あなたが勝つって、信じていますから   作:o-fan

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トキワシティ

 レッドとエリカ、二人手をつなぎながらレッドの家へと戻るとレッドの母親が二人を茶化す。

 エリカは少しいたたまれない気分になりながらも、レッドが手を離さず嬉しげな表情を向けてくるがためにまんざらでもなくなり、結局レッドの自宅でご飯を共にした。

「あら、手紙よレッド」

 と、食事を終えたところにレッドの母が一枚の手紙を手渡した。見ると宛先人不明、これといった装飾もない。

 手紙にはこう書いてあった。

『あの時の決着をつけよう。トキワジムで待つ』

「……」

「レッドさん?」

 レッドが手紙を見ながら固まっていると、エリカが不思議そうにレッドの顔を覗き込む。

 レッドは顔を上げた。

「ねえエリカさん。トキワジムのジムリーダーってどんな人なの?」

「トキワジム、実は私も実態をよく知らないのです。ジムリーダーの会合でも欠席で、なおかつジムリーダー代理の人間が多い所。最近までムサシとコジロウというお二方が代理をされていたそうで、本当のジムリーダーを知っている人がはたしてどれだけいるか……」

「そう……。ちなみに、ジムのタイプは?」

「地面、ですね」

 その言葉を聞いてレッドの中で一つの確信が生まれる。

(……なんで、納得してるんだろ)

 レッド自身不思議な感覚だった。崩しきれなかった巨悪、その体現者がエリカ達と同じジムリーダーという肩書を背負って自分を待ち構えている。

「なにか、心配事でも?」

 笑顔をなくし引き締まった顔をしたレッドを見かねて、エリカが至近距離でレッドの瞳を覗き込む。心底心配しているようだった。

「……大丈夫、ありがとう」

 レッドはエリカを心配させまいと微笑みで返し、エリカの左の頬を手のひらで包む。

「無理をなさらないでくださいね……本当に……」

 自身の頬に添えられたレッドの手の上に自分の手を重ねながら、柔らかな笑みを浮かべるエリカ。お互いに甘い雰囲気が流れ、見かねたレッドの母が一つ咳払いして二人をびくりとさせた。

 数刻後にはレッドは母親に出立を告げ、エリカもマサラタウンの端まで見送りにきた。 

「お気をつけて……と、なんだか見送ってばかりですね」

「幸運に思うよ。好きな人に笑顔で見送ってもらえるんだから」

 レッドはこと好意を告げることに関して羞恥を知らないらしい。エリカもレッドが冗談やこちらの反応を面白がるために言っていないことがわかるから、余計に嬉しさやら恥ずかしさやらで顔を俯かせてしまう。

 エリカの顔は赤い。口が嬉しさで妙に歪んでしまうのをなんとか耐える。

 表情と気持ちを整えると、エリカはレッドに真摯な面持ちで声かけた。

「先に行って待っていますね。そう日を置かずあなたが来るって、信じていますから」

「はい……。行ってきます」

 レッドは帽子を脱いで一礼した。そして振り返らずにトキワシティへの歩みを進めていく。

 二人想いが通じあった仲だからこそ、今はこれでよかった。エリカはレッドを信じている。

 レッドは自分が進む道を見失っていない。

 カントージムバッジ最後の難関がこの先で待っている。

 

(グリーンと戦った場所)

 かつてレッドとポッポが初めてグリーンに勝利したトキワシティの外れ。レッドがカントー地方を一回りして来ても、快晴のこの景観は少しも変わってはいない。

 マサラもそうだった。レッドは自分がエリカと出会った日から劇的に変わる事ができたと己を誇りに思っていたが、ふと変わっていない故郷の景色を見ると、また違った疑念が心の奥底から沸き上がってくる。

(そういえば、俺の中で変わっていないものってあるのかな)

 仲間と助け合い、一つの事に一生懸命になることは素晴らしいことだ。しかし、レッドがそのことを知ったのはポケモンを手にしてからだ。なぜ自分はポケモンを手にする前から、グリーンに勝ちたいと頑張ったのだろう。

 強さとはなにか。今レッドが問われたら、一緒に旅をしてきたポケモン達と様々な熱い戦いを繰り広げたトレーナー達が頭に浮かぶ。じゃあ、フシギダネとエリカに出会う前のレッドだったら?

『よう! 泣き虫レッド!』

 レッドはふと振り返った。遠くにトキワシティ、そしてトキワジムが見える。

(俺はこの旅でずっと、皆に助けられてきた。俺一人じゃ絶対に、ここまで辿りつけなかっただろう)

 レッドはトキワジムへ向かう。トキワジムに電気は点いておらず、人の気配もなさそう。しかし構わずに向かう。

(グリーンもそうなのだろうか。そしてこの先に待つあの人は……)

 レッドがトキワジムの扉を開ける。ジムでは恒例の挑戦者を迎える受付の元気な声は聞こえてこない。

 ジム内は天窓が多く、日が差し込んで意外に明るい。

 その陽射を見上げるように、一人の男がバトルスペースに佇んでいた。

 レッドと男、お互いに無言。レッドはバトルスペースに歩き出すが、男、サカキはレッドを気にした様子もなく天窓を見上げている。

「ロケット団の由来はな」

 サカキはレッドを見ずに、突如語りだす。顔は感情の起伏が見えず、声色も平坦だった。

「"Raid On the City. Knock out Evil Tusks."。町を襲いつくせ、撃ちのめせ、悪の牙たちよ。故に"ROCKET"。随分と好き放題やらせてもらったよ」

「あんたはこれからも、ロケット団の活動を続けるのか?」

 レッドの語気はそれほど強くなかった。今のサカキの纏う闘気が、今まで戦ってきたジムリーダー達に似ている。

「……金も地位も名誉もいらない。自らのポケモントレーナーとしての力、カリスマ、知力、全てをもって構築した、正義も法も縛ることができない悪の自由。君には理解できないだろうがね」

 サカキは目線を落とし、レッドの対面に位置するバトルスペースへと歩いて行きながら言葉と続ける。

「矮小な正義などさえずる羽虫でしかない。ジムリーダーやジュンサーが束になろうが、自身のポケモンたちの力をもってすれば些細な問題にもなりはしない」

 サカキはいついかなる時でもそう確信していたし、事実そうだった。タマムシ、ヤマブキで捕らえられたロケット団員も一兵卒の一部でしかない。

 サカキがバトルスペースに着くと、今度は笑みを浮かべながら大きく口を開けて叫んだ。

「痛快だ! 正義と夢を謳った扇動者が消えていく! 力があればどんな悪意でもまかり通る! 私の様な悪の親玉がジムリーダーに就いているように、君が思っているほど世界は正道を歩んではいない」

 レッドは聞いているだけ。しかし決してひるんではいない。

 サカキの脳裏に、シルフカンパニーでポケモンを庇ったレッド、そして強大なる闘気を纏ってサカキに対峙したレッドとそのポケモン達が浮かぶ。

「ポケモントレーナーレッドの正道は、私の邪道に真っ向から対峙している。……邪を突き進むものとして、君を真正面から叩き潰す。必ずな」

「その考えが既に正道に半歩足を踏み入れていることに、あんたは気づいているんじゃないか?」

 レッドのその言葉にサカキは目を見開く。しかし、ふっと笑みを零すといつもの余裕たっぷりの貫禄を取り戻す。

「ならばそのまま引き込めるか? ポケモントレーナー!」

 レッドが初めて笑ってサカキに対峙した。悪の巨人、レッドにとって大切な人を傷つけた相手。しかし、この胸の高鳴りだけはどうしようもない。

 ポケモントレーナーとしての高鳴りだけは。

「あんたの今の肩書を考えれば、その必要はない。トキワジムリーダー!」

 互いにモンスターボールを構える。

「大地を司どるジムリーダー、サカキ」

「マサラタウンのレッド!」

 バトル開始。

「行け!! ギャラドス!!」

「行け、ダグトリオ!」

 レッドの闘志にのったギャラドスの咆哮。対してサカキの貫禄を引くダグトリオ。

「ギャラドス! バブルこうせん!」

「ダグトリオ、あなをほる」

 当たれば一撃。しかしダグトリオはすぐさま地中に潜ってバブルこうせんをかわす。

(穴から出てきた所を狙えば……!)

 ダグトリオが地中から顔を出す瞬間を狙うため、ギャラドスは口内に泡をためながら尻尾を丸める。レッドから来る指示、バブルこうせんとたたきつけるどちらでもすぐに反応できるよう攻撃の体勢を整えている。

「ポケモンがトレーナーが繰り出す指示を予測しているとは。それは見事。だが、足りない!」

 サカキが手を掲げる。

「じしん!」

「うわ!?」

 ダグトリオが起こした地震にジムが揺れる。レッドは少し体勢をくずしたが、元々少し空中に浮いているギャラドスには効果が無い。

(サカキは何をする気だ……あ!?)

 レッドは気づいた。ダグトリオが起こした地震によってバトルスペースの地面が割れ、所々大きく隆起している。体の小さいダグトリオは地面に現れても容易に姿を隠すことができるだろう。

「今だダグトリオ、すなかけ!」

「!?」

 地面が隆起してフィールドの岩と化した場所、その物陰からギャラドスの目に砂が飛ぶ。

「くっ! バブルこうせん!」

 目に砂が入ったギャラドスのバブルこうせんは明後日の方向に飛んで行く。

「無駄だ。ダグトリオ、切り裂く!」

 ダグトリオがギャラドスに突貫する。レッドは気づく。

(あのダグトリオがギャラドスに攻撃するためには肉迫するしかない! ならば!)

「ギャラぁ!?」

 ダグトリオの不可視の爪がギャラドスを切り裂く。しかし、ギャラドスはレッドの指示にすぐさま反応した。

「ギャラドス、ハイドロポンプ!」

「かわせダグトリオ!」

 狙いの甘い攻撃はまたも外れる、かに思われた。ギャラドスはハイドロポンプを、ダグトリオが潜った穴に直接注ぎ込む。

「む!?」

 サカキの顔が歪む。いくらダグトリオが早くても、移動できるのは地中のみ。張り巡らされた穴に高出力のハイドロポンプが注がれれば……。

「ダ……グ……」

 水浸しのダグトリオが地表から力なく顔を出し、動かなくなった。

「よし! よくやったギャラドス!」

「もどれダグトリオ。行け、ペルシアン!」

 次に現れたのは地面タイプではない、高い敏捷性と鋭き爪を持つノーマルタイプのペルシアン。

 レッドがペルシアンの出始めを狙うようギャラドスに指示するが、狙いの甘いバブルこうせんをペルシアンは悠々とかわした。

「ペルシアン、かげぶんしん」

 ペルシアンの姿が分身し、地面から突き出た岩から岩へ飛び移りながらギャラドスに迫る。

「ギャラドス、たたきつける!」

 ギャラドスがペルシアン達を一斉に尻尾で薙ぎ払おうとするが、ペルシアン達はすぐさま飛び上がりギャラドスの体をその爪で散々に切り裂いた。

「ギャラぁ……」

 ギャラドスの巨体が沈む。ペルシアンの攻撃は素早く、また的確に相手の急所を突いた。

「戻れギャラドス。行け、ラッタ!」

 繰り出されたラッタは一回り大きいペルシアンに怯まずに真正面から近づいていく。

「ふっ慢心したか。今のペルシアンは一体ではないぞ!」

「慢心なんてしていないさ。かげぶんしんはあくまで回避用の実体のない分身」

「……!!」

 サカキは驚く。ラッタは複数のペルシアンの中から本体のペルシアンへ迷いなく走っている。

「ギャラドスを攻撃した時についたギャラドスの泡が、爪に残っているぞ! ラッタ、ひっさつまえば!」

「ちいっ! ペルシアン切り裂く!」

 ラッタの前歯とペルシアンの爪が真っ向からぶつかる。吹き飛んだのはラッタ、しかしペルシアンの爪が割れ、ラッタの前歯は傷ひとつついていない。

(真っ向からの衝突はペルシアンが不利、ならば!)

「ペルシアン、いやなおと」

 ペルシアンが岩を割れていない爪で引っかき、名状しがたい音をかき鳴らす。ラッタは構わず突貫した。

「ひっさつまえば!」

 ペルシアンの喉元にクリーンヒットし、ペルシアンはうめき声を上げて倒れる。

 しかし、サカキはペルシアンを戻して笑う。

「前座は終わりだ。さあ行け、ニドクイン!」

(なぜ俺は戦っている)

「ニドクイン! にどげり!」

「ラッタ! いかりのまえば!」

 サカキには今、二人の自分がいる。戦いに集中する戦士のサカキ、そしてこの戦いの意味を見出せない悪のサカキ。

 レッドを邪魔と感じるならばわざわざこんな一対一の戦いなど意味は無い。レッドを消す方法等、ロケット団の力を持ってすればいくらでもある。

(この血が滾るから、そんな感じか?)

 レッドのラッタを仕留めたニドクインを見ながらサカキは自嘲した。

「行け、バタフリー!」

(いや、そんな単純なことではないな)

 サカキはレッドを見る。レッドは決してサカキを恐れてなどいない。勝利を信じ、闘気のこもった瞳でポケモンへ指示を飛ばしている。

 サカキは思い出す。こんな風にサカキに立ち向かってきたトレーナーはいただろうか。サカキが戦ってきた相手といえば、サカキを悪と断じ、ただポケモンと共に正義の鉄槌をくらわそうとしてきた者ばかりだった。

 その全てを地に伏せてきた。じゃあレッドは? 今まで戦ってきた者達と同じじゃない。レッドはただ、サカキに勝ちたいのだ。なぜレッドはサカキに勝ちたい?

「ニドクイン、かみなり」

「なっ!?」

 レッドが驚愕で目を見開く。ニドクインはバタフリーを見るやすぐに雷雲を呼び、バタフリーを光の柱で飲み込んで撃墜した。

「……戻れバタフリー。さすがだサカキ。あんたはポケモンとの呼吸も、ポケモンの強さも、あんた自身の戦術も、俺の身が震えるほどの物を持っている」

 そう言いながら、レッドは次のモンスターボールを手に取る。その瞳は燃えている。

「だが、決して俺は諦めたりはしない。あなたが巨悪の首領だからじゃない。俺のポケモン達と俺自身のために、俺はあんたに勝ちたい」

「ポケモンリーグに行くためか?」

 レッドは首をふる。

「強くありたい。戦い続けてくれる皆と同じように。そのためにどこまでも進み続ける。それだけだ! 行け! ガラガラ!」

(そうか)

 レッドはサカキに憧れている。一人で、何者をも寄せ付けない強さを持ったサカキを。

 サカキはレッドに憧れている。他者に助けられ、弱い自分を認め強くあろうとするレッドを。

(私に燻っていた感情はそれか――)

 ニドクインがサカキの指示を待っている。サカキは命令ではなく、ニドクインに語りかける。

「ふっ、文句ひとつ言わないなお前たちは。だが、俺の強さへの信頼と受け取ろう」

 ニドクインがサカキへ少しだけ振り返り、にやりと笑った。

『どこまでもついていきます。ボス』

「はは、ははははは! 行くぞレッド。我が配下とともに、全力で叩き潰す!」

「望むところだ! ガラガラ、ホネこんぼう!」

「ニドクイン! とっしん!」

 ガラガラのホネこんぼうとニドクインのショルダータックルが激突し、大きな鈍い音と共に空気が振動する。

 両者一歩も引かない。間髪入れずサカキの指示が飛んだ。

「にどげり!」

 ニドクインがガラガラ目掛け足を跳ね上げ、ガラガラはもろに喰らい上空へと飛ばされた。いや、違った。

(ニドクインの蹴り足に乗って自ら飛んだだと!?)

「振り下ろせ! ホネこんぼう!!」

 太陽を背にしたガラガラが空中で身を翻して回転し、その勢いのままニドクインへホネこんぼうを振り降ろす。

「カウンター!」

 ガラガラのホネこんぼうがニドクインの顔を吹き飛ばすのと同時に、ニドクインの拳がガラガラの腹部へ深くめり込んだ。

 一瞬の静寂。ガラガラの腹部からニドクインの拳が抜け、そのままガラガラが地に沈むと同時に、ニドクインがゆっくりと倒れ伏した。

「よく当てた、ニドクイン。戻れ」

「ありがとうガラガラ。戻れ」

 相棒を賞賛し、すぐに戦いへと思考を切り替える。

「行け! ピジョット!」

「行け! ニドキング!」

(ニドキング! ここで来たか!)

 レッドは武者震いした。かつてフシギバナのソーラービームに真っ向から立ち向かい、倒しきれなかった相手。

(だが、それがなんだ)

「勝つぞ! ピジョット!」

「ピジョォ!」

(一瞬で決める)

 サカキのニドキングは技のデパート。じめんタイプを無効化できるひこうタイプへの対策は、ニドクインと同じく万全。

「ピジョット、みがわり!」

「かみなり! なに!?」

 自分のHPを削り分身を作り出すことで、相手の攻撃を防ぐことができる技、みがわり。

 ニドキングが呼んだかみなりはピジョットの分身によって防がれる。

「まさか見抜かれるとはな!」

「ここでピジョットが何もできずに討たれたら、バタフリーに会わす顔がない! さあピジョット、決めるぞ! みがわり!」

「かみなり! くっ!」

 今度のかみなりは高速で移動するピジョットを捕らえられなかった。元々高威力と引き換えに命中に不安がある技、加えてピジョットの飛行はポケモンの中でも随一の素早さ。

 ニドキングに肉迫するピジョットは分身により一度攻撃を耐えることができる。完全に優位に立った。

(みがわりが消えたらかみなりで終わりだ。ここは一撃できめる!)

「ピジョット、ゴッドバード!」

 ピジョットが空中で静止し、羽を広げたその体が光輝き始める。

「かみなり!」

 動きの止まったピジョットへかみなりが命中する。しかし、焦げ落ちたのはピジョットのみがわりのみ。

「ニドキング!! つのドリル!」

 もうかみなりでは間に合わないと悟ったサカキ、ニドキングの角を高速回転させてピジョットを迎え撃つ。

「行けえええええ!!!」

 輝きを纏ったピジョットが羽ばたき、宙空に光の帯を引きながらニドキングへ突貫する。

 ピジョットの光輝く体がニドキングのつのドリルに激突するが、勢いは止まらずニドキングの踏ん張る足を物ともせずに押し出し、高速のままジムの壁に突っ込んだ。

 壁に大きなヒビが入る。その中心にはニドキングが力なくうなだれており、輝きを終えたピジョットが羽を広げて雄叫びを上げた。

「……追い詰められたのだな。私は」

 ニドキングをモンスターボールに戻し、サカキは最後の手持ちのポケモンを手に取る。

 ピジョットはレッドの元へ羽ばたいて戻る。まだ戦えるようだ。

「よくやったなピジョット、怪我はないか?」

「ピジョ!」

 レッドの残りの手持ちはピジョットとフシギバナ。

(不思議だ。ここまで来て、なぜ俺は負ける気がしない?)

 サカキは笑った。ここまできてサカキの中の勝利の確信が全く揺らがない。

 根拠も理由もない。だからこそサカキは強者たり得ている。レッドはサカキのその様子を見て戦慄した。

「行くぞレッド。これが私の切り札、大地の二つ名を得るに至った我が半身だ。行けい! サイドン!!」

 サカキが繰り出したポケモン、サイドン。マグマの中でも生活できる頑強なる肉体、そしてどんな岩をも砕くパワーと角を持つ、岩と地面の怪獣。

 サイドンはゆっくりと目を見開き、ピジョットとレッドをにらみつける。そして大口を開け、

「グオオオオオオオオ!!」

 その咆哮でジムを震わせた。

(地面タイプのポケモン。だが、当然ひこうタイプ対策をしているはず!)

「ピジョット! みがわり」

 レッドにとっての万全策、しかし一度見せている戦術は対策される。

 その事を見逃したレッドの甘さを、サカキがつかないはずがなかった。

「サイドン! みだれづき!!」

「なに!?」

 ピジョットが分身を作り出す間に、サイドンがピジョットに肉迫して自慢の角を連続で突き出す。

 連続で繰り出される攻撃は身代わりを消し飛ばし、自らのHPを削ったばかりのピジョットを貫いた。

「まずい! そらをとぶ!」

 なんとか耐えたピジョットが天高く舞い上がりサイドンから距離を取る。

「いわなだれ」

 サイドンが隆起している地面を腕で削り取って岩として持ち上げ、すぐさまピジョットへ投合した。

「避けろ、ピジョット!」

 上空へと舞い上がる岩の塊。しかしサカキが命じたのは岩の雪崩。サイドンはすぐさま手の平で圧力を加えて硬質化させた石を投げ、岩の塊の中心を破砕した。

 岩は空中で分解し、無数の岩の刃と化してピジョットを襲う。

「ピ……ジョ……」

 ピジョットが力なく落下し、地面にたたきつけられる前にレッドはピジョットをモンスターボールへ戻した。

(……怖い、怖いな。あんなポケモンとトレーナー今まで見たことがない。だけど)

 目をつぶる。脳裏に浮かぶは戦いの日々。今までもこれからも、レッドは一人じゃない。

 レッドは目を開く。 

「行け、フシギバナ!」

 フシギバナもレッドも、自分たちの勝利を微塵も疑ってないない。

「くさタイプか。岩と地面タイプの複合であるサイドンに勝ち目は薄い。……多くの者はそう考えるだろう」

「俺はあんたを見くびりはしない。皆がここまで繋げてくれた勝負、絶対に勝つ!」

「ふはは。随分とかってくれているな。ならば私も宣言しよう。一人のポケモントレーナーとして君に勝つ! 我が半身と共に!!」

 フシギバナとサイドンの瞳の中に炎が燃える。

「フシギバナ! はっぱカッター!」

「サイドン! すなかけ!」

「なに!?」

 意外、サイドンははっぱカッターをその身に受けながら、正確にフシギバナの目に砂を飛ばした。

(いや、サカキからすれば当然の戦略。フシギバナの攻撃をかわしながら、狙うは必殺のつのドリル!)

「くっ。フシギバナ、つるのムチ!」

「サイドン、あなをほる!」

 フシギバナのつるのムチは空を切り、サイドンは地面へと消える。

 サイドンの狙いは明白、フシギバナの直下、または死角から地面に出て、つのドリルで仕留めにくる。

(落ち着け……フシギバナ)

「フシギバナ、つるのムチ」

 フシギバナはレッドの意図を汲み取り、地面へとつるを差した。

(フシギバナは半獣半植物。地面へ植物体を挿せば、地面の振動を伝ってサイドンの位置を探知できる!)

 フシギバナの花へ太陽の光が収束する。

 サカキはフィールドをじっと見たまま動かない。

 フシギバナの眼が開く。同時に、フシギバナの背後で地面が盛り上がった。

 フシギバナが即座に振り返り光輝く花弁を向ける。サイドンが角を高速回転させながら姿を現す。

 そしてレッドとサカキが腕を振りかざし、勝利へと手を伸ばす。

「ソーラー………!! ビームウウウ!!」

「つのドリル!!」

 フシギバナから発射される収束された太陽の光。目を使わずに相手を探知した攻撃は、寸分の狂いなくサイドンへ飛ぶ。

 サイドンはつのドリルでソーラービームを真っ向から受け止めた。サイドンの体はびくともしない。

 つのドリルによって拡散したソーラービームがフィールドをずたずたに引き裂いていく。

「行くぞ! 勝利をこの手に!!」

「なっ!?」

 サカキの叫びとともに、サイドンが駆けた。つのドリルでソーラービームを受け止めながら、決して遅くない速度でフシギバナへ走る。

「ひるむなああ!! フシギバナああ!!」

 レッドの叫びとともにフシギバナが歯を食いしばり、ソーラービームの光が2倍、3倍の太さとなってサイドンへ襲いかかる。

「まだだあ!!」

 しかしサイドンの歩みは止まらない。それどころかいつの間に掴んでいたのか、手に平で圧縮させた石をフシギバナの前足目掛けて投合する。

「バナ!?」

 フシギバナの体勢が崩れ、一瞬だがソーラービームの威力が弱まった。

「グオオオオオ!!」

 サイドンはその気を逃さず、つのドリルでソーラービームを受けながら一気にフシギバナへ肉迫した。

「つるの、ムチィ!!」

 今度はフシギバナがソーラービームを放出しながら、つるでサイドンの足と手を縛る。

「グ……オオオオオオオオオ!!!」

 しかし、それでもサイドンは止まらない。速度を落としながらも、一歩ずつフシギバナへと迫る。

 ソーラービームの発射口と、サイドンのつのドリルとの距離は一寸もない。 

「はっぱ、カッタアアアアアア!!」

 フシギバナがソーラービームを放ちながら、つるのムチでサイドンの手足を縛りながら、背中の茂みから無数のはっぱカッターをサイドンに打ち込んでいく。

「サイドオオオオオオン!!」

 サカキの雄叫び。サイドンはフシギバナの三つの技を打ち込まれながらも、まだ倒れない。

「フシギバナアアアアア!!」

 レッドの叫びで、フシギバナが目を見開き、足を限界まで踏ん張って地面にヒビを作った。

 そして同時につるのムチがさらに何本も伸びてサイドンを縛り上げ、はっぱカッターの放出が何倍にも増えてかつ勢いを増し、ソーラービームの光線の太さがサイドンの体よりも大きい特大の光になる。

 高速回転していたサイドンの角が、砕けた。

(ああ、俺達は)

 サイドンが、光に飲まれる。

(こんな戦いが、したかったんだよな)

 ソーラービームの光で両者の視界が遮られる。

 光がやんだ時、サカキは天を見上げ、レッドは相棒を見た。

 レッドが飛び上がって片腕を天に突き上げ、フシギバナへ駆け寄っていく。

 ポケモントレーナーレッド、カントージム、制覇。


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