半人間と双槍の騎士のFate/Zero   作:ドスみかん

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第十二話:ラプラスの魔

 早朝の冬木市にて。

 キャスターが現れたという知らせは、街中に散らばっているアサシンを通して即座に遠坂邸へと届けられていた。よりにもよって夜が明けてから行われたキャスターの襲撃、そのことを愛弟子の綺礼から報告された時臣は眉をひそめる。

 

 

『ーーー我が師よ、如何致しましょう?』

「……日が昇った頃合いを見ての強襲とは恐れ入る。まったく、今回のキャスターには聖杯戦争のセオリーは尽く通用しないらしいな。ひとまずはご苦労だった、綺礼」

 

 

 西洋の血が混じった彫りの深い顔に浮かぶのは、呆れの混じった影だった。早朝にも限らず丁寧に整えられた顎髭を指先で撫でつつ、時臣はトントンと革靴で軽快なリズムを刻んでいる。

 静かな光を宿している翡翠の瞳は閉じられ、その意識はここにはない。時折、何かに感心するかのごとく口元が緩められていた。不意に、そんな彼の耳を威厳に満ちた声が揺らす。

 

 

「まるでコロセウムに群がるハエのようだぞ。わざわざ使い魔まで飛ばして観戦とはお前らしくもない」

 

 

 薄暗い地下室に響いたのは、黄金の鎧が奏でる清らかなる金属音。時臣が目を開いた先では、眩い光の粒子が収束し人型を形作っていく。臣下たる魔術師は跪くような声色で、敬意を込めてその名を口にする。

 

 

「このような所においでなさるとは思いませんでした、英雄王」

「確かに辛気臭い場所だな、本来なら我自ら足を運ぶ価値のあるところではない。我が脚を踏み入れたことを光栄に思うが良いぞ、時臣」

「ーーーはっ」

 

 

 サーヴァント、アーチャー。

 時臣が必勝を祈願して呼び寄せた最強の駒にして、最大の悩みの種。宝具を衆人環視の中で開帳するだけではなく、機嫌を損ねればマスターの首をいつでも飛ばす扱い難さである。この唯我独尊を絵に描いたような男が珍しく戦いに興味を持ったことに時臣は内心で首を捻った。なにせ、この聖杯戦争を「勝って当然の児戯」呼ばわりしていたのだから。

 そして少し考えた後、そういえばこのサーヴァントも『彼女』に関心を持っていたことを思い出す。確か彼女に首輪を付けるどうのと言っていたはずである。

 

 

「たった今、ランサー陣営とキャスターとの戦いが始まりました。やはりリーゼロッテ嬢についてご興味がおありですか、我が王よ」

「ーーーーくっ、くはははははっ、俺がアレに興味を持つかだと!? お前に笑わされたのは初めてだぞ、時臣!」

 

 

 突然に笑いだしたアーチャー。

 その声は嘲笑に似ている。何者かを虐げてその誇りを踏みにじるように悪辣で、一方で何者かの愚かしさを愛でるような歪んだ愛情が乗っている。普通なら良い感情は宿っていない、しかしこのサーヴァントがやると不思議な気品が感じられた。ひとしきり笑ったギルガメッシュは時臣へと視線を戻す。

 

 

「く、くくっ……だが、あながち間違いでもない。本来なら偽物はすべからく気に食わんが、あそこまで無様な出来であるのなら戯れに愛でたくもなる。この愚かしい時代と似たようなものよ」

「左様でございますか」

 

 

 その赤い瞳は蛇のように細められ、その瞳孔には怪しい輝きが揺らめいていた。英雄王が欠片でも興味を持つ少女、リーゼロッテには他とは違う何かがあるのだろう。そして『贋作』という言葉に疑問を感じたが、時臣はどちらも敢えて問い直さなかった。

 そんなマスターの様子に気を良くしたのか、黄金の王は話を続ける。

 

 

「『バベルの塔』を知っているな? あれは人間どもが神の怒りに触れたために、世界中の言語を分断されたという神話である。ならばあの小娘もまた、家名と名がバラバラであることには貴様は気づいていたか?」

 

 

 リーゼロッテ・ロストノート。

 名はドイツ語、家名は英語、確かに妙な組み合わせであることに時臣は気づいていた。しかし正直なところ大して意識していなかった。より優秀な子を残すために国籍を越えた縁談など珍しくはなく、遠坂家とて西洋の血が入っているのだ。その過程で二国間の名が混じった程度だろうと思っていた。それに元より討ち倒すべき敵である、その戦力さえ分かればそれで良いのだ。

 リーゼロッテ邸を見張る鳥の使い魔、そこから送られてくる映像にはキャスターを圧倒しているランサー主従の姿があった。やはり彼女は強い。

 

 

「あの娘の家系が紡いできたモノは無価値ではないだろうが、我から言わせれば酷く無意味だ。この時代において、ああいったモノは存在する道理すらあるまいよ。しかし我が暇を潰すために消費する道具程度にはなる、これは他のサーヴァントとマスター共も同様だ」

 

 

 要するにこの男にとっては遊びなのだろう。

 半人の少女が掲げる祈りも、双槍の騎士が抱く覚悟も、他の参戦者たちが持つあらゆる野望さえも、黄金の王の前では塵芥でしかない。圧倒的な力がその成就を許さない。美しくも歪んだ笑み、それを目撃した時臣は心臓に冷水が入り込んでくるのを感じていた。

 

 

「我が貴様らに手を貸してやるのも所詮は道楽、それを肝に命じておくがいい。良いな、時臣?」

 

 

 すべてを見通した黄金の王は、その運命を嘲笑う。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ーーーーふっ!!」

 

 

 ただ、ひたすらに槍を振るう。

 本拠に侵入してきたキャスターの使い魔に対して、ディルムッドは無心に徹していた。

 

 風を裂いて紅と黄の双槍で戦場を駆ける。第四次聖杯戦争の中でも、最速の敏捷性から繰り出された一撃は怪異の悉くを薙ぎ払っていく。その姿は獲物を狩る猛禽の爪のごとくに荒々しく、しかし白鳥の飛翔のように流麗だった。

 うねる蛸のような海魔の多脚を切り落とし、剥き出しの胴を突く。おびただしい血を吹き出し、鼓膜を汚す断末魔を上げて化け物は絶命する。それをもう何度繰り返したか分からない、『前回』と合わせるなら討ち取った数は百はとっくに超えていよう。現世に喚び出されて怪物退治をするなど予想もしていなかったとランサーは苦笑する。

 

 そうしてる間にも背後から迫った怪異、それを振り向きざまにゲイボウで両断する。未だに封印状態にある宝具では『回復阻害』の能力は発動しないが、それでも雑魚の相手なら十分であろう。魔力は溢れ出んばかりに滾り、沸騰せんばかりに全身を血液のように巡っている。何と純度の高い魔力だろうかと改めて驚嘆する。

 

 

「……やはり我が主は魔力の質が他の人間とは違うらしい」

 

 

 これは魔術師が鍛錬を重ねて至るものではなく、元から宿る才覚による部分が大きいはずだ。それがまるで神代の魔術師のごとき清さである。現代に生きる者たちがここまで透明な魔力を果たして有しているものだろうか。それに加えてケイネスの頃は切断されていた精神パスも滞りなく流れ、マスターの状態を感じ取りつつ戦える。何一つ懸念はないままに一本の槍として戦場を走れている。

 これこそが自分の求めていた戦いだと、ディルムッドはこの運命を与えてくれた存在に感謝した。

 

 

「Fixierung,EileSalve(狙え、一斉射撃)!」

 

 

 ラインを通じて伝わってきた感覚のままに、その場を離脱する。次の瞬間には魔術の一斉射撃が背後から放たれる。流れる詠唱は砲台、放たれるは彩りの弾丸、燃え盛る魔力を詰め込んだ宝石がキャスターの使い魔に着弾した。そして次の瞬間に海魔たちが爆発炎上するのを視界の端で見届けて、ランサーは己のマスターの隣に着地した。

 

 

「お見事です、主よ」

「ふふふ、もっと褒めてもいいんだよ?」

「素晴らしいお手並みでした、リーゼロッテ様。これほどの手練はこのディルムッドの生きた時代でもそう多くはないでしょう……恐らく」

「うん、分かってたけど神代って化け物揃いだね」

 

 

 そんなやり取りを交わす二人。

 庭園を埋め尽くしていた使い魔たちは、ものの数十秒足らずで討伐され尽くしてしまった。最速の槍にて怪異を近寄らせず、その後ろからサーヴァントにも通用する爆発的な火力を秘めた魔術を放つ。神代の騎士と宝石の魔術師、それぞれが前衛後衛を担当するのは当然としても、流れるような連携だった。

 化け物は焼却処理されて地獄の炎の中で力尽き、残りはキャスター本体だけだ。そしてこのタイミングでリーゼロッテは仕掛けていた結界を発動させる。

 

 

「ロック」

 

 

 動かなくなった海魔を閉じ込めるように、様々な効果を持った結界が展開される。それぞれが別の効果を持つ障壁が化け物の死体を隔離していく。全ての死骸に透明な壁が張られたのを確認してから、ディルムッドはキャスターへ向かって口を開いた。

 

 

「キャスター、敵地に単身で乗り込んでくる胆力はまず見事。しかし、この程度の戦力で我らの本拠に乗り込んで来るとは早計だったな」

「く、ひひっ、この程度とは聞き捨てなりませんな。我が盟友プレラーティの残した魔導書がそんな程度で打ち破れるはずもないでしょう」

 

 

 歯を剥き出しにして魔術師の英霊は笑う。

 そこに追い詰められた者が持つ気配はなく、どう相手を痛めつけようかと思案するような嗜虐的な表情さえ浮かべている。そこまで何故この男は余裕を持っているのか、その理由をディルムッドは嫌というほど知っている。

 

 

『ーーーー!!!』

 

 

 程なく鳴り響いたのは結界の悲鳴。まるで卵の殻を破るように障壁を破り、そこから新しい海魔が這い出してくる。目玉をギョロつかせ、醜悪な産声を上げる個体たち。死体を生け贄にして、キャスターがまた別の海魔を召喚したのだ。この能力があるからこそランサーはセイバーと二人がかりでもキャスターを仕留め切れなかった過去がある。

 その証拠として肉片を依り代に、流血を魔力に変換して生み出された海魔の数は初めの頃より多い。こいつらは倒せば倒すだけ数を増していくのだ。それを睨みつつディルムッドは苦々しい表情を浮かべる。

 

 

「……相変わらず醜悪なものだ。やはり貴様はこうして無限に使い魔を使役できるということなのだな、キャスター!」

「如何にもその通り。さあ、さあ、大人しく化け物に押し潰されて圧死してしまいなさい。これほど英雄にとって不名誉な死に様はありますまい?」

 

 

 世界が繰り返されても、この男の趣向は一ミリも変わらないらしい。すでに子供たちを虐殺しているであろう狂人へとランサーは鷹のように鋭い視線を浴びせていた。その一方でリーゼロッテはチラチラと辺りを見回している、まるで何かを確かめるように。

 二人の様子を眺めながらキャスターは薄い唇に爪を這わせて、愉快そうに笑っている。勝利を確信しているのだろう。ここにはもう一体のサーヴァントがいるというのに気の毒なことだとランサーは心の中で苦笑いする。リーゼロッテが合図をすれば、あの大男と少年マスターが屋敷の中からここに飛び出してくるだろう。

 

 

「そろそろ覚悟はできましたかな、名も知らぬ路傍の騎士とそのマスターよ。無理もない、聖杯はすでに私を選んでいるのです。祝福を勝ち取った我が歩みを止めることなど不可能、まずはそこなマスターをリュウノスケへの手土産にして……」

 

 

 その瞬間、キャスターとキャスターの全ての使い魔を結界が囲い込んだ。ガラスの板をはめ込むように、カチンカチンと次々と魔力で出来た城壁が積み上がっていく。それらを見上げて言葉を失ったキャスターへと、今度はリーゼロッテが微笑んだ。

 

 

「あー、なるほどね。生け贄に捧げるメカニズムはそういうことか、けっこう複雑みたいだねぇ。もし作成者本人が使っていたら私じゃ手も足も出なかったかも」

「……は?」

 

 

 そびえる壁は猛獣を閉じ込める檻のごとく堅牢。

 強固に硬められた物理障壁と緻密に組み上げられた魔術障壁が空間を分断していた。そんな結界が屋敷そのものを覆っている。閉じ込められた海魔は吸盤や牙を突き立てるがビクともしない。さっきまでとは強度が違うのだ。何が起こったというのかと唖然とするキャスターへと魔術師の少女はみせつけるように、庭の一角を指で指し示す。

 そこにはただ一体だけ、生け贄に使われなかった海魔が転がっていた。その死体にだけはキャスターの宝具の効果が届いていない。

 

 

「さっき私の結界を紙くずみたいに引き裂いてくれたけど、アレが何のためだったのか分からなかったみたいだねぇ。まともなキャスターなら見切っていただろうさ」

 

 

 簡単なことである。リーゼロッテは手持ちの結界のどれならキャスターの術式を妨害できるのかを試したのだ。まずはランサーに使い魔を倒されて、死体の周りに種類の違う結界を一斉に張り巡らせる。そしてキャスターに宝具を使用させることでその術式に対処できる結界を探し出す。ランサーから予め情報を得ていたからこそ可能だった戦術である。

 リーゼロッテは冷たい視線で腕を振り上げた。

 

 

「できればアーチャーの真名を調べ上げるまで君には暴れていて欲しかったんだけどね。私の工房を荒らしに来て、更に魔術の秘奥を犯す者には容赦しちゃいけない。ロード・エルメロイ流に言うならばーーー」

 

 

 掲げている腕には二画の令呪。

 一つは倉庫街での乱戦で使用してしまった。元々、最低でも一画は試しに使ってみる予定だったので惜しくはないが補充できるならありがたい。キャスターを討伐した者に渡される令呪は欲しい。

 それにわざと逃がしては、屋敷の窓からここを眺めているライダー陣営から不評を買ってしまう恐れがあった。ここで仕留めてしまえば同盟相手であるウェイバーも令呪を手に入れられるし、キャスターが享楽殺人者だと教えてしまった手前もあり、見逃すことはできなさそうだ。

 キャスターは拳を結界へと叩きつける。

 

 

「何だ、何だというのだ、これはァァァァァアアアッ!!!」

 

 

 ここまで面倒な結界は普段なら構築できない。

 よりにもよってキャスターがリーゼロッテの工房に攻め入ってきたから可能なのであって、本来ならここまで広範囲に宝具を妨害するような結界を展開など出来ない。庭園の隅々にまで埋め込まれた宝石の後押しがあるからこその芸当だった。だからこそこの好機を逃すべきではない。

 

 そしてもう一度言うが、リーゼロッテの得意とする工房の結界は外からの侵入へと備える『守護』ではなく、むしろ外敵を内部から逃さない『処刑用』である。ズルリと暗殺者の刃のように気配なく、結界の内側に伸ばされていくのは『隔絶』の起源を宿した刃。それらは研ぎ澄まされ、残酷なほどに鋭利な輝きに満ちていた。

 リーゼロッテは告げる。

 

 

「ーーーこれは決闘ではなく誅罰である」

 

 

 少女の細腕は振り下ろされる。

 次の瞬間には待機していた魔力の刃が、怪物たちの肉へと突き刺さった。ぶつ切りにするような軌道の魔刃、しかし上下左右から振り下ろされる斬撃に海魔たちが次々と断末魔を上げていく。グロテクスな紫色の血飛沫が飛び散り、内部には肉片が散乱していく。それでも活動を停止しない個体には斧のように変化した刃が叩きつけられた。リーゼロッテの持つもう一つの起源、『同調』は相手に合わせて刃の形状を変え、確実に対象を絶命させる。

 

 

 わずかに数秒後、異形の怪物は再び一掃されることになった。

 

 




以下は本編には関係のない後書きです、ご注意ください。

fate/grand orderというスマホゲームを始めてみました。不親切な面もありますが、スマホゲームもなかなか面白いものですね。
ちなみに初めて出会ったサーヴァントはブリタニアの女王ブーディカさん、強く優しいお姉さんは素敵ですね。彼女の短編を書いても楽しそうだなぁと思いつつ、最終再臨まで漕ぎ着けたり。

ではでは。

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