半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第十九話:誓いの双槍

 果てしなく続く剣戟と槍戟。

 不可視の一閃と紅黄の二閃はお互いの隙を補い合うがごとく見事な連携でもって、海魔を一切寄せつけない。正面から切り伏せる騎士王の剣は豪快に、軽やかな風のごときフィオナの双槍は鋭く、キャスターの使い魔を狩り取っていく。

 近接戦闘に特化したサーヴァント二騎による攻撃は凄まじく、その殲滅速度は遂には海魔の召喚速度を上回りつつあった。何一つ思い通りに事が進まないことを嘆く青髭は天を見上げて絶叫する。

 

 

「ぐ、ぐぅぅぅぬっ! 何故、何故なのですっ、どうして救済を受け入れぬのですっ、ジャンヌゥッ!!」

「だから人違いだと言っているだろう!!」

「奴の言葉を相手にするな、セイバー!」

 

 

 蒼い騎士王が現れてからというもの、キャスターはずっとこの調子だ。存在しないサーヴァントの名を呼んでは一喜一憂を繰り返す。精神に変調を来たしているのは明らかなのだが、それにしても解せぬ行動であった。

 オルレアンの乙女、フランスにおける英雄であるジャンヌ・ダルク。単なる村娘の出身でありながら神の啓示を受け、故郷を救うために救済の旗を掲げた聖女。数少ない『調停者(ルーラー)』に適正を持つ少女でもある。セイバーとして招かれる可能性も僅かにあるものの、通常の聖杯戦争で召喚されることは殆ど無く、聖杯戦争そのものが危機に陥った場合にのみ現れる特別な存在だ。

 

 

「ふっ、生前を共に過ごした奴が間違えるのならば、かの聖女はお前と似て清廉な騎士であったのだろうな。もしくは魂の在り方が瓜二つなのか、いずれにしろ一目会ってみたいものだ」

「そんなことを口にしている場合ではないだろうっ、ランサー!」

 

 

 海魔を蹴散らしながら、冗談めかした言葉をかけてきたディルムッドに今度はセイバーが苦言を呈する。いくら押しているとはいえ状況は一進一退、少しでも手を抜けば海魔どもが剣と槍の包囲網を食い破り自分たちに牙を届かせるであろう。焦燥に駆られて刃を鈍らせるよりは良い、しかし油断があるのなら正してもらわなければ困る。生真面目な彼女にとって、ランサーの一言はあまり好ましく思えるものではなかった。最悪の場合は聖剣の解放を考えるほどには、セイバーはここでキャスターを討つ覚悟でいるのだから。

 

 

「軽率な発言だったな、すまん。しかし何か策はあるのか、セイバー?」

 

 

 ランサーもまた考えあぐねていた。

 いくら斬り倒しても新しい個体が召喚される、このままでは数を削り切った頃には日が昇ってしまうだろう。しかもマスターからは『まだキャスターを倒さないように』とのオーダーまで下されている。つまり目の前の男をただ単に打倒するのではなく、討ち取る前に形勢不利だと思わせて敗走させなければならない。そのために必要な決定的なピースが足りない。

 時間をかければ、なんとかなるだろう。しかし先程から感じている胸騒ぎは収まらない。不気味に森の木々がざわめいているのは、海魔どものせいだけではないだろう。

 この森には、嫌な記憶がある。

 

 

「っ、ケイネス殿……」

 

 

 頭をよぎるのは、前回のマスター。

 この時代にて存在する魔術師たちの総本山。ロンドンにある時計塔は底知れぬ闇が渦巻く魔窟である。その場所にて十一人存在する君主こそが『ロード』であり、ケイネスは鉱石課の支配者にして名門貴族アーチボルト家当主であった。現代魔術師の最高峰に席を持つ輝かしき男、戦闘経験は浅かったものの実力そのものはサーヴァントの目から判断してもそれなりのモノだった。

 だからこそあの夜、ディルムッドは彼が単独でアインツベルンの城に乗り込むことに異議を唱えなかった。いざとなれば令呪で自分を呼んでくれれば良いし、自分が駆けつけるまで生き残るだけの実力はあると踏んだのだ。しかしケイネスは敗北し、あろうことか魔術師として『再起不能』にまで陥れられた。

 他ならぬセイバーのマスター、衛宮切嗣によって。

 

 

「だぁぁぁぁっ!!」

 

 

 不可視の剣が闇を裂く。

 お互いの背中を預けるように戦う自分たちは、やろうと思えばお互いを楽々と討ち取ることが出来る。ちらりと目をやれば凛々しい女騎士の白いうなじが無防備に視界へ入ってきた。『その後の経緯』も考えれば闇討ち同然に彼女へ刃を突き立てても、あらゆる手段を講じて切嗣を仕留めてもおかしくは無かっただろう。

 だが、ディルムッドはそうしなかった。元よりあの暗殺者は自分のやり方で勝ちを拾ったまで、それによって無様に敗北したのは己の責である。騎士道を貫くなら前回の自分はあらゆる外道行為を事前に予測し、封じるだけの立ち回りが必要だったのだ。故にランサーは切嗣に割り切れぬ感情こそ抱いていたが、恨みまでは持ち越すことをしなかった。かつて主君フィンとの間に生じた確執と裏切りを受け入れたように、英雄としての在り方を崩さなかったのだ。

 だが、

 

 

「ーーーっ、主!!?」

 

 

 だが、もし仮にリーゼロッテに『同じこと』が起こったならば自分は果たして冷静でいられるだろうか。魂が燃え尽きる寸前に掴んだ忠義の道、無様に敗北した自分を受け入れてくれたあの少女に。

 マスターからの魔力パスが大きく乱れたその瞬間、懸念は現実のものとなり問いかけは実感へと変わる。溢れんばかりに霊基を満たしていたチカラはまるでホースに穴を開けられたかのように減退し、思わずランサーは動きを止める。その隙を突いて何体かの海魔が襲い掛かってきたが、セイバーがランサーを庇うように身をねじ込み怪異を斬り倒す。

 

 

「ランサーっ、貴方は何をしている!?」

 

 

 更に襲い来る第二陣へと踏み込みながら、蒼い騎士王は問いかける。もはやこれまでの戦闘でランサーの実力が自らの率いた円卓の騎士にも劣らぬものであることは把握した、そんな彼が戦場で突如として足を止めるなど余程のことがあったとしか思えない。故にセイバーはランサーの顔を見ることなく疑問を投げかける。貴方ほどの戦士が取り乱すとは如何なる事態なのかと。

 槍の騎士から言葉での返答は無かった、その代わりに彼は無言でセイバーに並び立つ。恐ろしいほどの美麗を持つ顔には隠しきれない影が刻まれている。麗しの槍騎士は宝具たる槍を強く握りしめた。

 

 

「……セイバーよ」

 

 

 その一言で空気が軋む、これまで涼やかな風のごとく振る舞っていた彼からは想像も付かない殺気。それを認識した瞬間、セイバーは隣に佇むランサーへと大きく意識を割いていた。鷹のように引き絞られた双眸、そして何かを覚悟したかのような表情がそこにはある。

 少なからず信頼を置いていたサーヴァントの変貌に、騎士王は僅かな警戒を抱く。まさか令呪でも使われたのではなかろうかと疑ったのだ。三回の絶対命令権たる令呪、それを使えばどれほどサーヴァントが拒否したとしても理不尽な命令を実行させることができる。もちろん、そんなことをしたマスターには相互不和による自滅が待ち構えているのだが、そのことを理解している魔術師が果たしてどれほどいるのか。

 しかし、ランサーがセイバーへと持ちかけたのは意外な言葉だった。

 

 

「セイバー、これから目にすること耳にすることを他言せぬと誓ってくれ。他の陣営はもちろんのことお前のマスターにもだ」 

「……どういうことだ、ランサー?」

「事情が変わった、俺は一刻も早くマスターと合流せねばならない。故にーーー」

 

 

 ドクンと大気が脈打った。

 大いなるマナの奔流が収束し、歓喜するようにランサーの周囲へと集まっていく。何事が起こったかなど考える必要は無い。必然と引き寄せられたセイバーの緑眼に映ったのは、血のように紅い長槍と黄金の短槍がようやく呼吸するのを許されたというばかりに輝かしい魔力を纏っている姿。双槍に巻かれていた封印の札は悉く剥がれ落ち、剥き出しの刃が遥かな神代の気配を吐き出していた。

 

 

「故に、我が宝具を開帳する」

 

 

 両翼のごとくに広げられる二振りの魔槍。

 宝具とはサーヴァントの絶対的な切り札であり、自らの伝説や生き様を形にした存在とも表される。ならば人ならざる者によって刻まれた旧きルーン文字は彼が神話に生きた英雄であることを象徴していた。本来ならば真名を隠すために何よりも秘匿せねばならないモノで、リーゼロッテからも使用は緊急時を除いて控えるように言及されていた。

 だが、そのマスターの身に『何かが起こった』。その事実が緊急性を要する以外の何物であろうか、いや最優先で対応すべき事柄であろう。

 

 

「悪いがキャスターよ、貴様と遊んでやる余裕が無くなった。ここから先は取りにいかせてもらう。我が絶技、座に戻る手土産にでもするがいい」

 

 

 ドルイドである養父アンガスより譲られた対魔の紅槍。妖精王マナマーン・マック・リールより贈られた呪いの黄槍。生前より数々の難敵を討ち破ってきた双槍がディルムッドの覚悟に応えるかのように脈動する。

 まだ魔力のパスは健在だ、まだあの少女は無事でいるはずだと己に言い聞かせるようにフィオナの勇士は切り札を解き放つ。

 

 

◇◇◇

 

 

「これが切嗣、あなたのやり方なのね………」

 

 

 アインツベルン城の一室。

 水晶玉に映る凄惨な光景にアイリスフィールは言葉を失っていた。透明な輝きの中に浮かび上がるのは血みどろの地獄絵図そのものだ。幼い子供たちの一部が散乱し、それらを食い散らかした多手の化け物が焼け死んでいる。淀んだ魔力が霧のように充満する映像から生命の鼓動は聞こえず、怨嗟のような呪いの渦が木霊する。どんな悪辣な思考を形にした絵画であろうと及ばぬであろう惨状だった。そしてそれを引き起こしたのが自らの夫である事実に、アイリスフィールは困惑する。

 

 それは悪鬼のごとき所業であった、

 それは悪夢のような光景であった、

 傍から見た彼は『悪』そのものだ。

 

 無垢なる命を踏みにじり、我欲を満たさんとする姿をそれ以外の何に形容しようか。一体だれが彼を『正義の味方』などと讃えようか、まさしく物語において主役によって討たれるべき悪党である。

 彼の戦闘方法は聞いていたし、彼を愛すると決めた日から、全ての罪は共に背負おうと誓った。それでも実際に目にするとここまで心が揺れてしまうのは覚悟が足りなかったからなのだろうか。

 

 

「……リーゼロッテ・ロストノート」

 

 

 倒れ伏すランサーのマスター。

 血溜まりにその身を沈める少女の姿は痛々しい。煌めく金髪は真紅にまみれ、華奢な手足は力なく投げ出されている。幼き命を守ろうとした者が、世界平和を願う者の凶弾によって倒される。聖杯戦争がもたらした歪な運命に、アイリスフィールは胸の奥に冷たいものを感じていた。

 倉庫街では切嗣の裏を掻き、宝石魔術によって追い詰めた難敵。それが倒れたということは自分たちは一歩、聖杯獲得へと駒を進めたことになる。それなのに納得できない部分があるのはアイリスフィールというホムンクルスに『母親』という部分が生まれてしまったからなのだろう。子供たちの犠牲がここまで胸に響く。もしイリヤがこんなことになったのなら、きっと自分は正気を失ってしまうに違いない。

 

 

「でも仕方がない、仕方ないのよ。切嗣の願いである『世界平和』を成すにはきっと、こうするしか無かった。だからまずは一騎、サーヴァントの魂を回収できて良かったと考えないと…………どういうこと?」

 

 

 ふと、違和感に気づく。

 恐らくリーゼロッテが受けたダメージは致命傷だろう、切嗣が満を持して放った切り札なのだ。ならば彼女と繋がっているランサーもまた今頃は魔力切れで消滅しているはずだ。多量の魔力を消費する戦闘中にマスターを失ったサーヴァントが現界をそう保っていられるはずがない。そうでなくてもキャスターに討ち取られているはずだ。

 それなのにーーー、

 

 

「ランサーの魂が『器』に流れ込んで、来ない?」

 

 

 アイリスフィールというホムンクルスは、聖杯戦争のために作られた存在である。その役割は勝者に与えられることとなる『聖杯』の守り手、もしくは運び屋と他のマスター達からは認識されている。しかし事実としては彼女こそが聖杯であり、アイリスフィールという人格は謂わば卵の殻のようなモノと変わりない。聖杯を内臓したホムンクルス、それが切嗣の妻の正体であった。

 詳しい説明は省くが、脱落したサーヴァントの魂は彼女の体内に収められている聖杯の器へと注がれ、それが一定量に達すれば聖杯は現れるという仕組みになっている。つまり彼女は脱落したサーヴァントの数を把握することが出来た。

 

 

「どういうこと……単独行動スキルを持つアーチャーならともかく、どうしてランサーが………切嗣ッ!?」

 

 

 その違和感の正体はすぐに解決することになる。

 次の瞬間に水晶玉へ映り込んできたのはおびただしい血飛沫と、大きく蹌踉めく夫の姿だった。血の気の引いた顔でアイリスフィールは遠見の魔術を強めていく。そして切嗣の腹部を『透明な刃』が貫いていることを確認して、思わず椅子から立ち上がっていた。

 

 

『が、ぁ……ッ!?』

『参ったね、まさか君の切り札がここまで強烈だとは思わなかったよ。彼からの前情報が無ければ、きっと即死だった……だろうさ』

 

 

 焼け付くように赤い血を流しながらも、

 それ以上に紅い瞳を瞬かせ、

 大きく片膝をついた切嗣と入れ替わるように、

 蒼白な顔をした魔術師の少女は立ち上がる。

 

 

 


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