心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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序章 -始まりの1日- 
プロローグ「前日」


 ――七耀暦120■年、■■上空7000m。

 

 1人の青年が広大な空を舞っていた。

 青年の上空には星の1欠片も見えない真っ暗な空、遥か彼方まで見える水平線からは半分の太陽が覗いている。逆に下方には延々と雲海が広がり、宙を舞う青年の視界から地表を覆い隠していた。

 

 そんな中、学生服を纏う青年は銃と剣をその手に携え、広々とした大気の中を猛烈な勢いで落下を始める。

 

 救命具などは身につけておらず、まるでビルからその身1つで落ちたかの様な出で立ちの青年。だが、彼の表情からは落下の恐怖など微塵も感じられない。

 

 眼前に広がるのは夕日に照らされた街。落下に伴う暴風を身に纏いながら、青年は街の中心へと一直線に落ち続ける。視線の先には巨大な黒い影が1つ、それは青年が倒すべき”敵”であった。

 青年は剣の柄を強く握りしめ、敵をその眼光で殺さんと言わんばかりに睨みつける。

 

 上空300m。地上が目前に迫った青年は剣を構え、銀色の銃を自身の頭に添えた。地面に叩き付けられる想像などする必要はない。ただあの"敵”を倒す、それだけが青年の使命だ。

 

「……ペルソナッ!!!!」

 

 パァンと言う乾いた銃声音が青年の頭を貫く。

 青年を中心に吹き荒れる爆発的な光の奔流。落下する彼の背後に巨大な人影が現れ、そして――…………。

 

 

 ……――――……――…………

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ゼムリア大陸の西部に広がる大国、エレボニア帝国。

 

 そこは貴族体制が今もなお残り、貴族と平民という身分が国民を二分していた。

 貴族には貴族の暮らしが、平民には平民の暮らしが約束された帝国。

 しかしある時期、その状況に変化が起こる。即ち近代化を唄う平民出身の革新派の登場だ。

 

 強固に近代化を推し進めようとする革新派と、伝統を守らんとする貴族派。

 2つの勢力が水面下でぶつかり合い、帝国に住む人々の暮らしに歪みを生んでいく。

 

 そして、帝国内に設立されたトールズ士官学院もまた、その歪みを受けた場所の1つであった。

 白い制服を着た貴族と、緑の制服を着た平民。二手に分かれた生徒はそれぞれのクラスに別れ、互いに水面下で火花を散らしていた。

 

 ――だがしかし、何事にも例外はある。

 

 例えばそう、協力せざるを得ない状況ならばどうだろうか。対立していては失敗してしまう状況であれば、あるいは二者が共に働く事もあるのではないだろうか。

 現に今、普段は別れている筈の緑や白の制服を着た生徒たちが、共に歴史ある学院の講堂を飾り付けていた。今この場においては対立している暇などありはしない。……そう、今日は白いライノの花が咲き乱れる七耀暦1204年の3月30日、士官学院の入学式の前夜である。

 

「トワ会長、暗幕の取り付け終わりました!」

「うん、じゃあ資料の用意の人手が足りないみたいだから、手伝いに行ってもらえるかな?」

「はい!」

 

 講堂の中心に立っている小柄な少女、トワ・ハーシェルの指示を受け男子生徒が講堂の入り口で作業している生徒たちのもとへと駆け出して行った。

 トワはこの学院の生徒会長だ。彼女はその小柄な容姿とは裏腹に全体の進行状況を正確に把握し、てきぱきと生徒たちに指示を出していく。

 生徒たちもそんなトワの期待に応えるべく、一生懸命作業を続けていた。

 

 講堂の飾り付けが中盤にさしかかった頃、トワの後ろから何段にも重ねられた椅子を手にした青年が近づいてくる。

 

「よっこらせっと。おーい、トワ。椅子は後幾つ必要だ?」

「ひぃ、ふぅ、みぃ……後12かなぁ」

「はぁ、今日は宿でチビ達とプレートで遊ぶ約束してるんだけど帰っていいか?」

「この手伝いはクロウ君の単位の補填も兼ねてるんだから、頑張らなきゃだめだよ」

 

 あぁ分かってる、と軽く返事をしながら椅子を運んでいるクロウ・アームブラストは生徒会ではないが、単位の不足から準備の参加を強制されていた。着々と椅子を並べていく彼の表情はどこか複雑そうだ。

 だが、もし強制されなかったとしても、彼は手伝いを投げ出しはしないだろう。銀髪を雄々しくバンダナでかき上げたクロウと小柄なトワ、これに後男女2人が加わった4人組の光景はトールズ士官学院でよく見るものだ。要するに彼らは1年来の友人なのである。

 

「合計で100人か。今年は数が多いな」

「うん、貴族クラスが36人で、庶民クラスが54人。そして――」

 

「例のクラスが……10人、か」

 

 その言葉で思い出したかの様にクロウは周りを見渡し、近くに人がいない事を確認すると懐から紙束を取り出した。

 そこには今年設立されたクラスに配属予定の10名のプロフィールが書かれていた。

 

「……四大名門の御曹司ユーシス・アルバレアに革新派の息子マキアス・レーグニッツ。他にも大企業の御令嬢や軍曹の息子などなど、まさにエレボニア帝国の縮図ってとこかな」

「だからこそ、彼らには今のエレボニア帝国を変える可能性がある。そうだよね?」

「確かに、……ん、こいつは?」

 

 内容を流し読みしていたクロウの手がピタリと止まる。

 彼が釘付けになっている先には一人の青年の写真が貼り付けられていた。鋼のような鋭い眼光をした灰髪の青年、これだけならまだいい。問題なのは経歴が揉み消されたかのようにほぼ空欄である点だった。

 クロウはなぜこんな人物が士官学院に入学できるのかと考えを巡らせていると、トワが後ろから資料を覗き込んできた。

 

「……ライ・アスガード君、だよね。わたしも気になって調べてみたんだけど、上の人からの強い推薦で入学することになったみたい」

「入学動機も性格に関する情報も不明っと。しょっぱなから問題発生かよ。……他に何か分かったか?」

「ううん、何も分からなかった。だから明日話して見ようと思ってるんだ。確かに色々と怪しいところもあるけど、もしかしたら訳ありってだけでいい子かもしれないし。会ってみないと分からない事も多いしね。……間違ってるかな?」

「いや、トワはそれでいいと思うぜ」

 

 多くの貴族の子息たちを抱えるこの学院において、この考えはやや危機感のかけるものかもしれない。ましてや今年設立されるクラスには重要な役割がある。

 しかし、クロウはトワの考えには賛成だった。参謀のような役割は生徒会長よりもっと上の教官たちが考えればいい事だ。それに優しい性格のトワにはむしろこういった事の方が向いているだろう。トワがこんなお人好しだからこそ、この学院の多くの生徒は彼女を慕っているのだ。

 

 最後にその写真を、感情の抜け落ちたような青年の顔を目に焼き付けると、クロウとトワはそれぞれ作業に戻った。

 明日の新入生たちに対する期待と、言いようのない不安をその身に宿しながら……。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ――今日は歴史あるトールズ士官学院の入学前夜。入学を前にした少年少女は期待や不安、様々な想いを胸に今を過ごす。

 

 ある1人の青年は自らの道を見つけるという可能性を夢見て。

 ある1人の少女は親からの開放を胸に秘めて。

 ある1人の少年は望まぬ道への不安を抱いて。

 ある1人の少女はただ自らの向上を目指して。

 ある1人の少女はとある1つの目的を見通して。

 

 ある青年は故郷の家族を、またある少女は離ればなれとなった仲間たちを想う。

 貴族としての志を持つ青年もいる。貴族に対する嫌悪感を抱く青年もいる。

 

 ……そして、今トリスタの駅に足を踏み入れた灰髪の青年もまた、そんな少年少女の1人であった。

 赤色の学生服を身に纏った彼はゆっくりと列車から身を乗り出す。しかしその足取りはひどく不確かであり、まるで大けがを負った負傷兵か、はたまた重病を負った病人の様にふらついていた。

 怪我等は見当たらないものの、意識は朦朧とし、蒼色の瞳も焦点が定まっていない。その両腕はだらりと垂れ下がっており、その手に持っている荷物も今にも手から滑り落ちそうだ。

 

「……っ、…………」

 

 それでも彼は何かに駆り立てられる様に一歩、また一歩と足を踏み出し前へ進んでいた。

 一歩、バランスを崩しかけるも何とか踏みとどまる。

 一歩、意識が飛びかける。

 一歩、一歩、前へと歩を進める。

 

「……俺、は……まだ……」

 

 ……だがそれも直に限界が訪れた。

 彼は足を踏み外し、駅の半ばで前に崩れ落ちる。

 

「……や……る、べき…………」

 

 流石に異変に気がついたのか、駅員が慌てた様子で青年のもとへと駆け寄ってきた。

 彼は最早指一本すら動かせていない。朧げなその瞳に近づいてくる駅員の影が映り込み、そして、安心した様にゆっくりと目を閉じた……。

 

「………………」

 

 

 この日は入学前夜、少年少女の物語は明日始まりを告げるだろう。

 しかし、エレボニア帝国を動かす巨大なうねりは既に始まっていたのだ。

 

 革新派でも貴族派でもない。帝国を飲み込まんとする第3のうねりが。

 

 そのことを彼らは、いやこの世界に住む多くの人々は知る由もなかった……。

 

 


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