グラトニーを封じ込めた代償として戦う力を失った翔子は他の部隊の面々を撤退させ、一応念のためにグラトニーの見張りとして屋上で待機していた。少し時間が立つと召喚フィールドが消えていくのを見届け、ようやくこの騒動も終息したかと息をついていると……
翔子「……これは、いったい…………?」
予想だにしない事態に巻き込まれていた。
既に召喚フィールドが存在しないにもかかわらず出現した幾何学模様は、屋上に収まることなく校舎全体の空を覆い尽くした。普段冷静沈着な翔子でさえ驚愕のあまり呆然としていると幾何学模様の中心から、
ソイツは屋上に降誕した。
身長は翔子と同じくらいで、同じく翔子と同じくらいの長髪、しかし顔立ちは見ようによっては男性のようにも女性のようにもとれる中性的な容姿をしていた。
やや浮世離れした表情をしているものの、それだけならば特に異常な点は無く、召喚獣というよりは人間のように思えたかもしれない。
しかし間違いなく人間ではないと断定できる。
まず第一に、当たり前だが人間は幾何学模様から突然現れたりはしない。
第二に、全体的に不自然なほど白い。髪も衣服も肌も目も唇も透き通るような白さであり、一種の神々しさを醸し出してはいても、同時に人ならざる者であると嫌でも理解させられる。
そして第三に、人にあるはずのない天使のような翼が六枚も生えていることだ。敬虔な宗教家なら感激ものなのだろうが、大して信心深くもない翔子にとってこいつはもはや警戒する対象でしかない。
翔子「っっっ……っ……っっ……!!!」
いや、警戒なんて生易しいものではない。翔子の全身は動物としての本能が急激に目覚めたかのように、毛の先程の神経一本単位まで危険信号を発していた。
こいつはヤバい、側にいるだけでただではすまない、一刻も早くここを離れてできる限り距離を置け、と。
白い天使はそんな翔子に目もくれず、グラウンドに集まっている大勢の生徒達を一瞥すると、両手をかざし目も眩むような白い光の塊を生み出す。その物体が何なのかはわからないがエネルギーが収束していくのはなんとなく感じとることができ、それに飲み込まれればどうなるのかは薄々わかった。
わかってしまった。
翔子「っっっ……っうわぁああああああああ!!!」
気がつけば翔子は走り出していた。全身が、脳が、理性が、本能が警鐘を鳴らすのを無視して、白い天使に激突した。翔子の存在を認識していなかったのか天使は驚いたように顔を歪ませ、集中を乱したことが原因なのか白く輝くエネルギーの集合体は維持することができずに弾け飛び、その爆風で翔子も吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられ、肺から酸素を全て吐き出し、身体中に激痛が走る羽目になったが、幸い翔子に怪我は無いようだ。
[……ふむ……見事だ少女よ、誇ると言い。貴様はこの瞬間、大勢の人間の命を救ったようだ]
天使は痛みをこらえ倒れ伏す翔子に語りかけた。抑揚のまるでないパソコン音声のような天使の声は、やはりこの存在が人間でないことを物語っていた。
[…………むぅ……やはり不完全……所詮仮初めの器では、一度攻撃を行っただけで限界を迎えるか……]
心底つまらなそうな呟きとともに、天使の肉体が見る見る内に崩れ落ち消滅していく。天使の台詞から考えると、どうやらこの現象は不測の事態ではなく予定調和のようだ。そのまま消滅する寸前、天使はもう一度翔子に語りかけた。
[せめてもの礼儀として名を名乗っておこう。
我は『アドラメレク』。自律型召喚獣の王にして史上最大のコンピューターウイルス。もし機会があればまた会おう]
そう言い残し、天使は完全に消滅した。
蒼介「くっ、いったい何が起こって……霧島!?大丈夫か!?」
翔子「……大丈夫、怪我はない」
しばらくして蒼介が屋上に駆けつけると、その場には倒れ伏したままの翔子が。慌てて助け起こすも、張りつめたような緊張の糸が切れただけで特に異常はないようだ。
蒼介は屋上でいったい何があったか聞くと、翔子に余計不可解になるような内容を聞かされた。
蒼介(……『アドラメレク』……自律型召喚獣というのはおそらく今回襲ってきた召喚獣モドキ達のことだろうが……コンピューターウイルスだと?それにどうして召喚フィールドも無しに……ええい、忌々しいことに情報が少なすぎて答えを出せん)
取り合えず『アドラメレク』については綾倉先生や学園長に報告するとして、一先ず生徒全員を一ヶ所に集め安否を確認しなければならないと蒼介は思い直す。
蒼介「霧島、自力で立てるか?お互い婚約者がいる立場な上、この学園には思い込みの激しい生徒が多い。肩を貸すことは誤解を招きかねんので可能であるなら避けたいのだが……」
翔子「……大丈夫、もう心配はいらない」
蒼介「どうやら杞憂だったようだな」
そして蒼介は全校生徒をグラウンドに集め安否確認を行った。校舎は多少被害を受けたようだが、幸い生徒達は最初の襲撃で何人かが軽傷を負った程度に被害を抑えることができた。その後教師達が緊急会議を開くことになったので、生徒達はそのまま早退することになった。
文月学園から少し離れた河原で、仮面の男『ファントム』はノートパソコンに向き合っていた。
『ふむ、やはり意思を持っているお前を除く自立型召喚獣では、手動型召喚獣の臨機応変さには一歩劣るか……』
[所詮人形は人形。どれだけ性能を向上させようと底は知れている]
『……それにしても、まさか出てきてそうそう皆殺しにしようとするとは思わなかったぞ、アドラメレクよ』
[我を解き放ったのは貴様だろう?我がどのように振る舞おうと貴様にとやかく言われる筋合いはない]
『まったく、利かん坊にもほどがあるぞ。
……ときにアドラメレク、お前の攻撃を体を張って止めた女子生徒なのだが、大丈夫なのかね?』
[ああ、そう言えばそうだった。おそらくあの少女は今、高濃度のバグに汚染されている状態だ]
『……マズイのではないかねそれは?適合できれば特に問題は無いができなければ死よりも残酷な結末を迎えるのではなかったか?』
[特に問題なかろう。奴が有象無象の凡俗であれば既に手遅れであるし、そもそも適合できないのならその程度の存在だったということだ]
『私の知ったことではないが、血も涙もない奴だなお前は』
[プログラムにそんな余計な機能があるとでも?]
そんなファントム達の会話を影で聞き耳を立てている男が一人。ボサボサの髪にだらしなさ全快の服装の中年、今日も今日とて部下に仕事を押し付けてサボり中の“御門”代表取締役の御門空雅であった。
御門(…………ハァ……正直ダリィが、この仕事はサボるわけにはいかねぇよな)
それから二日後の昼、翔子は学校に行く準備をしていた。停学中一切会えずじまいだった(本当は雄二のいない学校になど興味が無かったが、雄二の強い説得により真面目に通学していた)ため、明日からの学校生活に胸を踊らせていた。その弊害か鞄には手錠や薬品やスタンガンなど、おおよそ学校生活に必要のないものも混じっていたが、まあ翔子なりの屈折した愛情なのだろう。
しかし異変は突如やって来た。
翔子「………………っ!?!?!?」
急に激しい頭痛と目眩に襲われ、翔子は堪えきれずにその場に崩れ落ちる。家族に発見される頃には、翔子の意識は既に途切れていた。
和真「というわけで、オリジナル第一章はこれで幕引きだ。しかしまあ、バカテスにあるまじきシリアス一辺倒だったなオイ」
蒼介「それにしても、霧島は大丈夫なのだろうか……」
和真「まあ心配すんな。メタ的な話をするとだな、四巻の話で翔子がいたら少々不都合なんだよ」
蒼介「……なるほど。原作では勝ち目が薄いから最初Dクラスとの闘いを避ける方向で進めていたが、この作品では話が変わってくるな」
和真「雄二も原作より格段にパワーアップしてるし、俺や翔子を戦力に加えると、大分勝てそうな空気になってしまうからな。まあそんなわけで大丈夫だ読者の諸!あとはおっちゃんが全部何とかしてくれるから!」
蒼介「清々しいまでの他力本願だな……」