蒼介「吉井家の闇(笑)ですね」
明久「うわわわわっ!か、帰ってきた!皆、早く避難を……」
姫路「明久君のお姉さんですか……?ど、ドキドキします……!」
美波「う、ウチ、きちんと挨拶できるかな……?」
明久「ダメだ!会う気満々だ!」
和真(こいつはホント笑いの神様に溺愛されてるな……)
皆がリビングの扉を見つめて明久の姉が姿を現すのを待つ中、明久はどうか常識的に振る舞ってくれるようひたすら天に祈りを捧げていた。
?「あら。お客さんですか。ようこそいらっしゃいました。狭いですが、ゆっくりとしていった下さいね」
どう解釈しても常識的な挨拶をしてきたのは、七分丈のパンツに半袖のカッターシャツ、その上に薄手のベストを着たショートヘアーの女性であった。言動、格好ともに特筆すべき違和感はない。和真以外の一同は拍子抜けしたように挨拶をする。
「「「お、お邪魔してます……」」」
和真(この人は……なるほどな……)
?「失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私は吉井玲といいます。皆さん、こんな出来の悪い弟と仲良くしてくれて、どうもありがとうございます」
深々とお辞儀をする玲。その様はどこに出しても恥ずかしくない立派な女性にしか見えない。
雄二「ああ、どうも。俺は坂本雄二。明久のクラスメイトです」
和真「同じくクラスメイトの柊和真です」
ムッツリーニ「……土屋康太、です」
玲「はじめまして。雄二くんに和真くんに康太くん」
それぞれの自己紹介に笑顔で返す玲。不意に雄二が小声でこの上無くほっとしている明久に話しかける。
雄二(おい明久。普通の姉貴じゃないか。これでおかしいと言うなんて、お前はどれだけ贅沢者なんだ。俺なんか、俺なんか……っ!)
明久(あはは……。ふ、普通でしょ?だから、もう気が済んだら帰ったほうがいいと思うよ?)
二人の会話をしている間も挨拶は続行され、今度は木下姉弟の番になる。
優子「はじめまして、アタシは木下優子です」
秀吉「弟の木下秀吉じゃ、よしなに。初対面の者にはよく間違われるのじゃが、ワシは女ではなく……」
玲「ええ。男の子ですよね?ようこそいらっしゃいました」
優子「え……!?」
秀吉「…………っっ!!」
その言葉を聞いて、二人は驚いたように玲の顔を見上げた。何故なら秀吉の容姿は親族ですらたまに区別がつかないほど、姉である優子とそっくりなのだ。初見で見破れる確率など天文学的数値に等しいと、秀吉でさえも諦めていたことなのだ。
秀吉「わ、ワシを一目で男だとわかってくれたのは、主様だけじゃ……!」
優子(お父さんとお母さんですら初見は間違えたって言ってたもの、そりゃあ嬉しいでしょうね……)
玲「勿論わかりますよ。だって……
うちのバカでブサイクで甲斐性なしの弟に、女の子の友達なんてできるわけがありませんから」
優子(なんて嫌な確信の仕方なの!?)
玲「ですから、優子さんやそちらの三人も男の子ですよね?」
一度ボロを出せばどんどんおかしな方向に話は進んでいく。玲は優子、姫路、美波、翔子にそれぞれ視線を向けつつそんなことをのたまった。
明久「ちょ、ちょっと姉さん!?出会い頭になんて失礼なことを言うのさ!五人ともきちんと女の子だからね!?」
秀吉「明久!ワシは男で合っておるぞ!?」
毎度のことにまた秀吉が女扱いに抗議しているのをよそに、明久の台詞に反応したのか、玲はそのまま明久の方をゆっくりと振り向いた。
玲「………女の子、ですか……?まさかアキくんは、家に女の子を連れて来るようになっていたのですか……?」
明久「あ、あの、姉さん。これには深い深~い事情があって……」
玲「……そうですか。女の子でしたか。変なことを言ってごめんなさい」
明久「実は……って。あれ?」
僅かに漂っていた剣呑な雰囲気が急に霧散したことに明久は疑問を浮かべる。弁明を無視して優子達に頭を下げる玲の様子が、どうやら明久からすれば不可解極まりないらしい。
玲「どうかしましたか、アキくん?」
明久「あ、いや……。姉さん、怒っていないのかな~、って思って」
玲「?あなたは何を言っているのです?どうして姉さんが怒る必要があるんですか?」
どうやら自分の取り越し苦労であったと明久が胸を撫で下ろすも、玲はその直後にとんでもない爆弾を投下した。
玲「ところでアキくん」
明久「ん?何?」
玲「お客様も大勢いらっしゃるようですし、アキ君が楽しみにしていたお医者さんごっこは明日でもいいですよね?」
明久「何言ってんの姉さん!?まるで僕が日常的に実の姉とお医者さんごっこを嗜んでいるかのような物言いはやめてよ!僕は姉さんとそんなことをする気はサラサラないからね!?」
姫路「あ、明久君……。お姉さんとお医者さんごっこって……」
美波「アキ……血の繋がった、実のお姉さんが相手って、法律違反なのよ……?」
和真「いや信じるなよ……」
普通に考えればおかしいとすぐ気がつくはずであろうが、文月学園ではそんなまっとうな前提などまるで意味をなさない。思い込んだら一直線が暗黙の了解となっている。
玲「それと、不純異性交遊の現行犯として減点を250ほど追加します」
明久「250!?多すぎるよ!まだ何もしていないのに!」
玲「……『まだ』?……300に変更します」
明久「ふぎゃぁああっ!姉さんのバカぁーっ!」
もう先ほどまでの品行方正な女性のイメージなど跡形もなくなってしまった。思わず頭を抱える明久の肩に雄二が申し訳なさそうな表情で手を乗せる。
雄二「……すまん、明久。さっきの言葉は訂正させてもらう」
明久「……僕、生まれて初めて雄二に癒された気がするよ……」
その後自己紹介を終えた一同は勉強会を始めようとしたものの、小腹がすいてくる時間帯になっておりちょうど玲が夕食の食材を買ってきたこともあって、一先ず食事を済ませてしまうことにする。夕食を作るメンバーは明久、雄二、ムッツリーニのFクラス料理上手トップスリー(明久が本当に料理ができることを知って姫路と美波は未だ納得がいっていなかったが)が行うことになった。
優子「はい、これで詰み(パチッ)」
和真「だぁぁっ!?また負けたぞ畜生が!」
翔子「……終始優子のペースでゲームが進んで、そのまま普通に終わった」
明久達が料理を作っている間暇になったので、和真は所持している将棋セットで優子に勝負を挑むも、ものの見事に惨敗
したようだ。
優子「アンタいい加減諦めなさいよ、人には向き不向きがあるって言うじゃない」
和真「ほざきやがれ!いつも言ってるだろうが!弱点ってのは克服するために存在するんだよ!」
秀吉「……和真、どうして飛車ばかりで攻めるの?」
和真「最強の手札でガンガン攻めて何が悪い」
優子「そんなだから勝てないのよ」
和真「うぐ……」
翔子「……じゃあ次は私が相手」
優子「翔子となると……さっきまでのお遊びとは一味違うわね」
和真「お前いつか覚えてろよ……」
向こうでは玲が明久の入浴写真集を姫路達に公開していたものの、こっちでは優子と翔子が知略を張り巡らせた激闘を繰り広げていた。そして料理を出来上がる頃に、翔子が僅差で勝利をもぎ取った。できた料理の出来映えについては、明久の自信作であるパエリアが女性陣のプライドをバッキバキに引き潰したとだけ言っておこう。
ちなみに玲は明久を嫌っているわけではなく、(明久にとっては最悪なことに)一人の異性として愛していると食事中に発覚したのだが、驚くことに和真は一目見た瞬間にはおおよその見当がついていた。
もともと直感と観察力に優れ人の感情を敏感に察知することに長けている和真たったが、先日の一件で恋愛感情というものを正しく理解したことで、少し観察するだけでその人の心がいったい誰で占められているのかをなんとなく察知できるまでになったいた。確かにすごいがプライバシーなどお構い無しの極めて理不尽なスキルである。
料理の後片付けを終えて全員がリビングに集まると、姫路がいよいよ今日の本題を切り出した。
姫路「そろそろお勉強を始めましょうか?」
美波「そうね。あまり帰りが遅くなっても困るし」
夕飯の支度が早かったので、現在時刻はまだ7時。勉強をする時間は充分にある。
雄二「それじゃ俺、和真、姫路、木下姉がそれぞれマンツーマンで勉強を教える役で、翔子は総指揮で良いか?」
翔子「……わかった」
雄二「木下姉、秀吉を頼む」
優子「ええ、みっちりシゴいてやるわ」
秀吉「できればお手柔らかに頼むのじゃ……」
雄二「姫路は明久な」
姫路「はいっ、任せてください!」
美波「瑞希、抜け駆けはずるいわよ!?」
和真「はいはいお前の担当は俺な。泣き叫べ、古典の何たるかを脳髄に刻み込んでやるからよ」
美波「ひぃぃっ!?スパルタする気満々でいらっしゃる!?」
雄二「そして消去法で俺がムッツリーニ担当な。どの教科を勉強するか希望はあるか?」
ムッツリーニ「……保健体育」
雄二「それ以外に決まってるだろうが」
流石は元神童、即座に完璧な布陣を整えた。
最も成績の良い翔子を総指揮につかせ、秀吉に余計な手心を加えないであろう優子を、二番目に成績の良い姫路を一番勉強が必要な明久にあてがう。残った二人だが、翔子見ている中で女子にマンツーマンで教えるなぞ命を投げ捨てる愚かな選択であるのは言うまでもない。よって必然的に和真が美波を、自分がムッツリーニを担当することになる。
明久「それじゃ、テスト前だからってわけじゃなくて、いつものように勉強を始めようか!」
何かを取り繕うような白々しい明久の台詞と共に勉強会がスタートする直前、玲が何かの書物を持ってリビングに入ってきた。
玲「皆さんでお勉強ですか。それなら良い物がありますよ?」
明久「良い物?」
玲「はい。今日部屋を片付けていて見つけました。参考書というものなんですが、役に立つかもしれません」
【女子高生 魅惑の大胆写真集】
表紙の際どさ具合からして、これはどう考えても参考書ではないだろう。ちなみにこう見えてかなりウブな和真は皆に気取られないようにさりげなく視線を外しているが、そのことを知っている優子は暖かい目で和真を見守る。
玲「アキくんの部屋で見つけました」
明久「僕のトップシークレットがぁーっ!?」
玲「保健体育の参考書としてどうぞ」
明久「どうぞ、じゃないっ!こんなもんが参考になるかぁっ!?……あと僕の部屋に勝手に入ったね!?あんなに入らないでって言ったのに!」
玲「いいえ。昨日、確かにアキくんは入って良いと言いました」
明久「それってもしかして着替えを取りに行く時のこと?あの時の会話はコレが目的だったのか!なんて陰湿卑劣迂遠な作戦なんだ!」
姫路「そ、それじゃあ、あくまでお勉強の参考書として……」
美波「そ、そうね。ウチもちょっと勉強しておこうかな……」
明久「姫路さんに美波!?無理に姉さんのセクハラに付き合わなくていいんだよ!?というかお願いだから見ないで!」
どうやらこの二人は勉強にかこつけて明久の趣味を暴く所存であるらしい。この行動力を何故正しい方向に活かせないのか甚だ疑問である。
玲「アキくん。ベットの下に置いてあった他の参考書も全て確認しましたが、あなたはバストサイズが大きく、かつヘアスタイルはポニーテールの女子という範囲を重点的に学習する傾向がありますね」
明久「冷静に考察を述べないで!いくら言い方を変えて取り繕ってくれてもそれが僕の趣味嗜好だってことがばれちゃうんだから!」
和真(こいつはホントわかりやすいな……)
姫路「ポニーテール、ですか……」
美波「大きなバスト、ね……」
姫路と美波がお互いの一部を見詰め合っている。意識しているのがバレバレであるが当の明久はやはり気づけない。
秀吉「お主ら、勉強は良いのか?」
明久「そ、そうだね。秀吉の言うとおりだよ!さぁ始めるよ皆!」
姫路「そ、そうですね。お勉強を始めましょうか。んしょ……っと」
美波「み、瑞希っ!どうして急に髪をまとめ始めるのよっ!?」
姫路「べ、別に深い意味はありませんよ?ただ、お勉強の邪魔になるかと思って」
美波「それならウチがやってあげるわ!お団子でいいわよねっ!」
姫路「い、いえ。ポニーテールにしたいと」
美波「ダメっ!お団子なの!」
姫路「美波ちゃん、意地悪です……」
胸の大きさはどうしようもないため、美波はせめてもの抵抗を試みる。その不毛なやり取りを見ながら優子は和真に小声で語りかける。
優子「あの二人あんなに露骨にアピールしているのになんで吉井君は気付かないのかしら?」
和真「さぁてね、まあ余程のことが無い限りあのまま平行線だと思うぜ。あの二人がさっさと直接想いを告げりゃ話は別だがよ」
翔子「……好意に気づいたらすぐに告白した和真が言うと説得力が違う」
和真「あのな翔子、そういう柔らかい部分はあんま触れないでくんない?」
優子「なによ、恥ずかしがること無いじゃない。アタシは今も一字一句覚えてるわよ」
和真「頼むから黙っててくれ……もういっそのこと直接キョロ缶あげるから」
優子「まだチョコボール引っ張るの!?」
まあ渾身の告白台詞を他人に暴露されるなど、どう考えても罰ゲームに等しいだろう。
秀吉「そう言えばムッツリーニはどうしたのじゃ?随分とおとなしいようじゃが」
明久「あ、そう言えば」
ムッツリーニ「(キョロキョロ)……明久」
明久「ん?」
ムッツリーニ「……あと1999冊は?」
明久「えぇっ!?2000冊以上のエロ本って話を本気にしてたの!?」
ムッツリーニ「……エロ本なんかに興味はない」
台詞とは裏腹に、ムッツリーニはしょんぼりと肩を落としていた。どうやら本気で信じていたらしい。
雄二「明久のエロ本は置いといて、勉強するならさっさと始めようぜ」
玲「お勉強なら、宜しければ私が見て差し上げましょうか?」
姫路「え?お姉さんがですか?」
玲「はい。日本ではなくアメリカのボストンにある学校ですが、大学の教育課程は昨年修了しました。多少はお力になれるかと」
雄二「ぼ、ボストンの大学だと……!?それってまさか、世界に名高いハーバート……」
和真(ソウスケの進学予定先だな)
玲「良くご存知ですね。その通りです」
「「「えぇぇっ!?」」」
勉強ができることと常識があることはイコールではないと、身を持って証明している女性である。
雄二「なるほど、出涸らしか……」
明久「雄二。その言葉の真意を聞かせてもらえないかな」
和真「気持ちはわかるが落ち着け明久。とりあえず、そういうことなら予定を変更して皆で教えてもらおうぜ」
ムッツリーニ「………頼もしい」
玲「わかりました。それでは、まず英語あたりから始めましょうか」
「「「よろしくお願いします」」」
結局この後十時前くらいまで玲の講義を聞いて、その日は解散となった。
徹「何気に鳳の進路が公開されたね」
源太「まあアイツの立場と学力から考えれば不自然でもねぇけどな」
徹「そう言えば綾倉先生もハーバード卒だったっけ」
源太「14歳で飛び級卒業したらしいから、離れた先輩後輩の関係にあたるな」
徹「……あれ?そういえばおっちゃんでお馴染み御門社長は吉井の姉さんと知り合いだってわかってるよね?……ってことは……」
源太「……ま、まあ、世界的大企業の社長なんだし別におかしくはないんじゃねぇの?」
徹「まるでハーバードのバーゲンセールだね」