あなたが勝つって、信じていますから   作:o-fan

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カントー地方

 マサラタウン。そこは草原と吹き抜ける風、小川のせせらぎ、小型ポケモン達の可愛らしい声が響くのどかな場所。

(これが、俺の町)

 レッドは久々に見る光景が妙に美しく見えた。見慣れたはずの景色。生まれいで育った大地。

 グリーンと共に駆けまわった場所。

 レッドは町に入り、近くに見える自宅とポケモン研究所を見、その間の道と広場を見た。

 今よりも頭一つ小さかったレッドとグリーン、二人が走っていく姿を幻視する。

 グリーンが少し先を走り、レッドは息を切らせながら必死に追いすがる。

 憧れた。敗北した。何度も泣いた。何度もあきらめかけ、そしてふてくされた。

 しかし、その背中を見失ったことはない。

 レッドは自宅へと歩き、そのドアノブを取る。

 母がいるだろう。色々と話したいことがある。旅で出会った人たち。時には美しき、時にはたくましいポケモン達。

『そんなところにいると、風を引いてしまいますよ』 

 降りゆく雨は遮られ、照りつく日差しが肌を焼いた。

 悲しみ、惑い、積み重なった想いの上に、教えられた喜びがある。

 勇んで駆けて助けられ、帰ってこられた幸福を、自分の言葉でどこまで伝えられるだろうか。

 旅の途上、途中経過を一心同体の仲間達と共に、母へ。

「……ただいま!」

 驚きと喜びの入り混じった声で、レッドは出迎えられた。

 

 ニビシティ。そこには固い意思を持ち合わせたジムリーダーがいる。

 ニビジム内の岩に囲まれたバトルスペースの中で、今日もタケシの熱烈な教導が続く。

「そうだ!! ポケモンの行動の継ぎ目を見逃すな! 命令をこなしきったらすぐに次の判断をくだせ! 矢継ぎ早に命令しても混乱させるだけだぞ!」

「は……はい!」

 タケシがイワークを操りながら、ジム所属の若きたんパンこぞうとイシツブテに声を飛ばす。

 イシツブテがイワークのたいあたりの猛攻を耐える。イワークは息切れしたのか、動きが止まった。

「今だ! イシツブテ! がまんを開放しろ!」

 イシツブテの渾身の拳がイワークのボディにヒビを入れる。

「良い攻撃だ! だが俺もまだまだ負けないぞ!」

「はい!!」

「イワーク! いわおとし!」

 レッドとの戦い以来、ジム所属を希望するトレーナーが殺到し、タケシは忙しい毎日を送っている。しかしその日々の中に、かつてタケシが持っていた戦うことへの疑問はない。

(俺はポケモン達が好きだ。ポケモンバトルはポケモンと息を合わせ困難に立ち向かい、素晴らしい勝利を分かち合える舞台。レッド君、君は俺に気づかせてくれた)

 タケシはカントー地方で誰よりも、岩タイプのポケモンと息を合わせられる。

(その素晴らしさを、俺は多くの人に伝えたい。強さを望むポケモントレーナーの手助けをしたい。その先にこそ、俺と俺の相棒達が望む強さがあると、今なら信じることができる!)

「さあ、勝つぞ! イワーク!」

「グオオオオオ!!」

 どんな相手でも全力を尽くし、真の強さへの道を教導するタケシ。ニビジムは今日も、固い闘志の声が響き渡っている。

 

 ハナダジム。ポケモン達が自在に泳げるバトルフィールドのプールに、カスミの怒号が飛ぶ。

「サクラ姉ぇ!! 腰が引けてる! お姉ちゃんのヒトデマンは臆病なんだから、お姉ちゃんの腰が引けてたら余計に逃げまわっちゃうでしょ!」

「そ、そう言われてもお……」

 カスミのタッツーが水鉄砲で猛攻をしかけ、カスミの姉のサクラが繰り出したヒトデマンがフィールドを逃げまわっている。

「私が帰ってきたからサボれるなんて思ったら大間違いよ! 私が家を飛び出す前はあんなにまじめだったくせに……!」

「だ、だって……」

 ジムリーダー姉妹の次女アヤメと三女ボタンも戦々恐々で見守っている。

「だってもなにもない! サクラ姉が終わったらアヤメ姉とボタン姉だがんね! ほらサクラ姉、ヒトデマンをよく見て!」

「よ、よく見てって……もう私のヒトデマンに戦う意志は……」

「ち・が・う! ヒトデマンは臆病だけど戦う意志を失ってなんかないわ! 直接的な接触を避ける分、普通のヒトデマンよりも素早い動きができる。お姉ちゃんがそれを活かしてあげるの!」

「……あ! なるほどね……今よヒトデマン! スピードスター!」

 ヒトデマンがその速力を生かし、避けながらスピードスターを放出しタッツーの猛攻を止める。

「やった……!」

「ふふ、やればできるじゃない! ほら、ジムリーダーは私達四姉妹なんだから!」

 カスミの顔が笑顔に変わる。カスミが飛び出す時にトレーナーとしての道を説き、レッドとの戦いも見守った三女のボタンがカスミを見て誇らしげに言う。

「ふふ、カスミもジムリーダーとしての貫禄がでてきたわね」

「ボタン、昨日カスミに6タテされてたわよね」

「い、言わないでよ……アヤメ姉も一緒じゃない……」

「……うん。でもせめて、カスミの姉って胸張って言えるぐらいの実力は身につけたいわね」

「……ええ!」

 ハナダの4姉妹、それぞれの実力は違えど、4人の揺らいでいた目標が重なってきている。

(レッド、あなたはきっと凄いトレーナーになる。でも私だって、すぐにあんたに見劣りしないトレーナーになってみせるから!)

「ひるまないでタッツー! あなたのいじっぱりな所、見せてあげなさい!」

「タッツゥ!」

 カスミの笑顔の激励にタッツーが応える。

 ハナダジムの末妹が、女の子の魅力とトレーナーとしての素晴らしさを兼ね備えた少女として有名になるのは、そう時間がかからないだろう。

 

 クチバシティのマチス。クチバシティジムリーダーにして、ポケモンだいすきクラブ会員。そして、定期的に行われる『ポケモンとの暮らし』無料セミナーのメイン講師。

「マチスおじさん! ピカチュウってどんな遊びをしてあげればいいのかな?」

 ジムで行われるセミナーには老若男女問わない多くの人たちが、パートナーのポケモン達を出して情報交換をしている。

 そんな中でピカチュウを従えた男の子が、ライチュウを従えたマチスに質問した。

「ピカチュウは電気を使った遊びがダーイ好きネ! 電気タイプのポケモン用の遊び道具があるから、ピカチュウが気に入るのを選んであげるネ!」

「わーありがとー!」

 マチスがポーチから様々なグッズを取り出して、男の子に使い方を伝授していく。ピカチュウが気にいるものが見つかったのか、男の子はマチスに礼を言ってピカチュウと駆けていった。

 すると入れ替わりで、今度はサンドを連れた老女がマチスに話しかけてきた。

「マチスさん、実は私の家に先日強盗が入ってね……」

「オーノー!? そんな!? ミー知らなかったね! 怪我はなかったノ!?」

「ええ、私が襲われそうになったところを、うちのサンドが飛び出して見事強盗を撃退してくれてね。マチスさんがセミナーでサンドを鍛えてくれたおかげだよ。本当にありがとう……!」

 老女がマチスに深々と頭を下げる。

「オー!! 頭を上げて! ミーが少しでも役に立てたのなら、とってもハッピーネ! サンドとお婆さんの間に強い絆があったからこそネ!」

 マチスがその外見に似合わず、やんややんやと笑顔でサンドを称える。

 そんなマチスにまた、ポケモンだいすきクラブの会長が声をかけた。

「マチスさん……。いつもありがとう。皆大切なパートナーを守るだけでなく、さらに強い絆を繋ぐことができた。あなたの協力のおかげじゃ」

「オー! ミーもポケモンだいすきクラブに入れてもらって嬉しかったネ! ポケモンの事いっぱい話せる仲間ができてハッピーネ! でもそれは……」

 マチスが、窓に切り取られた海の景色を見る。

「ミーと会長サン達を繋げてくれた、ボーイの事も忘れちゃいけないヨ」

「……ああ。もちろんじゃ」

 マチスの脳裏に浮かぶ、マチスとレッドの戦い。大歓声の中、フシギソウの勝利とともに両の拳を天に突き上げたレッドの姿。

「ユーならきっと、ベストポケモントレーナーになれるね……」

 マチスの呟きの相手が誰に向けられたものなのか、会長にもすぐわかった。

(レッド君、君がポケモントレーナーとして、海の向こうまで聞こえるような活躍ができるよう、わしも応援しているぞ)

 会長の想い。マチスの期待。レッドの背を押す目に見えない力が届くのは、もうすぐだった。

 

「挑戦状?」

 ナツメはヤマブキジムの最奥にて、ジム所属のトレーナーの知らせに疑問の声を上げた。

「ええ、隣の格闘道場からです。トレーナー達で各自ポケモンを持ち寄り、ポケモンバトルの真剣勝負をしようと……」

「……はあ。またヤマブキジムの称号をかけてとでも言う気かしら?」

 ナツメはため息を吐く。今日のヤマブキジムと隣の格闘道場はかつてヤマブキジムの座を争った(実際には格闘道場にジム認定の話は来てないが、妙に対抗意識を燃やした)間柄で、事あるごとにポケモンバトルを行っては、ナツメ達がエスパータイプのポケモンで追い返すのが常だった。

 それもシルフカンパニーの件で一時的に協力関係を結び、事件が収まってからは静かなものだったのだが……。

「はあ、わかったわ。適当に人を集めて。場所はまた向こうでしょ? 今から行くから準備してと伝えて」

「はい!」

(もう、どうせ手紙を送ってくるならレッドがくれればいいのに。はあ……会いたいな……)

 ナツメが再びため息を吐きながら、手持ちのポケモン達の状態をチェックする。

 ほどなくトレーナーが集まり、皆隣の格闘道場へ移動した。ヤマブキジムで行わないのは、戦いで傷つくバトルスペースの補修費も馬鹿にならないからである。ジム戦でない限り、挑戦を突きつけた側が戦いの場所を用意していなければ、まず相手にしない。

 ナツメ達が入ると、格闘道場の空手王5人が正座して待ち構えていた。

「ナツメ殿。挑戦を受けてくれたこと感謝する!」

「さっさと始めましょ。誰から行くの?」

「待ってくれ。我らが空手王五人衆、気合の音頭を入れるのを待って欲しい」

 空手王達が一斉に立ち上がり、それぞれ空手の型を取りながら叫ぶ。

「せいっ! 我ら空手王! せいっ! 恥辱に塗れた敗北と嘘を拭うため! せいっ! 何者にも負けない強さを身につけるため! せいっ! 街を守り救ってくれた少年に心からの感謝と敬意を持って。せいっ!!」

「……!」

 ナツメも驚く。空手王達が言う少年が誰のことがすぐにわかった。

「せいやあ!! 我ら全員、全身全霊を持って、この勝負に勝つ!! 以上! 静聴、感謝する!」

「……ふふ。随分な気合ね、だけど」

 ナツメとヤマブキジムのジムトレーナー達の瞳にも、戦意が灯った。あの日敗北し、そして一人の少年に心を奮い立たされ、再起を誓ったのはこちらも同じ。

「ヤマブキジムのエスパーポケモン。気と心を兼ね備えた念力の妙技、見せてあげる」

 ナツメが微笑み、モンスターボールを構える。

「行くぞ! 格闘道場師範、空手大王のノブヒコ!」

「エスパーを司るヤマブキジムリーダー、ナツメ」

『バトル開始!!』

「行け! エビワラー!」

「行きなさいフーディン!」

 ナツメは黒い長髪をなびかせながら、フーディンに手をかざす。

 負ける気がしない。別に相手を侮っているわけではない。自分の魂に誓った想いがあるから。

(悪いけど、負ける訳にはいかないの。私がレッドともう一度戦う、その時までは!)

 

 サイクリングロード。その一角で、バイクに跨がったパンクルックの男達が、皆愕然として頭を垂れていた。

「嘘だろ……俺達サイクリングロード暴走団が全滅……!?、たった一人のトレーナーに……!」

 相対していたのは、元セキチクジムリーダー、忍者の末裔キョウ。時代錯誤の忍者ルック。

「ファファファファ! お主らポケモンバトルの筋は悪くない。成る程、戦ってみなければ分からない事も確かにある」

「くそっ……。嫌味はよせ! 俺達にもう戦う力はない。ジュンサーに突き出すなり好きにしやがれ!」

「ファファ。もちろんお主らが犯した罪についてはジュンサー達に任せるとする。だがその先の道については、一つ助言をしておこう」

「助言だと……?」

 スキンヘッドの男がキョウに問う。

「ポケモンとの絆、貴様らが最初にポケモンと出会った時のことを思い出せ。またポケモンを持った時既に悪の道に染まっていたというのなら、今一度ポケモンと向き合い生き方を問うがいい。各地のジムリーダー達はどんなトレーナーが相手でも戸を開けている!」

「ポケモンとの、絆……」

「ファファファファ! それでも納得できないというのなら、このキョウがいつでも相手をしよう! 拙者は忍びはするが逃げも隠れもしない! ポケモントレーナーのキョウだ!」

 そう言ってキョウは橋から飛び降り、ゴルバットに肩を掴まれて飛んでいった。

 残されたサイクリングロード暴走団のメンバーが口々に隣の仲間に相談する。

「おい、どうするよ」「俺はいやだぜ、ジュンサーに今更捕まるなんて!」「だけど、このままじゃあまたキョウに……」

「俺は行くぜ」

 スキンヘッドの男が一人バイクのエンジンを入れる。別の仲間が焦った声で話しかける

「おい! おまえ本気か!?」

 スキンヘッドの男は振り返らずに言った。

「ああ。俺は二度も負けちまった。俺と俺のオコリザルはこんなタマじゃねえ。強くなるために、今まで腐っていた俺を、まずはマイナスからゼロに戻すためにな」

『俺はマサラタウンのレッド。ポケモントレーナーです。ポケモン勝負なら、いつでも受け付けます。……いい戦いでした』

『このキョウがいつでも相手をしよう! 拙者は忍びはするが逃げも隠れもしない! ポケモントレーナーのキョウだ!』

「ポケモントレーナー……そう胸を張って、名乗れるようになるためによ」

 スキンヘッドの男はその言葉を最後に、サイクリングロードを南へ疾走していった。サイクリングロード暴走団のメンバーも、様々な表情をしながらまた一人、また一人とバイクのエンジンを入れてその場を後にする。

 しばらくして、サイクリングロードにガラの悪い男はちょくちょくいるものの、ワイヤーを使った事故はめっきりなくなった。

 さらに時がたったのち、償いを終えた男たちがこぞってセキチクジムに挑戦し、アンズが突如として訪れた強面の集団に四苦八苦するのだが、大した話ではない。ポケモントレーナーとして、よくある日常だった。

 

 シオンタウン。その町中の公園で、ニドリーノとコダックを放って町の子どもたちの遊び相手をさせている老人がいる。

「あまり遠くへいっちゃいかんよ」

「はーい!」

 よく晴れた日だった。老人は公園でかけ回る子供とポケモン達を眺めながら、木陰に覆われたベンチへと腰掛ける。

 ニドリーノとコダック。かつて飼い主に傷つけられ、そして捨てられたポケモン。今では笑顔を取り戻し、外に出て元気に遊べるまでに回復した。

 かつて人によって母を殺されたカラカラも、今はきっと元気な日々を送っているだろう。

 しかし、フジ老人には決して記憶から消えない暗黒がある。

(ミュウ……ミュウツーよ…………)

 ただ、知りたかった。最初は純粋な欲求だったはずが、ポケモンを傷つけていることにすら気づかなかった。

 フジ老人はグレン島を去ってから、オーキド博士とタマムシ大学に働きかけ、ポケモンに使う薬の臨床試験についてポケモンの安全性を重視した決まりを全国に徹底させ、その後は傷ついたポケモン達を保護するポケモンハウスを設立した。

 それから四半世紀。

 多くのポケモンの心を回復させ、そして新たな旅立ちを見送ってきた今でも、胸に残る罪は決して消えてはくれない。

(もう、会うこともないじゃろう。だが、もう一度会ってあやまりたい。わしの自己満足だとしても、わしが死ぬ前にもう一度……)

「隣、よろしいですかな」

「ええ、どうぞ」

 フジ老人の隣に初老の男性が座る。フジ老人と違い腰はまだ曲がっていないようだった。髭がなくきりりとした眼、側頭部に残った髪の白髪が、まだまだ現役と暗に言っているようだった。

「よい笑顔をしたポケモンたちですな。あれはあなたの?」

「ええ。あの子たちの笑顔に、わしも助けられていますよ」

「なるほど……。全く、いい年の取り方をしているじゃないか。連絡ぐらいよこさんか」

「え……?」

 フジ老人の隣に座っていた男性が、丸縁のサングラスを掛け、白い立派な付け髭をし、側頭部に髪が生えていたカツラをとる。つるりとした頭が光っていた。

「カ……カツラ……!?」

「まったく何年ぶりか忘れたぞ! フジ!」

「カ……カツラ……。なんで……」

「グレンジムでガラガラを伴ったトレーナーに出会ってな。話を聞けば、そのガラガラは親を殺された所をとある老人に保護されていたと言うではないか! ポケモンを大切に思う老人がどんな人か、会いに来たくなってな!」

「……カツラ……わしは…………ただ……」

 フジ老人は眼を手で覆い、声を震わせた。カツラは友人に語りかける。

「罪滅ぼしなんて言うまいぞ。お前は昔からポケモンが好きすぎるポケモン馬鹿ということは知っている! それに、あの日の罪はあの場にいた全員が背負い込んだ物だ。一人で全部背負うでない!」

「カツラ……」

「話したいことがたくさんあるぞ。時計の針は元に戻らんが、それでも前に進んだフジの話を是非聞きたい。もちろん、こちらのことも話したい。どうかな」

 カツラは手を差し出した。その手は、どんな時でも共にポケモンの未知を求めた、親友の手。

「ああ……そうか……。そうだな……。そうするとしようか……!」

 フジ老人は涙を拭うのを忘れ、カツラと握手する。一人の少年がガラガラを救い、また一人の少年がガラガラを伴って旅立ち、そしてここに過去の絆を導いてくれた、今一度繋げてくれた。その全てに感謝しながら。

 

 マサラタウンの草原はひたすらにのどかだった。天気は快晴、大型のポケモンがおらず、騒がしい動物の鳴き声もない。

 レッドはかつてこの場所が好きだった。静かで安全で、グリーンに負けた悔しさを冷めさせるにはもってこいの場所。

 今もこの場所が好きだ。理由は変わった。あの日、エリカと出会えた場所だから。

 レッドはフシギバナを出して、その頬に手を当てて語りかける。

「覚えてるかフシギバナ。ここで、初めてお前にポケモンフードあげたな。あの時は俺がしゃがんでたのに、今じゃ俺がお前を見上げてる」

 微笑みと共にフシギバナの頬を撫でると、フシギバナは気持ちよさそうに声を漏らした。

 レッドは再び腰のモンスターボールを放っていく。現れたのはピジョット、ラッタ、バタフリー、ガラガラ。

「ギャラドスはごめんな。ここに小川があったらよかったんだけど……。皆、遊んでおいで」

 レッドがそう言うと、ピジョットとラッタは嬉しそうな鳴き声を上げて久しぶりの故郷に飛び出していく。

 バタフリーはフシギバナの花の蜜が気になるのか、レッドとフシギバナの近くをゆっくり旋回していく。

 ガラガラは適当にホネこんぼうをいじったりブーメランにして遊んだあと、飽きてしまったのかフシギバナの体を背もたれにして座り込み、寝息をたててしまった。

 レッドはそれを見て静かに笑ったあと、ガラガラの隣に座り、同じようにフシギバナを背もたれにする。

 フシギバナの大きな葉っぱと花が日陰になって以外と涼しい。

 今までカントー地方を全力で駆けて来た。ここまでのんびりするのは何時ぶりだろうか。

(少し、寝てしまおうか)

 そう思った時にはレッドはもう瞼を閉じている。耳を澄ますと草が風で擦れる音、ガラガラとフシギバナの静かな呼吸。遠くでポッポ達の羽ばたきと鳴き声が聞こえる。

 夢を見た。淡い桃色と黄色が混ざった花畑の中、遠くに誰かの後ろ姿。ボブカットの黒髪に和服姿の女性。名前を呼びたい。

 花の香りがした。レッドはまどろみのまま目を開ける。目の前に和傘を差した桃色の袴姿、その女性の微笑む口元までが見える。着物に散りばめられた白い牡丹の意匠がはっきりとわかる距離。

 瞼を完全に開くと、一瞬の驚きと、ゆっくりと広がる喜び。

「こんなところで眠っていると、風邪を引いてしまいますよ?」

 どうしてこんなところに? とは聞かない。

「会いたかった、夢みたいだ」

 レッドがエリカを見上げて微笑む。

「一緒に隣に座らない? エリカさん」

 するとエリカは苦笑して、

「せっかくですけど、服が汚れてしまいます」

 やんわりと断った。レッドも「しまった」と言いながら苦笑する。しかし、薄目を空けたフシギバナが助け舟を出す。

 フシギバナの背中の茂みから無数の葉っぱが放出され、レッドの横に降り積もっていく。ほどなくちょうど二人分座れる広さの葉っぱのベンチが出来上がる。

 レッドが立ち上がってそのベンチをぽんぽんと叩いて具合を確かめ、今度は無言で笑みを浮かべながらエリカを手招きする。

「ふふ。では……」

 エリカもつられて微笑んで了承した。傘をたたみ、レッドの手を取って二人並び座る。手を繋いだままレッドはエリカに顔を向けた。

 互いの瞳の色がはっきりとわかる。レッドは言葉を紡ぎ出す。

「ちょうどエリカさんに会いたかったんだ。来てくれて本当に嬉しい」

「ええ。私も……。なぜ来たかは、聞いてくれないんですか?」

「ええと、オーキド博士になにか? でも、俺に会いに来てくれたなら、すごく嬉しいな」

 二人の距離が、少しずつ縮まる。

「あなたに会いに、ここまで来ちゃいました。手紙の状況から、そろそろかなって」

 レッドの頬がわかりやすく紅潮する。エリカはそんなレッドの反応を楽しんでるようだった。

 しばらく雑談した。ポケモンのこと、手紙に書けなかった旅の細やかな事。タマムシシティとジム、エリカの近況。

 しばらくして言葉が止まった。レッドが、なにか言いたそうだった。エリカも敏感にそれを感じて、レッドが言葉を紡ぎだすのを待つ。

「……今まで色んな事があって、俺自身強くなれたかどうかは、正直分からない。でもあの時から、ちゃんと自分が進みたい道を進めてる。皆が助けてくれたから」

「……」

 エリカは黙って聞いてくれている。レッド自身、言葉の整理がついていない。だけど、エリカに伝えたい想いがあるのは確かだった。

(うまく、言えるだろうか)

「バッジを7つ手にして、あとひとつでポケモンリーグに行ける。なんでここまで来れたんだろうって考えると、どうもリーグ優勝が夢だからだとか、そういうことじゃ、ない気がする」

(俺が頑張れた理由……)

「目の前の一つ一つのことに、全力になれたから。フシギバナ達と一緒に一生懸命になれたから、今の自分がいる。仲間と一緒に一つの事に全力になる、その大切さと素晴らしさを、エリカさんが気づかせてくれたから……」

「……そこまで言ってもらえて、光栄の極みです。でも、レッドさん自身の頑張りが一番大きいですよ。だからここにいるポケモン達も皆、あなたが大好きなんです」

 言葉を繋げて誤魔化す事で、エリカはレッドへ自身の好意を発した。エリカは土壇場ではっきりと言えなかった自分を少しだけ嫌悪する。

「それでも、ありがとう。エリカさんにあの日出会えて、本当によかった」

 心よりの感謝からくるレッドの微笑みを、エリカは至近距離で受けた。

(あっ……)

 エリカの心が高鳴る。今まで生きてきた中で、ここまで心が繋がった思える人、一緒にいたいと思う人、手をつなぎ、言葉を交わし、微笑み合ってドキドキする異性なんて、レッド以外、いない。

「俺はあの日を忘れない。これからどんな生き方をしようとも、あの日の暖かい想いを胸に生きていきます。そしてその未来には、ずっと一緒にいたい人がいる」

 エリカの頬にレッドの手が添えられる。エリカは一瞬戸惑ったが、その意味を悟ると体中に嬉しさがほとばしり、薄く口を開けてレッドへ言葉を発しようとする。

「好きです。エリカさん」

 エリカの返答を待たず、レッドの顔がエリカへ近づく。エリカは驚きと喜びの中、目を閉じてレッドに身を任せた。

 レッドがエリカを抱き寄せ、エリカもまた、レッドの服を掴んで自身へ心持ちよせる。

 互いの唇の感触をゆっくりと確かなものにしながら、二人そよ風の中、幸福だけに酔いしれた。


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