休み時間になり、飛び交うカッターや卓袱台をやり過ごして明久がトイレから戻ると、和真と秀吉とムッツリーニの三人が深刻な表情で何か話し合っていた。
明久「どうしたの三人とも?そんな深刻そうな顔しちゃって」
秀吉「丁度良いところに来おったな明久」
和真「お前が原因でまた面倒なことになりそうでな……」
毎度毎度いい加減にしろと言いたげな目を明久に向ける和真。やや理不尽なことは本人も自覚している。
明久「面倒なことって?」
ムッツリーニ「……Dクラスで試召戦争を始めようとする動きがある」
明久「……別にDクラスがBクラスに攻め込んでもあまり僕らに関係ないんじゃないの?どうせ僕らはまだ試召戦争を仕掛ける権利はないんだし」
明久の言う通り四月に試召戦争を申し込んで敗北したFクラスは、ペナルティーとして三ヶ月間戦争を申し込む権利を剥奪されている。一見ペナルティーが解除されるまではFクラスは試召戦争とは無縁に思えるが、思わぬ落とし穴が存在していた。
和真「ところがだな明久、Dクラスの狙いはうちのFクラスだ。今日は試験召喚システムのメンテナンスがあるから宣戦布告はできねぇが、明日にはしてくると見ている」
明久「えええっ!?だって、僕らはまだ試召戦争をする権利は無いはずだよね?」
和真「少し違うな。俺達は『戦争を申し込む』権利が無ぇんだ。申し込まれたら引き受けなけりゃならねぇ」
試召戦争のルールとして、他クラスから宣戦布告された場合、交戦を拒否することができないというものがある。このルールは三ヶ月間のペナルティー中のクラスにも適応される。
明久「けど、僕らはは最低設備のFクラスなんだし、攻めてくる理由が無いんじゃないの?」
和真「まあ普通はそう思うよな」
下位のクラスが上位のクラスに勝てば設備を入れ換えられるという大きなメリットがあるが、上位のクラスは勝っても設備が向上するわけでは無いうえに負ければ設備ランクダウンと、メリットがまるで無い。だから普通なら上位のクラスが下位のクラスに戦争を申し込むことはない。
和真「そこで、今朝のお前のいざこざが原因になってくるんだよ」
秀吉「明久、相手はDクラスじゃ。思い当たるフシがあるじゃろう?」
明久「……もしかして、清水さん?」
ムッツリーニ「……(コクリ)」
和真「アイツ卓袱台だからどうとか言ってたろ?大方お前と島田の席を離すために俺達の設備をミカン箱に落とすつもりなんだろうよ」
明久「け、けど、Dクラスだって全員が乗り気なわけじゃないでしょう?そんな目的でクラスの皆が関わる戦争をするとは思えないよ。Dクラスの代表だって反対するんじゃないかな」
Dクラスの代表は平賀源二。四月での試召戦争での貸しもあるし、強化合宿では一つの目標の為に結託した仲であり、何より和真と大分仲の良い生徒だ。Fクラスを陥れるためだけの試召戦争に首を縦に振るとは思えない。
普段ならの話だが。
和真「確かに源二はそんな不毛なこと進んでやる奴じゃねぇけどよ、今は状況が状況だ。普通の女子なら先日の集団覗きの主犯である俺たちに自分達の手で罰を与えたいと考えるだろうし、その考えは困ったことに清水の私情と利害が一致してしまう」
秀吉「お主も知ってのとおり、平賀は男子生徒じゃ。今の覗き犯扱いのような状況では発言力も皆無じゃろう。怒りに燃える女子一同と嫉妬に燃える清水を抑えられるとは思えん」
明久「そ、そんな……」
まあ正直言って設備がミカン箱になろうがほとんど大した問題ではない。なぜならFクラスは一割弱の『設備が劣悪だろうが成績を落とさない強者』と九割強の『設備ががどうなろうとどうせ勉強しないバカども』で構成されているからだ。
しかしながら、ここで問題になってくるのは姫路の家庭。先日も設備が原因で転校にまで発展しかけた問題が再発するかもしれない。明久が露骨に狼狽えているのはそのためだ。
明久「和真、攻め込まれたら勝つ自身はある?」
和真「正直苦しいな。うちのクラスは補充申請してないみてぇだから他クラスと違って授業中補充できねぇし、雄二はともかく翔子は多分間に合わねぇし、姫路も停学中の事件で点数が無いって聞いたし……万全の態勢ならどうということない相手だが点数が残っているのが島田、俺、秀吉、雄二だけとなると、よほどのことが無い限り勝ち目は無いな」
明久「え?停学中の事件って何?」
和真「そっか、情報網が整ってるムッツリーニと違ってお前は知らねぇのか」
秀吉「実はの明久……」
秀吉が停学中に起きた『自律型召喚獣襲撃事件』を明久にわかりやすく説明した。
明久「そんなことがあったなんて……
くっ!そのときに僕がいたら…」
和真「雑魚の露払いぐらいしか役に立たねぇだろ。ボスクラスは姫路ですら刺し違えなきゃ勝てねぇような相手だぞ?」
明久「それはそうだけどさぁ!?少しは期待しても良いじゃない!」
和真「うるせぇ話の腰折んな。話を戻すと、今回の試召戦争は回避するのが賢明だ。よしんば勝ったとしても、手に入るものがDクラス程度の設備じゃねぇ……。折角貸しがあるクラスをわざわざ敵に回すのは雄二も嫌がるだろうだろうしな」
明久「え?回避できるの?」
和真「お前と島田しだいだな。……つぅか、肝心の島田が見当たらねぇな」
明久「美波ならさっき姫路さんとどこかに行ったけど」
休み時間になるなり、姫路が真剣な表情で美波を連れて教室を出ていくのを明久は見ていた。おそらく姫路が明久と美波が付き合ってるのが事実かどうかを確かめる為だろう。
和真「そりゃまた何ともわかりやすい…」
秀吉「……修羅場じゃな」
ムッツリーニ「……修羅場」
明久の「え?あの二人、喧嘩でもしているの?」
事情を理解してないのは当事者である明久ただ一人のみであった。
和真「あ、そうそう明久。一つ確認しておきたいことがあるんだが」
明久「ん?なに?」
和真「お前と島田は付き合ってんのか?」
核心を突いた和真の一言が明久に突き刺さる。美波曰く付き合っているらしいが、正直明久にはまるで身に覚えのない話であった。
明久「僕の記憶だと、付き合ってはいない、と思う……」
和真「お前の記憶って時点であんま信憑性無ぇが……まぁ良い」
秀吉「じゃが、島田の態度は明らかに付き合っている者のそれじゃぞ?」
明久「うん。それは多分、僕の送った間違いメールが原因で……」
明久は強化合宿中に起こった、告白紛いメール誤送信事件、及び坂本雄二携帯粉砕事件について説明する。
秀吉「なるほどのう。明久も明久じゃが……雄二も素晴らしいタイミングでやらかしたものじゃな……」
明久「まったく、雄二には困ったもんだよ」
ムッツリーニ「……けど、そもそもの原因は明久の確認不足」
明久「うっ……。確かに」
ムッツリーニの言った通り、雄二の責任はフォローが出来なくなったというだけで、根本的な原因はやはり明久にある。
和真「まあ、誤解っつうなら話は早い」
明久「え?何が?」
和真「Dクラスのと試召戦争の話だ。島田の誤解を解いてお前らがいつもの姿に戻りゃ清水も多少おとなしくなるだろ?そうりゃDクラスは俺たちに不満はあっても、開戦するほどの意気込みがある核がいなくなって試召戦争の話は流れる。俺達はいつもの日常を取り戻して万事解決ってわけ」
雄二に翔子も不在の今、暗黙の了解で暫定代表代理を務める和真が今後の方針について説明していると、突然扉が開いて姫路が息を切らせながら駆け込んできた。
姫路「あ、あの、明久君っ!聞きたいことがありますっ!」
明久「え?な、なに?」
美波「そ、その……っ!あ、明久君は……美波ちゃんに告白したんですか……?」
明久「え、えっと……それなんだけど……」
和真「丁度良かった姫路。その話なんだが……島田も一緒の方がいいだろう。どこにいるかわかるか?」
姫路「美波ちゃんなら、さっきまで一緒に屋上にいましたけど……」
和真「よし。明久達、屋上言って説明してこい」
明久「え?和真は来てくれないの?」
和真「遅れて登校してくる雄二にこれまでの報告書でも書いといてやろうと思ってな。あとその後仮眠を取りたい」
本当ならメールで済ませたいところなのだが、あいにく雄二の携帯も修理中のため手書きになる。
明久「なんで和真そんなに眠そうなの?いつも寝るの早いんじゃなかったっけ?」
和真「昨日ソウスケから覗き騒ぎに関するお小言その他を数時間に渡って聞かされてな、ほとんど寝てねぇんだよ……」
思わずばつが悪そうに目をそらす寝不足になった遠因である明久、秀吉、ムッツリーニ。覗き騒ぎの裏の事情を知らされている姫路も思わず苦笑する。
明久「じゃ、じゃあ行こうか。姫路さんには往復になっちゃって申し訳ないけど」
姫路は「あ、いえ、私は全然構いませんので」
明久は席を立って屋上に向かう。
ふと、せっかくだから保険でもかけておこうと思った和真がムッツリーニを呼び止める。
和真「ムッツリーニ。屋上に清水の盗聴器があるか、確認でしといてくれ」
ムッツリーニ「………多分、ある。Fクラスにも仕掛けてあった」
和真「そりゃ良かった。まあ一応任せたぞ」
ムッツリーニ「……(コクリ)」
四人が教室を出るのを確認すると、和真はルーズリーフに今朝起こったことを簡潔にまとめ、雄二の机に置いてから仮眠を取り始めた。
和真「ったく……補充試験や襲撃されたシステムのメンテナンスに大勢の教師が駆り出されているおかげで仮眠を取る時間があって良かったぜ……」
和真「手抜き宣言しただけあってサクサク進むなぉオイ」
蒼介「特にいじる部分も見当たらないし、今はこんなものだろう」