半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第二話:宝石魔術師、二人『前編』

 

 

 ここは冬木市の外れにある屋敷。

 とある資産家がバブル時代に購入し、その後すぐに諸事情により手放したという真新しい西洋建築の建物。周辺は閑散としており、まさに外様の魔術師にとってはうってつけの物件だった。リーゼロッテはこの国を訪れる前に、拠点とするべくこの屋敷を購入していた。

 

 

「Anfang(セット)、Zeichen(サイン)」

 

 

 リーゼロッテの声に屋敷を囲むように配置された数十個の宝石が反応する。

 互いに干渉し、反発し、力を高めあっていく魔石たち。植物が蔦を伸ばすように魔力が地面を這い、放出された呪いの光が簡易な『結界』を作り上げていく。属性はリーゼロッテの得意な『炎』、防衛システムの起動は任意ではなく自律機能型。ロンドンにある自分の工房に比べるなら玩具みたいな結界だ。しかし、今はこれで十分だろう。

 

 

「所詮は1日で組み上げた即席モノだけど、無いよりはマシかな。…………うーーっ、疲れたぁ!」

 

 

 リーゼロッテは大きく伸びをした。

 魔力の消耗は殆どないが、庭のあちこちに宝石を配置するのは骨が折れた。いや実際に宝石をチマチマと庭に置いてきたのはランサーなのだが、細かい指示を出さなければならなかった少女の疲れは大きい。

一方のランサーは宝石の配置を終えると、すぐに屋敷の中に引っ込んで朝食の準備を始めていた。あの程度の雑用ごときで疲れる男ではない。

 

 

「主よ、エルメロイ殿から渡されたホテルチケットを処分してしまって、本当に良かったのですか?」

「いーのいーの、ロードには悪いけど悪目立ちするのは苦手なんだよね。あんな所に拠点を構えるなんて、まるでゲームのラスボスだよ。ロードみたいな実力者ならともかく、私なんてあっという間に『エミヤ』に殺されちゃうよ。………だいたい、ランサーだって反対してたじゃん」

「はい、あのような構造の建築物となると下から崩されれば如何なる工房であろうとも無力でしょう」

 

 

 鋭い眼差しで言葉を吐くランサー。

 彼の瞳には影がある。それに気がつかないふりをしながら、リーゼロッテは屋敷内へと入っていく。無駄に広いリビングに置かれていたテーブルに乗っていたメニュー。こんがりと焼けたパン、目玉焼き、葉野菜のサラダやコーンスープが並んでいた。シンプルながらも主人の好みを押さえた献立だ。にんまりとリーゼロッテの顔に子供っぽい笑みが浮かんだ。

 

 

「ふふふっ、やるじゃないかランサー。誉めてつかわふ…………噛んだ」

「ぐっ、ありがたき幸せ」

「あーーっ、また笑ったなぁ!」

 

 

 プンプンと怒りながら目玉焼きにナイフを突き立てる。窓から入って来た風にハチミツ色の金髪がふわりと靡く。人ならざる赤い瞳と相まって、黙っていれば絵画のワンシーンのように優雅な朝食に見えた。

 

 

「主よ、今日の予定は如何程に?」

「ん、散歩かな」

「散歩ですか。なら冬木の名所を調べておきましょうか?」

「いやいや、そこまで従者になりきらなくてもいいよ。テキトーに街を彷徨くだけだから大丈夫。…………ああ、でもセカンドオーナーには挨拶をしに行こうかな」

 

 

 カチャカチャと銀食器を静かに鳴らして食事をする少女に昨日のような気負いはなかった。本当に今日の予定はない、まだ全てのサーヴァントが召喚されたという知らせがない以上は戦う相手も舞台もない。いわば聖杯戦争は準備段階なのだ。それでも最低限の備えはしているが。

 

 

「セカンドオーナー、遠坂時臣ですね」

「うん、東洋の名門たる遠坂家の五代目当主さま。私も彼の理論には何度かお世話になってるから、実際に会うのが楽しみだよ。素敵な紳士だったら嬉しいかも…………私は年上好きだし」

「まったく関係のない情報が混じっていたような気がするのですが…………ちなみに遠坂氏は『既婚者』です」

「なんで『既婚』を強調したのさ!? 別に色恋沙汰になりたいとかじゃないし、私は見目麗しい男性を遠くから眺めるのが好きなだけで…………ああ、なるほどね」

 

 

 リーゼロッテが呆れた顔をした。

 このサーヴァントは男女の仲というモノにうるさい。それはもう五月蝿い。まあ、生前が異性関係に悩まされた挙げ句に命を落としたのだから仕方ないといえばしうなのだが。

 

 

「自分の失敗をマスターに押し付けるのって私、リーゼはどうかと思うのですよ。まあ、サーヴァントに心配されたなら仕方ない。代わりに君の勇姿を誰よりも近くで眺めることを聖杯戦争の楽しみにしようかな、私の英雄様?」

「それならば、尚更無様なマネはできませんね。………それと、恥ずかしいなら歯の浮くようなセリフは控えた方がいいのでは?」

「うん、そうする」

 

 

 耳まで真っ赤にしたリーゼロッテ。どうやら口にしてから恥ずかしくなったらしい。何が「私の英雄様だ」と激しく反省する。

 実はリーゼロッテは一度、ランサーの『魅了(チャーム)』にかかりかけている。召喚時に少しばかり、うっかりしたのだ。それのせいで心の防波堤が緩んでいるらしい、油断するとアホみたいなセリフが出てしまう。

 

 

「この呪われたイケメンめ。そんなんだから姫様が君にベタ惚れするんだよ。マスターまで陥落させて嬉しいのっ?」

「主よ、その話題はやめてください。俺の呪いについての話題だけは勘弁してください。この呪いのせいでどれだけの罪なき女性が、同胞が傷ついたか…………」

「あ、このコーンスープ美味しい。…………いや、君が異常にモテたのは呪いのせいだけじゃないと思うけどなぁ」

 

 

 妖精王オウェングスを育ての親に持ち外見は超一流、気立ては良く友情にも親愛にも厚い男。騎士団ナンバーワンの戦士であり、団長からの信頼も相当なものだった出世頭。文武両道を基本とするフィオナ騎士団に所属していたということは教養分野も修めているのだろう。

 

 

「で、やらせてみたら家事にも有能だったと。…………これでモテないと思ってるなら、もう一度イノシシと戦えばいいんじゃないかな」

「何の話ですか?」

「べつに」

 

 

 すでに『魅了(チャーム)』の効果は解除したとはいえ、この手の呪いは何かの拍子に再発してくるから面倒くさい。ランサーのことは嫌いではないのだが、所詮はマスターとサーヴァントの関係だ。必要なときは無理な命令もするし、万が一の場合は裏切りだって過去の聖杯戦争では珍しくなかった。下手に仲良くなると今後の戦闘指針に迷いが生まれるかもしれない。

 

 

「でも、ギスギスした関係よりはいいよね」

「そうですね。俺も心の底からそう思います。………っ、主よ」

「わかってる」

 

 

 バチンッ、と『何か』が結界に触れて砕ける音。

 即座にリーゼロッテは杖を持って庭へと出る。手入れされた芝生を踏みしめながら向かった、彼女が見たのは『石で出来た鳥』だった。砕けた隙間から見えた核となる部分にはルビーが埋め込まれている。どうやら、あちらから接触を図ってきたらしい。それを拾いあげると、リーゼロッテはルビーに桜色の唇を近づけた。

 

 

「随分と性急な対応ですね、そんなに焦らずともこちらから挨拶に伺おうと思っていたのですよ。ふふっ、冬木のセカンドオーナーを蔑ろにした戦いなど無礼にも程があるではないですか。私は礼儀くらい弁えておりますわ。ご存知でしょう、ミスター遠坂?」

 

 

 先程までの砕けた口調は霧散していた。

 貴族の令嬢のごとく、いや実際にリーゼロッテは時計塔において本物の貴族だ。丁寧に、しかし少しだけ刺を持って『向こうにいるであろう人物』へと話しかける。それはぞっとするほどの冷たい声だった。鳥の形をした使い魔からの返答はない。

 

 

「太陽が真上に昇るくらいにでもお邪魔させていただきます、それでは」

 

 

 リーゼロッテは鳥の使い魔を放り投げた。

 そしてポケットから出した赤い宝石を一緒に投げ捨てる。カチン、と小粒のルビーが使い魔の身体に触れた瞬間に哀れな無生物は燃え盛る炎に包まれた。

 メラメラと炎上するそれを眺めながら、リーゼロッテは後ろに控えていたランサーへと振り返る。

 

 

「さて、今日の予定は決まったようだね。セカンドオーナーへの挨拶に行こう!」

「了解した、我が主よ」

 

 

 ランサーは特に問いかけることはしない。

 魔術師としてのリーゼロッテ・ロストノートの姿は最早見慣れている。この少女はきっと心を分けることに長けているのだろう。魔術師としての自分と人間としての自分、そして『』としての自分を。

 ランサーはその全てを肯定している。故に、どの少女に対しても忠誠心は微塵も揺るがない。されどできることならマスターにはーーー。

 

 

「………芝生に炎が燃え移ったか」

 

 

 白い煙を上げる庭、思考はそこで中断した。

 何はともあれ、まずは火消しをするとしよう。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 冬木の地にある、とある屋敷にて。

 そこではワインカラーのスーツを着た男性が先程から小さな含み笑いを繰り返していた。綺麗に整えられた顎髭を擦り、また上品な笑みを浮かべる。怪訝に思った神父姿の男が男性、遠坂時臣へと話しかける。

 

 

「我が師よ、そんなにもあの娘が気になるのですか。それならばアサシンを偵察に向かわせますが」

「いや、そうではないのだよ綺礼。あまりにも愉快な宣戦布告を受けたもので嬉しくてね」

 

 

 神父姿の男性、言峰綺礼は首を傾げた。戦いを吹っ掛けられたというのに、何が可笑しいのか心底理解できないからだ。相変わらず師の考えることは、常人の心を持たない綺礼には甚だ難解である。もっとも、常人ごときでは遠坂時臣の魔術師として高潔な思考回路はやはり理解できないであろうが。

 

 

「ロストノート家、あそことは何度か手紙のやり取りをしたことがある。同じ宝石魔術を志す者として、あの家と我が遠坂は良好関係にあったのだよ。それ故に、まさか聖杯戦争に絡んでくるとは思わなかった」

「…………ならば憂いるところではないのでしょうか。いわば此度の参戦は遠坂に対する不利益行為、つまりは裏切りのはず」

「いや、魔術師の世界においてこういったことは珍しくない。互いの欲するものが重なれば、友好関係など沼に沈めて杖をお互いの喉へと向け合う。それが外法を歩む魔術師の姿だ…………もっともルールの遵守は必要だ、故に彼女の宣戦布告は素晴らしかった。それだけだよ」

「…………そう、なのですか」

 

 

 曖昧な答えを返した綺礼。まだ彼には魔術師の何たるかは難しかったか、と時臣は苦笑した。それが言峰綺礼が抱える歪みによるものだとは気がつかない。

 

 

「しかし、どうしたものか。未だに私はサーヴァントを召喚していない。最も魔力の満ちる日程にて万全たる召喚を行うためにだった、とはいえ少しばかり間が悪い」

 

 

 もし、あの少女が聖杯戦争の開始前において刃を振るう蛮人であったならば時臣の命は彼女のサーヴァントの手によって握り潰されるだろう。

 

 

「だがその程度は私が臆する理由にはならんな」

 

 

 時臣はリーゼロッテとの顔合わせを受けることを決めた。もちろん信頼する弟子にアサシンの配置を要請した上でなのだが、それでも身一つで敵サーヴァントと相対する度胸を持つことは大したものだ。やはりセカンドオーナーとしてのプライドは高い。

 まあ、リーゼロッテに不審な点があれば自分の工房の防衛システムを起動した上でアサシンによって奇襲させる保険付きなので、安全といえば安全なのだが。

 

 

「ロード・エルメロイの不参加を受けて正直なところ肩透かしを感じていたのだが、これは少し期待できるかもしれないな」

 

 稀有な宝石魔術師が相対し、魔術を競う。

 こんな機会は滅多なことでは訪れない。遠坂時臣はわずかばかりの期待を抱いて、手の甲に刻まれた令呪に目を落とした。

 

 

 




頑張って更新してみました。
今回のタイトルは鋭い読者さんなら、何を参考にしたのか気がつくかもしれません。

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