あなたが勝つって、信じていますから   作:o-fan

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グレンタウン

 グレンタウン。そこはカントー地方南西の火山島、グレン島の唯一の街。

 そびえ立つ火山を除けば、民家、グレンジム、ポケモン研究所、そして今では野生のポケモンが住み着いているポケモン研究所の廃墟、ポケモンやしきがあるのみの静かな街。

 レッドはギャラドスで上陸したあとさっそくグレンジムへと向かったが、ジムの受付の男性からカツラの不在を聞かされた。

「ん、ジムの挑戦者かい? すまないねえ。今休憩中で、カツラさんはポケモンやしきの方に行ってるよ。そうだ、休憩が終わるのももうすぐだし、カツラさんを呼びに言ってもらえないかい?」

「ええ。構いませんけど……。ポケモンやしきと言うのは?」

「昔、ポケモン研究所だった場所さ。事故で爆発があったとかで今は廃墟になっていて、野生のポケモンが住み着いてる。ほのおタイプのポケモンが出現するから、カツラさんもよくトレーニングに行っているんだ」

(ポケモン研究所の廃墟か……)

 その場所はかつては荘厳だった。豪邸と言ってもいい広さ、当時最先端の研究施設、そして新種のポケモンがいた場所。

 今は壁は崩れ地面に穴はあき、朽ち果てた研究器具と資料が散乱し、当時を知る人間も老いて人々の記憶からも風化しようとしている。

 そんな場所に、定期的に来る人物がいる。光るつるりとした頭と丸縁のサングラス、そして鼻と口の間から伸びる白い立派な髭。

 グレンジムリーダーカツラは、オレンジ色のたてがみをなびかせる大型の狛犬に似たポケモン、ウインディを伴って廃墟の奥に進んでいた。

(人の業、許される時は来るのだろうか、フジよ)

 カツラは廃墟の一室に入ると、ひび割れた机の上に転がっていた写真立てを手に取る。

(おや、まだこんな写真があったのか)

 ひび割れた写真立ての中の写真。若き日のカツラと、そして無二の友人フジ。肩を組んで朗らかに笑う二人、写真の中のシワの少ない顔とまだ豊かな頭部が、過ぎたった年月の深きを残酷に物語っている。

 カツラはグレン島にポケモン研究所ができる前から、この島に住んでいた。それは当時とても珍しく彼を変人扱いするものもいたが、カツラの生来の明るさとポケモントレーナーとしての造詣の深さが、この島にやってきた研究員たちとカツラの関係を深くした。

 その中でも特に気が合ったのが、親友フジ。フジはグレン島にやってきた研究員の中でも特に優れた科学者で、得意分野は遺伝子工学。ポケモンの出生、進化の秘密を題目とした研究においては随一の科学者だった。

 フジの活気あふれる研究意欲に、カツラも協力した。純粋な欲求だった。ポケモンのことをもっと知りたい。ポケモンはなぜ生まれたのか、どこから来たのか、そしてどこへ行くのか。彼らにとって生活のパートナーを理解するための、あくまでポジティブな感情に満ちた探求だった。

 そしてカツラとフジの二人は、南アメリカのギアナへポケモン研究の遠征に赴いた際に、世紀の発見に成功する。

 普通のポケモンとは明らかに違う、はっきりとした形の手足と尻尾、そして流線型のフォルム。薄い桃色の光沢ある肌。羽を持たずに滑るように空を自在に飛ぶポケモン。

 紆余曲折の末そのポケモンの捕獲に成功した二人は、研究所でその生体を調べ、このポケモンが非情に特異な遺伝子の特徴を持つポケモンだということを解明した。

 まるで全てのポケモンのコピー、まるで祖先。発見されていたあらゆるポケモンの遺伝子配列データを持つこのポケモンを、フジは自然界では到底ありえない個体として突然変異体(ミュータント)、ミュウと名づけた。

 カツラを含めたあらゆるグレン島の研究者がこのポケモンに熱中した。あらゆる技を覚え、しかも高水準でこなすことができる。火を吐き氷を作り植物を生み出すポケモンなど、夢を見ているようだった。

 時が経つとある日、ミュウは子供を生んでいた。元々妊娠していたのかどころか、オスかメスかもわからなかった研究員達にとっては、意図せず大量の黄金を掘り当てた炭鉱夫よりも幸福だったに違いない。

 ミュウの子。名付けられた名はミュウツー。

 しかし、過ぎた幸運は諸刃であることを、彼らは身を持って思い知ることになる。

 ある日ミュウの子の処遇を聞いたカツラは、フジに激昂した。

「あの子の遺伝子を操作する!? 正気かフジ!!」

「正気さカツラ。あのミュウの子だぞ。我々が今まで培ってきた遺伝子研究を活かす時が来たのだ! 俺たち皆の力を合わせれば、誰も見たことがない最高のポケモンを作り出すことができる!」

「馬鹿を言うな! ミュウツーは命あるポケモンだぞ!? その遺伝子を身勝手にわれらが操作するなど……!」

「カツラ。俺達は誓ったはずだ。ポケモンの全ての謎を解き明かす。この機会を逃してどうする!? ポケモンの出産、次代への継承! 遺伝子の変遷! その全ての謎の答えの扉がミュウツーだ! カツラとてわかっているはずだ。ミュウは二度、三度として捕まえられるようなポケモンではない。我ら研究者がこの機を逃してどうする!? それとも、今更生命への冒涜だとでも抜かすきか? お前だってポケモンに使う薬の臨床試験がいかにして行われているか、知らないはずがあるまい! それと違うとでも言う気か……!」

「……それは……!」

「とまるなカツラ。俺達はどこまでも進むんだ。ポケモンの謎を解き明かすために……!」

 カツラは己に沸き起こった道徳観念を胸の奥にしまい込み、無視した。

(……フジの、言うとおりかもしれない。我らの研究は、全てのポケモン研究者たちにとっての悲願だ。もしミュウの秘密が解き明かせれば、ポケモン研究は10年、いや100年進むと言っても過言ではない)

 ミュウツーは日に日に成長していった。

「すごい……! ミュウツーのサイコキネシスはフーディンの10倍の数値を記録しています!」

「ミュウ程多くの技は覚えられないけど、自己再生能力も耐久性も他のポケモンと段違いだ。ミュウツーに勝てるポケモン等存在しない!」

 フジを含めた研究者たちが口々に己らの功績を褒め称え合う。ミュウツーのあるゆるポテンシャルをテストし、実験が終わればすぐに冬眠状態に入るミュウツー。

 カツラは、専用の貯水槽の中で眠るミュウツーの姿を見る。親のミュウとはかけ離れていた。

(……これでいいのだ。ポケモンの持つ可能性。その解明は確実に成果が出始めている。ポケモンの謎を解き明かす事ができれば、お前も自由になるだろう。それまで、付き合ってくれ)

 しかし、ミュウツーの成長はある日を境に下り坂に入った。あらゆる能力の数値が下降していき、ミュウツーの姿も日に日にやせ細っていく。

 しかし逆に、貯水槽にいるミュウツーへの実験は熾烈を極めた。

「なんだこの数値は、もっと投薬を増やせ!」

「やめろフジ! これ以上投薬すればミュウツーが死んでしまうぞ! あんなに苦しんでいるのにわからないのか!!」

「何を言っているカツラ! 計器の数値はまだ充分に余裕がある! かまわん! 投薬を増やせ!!」

 そうフジが言った時、貯水槽がバラバラに砕け散った。ミュウツーが雄叫びを上げながらあらゆるエスパー能力を発現させ、壁をずたずたに引き裂いていく。

「!? 鎮静剤を!! 早く!」

 鎮静剤を打たれたミュウツーは、すぐに眠りについた。

 それからミュウツーの力は飛躍的に上がった。しかし、制御が効かない。あらゆる実験器具と拘束具が破壊され、研究員にも負傷者が出る始末。

 フジとカツラは研究者ではなく、いつの間にか暴れる囚人を押さえつける看守になっていた。

「……どうすれば、どうすればいい! あんなポケモン制御できるわけがない! あれが世に出てしまえば、大変なことになる! 我らは……怪物を創りだしてしまった……」

「フジ……」

 そしてその日は、程なく訪れた。

「ミュウツーのサイコキネシス! 止まりません!」

「鎮静剤の投与を増やせ!! ありったけの鎮静剤を……!!」

「もうやってます!! ああ!」

 何重にも付けられたミュウツーの拘束具にひびが広がっていく。極めつけは、研究所の壁に風穴を開けて侵入してきたミュウだった。

 ミュウがサイコキネシスで、ミュウツーの拘束具を破壊していく。

「ミュウがなんでここに!! 別棟で隔離していたはずだ!!」

 カツラは、ようやく悟った。

「……子供を、救いに来たのだろう。俺達はここまでだフジ。全員研究所から避難しろ! サイコキネシスに巻き込まれるぞ! ウインディ!」

 カツラがウインディを出して、近くにいた研究者達を乗せていく。

「やめろカツラ! 俺達は、俺達は……!!」

「見ろ、フジ。私達は、間違っていたのだ……」

 嵐吹き荒れる中、ミュウとミュウツーが互いへ手を伸ばしていた。ミュウツーの瞳には、雫が溢れている。

「駆けろ! ウインディ!」

 カツラ達が研究所から脱出したのと同時に、研究所から天へ光の筋がのび、瓦礫と化した研究所と共に天へのぼっていく。

 光の中では、ミュウとミュウツーが笑顔で手を合わせている。

 その光景を、フジとカツラは様々な感情とともに見上げていた。

 フジは地面へと跪き、くぐもった声で涙を地面に落とす。

「カツラ……俺は……俺は…………!」

「フジ……」

 ミュウとミュウツーの研究は頓挫した。一部の研究員はグレン島でなおもポケモン研究を続けたが、カツラはポケモントレーナーとしての道を歩み、フジは何処かへと姿を消した。

 

「あの、すいません」

「!?」

 カツラが写真を眺めていた時に、ドアを無くした入り口からひょっこりと顔を出す一人の少年。レッドだった。

「ジムリーダーのカツラさん……ですよね。あのジムの方に頼まれて迎いに来たんですけど……」

「おお、すまんな!」

 カツラは明るくひょうきんな声を出しながら、写真を机に置き直す。

「おや、君は……レッド君かな?」

「え!?」

「他のジムリーダーの面々から噂は聞いておるよ! 随分と熱いポケモントレーナーがいるとな! いかにもわしが炎のジムリーダーカツラ! わざわざ迎えに来てもらってありがとう!」

「いえ。こちらこそ……あれ、その写真は?」

「ん……ああ……古い写真だよ」

 レッドが部屋に入り、机の上の写真に近づいていく。遠目にだが、レッドはその写真の人物に見覚えがある気がした。

 カツラは一瞬、その写真を胸にしまおうかと思ったがやめた。自分が犯した罪を、隠すような気がして。

「……これは、カツラさん? す、すいません!」

「はっはっ! 昔はふさふさだったんだがのう!」

 カツラは気にした様子もなくからりと笑う。しかし、レッドはカツラと肩を組んで笑顔でいる隣の人物の方が気になった。

「あれ、これってまさか……フジ老人? 似てるけど……」

「な!?」

 幾年も出してなかったカツラの驚きの声。カツラはあんぐりと口を空けたあと、レッドへ思わず詰め寄る。

「レ、レッド君!? フジを知っておるのかね!?」

「え! ええ。シオンタウンでお世話になった方です。今はシオンタウンでポケモンの保護活動を行ってて……」

「……!!」

(あの、フジが……、……ポケモンの保護活動……)

「そうか……おっと、すまんな! わしとしたことが取り乱してしまった」

「フジ老人とは、仲がよかったんですね」

 レッドが写真を見ながら言う。

「ああ。共にポケモンの研究に明け暮れていた仲じゃ。そうか、フジも元気にやってるようで何よりじゃ」

「ここの研究所ってことは……カツラさんも、ミュウの研究を?」

「!? レッド君! どこでそれを!?」

「え!? ここの地下に入っていったら、研究資料の一部が残ってて……」

「むむ……そうか、地下か……あそこは人が寄り付かんから、すっかり忘れておったな! うむ。それを見てしまったなら色々と気になるじゃろう。ジム戦の前に少し昔話をしようか」

 よっこいしょと、カツラは瓦礫の上へと座る。その瞳はサングラスに隠れてうかがい知れない。

「かつてフジと私は、共にポケモンの研究をここでしていた。まだオーキド博士が一大発表をする前、ポケモン図鑑のずの字もない時代だ。わしとフジはポケモンが大好きでな。そりゃあもう没頭した!」

 カツラの声は明るい。レッドも貴重な話を聞いている事を自覚して、テンションが高まる。

「研究を続けるある日、わしとフジはとある新種のポケモン、レッド君が見つけた資料にも書かれているミュウを発見した。とてもめずらしい特徴と、神秘的な魅力を持ったポケモンだった……」

 カツラは一旦そこで言葉を止め、レッドへ問う。

「時にレッド君。君はポケモンと接するときに一番気をつけていることはなにかな?」

「気をつけていること……友達になりたいっていう、想いですね。こちらから心を開いて、相手を理解したい。そうだ」

 レッドは気づいたようにモンスターボールを放り、ガラガラを出現させる。

「この子も、元々はフジ老人が保護していた子なんです。親をなくしたショックで塞ぎこんでいて、俺はこの子の力になりたかった。一緒に旅を続けてきた今では心を開いてくれて、大切な相棒になりました」

 レッドがガラガラへ軽く拳を突き出すと、ガラガラも鳴き声を上げて拳を突き合わせて応じる。

(親をなくしたショック……)

 カツラの脳裏に浮かぶ2つの映像。拘束具につつまれたポケモン、そして、親子の再会を見て地面に突っ伏した友人。

「そうか……フジが親をなくしたポケモンを……」

「ええ。フジ老人には、ポケモンと接する人として、大事な事を学びました」

 レッドはガラガラを撫でながら笑顔で言う。

 それ見たカツラの心に、今まで感じたことのない感情が沸き上がっている。

『今更生命への冒涜だとでも抜かす気か?』

(……フジ………………)

「カツラさん?」

「お!? はっはっ! いやすまん! まだまだぼける年齢ではないと思っていたがいやはや……。話の続きだったな、ミュウのこと」

「はい!」

 レッドが目をきらめかせながら頷く。

「ミュウは凄かった! なんとあらゆる技を覚えたのだ! 火をはき水を出し岩も草も出現させる! おまけにメタモンのように変身だってできてしまう!」

「おお……!!」

「あらゆるポケモンの常識を覆したポケモンだった。しかし、強い力と押せばでる新たな知識に……わし達研究員は大事な事を忘れてしまっていた」

「大事なこと……?」

「さて、レッド君、これはクイズとしておこう。わし達がミュウを研究する上で、忘れてしまっていたことはなにか……、解答はジム戦の後に聞こうかの!」

 カツラがウインディに跨がり、「先に行っておるぞー!」と叫びながらジムへと駆けていく。レッドも慌ててピジョットを出して脚に捕まり、カツラとウインディを追いかけていった。

 

 グレンジム。そこは炎タイプのエキスパートが集うクイズの館。

「しねしねこうせん……? えっと"いいえ"で」

 レッドが恐る恐るドアの電子ロックに表示されたクイズに答える。

 すると、ピンポーンと小気味良い音がなった後、ジムの最奥にあるバトルスペースが姿を表した。

 奥に待つは、炎のジムリーダー。

(さてと!)

 カツラは大きく息を吸い込む。そして、

「うおおーす! 待っていたぞレッド君! 火傷治しの準備はいいかあ!! 熱い戦いにするぞ!」

 カツラの気合のはった宣誓に、レッドも気を引き締め、そして笑顔で応えた。

「はい! 全力で行きます!」

「炎を司るジムリーダー、カツラ!」

「マサラタウンのレッド!」

『バトル開始い!』

「行け! ギャラドス!」

「行け! ギャロップ!」

「バブルこうせん!」 

「ほのおのうず!」

 ギャラドスのバブルこうせんをギャロップがなんとかほのおのうずで防ごうとするが、やはりタイプ相性の差は大きかった。

「むむ! これはまずい! ギャロップ!」

「ヒヒーン!!」

 炎が水をかぶれば蒸気が生まれる。ギャロップは自身の体から溢れる炎をバブルこうせんに放射して、蒸気の目眩ましを作った。

「しまった!」

 レッドは失策を悟る。あたりが蒸気に覆われ一時でも姿を見失えば、ポケモンの中でも随一の脚を持つギャロップを捉えるのは非情に困難。

「ギャロップ、ふみつけ!」

「ギャラ!?」

 ギャロップは蒸気の中バブルこうせんを迂回して駆けて飛び上がり、ギャラドスの頭を正確に踏み抜く。

「ギャラドス、かみつく!」

 ギャラドスがすぐさまギャロップに牙を剥くが、その時にはギャロップは蒸気の中へ消えている。

「今はがまんだ! ギャラドス」

「もう一度だギャロップ! ふみつけ!」

 ギャラドスは長いからだを縮めて急所を覆い、ギャロップのふみつけに耐える。

(ふむ、蒸気が晴れるのを待っているのか。だが、そうはいかない。その前に勝負を決めさせてもらおう!)

「ギャロップ! つのドリル!」

 動かないギャラドスに対し、ギャロップは大技に入る。

(それを待っていたんだ!)

「ギャラドス! がまんを解放しろ!」

「なに!?」

 雄叫びを上げ尻尾をギャロップ目掛けて旋回させるギャラドス。がまんによって蓄積されたパワーは、角を構えて突進体勢に入っていたギャロップを横殴りにして吹き飛ばした。

『ギャロップ! 戦闘不能!』

「これは一本取られた! 戻れギャロップ。行け! キュウコン! あやしいひかり!」

 キュウコンが出始めと共に放ったあやしいひかりはギャラドスに命中し、ギャラドスは敵のいない場所を尻尾で意味なく叩き始める。

「混乱してしまった……!?」

「ここは力押しだキュウコン! はかいこうせん!」

 キュウコンの口から高圧縮されたエネルギー波に、さしものギャラドスも耐えられなかった。

『ギャラドス! 戦闘不能!』

「なんて威力だ……! でも決して俺達は怖気づいたりしない! 行け! ラッタ!」

「ほう……! キュウコンは並大抵の攻撃では潰れないぞ! ラッタでどう戦う!?」

(キュウコンは技の反動で動きが鈍っている。仕留めるなら今!)

「ラッタにはラッタの戦い方がある。行け、いかりのまえば!」

「むお!?」

 ラッタがキュウコンの体のつぼを正確に攻撃する。痛みを感じずにはいれないつぼを強烈な前歯で挟み込み、どんなポケモンの体力も半減させてしまうラッタの特有技。

「くっ! かえんほうしゃ!」

「ラッタ! ひっさつまえば!」

 ラッタは火炎の中を猛進し、キュウコンの体を正確に攻撃して通過する。そして、

「でんこうせっか!」

 即座に反転して背中に一撃を加えた。

『キュウコン! 戦闘不能!』

「見事な連携だ! 一朝一夕のものではないな?」

「ラッタも大事な相棒ですから。よくやったなラッタ、戻れ。そして! 行け! ガラガラ!」

(相棒か……)

 付き合い方が違えば、あの二匹ともそんな関係になれたのだろうか。

「……行くぞレッド君! わしの最後のポケモン! ウインディ!」

 カツラの相棒ウインディ。その速力はギャロップに勝るとも劣らない。

「行くぞ! 突進!」

「ホネこんぼう……はっはやい!?」

 レッドもガラガラも、ウインディの速力に驚いた。即座に眼前に迫ったウインディの突進を、ガラガラはなんとかホネこんぼうでガードする。

「くっ距離をとれ、ガラガラ!」

「甘い! 大文字!」

 距離を取ると今度はウインディの口から極大の炎が噴出する。当たれば体力が満タンだろうとひとたまりもない。

(とった!)

 カツラは確信した。レッドは状況に反応しきれていない。しかし、

「あなをほる!……と、ナイスだガラガラ!」

「な、なんと!」

 レッドの技の叫びより数コンマ早く、ガラガラはあなをほるを実行して大文字を避けた。

(決してレッド君が後付で叫んだのではない。レッド君とガラガラの考えがシンクロしていた! まだほんの少年に、こんな事ができるのか……!)

「だがレッド君! ウインディは鼻が利くぞ!」

 ウインディはガラガラが出てきた瞬間に大文字の餌食とする気だ。

「それはどうかな……!」

(ほう……! いい顔をするではないか!)

 ウインディがガラガラを仕留める確率はもう極めて高い。しかし、カツラは決して闘志の衰えないレッドの顔を見て、期待した。

 そして、フィールドの一部の場所の土が盛り上がり、そこから影が飛び上がる!

「大文字!!」

 大文字は飛び出した影を正確に捉えた! が……。

「あれはホネこんぼう!? しまっ……」

 ウインディの顎が突如として上空に跳ね上がり、ウインディがひっくり返ると同時に素手のガラガラがフィールドに着地した。

『ウインディ、戦闘不能! 勝者、挑戦者レッド!』

 

「やったぞ! よくやったな! ガラガラ! おわっ!?」

 ガラガラがレッドに向けて駈け出して飛びつき、レッドはそのまま押し倒される。しかしすぐに聞こえてくるレッドの笑い声。

「お見事だレッド君。ガラガラのあの動きも、偶然ではなさそうだな」

 レッドがガラガラをあやしながら答えた。

「ほのおタイプの技を駆使してくる相手なら、やっぱり地面技は必要になるって考えてたんです。だけどあなをほるだと、潜った後に待ち伏せされやすいから、なんとか注意をひく方法ないかって、ガラガラと一緒に編み出したんです! うまく行って良かった……! はははっ!」

 ガラガラとレッドが共に掴んだ勝利で喜び合う。

 人とポケモンが抱き合い、最高の信頼関係を築いている姿。

 カツラはかつての自分たちを幻視する。

 カツラ、フジ、ミュウ、ミュウツー。もし、自分たちが付き合い方を間違えなかったら……。

(抱き合い、笑い合うことも、できたのかな……。ポケモンと人との絆を、忘れさえしなければ……)

「おっと、ガラガラ!?」

 すると、ガラガラはレッドから離れ、カツラの元へてくてくと歩いて行く。

「むっどうしたのかね?」

 ガラガラは手を差し出す。カツラは驚いた。ポケモンが、互いの健闘をたたえ合って、手を差し伸ばすとは。

「あっ! すいません! ガラガラには相手に敬意を示すようにって教えてたんですけど、教えてた俺が先をこされちゃだめですね。勝負ありがとうございました」

「……ふふ、うむ! 忘れなければ大丈夫さ。こちらこそ素晴らしい戦いをありがとう。レッド君、そして、ガラガラ」

 カツラがガラガラの小さな手を取り握手する。

(このガラガラは元々、フジが……。人は、変われるんじゃな。いやはや、わしも負けてられんな!)

「さあ、レッド君、これぞクリムゾンバッジじゃ。受け取ってくれ」

「はい! ありがとうございます! あっそうだカツラさん、その、すいません、クイズの答えなんですけど、実はどうしてもわからなくて……カツラさんやフジ老人が忘れていたことって……?」

「安心しなさい。レッド君は答えをちゃんと知ってるよ。ここにね」

 カツラはレッドの心臓の位置を拳で軽く叩く。そして、レッドに喝采した。

「さあレッド君、残るジムは一つ、バッジ8つを集めたその先に待つ事はなにかな?」

「……セキエイ高原、ポケモンリーグです!」

「大正解! もう目と鼻の先だ! 行ってらっしゃい! 炎のトレーナー!」

「はい!」

 レッドはまた元気に旅立っていく。

「……さて、古い友人に会ってくるとするかな!」

 カツラもまた、晴れやかな想いを手にして。


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