あなたが勝つって、信じていますから   作:o-fan

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シオンタウン

 シオンタウン。そこはイワヤマトンネルを抜けた先にひっそりと軒を連ねる小さな町。

 目を引くのはカントー地方全体を見ても一二を争うであろう高さを誇る、ポケモンタワー。

(タケシさんと特訓したり、カスミを自転車の後ろに乗せて遠乗りに行ったりで、妙に時間がかかってしまった)

 イワヤマトンネルを悪戦苦闘の末に突破したレッドは、自転車を降りてこの小さな町が放つ異様な雰囲気に戸惑っていた。

(なんだか、寂しげなところだな……。とりあえず、今日はこの街で一泊しよう)

「おや、旅の方かい」

「!?」

 静かな町で不意に穏やかな声で話しかけられたために、レッドは珍しく体をびくつかせた。

 しかし見れば、話しかけてきたのはこれまた声と同じく穏やかそうな御老人。レッドは向き直り、

「はい、マサラタウンから来たレッドと言います」

「おや、マサラ……つい先日もマサラタウンからポケモントレーナーがこの町に訪れたよ」

「え」

 マサラタウンのポケモントレーナー。レッドの頭に浮かぶのは一人しかいない。

「その様子だと、君のお知り合いかな」

「ええ多分。そのポケモントレーナーの名前って……?」

「すまんねえ。その子は名乗らずにさっさと町を出て行ってしまったんだ。お礼を言いたかったんじゃが……」

「その子って俺と同じぐらいの年頃で、茶髪でツンツンとした髪の子ではありませんでしたか?」

「おおそうじゃ。その子の名前を教えてくれんか?」

「……グリーンです。オーキド博士の孫の……」

 レッドは努めて落ち着いて言った。レッドの心には、まだグリーンへの複雑な感情が残っている。

「おお、あれがユキナリの……。長く生きていると、不思議な事もあるもんじゃ……」

「さっきお礼と言ってましたが、グリーンが何か?」

「ふむ、そうじゃな。立ち話もなんじゃし、わしのポケモンハウスに案内しよう」

 ポケモンハウスとは、外から見れば一般的な住宅と変わらない。しかし中は、ポケモンたちが窮屈を感じずに動けるよう広く改造されている。

 家の中央ではニドリーノとコダックがのんびりと昼寝している。レッドは老人に案内されて椅子に腰掛けた。

「わしはフジという。町の皆にはフジ老人と呼ばれているから、そう呼んでもらっても構わんよ」

「はい。ここのポケモン達は……」

「このポケモンハウスでは、捨てられたり傷ついたポケモン達の保護を行っているんじゃ。保護したポケモンの里親になってくれる者も探しておる」

「そうなんですか……」

 ニドリーノとコダックが眼をこすりながら起き、レッドが物珍しいのか興味深そうに近づいてくる。

 レッドは微笑んでモンスターボールを取り出し、

「遊んでおいで、フシギソウ、ラッタ」

 レッドが出した二匹のポケモンがニドリーノとコダックに近づき、友好的に鳴き声を出す。ニドリーノとコダックもそれに答え、4匹でじゃれあいながら家の中を駆けていく。

「話の続きじゃったな。レッド君は、ポケモンタワーには行ってみたかな?」

「いいえまだ。ポケモンタワーとは一体どういうところなんです?」

「ポケモンタワー、あれはポケモンたちのお墓じゃ。死んだポケモンたちを埋葬し、安らかな眠りにつかせる場所なのじゃ」

 レッドが家の窓からポケモンタワーを眺める。

「そうなんですか……。それで、グリーンは」

「事の始まりは、あのポケモンタワーをロケット団が占拠したことから始まる」

「ロケット団……! でも、ポケモンのお墓を占拠って……?」

「狙いはわしじゃった。昔わしはポケモンの研究に携わっていてな。ロケット団はわしの知恵を必要としていたのじゃ。しかし愚かにもわしがそれに気づいたのは、占拠をやめるよう単身乗り込み、奴らに捕らえられた後じゃった……」

 遊んでいたニドリーノとコダックが、部屋の隅に置かれていたぬいぐるみに近づく。いや、ぬいぐるみではなかった。

 部屋に入ってからぴくりとも動かなかったため、レッドは勘違いをしていた。

 茶色い小さな体に、頭に被ったポケモンの頭部の骨、そして手に持つホネこんぼう。

 そのポケモンはニドリーノに小突かれて遊びに誘われていたが、悲しげに声を出すだけだった。

「カラァ……」

「あのポケモンは……?」

「ポケモンタワーには野生のポケモンが住み着いていてな。その内の一匹のカラカラじゃ」

 カラカラはニドリーノに応えない。しばらくすると、また部屋の隅で背を向けて動かなくなった。

「……あのカラカラの親のガラガラは、ロケット団がシオンタワーを占拠した時に、奴らに殺さたんじゃ」

「!」

「わしはそれを見ていることしかできず、挙句の果てに捕らわれて奴らに連れて行かれるのも時間の問題じゃった。しかしそこで助けてくれたのが、マサラタウンから来た少年、グリーン君じゃった」

「あのグリーンが……」

 グリーンとはトキワシティで戦って以来会っていない。ポケモントレーナーとして旅は続けているだろうと思っていたが、まさかこんな人助けをしているとは……。

(……いやグリーンだって、目の前でこんな事が起きればロケット団を許せないだろう。けど、やっぱり驚いたな……)

「わしはロケット団が拠点を作っていたシオンタワーの最上階で捕らえられていた。グリーン君がやってきたのは、大勢いたロケット団が野生のポケモンを痛めつけていた時じゃ……」

 

 数日前のシオンタワー最上階。そこでは多くのロケット団員が、縛り上げられたフジ老人をにやついた目で見下していた。

「まったく手間取らせやがって。あんまりにも来るのが遅いから、この辺のポケモンを暇つぶしに狩り尽くしちまったぜ」

 回りにはシオンタワーに住んでいたであろう多くのポケモン達が倒れている。

「経験値をかせぐならここまで痛めつける必要はなかろう! 野生のポケモンといえども殺していいはずはあるまい!」

「俺たちロケット団は悪事を働いてなんぼ。人だろうがポケモンだろうが、ロケット団の行動一つ一つに全ては恐れおののくさ」

 倒れ伏しているガラガラに、その子であろうカラカラが泣きついている。

「こんなふうにな!!」

 ロケット団が手持ちのポケモンをけしかけ、泣きじゃくるカラカラに迫る。

「やめるんじゃ!!」

 その攻撃はカラカラに届かなかった。ガラガラが最後の力を振り絞って立ち上がり、カラカラを庇ったのだ。

 庇ったガラガラは壁にたたきつけられ、今度こそ完全に動かなくなった。

「なんてことを……!」

「はっは! よかったじゃないか死んだのが墓場で。埋葬にも時間を取らないぜ」

「そうだな。ここには墓石もたくさんあるし、新しく人が埋葬されたって構いやしないよな」

「!?」

 聞きなれない少年の声、ロケット団員達は一斉に階段の入り口に振り返る。

「おい、小僧てめえはなんだ。下にいた奴らは……」

「少し小突いたらすぐに裸足で逃げ出してったぜ。ったく、野生のポケモンより根性がねえとは、呆れてものも言えねえぜ」

 尖った茶髪、紫色のTシャツに黒のズボンというスマートな出で立ちに、圧倒的な敵意がこもったギラついた瞳。

 言いながらその手に握っていたモンスターボールを放り、相方を君臨させる。

 現れたのは、古に伝わるドラゴンそのものの容姿を誇るオレンジ色の炎の龍。

「リ、リザードンだと!? こんなガキが!?」

「グルルルル……!」

 リザードンにグリーンの怒りが伝染している。

 それでもグリーンはニヒルに笑い、ロケット団を指で招く。

「こいよ、遊んでやる」

「っ!? ガキが! 野郎ども!!」

「おうっ!」

 ロケット団はルール無用だった。全ての団員がポケモンを出現させ、一斉にリザードンへ襲いかかる、

「いかん! これはいくらなんでも、逃げるんじゃ!!」

 フジ老人の言葉はもっともだった。しかし、

「リザードン。かえんほうしゃ」

 グリーンの心境に変化はない。リザードンが炎の意思を代弁する。

 ロケット団のポケモンは一匹残らず火炎放射に吹き飛ばされ、ロケット団員達は唖然とした表情で手元に戻すしかなかった。

「くっくそ、こうなったら……!!」

「ありがとなストライク」

「なっ!?」

 いつの間にかフジ老人の後ろに回っていたグリーンのストライクが、フジ老人の縄を切り、そのまま老人を足で抱えてグリーンの元へ運んでいた。

「さてと、こうなったら確かに、このまま俺のリザードンに焼かれるか、下で待ち構えてるジュンサー達に捕まるかの二択かな。さてどうすんだ?」

「そっ……そんな……」

 ロケット団員達は一人残らず膝をつき、完全に戦意喪失していた。グリーンは一息つく。

「あんたがフジ老人だよな?」

「あっああ。君は?」

「町の人に頼まれてな。ゴーストポケモンも手持ちに欲しかったから、そのついでだ」

 グリーンにとってはあくまで手持ちを強化するついでだったらしい。

「ったく、このポケモン達に死なれちゃさすがに目覚めが悪いな。おいあんたら」

 グリーンがロケット団員達を睨みつける。

「ひっ!?」

「言わなきゃわかんねえか?」

 倒れているポケモン達を回復させろということだろう。

「わ、わかった……」

 ロケット団員達が回復アイテムを取り出し、野生のポケモン達にほどこしていく。程なくジュンサー達がやってきたが、ロケット団のやっていることを認め、ポケモン達の回復を手伝っていった。

 それを見ていたグリーンは倒れたまま動かなくなったガラガラに近づいていく。

「……」

 グリーンはポケットからげんきのかたまりを取り出したが、やめた。既に無駄であると気づいてしまった。

 その傍らには泣きじゃくって鳴き声をあげるカラカラが立ち尽くしている。

「悪いなフジ老人。このカラカラ頼む」

「あっああ。しかし君は……」

「俺もまだまだだ。あんな連中に手間取らなければ、こんな事には……マサラタウンのポケモントレーナーが聞いて呆れるぜ」

 グリーンはリザードンを戻しガラガラを抱えあげ、階段へ歩いていく。

「ま、待ってくれ。君のおかげで本当に助かった。礼を言う。君が来てくれなければ、もっと酷い事態になっていたよ」

「さあな。フジ老人、カラカラに後で伝えてくれ。世の中には辛いことがあってその度に泣くようなやつでも、何度も立ち向かって勝利を目指してくる奴がいる。自分を最強だと思ってた俺はそんな奴がいるとは気付かず、冷水を浴びせられた。情けねえ話だがな」

 グリーンは立ち止まる。

「つまりだ。辛くて認められないことがあっても、絶対立ち直れる。他人に助けられたっていい。色んな物に助けられたっていい。絶対立ち直るんだ。そうすれば前を向いて、また歩いていける」

 グリーンは腰のモンスターボールを見る。彼もまた旅を通して感じることがあったのだろうか。

「カラカラが立ち直ってるかどうか、また会いに来るぜ。バイビー」

 そうしてグリーンはガラガラを埋葬して去っていった。彼に依頼した町の住人のお礼も受け取らず、疾風のように。

 

 聞き終えたレッドは、呆然として動けなかった。

 ロケット団の横暴もそうだが、なによりグリーンの行動と強さに驚嘆した。

 レッドも認めざるをえない。グリーンに一度勝利したとはいえ、グリーンはまだまだレッドの先を行っている。

「さすが、グリーンですね……。彼は昔からなんでもうまくこなしたけど、そこまでとは……」

「うむ。わしも長年ポケモントレーナーを見てきたが、あそこまで圧倒的な強さを見せつけられたの初めてじゃった。それにポケモンへの優しさも……」

「……」

 レッドはそれを聞いて無言で考えた後、立ち上がって壁の隅のカラカラへ近づいていく。

「レッド君?」

 グリーンはガラガラを埋葬し、カラカラの回復を願った。

 自分もなにかしたい。ポケモンを愛するものとして、心に深い傷を負ってしまったカラカラに。

「カラカラ、俺はレッド。フシギソウ達と一緒に旅をしてるんだ」

 背を向けるカラカラに話しかける。言葉は通じていないだろうが、カラカラはすこしばかりレッドに振り返る。

「親を失った悲しみは、俺には想像もできないほどだ……立ち上がって元気を出せなんて言えるわけもない」

 レッドはカラカラに手を差し伸べる。この旅でレッドは、多くの人から優しさと暖かさを貰って来た。今、自分からカラカラに伝えたい。

「カラカラ、悲しみを乗り越えるのは自分のペースでいい。ゆっくりと自分の心を癒やす方法を探していこう。俺も、君の力になるよ」

 レッドの手はカラカラの背に触れないで中空で止まっている。

 カラカラはレッドを見たまま、動かない。潤んだ瞳は何を思っているのだろう。

 レッドは辛抱強く待った。カラカラが今回手を取らなくても、カラカラの助けになれるまで、この町を離れない。そう心に決めていた。

(カラカラ……)

 カラカラが背負っている悲しみを想うと、レッドの瞳に涙が溜め込まれていく。

 それを見たカラカラは……。

「あっ……!?」

「おおう……!?」

 カラカラの手がゆっくりと伸び、レッドの手のひらの上に置かれる。フジ老人も驚いて声を上げた。

 レッドはその手を優しく、しっかりと握った。

「カラカラ……?」

 カラカラが立ち上がると、レッドの手を引いて歩いて行く。

「どこかに行きたいのかい?」

「ああ、カラカラは、多分……」

 フジ老人は察していた。カラカラが行きたいのはおそらく……。

 シオンタワー。その墓石が立ち並ぶなかで、カラカラに手を引かれたレッドもどこに連れて行かれるか察した。

 ポツンと立つ墓石の一つに多くの献花が手向けられている。つい先日起こった悲劇で犠牲になった、一匹のポケモンに対して。

「カラァ……」

 カラカラがその墓の前で止まる。目には涙があふれ、寂しげな鳴き声が響く。

(カラカラ……)

「レッド君、これを」

「あっ」

 レッドはフジ老人から献花用の花を託される。

「……カラカラ、祈ろう。ガラガラの安らかな眠りを……」

 レッドはカラカラと合わせた手の間に花を差し込み、共に墓へ供える。

 ゆっくりとカラカラの手を離すと、カラカラは上を向いて、叫んだ。

「……カラー! カラー! カラー! カラー! カラー!……」

 母へ捧げる雄叫びが、いつまでもシオンタワーに木霊する。あの日、カラカラが母を失った時から続く悲しみを受け止めるための、最初の一歩だった。

 

 レッドは程なく、旅立ちの時を迎えた。カラカラはもう、一人でちゃんと立っている。

「色々ありがとうございました。フジ老人」

「礼を言わなければならないのはこちらじゃよ。元気でな」

「はい、カラカラ、また会いに来るよ」

 レッドは体勢を低くしてカラカラに視線を合わせ、頭骨をかぶる頭をなでた。

 しかしカラカラはその撫でる手を無視し、レッドの服の裾を掴んで離さない。

「カラカラ?」

「……連れて行ってくだされ。カラカラはあなたについて行きたいようじゃ」

「えっ!? そうなのか、カラカラ……?」

「カラァ……」

 その瞳が、レッドを真っ直ぐに見つめる。

「グリーン君が来た時にはわしから言っておこう。信頼できるトレーナーに託したとな」

「……わかりました。それじゃあフジ老人、お元気で」

「レッド君とカラカラも息災でな。カラカラに広い世界を見せてやってくれ」

「はい。行こうか、カラカラ」

「カラ……!」

 カラカラの手を引いていく。今度は共に旅を歩む仲間として。

 そしてレッドはカラカラへの優しさと、今もなお先を行くライバルを想い、前を向いて一歩一歩新たな冒険へと足を踏みしめていった。


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