに活動するには絶好の環境であると言えよう。

 そんなライのもとに1人の人影が近寄ってくる。今の彼らの中で能動的にライへと近寄る者は1人しかいない。ライには顔を見ずともそれがリィンであると分かった。

 

「隣、いいか?」

「ああ」

 

 ライの隣へと座るリィン。だがうまく話を切り出せないのか無言の時間が過ぎて行く。ただ紙にペンを走らせる音だけが響く薄暗い食堂で、リィンは重い口を開いた。

 

「以前ライが言えなかった事って、ペルソナの事だったんだな」

「ん? ……ああ17日のことか」

 

 自由行動日の前日の事。あの時はこんな状況になるとは思いもしなかった。懐かしい時間を思い出したライは思わずペンを止める。

 

「……俺たちに話して良かったのか? 秘匿されているって話だったが」

「緊急の際に使う許可を貰ってる。サラ教官も伝わるリスクを覚悟している筈だ」

 

 それでも文句は言われるだろうが。特に何らかの理由を用意しておかなければ、許可を出したサラ教官にまで非難の対象になってしまうかも知れない。ライはどう言い訳をするべきかと悩み始めた。

 ……しかし、この場で悩んでいるのは何もライだけではない。

 

「——俺だけ話さない訳にもいかないよな」

「どうした、リィン」

「いや何でも無い。……それよりライ。ペルソナを持ってて怖いと感じた事はないのか?」

「怖い?」

「ペルソナという力も良く分かっていないんだろう? もしかしたらその力が大事な人を傷つけるかも知れない。ライはそれが怖くないのかと、そう思ったんだ」

 

 ペルソナという力が大事な人を傷つける? ライは今まで考えた事の無かった可能性にハンマーで殴られた様な衝撃を受けた。

 そうだ。もし仮にペルソナの力が人に振るわれたのなら、普通の人はなす術もなく致命傷を負ってしまうだろう。個人が持つにはあまりに強力すぎる謎の力。駅でサラが言っていた力の意味とはこの事を言っていたのだろうか。ライは最悪の光景を想像し、思わずその表情が暗くなる。

 

 ……だが、何故かライにはペルソナが怖いものだとは思えなかった。確かに未だ謎の多いペルソナは何らかの原因で暴走するかも知れない。それで仲間を傷つけるかも知れない。それでも——

 

「俺にとってこの力は恐れるものではなく、むしろ受け入れるものだ」

 

 ライは握りしめる自身の手を見つめながら、感じたがままの答えを言葉にした。

 ペルソナは自分自身であると何よりライが理解している。我は汝、汝は我。その言葉の通りにヘイムダルはライ自身でもあるのだ。その力を怖がる事はすなわち自らを恐れる事に他ならない。ライは自身の過去を信用していないが、今ここにいるライと言う存在を否定する気はなかった。

 

「……受け入れるもの、か」

「参考になったか?」

「……正直、まだ分からない。でも手がかりにはなったと思う」

「なら良かった」

 

 リィンの様子から察するに、今の問答は恐らく彼自身の問題に関わっているのだろう。その意味は今のライには分からない。だがいずれ答えを知る機会があるだろうと考え、深くは踏み入らない事にした。17日の約束はまだ続いている。

 

「そう言えば、ラウラ達の様子はどうだ?」

「まだ折り合いが付けられないって感じだったかな。多分まだリンクの感覚を引きずっているんだと思う」

「問答の前の状況に戻った、という訳か」

「俺達からしてみればペルソナについて知った分、前進しているんだけどな」

「……知る前の俺はどう思われてたんだ」

「正体不明、神出鬼没の幽霊みたいなクラスメイト、って感じだったと思う」

 

 確かにそれは信頼する以前の問題な気がしてきた。何故そのことに思い至らなかったのかと悩みたくもなるが、もし分かったとしても今回のような状況にならなければペルソナについて話さなかっただろうとライは思い直す。全ては過ぎた事なのだ。

 ——と、気づくともう夜も遅くなっていた。このままリィンと話している訳にもいかないだろう。レポートの分量から考えて、リィンのレポートはまだ終わっていない筈だ。

 

「俺は皆が寝た頃に戻るから、リィンは先に戻ってくれ」

「ああ、悪いな」

 

 ライは階段を上がって部屋に戻るリィンを見送った。そして静まり返る深夜の食堂。もうレポートも書き終えたライは静かに窓の外を見上げる。夜空に浮かぶ丸い月に、輝く数多の星々。今のライにはそれが素直に美しいものだと思えた。

 

(マルコには後で礼を言わないとな)

 

 マルコの事だから、礼を言うなら商品を買ってくれと言ってくるだろう。ライにはその光景がありありと目に浮かんだ。

 

 

 ……それが叶わぬものとなるとも知らずに。

 

 




商人マルコにオリジナル入ってます。特に性格なんかこんなんだったっけと言うものに……。

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